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「大人の休日倶楽部会員パス」による秋田県北部の旅|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅 〜 公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅(その25)

児井正臣


昭和20年1月19日
横浜市で生まれる。

昭和38年3月
東京都立両国高校を卒業

昭和43年3月
慶応義塾大学商学部を卒業(ゼミは交通経済学)

昭和43年4月
日本アイ・ビー・エム株式会社に入社

平成 3年12月
一般旅行業務取扱主任者の資格を独学で取得
 
平成16年12月
日本アイ・ビー・エム株式会社を定年退職その後6年間同社の社員研修講師を非常勤で勤める

平成17年3月
近代文芸社より「地理が面白い-公共交通機関による全国市町村役所・役場めぐり」出版

平成22年4月
幻冬舎ルネッサンス新書「ヨーロッパ各停列車で行くハイドンの旅」出版

令和3年2月
幻冬舎ルネッサンス新書「自然災害と大移住──前代未聞の防災プラン」出版


現在所属している団体
地理の会
海外鉄道研究会
離島研究クラブ
長尾台コミュニティバス利用者協議会
稲田郷土史会
多摩慶応倶楽部


過去に所属していた団体
川崎市多摩区まちづくり協議会
麻生フィルハーモニー管弦楽団 (オーボエ、イングリッシュホルン奏者)

「大人の休日倶楽部会員パス」による秋田県北部の旅|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅 〜 公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅(その25)

公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅 【全100回】 公開日
(その1)総集編|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2020年1月31日
(その2)福島県|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2014年4月1日
(その3)青森県|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2014年6月1日
(その4)東京都・埼玉県|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2014年4月1日
(その5)新島と御蔵島|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2014年7月1日
(その6)奄美諸島と座間味島|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2015年4月1日
(その7)中国山地の山奥に行きいよいよ残りひとつに|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2015年5月1日
(その8)小笠原で100%達成|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2015年9月16日
(その9)合併レースに追つけ追い越せ|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2005年2月1日
(その10)格安切符の上手な使い方 三重県|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2005年3月20日
(その11)四国誕生月紀行|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2005年1月26日
(その12)歴史の宝庫は地理の宝庫(岡山県備中・美作地方)|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2005年5月31日
(その13)青春18きっぷで合併の進む上越地方へ|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年8月20日
(その14)公共交通の終焉近し 島根県過疎地の旅|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2005年10月15日
(その15)熊本県の合併前後の市町村へ|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2005年11月7日
(その16)悪天候で予定通りには行かなかった大分県の市町村役場めぐり|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2005年12月19日
(その17)2006年沖縄離島めぐりの旅|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年3月8日
(その18)2006年青ヶ島訪問記|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年5月8日
(その19)2006年6月14日 一日でまわった東京23区|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年6月14日
(その20)2006年 道南から津軽・下北へ|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年6月26日
(その21)2006年11月西彼杵半島と島原半島|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年11月20日
(その22)和歌山・三重|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2007年4月6日
(その23)トカラ列島と奄美群島|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2007年5月10日
(その24)北海道東部の旅 |公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2007年6月12日
(その25)「大人の休日倶楽部会員パス」による秋田県北部の旅|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2007年6月27日

 JR東日本が発売している「大人の休日倶楽部会員パス」で秋田県北部に行くことにした。上手く行けば秋田県は全県達成となり、一方未乗車の秋田内陸縦貫鉄道にも乗れる。机上プランでは早朝の秋田新幹線で出かければ、結構余裕を持って3日間で回れることがわかった。初めの2日間が晴れ、3日目の午前中のみ雨だったので、梅雨入りの時期としては恵まれていた方だった。

中高年の人気を呼びそうな秋田内陸縦貫鉄道

 6時56分東京駅発車時には空席の多かった「こまち1号」も大宮では満席となり、その後仙台、盛岡で乗客の入れ替わりはあったもののずっと満席、しかも盛岡からは立ち客もあった。「大人の休日倶楽部会員パス」利用者も多いと思うが、ビジネス風の客も多く、改めて新幹線のもたらした経済活動への影響を知った。
 今や秋田市などは仙台や盛岡からは完全な日帰り出張地域となり、支店や営業所の閉鎖や機能縮小を行った企業が多いのだろう。一生懸命新幹線を誘致した結果がこれであり、鉄道にせよ道路にせよ中央との行き来を便利にし過ぎることはその地域にとって、建設中や開業直後はともかく、長い目で見れば良いことばかりとは限らない。

