Presented by 幻冬舎ルネッサンス新社

特別インタビュー 朝井リョウ 自分にとって書くこと、表現することとは

23歳の時に『もういちど生まれる』で直木賞に初めてノミネートされ、『何者』で同賞に輝いた、朝井リョウさん。どの小説も、純文学とエンターテインメントの感触が同在しており、ミステリーや青春小説などのジャンルで語ることは難しい。「小説幻冬」で連載中の「どうしても生きてる」は、彼の作家性を象徴する短編シリーズだ。「朝井リョウの小説」としか呼べない作品群はどのように誕生しているのか? その回答には、小説という表現ジャンルの自由さ、多様さを指し示す言葉が宿っていた。

大切なことは、ちゃんとがっかりすること。

──朝井さんは早稲田大学在学中の20歳の時、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー、23歳の時に『何者』で直木賞を戦後最年少で受賞されました。こうまとめるとトントン拍子ですが、デビューを勝ち取るまでの「投稿時代」は長かったんですよね。

 朝井:初めて投稿したのは小学6年生でした。そこから7、8年間、ひたすら投稿しては箸にも棒にもかからない状況でしたが、諦めずに書き続けていられたのは、書いたものを学校の先生に突如提出しては読んでもらったりして、“読者の反応”をどうにか生み出していたからだと思うんです。当時はネットの小説投稿サイト黎明期で、私も例に漏れず作品をアップして見ず知らずの人から感想をもらったりしていました。それ以外にも、尊敬するさくらももこさんからの影響まみれの日常系エッセイをブログ的に書いて、アクセスランキングで1位になったこともありました。出版社への投稿って、最終選考にでも残らない限り何の反応もないんですよね。だから、身近な人に読んでもらったりネットにアップすることで反応を無理やりにでも生み出して、やる気を持続させていました。

──自分が書いたものを誰かに読んでもらう、楽しんでもらうことがモチベーションになっていた?

 朝井:当時はそうでした。そもそも文章を書くことが好きで、自分が楽しいからっていうのは大前提なんですけど、今よりも読者の反応を楽しみにしていたと思います。だって、小説を書くことって、がっかりすることの積み重ねなんですよ。自分的にはすっごく面白い構想を頭の中で描いていても、一文字目を書き始めた時点で一気に10分の1ぐらいの面白さになって、書き進めるうちにまたどんどん減っていき、書き終えるとさらに100分の1ぐらいになっている。途中で「こんなはずじゃなかった」とやめてしまうというのが大半だと思うんです。小説を書くことって、一文字書くごとに理想からかけ離れていってしまう自分の情けなさと向き合い続けることでもあると思います。なので、まずは作品をちゃんと書き終えるということ、そして「書き終え続ける」ことを繰り返していくだけでも、夢に相当近づけると思うんです。

──楽しいだけでなく、がっかりするような感覚って今でもありますか?

 朝井:毎回、必ずあります。最近そのことについてやっと少し説明できるようになったんです。人間って現段階では、言葉でしかコミュニケーションが取れないですよね。それはつまりどういうことかって言うと、本来は言葉にできないものも言葉にしているってことだと思うんですよ。その最たる例が法律で、例えば「少年法」。<この法律で「少年」とは、二十歳に満たない者をいい、「成人」とは、満二十歳以上の者をいう>(第一章第二条)……これって、めちゃめちゃ苦肉の策だと思うんですよ。二十歳ってのはただの数字だし、ここを境目にして犯した罪の重さが変わるなんて変だってことは誰もがわかっている。だけど、二十歳っていう言葉以外に、人間を「少年」と「成人」に分ける言葉がないんですよね。責任能力、みたいな言葉もその類だと思います。
小説も、途中で「書きたかった気持ちを表現できている!」って痺れるときがあるはあるんですけど、書き終わった頃には必ず「本当は表現できないものを、今の自分が知っている言葉にぎゅっと無理やり収めちゃったな」となってしまうんですよね。「そこに収まらなかったものが、ここに残ってるじゃん……」って両掌を見つめるみたいな。それが次の小説の題材になったりする。マッチポンプです。でも、がっかりすることはイコール次に書きたいものが見つかるってことでもあるわけだから、大事なことはやっぱり、途中で投げ出さずに書き終えることだと思います。