第13部 ~ 海と大地と太陽 ~
幕間劇(32)「夏色のシャウト」
古い民家に郷土史家たちが集まり、会合を開いている。これは神々の集まりなのだろうか。天井裏から覗いていると、「昔はこうじゃった」「否、そうじゃない」と議論中。階下に下りて行き、声をかける。「すみません。ここ、私の家なんですけど。勝手に入ってきて寛いでいただいても結構なんですが、一応私の家なので、そこんとこ、よろしく」
一人の老郷土史家らしき人物が、「ほうほう、お前も郷土史家か」と声をかけてきた。「いえ、今は女優です」と言いかけたが、彼は何やら分からぬ言葉でまくし立てる。それから、「ということじゃが、お前はどう思うね?」と問われた。
どうやら彼は、早口で数十万年の時を語ったらしい。あっけに取られて表に出ると、民家の北にある掘割(ほりわり)に、大勢の郷土史家たちが入り込み、北を眺めて何やら叫んでいる。これは神在月の祭典か?
私も水の干上がった掘割に入り込み、神々か郷土史家?か分からぬ彼らとお仲間になる。親しくなった者たちの話では、鎮守の森で若衆が「龍神」を舞い踊っているらしい。不意に後ろから肩を叩かれた。「良かったのう。今年はこれだけ若衆が集まれば上等ばい」そう言われて我が家の畑の方を見ると、いつの間にか畑は小高い丘になっている。ふと足元を見渡すと、私は海の中に立って丘を見上げている。龍神を舞い踊らせる若衆がその丘を踏み鳴らす。すると、丘は踏み均(なら)され、広~い、広~い田畑へと姿を変えていった。
堤防の天端(てんば)では、神々が何やら協議をしている。どうやら、地を踏み均した「六合(くに)」の地割りを決めているようだ。裁定が下ると、神々の伝令たちが川裏法(かわうらのり)を抜け、堤内地へと駆け下りる。
高~い、高~い堤防の法面(のりめん)は急で、目が眩むほど長~い、長~い石の階段が堤内地へと続いている。足を踏み外せば、ゴロゴロと雷鳴を響かせながら地上まで転がり落ちそうだ。しかし、堤内地では民が神々の裁断を今か今かと待っている。悠長にはしていられない。私は、トン・トン・トン・トンカラリと小気味良く、長~い、長~い階段を駆け降りた。辿り着いた先は、私の家の前。どうやら私が一番に駆け降りたようだ。
私は神々の裁断が書かれた「龍神様のお札」を各家々に配って歩く。すると数人の小母さんが出てきて、「これは、うち(我が家)のお札じゃない」と言い出した。お札をよく見ると、私の知らない文字が書かれている。「あっ、これがうちのお札だ。そっちは、あんたん家(ち)ったい」小母さんたちは勝手にお札を分け始めた。私は途方に暮れて、堤防を振り返る。
高~い、高~い堤防の天端はすでに雲に覆われ、見ることができない。川表の様子は分からないが、どうやらここは「輪中(わちゅう)」のようだ。どれほど広い輪中なのか、薄暗くて良く見えないが、長~い、長~い堤防は限りなく続いている。高~い、高~いあの天端に立てば、この広~い、広~い世界を見渡せるかもしれない。だが、私にはもう、長~い、長~い堤防の階段を駆け上がる体力は残っていない。どうやら天界に戻るのは無理なようだ。
仕方がないので、川裏法の端を少し広げて「裏田」を作った。そこに新しい家を建てると、門の脇から海の幸、川の幸が湧き上がってきた。小さなハヤが元気に泳いでいる。タコが桶の淵へと這い上がってきた。エビもいる。カワハギや、小さなフグまでもいる。湧水の砂底からはシジミやタイラギ貝も湧き出してきた。どうやらこの裏田は、「豊の国」のようだ。
私は小さな桶に、海の幸、川の幸を拾い上げ移していた。そうしていたら、電話のベルに揺り起こされた。寝ボケ眼で顔を上げると、朝の陽射しが目に飛び込んできた。
竜ちゃんが、死んだ。…………?…………?…………?……そうだ。
「えっ……?」私の頭は、まだ起きていない。「りゅうちゃんが、死んだ……?」受話器の向こうで、美夏ちゃんの泣き叫ぶ声がする。「りゅうちゃんが、死んだ?」私の頭は、まだ起きていない。窓の外では、欅(けやき)の木が風に揺れていた。
私は気だるく「何で?」と聞いた。私の頭は、まだ起きていない。美夏ちゃんの声は、泣き枯れて良く聞き取れない。「りゅうちゃんが、死んだ? どこで?」私の頭は、まだ起きていない。お湯を沸かし、コーヒーを淹れる。私の頭は、まだ起きていない。「ママ、パン焼けたよ」情子(せいこ)が、トーストとハムエッグをテーブルに並べた。
私はコーヒーを一口飲む。外では野犬がシャウトしている。私の頭は、まだ起きていない。髪を掻き上げ、二階の出窓から外を見た。薄墨色の街に、黄色いレインコートを着た女が鮮やかに濡れて立っている。「りゅうちゃんが、死んだ」私の頭は、まだ起きていない。
黄色いレインコートの女は、私の家の玄関に立っていた。氷雨に打たれ項垂れた女は、ベルを押そうか、それともこのまま帰ろうかと思い悩んでいるようだ。
「りゅうちゃんが、死んだ」私の頭は、まだ起きていない。
私は、受話器を置くと煙草に火をつけた。ふ~っと煙を吐く。しっかり者の情子は自分で仕度を済ませ学校に行った。暖房機が低い唸りを立てて私の目覚めを促す。
「りゅうちゃんが、死んだ」私の頭は、まだ起きていない。
私は、窓を開けると黄色いレインコートの女に声をかけた。「ねぇ、上がってこない?」寒風が部屋を吹き抜ける。彼女は冬の妖精なのかしら? 白い雪原にポツンと咲く黄色い雛菊のような情景が浮かぶ。
「りゅうちゃんが、死んだ」私の頭は、まだ起きていない。
黄色いレインコートの女が玄関を開け、階段を上ってくる足音が聞こえる。長~い長~い階段。天上界は悠(はるか)に高く、竜ちゃんは、その階段を昇ったの?
「りゅうちゃんが、死んだ」私の頭は、まだ起きていない。
私は、冷めて苦味を増したコーヒーを喉に流し込んだ。「りゅうちゃんが、死んだ」その言葉だけが、壊れたレコードのように頭の中で繰り返される。
「りゅうちゃんが、死んだ」私の頭は、まだ起きていない。
「りゅうちゃんが、死んだ」私の頭は、まだ起きていない。
「りゅうちゃんが、死んだ」私の頭は、まだ起きていない。
……………………?…………?……そうだ。……………………?…………?
黄色いレインコートを脱いだ女は、ギンガムチェックのシャツにインディゴブルーのロングスカート、足元は赤いパンプスという出で立ちだった。ゆったりとした袖のシャツは、白と黒のチェック柄が清々しい。光の加減では、スカートがブルーなので濃紺のチェック柄にも見える。後ろに結いあげた髪が活発な印象を与え、黒い眼鏡の奥の少し緑がかった瞳は知的で素敵だった。
黄色いレインコートの女は、握手をしながら「突然お邪魔してすみません。私、スザンヌ・ミヤギです」と流暢な日本語で挨拶をしてきた。時折幼い表情を見せるが、どうやら私より少しお姉さんのようだ。小さい時は横須賀で育ったという。「私は、1950年6月1日生まれだけど、貴女は?」と聞くと、1947年8月26日だと言った。“ふ~ん竜ちゃんと同じ誕生日かぁ”ぼんやりと竜ちゃんの顔が脳裏をよぎる。
それから“やっぱり、お姉さんか”とぼんやり思いながら、「ベーコンエッグで良い?」と声をかけ、トースターにパンを入れる。スザンヌは「私はいいです」と謙虚に断ったが、「ひとりで朝食とるのは淋しいから、付き合って」と二人分の朝食をテーブルに並べる。コーヒーをもう一杯カップに注いで「で、ご用件は?」と聞いた。
欅の葉音が冬空に震えて鳴った。遠くで、あの郷土史家たちの地均しの音が聞こえた気がした。でも、やっぱり風が揺らす葉っぱの音かしら。私は、ぼんやりと、沖底の銀杏の黄色い葉が舞い散る風景を思い浮かべた。「仙人さんが来とらすばぁ~い」と、竜ちゃんが、堤防の上を走って行く。竜ちゃんはどこまで走って行くのだろう。そうか、ジョーのところまで行くのかぁ。
スザンヌは「私に、あなたのプロモートをさせてくれませんか? 私この前、日本に帰った時、あなたのお芝居見たんです。素敵でした」と早口で言った。スザンヌは駆け出しのプロモーターだった。今、女忍者の役をやれる女優を探しているらしい。
私やスザンヌは、日本にいれば「アメ公」、アメリカにいると「ジャップ」だ。そして、典型的な日本人の顔からは、キャラクターが読み込み難い、だから私位の方が際立つのだという。私は別に、アメリカで女優になろうと思って渡米してきたわけではない。それに今はお金にも困ってない。私は、ただぼ~っと暮らしたかっただけだ。雑多な人種が入り乱れたこの国なら、私も雑多な一人だ。好奇な目を向ける者もいない。私は雑踏の中で、少しの間だけ雑多な私でいたいだけなのだ。
この家は英ちゃんの家で、私と情子は居候。英ちゃんは一時帰国中。そして、竜ちゃんの遺骸は、弟の芳幸と英ちゃんが引き取りに行った。今頃は村の公民館で葬式の真っ最中。……だろう。ふっ~、私は今日もぼ~っとしている。仙人さんは来てくれたのだろうか……?大丈夫、きっと皆で呼びに行ったはずだ。また今年も、皆で沖底さんに朝顔の種を植えよう。ふっ~、私は今日もぼ~っとしている。
「りゅうちゃんが、死んだ」私の頭は、まだ起きていない。
スザンヌは、思った以上に優秀な人だったようだ。明日はオーディションらしい。でも外は雪が舞い始めた。私は、着のみ着のままで渡米してきたからコートも持ってきていない。そうだ。真理子先輩の真っ赤な毛皮のコートを借りることにしよう。
・・・ - - - ・・・ トトトン ツーツーツー トトトン
・・・ - - - ・・・ トトトン ツーツーツー トトトン
―― フラットライン ピッー ――
今朝も雨模様だ。そして、撮影もお休み。そうだ、今日は一日中、秦平と遊んでいよう。もうすぐ四歳になる秦平は可愛い。そして、真理子先輩と英ちゃんの血を引いていて賢い。あ~、秦平は日本に行ったんだ。ねぇ、情子、秦平いつ帰ってくるんだっけ? あ~、情子は学校に行ったんだ。
・・・ - - - ・・・ トトトン ツーツーツー トトトン
今日は頭に来た。何なのあの監督!! スザンヌが間に入らなかったら、絶対あの監督の鷲鼻を殴りつけてやったのに。
・・・ - - - ・・・ トトトン ツーツーツー トトトン
「ねぇ、情子。今日何日? ねぇ、情子。竜ちゃんって知ってる。ねぇ、情子。竜ちゃんが、死んだんだって。ねぇ、情子……」あ~、学校か。
・・・ - - - ・・・ トトトン ツーツーツー トトトン
ねぇ、情子。ママ ・・・S・・・O・・・S
…………?…………?……竜ちゃんが死んだそうだ………………?…………?