 角館で下車した。以前学生時代の友人と来たことがあり武家屋敷など町中の見物や食事をしたことがあるが、町役場前には行っていなかった。今回は役場訪問だけにしたが、ここも2005年9月に西木村、田沢湖町と合併し仙北市役所角館庁舎となっていた。

 さて、いよいよ秋田内陸縦貫鉄道の初乗りである。角館・鷹巣間の全線94.2キロ、通しで乗車すると1620円、今回は何度か途中下車したり一部戻ったりするので1日有効のフリー切符のようなものがないか窓口で尋ねたが、平日用のものは何もなかった。なお7月からは田沢湖・角館・秋田・東能代・鷹巣間のJR線と秋田内陸縦貫鉄道を回遊できる「秋田・内陸回遊パス」が発売されるという案内があった。2日間2千円でこの区間が乗り放題で途中の観光施設や温泉の利用料も割引になる、この夏の「北東北デスティネーションキャンペーン」に合わせたものらしいが、こういう切符は観光客を呼ぶには実に効果的だ。往復を夜行バスにしてこの切符を使えば役場めぐりも随分安く効率的にできるのでは、と思ったりした。首都圏で大々的にPRしたら良いと思う。

 角館の内陸縦貫線駅舎はJR駅舎の横にわざわざ別棟を新築したもので、旧国鉄線を転換した第三セクターの接続駅ではどこでも目にするものだ。ホームは続いているのに柵でふさがれ、乗り換えをしようとするといったんJR駅舎から外に出て、内陸縦貫線の駅から入るという大回りをさせられる。JRとは別会社であるということを強調したかったのかも知れないが利用者にとっては関係のないこと、わざわざ不便にすることはない。本当のところは転換交付金が入ったので、地元に遍くその恩恵をもたらそうと箱モノを作ることで建築業者にも仕事を与えようとしたのかも知れない。地元にもわざわざ余計なものを作りおかしいと思った人もいたと思うが、それでも鉄道が廃止されるよりはましだと考えたのだろうか。

 まず西木村に行く。7.3キロ先の西明寺が最寄り駅でわずか8分間だけだったが、時間帯の関係で急行「もりよし」に乗った。2両編成の急行専用車は窓が大きく向かい合ったクロスシートもゆったりしていて、もっと長く乗っていたくなる。200円の運賃の他に150円の急行料金を払い勿体ないような気がした。私の乗ってきた1本後の東京駅を7時36分に出る「こまち3号」からの接続をとっており、かなりの観光客が乗り換えて来て座席の半分以上が埋まった。

 西明寺はホーム1本だけの無人駅で私の他私と同年輩くらいの旅行者風男性が1人下車、走り行く列車の写真を撮っていた。自分のことはさて置きこんなところで降りるとは変わった人だ。何めぐりをしているのだろうか。役場は線路から500メートルくらい離れて並行する国道105号線のバイパスに面しており、ここも仙北市役所西木庁舎となっていた。線路に近い方の旧道は狭く曲がりくねっていたが商店など営業中のものはほとんどなく、バイパスの方に広い駐車場を持つ寿司屋があったので昼食はそこにした。

 次は各停列車で阿仁合へ。松葉までの19.2キロは国鉄時代に角館線として開業していたが、その先比立内までの29キロは三セクに転換後開業した。前者の開業が1971年、後者が1989年といずれも比較的新しいので線路は直線が多く、カーブも緩やかで単行の軽量キハは快適に走った。急行と違いこちらは地元の老人が多かったが駅ごとに減って行く。雄物川水系の桧木内川の流域から約6キロという長いトンネルを抜け米代川水系の阿仁川の上流部に出たが、このとき乗っていたのは自分を含め観光客風の5名だけだった。

 トンネルを抜けた阿仁マタギという山間の駅からは10人くらいの、これも観光客風の乗車があった。マタギというのは、東北や北海道で古くから行われていた狩猟を行う集団のことで、特にこの地方では今でもこの方式が行われているという。10人くらいの猟師が山奥の森林の中にマタギ小屋と言う小屋を立てここを拠点に猟を行ない、主に春先に冬眠から覚めたクマを狙う。この近くに熊牧場やマタギの資料館などがあるので、そこに行った客だろう。

