著者プロフィール                

       
スイスルツェルン駅の一日 〜 海外地理紀行(その2)

児井正臣


昭和20年1月19日
横浜市で生まれる。

昭和38年3月
東京都立両国高校を卒業

昭和43年3月
慶応義塾大学商学部を卒業(ゼミは交通経済学)

昭和43年4月
日本アイ・ビー・エム株式会社に入社

平成 3年12月
一般旅行業務取扱主任者の資格を独学で取得
 
平成16年12月
日本アイ・ビー・エム株式会社を定年退職その後6年間同社の社員研修講師を非常勤で勤める

平成17年3月
近代文芸社より「地理が面白い-公共交通機関による全国市町村役所・役場めぐり」出版

平成22年4月
幻冬舎ルネッサンス新書「ヨーロッパ各停列車で行くハイドンの旅」出版

令和3年2月
幻冬舎ルネッサンス新書「自然災害と大移住──前代未聞の防災プラン」出版


現在所属している団体
地理の会
海外鉄道研究会
離島研究クラブ
長尾台コミュニティバス利用者協議会
稲田郷土史会
多摩慶応倶楽部


過去に所属していた団体
川崎市多摩区まちづくり協議会
麻生フィルハーモニー管弦楽団 (オーボエ、イングリッシュホルン奏者)

スイスルツェルン駅の一日 〜 海外地理紀行(その2)

スイスは九州と同じくらいの面積のところに約750万人が住んでいる。おおよそドイツ語圏60%、フランス語圏30%イタリア語圏10%の割だが、第四の言語としてロマンシュ語があり、これは0.5%にも満たないが、この4言語が公用語である。スイスの鉄道は観光資源の一部としてその雄大な風景と良く調和しているが、本来の鉄道の目的である輸送面での速さ、便利さ、快適さでおそらく世界の最先端を行っているのではないかと思う。ドイツ語圏であるルツェルン駅およびその近郊をまわるとそのこと実感する。そのいくつかを紹介したい。

終端駅

ルツェルン駅は終端型の駅である。終端型の駅というのはもともとすべての列車がその都市を起終点とし、乗客はすべてがそこに住んでいるかそこに用がある人達であり、そこを素通りしてその先に行くような客はあまりいないという考えで作られた駅である。それだけに古くからのその国や地方の中心地で、それだけのプライドをもつ都市にしかない。ロンドンやパリの各駅が皆この形だし、東京もかつては新橋、上野、飯田町、両国がそうだった。スイスでは大都会では他にはチューリッヒのみが終端型でベルンやジュネーブやバーゼルは通過型である。

ルツェルン市は人口6万人弱、わが国で最大の北海道足寄町と同じくらいの面積のルツェルン州でさえ人口35万人とスイスでは決して上位ではないのに終端型になっているのは早くからスイスの中心として開けたからである。スイスの歴史の上でもっとも早くハプスブルク領から独立を達成した原初3邦の中心だったことと、水運に都合の良いフィアバルト・ステッテ湖の舟運との連絡駅として重要な地位を占めていたからだろう。この湖は南北に細長く、その頂点にあるのがルツェルンで、約40キロ離れたアルスドルフまで川のように狭い湖面が続いてい る。この先はザンクト・ゴッタルト峠を越えてイタリアまで通じていて、ヨーロッパの南北を結ぶ重要な通商路の一部となっていた。

そのような古い歴史をもち、観光地としても有名なルツェルンだが、今では毎年夏の「ルツェルン音楽祭」が有名で世界中の一流オーケストラがやって来る。それらの演奏が行われるのがルツェルン駅隣のコンツェルト・ザール(KKL)で、その近代的建築は湖上の船から眺めると、駅と並んで見事なコントラストをなしている。ルツェルン駅の建物は近代的なものだが、旧駅の玄関の壁面が正面に保存されているので、船から見ると旧駅そのものが今でもあるように見える。

扇の要

ルツェルンからは6方向に線路が出ており、ホームは15番線まである。このうちインターラーケン方面に向かうブリューニック線はメーター・ゲージなので別として他はルツェルン駅を発車すると間もなく2本の線路に束ねられる。そして短いトンネルを抜けるとまず右に単線のカッセナハトを経由してアルトゴルダウ方面へ行く単線の分岐があり、ついで左右にチューリッヒ方面とベルン方面が分かれる、更に次駅のエンメンブルックを過ぎるとバーゼル方面とレンズブルク方面が分かれるという具合にいったん2本に束ねられた線路が短い間に5方向に分離される。すなわち駅北のトンネルがまさに扇の要、あるいは砂時計の首の部分となっている。 複線にはなっているが、上り下りと決めているのではなく、2本の線路を柔軟に使い分けていて、ポイントの番数も大きいので、どの列車も徐行することなく各方面に向かって疾走している。どの方面にも平均すると1時間に2本程度の列車があり、それらの発着や回送列車を含めると1時間に20本以上の列車が平面交差、すなわちポイントをクロスしている。現在はコンピューター制御になっているのだろうが、リレー式の時代、更にはそれ以前の機械式の時代からこのような列車さばきをしていたのだろう。ロンドンやパリのターミナル駅も複雑なポイント配置だが、それでも大抵は1からせいぜい2~3方向へ分岐するだけであり、このようにいったん束ねてまたすぐに分けるというのはあまり見たことがない。これを効率よく無事故でおこなっているということはかなりのノウハウとスキルの蓄積があるのだろう。その光景は駅のすぐ北側にある陸橋の上からも良く見える。ルツェルンに集まる各線は、客車列車から低床式のトラム形式に至るバラエティに富んだ車両のほかに、私鉄車両の乗り入れや、ドイツやイタリアからの列車など、次から次へといろいろな列車が出たり入ったりして、何時間見ていても飽きない。

