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卑弥呼 奇想伝 | 第1巻《女王国》 〜 卑弥呼 奇想伝(その1)

葦田川風

昭和29年、筑後平野生まれ。血肉の4分の3が薩摩吠人。「お前は熊襲か?」と問われれば8分の7までは確かに熊襲。したがって根っからの九州蛮族、東夷である。そこで、魏志倭人伝に異議有り。「佐賀県の県鳥は鵲(カササギ)である。鵲は、朝鮮出兵の際に、朝鮮半島から日本に持ち帰り、繁殖したものだと言われたりもする。しかし、大伴家持は『鵲の渡せる橋に…』と歌っている。鳥に国境は無く、環境さえ適していれば渡る事は自然な事である。有明海周辺は鵲が生息しやすい環境である。だから、昔から筑後平野には生息していた筈だ。であれば、魏志倭人伝を伝えた漢人は倭国の一部地域しか見ていない様である。」等と吉野ヶ里遺跡にて、魏志倭人伝に難癖を付けている内にだんだん奇想が湧いてきた。そこで、余生の道楽として、東アジア史を斜め読みして見る事にした。ふと気がついたのだが、弥生時代と現代の東アジア情勢は良く似ている。そこで、2千年前の東アジア史に現代カラーで色付けをしてみた。貫いているキーワードは『革命の時代』である。
現代史は、幕間劇として、昭和30年代から始まる。昭和の少年少女達は、大東亜の戦争を背負い、たくましく世界を切り開いていく。私自身は人生の大半を生活協同組の運動の中で生きてきた。だから、未来に対しては楽観論者である。壊したものを直していくのも人間の強さだと信じている。元気な女達が、手を取り合い公害に立ち向かって、美しい環境を取り戻してきた事実を見て来たからである。そして、男達=漁師や百姓もその勢いに押されて、世直しに目覚めたのである。安全・安心なモノ作りは、今や世間の常識である。近代化=破壊の構図は変わった。古代、卑弥呼の時代は「倭国大乱」であり朝鮮半島も中国大陸も戦いの時代だった。しかし、民衆は協同の力で乗り切っていく。そんな物語を書こうと考えている。

2020年9月11日

卑弥呼 奇想伝 | 第1巻《女王国》 〜 卑弥呼 奇想伝(その1)

《女王国 ~序章~ 》

葦原が海原の様に、果てなく広がっている。その翠の海原の上を、ざざざざぁと、神渡しの風が走った。そのざわめきは冬の訪れを告げていた。北の蒼き山陰は、灰色の幕で女王の背後を囲み込んだ。「なんて荒々しい夕暮れなのだろう」と女王は、金色の海原に沈み行く神山を見つめた。女王の館は小高い丘の上に在った。そして、幾層もの空堀と城柵に取り囲まれていた。四方には、見張りの望楼が造られている。中でも南西に立つ望楼は、三層階に成っており、上層階に登り立つと、この国のすべてが見通せた。そこから城壁の南を流れる大河が、夕焼けの海に流れ込んでいる。とても美しい景色なのだが「嗚呼、繰り返す磯の波音が恋しい。同じ自然が奏でる音でもずいぶんと違うものだ」と女王は思った。さらに、溜息をつくと「荒磯の音は、若さに溢れている様に聞こえる。でも、今ここでこうして聞いている葦の風音は、やさしく誘う葬列の足音の様に聞こえる」と呟いた。それから欄干に身をもたれかけると「もうすぐすれば、雪が舞い始めるだろう。そうしたら戦さは少しの間止む。けれど、春になればまた戦さをしなければならない。戦さの無い世など果してあるのだろうか。加太よ。教えておくれ、どこに行けば私のまわりから戦さが消えるのだ」と目を伏せた。それから、目を閉じて女王は心の中で念じた。「加太よ。今頃お前はどこにいるの。どこかで、お前の好きな悲愁に抱かれて眠っているのなら、早く目覚めて私の元に戻ってきておくれ。私の心の杖、加太……。私は心折れ、もう倒れ朽ち果てそうだ」と、女王は悲しみのため息をついた。そんな、晩秋の憂鬱に沈み込む女王を、階下から弾んだ声が呼びかけた。声の主は若い女官である。春の娘の声は『女王様、早く、早く降りて来てくださいませ。ただ今、お着きになりました。早く、早く女王様』と急かすように叫んでいる。弾んだその声に女王の頬は少し赤みを取り戻したかの様であった。そして、「良かった。早く声が聞きたい」そう女王はつぶやいた様に思えた。

幕間劇(1)「ほいとさん」

真夏の夕暮れ時、すこし涼しくなった神社の境内で五~六人の男の子たちが遊んでいる。そして、なにやら物騒で、でもなにやら滑稽さを含んだ尻取り歌を歌っている。歌に合わせて、ケンケンパッと片足で案山子飛び遊びをしている様だ。

♪すずめ~、メジロ~、ロシヤ~、野蛮国、クロポトキン、金の玉、負けて逃げるはチャンチャンボー、棒で叩くは犬殺し、爺の頭は禿頭、饅頭のなかに餡いっちょう、すずめ~、メジロ~~~ケンケンパッ

その境内の前の道を、土埃を巻き上げながら、駆けて行く子供達がいる。どうやら、河原に向かい駆けて行く様だ。そして「お~い。仙人さんが来とらすばぁ~い。(来ているよ)」と、その中のひとりが、ケンケン飛びの男の子達に声をかけた。すると、声をかけられた男の子達も、今まで熱中していた案山子飛び遊びを放り出し夢中で駆け出して行く。

 川面を見下ろす堤防の脇には、小さな城跡の様な石垣が在る。その石垣の上は境内になっており、小さなお宮が建っている。村人はそのお宮を「沖底さん」と呼んでいる。そして境内の中央には大きな公孫樹の木が生い茂り、真夏の炎天下から小さな祠を守っている。その為に川風が吹く日は特にすごし易い。そこで、年寄り達は板台を持ち込み、気が合った者どうしで川涼みをする。賑やかに碁や将棋を指す年寄り達は幼馴染なのであろう。荒っぽい言葉で罵ったり笑い合ったりしている。しかし、ただボーっと川面を眺めているだけの年寄りもいる。ふと、目を後ろに向けると、大胆にも高い石垣をよじ登ってくる悪ガキ供がいる。その悪ガキ供の屁っぴり腰を下から眺めている小さな女の子の姿もある。沖底さんの境内には、村と川とを見下ろすように警鐘台が立っている。洪水や火事など村を襲う災害が起こった時に、いち早く鐘を鳴らして知らせる為である。その鉄塔によじ登ろうとして年寄りに叱られている男の子がいる。狛犬に跨り損ねて滑り落ち、擦り傷を作り泣いている小さな男の子もいる。その年少の男の子の膝の傷にぺっぺっと唾を吹き付け「良か、良か、こいで(これで)治った」と慰めている年長の男の子の子もいる。そして、程なく堤防の小道を小さな土埃を立てながら裸足で走ってくる男の子の一群がいる。あれは、先ほどの案山子飛び遊びの子供達だ。道路は、まだ舗装されておらず自動車もまだ少ない。だから、砂利も敷かれてはいない。その為、田舎の子供達はいつも裸足である。特に雨上がりで泥濘んだ道だとブカブカな靴は直ぐに脱げる。かえって歩き辛いのである。そんな土地柄だから、元気な男の子達は、霜が降りる季節までは靴なんて履かない。でも、女の子達の間では、近頃赤い靴を履くのが流行っている。

沖底さんの西には、堤防をくり貫いて作った小さなトンネルがある。リヤカーがやっと通れる位の道幅である。堤防に穴を開けるとは本来やってはいけない事である。しかし、このトンネルを抜けた川縁の先には渡し船の桟橋がある。そして、この小さな道は一応県道である。筑後の国と肥前の国を結ぶ主要道路なのである。町道や村道であれば国は、堤防に穴を開けるなど許可しなかっただろう。しかし、一応県道である。更に渡し船も県道の一部である。だから、渡し船の船頭さんは県職員である。そんな事情で自らが管理する国と県は、堤防にトンネルを掘ったのである。きっと住民の強い要望が地元の国会議員から出されたのかも知れない。民には厳しい公務員も議員には従順なのである。兎も角、その為に村人の日々の暮らしには、とても役に立っているトンネルである。村人はその渡し場の桟橋の事をチンショ(沈床)と呼んでいる。村人はそのトンネルを潜り抜けて沈床と村とを行き来する。トンネルの両脇には10センチ程の溝が掘られている。この溝は、川の水が溢れ村を襲いそうになった時、厚い板を落として水門を作る為である。そうやって洪水から村を守るのである。さらに、大河の水位が下がったら今度は板を外し、村内(むらうち)に溜まった水を抜くのである。この堤防に穿った水の通り道を樋と言う。溝のある入口は樋口と呼ばれる。今その樋口から、元気な子供達の声が響いて来た。この村の辺りは、見渡す限りの大平野である。そのため山をくり貫いたトンネルなどはひとつも無い。だから、このトンネルは子供達がワクワクする遊び場でもある。薄暗くて細長い小さなトンネルの中は良く声が木魂する。だから男の子達は、このトンネルを潜る時には、必ずワ~イと叫びながら駆け抜ける。意味はない。皆そうするのである。そして今、ワ~イワ~イといくつもの声がトンネルの中を木魂して駆けてくる。両手にシジミを詰め込んだ篭や、手長海老を持った水ガキ供が、川縁からトンネルの中へと駆け込んできたのだ。そして、沖底さんの石段を一気に駆け上がってくる。

沖底さんには、白髪白ひげの老人が腰を下ろしている。大人たちは「ほいと(乞食)さん」と呼んでいる。いつもふと現れるのだが、各村々を流浪している様である。持ち物は頭陀袋に枇杷の木で出来た杖が1本だけ。そして、着ているものは各村々でもらったお古である。布地の解れが酷くなったり、季節が変わったりすれば次の古着を貰っている様である。だから時が移り変わる毎に少し身なりが変わっている。だが洗濯をするわけでもないので、やっぱりボロボロのよれよれに近い。しかし浮浪者につきものの悪臭は漂って来ない。むしろ不思議な香りが漂っている。まるで異国の寺に漂うお香の様な香りである。仙人さんが香水を身に纏わせるとは思えないので、村人にとっては、ちょっとした一つの謎なのである。とは云え、働いている様子も無いので、真っ当な世間の目からすれば、やはりただの変な流れ乞食である。

この村にも名物の変人が二人いる。一人は河童爺と呼ばれている。いつも裸で北の川にプカプカ浮いているのだ。どうやら風呂代わりらしいのだが、それにしては長い。だから、子ども達は「あの爺さんは河童に違いなかばい。近づくと川に曳きずり込まれて肝ば食べられるばい」と恐れている。でも、てっぺん禿ではない。それでも、子供達は「頭の皿はあのボサボサの髪の毛の下に隠れている筈だ」と思っている。

もう一人は閻魔爺である。いつも掘立小屋の薄暗い土間に筵を引いて寝ている。そして、その掘立小屋は、子供達の通学路の傍にある。うっかり、子供達がお喋りに花を咲かせて小屋の前を通り過ぎ様とすると、ギョロリと目をむいて睨むのだ。別に、子供達を怒鳴るわけでは無い。ただ、恐ろしい形相で睨むのである。とても常人とは思えない。だから、子供達は「あの爺さんの筵の下は、地獄の入口たい。だけん、あの爺さんは閻魔爺ばい」と恐れている。閻魔爺は夜になると起き上がり、墨で顔を真っ黒に塗り、村中を走り回り、村人も気味が悪く迷惑している。河童爺と閻魔爺には妻も子もおり、妻や子は普通に穏やかな村人である。そんな変人の夫や親父を抱えた家族も難儀をしているらしい。そこで、幼馴染の村長が何度も二人を捉まえ、普通の生活に戻るよう説得しているらしい。しかし、二人には親友の声も届かない様だ。二人とも酷く精神を病んでいる様なのである。それでも、戦争から帰ってくる前までは気さくな男と、陽気で人付き合いの上手な男だったらしい。戦争は二人の男を豹変させたのだ。そんな精神を病んだ男達がいるのは、この村だけの事では無かった。もし、そんな男達を全員精神病院に入れたら、この国の精神病院は野戦病院に化したであろう。だから、村人が見守るしかなかった。でも、戦争を知らない子供達にそんな心使いは無い。子供達にとっては変人の恐ろしい爺さん達なのだ。だから、二人は恐れられ、そして嫌われていた。

