Presented by 幻冬舎ルネッサンス

特別連載インタビュー

自分の嗅覚を信じて書き続けた日々

──ファンタジー長篇のあと、また小説を書き始めたのはいつごろですか。

 彩瀬:大学3年生の時です。就職活動の時期に将来を考えて、なぜか小説を書こうと思ったんです。そこからは30枚くらいの短いものをちょこちょこ書くようになりました。周りの人に読ませたら面白がってくれたし、ネットの投稿サイトに出したら誰かからのレスポンスをもらえる状況だったので、継続的に書くようになりました。小説家志望の人が集まるサイトにアップすると、親切な人が「ここは分かりにくいよ」などと教えてくれるので、それを参考にしたりして。これを職業にできたらいいなとも思うようになりました。
 書いていたのは、そんなにオリジナリティのあるものではなかったです。真夜中に勤め人の女の人が公園で不思議な少年に出会う話とか、小学生が友達とお祭りに行ったら祭囃子に合わせて友達がだんだん狐になっていっちゃった話とか。ふんわりと不思議な話を書くのが好きでした。

──そして新人賞にも応募をするようになったのですか?

 彩瀬:大学3年生の時に、すばる文学賞に応募して、3次選考まで行ったんですよ。はじめて応募したもので3次まで行って、その後にR-18文学賞に出したらそれも最終選考まで残ったので調子に乗ったんですが、そこからが長かった(笑)。

──どういうジャンルの小説を書くかはあまり気にしていなかったんですね。

 彩瀬:エンタメと純文学の違いもよく分かっていなかったんです。ジャンルではなく、ただ、100枚以内の原稿で応募できるところを選んでいました。

──文章修業は何かしましたか。

 彩瀬:大学生のころに、辺見 庸さんのエッセイを書き写していました。辺見さんは鮮やかで、でもグロテスクというか、ぐわっと恐ろしさを感じることを書く。例えば、年末のきれいな冬の夜にホームレスの人が椿の花を食べていた、というエッセイがあるんです。口から椿の花があふれて血のようで、周りにはつぶれた椿の甘い香りが漂っていて。「椿なんか食うなよ」と言ったら、「あけましておめでとう」と言われた、という長くはないエッセイなんですが、短い枚数でもビビッドで見逃せないと感じたものはノートに書き写していました。川上弘美さんの「おめでとう」という短篇も書き写しましたね。なんでこんなに上手に書けるんだろうと思いながら。

──卒業後は就職されたんですよね。

 彩瀬:はい。そのあとも小説は書いていたんですが、仕事も忙しくて落ち着いて考えることもできないし、「このままだと駄目かもな」って思うようになって。就職したのは小売業で、私は接客は好きだったんですけれど、管理職になるとたくさんの人を動かす勘所が分からなくなる。私は自分に向いていることと向いていないことを嗅ぎ分ける嗅覚があるので(笑)、文章を書くことは自分に向いているイメージがあったので、これはもう、2年くらい時間をとってがっつり投稿をして、駄目だったら再就職しようと思いました。勤め始めのころからなんとなく不安があったのでお金も貯めていましたし。それで仕事を辞めて、半年後に「花に眩む」でR-18文学賞の読者賞をいただきました。

──それが2010年ですね。「花に眩む」は人の肌から植物の芽が出る話で、最新作の『森があふれる』の妻が発芽するという話とモチーフが通じていますね。

 彩瀬:私はどうも、人の肌に対して土壌というイメージがあるようです。「花に眩む」はまだどの単行本にも収録されていないので、『森があふれる』を出す時に収録しようかとも思ったんです。でも『森があふれる』が既存の男女観を疑う内容であるのに対して、20代で書いた「花に眩む」はジェンダーの問題について何も考えずに書いた恋愛ものなんで、私の男性に対する勝手な期待、ファンタジーが入っているんですよね。今はそうしたファンタジーを抱く感覚は薄れているので、編集者に「この2作を一緒に収録すると混乱しません?」と言われ、収録するのはやめました。

特別連載インタビュー