時刻表不要のパターン・ダイヤ

駅に貼ってある時刻表はスイスのものは日本のものとかなり違っている。日本の場合は小さな駅では上下線別、大きな駅では路線別や方面別の時刻表が貼ってある。これに対し、スイスの場合は大きな駅でも1枚だけ、上り下りも方面も関係なく発車時間順に全ホームの全列車が載っている。そして電光表示板が、飛行機の発着を示す空港ターミナルのボードのような役割をしている。日本で言えば、たとえば新宿駅で、JRだけでなく小田急や京王帝都や西武新宿線、更には営団及び都営の地下鉄まですべてのホームに一連の番号がつけられ、発車時間順に記載された表が貼ってあるとともに電光表示板に表示されているようなものだ。もちろん新宿のような巨大な駅だとおそらく同時発車ばかりで実用的でないだけでなく、かえって混乱を生じかねないが、日本でも地方の駅では検討してみる価値があるかも知れない。

さて時刻表はこのような表示方式をとっているが、列車は路線ごとに発車時間がほぼ1日中決まった規格型ダイヤ(パターンダイヤ)なので、いったん覚えてしまえば時刻表やダイヤは必要ない。ルツェルン駅の発車時刻表を日本風に作ってみた。規格化がいかになされているかがよくわかるが、これにとどまらず列車間の乗換もスムーズになるように出来ている。スイスの場合は一極集中の大都市があるのではなく中規模の都市が全国に分散しているので、それらの都市間の流れも何十通りかの組み合わせができてしまう。これらすべてに1本づつの列車で対応するのは不可能で、たいていは1~2回の乗換が必要になるが、接続が大変うまく出来ているので、目的地まで早く行ける。

これは長年の試行錯誤の結果もあるだろうが、90年代から鉄道復活を目的に、早くて便利なダイヤを作るために、車両性能の向上、路線改良や一部複線化や短絡化を行った結果であると聞く。すなわち目標ダイヤというソフトウエアを先に作り、それを実現するためのハードウエアを整備するというやりかたを取った。日本でも3島のJRはこれに近いことをやっているように見えるが、まだまだ線路やホームといったハードの制約のもとで最適なダイヤを作るという苦労をしているようだ。利用者にとって最適なダイヤをまず考え、そのためのハードウエアはどのようにするべきかというアプローチをとってほしいものである。

プッシュプル列車

機関車が客車を牽引してきた列車が、帰りは機関車が先頭に行かず、客車を押して行く方式のものをプッシュプル列車といい、ドイツ語ではペンデルツーク(振り子列車)という。客車の最後尾に運転台があり、運転手は帰りはここで運転する。ルツェルン駅に来る列車は大半がそうである。ルツェルン駅には機回り線というのがないが、この方式なら支障はない。日本では動力分散式の電車やジーゼルカーが中心で、大井川鉄道の井川線や嵯峨野のトロッコ以外に見たことがないが、ラッシュ時と昼間時で利用差が大きい日本では本来はこの方式が良かったのかも知れない。しかし長編成のプッシュプル列車を高速で走らせるには、台車の位置や連結器などの車両そのものの改良や、ポイントなど設備の改良が必須だし、後ろから背中を押されるような気分の運転は従来の運転手にとっては違和感が大きく、簡単には受け入れてもらえないだろう。

私が気に入ったのはルツェルンとチューリッヒ空港とを結ぶ快速列車に使われているもので、総2階で座席数が多いほかに、1階は低床なのでホームとの間に段差がなく空港へ行く時など大きな荷物をもっていても全然苦にならない。2階にカフェテリアがあることを示す電光表示がありそれが点灯したので行ってみたらワゴンによる車内販売が来ていた。車両間の貫通路は2階にあるので車販は2階を移動するだけだが、今この2階にワゴンが来ているよ、ということを教えてくれている。2階の一部はサロン風になっていて家族やグループ客に都合がいい。日本もいずれは人口減が進み、大都市の通勤時間といえども他の交通手段との競争が激しくなるのは間違いないだろう。JR東日本などはいまだにロングシート化に熱心だが、そろそろ考え方を改めて広扉でクロスシートの座席数が多い2階建車両を投入するなどしないと、気がついた時には遅いということになりかねない。