ところが、仙人さんも同じ位に変人なのだが、子供達に好かれている。それは仙人さんの発する妖気の為だろう。仙人さんの妖気には狂気が含まれていない。とても陽気な妖気なのだ。もし、仙人さんが狐の妖怪なら子供達は喜んで共に狐踊りを踊ったであろう。それに何より仙人さんは、普通の乞食とは少しばかり様子が違う。有り余りの材料で、良く子供達の好きな玩具を作ってくれる。例えば、草笛や竹とんぼ。男の子が喜ぶ紙と輪ゴムで作ったぱっちんと音がでるバクダンや、女の子が喜ぶ紙の人形。そして子供達が一番わくわくした天灯という名の火の玉。また、玩具だけでなく、大人達にも重宝される薬を良く作ってくれる。虫さされの薬や、咳止めの薬等は言うに及ばず、ある村では、年老いた川漁師の奇病を治したとも噂されている。村には小さな病院がひとつある。しかし、年寄りは、村の周辺に自生している薬草や、越中富山の置き薬で対処する。置き薬や薬草でどうにもならない場合は、呪術師の所に行く者も多い。昔ながらの心霊療法である。やっぱり、注射を刺されメスで手術されるのは嫌なのであろう。各村々にはどこにも一人か二人の神さんと呼ばれる呪術師がいる。そして何故だか女の呪術師が多い。きっと、霊力は女の方が強いのだろう。この村には母娘の呪術師がおり、特に娘の霊力は高いと評判である。その上に娘はまだ独身である。そしてぽっちゃりと愛らしい笑みを浮かべる。そこで、この村では年寄りだけでなく若い男衆も通っている。若い男衆は近隣の村々からもやって来ている様である。狐に憑かれて気分がおかしいやら、狸に化かされて堤防から落ち瘤ができた等と他愛のない相談である。どうも若衆達の心に憑いているのは、この美人の娘霊能者の様であるが若衆達は意に介していない。年寄りはもっぱら母親に見てもらう事が多いようだ。幼くして亡くした我が子や、戦争で死んだ兄弟の事が気懸りであったりするのだ。「今は、あの世で楽して暮らしよるけん。心配せんで良かよ」と死人の声を聞くだけで良いのであろう。御代は、現金だけでなく魚や米でも良い。しかしタダではない。なにしろこの生業で母娘は、生計を立てているのであるから当然である。その点、生計が無いホイト(乞食)さんは病を治してもお金を受け取らない。そこで、各村々ではお礼代わりに食べ物や古着を与えるのである。子供達はそれを仙人さんへのお供えモノと呼んでいる。時として饅頭や、ぼた餅など甘いものがある。すると、それはもっぱら子供達へのおすそ分けモノになる。仙人さんは、おにぎりを1個と漬物を数切れ程しか口にしない。それも空腹を満たすためというより、食事を恵んでくれた村人達への気づかいの様にも思える。「やっぱり仙人さんは霞だけで生きていけるのかも知れんばい」と、子供達の多くは思っている。兎に角、子供達は仙人さんが大好きである。もちろん甘い物のおすそ分けだけが目当てではない。仙人さんから漂う匂いは、まだ見たことも無い不思議の国の香りがするのだ。だから、子供達はわくわくしながら仙人さんの周りに群がるのである。今夜は、小さな沖底さんの祠が仙人さんの寝所の様である。さて、はて、そろそろ仙人さんの昔話が始まった。

「昔々、このあたりは邪馬台国の女王さんが治める国じゃった。それは、それは、みゃい(とても)美しか女王さんじゃった。じゃどん(しかし)美味しかもんば食べて、綺麗な着物ば着て、幸せに暮らせた訳じゃ無かとよ。こん(この)千歳川んごつ(この千歳川の様に)、やおぅいかん(大変な)運命ば、生きらしたとばい(生きたのだ)。どげんな(どうだい)、今日はこん話しばぁ聴いてみるかね」と、仙人さんは子供達の顔を見渡した。「うん、うん、聞きたか、聞きたか、はよぉ(早く)聴かれてくれんね」と、子供達はもう胸いっぱいの好奇心に取り憑かれている。「ねぇ仙人さん。千歳川っちなん(何)?」と、石垣の下にいた女の子が聞いた。「昔は、筑ッ後川の事ば、そう言いよったとよ。千年も万年も悠々と流れとる川やけんね。ばってん(しかし)一夜川ちぃ言う名で呼ばれる事もあったとよ。日本一の暴れ川やけんねぇ。一晩で流れが変わる事も有ったとたい。(有ったのだよ。)」と、仙人さんが応えた。すると警鐘台の下で叱られていた男の子が「オイ(俺)の爺ちゃんが、昔はこの前の大きな川はのうて(無くて)、ぐる~っと曲がっとる細か流れん方が本当の筑ッ後川やったち言いよらしたばい。今ん川は(今の川は)、戦国の時代に敵から村ば守るために皆で掘ったらしかばい」と物知りな所を披露した。すると他の子供達が「ひで(英)ちゃん。すらごつ(絵空言)言うたらいかんばい。こげな大きな川ば、人間が掘るなんか出来るわきゃ無かろうもん(訳は無いだろう)。ホラ(嘘)、ホラ(嘘)。ホリ(堀)、ホリ(堀)」と茶化した。と、突然男の子は立ち上がり「人間は、やろうち(行おうと)思うた事は、何でん出来る。死ぬ前の日に爺ちゃんは、そげん(そう)言いいよらした。だけん(だから)、ほんなこつたい(本当の事だ)」と気然と言い放った。すると「初めは小さか川ば掘ったとよ。城の外堀の代わりたい」と、仙人さんが言い添えた。「ところが大雨が降って川幅がどんどん広がったとよ。そして見る見るうちにこの大河になったとよ。人の力は小さくても自然がそれを大きく変える事は良くある事たい」そう仙人さんが言ったので子供達は皆本当の事だと納得した。「仙人さん。昔は大水があるたびに川の流れが変わったちゃろ(変ったんだよね?)」と別の男の子が聞いた。この子は、けがをした小さな男の子の膝の傷にぺっぺっと唾を吹き付けて治していた子である。「良ぉ~知っとるね。そうたい、そうたい。川の流れは、どんどん変わるもんたい(変わるものだ)。ばってん(しかし)、川の流れだけじゃなかよ。人の考え方や生き方もどんどん変わっていくもんたい。お前さん達もこれからどんどん変わって行くやろうね。楽しみやね」と仙人さんがほほ笑んだ。「良か方に変わっていくやろか」と先ほどの女の子が不安げに呟いた。「わからん、わからん、人生は死ぬまで生きてみんとわからん」と仙人さんは素っ惚けた様に空を見上げた。

「良かけん、(いいから)早よ話ば始めて」と、ケンケン飛び遊びの子供達が急かせた。夕暮れは急ぎ足で近づいている。そして「ほんなら、女王さんの語り口ば、始めようかの」と仙人さんの話が始まった。

ぼろぼろと 衣涼れて 夏の空

《女王国 ~望郷の波打ち際~ 》

朝日を浴びた荒磯の飛沫が、きらきらと小さな弟の身体を包んでいる。弟はまだ五歳。私達には、父様も母ぁ様もいない。だから私と弟は、亡くなった母ぁ様の里で育てられている。母ぁ様の里は、山裾に広がる小さな海辺の村。お祖父様の家は、山の斜面の中腹にある。だからお祖父様の家からは、いつも広い海が見渡せる。この海の向こうには遠い昔にシャー(夏)という大きな国があったそうだ。その大国シャー(夏)を私のご先祖様達が滅ぼしたと聞かされている。でもそれから五百年程経った頃、ご先祖様達の国もまた滅びた。そして、ご祖先様達は、この国に落ち延びて来た。でもご先祖様達を滅ぼしたその国も今は無く、いくつかの国が何度か滅びた後、今は『漢』と呼ばれる国になっているそうだ。

 お祖父様の家の暮らしは、半農半漁。お祖父様が海で働き、お祖母様が山で働いている。私はお祖父様を手伝い今年から海に潜っている。七つ年下の弟は、お祖母様を手伝って山羊やイノシシの世話をしている。お祖父様はこの村の長でもある。そしてお祖母様は巫女でもある。だから、私もいずれ巫女になる。母ぁ様も巫女だった。私達の村の巫女は日読の巫女と呼ばれている。東海の方には月読みの巫女と呼ばれる人達もいるそうだ。

 今日は、夕神遊びの日だ。だからお祖母様は家にはいない。夕神遊びは、新しく巫女となる媛巫女の神事だ。娘は海で身を清め、髪を洗い夕刻には祭場(まつりば)に入る。照葉樹林の木々に囲まれた百坪ばかりの円形の広場が村の祭場だ。その小さな円形の祭場に白鉢巻に白大衣姿の四~五十人程の巫女達が円陣を組んで控えている。娘が円陣の中央に進むと、巫女達が静かに神歌(かむうた)を唱え始める。照葉樹林の木々に被われた森の中は、既に夜の静寂が忍び寄っている。しかし、祭場の中心だけは、木漏れ落ちた夕日の光に灯されている。その赤みがかった光の輪の中で、娘はゆっくり右へ、そして左へと旋回しながら舞い始める。巫女達の神歌は徐々に高まっていく。その神歌の節に合わせ、娘は時よりト~ンと地を蹴りそしてトンと足裏を地に着ける。旋回しては地を蹴り、足を踏みしながら娘の舞もしだいに激しい動きに変わっていく。すると、娘の変化を見定めたかのように巫女達もすっくと立ち上がり、土を踏み鳴らして舞い始める。その地響きに誘われ娘が更に激しく旋回し始める。巫女達はエーホイ・エーホイと声を出しながら激しく土を踏み鳴らす。激しさが頂点に達したのか突如、娘はその体から魂が剥がれるかの様に大きく息を吐き出すと崩れ落ちてしまった。一時の静寂が流れ、巫女達が再び静かに別の神歌を唱え始める。その歌に癒されたのか娘がゆっくりと立ち上がる。すでに、娘は神様の世界に入っている様である。巫女の一人が神懸かった娘の手を引き拝殿をくぐり神聖な森に入る。森の奥ノ院には巫女の長であるお祖母様が居られる。娘はお祖母様と二人だけで森の奥ノ院で一夜を過ごし、その娘の資質に合った秘術を授けられる。しかし、どんな秘術を授けられるのかは、私もまだ知らない。私が覗き見た光景はそこまでなのだ。だから、私にどんな秘術が授けられるのか私が媛巫女になる晩までは分からない。

 今日は船を出さないので、私達は海辺で貝や小魚、それに手長蛸や海老などを取って遊んでいる。弟は三人の同じ歳の男の子達と、磯に付いた松葉貝や岩海苔などの海草を採り集めている。三人の男の子は、すばしこく利口なハイト(隼人)、体が大きくて力持ちのクマト(熊人)、そして、まるで女神様の生まれ代わりのような美少年のタケル(健)である。ハイト(隼人)は、松葉貝の貝殻と岩との隙間に素早く竹べらを差し込んで上手に剥している。しかしクマト(熊人)は、上から乱暴に獲ろうとするものだから、貝は驚いて岩肌に強く密着してしまい、なかなか獲れないでいる。すると、タケル(健)が手を取ってクマト(熊人)に優しく教え始めた。それでも、乱暴な手つきのクマト(熊人)は上手く獲れないでいる。だんだん癇癪を起こしそうになってきたが、タケル(健)は根気よく教えている。その甲斐があってクマト(熊人)も少しずつ要領を得てきた。やがて、クマト(熊人)は徐々に収穫を伸ばし始めた。すると得意気になりハイト(隼人)と大声で競い合いを始めた。タケル(健)がにっこり微笑んで私を見た。私は、ヒムカ(日向)と一緒に亀岩の上で弟達を見ながら日向ぼっこをしている。先っきまで、私達も磯の下に潜んでいる海老やウツボを採っていたのだ。タケル(健)にも、父様も母ぁ様もいない。タケル(健)のお祖父様はフク(福)爺と呼ばれている。フク(福)爺は、タケル(健)の母ぁ様の父様である。だからタケル(健)も母ぁ様の里で育てられている。タケル(健)と私達は同じ境遇なのだ。でもタケル(健)には兄弟がいない。だからきっと、私やヒムカ(日向)の事をお姉さんみたいに思っているのかも知れない。私はタケル(健)に微笑み返しながら『タケル(健)が男の子で良かった。』と思った。何故なら、もしタケル(健)が女の子なら、私やヒムカ(日向)より数倍美人になるだろう。私とヒムカ(日向)だって美人の評判はもう経ち始めている。特に娘盛りのヒムカ(日向)は近隣でも注目の的である。でもタケル(健)が女の子なら私とヒムカ(日向)は足元にも及ばない。良かった。良かった。

山からはもう晩秋の風が吹いて来ている。けど、南のこの国の風はまだ冷たくはない。弟達は先っきから随分と着物を濡らしてしまっている。でも、ちっとも寒そうではない。むしろ山の仕事に飽きていた頃なので、いつまでもこうして遊んでいたいようだ。媛巫女の神事には男達は立ち入れない。だから、今夜は村の男達と子供達は浜辺で夕餉を取るのだ。それもいたって簡単豪快。焚き火に海の幸をかざし焼いて食べるだけである。アク(灰汁)巻きと吸い物だけは、女達が用意をしてくれているので、男達は、ただただ焼酎を飲むのだけが仕事。そんな男達の傍らで子供達は、湿らせた釣り糸で、アク(灰汁)巻きを上手に切り分け、黒砂糖をつけて頬張っている。