 この列車は途中の阿仁合が終点だが、10分後に鷹巣行きの別の列車が出る。阿仁町役場が、今は北秋田市阿仁支所となっているが、駅のすぐ横にありこの間に余裕をもって行って帰ることができた。これが同じ列車だったら例え1時間の途中停車であっても、「同一列車の停車中の訪問は認めない」いう私の決めたルールによりカウント不可だが、この場合は列車が異なるので立派な途中下車である。今回のこのケースは役場めぐりにとっては実に都合良く、私にとっては非常にラッキーだった。阿仁合には車庫があり何台かの車両が留置されていた。この鉄道の運行拠点なのだろう。

 この後は時間を有効に使おうと合川に先に行き、米内沢に戻った。合川町、森吉町役場に行ったがそれぞれ阿仁町と同じ時期の2005年3月の合併で北秋田市合川支所、森吉支所となっていた。新しい市の市役所は鷹巣にあるが、ここへは昨年のちょうど今頃、北海道の渡島半島から青森県内をまわり、大館能代空港から東京に戻る途中に来ている。新市は鷹巣で米代川本流に注ぐ支流阿仁川の流域全部をカバーする面積の広い市だが、いずれも人口減が激しい。2005年3月末の住民基本台帳による人口は40,382人だが、1992年3月末は46,495だったからこの間に6千人、率にして13%の減少である。実際は出稼ぎや勉学に出ている人も多いだろうから今はもっと少ないと思う。どこも町は死んだように静かだった。

 阿仁川のさらに支流に小阿仁川がありこの流域に上小阿仁村がある。秋田と鷹巣を短絡する国道285号線の鷹巣と五城目とのほぼ中間にあり、五城目方面からのバスがあるかと思っていたらやはりここは阿仁川の水系であることから定期路線は鷹巣方面からしかなかった。バスには縦貫鉄道の合川を通るものと米内沢を通るものとの2系統があり、前述の森吉支所に行った後近くの操車場というバス停から後者に乗り、帰りは合川経由の前者で鷹巣に行った。結局内陸縦貫鉄道の合川・鷹巣間は乗らずに終わってしまった。上小阿仁村は今回の合併には加わらず単独で歩み続けるのだろうか。人口3千人の、山奥の忘れられたような村だった。

 秋田内陸縦貫鉄道は年々人口減と高齢化が進む地域だけを走っているので、今でも経営が苦しいはずだが、ますます悪化して行くと思われる。また分水嶺を挟んで殆ど経済的にも文化的にも交流がないので、この区間を通して乗るのは観光客しかいそうにない。それでも同じ秋田県の中では由利高原鉄道に比べればまだ条件は良いだろう。それは回遊ルートに組み込めるからだ。今回売り出す「秋田・内陸回遊パス」などは実に当を得た切符だと思う。一方の角館を拠点に白神山地や、後述する小坂町の産業遺産、あるいは十和田湖などを組み合わせたいくつかのモデル・コースを作り、全国に大々的にPRをしたら良いと思う。沿線の景色は決して雄大とか派手とかいうものではないが、緑は濃く日本の田舎の原風景といったものが残っている。「大人の休日倶楽部会員パス」を使うような中高年には好まれそうな路線だと思う。さまざまな企画を考えて効果的なPRを行えばまだまだあきらめることはない鉄道だと思う。

鉱山で栄えた小坂の芝居小屋

 大館に泊まった翌日は、朝のうちに大館市と合併した町村をまわり、花輪線で鹿角市に行った。そして小坂町まで秋北バスに乗った。終点のバス停が小坂町という名前で、町役場の前だった。役場は古くて小さく、全国ボロ役場のベスト3に入りそうなものだ。ワースト3と言わない訳は後で述べる。どこが入口なのかもわからないような役場の写真を撮り、次の大館に行くまでの小一時間、昼食のできるところがないかとバスで来た道を引き返した。

 少し戻ると小坂鉄道の小坂駅、製錬所の資材や製品を輸送するための貨物列車の駅だ。1994年までは旅客輸送も行っていた。広い貨物ヤードに1面の旅客ホーム、小さな駅舎も残っていて中で人が働いているようだった。また駅前広場は立木や花壇などがきちんと刈り込まれ清潔な感じで今でも旅客営業を行っているかのようだった。駅舎の玄関には「当駅は貨物専用駅ですので一般の方の入場や写真撮影などは固くお断りします」と書かれた紙が貼ってあり鍵もかかっていた。