トロリーバス

市内には駅を中心にトロリーバス路線が各方面に伸びており市民の足として定着している。ディーゼル車両規制を厳しくしているのか、或いは電力が豊富なのかスイスには15の都市にトロリーバスがあり、ルツェルンでは7路線、32.8Kmの路線に64台の車両を走らせている。(森五宏著 トロリーバスが街を変える) その割に電柱が少ないのは建物の壁や街路樹が電柱の役割をして架線を吊っているからで、町をあげてトロリーバスに協力しているようだ。都電荒川線の王子付近の併用軌道では都電の架線専用の電柱が東電の電柱と並んで立っていたりしたから日本とはかなり違う。2ボディーで信用乗車方式なので、多くの扉を使っての乗降時間も短い。また途中での分岐も、架線が信号と連動しておりいずれの方向にもポールを上げたままスムーズに進んでいる。昭和30年頃には東京にもいくつかの路線があり、京成押上線の踏切の手前でいったんポールを降ろし、原付のようなバタバタした音の補助エンシセンで踏切を渡っていったのを思いだすが、都電以上に邪魔者扱いされていたようで早々と消えてしまった。他の都市でも同様で今では日本では黒部のトンネル専用しかない。

しかしルツェルンのトロリーバスを見ていると少しも邪魔な感じはしないし、逆にこれがなかったら不便に違いないと思えるくらい都市のインフラとして不可欠のものになっている。日本でも乗客が集中する特定の路線などもう一度トロリーバスを検討してもいいのではないか。新橋と渋谷を結ぶ路線などトロリーバスにして、青山トンネルを出て渋谷に近づいたら専用の地下に入りそのまま地下乗場に行くなどというのはどうだろう。時間短縮により更に乗客も増え、十分もとがとれるのではないか。地下鉄12号線と直通する東急東横線の地下新駅を作る時に一緒に作ればいいと思うのだが。

エクスカージョン リギ山

ルツェルンは郊外にも風光明媚な見るべきところが多い。日本からのツアー・コースには普通は組み込まれていないのでメジャーな観光地とは言えないのかも知れないが、リギ山は船、登山電車、列車と組み合わせて周遊でき大変面白い。まずルツェルン駅から船でフィッナウまで行きそこからフィッナウ・リギ登山鉄道のラックレール車に乗る。この鉄道はSLも観光用に走らせている。

終点のひとつ手前のステッセル駅ではアルト・ゴルダウからのゴルダウ・リギ鉄道と合流し終点のリギ山頂駅まで成田空港第二ターミナルから終点までと同じように単線が平行する。ここには2度来たことがあるが、1度目は濃い霧の中で何も見えなかったが、2度目のときはすばらしい好天で遠くチューリッヒの市街まで見渡すことができた。また南のほうを見ると遠くにアルプスの峰々が屏風のように立ち並びまさに絵のような光景だった。合流点のステッセル駅まで線路に沿って歩き、駅近くのレストランのテラスで休んでいると、牧場の牛のカウベルと登って来る電車の甲高いモーター音が聞こえ、夏でも雪を抱いた遠くの山と眼下の緑と電車、そして冷たいビールという最高の贅沢に浸ることができる。帰りはアルトゴルダウに下り国鉄でルツェルンに戻るという、一周7000円位の周遊切符もある。

交通博物館

駅からバスで10分位のところの湖畔に交通博物館がある。ルツェルン駅を出て最初に右に分岐したカッセナハトを経由してアルトゴルダウ方面へ行く国鉄線路がすぐ横を走っており、かつてレールが繋がっていた形跡もあるので車庫か工場の跡地かも知れない。歴代の電気機関車が数多く所狭ましと陳列されているし、もちろんSLもある。私は車両のことは強くないのでそれらの価値がよく分からないが、なかなかのものが揃っていると思う。

信号の仕組みやアルプスの長大トンネルの掘り方を紹介したコーナーもあり、また鉄道だけでなくバスや船や飛行機、更にはプラネタリウムまでありヨーロッパでは屈指の規模だそうだ。全部見て回ると1日でも足りないくらい充実している。入場料は17スイスフランで1400円位になるので決して安いとは言えないがそれだけの価値はある。日本でもそれなりの料金を取って充実した交通博物館があってもいいと思った。

ここへはフィッナウへ行く船の中に途中寄航するものもあるのでそれで行くこともできる。またちょうどこの付近の湖をはさんだ対岸、駅からはバスで逆方向に同じく10分くらい行った所にリヒャルト・ワグナーが別荘にしていた家があり、これも博物館になっている。ワグナーが弾いていたピアノなどワグナーに関する展示物が多いが、日本の琵琶や琴尺八をはじめとする古今東西の楽器が展示されており、ここもなかなか面白い。

ルツェルン駅の夜

夕方から夜にかけては日本のような帰宅ラッシュというものはなく、9時を過ぎると地下の商店やレストランが閉まるが、日本の緑の窓口に相当する長距離の切符売場は終列車の時間まで開いている。0時5分にバーゼルからの最終列車が着くと駅前から各方面への最終トロリーバスが一斉に発車しルツェルン駅の一日が終わる。