気がついたら夏の夕暮れ、西の空が真っ赤に焼けた。それは私の髪の色より激しい夏色だった。どうやら大きな台風が近づいているようだ。私は西空に向かい「サマータイムブルース」を口ずさんだ。そして、「りゅうちゃんが、死んだ」とシャウトした。
夏風に 髪なびかせて 窓に立ち サマータイムブルースを詠う
~ 稜威母の花 〜
首筋から鮮血が流れ、王は膝を折った。弓音は鳴りやまず、多くの兵が地に伏していく。疾風が山から吹き下ろし、死臭は潮の臭いを押し返していく。騎馬隊が放つ弓矢は、必殺の鋭さで海兵を打ち崩す。数に勝る倭国連合軍は、小兵の戦いに苦戦を強いられている。アヒコ(阿彦)は軍略を駆使し、イブシ(稲撫士)の軍団は死を恐れていない。その命を盾にした戦いは、大軍の猛攻を止めた。
マー・チャーホァ(馬茶花)は、己が衣の裾を裂き、当て布を王の首に押し当てた。そして「風は止みます。ここで引いてはいけません」と王を鼓舞した。怒涛のごとく馬蹄が死地を打ち付け、阿彦軍を襲う。新たに参戦したのは、歴戦の青洲黄巾軍である。チュクム(秋琴)女王の守り刀、バイ・ヤン(白羊)が率いた精鋭の騎馬隊が、俄(にわ)か騎馬隊を撃破する。倭国連合軍は流れを取り戻し、乱れは消えた。その勢いに阿彦軍は抗いようがなくなった。敗軍は列をなし、山深い道を南に敗走した。オクニ(尾六合)は孫のテンユウ(天雄)に手を引かれ、険しい峰々を越えた。
春の暖かい風が、オカミノイリウミ(龍蛇乃入海)を包んだ。稜威母と高志の大乱から六年の時が流れ、鯨海沿岸は穏やかさを取り戻した。森の妖精は、軽やかにその羽音を村々に木霊させ、地中の悪鬼どもも地表に顔を覗かせる。ニョロニョロと地の神様は田畑を見て回り、森の神様は「腹へったぁ~」と大あくびをして咆哮を上げた。凍土に閉じ込められた屍は溶けだし、虫たちの命の糧になる。生き物は死して次の生き物を生む。もし不老不死が叶ったら、その人は生き物ではなくなる。死なない命は、生まれない命になるがゆえに、それは生き物としての矛盾である。
また一つ、春の命が予感される。カガジョ(加賀女)が、やっと婿を取る気になったのである。稜威母王の愛姪は二十歳となった。娘としては、もう五、六年遅い春である。同い年の娘たちは、もう数人のやんちゃ盛りを相手に手を焼いている。愛姪に「婿は取らんのか」と稜威母のタケル(猛流)王も何度か尋ねた。愛姪の返事は「婿などつまらん。船のほうが面白い」と毎回そっ気ない。王の側近や安曇の一族も皆気をもんでいたが、加賀女は跳ね返り娘である。誰の忠告も耳に入らない。

祖母のハハキ(蛇木)は六十路を前に、伏せることが多くなった。冬の息吹が聞こえた頃、祖母の枕元で跳ね返り娘は唸っていた。「私はもう長くない。よいか、後はお前に託す。それから、婿を取れ。自らが子を孕まねば、命の重さは分からん。それが大巫女になる最後の条件だ」と祖母より告げられたのである。王命でさえ耳を傾けぬ加賀女であるが、祖母の遺言には逆らえない。そこで、婿を誰にするか考えあぐねて唸っていたのである。
前年、伊都国のユリ(儒理)王が急死した。その死に不穏な噂も広まったが、チュクム女王は耳を貸さなかった。しかし、叔父王が担っていた倭国総理の座は空けておくわけにはいかない。そこで、稜威母よりチャーホァを呼び戻した。
彼女の夫のバイ・ヤンは、稜威母国軍の再編成の半ばなので、当面動くことはできない。娘のタバナ(田花)はまだ八歳なので、母について伊都国に行くことになった。息子のフェァ・ユェンイー(何元義)は十六歳になり悩んだが、義父のバイ・ヤンの許で武官の道を選んだ。実父のフェ・シャオ(何邵)は、伯父のマー・ユェンイー(馬元義)と共に、カンチョン(鄭康成)塾の三羽烏と評された秀才である。その父と伯父の血を引いた彼もまた、チュクム女王の宝刀になるであろうと評されている。
倭国の族長たちも、ヤマァタイ(八海森)国の智宝であるチヨダ(徐智淀多)に比肩するのは、稜威母の神童ユェンイーだろうと目星を付けている。つまり、彼への注目度はとても高い。智淀多大頭領は武力に馴染みが薄い。その方面は、従兄弟で岳父でもある倭大将軍の持ち分だと決め、武芸を学ぶ気はさらさらない。しかし、稜威母の神童は「剣聖」の名が高い養父を持っている。実父の面影を持たない彼には、バイ・ヤンこそが敬愛する父親である。そのため、兵法も修めたかったのである。
稜威母に神童が残ると知った加賀女は、剣と学問の師匠バイ・ヤンに「ユェンイーを私の婿に下さい」と突然告げた。師匠は暫し困惑したが、突然高笑いを始めた。そして「お前らしいなぁ」と言うと、快諾した。
蛇海系稜威母族は、蛇神の信徒である。そして大巫女である加賀女は、その一族を束ねる絆であり、蛇神の化身である。ゆえに、神童ユェンイーはカエルとなり、有無を言わさず飲み込まれた。そして、将来は安曇磯良となる運命を背負った。
春疾風(はるはやて)は、オオスクネ(大夙根)からコスクネ(小夙根)までの山々に白い茶花を運んできた。それは自生していた紅い花と交配し、八重に咲く絞りの花を生んだ。自身を船舶工学者と自認する大巫女・加賀女は、その花でツノガ(角鹿)造船所を囲んだ。心優しい文武両道の夫は、大夙根の王宮にある大巫女様の斎場を花垣で八重に囲んだ。そして、二人は娘を授かった。稜威母の猛流王は、その娘にハハジョ(媽女)という名を授けた。前年の冬、北の大巫女様ハハキが身罷った。ゆえに人々は、「新しい大巫女様が稜威母の地に降り立たれた」と、この娘の誕生を祝福した。
龍蛇乃入海を雷光が輝かせた。それから豪雨が湖面を叩き、水面を縮緬(ちりめん)に変えた。その皺の頂に、数多の星が生まれ、地上の天の川が現れた。その光景にチャーホァは目を細めた。傍らでは、夫のバイ・ヤンが大鼾(いびき)をかいて寝ている。田花が寝返りを打つ、この天が打ち鳴らす数万の太鼓の音にも、二人は無頓着なようである。チャーホァは縁側に座り、光と音の饗宴を楽しんでいる。息子のユェンイーと北の大巫女・加賀女の祝言が終わった後も、半月ほどをこの地で過ごすことにしたのである。これはチュクム女王からの祝いの心遣いでもある。そして、女王自らも親子水入らずを味わっている。半月後、二人は伊都国とヤマァタイ国に戻り、再び激務に翻弄されることになる。ゆえに、この祝言は二人にとって骨休めの時でもあった。
この旅に、もうひとり伊都国より伴ってきた男がいる。彼の故郷もまたこの地である。したがって、この湖で産湯を浴びた。名をネコタケル(根子健)という。後年、タテフルクマ(武振熊)と名を改めるのだが、今はまだ幼名のままである。ちなみに「根子」とは長子のことであり、「長男のタケル」という意味である。二十歳のこの若者は、伊都国の儒理王に仕えていた。しかし前年に王が急死したので、今はチャーホァに仕えている。
彼は、稜威母王猛流の身内でもある。そして父は、チャーホァに代わり稜威母国総理となったカガト(蛇藤)である。彼の父はハハキの兄であったが、末盧国の内乱で戦死している。ゆえに、祖父カガメ(蛇目)に引き取られて育った。そのため、叔母は養母でもある。つまり、稜威母王と彼は、共に育った従兄弟である。
縁側で自然が織りなす饗宴を眺めているチャーホァの傍らに、「眠れませんか?」と根子健が腰を下ろした。「寝ているなんて、もったいないわ」と彼女が答えると、「まったくですね。こんな素敵な光景はまたとない。龍蛇乃入海のこんな景色を眺めるのは、私も生まれて初めてです」と若者は返答した。二人は、暫しこの光景に見とれている。その後ろ姿はまるで親子のようである。根子健は十三歳で伊都国に渡った。実母はワン・カチ(王鵲)という名で、ラーラン(楽浪)郡の王氏である。彼は幼い頃、母の祖国を訪ねた経験もあり、旅慣れた若者である。そのために早くから母離れをしている。多感な時期は母親の存在が疎ましいものであるが、二十歳を過ぎ、母性の恋しさを感じ始めた。それが成人した証であろう。そのため、彼はほのかにチャーホァに母を感じているのである。
彼が初めてチャーホァに会ったのは、七年前、十三歳の時である。その年、敗れた高志から、ヘキ(蛇亀)とタケル(健)の子供たちが連れてこられた。姉のオキナメ(沖那女)は十四歳で、弟のオキノナアガ(翁之拿阿蛇)は十歳であった。二人は捕虜の身であったが、幼かったので入牢することはなく、蛇藤の屋敷で預かりの身となった。
父の蛇藤は、別名をアズミノカガト(安曇蛇藤)と呼ばれ、安曇族の実質的な頭領である。安曇族の長は、安曇磯良である稜威母・猛流だが、彼は稜威母王でもある。そのために従兄弟の蛇藤が一族をまとめている。

歳が近い根子健は、捕虜の姉弟とすぐに打ち解けた。そして、二人が伊都国に送られることになると、付き添って共に伊都国に渡った。守役と監視役を兼ねての役割である。多感な少年は、倭国の中心都市に住まうことに胸を躍らせた。故郷を離れる寂しさは微塵もなかった。何故なら隣国の末盧国は、安曇族の源郷であるからだ。
伊都国では、儒理王の側近を務めた。沖那女が王妃になるとその役回りはさらに高まった。王からの信頼も厚く、若くして近衛軍の隊長を任されていた。そして今は、倭国総理チャーホァの身辺を警護する近衛軍の隊長である。
武官ではあるが身体はさほど大きくはない。その体付きだけを見れば若い文官にしか見えない。それに腰も低く、誰にでも丁寧で優しい。だが、ひとたび戦いになれば俊敏で優秀な武官に早変わりする。そんな彼を儒理王はことのほか愛でていたのである。
欠点を挙げれば、「女色に興味を示さぬ」ことと「賄賂を平気で受け取る」点である。女色に関して言えば、別に男色に走っているわけでもない。色白で整った顔立ちであるため、女官からの人気も絶大である。だが、恋に走る気配がないのである。女官の間では「王妃様に心を惹かれているのじゃないかしら」という噂も立ったが、そんな素振りは見せていない。そして、二十歳を過ぎても嫁を取る様子もない。
賄賂に関しては、何の悪びれた様子も見せず受け取り、そして見返りに便宜を図ってやる。ゆえに、悪徳商人たちからの人気も絶大である。一度、チャーホァが「あなたに、収賄の噂があるけれど、どうなの?」と尋ねてみた。すると彼は、あっさりと嫌疑を認めた。そこで総理は「その財貨はどこに隠しているの?」と問い詰めた。普段の彼の生活を知るチャーホァは、彼の清貧な暮らしを知っている。ゆえに、その莫大な財貨はどこにあるのだろうと不思議に思えたのだ。
戦は、多くの戦災孤児を生む。そして、稜威母と高志も例外ではなかった。そんな状況下では、その孤児たちを愛護する集団が生まれる。彼は、自分の収入の大半と、賄賂のすべてをその集団に送金しているというのである。根子健の倫理感では、“悪銭も流れを変えれば良銭になる”ということである。ゆえに、悪びれた様子がないのである。悪徳商人たちは、他国の孤児たちに財貨を注ぐ気はさらさらない。そこで彼が分水管となり、孤児のもとへ悪銭を流すのである。「確かに財貨は使い方次第で、悪銭にも良銭にも姿を変える。しかし、かといって……」とチャーホァは頭を抱え、ゴクンとため息を呑みこむ。
中華には「呑舟(どんしゅう)の魚」という諺がある。確かに大きい鯨であれば、小舟くらいなら飲み込むこともできるだろう。だが、この諺の真意は、それほどに器量の大きい人物を表している。チャーホァは、根子健に「呑舟の魚」を想い重ねた。そして、その器量には、清濁併せ呑む度胸がいるのかもしれないと想像したが、清流派の流れを汲む彼女の理解を超えた世界でもあった。
龍蛇乃入海に雲間から光が降りてきた。昨夜の雨も止み、今日は穏やかな一日になりそうである。「清水に魚棲まず」と言うがごとく、多様な水域を見せる汽水湖の恵みは豊かである。小さな川舟が、早朝の湖面に多彩な模様を描き出す。あの波紋は打ち網であろう。そして長く延びた緩やかな波の甍(いらか)は、幾艘もの航跡である。チャーホァは、夫のバイ・ヤンに手を振りながら、帰路の舟に乗った。太平道に生きた波乱の人生で、別れには慣れている。それに、夫とも息子とも二度と会えない別れではない。伊都国と稜威母は、ガオミー(高密)に比べれば目と鼻の先ほどである。そう思い、岸辺の紅い花に目をやった。そして「嗚呼、フーミー(狐米)は今頃どうしているだろう。もう十九になったろうに……」と、前を行く小舟を見つめ嘆息した。小舟に揺れる女王の後ろ姿が霞んで見えた。稜威母の春霞は、人恋しくて寂しく思えた。
八重垣に 稜威母の花や 駒返る草
~ 太平の花筏(はないかだ) 〜
桜の花びらが舞い落ち、川面を覆った。桜色に染まった川は、花の筏を連ねて筑紫之海へと旅をする。新緑が河岸を彩り、青い空との色の共演が長閑(のどか)さを誘う。温みだした川面からは、むっと水の匂いが漂ってくる。南国の民はその匂いに春の到来を感じ、北国の民はそれを「南国の臭気」だと感じる。
荊州に育ったジャン・リンシン(張林杏)には、心安らぐ匂いである。故郷の春の匂いも、これと同じであった。北方を旅した一年の間に忘れていた感覚が、彼女の安堵感を増幅させた。共に避難民団を率いてきたヨン・ピリュ(延沸流)は、到着するなりシマァ(斯海)国の造船所に入り浸っている。
一足早く到着していたフェァ・イー(何儀)の海上避難民団は、ヤマァタイ国の十二支族の許に分散し、受け入れを済ませていた。その五千の信徒を束ねているのは、妻のユェ・ズーラン(月紫蘭)である。月氏商人団の末娘に率いられた民の大半は商人であった。そのため、各地に市(いち)が立ち、筑紫之島北部の経済力は一気に増した。夫のフェァ・イーは青洲太平道の水軍を束ねていたゆえ、この秋には再びチンダオ(青島)に戻る準備を進めている。