アク(灰汁)巻きには、山の棚田で育てた糯米(もちごめ)を使う。糯米は、普段食べる粳米(うるちまい)より粘り気が強い。その粘り気が強い糯米を、一晩ほどアク(灰汁)に漬けて置く。そして、それを竹の皮に包み半日ほど釜で炊く。アク(灰汁)の灰は『樫の木を燃やしたものが一番良い』と、料理上手で評判のテル(照)お婆が教えてくれた。アク(灰汁)巻きの竹皮を剥ぐと茶色くてぷるぷるとした餅が現われる。食べるとモチモチとしている。それでいて、さらりと口溶けが良いので子供達は大好きな食べ物である。一度、ヒムカ(日向)と二人で、テル(照)お婆の手際を見よう見まねで作ってみた。けど、白っぽくて色づきも悪くボソボソとしたものが出来上がった。弟達は一口だけ食べたらペッペッペと吐き出してしまった。タケル(健)だけが黙って笑顔で食べてくれた。本当は、不味かったのに。タケル(健)は本当にいつも優しい。すっかりへこんでいたヒムカ(日向)と私は、タケル(健)の優しい眼差しで元気を取り戻したのだ。

でも、アク(灰汁)巻きは、子供達のおやつだけではない。とても長く保存出来て、しかも乾し物の様に固くならないのだ。だから、村人皆が大好きな冬の保存食でもある。男達は、ジャン(魚醤)を少しだけ付けて酒の肴にする者も多い。荏胡麻を磨り潰し、紫蘇の葉を刻み薬味を作る。その薬味をジャン(魚醤)に入れると更に香りが立ち美味しいらしい。でも子供の私達にはちょっと刺激が強すぎる。やっぱりその食べ方は酒の肴なのだ。そしてやっぱりテル(照)お婆が作ったアク(灰汁)巻きの評判が一番良い。テル(照)お婆の家は私の家の一段上にある。だからアク(灰汁)巻き以外にも美味しいものを良く作ってもらっている。テル(照)お婆は、アチャ爺と二人暮らし。子供は息子が一人いたが、ジンハン(辰韓)国に行った後は行方が分からない。その為、二人はタケル(健)と私達姉弟を、自分達の本当の孫の様に可愛がってくれている。

 ヒムカ(日向)は、私より三つ年上の海女。今年十五歳になったヒムカ(日向)は、もうしばらくしたら嫁に行き、そしてその後、お祖母様に見込まれたら巫女になる。お祖母様は「ヒムカ(日向)には大きな力が秘められている。誰にも止められない位、大きな力だ。もしかしたら、あの子の力は私たちに災いを及ぼすかもしれない。あるいは、あの娘は本当に神様の嫁になるのかも知れない」と言っていた。でも、あの頃の私にはお祖母様の言葉の意味が分からなかった。口数は少ないけど心から優しいヒムカ(日向)。そのヒムカ(日向)がどんな大きな力を持っていて、たとえその力が私達に災いを及ぼしたとしても、私がヒムカ(日向)を慕う気持ちはいつまでも変わらないと信じていた。

穏やかな秋の浜辺では、私達以外にもあちこちで村の子供達が遊びながら漁をしている。父様は、ある年のこんな日、血塗れでこの磯に流れ着いて居たそうだ。そして、北国の戦士の鎧を身につけていたらしい。そして、誰も助けることが出来ない位多くの傷を負っていたと聞かされた。でも父様は奇跡的に命を取り留めた。弟は父様に似ていると皆が声を揃えて言う。父様もきっと白い肌に切れ長の澄んだ目をしていたのだろう。

加太はその少し前から村に住み着いていた。風変わりな人で本当に変てこりんな異邦人だと皆が思っていた。いつどこからやってきたのか誰も良くわかっていない。ある男が「加太が火の玉と一緒に空から降りてくるのを見た」と言った。しかし、村中の皆からは焼酎の飲みすぎだと笑われ、それ以来男もこの事には触れなくなった。しかし、男は加太とは気が合った様で、加太はこの男の家に厄介になっていた。そして父様の深い傷は加太が治したそうだ。

 近頃私は、加太がどうやって父様の命を繋いだのか少し判りかけてきた。加太は自然の草木や生き物、それに岩石などから様々な薬を作る事が出来た。そして今、私は少しずつそれを加太に教わっている。私がどうやって加太に、それを教えてもらう事になったかについては生涯秘密にしないといけない。何故なら、もしその事が村人に知れたら、加太は命を亡くす事になるかも知れない。私と加太は悪事で結ばれた師弟なのだ。

 傷が癒えた父様は、お祖父様の元で漁師を始めたそうだ。村のどの男達よりも立派な体格の持ち主だったけど、舟にはとても弱くて泳ぎも苦手だった。千人の敵さえ独りで倒しそうな大きな男が、舟から落ちては溺れそうになり、アップアップと今にも泣きそうに泳ぐものだから村の男達は大笑い。でもその為か誰も父様を警戒する事なく付きあってくれたそうだ。もちろん、相撲大会になれば父様にかなう相手はひとりもいなかった。そして、村の浅黒き肌の男達に混じると、父様のまっ白い肌はひときわ目を引き、村の年頃の娘達は、誰しもが胸を熱くした。まだ、十歳そこそこのヒムカ(日向)でさえ、そうだったと話してくれた位だから本当にそうだったんだろう。父様は、弟が生まれる前にこの村を去った。だから、私には父様の面影がぼんやりとしか浮かんで来ない。頭の中に描けるのは、いつも白いぼんやりとした顔だけ。加太も色白だけど、加太は赤ら顔なので父様とは違う種族なのだろう。そういえば加太の歳はいくつ何だろう。父様と同じ位だろうか。本当に加太は変な奴なのだ。

 夜も更け男達は、ずいぶん酔いが回ってきた。弟は、赤ら顔の加太の膝に抱かれて寝入っている。私は、お祖父様の傍で男達の昔話を聞いている。この村には五軒の大家がある。この村の人々は、皆その五家のいずれかの一族である。私の家はイン(尹)家と呼ばれている。他には、デン(田)家、ジョ(徐)家、ハタ(秦)家、コウ(項)家、の四家である。加太が厄介になっているのは、ハタ(秦)家である。ハタ(秦)家の一族には勇猛な男達が多い。父様に相撲の試合を挑める力自慢は、ハタ(秦)家の男達が殆どだった。そして父様がこの村を去る時、多くのハタ(秦)家の男達が父様に付いて行った。アチャ爺もハタ(秦)家の一族だ。だから、アチャ爺とテル(照)お婆の息子も父様に付いていったのだ。アチャ爺とテル(照)お婆の息子は、母ぁ様と同じ歳だった様だ。でも、父様との相撲試合では互角の力自慢だった。そして二人は年の離れた大親友だった。だから、二人は共に死のうと誓いを立てたそうだ。そんな友達を死友と言う。そして死友は血より濃いきずなで結ばれているらしい。だから、アチャ爺とテル(照)お婆は父様の親以上なのだ。つまり、私と弟は誓いで結ばれたアチャ爺とテル(照)お婆の可愛い孫である。

それぞれの家には、それぞれの言い伝えがあり、こんな夜には、お互いがそれを語り合う。そして、その物語を歌い舞う。イン(尹)家の番がやってきた。私は、お祖母様から習った舞を、お祖父様の低い唸る様な歌にあわせて舞い始めた。物語は、大巫女様が大洪水に巻き込まれ、桑の大木と化するところから始まる。ジョ(徐)家のフク(福)爺が笛を吹く。その音は、風の泣き叫びを予感させる様に鳴り始める。次にデン(田)家のオウ(横)爺が太鼓を叩く。それが押し寄せる洪水の怒声を規則正しく鳴り響かせる。私はその雅楽の中に身をゆだね、夜の波間の彼方を見つめながら、足踏み鳴らし体を波打たせる。ドン、ドドドドンドン、ドン、ドドドドンドン……冷たい波が私の足元に打ち付けている。いつの間にか、私は脹脛(ふくらはぎ)まで海に浸かっていた。そして、流木の篝火(かがりび)が波に映され、幾千もの光が私を囲んでいる。まるで夜光虫の光に包まれて、夜の海の中を泳いでいる様な気持ちに包まれる。グワーン、グワーンとコウ(項)家のハク(伯)爺が銅鑼を打ち雷鳴を轟かす。私は波と雅楽の音に身を揉まれる。そうしながら新たな命を桑の大木の体内に紡いでいく。流木がパーンパーンと音を弾かせ火の粉を辺りに散らした。突如、炎が渦巻く風に押されゴオーウっと秋の夜空に高く噴き上がった。その時、私の身体の中を何かが駆け抜けた。私は波を蹴り天高く舞い上がった。『嗚呼、日巫女様の再来じゃ』年寄りのひとりが感極まった様に呟いた。『じゃっど(そうだ)、じゃっど(そうだ)、日巫女様の生まれ変わりじゃ』と数人がつづけて声を振るわせた。私は母ぁ様にとても似ているらしい。そして、母ぁ様はもうこの世にはいない。

 父様の名は、アダラ(阿達羅)と言う。北の国の王族だった様だ。私の御祖父様は実の弟に王位を奪われ、弟の息子の代に王位を奪い返した。その激しい王家の争いが紛糾する中で父様は祖国を捨てたと聞いた。そして、棄民の一人になった父様はこの村に流れつき私が生まれた。でも私が七つになったばかりの春、とても高齢だった祖父王が亡くなった。そして、祖父王の忠臣達は、王位を取り戻そうとする弟王の一族と激しい争いになった。そこで、南の国に逃れていた父様を呼び返し、王にする為に最後の決戦に挑んだ。その時にハタ(秦)家の男達も戦士として父様に付き添って行った様である。本当に男達は馬鹿である。王位等と言う愚にもつかない物の為に殺し合うのである。男達は自分で子を産まぬから血脈に対して不安なのだろう。結局私達は、無益な戦さの申し子なのだろうか。そう思うと、悔しくて、悔しくて、悔しくて、嗚呼、いやになっちゃう。

その時母ぁ様は、弟を身篭っていた。だから、私と母ぁ様はここに残された。でも妹は父様と共に旅立った。妹と私は双子なのだ。妹ユナ(優奈)は、小さい時から父様っ子だった。だから、ユナ(優奈)は「私は父様に付いて行く」と父様の傍から離れようとしなかった。その後、父様達がどうなったかは良くは知らない。でも生きている事は確かだ。何故ならハタ(秦)家の男達が皆戦死したとは聞かされていない。きっと今頃、父様は北の国の王様に成っているのだろう。でもどうでも良い。私は父様に逢うことは無いのだから。でも妹のユナ(優奈)にだけは逢いたい。私は母ぁ様似だと皆から言われている。妹のユナ(優奈)は父様似だった。目が大きく色白で卵の様な綺麗で清楚な顔立ち。でも、とてもおっちょこちょいの可愛い私の妹。元気にしているのユナ(優奈)。夢では毎晩あなたと遊んでいるのに目が覚めるといつも弟と二人きり。でも、あなたは、弟の顔も知らないのよね。弟はあなたにそっくりなのに。

ヒムカ(日向)はハタ(秦)家の娘である。ヒムカ(日向)には私と同じ歳の弟がいる。名前はスサト(須佐人)と言う。彼は弟の兄貴分でもある。一人息子のスサト(須佐人)は、七つ年下の私の弟を自分の弟の様に可愛がっている。私の弟が生まれた時、一番嬉しかったのは、きっとスサト(須佐人)だったに違いない。赤ん坊の弟を負ぶってあやしていたのは、私よりスサト(須佐人)の方が数倍多かった様に思う。今、スサト(須佐人)は若衆宿で暮らしている。男の子は成人が近くなると皆、若衆宿で寝起きを共にする。若衆宿は、岬の向こう側に有り、女人禁制だという事になっている。嫁を貰うか、入り婿に入ると若衆宿から卒業する。若衆宿で男の子達がどんな暮らしをしているのかは、女の私には分らない。ただ、年に一度の海祭りの日に、周辺の村の若衆組が、竜神舟で競い合いをするのは私も楽しみだ。だから、競い合いの為の練習をしているのは間違いない。でも夜這いの計画など良からぬ事も企んでいる様だ。梅の花が咲く頃、歌垣の祭りがある。歌垣の祭りは、若い男女が集まり、それぞれの組で歌い合い踊り合う春の祭りだ。どの村の娘と歌垣を行うのかは、若衆宿の組頭達が集まって決めるらしい。この前、渋るスサト(須佐人)をひっぱたきながら聞き出したところによると、今年各村の若衆頭達が、狙っているのはヒムカ(日向)の様だ。それも断突の一番である。そして、ヒムカ(日向)がいる私の村との交渉権は、今のところ、この夏の竜神舟競い合いで一番になったアクネ(英袮)の若衆組が持っている。でも、熊狩りの数では黒瀬の若衆組が、猪狩りでは笠沙の若衆組が優位だそうだ。その他にも、津奈木の若衆組は見たこともない大鯛を湾の網に囲い込んでいるそうだし、フルクタマ(布留奇魂)村の若衆組は、鯨を持っているそうだ。私には詳しい掟の事は解らないけど、交渉権の順番は、いくつもの条件を吟味して元旦の夜に決めるそうだ。だから、どの村が私たちの村と歌垣を行う様になるかはまだ判らない。

歌垣で、すぐに男女が結ばれる訳ではない。歌垣で気が合っても男の子には次の試練が待っている。夏には、海祭りで大活躍しなければならない。秋には自慢の海の幸、山の幸を披露しなければならない。そうやって、やっと娘がその気になってくれたら、いよいよ夜這いに行くのだけれど、家には熊より怖い親父が寝ずの番で待っている。だからなかなか首尾良くはいかない。なにしろ親父は、弓矢と刀を身に纏えるだけ纏って娘を守ろうとしているのである。そこで、娘と見初め合った男の方の若衆頭は、娘の村の若衆頭に挨拶に行き、宜しく落城作戦を頼むのだ。そして、そこはお互い様である。だから頼まれた娘の方の若衆組は、総勢で娘の家に押しかけ親父を褒め殺しで酔潰すのだ。もっとも卑怯な手だが、昔から最も、一番旨くいっている手口だそうだ。きっと、娘の親父も昔はそうやって女房殿を手に入れたのだろう。だから、薄々とは若衆の軽薄な手口に気付いている筈である。でも親父殿は、試案に試案を重ねて騙されるのである。その日の親父殿の酒は旨いのだろうか、それとも苦いのだろうか。そしてスサト(須佐人)は今頃、今年旨くいった恋人達の夜這いの手伝いにでも行っているのかも知れない。去年まで毎年、私の舞う姿を食い入る様に見ていたのに、もう今年から男の仲間入りである。でも、新入りはいつも外で見張り番である。風邪でも引かなきゃ良いけど。スサト(須佐人)頑張れ!!

