Presented by 幻冬舎ルネッサンス

特別連載インタビュー

言語化することをあきらめない

──彩瀬さんにとって、小説を書く原動力って何だと思いますか。

 彩瀬:前に雑誌で尾崎世界観さんと対談した時に、尾崎さんは喜怒哀楽の「怒」が原動力になっているとおっしゃっていたんです。私は喜怒哀楽の実感が薄くて、「怒」は一番下にあるくらい。たぶん、内面の自己認識が若干ふわふわしているのかなと思います。
 私はその時、「分析かな」と言いました。昔から、親と口ゲンカした時なんかでも、わっと感情も湧くんですけれど、と同時に「私、今怒ってる?」と思うし、人と話していて「ん?」と思ったら「この気持ち悪い感じはなんだろう」と考えるところがあります。感情の器がいっぱいにならないんですね。そういうタイプだし、しょうがないとは思っているんですが、自分の器がいっぱいになるということに対する憧憬もすごく深いです。

──デビューから10年近く経って、自分の変化は感じますか。

 彩瀬:物語の類型として個人志向と社会志向があるとすると、だんだん個人志向から社会志向に寄っていっているなと感じます。これまでは、視点人物の個人的な問題があって、その人の心がけやものの見方が変わることで物語にも変化が起きる話を書いていた節がありました。それがだんだん、一人の内面だけで解決する問題ってないんじゃないかと思うようになって。本人が変わる必要もあるけれど、環境にも変えられる要素があるんじゃないのか、とか。それを実現するには、主人公が他者に向かってアクセスして、交渉していくエネルギーが必要なんですよね。そのほうが話の規模も大きくなる。自分はただ、まだ書く力がそこまで及ばないから、スケールの小さい話を書いているんじゃないかと思えてきたんです。だから、大きな規模を書けないから主人公の個人的な話を書くのではなく、ほかの書き方もできるけれどあえてそれを書く、という状態にしていきたい。今はそんなふうに、ちょっとずつ苦手だったものを訓練している感じがあります。

──小説家を目指している人たちに、アドバイスをください。

 彩瀬:マクロな小説が得意な人、ミクロな小説が得意な人がいると思います。私は、構造で物語を動かしていくマクロな小説よりも、自分がふと感じたことをしつこく憶えていて言語化しようとしてミクロな小説を書くようになっていきました。なのでミクロな作風で何か書いてみたい方に言えるとしたら、とにかく言語化をあきらめないで、ということ。あなたが今ふわっと感じた日本語にできない感覚は、必ず言語化できる。一行ですむのか、一冊になるのかは分からないけれど、それを感じた人にしか書けないことがありますから。そして言語化できると、それについて誰かと語り合うことができる。それは素晴らしい体験になります。

Interviewer=瀧井朝世
Photographer=三原久明

著者プロフィール

彩瀬 まるあやせ まる

1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞しデビュー。
16年『やがて海へと届く』で第38回野間文芸新人賞候補、17年『くちなし』で第158回直木賞候補、第5回高校生直木賞受賞。
その他著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『不在』『森があふれる』など多数。

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