男装の絵師グー・リンツァイ(顧鈴菜)と、海越の舞姫シー・ユェファ(施越花)に率いられた南回りの海上避難民団五千も、ほどなく到着した。彼らは阿多国から筑紫之島西岸の国々に受け入れられた。この民の大半は芸能の徒であり、各地の芸能はその質を向上させた。元々陽気な南洋海人の末裔たちは、これを大いに喜んだ。東海の海賊王ジェン・ティェンハイ(鄭田海)は、すぐさま船団を引き返し、次の避難民輸送へと向かった。その旅には、大勢の沫裸党が加わった。
春霞がかかれば春の日差しも長さを増し、人々の心も緩む。子供たちは手毬唄に興じ、家に帰るのも忘れて遊び呆けている。その日暮らしの気軽さならば、その遊びに身を投じるのもまた一興だろう。だが、美しき女軍師ジャン・リンシンには、そんな心のゆとりはない。安寧の地を求めて亡命してきたが、倭国もまた大乱のさなかにあった。女王となった教祖チュクムは、鯨海を望む地で戦に明け暮れているという。
夏の盛りが過ぎる頃、避難民たちの生活も日常を取り戻していった。筑紫之島の民もすぐに打ち解け、諍いも起きなかった。彼らはいわば倭国女王の臣下ともいえる存在であったため、各地の族長たちが気を配ったのである。そして秋、美しき女軍師は、教祖の千人隊を率いて高志攻めに加わった。この部隊は青洲黄巾軍の精鋭であり、実戦を重ねた兵であったため、稜威母東征軍にとっては大きな援軍となった。
東征から十年の歳月が流れ、ジャン・リンシンの倭国暮らしも七年目に入ろうとする春、伊都国の儒理王が急死した。王は倭国の総理でもある。そこで急遽、チャーホァが呼び戻され、倭国の総理を務めることになった。
美しき女軍師は、東征の初戦を見届けた後に筑紫之島に戻り、チュクム女王の代理を務めていた。そのため、チャーホァが身近に帰ってきたことで、ようやく肩の荷を下ろすことができた。しかし、この訃報に異変を察知した徐家の倭大将軍は、倭国軍の再編成を急ぐことにした。
倭国軍は海戦を想定して編成されていた。しかし、東征の経験から陸戦の強化が必要だと痛感していたのである。大将軍はその総責任者を美しき女軍師に委ねることにした。それは事実上の副将軍格であることを意味し、ジャン・リンシンは再び多忙を極めることとなった。
春嵐を予感したのか、蝶が色とりどりの羽を野に散りばめ、一斉に舞い上がった。初春は過ぎ、開花と同時に芽吹いた赤茶けた若葉も色を変えた。野山の新緑は輝きを増し、木々は実を膨らましていく。生き物は「今こそ」とばかりに生気を蓄えていく。
倭国に次の動乱が近づいていると感じたリンシンは、息子たちの婚姻を急いだ。夫であったジャン・リャン(張梁)の血を絶やしてはいけないと考えたのである。息子たちは皆父親似で、信徒たちからの信頼も厚い。もし自分の命が尽きれば、太平の世の夢は息子たちに託すしかない。それはとりわけ、荊太平道門徒の悲願でもあった。秋、リンシンは三人の息子の妻を決め、祝言を挙げた。
教祖ジャン・リャンに生き写しの長男・ヂュフォン(朱鳳)は十九歳。その妻には倭大将軍の次女ミツハ(水波)が選ばれた。彼女は十八歳である。大将軍には三女のミヅマ(水妻)がおり、彼女は十七歳であった。三男のサーフォン(疾風)も同じく十七歳であり、妻を娶るにはやや早かったが、気丈な母は半ば強引に彼女を三男の妻に決めてしまった。
次男・ウーロン(霧瀧)の妻は、チヨダ(徐智淀多)大頭領の一人娘サヤメ(沙耶女)である。一人娘はまだ十歳であったが、大頭領は大いに乗り気で即答した。つまり、婿養子を得たのである。ずっと後の世の話になるが、この婚姻は倭国の名を歴史に知らしめることになる。だが、それはまた別の物語である。初秋にはすべての縁談が整い、稜威母の祝言から戻ったチュクム女王は、初冬を前に三組の合同祝言を執り行った。二人の母の心には、女王の娘フーミー(狐米)の愛らしい幼顔が浮かび、切なさが冬の寒さ以上に身に染みた。
シマァ(斯海)国の桜は、今は新緑の若葉である。他の地方では桜の若葉は赤茶けているが、桜の種類は非常に多いようだ。加太先生の話では、桜は遠い昔、天竺の北の自生地から広がったという。その地をさらに絞り込めば、アルジュナ少年が信奉するシャカの誕生地であるらしい。だが、それは人間が誕生する遥か以前の話であり、地名など存在しない時代の出来事である。人類誕生以前の話をなぜ加太先生が知っているのかと問えば、「先生が龍人ゆえに」である。チュクム女王は「ふ~ん」と聞き流しているが、素直な弟子であるヨン・ピリュ(延沸流)はそれを信じている。そして奇しくもシャカの教えは、その桜の道を辿るように伝搬していくのである。アルジュナ少年もまた、桜の道に誘われて倭国に来たのであろう。
斯海国の造船所を見下ろす丘で、花の宴を楽しんでいる一群がある。造船所の面々のようだ。五人の親子連れを中心に話が弾んでいる。その輪の中心にいるのはピリュである。話題はまさに、桜の起源についてであった。聞き手の大半はチュクム女王と同じく「ふ~ん」という反応だが、熱心に聞き入る子供たちも多い。
その話に相槌を入れ、場を盛り上げているのは長女のヨン・ククオク(延菊玉)である。まだ六歳ゆえ、「へぇ~そうなんだ」「すご~い」といった幼い相槌ではある。さらに次女のヨン・ミョンヂュ(延明珠)が「しょうしょう。しょうでしゅ(そうそう。そうです)」と、したり顔で言う。この娘も五歳なので話の中身は理解していない。
年子の姉妹は対抗意識が激しい。特に父親の関心は常に自分に向けられていたいのである。「お姉ちゃんだけには負けたくない」と、妹は意味もなく頑張る。「私だってそれくらい知っているも~ん!」と得意げな顔をするが、本当は分かっていない。でも「お姉ちゃんだけには負けたくない」のである。困ったものであるが、傍目にはその仕草が可愛らしいので、聴衆は微笑ましい光景に引き込まれ、ついでに父の講釈にも耳を傾けている。
傍らでは妻の鹿耶野が微笑み、その情景を楽しんでいる。二十五歳の女盛りである彼女は、まさに「木花咲耶姫」のような美しさだ。彼女は現在、口之津造船所の船舶工学博士である。丹波の角鹿造船所の加賀女と並び称され、「口之津の鹿耶野姫」と呼ぶ者が多い。
鹿耶野姫の膝には、幼子が抱かれ寝入っている。長男のヨン・シンサン(延神山)、三歳である。姫はこの息子を産む当日まで船の設計を行っていた。その船の名は「タガメ(田亀) 号」。アマノアメンボ(天之水馬)やカガミノ船(蛇海乃船)に負けず劣らず奇妙な船である。田亀号は口之津造船所で進水し、現在は馬韓国で活躍中である。発注したのは、美しき灰神楽(はいかぐら)姫。姫は、ヨンタバル(延陀勃)商人団の長であるが、夫は馬韓国のクス(亀寿)太子である。建造費用は馬韓国が負担したため、船籍は馬韓にある。
馬韓の沿岸には筑紫之海と同じく遠浅の海が多い。そのため生態系も似ており、漁をする舟も小さい。河川運搬の視点で見れば、積載量も限られていた。そこで、ヨン・マンヂュ(延曼珠)姫は、浅瀬も河川も航行できる中型船を発注したのである。
田亀号の特異さは、その船体にある。水底が浅い場所を航行するので平底だが、丸みを帯びた船体には六本の脚がある。まるで昆虫のタガメのようだ。それ以外は普通の帆船だが、浮沈の調整ができる仕組みらしい。積荷による調整ではなく、脚の先に魚の浮き袋のようなものが付いている。皮舟の技術だろうか。深さのある海上では普通に航行し、浅い河川に入ると可動式の脚が船体を持ち上げ、「半水中翼船」のような状態になる。推進力は大幅に減衰するが、平底船に多い横転の危険性は軽減される。外洋でなければ、案外便利な船なのかもしれない。
倭国の五つの造船所では、普段は堅実な船を造っている。五つの造船所とは、口之津造船所、胆振造船所、久留里造船所、角鹿造船所、そして北の果ての茅緒萌造船所である。茅緒萌と久留里は阿人国の漁労舟の受注が多い。胆振ではヒムカ女王の大型船も手がけるが、突飛な船は造らない。奇妙奇天烈な船を建造するのは、角鹿と口之津だけである。その理由は、発想豊かな二人の船舶工学博士によるところが大きい。他の造船士たちはいたって真面目に建造しているのだから、こんな我儘が許されているのは、チュクム女王と稜威母猛流王の裁断が甘いからであろう。チュクム女王は幼き頃から加太の奇妙な発明品で慣らされており、猛流王はいかんせん、愛姪の加賀女に甘いのである。

海風が花びらを蒼天に舞い散らせた。子供たちが楽しそうにその後を追う。空中で捉えた花びらは針と糸で首飾りとなる。一度地に落ちても、すぐに舞い上がればそれで良い。人の足で踏みつけられていなければ上等だ。子供たちは花の首飾り作りに夢中になり、はしゃぎ回っている。その花見の一群の中心に、威厳に満ちた大男がいる。口之津造船所の狭瀬所長である。彼は、佐瀬布沫裸党の党首でもある。熊のような大男は、肩を揺らし酔いを楽しんでいる。
所長の傍らに座る初老の女が、鹿耶野姫の膝に眠る幼子を引き取り、我が胸に抱き上げた。所長の妻アンゲ(杏夏)である。二人には子がいない。海に出てばかりで“我が妻を振り返ることが少なかった自分の責任だ”と、老いた所長は反省している。だが夫婦仲は決して悪くない。ピリュの三人の子、ククオク(菊玉)とミョンヂュ(明珠)それにシンサン(神山)は母が多忙のため、あまりかまってもらえない。そこで、三人の世話は妻・杏夏に託されることが多い。ゆえに三歳のシンサンは、杏夏を母だと思い込んでいる。後年、シンサンは正式に狭瀬所長夫婦の養子となり、佐瀬布沫裸党の党首を継ぐことになる。ピリュが起こしたヨンタバル東部商人団は、末盧国を拠点としてシンサンが継承するのだが、それはまだ先の話である。
風向きが北に移り、山風が温泉の匂いを運んできた。地の者でなければ気づかぬほどの微かな香りだ。それは桜の散り際の早さにも似た、刹那の現象である。海しか知らぬ者なら「何じゃ!! この卵の腐った臭いは」と鼻をつまむかもしれないが、地元衆は慣れっこで気にも留めない。
ピクピクと鼻先を動かし「ムニャ ムニャ 今日の泉質は良い ムニャ ムニャ」と呪文を呟く男がいる。ピミファ女王の護衛、槍の項作である。「よし、次の休みは温泉だ。その費用はすべて俺が持つ。皆、贅沢三昧だぞ!」と大声を上げた。花見の衆から「おう~」と歓声が湧き、高来之峰を揺るがさんばかりである。
項作は女王の沙汰により、高木族の巫女ヒトコ(仁呼)を妻に迎えた。かつてミヤキ(巫谷鬼)の巫女の司だった妻も、今は白髪となり、項作の傍らに座っている。高木族の族長となった項作は、ヤマァタイ国西部の筆頭族長としてピミファ女王を支えてきた。ちなみに、もう一人の東部の筆頭族長は剣の梁明である。彼は、チュホ(州胡)項家の当主の座を嫌い国を捨て、倭国では「項明」と名乗っている。
女王の近衛三羽ガラス、剣の項明、槍の項作、徒手の項増は、老いても仲が良い。今は斯海国、ヤマァタイ国、阿多国と離れて暮らしていても、常に連絡を取り合っている。その絆は「項家二十四人衆」のままである。
ナツハ(夏羽)亡き後、項家軍属の当主は槍の項作が継いだ。ゆえに、今は故郷の高来之峰から口之津に居を移している。工作部隊の長でもあった項作は、温泉掘りの名人である。トウマァ(投馬)国では、猪野川の辺でイノムレ(命牟礼)の湯を掘り当て、今なお大人気の保養地となっている。
項作が当主になると、項家軍属は造船に次ぐの事業として温泉保養地の開発に着手した。斯海国はその最適地であった。造船には及ばぬものの、なかなかの成功を収めている。現在、阿多国の項増からも開発の依頼が届いている。項作の返答は「よか、よか。阿多国はガバイ良か所たい。特にヒラキキ(枚聞)山んあたりが良か。任せとかんね」というものであった。近衛二十四人隊のやんちゃ男は、今も健在である。
黒繻子の羽に浅黄色の模様を描いた蝶が、水を求めて窪地に降り立った。羽を立てた蝶の群れは給水に忙しい。たっぷりと水を飲んだら、再び春の空を舞うのだ。羽の根元には黄色い斑紋が目立つ。春の陽光のようだ。その群れの中に、赤い斑点を持つ個体がいた。その朱色は艶やかで、胸ときめかす色である。南洋の島々では珍しくないが、ここ斯海国では稀な蝶である。物知りなピリュの講釈によれば、同じ種類の蝶だが黄斑と赤班の個体があり、筑紫之島には黄斑が多いという。流石は加太の弟子である。一同が「で、名はあるのか?」と問うと、「名など不要」と冷たく返された。確かに人がつけた名など大自然の摂理の中では無意味だろう。しかし人はピミファ女王と同じように、物事に命名するのが好きなのである。
鹿耶野姫が「じゃ、希蝶にしましょう」と声を上げた。皆は女族長を見つめ、「それが良い、それが良い、あの蝶は希蝶と呼ぼう」と喝采した。当の女族長・希蝶は困惑していたが、「それで決まりだ!」と往年のやんちゃ男・項作が声を張り上げ、皆の同意が成立した。斯海国の大族長・希蝶もこれには抗えない。しかし、その命名はあながち間違いではなかった。この国の民にとって、女族長は艶やかそのもの。それは祖母の女族長・夏希に比肩する美しさであった。
森を背にした草原では、若い熊が老いた熊に戦いを挑んでいる。老練な熊に若熊はまだまだ太刀打ちできない。しかし、やがて老熊は、力尽き居場所を追われることになる。桜の散り際は儚く美しいが、動物の末路は腐臭に包まれ哀れで悲しい。七年前、希蝶の父・夏羽は、あっけなくこの世を去った。死因は食中毒であった。妹・ピミファ女王の暗殺から五年後のことである。愛する妹を亡くした熊男は、生気を失っていた。彼に再び生気を与えたのは、その三年前、息を引き取る前に誕生していた孫娘の存在であった。孫娘の名は凰蝶(あげは)。「女三代の名花」と謳われる美貌である。この年、名花・凰蝶は十五歳になった。花見に集まった若い衆の多くは、この凰蝶をひと目見ようという輩であった。
