Presented by 幻冬舎ルネッサンス

特別連載インタビュー

文章を書く人が生き残るために考えるべきことは若い人たちがどうやって言葉にアクセスするのか

──30年の作家生活を振り返ってみて、転機はいつだったと思いますか。

 吉本:公式サイトを開設して、ブログを始めたのと子どもを産んだのがほとんど同時だったので2000年から2003年くらい。『デッドエンドの思い出』の頃ですね。そこでネットというものに関わっていこうと決めたので、今思うとそれがすごい転機になった気がします。行きつけのおかまバーのおかまに「マホちゃん(※ばななさんの本名)、このままじゃダメよ。世の中の人はあなたのこと、もう知らないわよ」って叱られて。自分としてはデビュー当時が異常な状況で、このままひっそりマイペースで書き続けていけるなら、むしろ本望だって満足していたんですけど、その人があまりに真顔だったので、このままカルト作家として消えていくにはちょっと早いのかもって思っちゃって。その頃って私があまりに表に出なかったので、吉本ばななは刑務所に入ってるとか根も葉もない情報が出たりしたんです。公式サイトがあれば本当のことが言えるし、ファンの人を安心させられるかなと。実際やってみたらインターネットというものの大きさを実感して、これからの世の中はこっちにいっちゃうんだろうなというのがよくわかりました。

──事務所もたたまれて身ひとつになって、腰をすえて新しいヴォイスで語り始めているというのを、近年のエッセイからもひしひしと感じます。

 吉本:自分でもそう思います。『王国』を出した頃、一時期、名前を平仮名の「よしもとばなな」にしたんです。家庭運があまり良くない名前だったので「そんなに仕事はしませんよ」って名前にしたんですけど、子どもも大きくなったので「よし、仕事するぞ」と漢字の「吉本ばなな」に戻したんです。それも節目のひとつになっているかもしれない。従業員を背負わなくてよくなったというのも大きいですね。この仕事も受けなきゃいけないのかなとか余計なことを考えないで済むので、小説に集中できるようになりました。

──近年はメルマガ以外にもアメブロを始められたり、noteで連載小説も始まったり、フレキシブルにネットから発信される機会が増えているように感じます。

 吉本:そうですね。いずれ本になるので先に読みたい人はどうぞという感じで、自分では気負ったことをやっているつもりもないんですけど、出版不況に関わるトラブルに時間をとられるのはもったいないなと思って。たとえば不況だから打ち合わせがステーキじゃなくて蕎麦屋になったみたいなのは全然構わないんですけど、今までは校正を3回やっていたのを2回にしますとか、作業が雑になるみたいなことが結構あって。いちいち揉めるなら、自分でゲラになるまでの作業はやって、編集者に引き継いだ方が効率がいいだろうと。ちょうどタブラ奏者のユザーンさんと出会って、彼のやり方に学んだのかも。これからはタブラがあればどこででもやれるみたいな状況にしておかないと、たぶん文章を書く人も生き残ってもいけないんだろうなと。若い人たちがどうやって言葉にアクセスするのかを考えたら、ネットがないと話にならないし。

──吉本ばななは読み手に向き合ってきた作家、特に若い読者、今、居場所が見つけられない人に向けて語りかけてきた作家なんだということをあらためて感じます。

 吉本:それは自分がそうだったからだと思います。人の書いたものに救われてきたから、自分もそのお返しをしたいなという気持ちがある。そういう意味では、私がやりたいことは小説を書くこととはちょっと違うのかもしれないというのはよく思います。私がほとんど表に出なかった時期も世の中は決していい状況ではなかったけれど、今のように自分じゃなきゃできないことがあるという感じではなかった。今は日本の若い人たちの状況があまりよくないから、できることがある時だなと感じています。今の若い人たちってこうしなきゃいけないがあまりにも多すぎる気がして、せめて心はいつも自由なんだってことを常に訴えたいなと思っています。

著者プロフィール

吉本ばななよしもとばなな

1964年東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、海外での受賞も多数。近著に小説『吹上奇譚 第二話 どんぶり』(幻冬舎)、大野百合子さんとの共著『そうだ魔法使いになろう! 望む豊かさを手に入れる』(徳間書店)がある。noteにて配信中の「どくだみちゃんとふしばな」 をまとめた単行本も発売中。

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