 「日本最古の芝居小屋康楽館入口」と書かれた案内がありそれにつられて線路に沿って良く手入れされた並木道を100メートルくらい進むとそれがあり、さらにその先には白亜の堂々とした西洋館も見えた。芝居小屋は外観正面が板張りで白塗り、これも洋風の建物だ。600円で中を見物させてくれるので窓口で切符を買うと、12時半からの公演はどうですかと聞かれたが後の行程にさしつかえるので見学だけとした。

 中年男性ガイドの案内で上下の客席、舞台、奈落を見せてもらう。客席は江戸時代にタイムスリップしたような桟敷で座布団がきれいに並んでいる。舞台に向かって緩く傾斜しており、後部には照明係のブースと、その横には臨検者のための席もあったが、貴賓席というものは特になかった。舞台は廻り舞台となっていて、回転は奈落で4人の人力で行い、また花道の途中にある切穴(すっぽん)のせり上がりも人がロープを引っ張って行うというものだった。

 外見は洋式だが内部は純和式のこの小屋は明治43年(1910年)、当時国内でも有数の金、銀、銅を産出していた藤田組小坂鉱山の厚生施設のひとつとして建てられたもので、当時の金で15万円、現在の価値では5億くらいしたそうだ。その後鉱山の衰退とともに昭和40年(1965年)に休館、朽ち果てたまま放置されていた。20年後の昭和60年(1985年)、町に無償で譲渡されると町は2億円をかけて全面改装する。このときに、基本は木造だが一部構造上の必要性から鉄骨による補強なども行ったという。1985年頃というと全国どこの自治体も役場庁舎の新築を競った頃だ。小坂町では庁舎に金をかけるよりも余程すばらしいことをした。だから私はここの役場をボロのベスト3として讃えたいのである。

 ガイドの男性は良く説明してくれ、こちらの質問にも実に丁寧に答えてくれた。そんな話を聞いていたら芝居も見たくなってきた。私は以前岐阜県加子母村(現在は中津川市)に役場めぐりに行ったときに「明治座」という芝居小屋を見学しているが芝居は見ていない。パリのオペラ座、ウィーンの国立歌劇場、バイロイトの祝祭劇場などいずれも館内見学だけはしていながら一度も上演を観たことがない。今回も見学だけで終わるのは後悔を残しそうなので、役場の訪問件数が減ってもここは芝居を見ようと心に決めた。

 始まるまでは、その先にあるルネッサンス風外観の華麗で瀟洒な姿をした木造3階建ての小坂鉱山事務所を見学した。中には鉱山の歴史を中心に模型や写真の展示が多く充実しており、またレストランもあった。

 開演が近づき、今度は観客として桟敷に座った。600人収容の客席には青森から来たという20人くらいの団体が車座になって弁当を食べていた以外客は私だけのようだった。町営の芝居小屋として今は全国各地の芝居一座を呼んで常設公演をしているほか、有名な役者による「歌舞伎大芝居」なども時にあるそうだ。開演時間になると2階の雨戸が閉められ緞帳が上がる。照明は1人のオペレーターが複数の投光器をリモートで操るというハイテクを駆使したもので、人力による雨戸開閉や舞台操作とのアンバランスが面白い。出し物は人情噺のほか踊りなどで男性4人、女性3人の役者が一人で何役もこなしながら入れ替わり立ち替わり出入りしていた。他愛のない人情話だったが皆一生懸命演じていたし、それを観ながらこの小屋の成り立ちや役場のボロ具合を思い出すと思わずジーンと来るものがあった。

 観光バスで来る団体客も多いようで、ここは十和田湖などの観光コースにも組み込まれているようだ。それならばいっそのこと、小坂鉄道に観光客のための旅客列車を走らせたらどうだろう。芝居小屋の前面を線路が走っているからここに駅を作って大館から客を乗せればいい。もちろん秋田からとか、あるいは角館からの急行「もりよし」をここまで延長しても良い。なにしろ線路というインフラが出来ており、それも重量貨物を運ぶ強固なものだから、旅客列車を走らせることくらい簡単だと思うがどうだろうか。車両の調達が難しかったら、スイスあたりから中古の客車を買ってきて、貨物列車の後ろに繋いでもいい。尤も後で知ったのだが、ここの貨物には濃硫酸もあり、それに客車を連結することは多分国交省が許さないだろうと思ったりもした。