 デン(田)家のハイト(隼人)が息を切らせて走ってきた。「ピミファ姉ぇ様。クマがいる。クマがいるよぉ」「どこに」「お山の向こう」。辺りは闇に包まれている。普通の人なら気付くことが出来ない気配でも、ハイト(隼人)なら気付く。ハイト(隼人)はとても神秘的な力を持っている。「何人いるの」ハイト(隼人)は目を閉じ「三人」と答えた。三人なら夜襲ではない。でもクマ族の奴らが良からぬ企みを持って、私たちの村を見つめているのは間違いない様だ。私は急いでお祖父様に知らせた。すっかり酔いつぶれていた男達もハイト(隼人)の話を聞いて構えを整えた。クマ族は闇の民だ。彼らは東の山の奥深くに暮らしている。そして私の母ぁ様はクマ族に殺されたと聞いている。コウ(項)家の男達数十人が、鎧に身を固め松明をかざして山に向かった。しかし、森には分け入らない。森は私たちの村をクマ族から守ってくれている神聖な場所であり村の男達でも勝手には立ち入れない。森は女神達の住処だ。そして、クマ族も決して不用意には足を踏み入れない。クマ族は、お祖母様の力を恐れている。コウ(項)家の男達は森を回りこみ山の上へと進んだ。彼らは森を守る戦士でもある。山の峰沿いに点々と松明が灯りそれは夜明けまで揺れ続けた。私は一睡も出来なかった。いつか、私が母ぁ様さんの仇を討ってやる。

 朝、寝ぼけ眼で、弟と、クマト(熊人)がやってきた。「ピミファ姉ぇ様。何かあったの?」と弟が聞いた。「クマが出たの。今、コウ(項)家の男達が見張っている」「なにぃ、じゃオイ(俺)も行きもそ(行かなくちゃ)」と、大柄だがまだ五歳のクマト(熊人)が勢いづいた。「クマト(熊人)が行っても足手纏いよ。ここでおとなしくしてなさい」と言うとすっかり膨れ面になってしまった。クマト(熊人)は、コウ(項)家の跡取りである。小さくても勇ましい。名前もクマ族を負かす男だと言うことらしい。遠い昔にコウ(項)家の先祖には項羽という勇者がいたそうだ。村人は、「クマト(熊人)は項羽将軍の生まれ代わりだ」とこの小さな勇者に期待している。

 五家にはそれぞれいくつかの役割がある。でも男達の大半が漁師であるのはどの家でも同じだ。その漁師達を束ねているのはデン(田)家のオウ(横)爺である。オウ(横)爺は経験豊富な親方ではあるが、もう高齢である。そこで実際の漁労長は、息子のアタテル(阿多照)が担っている。そして、アタテル(阿多照)叔父さんは、ハイト(隼人)のお父さんだ。本当は私のお祖父様が、デン(田)家の当主だったのだけど、イン(尹)家に婿入りしたので、デン(田)家の方は、弟のオウ(横)爺が跡を取ったそうだ。

老いて海に出られなくなった漁師と、漁に出る前の小さな男の子達だけは、山で家畜の世話をする。それを束ねるのはジョ(徐)家の長老フク(福)爺だ。家畜の猪は、若衆が猪の子供を山で捕まえてきたのだ。猪の子供はクリ坊と呼ばれていてとても可愛い。小さな男の子達が世話をする猪はこのクリ坊だ。だから子供達の遊び相手でもある。大きくなった猪は柵囲いの中でフク(福)爺が世話をしている。猪は山神様の使いでもあるので、山神様の祭りの時に食べられる。それに不漁が続き村の食糧が不足した時の非常食でもある。山羊は、カメ(亀)爺がどこからか船に乗せて連れてきた。初めは、雄一頭と雌の二頭だったけど今では十五頭の山羊が山の畑に繋がれている。子供を産んだ山羊からは乳が絞れるので、子供達の栄養源になっている。カメ(亀)爺は、子供達に乳を飲ませるのが第一の目的で山羊を買ってきた様だ。しかし、乳搾りはもっぱらテル(照)お婆の仕事である。また山羊は、畑の畔道の雑草も食べてくれるのでお祖母様達女衆も助かっている。

タケル(健)はジョ(徐)家の跡取りである。ジョ(徐)家は物事の不思議に通じている。時より、フク(福)爺は山の頂に立ち、風を読み、星を読み、水の流れを読んでいる。そしてそれを読み解く技をタケル(健)に伝えている。ジョ(徐)家には不思議な力を持った人達が多い。だから、ジョ(徐)家のそんな力を各地の族長達は頼りにしているそうだ。それに、ジョ(徐)家には美形の人が多い。フク(福)爺でさえ白髭を剃り若くしたらタケル(健)に負けない位の美形だと思う。その昔、フク(福)爺の先祖はチン(秦)という国から各地に移り住んだと聞いている。なんでも数千人の美男美女を引き連れての旅立ちだった様だ。だからクマ族の地や、更に北方の国にもジョ(徐)家の一族は住んでいる。そして、山の民もジョ(徐)家の一族には敬意を払って接しているそうだ。そうテル(照)お婆が教えてくれた。テル(照)お婆は、ジョ(徐)家からアチャ爺の元に嫁に来た。それに、テル(照)お婆はフク(福)爺の妹なのだ。だから、もちろんテル(照)お婆も飛び切りの美人である。

酒造りはイン(尹)家の仕事であり秘伝でもある。お祖母様達が、岬の丘の水田で少しばかりの米を作っている。でも山を背にしたこの海辺の村では多くの米が作れるわけではない。だから米だけの酒は作れない。その為、この岬の棚田で作った少しばかりの米は麹造りだけに使う。そして蒸した山の実を大量に加えて荒酒を造り、それをチンタラと呼ぶ蒸留器で蒸し焼酎を絞り出す。その年にどれだけの焼酎を造るかは、お祖母様が決める。焼酎の造り方は、お祖母様と数人の巫女しか知らない。だから、村の男達はここでも巫女達に頭が上がらない。良い子にしてないと好きなだけ焼酎を飲ませて貰えなくなるのだ。でも本当は男達に飲ませる為に焼酎を造る訳ではない。焼酎は神様の為に作る酒なのだ。

チンタラ(蒸留器)から滴り落ちてくる最初の焼酎はとても強い酒だ。しかし香りもとても良く花酒と呼ばれている。この花酒が神様の酒だ。だから普段、男達は飲めない。男達がこの花酒を飲めるのは一生のうちに二度しかない。一度目は、成人になる式の時である。わんぱく盛りの男の子も十六歳になると花酒を飲み、一人前の男となる。そして初めて飲む焼酎と、花酒の強さに大抵の男の子達は、数日の間は酩酊状態のままになる。きっとその時に、男の子達は神様を見て大人になるのだろう。二度目は神様に召される時である。だから、男達が生きている間に花酒の旨さを味わえるのは、一度だけなのだ。でも初めて酒に酔う男の子達には、まだ花酒の美味しさは分からないだろう。しかし、酒の味が分かる年頃には、もう花酒は幻の酒なのだ。そして毎年、この花酒を神様といっしょに飲めるのは巫女達だけである。でもそれも特別な日、儀式の日にあの森の中だけでしか飲まれていない。普段、男達が飲めるのは、花酒の後に落ちてくる神様のおこぼれ酒だ。それもそれを、割り水で更に半分の強さにまで落とす。それでもまだまだ強いので、一晩中でも飲んでいたい男達は、お湯に注いで飲む。でも父様は花酒が飲みたかった様だ。それで母ぁ様は、他の男達には内緒で、花酒の後に落ちて来る強いままの酒を、父様に飲ませてあげたらしい。「他の男達の十倍飲んでも父様は酔い潰れなかったでしょう」と母ぁ様が笑いながら言っていた。弟も近頃、お祖父様の焼酎を良くおねだりしている。やっぱり弟は父様に似ているようだ。

ハタ(秦)家の男達は、外海に乗り出し他国から珍しい品物を運んでくる。だからヒムカ(日向)とスサト(須佐人)のお爺さんカメ(亀)爺は、色んな国々の事を良く知っていた。父様の国ジンハン(辰韓)の話もカメ(亀)爺に教えてもらったのだ。カメ(亀)爺は、私の父方の祖父であるジンハン(辰韓)国の先王とも知り合いだった。物知りなカメ(亀)爺は、私が加太に出会う前の学問の師匠である。でもカメ(亀)爺は今この村にはいない。カメ(亀)爺と仲が良いフク(福)爺の話では遠い北の国にいるらしい。「北国の寒さで禿頭の水も凍っているだろう」と笑っていた。フク(福)爺によるとカメ(亀)爺は河童という生き物に良く似ているようだ。私は、河童を見た事が無いので「カメ(亀)爺に似た生き物がいたらそれがきっと河童だろう」と、思う事にしている。でもヒムカ(日向)は大の爺様っ子だったから近頃はとても寂しそうだ。私も底抜けに陽気で物知りなカメ(亀)爺が大好きである。

クマ族の匂いは消えなかったが、次の日までは何事も起らなかった。クマ族が表れて三日目の夜、ヒムカ(日向)とタケル(健)がいなくなった。それと同時にクマ族の匂いが消えた。クマ族の狙いはヒムカ(日向)とタケル(健)だったのだ。私は狙われているのは私と弟だと思っていた。だから命の危険は覚悟していた。でも卑怯である。ヒムカ(日向)とタケル(健)を襲うなんて。私は「天地が果てようともクマ族を追い詰め皆殺しにしてやる」そんな怒りが沸き上がり止める事が出来なかった。戦さは王位の為だけではなく怒りを癒すためにも必要だったのだ。その日私は、そんな悲しい真実を、身を持って知った。

三つ年上のヒムカ(日向)は、幼女の私が多感な娘に変わった頃からいつも一緒だった。ヒムカ(日向)が海で漁をする時でさえ、私はいつも後をついて回っていた。そして、漁をしている時のヒムカ(日向)は眩しい位に素敵だった。海女は、漁をする時にセイジという小さな布で下半身を覆う以外は何も身に着けない。セイジだけを身につけたヒムカ(日向)の若い肌には、キラキラと水滴がはじき、少しばかり膨らんだ胸は、うらやましい位に愛らしかった。でも何よりもヒムカ(日向)の肌の色は、アク(灰汁)巻きの様に甘くて美味しそう。私は良くヒムカ(日向)の腕にしがみついて寝入った。そして、時よりペロリと舐めてみたりした。何だか甘くて良い匂いがするように感じたのだ。その度にヒムカ(日向)は「どうしたの?」と不思議そうに私を見た。ヒムカ(日向)の大きな二重瞼の目に見つめられると私は安堵感を覚えた。母ぁ様もこんな目で私を見ていてくれたのかしら。

ハタ(秦)家は、北方の民だけど、ヒムカ(日向)には、南洋の海の民の血が色濃く混じっている様だ。ヒムカ(日向)は十歳の時にハタ(秦)家に貰われて来た。まだ七歳になったばかりの私は一目見るなりヒムカ(日向)に心惹かれた。カメ(亀)爺は「この娘は竜宮城から貰ってきた」と、まだ新婚の息子夫婦に云うと「お前らの娘として育ててくれ」と、ヒムカ(日向)を新妻の腕に抱かせた。その新妻タマキ(玉輝)は私の叔母さんだ。母ぁ様が亡くなった後は、タマキ(玉輝)叔母さんが私の母親代わりをしてくれている。だからヒムカ(日向)は、私の姉様なのだ。私は飛びあがる位に嬉しかった。母ぁ様とタマキ(玉輝)叔母さんも、私とヒムカ(日向)と同じ様に三つ違いの姉妹だった。イタケル(巨健)伯父さんと母ぁ様とは、同じ歳の幼馴染だったそうだ。イタケル(巨健)伯父さんは、本当は母ぁ様に思いを寄せていたらしい。けど、それを知ったタマキ(玉輝)叔母さんが、猛烈にイタケル(巨健)伯父さんに迫り陥落しのだ。だから未だに、イタケル(巨健)伯父さんはタマキ(玉輝)叔母さんに押されっぱなしである。そして同じ年に私とスサト(須佐人)が生まれた。