一人娘・希蝶の懐妊を知った時、夏羽は職務放棄をした。まずは妹ピミファ女王に頼み込み、近衛軍の副長だった槍の項作を呼び戻させた。大隊長は剣の項権である。女王の護衛である男を返せというのだから我儘の極みだが、それが夏羽という男だった。そもそも近衛軍の母体は、「項家二十四人衆」であり、それが「近衛二十四人隊」となり、現在の近衛軍へと増強された経緯がある。当主である夏羽からすれば「早よぉ弟分ば、斯海国に返してくれんかい」という感覚なのだ。女王は姪の出産祝いとして快諾した。当主は職務を項作に全権委任したため、彼が次代を継ぐことは民にとっても既定路線であった。
夫を亡くした翌年、ラビア姫は斯海国大族長の座を娘の希蝶に譲った。自身は故郷の鬼国に帰り、孫守りを楽しむことにした。ゆえに、この花見の主催者は希蝶である。今日は夫のフェァ・ジー(何鶏)も子供たちを伴い顔を見せている。フェァ・ジーは二代目「河童の大将」として多忙を極めていたが、叔母のラビア姫が戻ったことで、ようやく少し肩の荷が下りたのである。
花の便りは南から北上する。河童の大将・フェァ・ジーが新造の軍船を連ね、千歳川を遡ってくる。それを祝うかのように、花筏が彩りを添える。メタバル(米多原)台地の開発以前、ここには多くの桜が自生していた。今は川岸にその面影を留めるのみである。
シャカの誕生地では、秋に花が咲くという。クド(狗奴)国より南では初冬に咲く桜もあるそうだ。もし隼の翼を借りられれば、各地を飛び回り、一年中桜を楽しむことができるかもしれない。しかし、ここ筑紫之島では、桜は春の風物詩である。そして、そろそろ桜の季節も終わろうとしている。波乱の嵐は足音を忍ばせて近づき、太平の世への道程は、なおも険しそうである。
寒水川 温めて流る 花筏
注釈:寒水川(しょうずがわ)は佐賀県を流れる川。佐賀の乱・ラストサムライたちの大激戦地。
〜 彼岸の花 〜
曼珠沙華の花が野の緑を紅色の毒々しさで追いやった。土竜は引きこもり、野鼠は不安に襲われた。秋の日は穏やかに過ぎていくのに、誰が安らぎをかき乱すのだろう。ヨン・マンジュ(延曼珠)は、気怠い朝に苛立ちを覚え、三十路の我が身を呪った。それから「あ~あ~あっ」と不遜な態度で夜具を跳ね除けた。
夫のクス(亀寿)太子は、もう床を空け公務に向かったようだ。傍らで、昨夜潜り込んできたのであろう三男のウボク(優福)が「むにゃ、むにゃ、むにゃ 」と寝言をいっている。三歳児の寝言は、まだ神様の言葉のように意味不明である。そっと夜具を掛け戻し、静かに起き上がる。軽い眩暈に襲われた。でも、なんとか大丈夫。“冷たい水で顔を洗い、朝餉を取りさえすれば、いつもの私だ”と思い歩き出す。だが足が重い。廊下が歪んでいる。庭の木々が渦を巻く。女官が私を抱きかかえている。“私はどうしたの?”とマンヂュは呟き、女官に身を預けた。
クス太子が上から覗き込んでいる。その周りに長男のサパン(沙伴)と次男のキェル(桂流)の心配そうな顔が覗く。「お身体に異常は見当たりません。公務を少し控えられたらと存じます」と女医が言葉少なに告げる。「やはりなぁ」と夫のクス太子が頷く。
血相を変えて部屋に飛び込んできた若い男がいる。弟のヨン・オンジョ(延穏祚)である。「姉上は?」と彼が尋ねると「大丈夫だ。それより暫く商人団の仕事は、全てお前に任せる。姉上は今から休暇を取る」とクス太子が告げた。弟は安心した顔で「やっぱり、そうでしたか。姉上は働き過ぎです」と言い、「皆には、姉上は暫く育児休暇を取る!!と伝えます。皆もきっと安心するでしょう」と付け加えた。クス太子は微笑み「よろしく頼む」と彼の肩を叩き、公務室に戻った。
サパンが「母上、今日は秋日和です。野遊びに行きましょう」と提案した。キェルは手をたたき「行きましょう、行きましょう」と賛同した。「どこへ行くの?」と寝ぼけ眼でウボクが入ってきた。今日は久しぶりの親子水入らずである。
この年、東夷の魔王ゴンスン・シォンジー(公孫升済)は、太守の地位を若き息子のゴンスン・チャンカン(公孫長康)に世襲させた。彼は、クス太子の養母と実母の弟である。叔父と甥の年齢差は四歳しかないため、この二人は兄弟のような間柄である。馬韓国は、漢王朝からは独立した国だが、遼東郡とは一心同体である。既にゴンスン・チャンカンには漢王朝への帰順意識はなく、この東方世界は既に独立国の様相を強めている。それを背後から馬韓国が支えている。
漢王朝の正統な皇帝であったリュウ・イン(劉嬰)の末裔は、その姿を消しながらも、秘密結社のように密かに力を伸ばしている。その「影の劉一族」とも呼ぶべき彼らの財源を支えているのがヨンタバル商人団である。したがって、その実質的な統領であるマンヂュは多忙を極めている。ゆえに優雅な皇太子妃ではいられない。それは馬韓国の国母であったヨン・ソソノ(延召西奴)の再来であると誰もが思い、大きな期待をかけている。

秋の青空に黄色い旗をひるがえし、巡礼の一団が王都ハンヤン(韓陽)の対岸を進んでいく。王都はハンガン(寒江)の北岸に広がっている。南岸には畑が広がっていたが、そこを開発し、太平道の中継の市とした。信徒は入れ替わっていくが、常に一万人ほどが住んでいる。ゆえに村というよりは都会である。さらに皆が裕福なので、難民村という悲壮感はない。むしろ中華の最先端技術を持つ者が多いため、周辺の農業や産業は著しく発展している。チョゴ(肖古)王の個人的な感情では望む姿ではないが、皇太子夫妻は積極的にこの事業を進めている。ゴンスン・シォンジーの血を色濃く引き継ぐ王妃のゴンスン・チンファ(公孫清華)も後押しをしており、国益にも繋がっている。そこで王は傍観することにした。
皇太子妃の弟ヨン・ピリュ(延沸流)は、倭国に渡り倭人を妻とした。そして、倭国に根を下ろすつもりのようである。別の言い方をすれば、ヨンタバル商人団はその販路を倭国まで伸ばしたことになる。先頃までの倭国女王ピミファは、アダラ(阿逹羅)王の娘であるとチョゴ王は知っている。ゆえに今まで倭国との外交には消極的であった。しかし今、風向きが変わってきたと感じ始めている。そこで、王は王妃に半島西部の覇権について意見を求めているところである。王妃チンファ(清華)は、父のゴンスン・シォンジーに劣らない政治手腕を持つ。妹のゴンスン・リーチュン(公孫麗春)は、隣国ペクチェ(百済)の王妃であり、クス太子の実母である。つまり三国の絆は血縁で結ばれており固い。もし漢王朝が太守チャンカンの忠誠を疑ったとしても、三国を攻めるには覚悟がいる。さらに、その先には青洲の黄巾軍が控えているのである。漢王朝としてはリィァォドン(遼東)郡の独自性を否応なしに認めるしかなかった。
天の青さを髪飾りに、海の青さを足元に、そして大地の緑を纏った女神が東夷の世界に舞い降りた。その噂は東海を超え、南蛮の世界にも聞こえ、その報に南越独立軍は行動を起こした。南蛮世界の女戦士コウ・ジャファ(孔嘉華)は、漢王朝から派遣されていた交州刺史を討ち果たしたのである。その刺史は、憎きヂュ・ゴンウェイ(朱公偉)の息子であった。刺史を殺された漢王朝では反乱軍討伐の声も上がったが、東夷世界の不穏な動きに追われ、交州まで手が回らなかった。そこでやむなく南越人の自治を承諾した。それは今から五年前の出来事である。
この反乱を陰で支えたのは、東海の海賊王ジェン・ティェンハイ(鄭田海)である。彼は漢王朝に縛られない強い自由商業圏を思い描いている。自身も倭人である彼は、その中核にチュクム女王を立て、東夷と南蛮の世界を結び付けようとしている。
十六歳の多感な少年が、海原を睨めつけている。別に怒っているわけではない。自身の決意に自ら気圧されているのである。目の前に広がる海は、馬韓の沿岸である。少年の名は、ジェン・コンハイ(鄭空海)。将来、東海の海賊王になる男である。数度目の青洲太平道避難民を倭国に送り届けた父は、十六歳の長男を伴い、黄海から渤海への旅を行うことにした。この船旅での長男の役目は水夫見習いである。父の子育ては厳しい。海の男の教育に溺愛は禁物である。荒れる海の恐ろしさに耐えられないからである。常に「海軍精神注入棒」で尻を叩かれ続ける位の気合いがないと、海の魔物には太刀打ちできない。「泣くな!! 泣き声で吼えろ!!」という教育である。
コンハイ(空海)の母は南越の娘である。したがって彼の肌の色は、焼き付ける日差しに負けない褐色である。褐色の少年は倭人の祖母を持つため、倭人の言葉も堪能である。倭人の言葉、漢人の言葉、そして海越の言葉が分かれば、東海沿岸を旅するのに不自由はしない。祖母は志佐沫裸党の党首、チカヒメ(知訶媛)である。その跡を取るのは叔父のジェン・シャンハイ(鄭山海)である。ゆえに褐色の少年は、倭国で一族の期待を一身に浴びた。そのために否が応にも気合は十分なのである。彼はのちに「東海の海賊王」と呼ばれることになるが、それは「海商王」でもある。対する「陸商王」は、東夷世界の豪商となるマンジュであろう。海商と陸商では販路が重なっても装備が大幅に違うため、連携するのが良策である。
東夷世界の覇権は、ゴンスン・チャンカンとチュクム女王の連携により、漢王朝を阻む構造になっていく。そして、その経済社会を生み出していくのが美しき灰神楽(はいかぐら)姫である。女王と灰神楽姫が思い描く世界は、「和して同ぜず」を掲げる、武力に頼らぬ法治国家である。それはこの世の彼岸かもしれない。しかし、チャンカンも法家の娘ジャォ・ヤーリー(趙雅莉)から法学を学び、国造りに役立てようと考えている。春秋の聖人・孔子は「東夷の世界に礼の国がある」と言い残した。その地は明らかではないが、東夷世界は戦に追われた民の国でもある。必然、聖人の声に耳を傾けることになる。
商人が扱う品は、衣食住の品だけではない。武器もまた商品の一つである。そこで「死の商人」という言葉が生まれる。海商に「海賊王」の別称がつくのもそのためである。国を動かしてきたヨンタバル商人団に「死の商人」の忌み名が付くのも致し方ないかもしれない。しかし、死の商人など存在しない。同じように、死の科学者や工作人もいない。もちろん死の農民などいようはずもない。では誰が死の世界である戦場を望むのか、それは“武器をくれ”と叫ぶ英雄主義者たちである。不幸なことに、彼らは死の世界にしか生き甲斐を見出せないのである。「正義」という曖昧な概念を武器に、彼らは己の自己満足のために民を戦争に駆り立てる。その真理は太平道にも当てはまるのではないかと、チュクム女王は自戒している。
戦のない世界。それは不可能性への賭けかもしれない。しかし、その理想国家作りを具体的に形にして行こうと、マンジュは夢を捨てないのである。ファンジンチーイー(黄巾起義)に散った父、シンナム(神男)は彼岸からどんな思いで見守っていることだろう。
我儘な春風が砂塵を巻き上げた。その粒が幼いキェルの目を襲った。四歳の幼子は抗いようのない痛みに泣き叫んだ。七歳の兄サパンが真水で弟の目をそっと洗う。清水に砂塵は洗い流され、弟は泣きやんだ。三つ違いの男兄弟は、兄の性質によってその関係性が決まる。傲慢な兄には意固地な弟が育ち、慈愛に満ちた兄にはしっかり者の弟が育つ。愛が非力な兄を守ろうとする力を弟に与えるからである。
兄弟の庭を青紫の五弁の花が覆った。桔梗の花である。この花は母がこよなく愛する花であり、亡き父への思いを重ねているようだ。祖父は黄巾起義に散った。祖父と共に戦場を駆け巡った叔父ピリュが訪ねてきた。叔父の先生は加太(かた)という名の変人らしい。中華では聖医とも呼ばれているが、やはり変人の噂のほうが高い。チュクム女王の守護聖人でもあったらしい。
叔父ピリュは悪党を伴っていた。東海の海賊らしい。しかし、厳めしくはない。むしろ学者のような立ち振る舞いである。傍らに腕白そうな褐色の少年がいる。名をジェン・コンハイと言うと紹介された。サパンより九歳年上の悪ガキである。その様相に、控えめなサパンは強く惹かれた。海賊王は、倭国のチュクム女王からのお礼の品を携え、チョゴ王を訪ねた。王は倭人嫌いであったが、近年の展開に個人的感情を抑えている。さらに目の前の倭人は、思い描いた蛮族とは程遠かった。
東海の海賊王と謳われるジェン・ティェンハイは、漢の皇帝にも勝る気品を湛えていた。否、むしろその溢れる気概は、傀儡になり果てた皇帝よりも数段輝かしい。チョゴ王の倭人嫌いはすっかり払拭された。王の倭人嫌いは漢王朝に対する劣等感の裏返しだと、王妃チンファは見抜いていた。それは父シォンジーの眼力と同じである。歪な権力の幻想は、苦労人にしか見抜けない。その意味でチョゴ王に否はない。ティェンハイに魅せられた王は、北方の有力者たちに是非彼を紹介したいと望んだ。王は王妃とマンジュに図り、交渉をクス太子に命じた。初冬、楽浪郡の郡治所・王険に、海賊王たちが集まることになった。主催は太守のゴンスン・チャンカン。進行とまとめ役はマンジュである。
冷たい海風が褐色の少年を奮い立たせる。若者は老兵を恐れない。老練な相手に緊張を覚えるようになるには、負ける恐怖と己の未熟さに気づく必要がある。一概には言えないが、三十路あたりがその境であろう。その頃から男は慎重さを身につける。
風に煽られ、胸まで延びた顎鬚が肩を流れる。乱れを気にも留めず、老海賊は海を見つめている。「海は好きか?」振り返りもせず老人は声をかけた。「もう飽きました。私は陸の旅がしたい」と少年は臆面もなく答えた。突然、海賊黒鬚は高笑いを海風に吐きかけた。「陸は退屈だぞ。大嵐でも命を持ってかれることもない。他愛もない旅になるぞ」。少年は「海の嵐は好きです、高揚感が湧きますから。でも嵐の日は少ない。やっぱり海原だけ見つめていても退屈だ」と溜息をつく。老海賊が振り返り、褐色の少年を見つめる。「う~む。やっぱりお前は海の男の顔をしている。小僧、名は何という」「コンハイといいます」と少年はまっすぐに答えた。海風が髪を吹き流し、少年の顔が夕日に映える。