 小坂町の現在の人口は6800人ほどだが小坂鉱山の最盛期、明治末期には3万人近くおり当時の秋田県内では秋田に次ぐ第二の都市で、また電気や水道の普及は県内一だったそうだ。鉱山閉山後、今は小坂精錬所が海外から輸入した鉱石を精錬しており、その原材料や製品を運んでいるのが前述の鉄道で、これはこの会社の一部門である。

 鉱山事務所や芝居小屋の一帯はヨーロッパの街並みに似ており、わが国の鉱工業近代化の足取りを語ってくれる産業遺跡そのものだ。十和田湖もこの町に接しているのだから上手く組み合わせ、観光都市として生きて行けるのではないだろうか。平成の合併でも単独で残ることを選択したこの町が、もしもそのような考え方から積極的に合併しないことを決断したのならば喜ばしいことである。

進む過疎化、大館市、能代市

 大館行きのバスは小坂鉄道の線路と並行して走り、いくつか踏切があり何度か左右が入れ替わった。山の中から米代川中流の大館盆地に出る。市街地が始まるころ、まず現れるのは広い駐車場を持った大型ショッピング・センターや郊外レストランで、日本中どこでも目にする同じ風景だ。大館市の中心街はJR駅から2キロくらい離れた、米代川対岸の市役所の周辺で、市役所前の道路を挟んだ対面には秋北バスのターミナルがある。ここが大館に本社を置く秋北グループの拠点でバス・ターミナルの2階以上は秋北ホテルが聳えていた。

 そこから駅までは、シャッター通りそのもので、店は半分どころか3軒から4軒に1軒の割でしか開いていない。特に駅近くの角地に建つジャスコ店は、4階建ての大型店だったが閉鎖され、無人のままだった。尤も同じグループのイオンスーパーセンターの大型店舗が郊外にある。企業が業態を転換したり店舗を再配置することは基本的には企業の自由ではあるが、この規模になると地域への影響は大きい。中心市街地が衰退し、郊外の大規模店に客が吸い取られるといういびつな形が、競争の結果、すなわち住民がそれを選んだ結果でそうなったのなら致し方ないが、企業が意図的にそれを行ったということであれば好ましいことではない。これを許したのは行政の力不足と言えないではないだろうか。

 芝居見物をしたために、能代への到着時間はかなり遅くなったが二ツ井町、藤里町と予定どうり役場訪問ができた。二ツ井の庁舎はゆったりとして敷地に建つごうかなものだった。二ツ井から東能代間では思いがけず寝台特急「あけぼの」に乗車することになった。この列車の青森・羽後本荘間は座席利用ができる。指定席扱いで「大人の休日倶楽部会員パス」でも利用可能、二ツ井駅の、外注先の社員と思われる窓口氏は営業マニュアルと首っ引きで、4号車4番C席という座席指定切符を発券してくれた。寝台の下段を3人掛けにしたときの一番通路側の席だった。L特急のない時間帯で、秋田方面へ帰るビジネス客などには便利な列車なのだろうか、かなりの座席利用があった。二段ベットが向き合うひとつのボックスに6人の見知らぬ客同士がお互いに黙ってじっと座っていて、ヨーロッパのコンパートメントを思いだした。

 東能代で能代線に乗換え能代駅で下車。20時30分を過ぎて市役所には明日行くことにしビジネスホテルに泊まった。

消えた役場 旧峰浜村

 能代に泊まった翌朝は強い雨だった。大館と同じように中心市街地の衰退ぶりが目立ったが、こちらの方は道路が広いせいか余計その印象が大きかった。ただし中心街にイオン・ジャスコ店という、見たところ廃店となった大館のジャスコ店と同じかそれよりも大きいような店舗が営業をしていた。同グループの今後の計画は窺い知れないが、市街地にとっては最後の砦といってもいいくらいその役割は大きいと思う。今後について企業も行政も慎重な対応が必要であろう。

 市役所は、両側の歩道と中央分離帯に欅並木が3列続くなかなか格調のある道路に面したもので、鉄筋コンクリートの3階建に屋根瓦をもつもので、周囲の風景と良く調和していた。