南の海の民は、全身に入れ墨を入れている。そうやって海の魔物から身を守っているのである。しかし、北方の民であるハタ(秦)家は、入れ墨を入れない。だから、ヒムカ(日向)の肌にも入れ墨は無い。しかし、周辺の村から婿に来た男達と、コウ(項)家やデン(田)家の者達は、全身に入れ墨を入れている。ハイト(隼人)とクマト(熊人)も幼いながらすでに手足に入れ墨を入れている。二人とも入れ墨が少し増える度に誇らしげな顔になる。成人になる直前には、それぞれの守護神を顔に刻む。そうして一人前の男となり、それぞれの親元を離れ若衆宿で暮らすようになる。弟とタケル(健)には入れ墨は無い。私の一家とタケル(健)のジョ(徐)家にも、入れ墨を入れる風習は無い。でもお祖父様はデン(田)家の男なので全身に入れ墨がある。そして背中には怪獣の入れ墨がある。お祖父様の弟のオウ(横)爺にも怪獣の入れ墨がある。しかしそれは別々の怪獣である。お祖父様の怪獣は麒麟というそうだ。オウ(横)爺の怪獣は黄龍と云うらしい。クマト(熊人)のお祖父さんのハク(伯)爺は赤い鳥の怪獣だ。そして顔や手足には文身と云われる呪文の様な模様を刻んでいる。

クマ族も、それぞれの種族ごとに決まった文様の入れ墨を入れている。東北に住むクマ族は、全身に入れ墨を入れた神様の像を祭っているそうだ。海や山の民が入れ墨を入れるのには魔よけの他に、もうひとつ悲しい訳がある。海や山の狩人たちは、嵐を始め様々な災難に遭い、いつ命を落とすかも知れない。そして遺体が発見された時には、もう顔では見分けが付かない状態に成っている事が多い。その時は、入れ墨のそれぞれの文様で区別をつける。だから、入れ墨を入れる民は、それだけ厳しい営みをしているものが多い。だから、その分だけ嘘つきは少ない。また、一族の間での妬み恨みも少ない。彼らは、信頼し助け合わないと生きていけないからだ。彼らにも、神や祖先の霊と言葉を交わす巫女もいる。が、私達イン(尹)家の巫女の様に呪いの業は身につけていない。しかし、今はイン(尹)家の巫女達もお祖母様を除き、誰もその呪いの業を使う事は出来ない。この村にやってきてからは、その忌まわしい業を使う必要が無くなったからだ。でも、私が、お婆ぁ様からその業を受け継いだら、私は母ぁ様を奪いヒムカ(日向)とタケル(健)をさらったクマ族に、その呪いの業を向けるだろう。私には呪いの巫女の血が流れているのだ。

 ヒムカ(日向)とタケル(健)が、クマ族に浚(さら)われたらしいと分かると、ハタ(秦)家とジョ(徐)家の男達は、血眼で二人を捜しだそうと、山の奥深くまで入りこんだ。スサト(須佐人)と若衆組は、海から探索した。しかし、二人を見つけ出すことは出来なかった。「ピミファ姉ぇ様、何か食べなきゃだめだよぉ」と、心配そうにハイト(隼人)が声を掛けてくれた。そうなのだ。私はもう十日ほど何も食べていない。何も喉を通らないのではない。気持ちが起きないのだ。あの日から私の心は止まっている。「ピミファ姉ぇ様大丈夫さ。見つからないという事わぁ。生きているという事さぁ」と、五歳とは思えない位、頼もしくクマト(熊人)が慰めてくれた。「はい」と、弟がアク(灰汁)巻きを差し出してくれた。私は、弟達を心配させない様にアク(灰汁)巻きを一口頬張った。でもヒムカ(日向)の甘い香りはしない。ただ、ただこぼれてくる私の涙で塩っぱかった。

 ヒムカ(日向)を奪われた若衆組は、姉を奪われたスサト(須佐人)以上に怒りに燃えた。十日目の朝、村の浜には周辺の村々から百隻以上の若衆組の舟団が結集した。血気に逸る若衆組は、南の海を回り込み、クマ族の住む海辺から上陸しようとしていた。中でもコシキジマ(古志岐島)の若衆頭は、ヒムカ(日向)に恋い焦がれ、やっと一番の交渉権を得ようとしていた。だから、命がけでも取り返すという気迫が、まるで火を噴く様な勢いで高まっていた。このままでは多くの若者の血が流れるのは避けられなかった。そこで、お祖父様達長老がなんとか諌めようとしたけど、女王蜂を奪われた兵隊蜂の様に、若衆組の怒りは収まらなかった。そして、千人以上の武装した若衆達は、浜で気勢を上げ足早に舟出の準備をしていた。。その時、お祖母様が若衆達の行く手を遮った。「行ってはならぬ。行ってもヒムカ(日向)は、もう戻らん」「何故じゃ、なぜ大巫女様は止めるんじゃ」と、コシキジマ(古志岐島)の組頭が吠え立てる様に叫んだ。「お前らの手では無理だ。行ってもお前らの命を海に取られるだけじゃ」と、静かにお祖母様がそう言った。「いや死んでも俺達はヒムカ(日向)を取り返す」そう他の村の組頭達も口々に叫んだ。「神様はそう言われている。お前らは神様の言われる事が聞けんのか」と、普段は、少女のように可愛らしい笑みを浮かべるお祖母様が語気を強めた。そして、今のお祖母様は鬼女よりも怖い顔に成っていた。そのお祖母様の気迫に組頭達は静まりかえった。やがて、お祖母様が静かに語り始めた。「ヒムカ(日向)はクマ族の王の血を引く娘だ。そうじゃろ」そう問いかけられたハタ(秦)家の頭領イタケル(巨健)伯父さんが静かにうなずいた。「そして、タケル(健)は、クド(狗奴)国の王になるかも知れん子じゃ。のうフク(福)爺や」と、問われたフク(福)爺は「そう言う事でもあるが、ワシにとっては娘の忘れ形見じゃ」と答えた。「おそらく、クマ族の間で何かが起きたのじゃろう。だから、タケル(健)とヒムカ(日向)の力が必要になったのじゃろうよ。ヒムカ(日向)の力はとても大きい。日出る世界のすべてを治められる程の力じゃ。お前も感じていただろう」と、お祖母様は、後ろにいたタマキ(玉輝)叔母さんを振り返り訊ねた。タマキ(玉輝)叔母さんは、しっかりと大きくうなずいた。私の母ぁ様が亡くなった後は、タマキ(玉輝)叔母さんがお祖母様の力を受け継いでいた。だからタマキ(玉輝)叔母さんにも強い霊力がある。そのタマキ(玉輝)叔母さんが「ヒムカ(日向)の力はピミファの力に勝るとも劣らないものが有ります」と言った。「何を言っているの? 私とヒムカ(日向)の力って何の事?」私は、タマキ(玉輝)叔母さんに聞き返したかったが、お祖母様が言葉を続けた。「お前らは、恋しいヒムカ(日向)を、命がけで取り返したいのだろうが、クマ族は、一族の命運を掛けて、ヒムカ(日向)を守るだろう。ヒムカ(日向)は、クマ族の火巫女の血を引く娘だ。そして、将来はクマ族の女王になるのだろう。だから、お前達が命をかける以上に、クマ族は己が命を捨ててでもヒムカ(日向)を手放しはしない。もしお前らが血気に逸りクマ族に挑めば、クマ族は我らに総力で向かって来るだろう。そうなれば若衆組だけでは済まぬ。双方の民が大勢傷つき倒れる事になる。気を静めよ」お祖母様の世を見据えた判断と、底力に満ちた言葉に、若衆組の気迫が削がれ始めた。その気配を破り去ろうと、私は身が引き裂かれる程の大声で「その時は、私が呪いの業をかけてクマ族を滅ぼしてやる」と叫んだ。皆が驚き私を見つめた。私は、お祖母様を睨みつけ「私が、私がヒムカ(日向)とタケル(健)を取り戻す」と再び叫んだ。すると、お祖母様の大杖の柄が飛んで来て私の肩を強く打った。私はそのまま気を失った。

《 女王国 ~それぞれの旅立ち~ 》

幕間劇(2)「古老の川漁師」

餌場争いに敗れたのか、日も高くなってきたのに樫の木の幹にカブトムシが留まっている。そして男の子達は、仙人さんから習い作った固紙のバクダンを投げて遊んでいる。女の子達は、それぞれの願いを込めて紙の人形を作っている。「ねぇ仙人さん。うち(私)、こげな(こんな)可愛か男の子ば産みたか」と、思春期に入りかけた女の子が人形を仙人さんに手渡した。仙人さんは「こりゃ、みゃい(大層)可愛かぁ」と言いながら、紙の人形に息を吹きかけた。すると紙の人形は「おぎゃ~」と泣き出し、まるまる太った男の子になった。「うちん(私の)子?」と女の子が聞くと「そうたい」と仙人さんは応えた。「やったぁ~うれしかぁ~」と、その女の子は赤子を抱いて走り去った。それを見ていた男の子が「うわぁ~すごか(すごい)~。仙人さんどげんしたと?(どうやったの)」と、その魔可不思議な業に驚いて聞いた。仙人さんは「何ちゃ無か(大した事では無い) 人形は元々神様の映し身たい。だけん、ふーっち息ば吹き入れると命が宿るとよ。人間と同じたい」と笑って答えた。すると男の子は益々興奮し「そげな業、誰にでん出くっと?(誰でも出来るの)オイ(俺)にも出来っじゃろか」と、目を輝かせて聞いてきた。仙人さんは「ちょいと修行が必要じゃが、誰にでん(でも)簡単に出くっとよ」と、さらりと言った。男の子は「ほんなこつね?(本当ね)オリャ(俺)、そげなこつ(事)っあ、神様にしか出来んかと思とったばい」と、深く感心してうなずいた。「そりゃそうたい(それは道理だ)。人間も元は神様やけんね。『オリャ(俺)、神様だ』っち思い出しさえすれば、誰にでん出くっとよ」と、仙人さんは言った。「へっ?! 人間は神様なん(なの)? ちゅう事っぁはオイ(俺)も神様?」と、男の子は驚いて、そして「ばってん、オリャ(俺)~今までいっぺんも自分が神様やっち思えたことは無かばい」と、ため息をついた。仙人さんは笑いながら「人間は、物忘れが酷か生き物やけんねぇ。おぎゃ~と産まれた後にはすぐ大事な事っば忘れるとよ」と言った。男の子は訳が分からなくなって「嗚呼、せぇからしか(面倒臭い)。オイのぼんくら頭じゃ理解出来んばい。蝉でも捕りに行こっと。仙人さん、またのう(またね)」と言うと駆け出して行った。