船乗り仲間で、渤海の海賊王シェン・ハイ(玄海)を知らぬ者はいない。老海賊はその祖父に生き写しだと少年は思った。豪胆で快活、伝説が目の前にいた。少年の心は奮い立ち、海賊黒鬚ことシェン・フェイイェン(玄飛燕)をじっと見つめた。白いものが混じり始めた顎鬚を撫で、老海賊は「ほうほう、ティェンハイの息子か。父に似ず良い面構えじゃ。あやつは天子様のような顔立ちじゃからのう、ワシはどうも気後れするわい。お前は良い。今日からワシ等は同輩じゃ」と笑った。
楼閣の下から声がした。「フェイイェン殿、皆揃いました」と会合と酒宴が整った知らせである。「では、参ろう」と老海賊は少年の手を掴み、階下へ進み始めた。「待って」と少年は手を振り払い、駆け戻る。そして緋色の外套を手にして戻ってきた。「忘れ物です」と少年が手渡すと「いかんいかん、歳を取ると忘れ物が酷いわい」と老海賊は照れ笑いし、「ワシもそろそろ潮時じゃわい。コンハイよ、有り難う」と少年に礼を言った。

朱塗りの円卓には、七人の主賓が腰を下ろしている。主催者の太守ゴンスン・チャンカン、クス皇太子、ジェン・ティェンハイ、コンハイ、シェン・フェイイェン、そしてシェン・ユェハイ(玄月海)、バイ・ドン(白冬)。進行役のマンジュは壁際に立っている。太守が手短に挨拶を済ませた。壁には大きな皮の幕が張られ、高句麗から南越までの広大な地図が描かれている。その前に立ち、マンジュが現在の情勢と会談の意義を語る。「ティェンハイ様、補足を」とマンジュが促すと、東海の海賊王は南越と倭国の情勢を説明した。「フェイイェン様、幽州と冀州の情勢を」と促すと、「ワシはこの会合が終われば隠居をする。じゃで跡目のユェハイから申し上げる」と、老海賊は話を振った。二人の関係は少し込み入っている。老海賊の妻はユェハイの姉であり、また従妹でもある。つまり従兄妹婚であり、子がないため、ユェハイは養子でもあった。
跡目のユェハイが、ツァオ・モンドゥー(曹孟徳)とユエン・ベンチュ(袁本初)の抗争を説明する。続いて「青洲から洛陽の様子はバイ・ドン様から」と促した。黄海の海賊王バイ・ドンは三十八歳で、ジェン・ティェンハイと同年代である。渤海の海賊王も四十一歳であり、今回の海賊王会議は随分と若返りが図られた。
太守が「では、リィァォドン郡とマハン国の様子は、クスより述べてくれ」と促し、馬韓国の皇太子は簡潔に近況を述べた。そして太守が「今回は互いの近況を共有した。次回はそれぞれの動きを調整し、有益な事業計画を話し合おうではないか。では、この後は交流会としよう」と締めくくった。
酒宴には海の幸、野の幸、山の幸と贅を凝らした品々が並び、酒類も多彩を極めた。会場にはそれぞれの従者も呼ばれ、大賑わいである。この豪奢な宴は、海商と陸商の協議の場でもあった。そして、この会談の益を最も得るのは、東夷世界の覇者たらんとする太守ゴンスン・チャンカンである。それはジェン・ティェンハイが思い描く世界とも重なる未来図であった。
曼珠沙華 紅萌ゆる 埜を染めて
~ 蕪(かぶ)の花 ~
冬の嵐は北方よりやってくる。初夏から秋の嵐は南方よりやってくる。そして、春の嵐は西風が運んでくる。蕪の蕾が膨らんでいく。その花が黄色い世界を運んでくる頃、男装の女絵師グー・リンツァイ(顧鈴菜)は倭国に到着した。西風となってタイピンダオ(太平道)難民の群れを運んだのは東海の海賊王である。将来その跡目を継ぐのは褐色の少年ジェン・コンハイ(鄭空海)である。彼は太陽の化身であろう。何故なら、その肌は太陽の刻印だからである。
太陽を呼ぶ花は黄色であろう。その色こそが、太陽の空にふさわしい。太陽の空は季節ごとに色を変える。春は淡い青であり、夏に向かってその深みを増す。新緑が深まり空を染めれば蒼天が生まれ、豊かな海が深まり空を染めれば紺碧が広がる。そして、冬が近づけば再び穏やかな青である。冬の終わりから早春に映えるのは蕪の花である。蕪の花は菜の花とも呼ばれる。菜の花は多様で、清楚な白い花を咲かせれば、その根は太く長い。野菜として市場に並ぶのは大根である。
春の乙女が蕪の蕾を摘む。弟は色づいた黄色の花束を幼子の首に掛ける。幼子はくりくりとした目で異国の空を眺める。だが春眠は幼子の瞼を閉じさせようとする。
♪ 眠れ、ロン(龍) ロン(龍) 春の香りがお前を包む
眠れ、ロン ロン 父様の声が聞こえるだろう
冬の野に眠るつわもの(強兵)も 霜解けの道を歩みだす。
それは可愛いお前の寝顔を見たいから
眠れ、ロン ロン 眠れ、ロン ロン
春の乙女は、ほのかな胸の温もりで幼子を抱く。弟は摘んだ山菜を籠に背負い、三人は丘を下る。ここは、アタ(阿多)国のクシキヌ(櫛気野)郷である。この郷には徐家の者が多い。遠い昔にシュー・フー(徐福)の一団が住み着いた地である。不老不死の秘術を求めた彼らの旅は、薬草と鉱物の豊富な地を嗅ぎあてる。ゆえに、この地にも医術の材料には事欠かない薬材が眠っている。その宝を医女は嗅ぎあてた。その医女とは、男装の女絵師リンツァイ(鈴菜)である。
リンツァイは男装であったが女色ではない。心だけの男色家が多いように、リンツァイも心だけの女色家である。世間では、海越の舞姫シー・ユェファ(施越花)との仲を同性愛関係だと思っている輩も多いが、それは間違いである。二人は心だけの女色家であり親友である。そういう現象は女だけのものではない。妻より心許せる男友達がおり、夫より心許せる女友達がいるのはいたって自然なことである。むしろ関係性の側面からは、こちらの方が明らかに多い。妻と共に末永く暮らし、そして一緒に逝きたいものだと考える男もいるだろう。だが、案外男は共に死ぬ友を求めるものである。それを「死友」という。共に死のうという意味合いと、死してなお友であるという意味がある。
共に死んだ男たちがいた。四年前の春の芽吹き前である。その頭目は、巳の親方ツァンロン(蒼龍)と呼ばれていた。別名は酒精中毒のロン(龍)である。酒に溺れる前の本名は、スン・ロン(孫龍)という。そして、三姉弟の父である。
それは、レンチョン(任城)からガオミー(高密)への撤退戦での出来事だった。冀州太平道の避難民の群れは、官軍の追撃隊に迫られた。足の遅い隊列は、その騎馬隊の前に壊滅寸前の危機を迎えた。その状況に、任城からの護衛部隊は、全員討ち死にを覚悟した。官軍に大きな損傷を与えれば、避難民の群れに活路が開ける。そうしている内に青洲黄巾軍が救出に駆けつけるはずだ。ツァンロンはそう判断し腹を括った。
死にゆく兵(つわもの)の家族は嘆き悲しんだ。巳の親方は舞姫に「泣くなユェファ。お前たちのために死ねるなんて、こんなに嬉しい死にざまはないさ。俺は人生の一番幸せな時を迎えているのだ。別れにお前たちの笑顔を見せてくれ」と笑って別れを告げた。
それから男装の絵師と子供たちを振り返り、「シャオレイ、シィァン、すまんかったなぁ。駄目な親父でよぉ~ じゃぁ行くぞ。あいつらが待ちくたびれているからなっ。リンツァイ、後は頼む」と瓢(ふくべ)の酒を飲み干すと、ツァンロンと任城の守備隊千騎は斬り込み、皆討ち死にした。その時、男装の女絵師リンツァイは身籠っていたが、ツァンロンはそれを知らなかった。そして、翌年、男の子が誕生した。父の顔を知らぬ子に、リンツァイは父の名であるスン・ロン(孫龍)と名付けた。
ツァンロンは酒精中毒であったが、酒好きの女絵師リンツァイは中毒とまではいかない。彼女は医女でもあるので、そのあたりは心得たものである。酒の肴も陰陽の教えを忘れない。その母に育てられたファン・シャオレイ(黄暁蕾)とファン・シィァン(黄香)も上手な酒飲みである。決して酒に溺れる無粋な真似はしない。シャオレイ(暁蕾)は二十一歳になったがまだ独り身である。弟のシィァン(香)も十九歳であるが独り身である。この波乱の人生を歩む姉弟に、夫を持ち、妻を娶るゆとりはなかったからである。
この春の乙女に胸ときめかす若衆は数知れない。阿多国のみならず、周辺の若衆宿では、シャオレイの話題で持ちきりである。加えて乙女は才女である。彼女は母に習い絵を嗜み、詩歌も巧みである。その点では若衆の腰が引けるのだが、酒造りが上手い。さらに医女であるので、二日酔いの対応も手慣れたものである。中には酒も飲めないのに「どうも昨夜の酒が残って頭がガンガンと……。シャオレイ様、どげんかせんといかん、たもんせ~(なんとかして、頼むよ)」等と診療に訪れる不埒な輩も多い。
この一家は、阿多国で酒造所に薬草園、診療所に看護学校を営んでいる。リンツァイとその集団の受け入れを決めたのは、南の大巫女様ニヌファ(丹濡花)である。三十九歳となった彼女は威厳も増し、阿多国周辺の民からの信頼も厚かった。そのため、異邦人の集団移住にも異議を唱える者は出なかった。
長男のハラエド(胎穢土)は秦家の総領として、父のスサト(須佐人)に付き従っていたが、長女のセオリツ(世織津)は、母の許で巫女修行をしていた。そのため、太平道難民の世話係は彼女に託されていた。世織津は二十一歳になるが、まだ独り身である。十七歳の時に好きな人を海で亡くし、誰にも添い遂げないと決めていた。ゆえに、同じ独り身のシャオレイとは親友になった。そして奇遇にも彼女も、十七歳の時に戦で父を亡くしていた。ふたりの琴線は同調したのである。
世織津は、父が嫌いである。偉大な父だとは認めているが、あんな父は嫌いである。抱いてあやされた記憶も、優しい言葉をかけられた記憶もない。そして、母への労りも感じられない。ゆえに、夫に迎えたくない男を問われれば「父のような人」と答えるだろう。その「父への思い」だけが親友のシャオレイとは異なる。シャオレイの理想の男性は、酒精中毒の父ツァンロンである。
人の感情はややこしくて、家族の愛憎はなおさら複雑である。偉大な父を持った娘が父を嫌い、酒精中毒だと揶揄された父を持つ娘が父を慕い続ける。さらに、その妻の感情はより複雑であり、他人には言い表せない。それが夫婦の機微というものであろうか。
南の大巫女様、丹濡花は四十七歳の若さで亡くなる。それは、須佐人が実弟以上に気遣っていたユリ(儒理)王が亡くなった翌年である。愛弟の死に無言を貫いた鯨海の海賊王は、妻の死に人目を憚らず慟哭した。世織津は、初めて父の本当の姿を見た気がした。
大雀蜂がカチカチと音を鳴らし、威嚇している。この威嚇に無頓着な奴らは、刺されて酷い目に遭う。威嚇をされたら回避の道を探るのが、優れた武人である。「なんやぁ~、やるのか? 生意気な蜂め!! 叩き潰してやる」というのは蛮勇という。
徒手の項増は、捨て子であった。今や阿多国の大族長であるが、若き日には喧嘩に明け暮れた悪童である。そして、無闇に戦い、そして勝った。でも、嬉しかったことは一度もない。拳の傷は自らの心の傷として、虚しさを滲ませた。
孫の安良亀が「御祖父様、大きな蜂がいます。どうしましょうか」と聞いた。安良亀はまだ六歳だが、身体も大きく腕白盛りである。そして既に右手には棒きれを掴んでいる。項増は笑いながら「そっと逃げようぞ」と、安良亀の棒きれを取り上げた。「でも御祖父様、姉様たちが刺されたら大変です。退治しましょう」となおも怯む様子を見せない。「大丈夫じゃ。皆でそっと逃げれば、蜂も襲っては来ぬ。さぁ、皆、そっと、そっとじゃぞ。あちらの野原まで退散じゃ」と、孫たちをかばうように項増祖父様は、幸せの野原を目指して退却していく。
早春、南の大巫女様・丹濡花が亡くなり、娘の世織津がその跡を継いだ。その儀式には南の主だった族長が集まり、その差配を大族長・項増が執り行うことになった。しかし実際には、跡取りのククチ(項菊智)とその妻でクマト(熊人)の娘の照美、そして六人の側室たちが取り仕切っている。ゆえに、項増御祖父様の役目は孫守りである。
集まった孫の数は十一人である。そして、もう一人が照美のお腹の中で待機中である。したがって、御祖父様は十二人の孫持ちとなる。年長の孫娘アカホ(赤穂)は十七歳である。それから年子で六人の孫娘が続く。項赤穂は、もうしばらくすれば婿を取り、曾孫を産むことだろう。ゆえに十年も経てば、大族長は孫と曾孫の名を覚えるのも大変な様子になるであろう。早々に大族長を項菊智に譲り、隠居の身にならなければと思案中である。
項増は捨て子であり、天涯孤独な身であった。ゆえに、子が産まれても「家族」という実感がわかなかった。しかし、これだけの孫に囲まれると、一家をなしたという実感が湧き上がってくる。そこで数年前より、子孫に託す国作りを思い描き始めた。
今の項増には“好きで子を捨てる親はいない”という思いがある。きっと子を捨てさせたのは貧困が原因である。その貧困をもたらす最大の原因は、天災である。ゆえに、災害に強く、あるいは災害を乗り越えられるだけの国力をつけると決意しているのである。

路傍の神に花を捧げる娘がいる。雨風や埃にまみれた神々には気恥ずかしくなりそうな風景である。しかし、怒り出す神々はおるまい。たとえ荒ぶる神であったとしても、その娘のあかぎれた手に頬を寄せたくなるであろう。淡い桃色のその花は、夏水仙である。早春に咲く水仙と違い、この水仙には葉がない。ティェンシャンファ(天上華)と同じように花の時期と葉の時期が別々なのである。それは片思いのような切なさを誘う。娘も何かに片思いをしているのだろうか。
ここは、阿多国の北隣のウノ(烏奴)国である。良港に恵まれたこの地はアクネ(英袮)と呼ばれている。娘は、その路傍の神々に花を手向けて散策中である。娘の名は鈴花(すずはな)という。十二歳の乙女である。この夏の乙女も項増と同じように、実の母の顔をしらない。だが、捨て子だったわけではない。母は鈴花を産み終えると他界したのである。あかぎれた手をしているが、貧民の娘ではない。父は倭国海軍の提督である。父の名はカイト(芥人)という。ピミファ女王が弟のように可愛がっていたハイト(隼人)の従兄弟である。芥人は第三艦隊の提督なので、今は基地のある投馬国のクキド(岫門)で暮らしている。ゆえに、親子は離れ離れに暮らしているのである。