 能代市内には「ハマナス号」という市街地循環バスが走っている。最近多くの都市で見かける自治体バスだが、特徴的なのは正確に1時間に1~2本走っているので各バス停の到着時刻は毎時同じ、例えば駅前ならば毎時12分と47分に来る。そしてここが良いアイデアだと思ったのは、バス停のポールにその時分が大きく書いてあることで、ここにはいつバスが来るのか一目でわかることだ。利用者の視線に立った素晴らしいアイデアだ。運行は秋北バスに委託しているようだが、小型車両で1乗車150円の均一、見たところ結構利用者がいた。全国の自治体バスの中には、1日に数えるほどしか運行しておらず、それで事足りるとしている所が多い。中にはチラシなど分かりやすいものを作ろうと努力している所はいくつかあるが、利用しやすくするための工夫をしているという例はあまり見ていないだけに、このバスには拍手を送りたい。

 能代バス・ターミナルからはまずバスで五能線沿いに旧峰浜村へ、その後は列車で八森町に行き能代に戻ったが、旧峰浜村でははじめての面白い体験をした。2006年3月に北隣の八森町と合併し八峰町となったところで、語呂合わせのような町名だが、旧峰浜村役場に行くために峰浜庁舎前というバス停で下車した。しかしそんな建物はない。すぐ近くにきれいに整地したかなり広い土地があり、門柱だけが残っていたが表札は上から白ペンキを塗って消してある。その横には秋田銀行のATMが設置してある小屋と郵便ポストだけがあった。近所の人に聞くと、ここにあった庁舎は昨年火事で焼失し、支所の機能はあちこちに分散させているので代替事務所のようなものはない、また2年後に新町が新庁舎を建てるのでそのときに完全統合するとのことだった。

 合併し本庁にならなかった旧役所・役場庁舎には数多く行っているが、呼称やその機能はともかくいずれも支所として残っている。だから庁舎というものは必ずあるものだと思っていたのだが、公共交通による市町村役所・役場めぐりの2296件目にしてはじめて完全に消えてなくなった庁舎というものに出会った。合併のそもそもの狙いから言って、私は住民の利便性を損なわない範囲での庁舎の統廃合は積極的に行うべきだと思っているのだが、逆に言えば火事でもない限り統廃合は進まないものなのかも知れない。

 能代からはバスと鉄道を継ぎながら、八郎潟北部の3町に行った。奥羽本線の森岳駅近くの山本町の町役場は学校の校舎と同じつくりになっていた。

 秋田に着き8分後に発車する「こまち」で田沢湖まで行き、仙北市の市役所となった旧田沢湖町役場に行くことで秋田県全69市町村全部にまわった。これで全県走破は鳥取、静岡、神奈川に続く4県目である。なお69という数字は平成の合併前のもので今は25市町村で64%減、秋田県は合併が進んだ県だと言える。今回3日間で回った20市町村のすべてが、私が正確に記録をつけはじめた1992年と比べると人口が減っていた。秋田県北部という、東北地方のなかでも恐らく首都圏からの交通が最も不便なところだと思うが、それでもただ衰退に手を拱くだけでなく、内陸縦貫鉄道の回遊パス、小坂町の芝居小屋、能代市の市街地循環バスなどさまざまなアイデアで地域振興を図っているところがあった。人口減は防ぎようがないだろうが、それでも観光客を呼ぶアイデアは、少なくとも合併した自治体単位くらいでは考えてもらいたいものである。

公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅 【全100回】 公開日
(その1)総集編|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2020年1月31日
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(その3)青森県|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2014年6月1日
(その4)東京都・埼玉県|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2014年4月1日
(その5)新島と御蔵島|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2014年7月1日
(その6)奄美諸島と座間味島|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2015年4月1日
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(その16)悪天候で予定通りには行かなかった大分県の市町村役場めぐり|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2005年12月19日
(その17)2006年沖縄離島めぐりの旅|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年3月8日
(その18)2006年青ヶ島訪問記|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年5月8日
(その19)2006年6月14日 一日でまわった東京23区|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年6月14日
(その20)2006年 道南から津軽・下北へ|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年6月26日
(その21)2006年11月西彼杵半島と島原半島|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2006年11月20日
(その22)和歌山・三重|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2007年4月6日
(その23)トカラ列島と奄美群島|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2007年5月10日
(その24)北海道東部の旅 |公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2007年6月12日
(その25)「大人の休日倶楽部会員パス」による秋田県北部の旅|公共交通による市町村役所・役場めぐりの旅|公開日は(旅行日(済)) 2007年6月27日