夏の強い日差しが、川の匂いを一面に漂わせている。もうこの頃になると大水の心配も無くなり、川縁の村は何となくのんびりとしている。堤防の上に立つ沖底さんの境内で遊ぶ子供達にも緩やかな時間が流れている様だ。「ねぇ仙人さん。五年前の大水の時はどげんしよったと?(どうしていたの?)」と、バクダン遊びに飽きた男の子が聞いてきた。「いきなり大水の話ちゃ、どげんしたとね。寝小便でもして父ちゃんに叱られたとね?」と、仙人さんは笑いながらその小さな男の子に聞き返した。「何で、寝小便してがられた(叱られた)ち解ると?」と、男の子は聞き返した。仙人さんは「『お前んごたる(お前の様な)馬鹿息子は、うちん子や無か。お前は二十八年の大水ん時流れて来た子たい』ち、言われたとやろ」と付け加えた。小さな男の子は半分泣きべそをかきながら頷いた。だから仙人さんは「心配せんでも良かよ。ここらでは皆、そげん言うて子供ば叱るとたい」と慰めた。すると別の男の子が走り寄り「ゆうべ (昨夜)、おい (俺)も母ちゃんにそげん言われがられた(叱られた)」と言った。「実は、おいも一昨日爺ちゃんにがられた(叱られた)」と言いながら鼻たれ悪がきも寄って来た。五年前この辺りは筑後川の氾濫で大海の様になった。かろうじて水没を免れた村でさえ大海に浮かんだ島の様であった。「邪馬台国の女王さんの頃は、どげんしてたとやろうねぇ」と、小さな女の子が聞いた。「その頃は、今より大水で村が浸る事が多かったよ。何せ、こげな(こんな)堤防もまだ無かしねぇ。一応、村内(むらうち)だけは盛土をして少し高くはしとったが、毎年、大雨が降れば、村は島んごつ(島の様に)成るとたい。だけん、ここらは島が付く村が多かろ」と、仙人さんが答えた。すると「ああ、だけん(だから)婆ちゃんの里は江島ち言うとたい。海に浮かんどる島でも無かとに、何で江島ち言うとやろうか~~~?と生まれてこの方ず~っと悩んどったとよ」と、先ほどの鼻たれ悪がきが感心した様に頷いた。生意気な口調だが案外と、この鼻たれは賢いのかも知れない。更に「そう言えば、筑ッ後川沿いには、島ん付く村が多かばい。浮島、青木島、迎島、武島、西島、道海島、向島、大野島、言い出したら止まらん位あるばい」と言った。「ばってん、船小屋温泉の近くにも津島や尾島があるばい」と、寝小便小僧が異議を挟んだ。寝小便小僧も賢い子の様である。「船小屋温泉の前には川が流れとらんね?」と、仙人さんが聞いた。すると「昔は、船小屋温泉のあたりも良ぉ大水で浸かりよったとやろ」と、鼻たれ小僧が賢さの片鱗を見せた。「川沿いには島の付く村が多かだけじゃなくて、津や崎の付く村も多かとよ」と、仙人さんは更に課題を出した。寝小便小僧が「あっ、うちの母ちゃんの里は早津崎やったばい」と言った。女の子が「津ちゃ何の事?」と仙人さんに聞いた。「昔は港の事ば津ち呼んだとよ」と、仙人さんが答えると「ほんなら、母ちゃんの里には港があったと? ……今は田んぼしか無かばってんねぇ」と、寝小便小僧が訝しがった。すると再び「昔は、川の港が在ったちゃないと。婆ちゃんの里の江島に行く時に楢津ちゅう所ば通るばい」と、鼻たれ小僧が模範解答を述べた。大公孫樹の木陰に守られた境内は、ささやかな塾の有り様である。「ところで、寝小便小僧よ。お前は今いくつになるとね?」と、仙人さんがにこにこ笑いながら寝小便小僧を見て聞いた。寝小便小僧は「オイ(俺)は十一歳ばい」と、胸を反らせて答えた。「ほう、そんなに年上には見えんがなぁ」と、仙人さんは寝小便小僧の顔をまじまじと見た。すると、「何ば、すらごつ(嘘)言いよっと。十一歳はあんたの兄ちゃんたい。あんたは、まだ私と同じ四つばい」と、小さな女の子が言った。突然アハハハハと仙人さんは笑いだし「そんなら、大水の時きゃぁ。まだお前さんなぁ産まれとらんばい。お前はよその子じゃなかよ」と仙人さんは、寝小便小僧の頭を優しく撫でた。すると、「あっ。あん(兄)ちゃんばい」と、寝小便小僧が河原を指差した。沖底の宮から河原を見ると、朽ちて穴の開いた川舟が横たわっている。その朽ち果てたボロ舟に数人の悪ガキ供が群がり、葦の細い根を抱いた干潟の泥で穴を塞いでいる。そして年長の男の子数人が力任せに舟を川に浮かべた。「ほら、沈まんばい。本で、コンクリートの船があるち読んだけん。大丈夫たい」と、年長の男の子の中で賢そうなのが自慢げに話している。この子は、先日警鐘台の下で叱られていた子である。「ばってん(だけど)ひで(英)ちゃん、泥舟ばい」と、年少の子達が心配そうに話している。「心配なか、葦と潟(泥)ば余分に積どくけん。途中で水が出てきたらまた塞げば良か」と、背の高い年長の子が応えた。この背の高い子の髪は金色である。そして、「うち(私)は、乗らん」と、応えた年少の子は赤みがかった髪である。良く見ると、あの石垣の下にいた女の子である。「マリー、俺ば信用しろっち」と、背が高い金髪の男の子が女の子を説得している。「兄ちゃんなぁ、危なかこつ(事)しか考えんけん、信用出来ん」と、女の子が言い返す。「ジョー、良かけん、マリーは置いて行こう」と、別の年長の子が声を掛けた。この子は、狛犬から落ちて怪我をした子に、唾を吹きかけて治していた優しい男の子である。どうやらこの金髪と、赤毛の兄妹はハーフの様である。父親は進駐軍の兵士だろうか。この時代、ハーフの子達は、「あいの子」と呼ばれ苛められる事も多かった。しかし、この川辺の村では、二人の兄妹を仲間外れにする事は無い様だ。村にはそんな寛容さがある。だから、仙人さんも乞食扱いされ煙たがれる事は無いのだろう。

赤毛のマリーを置いて、数人の悪ガキ供を乗せたボロ舟は、川を横断する様に舟出した。漁師の子だろうか、上手に艪を操る子がいる。櫓は、とても優れた推進機関だ。オール(櫂)に比べると少ない力で舟を進める事が出来る。しかし、その分修練が必要だ。初めて艪を握った人は、どう使って良いかさえ想像が出来ないだろう。でも、この子は生まれながらの船頭の様に、巧みに艪を操った。ところが、舟は川の中程でみるみる沈み始めた。どうやら、穴が塞ぎきれなくなり、沈没状態になった様である。異変に気付いたマリーは、急いで村内(むらうち)に駆け戻り人を呼びにいった。間もなく、老いた川漁師がマリーと一緒に駆けつけた。そして、急ぎ真新しい川舟でこぎ寄せた。老いた川漁師は、年少の子らを自分の舟に乗せて助け出した。しかし、年長の子達は川に飛び込ませ、泳ぎながら沈みかけた泥舟を岸に引き寄せさせている。そして、くたくたになりながら岸に上がった年長の男の子達の頭の上には、老いた川漁師の雷が落ちている。更に罰としてそのボロ舟の掃除である。泥だらけにしたボロ舟の泥を落とせと言うのである。それはまるで、報われない岩運びを課せられたギリシャ神話の神シジフォスの苦役の様である。年長の男の子達は「何でこんな泥舟を洗わないかんとやぁ、どうせ腐って乗れん舟(乗れ無い舟)や無かかぁ、嗚呼~」と、この不条理に愚痴りながら、葦の束で川舟の舟体をこすっている。その男の子達の傍で、老人はゆったりと煙管で煙草を吹かせ川風を楽しんでいる。こうして悪ガキ供の初航海への夢は泥船の海賊船と共に沈没した。しかし老いた川漁師は無邪気な戯れの結末を知っていた。それは、この村の悲しい歴史でもある。この川の水底には、遠い昔から、幾多もの幼子が眠っているのだ。

「仙人さんが来とらすばぁ~い」と堤防の上から声が響いた。すると男の子たちは、一目散に走り去った。その逃げ足を目で追いながら、「まぁ無事で良かったたい」と川漁師は苦笑した。そして静かに川面に手をあわせ拝んだ。川底の神に感謝しているのだろうか。それとも……。

幼子の 足音消えて 秋の川

《 女王国 ~ 異国の船 ~ 》

その冬の出来事は、ほとんど何も覚えていない。私は衰弱して生死の堺を漂っていたらしい。海に面した庭に白梅の木が植えてある。その梅の花が甘い香りを漂よわせていた事だけを微かに覚えている。母ぁ様が亡くなった時は、まだ小さかったので何が起きたのか良く分らなかった。だからこんなに心が壊れる思いはしなかった。クマト(熊人)が言う様に「見つからなければ、まだ生きている」のだろう。けれど、逢えなければ死んでしまったのと同じ位淋しく切ないのだ。

 海の風が暖かくなった頃、ふと目を開けると、加太が枕元で私を覗き込んでいた。「南の国の眠り姫よ。まだお目覚めではないのかい。もうすぐあっちっちっの夏が来るぞ」と、おどけて声を掛けて来た。何だか少し私の体に力が戻ってきている気がした。「じゃぁ、トコブシでも獲りに行く」と、力なく声を返すと、「わ~ぃ。ピミファ姉ぇ様が生き返ったどぉ~」と、クマト(熊人)の大声が響いて来た。あたりを見渡すと心配そうな、お祖父様とお祖母様の顔が見えた。そして、弟とハイト(隼人)の顔も見えた。更には、庭の隅に少し

うつむき加減なスサト(須佐人)の姿も見えた。「加太殿、効いて来た様じゃな。ありがとう。ありがとう」と、お祖父様が、加太の手を取り涙している。お祖母様は黙ってじ~っと私の目を見ている。そして、深い森の奥から「もう大丈夫」と言う神様の声が聞こえた気がした。

 翌日、テル(照)お婆が飯蛸の煮つけを持って来てくれた。そして、特に煮汁が身体に良いと勧めてくれた。そろそろ飯蛸が美味しい季節も終わりに成るそうだ。もうすぐ春なのか。飯蛸のメスは、春に産卵すると傍らで卵の孵化を見守り、卵から赤ちゃん蛸が生まれると死んでしまう。それは悲しい事なのだろうか? きっと「そうやって命は紡がれて行くものなのだ」と、加太なら言うのだろう。いつだったか加太が、私とヒムカ(日向)に「春の娘は恋し、秋の男(おのこ)は悲しむ」と詩を読んでくれた事があった。春の娘とは、私とヒムカ(日向)の事で、秋の男(おのこ)とは加太の事らしい。悲しみの秋とは悲愁の事で、加太は悲愁を感じていたらしいのだ。でも、ヒムカ(日向)と私の春は、いつどこに来るのだろうか。加太がお祖父様に渡した秘薬は、あの日加太が悪行を働いて手に入れたものかも知れないと思った。私の気の病を治したのは、ただの薬草では無い。

数日が立った小春日和の日に、私は、ハタ(秦)家の幼女シカ(志賀)の手を引いて海辺の神社まで散歩に行った。いや、本当はシカ(志賀)に手を引かれてと言う方が正しい。気が戻っても私は、なかなか外に出る気が湧かなかった。そんな私を見かねてシカ(志賀)がしつこく纏わりついて来たのだ。シカ(志賀)は、幼いながら弟の恋人なのだそうだ。この話になると弟は恥ずかしがり下を向いたままになってしまう。だが、シカ(志賀)は、はっきりと弟の御嫁さんになるのだと断言する。シカ(志賀)は、とてもしっかり者なのだ。タマキ(玉輝)叔母さんもこうやってイタケル(巨健)伯父さんをものにしたのだろうか? きっとシカは、タマキ(玉輝)叔母さんの影響も受けているのだろう。ハタ(秦)家の男は、外敵に対しては勇猛果敢に向かって行く。しかし、家ではどうやら女の方が強い様である。

シカ(志賀)が「ピミファ姉ぇ様」と呼んだ。振り替えると、シカ(志賀)は海の彼方を指差している。「どうしたのシカ(志賀)」と聞くと、きらきらと光る波間を指差したまま「異国の船が来る」と言った。しばらく目を凝らしているとシカ(志賀)の言うとおり、水平線の上に大きな船の影が見えて来た。きっと良くないことが起こる。そんな不安が体の奥からこみ上げて来た。

~ミヨン(美英)とシカ(志賀)の母娘~

太の悪業は一つではない。これは既に皆の知るところになってはいるが、ある日、加太は森に分け入り、巫女の一人を犯していた。その巫女は、ミヨン(美英)と言う名のまだ若い海女だ。その悪業が知れると、村の男達は、加太を小突き回していた。が、どうもじゃれている様な殴り方にしか見えなかった。特に加太が居候していたハタ(秦)家の男は、にやにやと嬉しそうにしていたし、加太もにやけ顔であった。その上、コウ(項)家の男達まで加わって、昼間から焼酎を飲み一晩中大騒ぎをしていたのだ。しかし、ミヨン(美英)は、既に人の妻であった。それも亭主はコウ(項)家の男だ。ミヨン(美英)はハタ(秦)家の養女である。やはり河童頭のカメ(亀)爺がどこからか貰って来て自分の娘にしたらしい。だからイタケル(巨健)伯父さんの妹になる。ミヨン(美英)に亭主を紹介したのは、加太が居候しているハタ(秦)家の男だ。亭主と男は若衆宿からの親友だったそうだ。そして、亭主はとても心やさしい男だったそうだ。しかし、ミヨン(美英)の亭主は数年前、海で行方知れずになっていた。あの年は、とても冬が長引き海も荒れた日が多かった。そして、徐々に村の食料も乏しくなっていった。その為、若い漁師数名が無理を押して海に出た。お祖父様達長老は知らなかった様だ。知っていたら年寄りは止めただろう。しかし、若者達は年寄りに知れない様に、少し風が収まった朝未きの海に乗り出した。そして、日が沈む頃、帆柱の折れた舟と、舟に積まれた一匹のメカジキだけが、村の岸に流れ着いた。クマト(熊人)の父さんもこの時に帰らぬ人になった。

