著者プロフィール                

       
富士山 〜 『一隅を照らす』特別連載(その31)

市川 博昭

昭和7 年、静岡県生まれ。旧制静岡高等学校1 年修了後、新制東京大学文学部仏文科、法学部公法学科卒業。国家公務員六級職(法律)試験合格、農林省入省。退官後、協同組合飼料工業会常務理事、帝蚕倉庫取締役現業副本部長を経て、同代表取締役社長。(財)大日本蚕糸会監事を歴任、現在に至る。

富士山 〜 『一隅を照らす』特別連載(その31)

富士山は6月22日世界文化遺産登録5周年を迎えた。山梨県側の山開きは、7月1日からであるが、すでに5合目までは観光客でにぎわっている。

 私は小学4年生で、兄と仲間に連れられ、初めて登山した。御殿場口から真夜中に登り始め、夜道をひたすら歩き、明るくなっても富士山が見えない山中をひたすら歩き続け、頂上でご来光を仰いだ。頂上付近は積雪で、口に含んだ雪は何か味があった。平成15年10月、韮山中学50回、51回同級会が「戦闘帽の青春」を私費出版した。当時農林省審議官を務めていた私にも、兄から寄稿を頼まれ、「終戦直後の富士登山の謎」を投稿した。三島に生まれ、宝永山の傷跡(噴火)を抱えた富士山を毎日眺めてきました。当時から地元で富士山には1回のぼり、2回登るのはバカだといわれた。富士山は遠くで眺めるのが最高ということです。  敗戦後の虚脱状態から目標を失った韮山中学の生徒たちは、質実剛健で鳴らした韮山中学校の「忍」の精神に返り、一念発起して、過酷な登山に挑戦したのではないか。足手まといになる中学1年生の私を巻き込んだ理由がわからない。登山仲間が我が家に泊まり、出発した一宿一泊の恩義で私の面倒を見ることで連れ出しただろうが、いずれにしてもただひたすら夜道をたどった難行苦行と山頂からの一瀉千里の須走は、初めは辛くても後には楽が待ってる俚諺を年若くして会得できた、大きな収穫である。


『一隅を照らす』特別連載 【全37回】 公開日
(その1)狸二度目の対面 2019年4月11日
(その2)初雪 2019年6月28日
(その3)ストレス 2019年7月5日
(その4)終戦の日 2019年8月26日
(その5)人生に寄り道なし 2019年9月6日
(その6)もやし 2019年10月4日
(その7)教養主義 2019年11月1日
(その8)黄色いマーク 2019年12月6日
(その9)冷蔵庫 2020年1月10日
(その10)根 気 2020年2月7日
(その11)小田急が学生寮開業 2020年3月6日
(その12)コンパクト・シティ 2020年4月3日
(その13)行政の電子化 2020年5月1日
(その14)地域密着型弁護士 2020年5月29日
(その15)座るとき、どうこいしょ 2020年6月30日
(その16)市民農園 2020年7月31日
(その17)ALS(筋萎縮側索硬化症) 2020年8月31日
(その18)卵 2020年9月30日
(その19)生きがい 2020年10月30日
(その20)からだ測定会 2020年11月30日
(その21)高齢者が高齢者を支える金融モデル 2020年12月28日
(その22)孤独 2021年1月29日
(その23)猫の日 2021年2月26日
(その24)首都圏の私大が都心へ回帰 2021年3月31日
(その25)さくら 2021年4月30日
(その26)箱根山 2021年5月28日
(その27)腎臓透析 2021年6月30日
(その28)おもてなし続編 2021年7月30日
(その29)筋肉 2021年8月31日
(その30)地域医療の行方 2021年9月30日
(その31)富士山 2021年10月29日
(その32)高齢の認知症老人は暴力的か 2021年11月30日
(その33)配膳のマナー 2021年12月28日
(その34)下垂体卒中 未公開