父の芥人は多忙な男である。生まれ育ちは烏奴国の西隣にあたるクシ(躬臣)国のフルクタマ(布留奇魂)村であるが、倭国海軍に入隊してからは、ほぼ他国暮らしである。鈴花の母が亡くなると、男手一つでは赤子を育てられないので、妻の実家で育ててもらうことになった。妻の実家は英袮の港町である。妻の家は英袮港の外れにあり、半農半漁で暮らしている。芥人は多額の養育費を送金したが、妻の父イテヅル(凍鶴)はその養育費に手をつけなかった。ゆえに家は貧しく、鈴花は清貧を楽しむ娘に育った。提督の娘であるから本来ならお姫様である。しかし、豊かさが善人を育てるとは限らないことを老漁夫は知っていた。
賢者は墓に贅を尽くさない。ゆえに、鈴花の母の墓は丸い石を置いただけのものである。それは路傍の神と等しい。その点在する玉石を回りながら、鈴花は花を手向けて歩いて行くのである。実母を知らず、父とは遠く離れて暮らす鈴花だが、今は孤独ではない。それは新しい母を授かったからである。それは路傍の神様からの贈り物であろう。母の名をユェファという。あの海越の舞姫である。
稀人(まれびと)は、海の彼方からやってくる。そして八年前にユェファとリンツァイに率いられた五千の稀人が来訪した。その半数がリンツァイと共に阿多国の櫛気野郷に錨を下ろし、半数がユェファと共に烏奴国の英袮に錨を下ろした。
女医であるリンツァイの一団には医術者が多く、ユェファの一団には芸能者が多かった。そのため、英袮では様々な芸能が盛んになった。その話題の中心は、やはり海越の舞姫である。まだ五歳だった鈴花はユェファに魅せられた。それは幼い心の孤独の穴を埋める生きがいとなった。
堅物の凍鶴おじいちゃんは、何度も鈴花を演舞場に連れて行ってくれた。家は貧しかったが、木戸銭(入場料)は養育費がたんとある。それがおじいちゃんの教育方針だった。もちろんおばあちゃんも伴い、三人で出かけた。これがこの一家の唯一の贅沢である。
ある日、父の芥人提督が久しぶりの休みを取り、里帰りをしてきた。そして、四人で演舞場に出かけた。鈴花の輝く目を見た提督の目には涙が浮かんだ。彼は歴戦の兵(つわもの)である。ゆえに、それはまさに「鬼の目にも涙」であった。
それを機に、提督は舞姫に婚姻を請うた。そして翌々年、鈴花には弟ができた。七つ違いの弟の名はエツト(越杜)である。ユェファは三十歳で我が命を繋いだ。越国の山海に眠る祖父シュー・チャン(許昌)や父シー・モクホン(施苴康)、そして十六歳で戦死した兄シー・モンユェ(施孟越)。皆が大海の空を駆け、祝いの風を送ってくれた。
乾燥した風塵が、空を黄色く霞ませた。その憂鬱な季節を産声が切り裂いた。西からの海風が強く阿多国に吹き寄せた。こんな日にはコシキジマ(古志岐島)の西岸では、玉石の大合唱がゴロゴロと響いていることだろう。大族長、徒手の項増は、七年かけて国都を完成させた。ユェファたちが住まう英袮とリンツァイたちが住まう櫛気野郷の間に、ウテナ(羽手那)と呼ばれる大河がある。その河口は羽手那之津という良港である。そこから半日ほど遡り台地を切り開き都をとなしたのである。ゆえに名をタカナガダイラ(高永平)という。
国都の高永平には、太平道の工作人が多く暮らす。開発の主力になったのが彼らである。さらに、リンツァイの錬金術師たちは、焼酎造りの技術を著しく向上させた。他にも多くの工芸品の技術力を高め、産業立国の様相を帯びてきた。国力が整えば、次に目指すのは交易である。今、大族長・項増は、東海沿岸の交易を思い描いている。そして、その発想の原動力が、海越の舞姫ユェファと、多才なリンツァイの存在である。
さて、十二番目の孫の産声を聞いた項増御祖父様は、老いゆく暇さえないほどに忙しくなってくるのである。「あっ!! 早く項作めに、温泉を掘らせねばならないのう」と脳裏に盟友の顔が浮かんだ。ヒラキキ(枚聞)山の麓も、蕪の花に覆われた頃である。
白き野に 君伏せる夢 蕪の花
~ 合歓(ねぶ)の花 ~
長雨が子供たちをむずからせる。もう暫く経てば、蛙の大合唱にも負けないくらいに騒ぎ出しそうである。大人たちは田植えに忙しい。ゆえに、なだめ役は年長の子供たちである。ただし男の子は皆、田植えに駆り出されている。この難役は姉様(ねえさま)たちに託されていた。
田植えは重労働である。ぬかるむ田に足を取られ、腰を曲げ、顔には初夏の熱気を浴びる。できればこの時期は川での遊びに興じていたい。しかし、子守よりはまだ良い。ゆえに男の子たちは率先して田植えに向かうのである。
子守娘のまとめ役は鈴花(すずはな)である。父の血を引いて人まとめが上手い。それに清貧に喜びを見出す娘であるから、威張ったところがない。自ずと年長の娘たちは鈴花を頼っている。しかし、年少の子供たちの機嫌の悪さは容赦ない。泣き叫ぶ子はまだ良い方で、手当たり次第に物を投げ、近くの子に殴りかかる。あるいはガブリと所構わず噛み付きにかかる。この暴君の一団を、鈴花は根気よくあやして回る。
その小さな荒ぶる神々の中にあって、ポツリと唯我独尊の幼子がいる。その小さな手のひらに眠たげな蛙が座っている。その蛙と目を合わせ、唯我独尊は熟考中である。何を考えているのかは常人には分からない。なにしろ唯我独尊なのである。
この小さな賢者の名は、エツト(越杜)という。五歳の賢者に見つめられ、蛙は逃げる素振りも見せず、ますます眠たそうである。ネブガエルもまた、仙人の化身なのかもしれない。ともかく、ここは哲学的な世界が結界を張っているようである。
鈴花が弟の肩をポンと叩き、「蛙さんは、何て言っているの?」と聞いた。小さな賢者は「ネブタイ(眠い)と言っている」と答えた。鈴花は「蛙さんは夜に働くから、昼間は眠たいのよ」と教えた。ところが小さな賢者は「何で眠たくなるの?」と聞き返した。姉様は言葉に詰まり「ウム~生き物は皆、眠るのよね。でも何でなんだろうね?」と素直に答えた。
小さな賢者は再び熟考に入る。姉様は荒ぶる神々の中に戻り、天女たちを差配して子守に追われる。長雨を遮る葦の屋根の下は、生気がみなぎり夏の到来を予感させる。雨音が大地を連打し、豊穣の神を呼び寄せる。さてもアクネ(英袮)の山海はめでたき処である。
英袮の山海に、南の大巫女様であるセオリツ(世織津)が来訪した。この一年で亡くなった人々の供養を行うためである。田植えが終わり、夏の草取りもひと段落した頃に村の夏祭りが執り行われる。桜前線が北上するように、夏祭りも南から始まり上がってくる。
供養の儀式は、ヒラキキ(枚聞)山の麓の村々から始まり、連日祭りに追われている。世織津は、父に半ば強引に婿を持たされた。須佐人は、地位に甘んじて強引に物事を進める男ではない。しかし長女に対しては、強引に婿を取らせた。父親の最大の気がかりは娘の行く末である。息子は突き放てても、娘はそうはできないのが父親の性(さが)であろう。その点では、鯨海の海賊王も一介の父親であったようだ。
世織津は反発しつつも、父が選んだ男を夫とした。その夫は、父が弟のように可愛がるハイト(隼人)の長男アタウミ(阿多海)である。阿多海は実直な海軍士官であり、権勢欲が感じられない。父・アタテル(阿多照)の後を継ぎ、黒潮漁労団を率いていくのは弟のデンオウ(田横)である。田横は良い意味での野心家であり、黒潮の海賊王と呼べる威厳がある。しかし、世織津はそんな父に似た男は嫌いであった。ゆえに、実直な阿多海を受け入れたのである。
海軍士官の阿多海は、故郷のアタ(阿多)国には住んでいない。いわゆる単身赴任の通い婚である。しかし夫婦仲は良く、長女のルウジュ(琉宇嬬)と長男のアタノ(阿多埜)を授かっている。阿多海は休みの度に帰国し、子守りを楽しんでいる。カイト(芥人)は提督なので多忙を極めているが、まだ若い阿多海は一介の海軍士官であり、休みも確保されていた。
母のニヌファ(丹濡花)が亡くなり、南の大巫女様となった世織津は、芥人提督以上に多忙となった。夫の阿多海は休みが確保されているとはいえ、育児休暇があるわけではない。一年の多くは洋上暮らしなので、二人の子供の面倒は、絵師であり医女、そして錬金術師でもあるリンツァイとその一族が見ている。
琉宇嬬は四歳、阿多埜はまだ一歳である。ゆえに、末っ子のスン・ロン(孫龍)は妹と弟ができたようで喜び、勇んで二人の面倒を見ている。ロン(龍)はまだ九歳なのだが、既に酒を嗜んでいる。酒飲みの両親を持つので致し方ない面もあるが、まだ早い気もする。だが、見事なまでに酒の飲み方を心得ていた。
酒飲みには「飲み出したら止まらない者」と「適度な酔いで盃を置ける者」がいる。前者は往々にして酒精中毒に陥る。父のツァンロン(蒼龍)がそうである。悲しみを肴に酒を飲めば、間違いなくこの道に進む。
母のリンツァイは後者である。しかし、この手の酒飲みは少ない。大半は前者の酒飲みであり、禁酒を誓わされる者がなんと多いことか。困ったものである。スン・ロンも酩酊するほどには飲まない。母譲りの酒飲みである。そして、ほろ酔い機嫌で子守唄を歌う。それは楚歌(そか)である。ゆえに阿多国の民には歌詞の意味は分からない。しかし、スン・ロンの歌の上手さは皆が認めるところであった。
倭国に渡り村人と接するうちにリンツァイは鈴菜(すずな)と呼ばれるようになった。
ジャン・リンシン(張林杏)は、林杏(りんあん)
シー・ユェファ(施越花)は、越花(えっか)
マー・チャーホァ(馬茶花)は、茶花(ちゃか)
英袮のセーファウタキ(斎場御嶽)に楚歌が流れた。その歌に合わせて、舞姫の親子が舞う。娘は夏の乙女、鈴花である。夏の乙女は海越(うみえつ)ではないが、南越(なんえつ)の風薫る美少女である。その陽光は眩しく、若衆は皆、目を細めて魅入っている。南の大巫女様・世織津は「まるで巫女舞のように神々しいですね」と呟いた。巫女舞は人々を楽しませるための舞ではない。それは、巫女が神様の領域に入るための所作である。ゆえに、舞姫親子の遊興の舞とは本質が違う。
海越の舞姫越花は、倭国に渡るまで巫女舞を見たことはなかった。今は日巫女と呼ばれるチュクムも巫女舞を知らない。越花たちが知っているのは教祖チュクムの剣さばきである。それは剣舞とも呼べるほどに美しい。そして、それは死を呼ぶ舞でもある。その舞の雅楽は、悲鳴と血風が吹き荒ぶものなのだ。
世織津は、鈴花の舞に陰影を見た。強い陽光の足元には、深い闇が影を刻む。その闇は黄泉(よみ)の国への入り口である。その坂を下れば根の国に到り、魂だけの世界が広がる。根の国は火の国でもあり、火の巫女の力はここから生じる。そして、南の大巫女様も火の巫女の系譜を持つ者から選ばれる。
もう一人、鈴花の舞に魅せられた少年がいる。スン・ロンである。母鈴菜と越花の交流は頻繁に行われており、世織津を含めた三家族は水入らずの関係である。鈴菜と越花は昔から一つの盃で酒を回し飲む仲だ。水でいちいち盃を洗うなどという無粋なことはしない。その慣わしに世織津も加わった。
琉宇嬬と阿多埜はまだ酒を嗜む歳ではないので、美味い水や果実の汁を飲んでいるが、その水入らずの関係は子供たちにも伝播している。したがって、越花の義娘である鈴花の、水で洗っていない盃が回ってくるのを、スン・ロンは胸が張り裂けんばかりの思いで待っているのだ。
そんな年下の男の子の思いに、鈴花は気づいていない。ゆえに甘酒を飲んだ盃を「どうぞ」とスン・ロンに回した。早熟な少年は、胸の鼓動が聞こえはしないかと震えながら甘酒を一気に飲み干すと、そっと懐に盃を隠した。そして、別の盃を次に回した。陽気な夏の乙女は、その異変を気にも留めず、幼い琉宇嬬と阿多埜をあやしている。鈴菜は息子の緊張した横顔を盗み見し「ふん」と鼻で笑い、越花に目配せした。その二人の仕草に世織津も気づき、スン・ロンの膨らんだ胸元に目をやった。
ヒムカ女王が若衆の耳目を一手に惹きつけたように、鈴花の存在は黒潮の若衆の注目を独占している。噂だけならエミシ(愛弥詩)国にまで届いているという。しかし、鈴花の視線の先にあるのは、海越の舞姫とそこから感じる南海世界への憧れである。父母との縁の薄さはその憧れに打ち消され、「私は南越に繋がっている」と思うようになっていた。ゆえに、越花は原始母の化身なのであった。
その噂を聞きつけた黒潮の若衆どもは、一気に呉越世界への関心を高めた。きっと黒潮の民は、南越国や夷洲国、さらに南の島々から黒潮に乗り、倭国にたどり着いたはずである。この北への開発魂を源郷へと振り返らせる動機づけが、後年、南蛮交易を盛んにすることになる。
桃の実のような甘い香りが、山姥(やまんば)様の祭りの夜に流れた。ファン・シャオレイ(黄暁蕾)はその匂いに軽い眩暈(めまい)を感じた。その風は、黄泉比良坂(よもつひらさか)から吹いてくるようである。しかし、漢人のシャオレイ(暁蕾)は、その坂がどこにあるのかは知らない。
山姥様は土俗の神である。悪童たちから見れば妖怪でもある。悪さが過ぎると醜女が大口を開けて飲み込みに来るのである。しかし子供らを悪病から守る子育ての神でもある。山姥様の正体は、黄泉醜女(よもつしこめ)かもしれない。土俗の神は人々の願いや恐れが作り出したものであり、その正体は複数にわたることが一般的である。ここクシキヌ(櫛気野)郷の山姥様は、老いてはいるが美女である。元は海女だったとも、巫女だったともいわれている。いずれにしても、女たちが祀る土地神様であった。
シャオレイは二十七歳になった。そして四歳になる男の子を授かっている。名をティンユン(天熊)という。まるまると太った元気な子である。シャオレイに婿を取らせたのは、今春に神様の元に帰った南の大巫女様・丹濡花である。須佐人が世織津に婿を取らせた翌年のことだ。婿は天海(あまみ)一族のリュウジュウ(龍紐)、つまり大巫女様の甥である。二十六歳になっても妻を娶る素振りを見せないので、世話焼きの叔母となりシャオレイを娶らせたのである。世織津が大巫女様になると、シャオレイも巫女の一群に加わることになった。ただ、それは大巫女様に付き添う世俗の巫女である。巫女の数としてはこちらの方が遥かに多い。普段は漁師の女将さんや、田畑を耕す農婦である。