程無く加太は、ミヨン(美英)の家に転がり込み亭主面をしていた。本当にひどい奴である。しかし、何故だかハタ(秦)家とコウ(項)家の男達は喜んでいる様だ。それに加太は亭主に似ているらしい。とても容貌が似ているとは思えないが、加太が居候していたハタ(秦)家の男によれば同じ匂いがするそうだ。だから男は加太を居候させていたらしい。ミヨン(美英)には幼い娘が一人いる。娘の名はシカ(志賀)という。私の弟と同じ年だ。母親に似て目がくりくりと大きく輝き利発な娘である。近頃ではシカ(志賀)はすっかり加太に懐き、私が加太と会う時にも良く付いて来る様になった。シカ(志賀)の話でも加太は、お父さんと同じ匂いがするそうだ。お父さんの匂いって何だろう。私にはお父さんの匂いの記憶もない。ミヨン(美英)は、いつも笑顔で話をする。海女には珍しく肌も白く、長い黒髪が、更に肌のきめ細かさを印象づけている。瞳はやや青みがかかり、切れ長の大きな目だ。笑うとその大きな目じりに皺が寄る。が、それもまた愛嬌の良さを生み出している。ふ~ん。加太は、あんな女の人が好きだったんだ。ミヨン(美英)は、いつも優しくシカ(志賀)に話しかける。だから、シカ(志賀)は、とても物静かで利口な娘だ。

異国の船は、だんだん村に近づいて来た。私は、浜で小魚を乾しているミヨン(美英)達に大声で知らせた。しばらくすると村の男達が数隻の小舟で異国の船に乗り付けた。そして、若衆頭が、異人と話をしている。その様子が神社からも見えた。どうやら争いになる様子は無い。三人の異人が、村の男達の小舟に乗り移り浜に向かう様であった。私はシカ(志賀)を背負うと急いで家に駆け戻った。とても嫌な震えが襲ってきたのだ。そして、良くない事が起こると言う不安は、ますます強くなって来た。そして、何故だか涙が止まらくなった。「ピミファ姉ぇ様、何で泣いているの」と、心配そうに小さな声でシカ(志賀)が聞いた。「大丈夫。大丈夫なんだけど、何故だか涙だけがこぼれてくるの」と、答えると「大丈夫、大丈夫、私達には加太がいるから大丈夫」と、歌う様にシカ(志賀)が呟いた。その船は、あの日ユナ(優奈)と父様達を連れて行った異国の船に良く似ていた。

~ 真夏の世の夢 ~

三年前の夏の日の事だった。私は、日が暮れた裏山の池の畔にいた。家の裏庭で飛んでいた蛍を追いかけて来たのだ。よちよち歩きの弟に蛍を見せよう。蚊帳の中に蛍のほのかな光が舞ったら、きっと弟は大喜びするに違いない。その時には、ヒムカ(日向)とスサト(須佐人)も呼びに行こう。そう思ってここまで蛍を追いかけて来たのだ。私の村では、蛍は初夏に舞う。こんな真夏の夜に舞う蛍は珍しい。だから、尚更私は一生懸命蛍を追って来た。ず~っと南の島では、真冬に飛ぶ蛍もいるらしい。この前、加太にそう教えてもらった。蛍を捕まえてそっと匂いを嗅ぐと瑞々しい瓜の香りがする。私はこの清楚な香りが大好きだ。母ぁ様もそんな清楚な匂いがした。いつの間にか、私は蛍を追いながら森の奥まで分け入っていた。そこは、お祖母様が秘儀を行う奥ノ院の近くであった。森の奥には、繭玉を寝かせた様な大きな岩がある。それは奥ノ院の御神体だ。大半は蔓や羊歯(しだ)などに覆われているが、その正面には注連縄(しめなわ)が張られ、そこに岩で出来た扉がある。扉の大きさは大人の身の丈より大きい。だから、例え屈強な男衆が、数人がかりでも岩戸は開かないと言われている。その岩戸が開かれるのは、年に1度だけ。お祖母様が秘儀を行う祭りの日だけである。でもその時の岩戸はとても軽いそうだ。まるで流木の様に軽く、お祖母様が息を吹きかけるだけで開くそうである。けど、その息はお祖母様しか吹けない。だからやっぱり岩戸は、お祖母様以外の者には開ける事が出来ない様である。月の光がわずかに岩戸を照らしていた。目を凝らすとその前にうっすらと人影があった。私は一瞬はっと息を飲み込んだ。そして、そのうずくまる人影が加太だと分かった。加太は、岩戸の一部を、不思議な光を放つ小刀で削り取った。そして、懐に入れると持ち去ろうとしていた。「何という悪業を働いているのか。神を恐れぬ罰当たりの加太めっ」そう私は大声で加太を怒鳴りつけ様とした。この悪業が知れれば、加太は村に居られ無いばかりか血気盛んな若衆に殴り殺されても仕方ない。そう思った矢先に振り返った加太と目が合った。私の方が驚きあっと叫ぼうとすると、加太は、にっこり微笑んでしっ~と人差し指を唇に当てた。私は、その日から加太に薬の作り方を習い始めた。それで、私も加太と同じ悪人に少しだけなってしまったのだ。

 加太の話では、大昔この世界は、龍人が住む世界だったらしい。人間と違って龍人は卵で生まれるそうだ。人間は生まれた時には既に人間の形をした赤ちゃんだ。でもその人間も赤ちゃんになる前は卵だった。そしてその卵は女だけが身体の中に仕舞っている。私は、私の身体の中に、鴎の卵の様なモノが入っているとはとても思えない。もしそうだとしたら、私が赤ちゃんを産む時、その卵の殻はどうなるの???……加太は「それは骨に戻るんじゃないかなぁ」と当たり前の様に言うけど、私は益々分からなくなる。兎に角、龍人は、カモメの友達なんだなぁと言う事は解った。そこで、私は「カモメ達はあんなに大勢で海辺を群れ飛んでいるのに、何で、龍人は岩戸の祠の中で独り寂しく石に姿を変えてしまったの?」と聞いた。加太は「無駄に利口になりすぎたのさ」と答えた。そして、私は益々分からなくなった。

 父様の先祖も卵から産まれたと聞いている。父様の四代先のご先祖の事らしい。王がいなかった北の国では、族長達が王に相応しい男子を探していた。するとナジョン(蘿井)という井戸の端に大きな卵があって、紫の光を放っていたと言う。不思議に思い族長達がその卵を割ってみると、そこから凛々しい男の子が飛び出して来た。それが私の父様のご先祖らしい。小さい時に、父様が寝物語に聞かせてくれた話だから、お伽噺だろうと思っていた。でも加太の話が本当なら私も龍人なの???……でも私には龍の鱗も無いし空も飛べない。ギョロ目でも無いし、口も大きく無い。そして何より角など生えて無い。

私の弟の名は、ユリ(儒理)と言う。父様のお祖父様の名前をもらった様である。父様の国では一族の名前は受け継が無いらしい。でも倭人は、名前を受け継ぐ事が多い。特に人望があった先祖の名が受け継がれる。だから、この名前は母ぁ様が決めたそうだ。母ぁ様は父様やユリ(儒理)が、父様の国に戻るとは思っていなかったのだろう。ユリ(儒理)曾祖父は龍人の孫だから、大男だったらしい。父様もやっぱり大きな男だった。かすかな記憶でも、村の男たちより頭一つ分は大きかった。ハタ(秦)家の男達とコウ(項)家の男達も大きいが、それでも、父様の目の高さ位までだった。私は、もう村の男達と同じ背の高さになった。ヒムカも長身だが、それさえ追い越しそうな勢いなのだ。このままだと初潮を迎える頃には、皆が見上げる大女になっているかも知れない。やっぱり、私も龍人の子???……考えると憂鬱になって来た。ユリ(儒理)は父様より大きい男になりそうだ。既に村のどの子より大きい。でも体は大きいけどひ弱で泣き虫だ。いつもスサト(須佐人)に守ってもらっている。

 母ぁ様が亡くなったのは、私が八歳の時、ユリ(儒理)がやっと歩き始めた頃。あの夏は台風が多くて食料も乏しくなりそうな年だった。五つ目の台風が過ぎ去った真夏の日、村の男達は、一冬を過ごす食料を確保する為に、全員で鯨の群れを追って行った。村に残ったのは、女子供と身体が弱った老人だけだった。その隙を突く様にクマ族の舟団が村を襲ってきた。クマ族は、ユリ(儒理)を連れ去ろうとしたらしい。母ぁ様と若くたくましい海女達が舟上でクマ族と闘い、ユリ(儒理)は年老いた海女達が海の底深く潜り龍宮に逃がした。けど、母ぁ様は、あえなくクマ族の矢に胸を打ち抜かれて息絶えた。あの夏も蛍がたくさん舞っていた。

 加太の作る薬の材料は、薬草だけではない。色とりどりの石や獣の骨や乾した内臓、それに不思議な香りの水を使う。ツーンと鼻を刺す臭いだが悪臭では無い。長くその匂いを嗅いでいると焼酎に酔った時の様に頭がふらふらしてくる。今、私が一番知りたい薬は痛みを感じない薬だ。去年の秋、隣村の子供が猪の牙で足を裂かれた。その子はミヨン(美英)の海女仲間の子だった。ミヨン(美英)が、泣き叫ぶその子の元に、加太を伴い駆けつけると、加太は真っ先にその薬を嗅がせた。すると、先ほどまで泣き叫んでいた子供は安堵の表情に変わり寝付いた。その子の両親は一瞬、死んだのではないかと訝ったが、子供は安らかな寝息を立てていた。その間に、加太はその子の足を光る小刀で裂き治療を施した。そして絹の糸で傷口を縫った。翌朝、気が付いた子供は数日の間、痛みにうなされていた。しかし、今は元気に走り回っている。きっと削り取った岩戸の粉も何かの薬を作る材料にするのかも知れない。もしかすると加太は、神様の弟子かもしれない。でも神様ではないので、必要な時にいつでもそこに現れる訳ではない。母ぁ様の胸をクマ族の矢が貫いた日、加太は男達と鯨を追う漁に出かけていた。もし、私がもう少し早く加太の業を覚えていたら母ぁ様は助かっていたかもしれない。

 加太は、龍人なのだろうか???……龍人の女は、死ぬと天女になり、男は霧になると聞いた。でも、加太の大きな身体は、死んでも霧の様に消えては無くなりそうもない。ある日の朝、海が霧に包まれた。こんな日は、海で死んだ人の魂が、恋しい人の事を思い、想夫の詩を奏でるらしい。ブオーン、ブオーン、ブオーンと、遠くで悲しげな音が響いた。風は凪いでいるから風の音ではない。海の魔物が吹く貝笛だろうか。程なくすると音は遠のいて行き、やがて霧も晴れて来た。あの音は何だったのだろう。やはり死人(しびと)の詩だったのだろうか。 歌垣が始まる季節に私は生まれた。だからもうすぐ十三歳になる。ヒムカ(日向)がいなくなった今年の歌垣は、どの村の若衆達も一様に気落ちしている様だ。そして、私にとっても寂しい誕生日になった。去年の誕生日には、ヒムカ(日向)が桃の花をいっぱい飾って祝ってくれた。そして柳の様にしなやかなヒムカ(日向)の指で紅を引いてくれた。七歳の誕生日までは、母ぁ様が紅を引いてくれた。今は、母ぁ様もヒムカ(日向)もいないから、私は独りでそっと紅を引いた。いつの間にかお祖母様が後ろに立っていた。そしてウミガラスの羽で作った冠を頭に載せてくれた。更に、お祖母様は母ぁ様の青銅鏡を持ち出し、私の前に置いた。銀色の青銅鏡に映しだされた自分に、私は息を呑んだ。そこには別の私が映っていた。そこに映るのは艶やかな怪かしの私。お祖母様が低い声でささやいた。「巫女には二つの力がある。それは、天の意志を伝える力と、死者の言葉を伝える力だ」私は意味が解らないままに何故か頷いた。「天の意志を死者の言葉で語ると、呪いの業になる。昔、我らが先祖は戦場(いくさば)でその力を使っていた。呪いを唱える唇には真紅の紅を引き、黄泉の国を見据えられる様に瞳を隈取りで蔽った」そう言うと、お祖母様はふ~っ大きく息を吐いた。「お前には伝えんつもりじゃった。だが、日巫女に成るには、その二つの力が必要だ」お祖母様の言葉の意味は、ほとんど理解できなかったけど、どうやら私も巫女になるらしい。「次の満月の日じゃ。心の支度をしておけ。お前は日巫女になる」と、悲しげにお祖母様は呟き行ってしまわれた。

~ 別れの船出 ~

その船はやはりジンハン(辰韓)国の船だった。二年ほど前、ジンハン(辰韓)国に倭国の商人が訪れたそうだ。その商人とは、ハタ(秦)家のカメ(亀)爺の事だった。そして、父様とユナ(優奈)は、母ぁ様が亡くなり、私達姉弟が孤児になった事をカメ(亀)爺から聞いて知った。ユナ(優奈)は深く悲しみ、一刻も早く私達に逢いたいと、父様を急かして迎えの船を寄越したのだ。私はお姫様なんかには成りたくなかったし、父様には会いたくなかった。けど、ユナ(優奈)には逢いたかった。だからジンハン(辰韓)船に乗る事にした。でもユナ(優奈)に逢ったら、直ぐに、お祖父様とお祖母様の元に戻るつもりだ。この村には母ぁ様だって眠っている。

