Presented by 幻冬舎ルネッサンス

特別連載インタビュー

当たり前を疑う、すさまじい人間不信

──ホラーサスペンス大賞を受賞した代表作『リカ』について

 五十嵐:この作品は知人Aから聞いた、1990年代後期に流行した「ダイヤルQ2」(編集部注:NTT東日本とNTT西日本が代金回収を代行する有料の情報提供サービス。特に成人向け情報発信に盛んに利用されたが、2014年にサービス終了。『パソコン用語辞典』を参考)にまつわる体験談を元にしています。Aは当時40歳を越えていて妻子持ちでしたが、やたらダイヤルQ2を利用していた。「危ないんじゃないの?」と言いましたが、本人はまったく気にしない。そのAがあるとき、車を貸してくれ、と。その車でガールフレンドと一泊旅行に行きました。翌日12時までに車を返す約束だったのに、帰ってきたのは翌々日の早朝5時。連絡もなかったので腹が立って「それはないだろう」と喧嘩になり、知り合いでもあったその女性に後日言ったんです。「自分がだまされているの分かってる? Aには、奥さんいるよ」。するとその後Aから電話が来ました。「お前さ、ああいうこと言うなよ。彼女、手首切っちゃってさ。彼女の部屋、血だらけで……まいったよ」と。Aとの友情は壊れませんでしたが、「一つ間違うと危ないことってあるよね」と。

──なんだかとんでもないところから着想された作品だったんですね。

 五十嵐:当時、ダイヤルQ2にはまった友人が、「お前もやってみろ」と盛んに勧めるんですよ。出会い系サイトとか、とにかく成功例を語る。90年代後期はインターネットの黎明期だったから、物珍しさもあったんでしょうね。プロフィールとメッセージを書いて送るだけ。ある種の文通だと聞いていたので一度やってみたんです。文章には自信があったから、うまくいくだろうと。しかし、一向に返事が来ない。送った文面を友人に見せたら「お前は嘘をついている」とまず言われた。次に「センテンスを短く」とか直されて(笑)。言われたとおりにやったら返信率がアップしたんですよ。同時に、世の中には信じがたいほど簡単に電話番号を見ず知らずの男に教える女性がいるということにも驚きました。怖くて実際に会うまでには至らなかったのですが、当時、主婦がダイヤルQ2をきっかけに知り合った男に殺されるという事件が大きなニュースにもなりました。徐々にエピソードが自分のなかに溜まってきて、『リカ』という作品になりました。

──『リカ』の最後は主人公の本間隆雄が生きる屍になってしまいます。

 五十嵐:『リカ』を通じて書きたかったのは「インターネットへの不信感」でもあるんです。多くの人がなぜああいうものを信じるのか、僕にはさっぱり分からない。システムを構築しているのは人間です。その人間に悪意があったらどうするのか? 鵜呑みにして信じた結果、本間のような生きる屍になってしまうことはあるんじゃないでしょうか。

──インターネット空間を「悪魔のすみか」と登場人物に語らせていましたね。

 五十嵐:インターネットは非常にうさんくさい。便利だし、なくなったら困りますけど、どうやって折り合いをつけていくかということだと思う。僕はすさまじく人間不信なんです。でも、そういう当たり前のことを疑ったり、別の角度から見ることは自己防衛も含めて、現代では重要なことだと思いますね。

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