シャオレイは養母鈴菜の影響を受け、普段は医女として活動している。また、絵も詩も嗜み、錬金術師でもある。つまり鈴菜の後継者だ。二十七歳まで巫女の修行などしたことはないが、医女であるため何かと皆に頼られている。村の女たちが白大衣(しろたえ)に身を包み、白砂の道を進む。鈴菜もその最後尾に続く。男たちが山の頂上を踏み均し、木を伐って百名ほどが集える広場を作っている。そこがこの村の祭り場である。
山姥様の祭りでは、大巫女様の役割はさほどない。この神様は土俗の神なので、立ち会いを行っている程度である。つまり山姥様は、世織津が神憑かる対象ではないのだ。したがって神事というより、村の婦人会の寄り合いの様相が強い。ひととおり神歌を唱え、地均しの舞を踊れば、あとは山頂での宴会である。持ち寄った料理を囲み、明け方まで女たちだけの憩いの時間が過ぎていく。年に四度開かれるこの祭りは、子育ての悩み相談の場でもあった。シャオレイも世織津も今やその「母親の会」の立派な一員である。
空も微睡む初夜(はつよ)、夜の花は香りを放ち、幼子はコクリコクリと睡魔に誘われる。春の眠りは暁を覚えず鳥のさえずりで目を覚ますが、初夏の眠りは夜の訪れを待ちきれない。雨音も聞こえてきたが、夏の花々は雨にも強く、散る心配も少ない。夜に眠る花は雨上がりの朝に優美さを咲きほころばせ、夜に咲く花は清楚な強さを薄明かりに忍ばせる。夏の乙女・鈴花は、弟に添い寝し、やさしく眠りに導く。弟の越杜は五歳になり、やんちゃ盛りである。
梅雨明けの青空の下では、子供たちの遊びに興じる声が響き渡り、夏の到来を引き寄せる。蛙を捕まえ、田螺(たにし)を獲る。元気な年長の子らは、護岸の石垣に手を差し込み、鰻(うなぎ)さえ手つかみで捕まえる。年少の越杜も蛙獲りに奮闘し、疲れ果てたのである。
ウノ(烏奴)国は、海にも平野にも恵まれた土地である。漁師の多くは英袮港の周辺に暮らしているが、太平道の避難民の多くは平野部で暮らしている。漁の技術に大きな変化はないが、農の技術には革命が起きている。先進的な農業を身につけた信徒たちにより、阿多国と烏奴国では農業革命が起こったのである。さらにこの地は、稲の生育環境として倭国の中でも最適地であった。
当初は言葉の問題もあったが、先住民である倭人の大半は元々海越である。互いに身振り手振りで意思疎通を図り、渡来から十年近く経った今では、新しい阿多国語ともいうべき言葉が生まれている。阿多国語のみを用いて話をすれば、伊都国やヤマァタイ(八海森)国では通じないほどの変化である。
意思疎通の大半は「雑木林を切り開こう」や「水路を掘ろう」「田植えの時期はいついつにしよう」といった実務的な内容であるから難しくはない。「田」は「デン」でも「テイン」でも「ティェン」でも似た音である。ゆえに、子供たちの大半の話す言葉は皆、阿多国語である。この大きな変化を一番喜んだのは、大族長の項増である。天涯孤独だった彼には古のしがらみはなく、新しい世界を切り開くことだけが、自分の繋がる命を見出す方法であった。そんな大族長に導かれ、この南国の地は太平道の安住の地となっていく。
小さな賢者・越杜が、秋晴れの空を見つめている。そして「お空が泣く」と呟いた。村人は訝しく思ったが、なにしろ賢者の言葉は理解できない。姉の鈴花でさえ「雨でも降るのかしら」と思った程度である。五日後、東で轟音が響いた。そして程なく空が黒煙に覆われた。
翌日、灰を含んだ黒い雨が降り注いだ。三日三晩降り続けた灰の雨は、稲を覆った。晴れ間が広がると、村人は灰の処理に追われた。それは秋の実りを左右する重大事である。阿多国と烏奴国の耕作面積は、今やヤマァタイ(八海森)国に匹敵していた。ゆえにここでの不作は、倭国に飢餓の冬をもたらしかねない。項増大族長から報が届くと、チュクム女王は直ちに二千の援農部隊を派遣した。
危機が収まり人心地つくと、大族長は越杜を高永平に呼び寄せた。五歳児の言語はまだ異人との会話に近く、ましてこの五歳児は賢者である。大半が神仙界の言語なのだ。そこで通訳として鈴花も同席した。
項増も大勢の孫に囲まれているので、神仙界の会話のコツを心得ている。そこで「お空は何故泣いているのじゃ?」と賢者に訊ねた。「悲しい人が異国から連れてこられたから、お里に帰りたいと泣いているんだよ」と賢者は答える。鈴花と大族長は顔を見合わせ、首をひねる。
「母様や鈴菜小母さんたちは異国から来たけれど……」と鈴花が呟くと、「悲しがっているのか?」と大族長が聞く。「う~ん 国を追われて悲しまない人はいないけど、でも……きっと母様たちは今の暮らしを喜んでいるはずよ」と鈴花は確信を持って答えた。大族長は笑顔になり「それは良かった。私も嬉しいよ」と言いつつ「じゃぁ~ 異国から連れてこられた悲しみ人は誰じゃ~???」と再び首を傾げる。「稜威母か高志の人?」と鈴花が呟くと、大族長はじっと考え込んだ。そして「再び、戦乱の世が訪れる兆候かもしれんということか」と漏らした。
カゴンマ(火神島)の噴火は初冬まで断続的に続き、周辺諸国に灰を舞い散らせた。それは灰色の雪のようであった。稲刈りは無事終えたが、田畑は灰色の雪原となった。南国の降雪は遅く、そして短い。子供たちは冷たくない雪原を楽しんだが、大人たちは不安に襲われた。春まで降灰が続けば、田植えが危うくなる。大族長・項増は、チュクム女王にさらなる援農部隊を要請し、除灰作業を急いだ。
そんな最中、クド(狗奴)国から急報が届いた。それはヒムカ女王の突然の訃報だった。詳細はウガヤ(卯伽耶)王もまだ掴めていないようだ。
夕暮れ、初雪が舞い始めた。深々と積雪は南国の大地を覆い、人々は悲しみに沈んだ。大族長・項増は、越杜の予言めいた言葉に大乱の気配を感じた。そして独り、「やはり稜威母が元凶か」と呟いた。
風薫る 初夜(はつよ)の乙女か 合歓の花
注釈:「初夜」は古語で午後6時から9時くらいまでの夜の初め。合歓の花咲くころ。
~ 月下の花 ~
秋風が夏の衣を剥ぎ、肌寒い。うだるような暑さに汗ばんでいたのが嘘のように懐かしく感じる。そんな季節の変わり目に、月明かりの下、少年は幼い妹をやさしく包み込んだ。今宵は名月である。
少年は十六歳だが、大きな体つきをしている。それはキ(鬼)国の「河童の大将」と呼ばれた大伯父、サラクマ(沙羅隈)親方を彷彿とさせる。今は伯父のフェァ・ジー(何鶏)がそう呼ばれている。父は、青洲黄巾水軍を率いたフェァ・イー(何儀)である。そして、伯父の妻は、シマァ(斯海)国の女族長・希蝶(きちょう)である。そのため、青洲黄巾水軍の大将であるフェァ・イーが運んだ太平道の難民団は、鬼国と斯海国の周辺に根を下ろしている。ここは斯海国の口之津である。その丘の上で、親子四人は月見を楽しんでいる。
父のフェァ・イーは、水軍を率いて数回難民団を倭国に逃がした後、ツァオ・モンドゥー(曹孟徳)の配下となっていた。それは、黄巾水軍が助力する見返りに、信徒の保護を約束されたからである。しかし、四年前に再び倭国に戻った。
モンドゥー(孟徳)には気がかりなことがあった。それは、チュクム(秋琴)が連れていたあの娘のことである。そして、急激に拡大する倭国の国情にも目を配っておく必要があると考えていた。そこで、フェァ・イーを彼の故郷でもある倭国に派遣したのである。
倭国女王チュクムは、水軍大将のフェァ・イーが戻ると、彼を倭国海軍第一艦隊の提督に着任させた。最先端の技術を持った黄巾水軍の力で、倭国海軍の強化を図ったのである。そのために一家は、口之津で暮らしている。
少年の名は、ユェ・イゴウ(月宜狗)という。九歳の妹の名はフェァ・アン(何昂)である。兄は母のユェ(月)氏を名乗り、妹は父のフェァ(何)氏を名乗っている。兄は何氏の血筋が濃く大男であり、妹は月氏の血筋が濃く美少女である。兄妹には父方に河童の大将・沙羅隈親方がいるが、親方の兄は大陸の大商人バイ・チュウ(白秋)である。ゆえに、バイ(白)氏の血も引く。さらに、祖父はポーハイ(渤海)の海賊王シェン・ウーハイ(玄武海)であるため、シェン(玄)氏の血も引いている。つまり、月氏・白氏・玄氏・何氏、四つの血を引くのである。
イゴウ(宜狗)には幼馴染の親友がいる。その親友は今、遠く離れた所で暮らしている。二人は同い年なので、その親友も十六歳である。名をフェァ・ユェンイー(何元義)と言い、彼は義父バイ・ヤン(白羊)と二人で稜威母(いずも)にいる。
ユェンイー(元義)の母・茶花は、倭国総理として伊都国で暮らしている。家族四人で暮らせているイゴウは、今のところ幸せである。しかし、父フェァ・イーは海軍軍人であるため、家族団欒の日々は長く続かないだろうという予感もあった。
母は、月氏商人団の娘ユェ・ズーラン(月紫蘭)である。しかし、今は難民団を束ねているため、当面は斯海国や鬼国の周辺を離れることはできない。だが、時が経ち、信徒たちが平穏な倭人となれば、再び交易商人に戻ることだろう。母の事情もまた、家族団欒の継続を許さないのである。
月明かりの坂道を、一人の老人が登ってくる。老人は薄い衣を纏い、丈夫な布袋を肩から提げている。丘の上までやってくると、「おお~ここにおったんかい」と声をかけてきた。「あれ?師匠。どうしたんですか?」とユェ・イゴウが応じる。
師匠と呼ばれた老人は、神出鬼没の加太(かた)である。加太はガオミー(高密)で子供塾を開いていたこともあり、ユェ・イゴウはその教え子であった。「おうおう、チュクムの使い走りでなぁ。あいつは人使いが荒い、年寄りの吾輩を遠慮も知らずに使いよる。ピミファも我儘で意地っ張りな娘だったが、チュクムはなお酷い奴じゃわい」と言いつつ、袋から何やら取り出した。薄明かりの中では黒い糸に見えるが、それは赤い毛糸の束であった。差し出した相手は、母親のズーラン(紫蘭)である。「ズーランよ。アゲハのために、この毛糸で肩掛けを編んでくれ。もうすぐあの娘は北の寒い海に漕ぎ出すからの。本当にチュクムは人使いの荒い奴じゃわい」加太が告げると、イゴウが「なぜ?」と問いかけた。
ズーランは交易商人であるが、糸を紡ぎ布を織る織姫でもある。彼女のもとでは大勢の織姫が育っており、その技術もまた交易の品であった。彼女たちは布を織りもするが、編み物も得意とした。織物は二本の糸を織り合わせていくが、編み物は一本の糸を編み込んでいく。ゆえに、織物は男と女を織りなす「家族」の象徴のようであり、編み物は血脈を繋ぐ「一族」のようでもある。いずれにせよ、毛糸で織られ、あるいは編まれた布は暖かい。毛皮より数段に軽いため、婦人や子供たちには重宝される防寒着である。その上から毛皮を着込めば、氷原の旅でさえ寒さを知ることはないだろう。
老いた哲学者が倭国に渡ってきた。かつてピミファ女王が論戦で勝てなかったアルジュナ少年である。彼は祖国ビバルダで従兄のヤジャニヤ王を助け大臣を務めていたが、王が崩御すると世俗を離れ、哲学の道に戻った。三年前のことである。その翌年、義父であるキム・チョンヨン(金青龍)の崩御を知った。弁韓国のスロ(首露)王である。そこで、母のラクシュミー王妃に会おうと東海への旅に出た。かつての旅と同じく、行きは船、帰りは陸路の予定である。まずはラビア姫に再会しようと倭国に着いたのであった。
ラビア姫と旧交を温めた後、母のいる国に渡る予定だが、季節は初冬である。そこで娘の女族長・希蝶は、ツノガ(角鹿)からカガミノ船(蛇海乃船)で弁韓国へ送ろうと考えた。北の大巫女様・加賀女(かがじょ)が設計したあの船なら、荒れる冬の海でも大丈夫である。建造から三年を経て改良が施され、安定性はさらに増している。そして、同行するのは凰蝶(あげは)と決まった。
十五歳の少女・凰蝶に大任を与えたのは、チュクム女王である。女王はこの小娘に試練を与え、将来を嘱望している。女王自身もかつて少女でありながら百万の信徒を率いる教祖となり、激動の人生を歩んできた。ゆえに、血族でもある凰蝶に対し、女王は厳しく、かつ愛おしく接するのである。
女王は老哲学者アルジュナの思考に感銘を受け、人間の愚かさと弱さを改めて思い、「我が……」という自力の限界を深く考えた。「我が…我が…」という執着は、多くの「独自の正義」と「我が思う真理」を生み出す。それが争いという関係性を生み、「我が真理」を他者に押し付けようともがくことになる。老哲学者アルジュナは諭した。「女王様、頑張ってはいけません。それは底なし沼に落ち込んでいくようなものです。平静を保ち、この世は神が作り出した幻なのだと考えてください。ただただ、太平を漂う心をお持ちください」
女王にとって、それは最も難しいことであった。彼女は幼い頃から独立独歩の「頑張り屋さん」だったのである。その姿に民衆は信頼を寄せ、多くの信徒が生まれた。今も三百万の信徒が、女王を信じて苦難に立ち向かっている。他人を傷つけ、略奪を行う暴力は罰しやすい。しかし、「頑張り」を否定するのは容易ではない。彼らの心には悪意がないからだ。民のため、国のために尽くす行為は「善意」と見なされる。だが、それが革命や戦争を引き起こせば、その善意は危ういものとなる。その意味で、女王は自らを「悪人」であると自省していた。老哲学者の教えには、「自らを悪人と自覚することから救済の道が開ける」という示唆があった。女王は、ゆっくり歩んでいこうと心の姿勢を正した。
月下を行く一群がある。波は穏やかで、月影が揺れている。口之津の湾を出た船は、沖合に沿って北を目指している。漁火の中を、八本の櫓で静かに進む。この八丁櫓の帆船は、口之津造船所で建造された最新鋭の船である。八本の櫓から「ミズクモ(水蜘蛛)丸」と命名された。
「アマノアメンボ(天之水馬)」や「蛇海乃船」、あるいは「タガメ(田亀)号」に負けず劣らず奇妙な船名である。そして、やはり命名者は鹿耶野姫であった。しかし船体は奇妙なものではない。刳舟(くりぶね)の上に板を継ぎ、大きくした外洋船である。刳舟とは丸木舟とも呼ばれる、大木を刳りぬいて作った細長い舟だ。それを底板とし、側板で嵩増しした「準構造船」である。
この水蜘蛛丸の発注者はチュクム女王である。風があれば帆で、風が止まれば八丁櫓で進むため、非常に足の速い船である。用途は伝令船。第三艦隊のクキド(岫門)と、第二艦隊の寄港地・角鹿との情報網を確保するのが目的である。所属は倭国海軍。乗船客は、凰蝶と老哲学者アルジュナ・シャータカルニである。目的地は角鹿の港。そこで荒海に強い「蛇海乃船」に乗り換え、弁韓国に向かう。多少の船酔いはあるだろうが、凰蝶は十五歳の若さだ。順応能力は高く、心配はいらない。本格的な冬が来る前には到着するだろう。
月影が揺れ、初冬の風は火照る頬を冷ましてくれる。海辺に座り語らっているのは、凰蝶とユェ・イゴウである。伊都国のユリ(儒理)王が不審な死を遂げた後、チュクム女王は股肱の臣フェァ・イーを第二艦隊の提督に任じ、黄巾水軍と共に角鹿基地に派遣した。歴戦の猛将と水軍の存在は、稜威母や高志に潜む反乱分子を威圧する効果が高い。
先任提督の高瀬(たかせ)はヤマァタイ国に戻り、筑紫之島の海上防衛を強化させた。高瀬は千布(ちふ)族の出身であり、妻の吾桜(あさくら)は三井族から嫁いでいる。ゆえにヤマァタイ国の名家であり、倭国中核の防衛には適任者であった。彼は大将軍・倭(やまと)と従兄弟の間柄でもある。

ユェ・イゴウは、父の転任に伴い角鹿で倭国海軍に入隊した。そこで稜威母に暮らす親友との再会を果たし、一年が経った今、今度は凰蝶との再会を果たしたのである。ここはツヌガノウミ(津沼娥之海)である。
稜威母の親友フェァ・ユェンイーは、先だって猛流王の愛姪・加賀女の夫となった。ゆえに、夫婦で角鹿を訪れることも多い。凰蝶が蛇海乃船で弁韓国へ渡ると聞き、夫婦は見送りに訪れた。そして、海軍見習い兵のイゴウに乗船を勧めた。
提督フェァ・イーは息子に厳しい。たとえ提督の息子であっても、下っ端からの叩き上げである。甲板磨きは日課だ。蛇海乃船は特殊な構造をしている。提督は息子に対し、冬の荒海と特殊船の操船を学ぶよう命じた。こうして、イゴウは凰蝶と共に旅をすることになったのである。凰蝶は胸をときめかせ、女王が与えた試練に感謝した。
晩秋の長雨が止み、冬の晴れ間がのぞく頃。朧月夜の下で遅い秋祭りが開かれている。湿った風は肌寒いが、酔いの火照りには心地よい。ユェ・ズーランは娘のフェァ・アンと共に、夫の故郷である鬼国に住まいを移した。
ラビア姫にとってアンは甥の子であるが、実の孫である凰蝶は修行に出ている。そのため、今はアンが実の孫も同然であった。九歳の少女はすっかりおばあちゃん子になり、寝食も常に共にしている。近頃は西域の踊りを習っている。眩惑を誘うほどの妖艶さはまだないが、鬼国の河童衆は、ラビア姫の跡を継ぐ舞姫として期待を寄せていた。
月氏商人団の半数も移住してきたため、木綿葉川を遡る村々にはソグド(粟特)人の姿も増えた。あと数年もすれば、この国の民の顔立ちは深みを増し、アンに劣らぬ美少女が増えることであろう。「倭人の柔和な物腰」と「ソグド人の容姿」が合わされば、それは間違いない予言となる。楽しみなことである。
祭りにおける最大の共感は輪舞である。皆が円を描いて歌い踊れば、共同体の連帯感は自ずと高まる。しかし、若衆たちが心をときめかすのは円舞である。好きなあの娘の手を取って踊り明かせば、火の中に飛び込んでも熱さを感じないだろう。すでに心は現世にない。
円陣の中央には、大きな演台が造られている。その板を踏み鳴らし、天女が舞う。俊敏に天を駆ける舞を披露するのは、かつて太平道の少女隊を率いたユェ・ズーランである。往年の美少女は、その地位を娘のフェァ・アンに譲りつつあるが、三十三歳となってもなお美しい少女のままである。そこに妻の色香が加わり、ラビア姫の跡継ぎに相応しいと、河童衆は羨望の眼差しを注いでいる。二重の大きな瞳には篝火の炎が煌めき、小さな紅い唇から吐き出される白い息は、西域の雲を思わせる。その雲に乗れれば、心は正に昇天するであろう。そうなれば、地獄の業火さえひとっ飛びである。そうして村人が厳冬に備える中、秋祭りは更けていく。
初冬の木枯らしが、悲しみを運んできた。ラビア姫は溢れる涙を振り払い、追悼の舞を踊った。隣国の狗奴国では、民の哀悼が初雪を招いた。山々は白い面紗(ベール)に覆われ、木綿葉川を下る筏も残雪を海まで流した。儒理王に続き、ヒムカ女王までもが不審な死を遂げた。人々は、そこに稜威母急進派や高志の残党の影を感じ取った。黒潮の女王を失った狗奴国の民の怒りは周辺諸国にも伝搬し、筑紫之島全域は復讐の機運に包まれた。戦火を逃れてきたユェ・ズーランたちは、深い不安に駆られていた。
~ 竈(クド)の花 ~
七竈(ななかまど)の赤い実が白い雪を被った。その枝がスト~ンと地に落ちた。その鮮やかな切り口は、寡黙な兵法家リー・リー(李梨)の手によるものである。落ちた枝は幼子の手に渡り、笑顔が綻んだ。幼子の名は蘇仲車(そちゅうしゃ)という。李梨の長男である。
仲車という名は、ハンダン(邯鄲)の土に眠る父リー・ヂョンチェァ(李仲車)から名付けた。蘇仲車はまだ三歳だが、幼い動きの中にも剣聖の蕾が感じられる。ファンジンチーイー(黄巾起義)から十七年、少女だった李梨は三十五歳になった。そして、お腹の中にはもう一人子を宿している。名を蘇茉莉(そまり)という。寡黙な兵法家は、まだ見ぬ子を女の子だと確信している。それは母リュ・ムォリー(呂茉莉)の輪廻転生である。ゆえに、蘇茉莉と名付けた。夫の蘇津彦(そつひこ)は笑ってこれを黙認している。二人を結びつけたのは、須佐人(すさと)である。
ジュルー(鉅鹿)と邯鄲に在った朝日楼は焼け落ちたが、李梨は、ツソ(対蘇)国に朝日楼を再建した。対蘇国は筑紫之島の臍(へそ)ともいえる所に位置している。北には火の山を望む、山深い国である。西にはクド(狗奴)国のニシグスク(北城)が隣接している。その山国を治めているのは、ヒムカ女王の長男・蘇津彦である。彼は鯨海の海賊王、須佐人の甥に当たる。
李梨は逃避行の途中で、「鯨海の白い狼」と恐れられる女海賊キム・アヘン(金芽杏)と、須佐人に出会った。そして、第三波避難民団を辰韓国から倭国に運んでくれたのも二人の海賊王である。その縁で、須佐人は甥の蘇津彦に李梨を娶らせた。倭国にたどり着いた秋のことである。
李梨の先祖は趙国の人である。その国都は邯鄲なので、李梨は根っからの邯鄲っ子である。蘇津彦が率いる蘇族は、楚国の亡民が倭国に逃れ、山の民と混じった種族である。したがって遠祖を辿っても接点はない。しかし、剣の磁力が二人を結びつけたようである。
蘇津彦の剣は楚の剣である。伝説の刀工、ガンジャン(干将)とムォイェ(莫耶)の夫婦を祖とする楚の刀工たちも対蘇国に渡ってきた。したがってその剣には、緩やかな反りがある。言葉の使い分けとしては「刀」と呼ばれる。そして宝剣である泰阿剣の剣気を含む。
対する李梨の剣は北斗の剣である。北星剣とも呼ばれ、北斗七星を刻まれる場合が多い。その剣は諸刃の直刀である。言葉の使い分けとしては「剣」と呼ばれる。両刃なので「諸刃の剣」という言葉を生み、使い方を誤れば己を斬ることにもなりかねない。しかし、斬り、そして突くと、柔軟な剣捌きを生む。別の見方をすれば、李梨の剣は実戦的な兵法の中に身を置く。運動性に富んだ剣捌きであり、剣は武器であり戦術上の道具である。ゆえに「剣気」という形而上学的な概念にはこだわらない。むしろ人を殺める「悪しきもの」だと文官は評する。
泰阿剣の共同制作者だといわれる越国のオウイェズー(欧冶子)は、剣気を語った。それは王道と同じく形而上学的な発想である。つまり人智を超えた「気」を剣に宿すのである。したがってその剣術は、剣の道を歩む「求道」のものである。
この違いは、地政学的な要因から生まれたようである。中華の北部は乾いた大地が多く、騎馬戦や戦車による戦が多い。ところが湿地が多い呉越の戦は、歩兵戦が中心である。そこでは、剣は単なる武器ではなく、魂魄の関係性を生む。魂は形なきものであり、魄は形あるもの。剣を持つ者の形なき「気」である心と、その気を宿した「魄」である剣との一体化を境地とする「無我」の思想である。そこで、この剣は人を斬る実践的な道具から、聖剣へと昇華される。
その剣は、振り下ろし人を斬る武器から、麾(ふる)う宝剣となり、王者の手に渡る。そして剣聖となった王は、宝剣を携え、人民を、そして兵どもを麾(みちび)き王道を歩むのである。その剣には名が付き、神器となる。倭国では「草薙の剣」などが知られた宝剣である。
蒼鷹(あおたか)が群れて飛ぶ。雛鳥が巣立ったようである。母親だろうか、成鳥が湖畔に向けて急降下していく。それは疾風の速さである。湖面で翻ると、嘴(くちばし)には鴨を銜(くわ)えている。灰色の羽が一瞬蒼く光る。親鳥が巣に戻ると、羽ばたきの練習をしていた巣立ちの雛鳥たちが戻ってきた。飛翔は様になってきたが、狩りの練習はこれからのようだ。
蘇仲車を産んだ翌年、対蘇国の国母となった李梨は、兵学校を創設した。夫であるヒムカの長男・蘇津彦はそれを後押しし、狗奴国からも生徒を招いた。李梨の主眼は、山岳戦に秀でた教え子を養成することである。したがって遊撃戦に特化している。
倭国は山国である。ゆえに大平原での戦よりも、谷間や狭い平地での戦闘を想定しているのである。そこで蘇津彦は、一族でもあるウガヤ(卯伽耶)王に、遁甲部隊から講師陣を送るよう依頼した。それはシュマリ(狐)女将の教え子たちである。
遊撃戦は「やぁやぁ我そこは~」などと名乗りを上げたり、豪奢な鎧で「俺が名高い大将だ」などと虚勢を張ったりもしない。静かに素早く攻め、そして疾風のように去るのである。したがって、鎧も軽さを重視した藤甲(とうこう)とし、武器も弓矢や短槍である。李梨はその弓部隊の半数に弩弓(どきゅう)を持たせた。さらに弩弓兵は三人一組とし、連射を可能にした。ただし、その分だけ部隊が重装になるため、平地戦で用いる想定である。
この兵学校には卯伽耶王も関心が高く、資金と資材の半分を狗奴国が負担することになった。「黒潮連盟国」は非戦が基本路線であるが、防衛戦を蔑(ないがしろ)にしているわけではない。ゆえに、開拓団は常日頃から武装訓練を怠ってはいない。

卯伽耶王はこの年、四十路を前にしていた。ゆえに、そろそろ国の行く末を描いておく必要がある。同年、仁武(じんむ)と側室の吾比良(あひら)姫の間に田垠美海(たぎしみみ)が生まれた。仁武は、卯伽耶王が母と慕ったピミファ女王の一人息子である。だが不遇な皇子であった。父母を知らず、王位継承とは遠いところで育ったのである。
王は、亡き兄の息子に自分の長女を嫁がせ、後継者とした。しかし、稲飯(いなひ)姫は初産で死産を経験し、子を孕めなくなった。そこで、トウマァ(投馬)国より吾比良姫を招き、側室とした。五歳違いの稲飯姫と吾比良姫は姉妹のように仲が良く、乳離れが済むと、田垠美海は稲飯姫の手で育てられた。つまり、世継ぎとしての扱いである。
そこで、卯伽耶王は三代に渡る国造りを練る必要が出てきたのである。ホオミ(火尾蛇)大将の血を引く田垠美海の存在は、大いにその意欲を湧かせてくれる。南洋海人も同様に大きな期待を寄せ、黒潮連盟国の気運は否応なしに勢いを増した。
火の山に初雪が舞った。冴え冴えとした山肌は、荒々しさを内に秘め、白銀の世界に変わりゆく。それは隣国コヤ(呼邑)国とて同じである。かつては北と南で戦い合った国同士であるが、蘇津彦の父・吾蘇(あそ)を騙し討ちにした仇敵ケヌマ(気濡馬)は、ヒムカ女王の黒潮国開発のためにその身を捧げ、イヨノシマ(伊依島)に散った。その殉職により、対蘇国の民は怨讐(おんしゅう)を恩讐の彼方へと押しやり、両国は兄弟国の仲を取り戻した。
「喧嘩両成敗」という言葉がある。戦う者同士には、それぞれの理由と正義がある。怨念が正義を語りだし、漁夫の利を狙う者に煽られると、戦火は広がるばかりである。怨に応える術は、恩義を感じられるほどに慈善を尽くすしかない。気濡馬はそうやって救われた。だが、その真理を悟る者は少ない。
ヘキ(蛇亀)は、倭国とピミファ女王に謂れなき恨みを抱き、タケル(健)への心残りを消せないでいる。ピリカ(斐梨花)はアヒコ(阿彦)の事故死を暗殺だと思い込み、その黒幕をヒムカ女王に向け怨み、仇を討とうとしている。テンユウ(天雄)の憾(うら)みは、オクニ(尾六合)を救えなかった自身に向けての悔恨である。それぞれの「ウラミ」は、渦を巻き倭国に新たな戦火を呼ぶのだが、戦場の巫女たちは既にそれを予感しているようである。
チュクムも林杏も李梨も倭国でいうところの「巫女」ではない。さらには「巫俗(ムーダン)」でもない。現世の姿としては女戦士という方が相応しい。しかし、本人たちにも自覚はないのだが、この三人は間違いなく「戦場の巫女」なのである。実は中華にもう一人潜んでいるのだが、今は伏せておこう。
対蘇国の山野がすっぽりと雪に包まれた頃、ヒムカ女王の訃報がもたらされた。狗奴国では、稜威母急進派と高志の残党に因る暗殺だとして、復讐戦への気運が高まっていた。しかし、女王の長男・蘇津彦は冷静さを保っていた。その冷静さが卯伽耶王の怒気を鎮め、まだ戦火は見えていない。
白い肌に淡い紅の頬をした女の子が産まれた。蘇茉莉である。黒潮の女王のような琥珀色の肌ではないが、その心身の奥には巫女女王の魂が宿っているようである。しかし今はまだ、愛らしい赤子である。さて、倭国大乱の気運は鎮まることを知らず、この娘も戦場の巫女となるのであろうか。やがて筑紫之島は、全島が雪の静けさに包まれていく。だが、火の島がその荒々しさを収めたわけではない。蘇茉莉よ、一時の安らかな眠りを楽しむがよい。
赤い実の 空に爆ぜたり 七竈
⇒ ⇒ ⇒ 『第2巻《自由の国》14部 ~蒼穹の闇~』へ続く