南の海上に台風が発生した様だ。だから、船出は波が収まるのを待ってという事になった。ジンハン(辰韓)船の船長は、スロ船長と呼ばれていた。眼光が鋭く屈強な戦士の匂いがした。でも何故だか、私にはまるで娘に話しかけるかの様に親しく声をかけてくれた。スロ船長の話では、ジンハン(辰韓)国には台風が来ないらしい。倭国の海を超えると台風はその熱く荒々しい力を一気に失くす。そしてジンハン(辰韓)国で吹く大風は、魂さえ凍りつくほどの北風だと教えてもらった。だから、ジンハン(辰韓)国にはアッチチの真夏の熱風は吹かない様だ。もしかしたら、これが最後の台風になるかも知れない。そう思った私は、台風が来るのをワクワクとした気持ちで待ち始めた。

ジンハン(辰韓)国の船陰が見えた時から、テル(照)お婆は、そわそわし始めた。もしかすると、息子が乗っているかもしれないと思ったのだ。アチャ爺は素知らぬ様子だった。息子がジンハン(辰韓)国での戦さに行く時に、「もう生きては会えまい」と心に決めたそうだ。いつだって男達は薄情者だ。しかし、息子はジンハン(辰韓)船に乗っていなかった。それでも、ハタ(秦)家の男数人が、水先案内を兼ねて帰って来た。だから村をあげてのお祝いの宴会が開かれた。宴会の御馳走は、もちろんテル(照)お婆が取り仕切っていた。焼酎も今日はだいぶん上等なものらしい。ハク(伯)爺の赤い鼻がぴくぴくと動いていた。コウ(項)家のハク(伯)爺は、大の酒好きで有名である。村でも飛びぬけて色白だけど、焼酎が入ると鼻だけでなく顔全体が赤くなる。でも不思議な事に首から下は色白のままだ。それになかなかの美食家でもあり味にはうるさい。素潜りの名人でもあるので美味い魚は逃がさない。磯海老でも、鮑でも、雲丹でも、海の中でじっくり美味しそうなのを選んで捕まえるそうだ。だから酔っぱらったハク(伯)爺は、皆から「項伯(紅白)アシカ」だと笑われている。その紅白アシカの膝の上でクマト(熊人)は、ちゃっかりつまみ食いに精を出している。夜も更けて、宴会もいち段落し始めた頃、テル(照)お婆が、帰ってきたハタ(秦)家の男達に息子の消息を聞いていた。息子は、ある海戦で幾本もの矢を受けて死んだそうだ。そして亡骸も海底に沈んだらしい。その夜、テル(照)お婆の姿が村から消えた。

翌日、お祖母様とタマキ(玉輝)叔母さんを先頭に、巫女達が森へ向かった。テル(照)お婆が、祭場(まつりば)にいる事を、お祖母様や巫女達は知っていたのだ。昔から村の女達は、つらい事や悲しい事があると、祭場で独り泣いた。「女達の涙が塩辛いから、祭場には、草木も生えない広場が出来たのだ」と、巫女達に聞いた事がある。私はシカ(志賀)の手を引いて祭場の木陰に隠れた。シカ(志賀)にも、祭場の神事を見せておきたかったのだ。巫女達の輪の中にテル(照)お婆がいた。いつもの様に、巫女達の足踏み鳴らす舞が始まる。テル(照)お婆はうつむいて死んだように動かない。お祖母様が神歌(かむうた)を口ずさみ始めた。シカ(志賀)の指がぴくりと動いた。私はしっかりと手を握り返した。巫女の輪の中からミヨン(美英)がお祖母様の前に進み出た。お祖母様はミヨン(美英)の口を少し開き、息を吹き込んだ。するとミヨン(美英)の身体がすう~と浮いた。「テルや、息子の名を呼べ」と、静かにお祖母様が言った。するとテル(照)お婆は、うつむいたまま息子の名を小さく呼んだ。巫女達の神歌が大きく鳴り、名は聞こえなかった。「テルや、しっかり呼べ。しっかり呼ばぬと息子は応えぬぞ」と、お祖母様が言った。テル(照)お婆は、やっと顔をあげて息子の名を呼んだ。「アキト(明人)、元気かい。元気なら応えておくれ」と叫ぶ様に呼んだ。ミヨン(美英)の身体が光に包まれテル(照)お婆の傍らに近づいて来た。光は、お祖母様の手元にある金色の青銅鏡から出ていた。そして、その光は、ミヨン(美英)の白大衣に見慣れぬ紋様を映し出していた。ミヨン(美英)が口を開こうとした瞬間、シカ(志賀)が野太い声で叫んだ。「生きている。ここがどこだか分からんが、ワシは生きている」すると、シカ(志賀)の声に共鳴するかの様に、雷鳴が轟き、森が震えた。巫女達がアッと驚き一斉に私とシカ(志賀)を見た。巫女の一人がシカ(志賀)を見ながら驚いた様に「玉依り姫」と呟いた。そして、シカ(志賀)は気を失っていた。

シカ(志賀)を背負ったミヨン(美英)と私は、村に戻った。話を聞いた加太は笑いながら「もうシカ(志賀)にはそんな力が芽生えて来たか。それに、生口(イキクチ)を語れるとは、オレの見立て以上に早い。あっぱれ、あっぱれ。やはりシカ(志賀)はエイルであったか」と、上機嫌であった。もちろんテル(照)お婆の元気も戻っていた。私は、加太に「生口って何?それにエイルって何?」と聞いた。すると加太は、「生口とは、生きている魂を呼び語れる力だ。死んだ者の魂を呼ぶのは死口(シニクチ)と言う。そして、神の言葉を語るのは神口(カミクチ)と言うのさ。シカは、死んだはずのアキト(明人)殿を、生口で語った。つまり、アキト(明人)殿の死んだ魂を、生きた魂で蘇らせたのさ。そして、エイルとは、西の天界にいる女神だ。エイルは、死者を蘇らせる女神でもある。だから、最良の医者とも呼ばれている。ピミファの力とは少し違うが、時期に神口も語る様になるだろう」と答えた。へぇ~シカ(志賀)は、西の女神様の生まれ変わりなの?

翌日、長老会議が開かれた。私とユリ(儒理)を、誰がジンハン(辰韓)国へ送り届けるかの人選の為である。途中は、幾多の危険が待ち受けているかもしれない。だから護衛役と遊び相手を兼ねて、ハタ(秦)家のイタケル(巨健)とスサト(須佐人)親子、それにデン(田)家のアタテル(阿多照)とハイト(隼人)親子が乗り込む事に成った。病人やケガ人が出た時の為に、加太も付いて来る事になった。だから、シカ(志賀)も付いてくると云う。それにシカ(志賀)は、ユリ(儒理)のお嫁さんに成るのだ。だから、何としても付いて行くと言い張ったのだ。私は、長老達が決して許しはしまいと、思っていたがあっさりと許可が出た。先日の出来事で、長老達は、シカ(志賀)の力の大きさに気付いたのだ。シカ(志賀)は「西の女神エイル」ばかりか「玉依り姫」の生まれ変わりでも有るらしい。「玉依り姫」は魂に寄り添い人を助けるそうだ。時としては死者さえ蘇らす事が出来るらしい。だから、倭国のエイルなのだろう。そこで、エイルと玉依り姫の力を併せ持ったシカ(志賀)姫と、ミヨン(美英)の母娘も付いてくる事に成った。一緒に行く事が決まり、ユリ(儒理)とシカ(志賀)、それにスサト(須佐人)とハイト(隼人)の四人は、まるで春の野遊びに行くみたいにはしゃいでいる。でもコウ(項)家のクマト(熊人)だけは村に残る。だからクマト(熊人)は、ず~っと不機嫌なままである。コウ(項)家は、村の守備隊でもある。だから村から離れる訳にはいかない。そう諭されてもやっぱりクマト(熊人)には納得ゆかないのである。クマト(熊人)の父さんは、ミヨン(美英)の亭主達と一緒に海で帰らぬ人になっていた。今、ハク(伯)爺の跡を継いでコウ(項)家の頭領に成れるのは、クマト(熊人)だけなのだ。だから、村人の誰もがクマト(熊人)がジンハン(辰韓)国の船に乗る事は許さなかった。

アチャ爺とテル(照)お婆の夫婦も、私とユリ(儒理)のお守り役と言う名目で付いてくる事に成った。ジンハン(辰韓)国に着いたら、私とユリ(儒理)以外は、また村に送り届けてもらう事に成っている。その帰り船は、今回里帰り出来なかったハタ(秦)家の男達が乗り込み動かしてくれる。そうは言っても長旅で、帰れないかも知れない危険もあるので、本当は年老いたアチャ爺とテル(照)お婆を連れては行きたくなかった。そう思っている村の年寄り達も皆で引き留め様とした。しかし、テル(照)お婆は行くと言って聞かなかった。でも長老達はやはり許可しなかった。ところが、テル(照)お婆は秘策を使った。ジンハン(辰韓)船のスロ船長を口説いたのだ。口説きの道具は、もちろんテル(照)お婆の料理である。スロ船長は母親と疎遠だったらしい。だからお袋の味というモノを知らない。そして、テル(照)お婆の料理は、スロ船長のお袋の味になった様だ。スロ船長は父様と同じ位の歳だろうか? 強引では無いが人を従わせる威厳がある。そんなスロ船長が是非テル(照)お婆に乗船してもらいたいと言い出したので、長老達も同意する事になった。それに、長老達にはテル(照)お婆が「息子を探したいのだ」と、痛いほど分かっていた。アチャ爺は、こっそり年寄り同士で別れの盃を交わしたらしい。だから親友のハク(伯)爺の目は、鼻以上に赤かった。コウ(項)家のハク(伯)爺は、本来笑い上戸で踊り上戸なのに、その夜だけは泣き上戸に成ったらしい。船出の日は、台風が過ぎ去った三日後と決まった。これから台風がたくさんやって来る季節に入った。だから波が静まったら早く船出した方が良いと長老達が判断した様だ。もちろんジンハン(辰韓)船のスロ船長もその判断に賛成した。

~ 風と海の秘儀 ~

台風の目に入った。先ほどの暴風雨が嘘のように静まり、夜空に満月が浮かんでいた。「さぁ始めようかの」と、お祖母様が立ち上がった。他の娘達が巫女になる夕神遊びの時とは違い、森の祭場には、一人の巫女も居なかった。照葉樹林の木々に囲まれた円形の広場は、台風の目に重なり月の明かりに照らされている。お祖母様が、不意にドン、ドンと大きく足踏み鳴らし、次には小さくトン、トンと足踏み鳴らしながら私の周りを舞い始めた。ドッドン、トントン、ドッ、トントン、ドッドン、トントン、ドッ、トントン……妙なリズムを響かせ、お祖母様の舞いは続く、すると、ゆっくりと風が広場を旋回する様に吹き始めた。やがて風は、徐々に強まり渦を巻いて天に昇り始めた。まるで大蛇がうねる様に、風は天を衝こうとしている。お祖母様の舞は、大蛇を招き寄せている様だ。ドドドドドッ、トン、ドッ、トントン、ドドドドドッ、トン、ドッ、トントン……舞いが勢いを増すにつれ、幾頭もの大蛇が私の周りを渦巻き始めた。だが良く見ると、幾尾もいると思った大蛇は、八つの頭を持つ1尾の大蛇だった。そうして私は、その八つ頭の大蛇に天高く舞い上げられた。渇と目を開いて下を見ると、白みかけた青い山々と、白波が湧く海原が見えた。怖くはなかった。私は天に抱かれている。そう思えた。そうしていると突如、東の空から昇った朝日の矢が、私の左目を射抜いた。矢は、私の身体の奥深い処に突き刺さり、その矢を血潮が獲り込み、矢は赤き剣と成った。やがて、どこからともなく、お祖母様の手が伸びてきて、その赤き剣を私の体内よりするりと抜き取った。私は、力尽きゆっくりと地上に落ちて行った。気が付くと、私は奥ノ院に居た。どうやって院の中に入ったのかは解らないけど、確かにそこは院の中だと解った。院の中は、淡く白い光に包まれ中心には黄色い球がある。私はその黄色い球の中にいた。これはまるで卵の中ではないかと感じ可笑しくなった。やっぱり私も龍人なの???……と考えていたら、どこからともなくブツブツと泡立つ様な音が聞こえてきた。否、これはお祖母様の祈りの言葉。でも私には意味が解らない不思議な言葉だ。「解る必要は無い。この祈りの言葉は、お前の血と成り肉と成っている」どこからともなく、お祖母様の声が響いて来た。「アマノムラクモノツルギハライテウマレシミコハヒヨミノミコナレド……」お祖母様は、ブツブツと呪文を唱えながら赤き剣で黄色い球を切り裂いた。私は切り裂かれた黄色い球から産まれ堕ちた。そして、女陰(ほと)から血を流し、月明かりの広場の中心に裸の私が立っていた。赤き剣は、黄色い球を切り裂いた為か、黄金色に輝いている。「この刀は、お前の守り刀だ。順手にかざせば、風を呼び、雲を払う事が出来る。逆手にかざせば、風を鎮め、雲を呼び、雨を降らせる事が出来る」お祖母様は、そう言いながら私に刀を握らせた。その黄金色に輝く青銅剣は、長さが私の腕程の直刀だ。逆手に持つと切っ先が丁度肘のあたりに届いた。いつのまにか柄から刃の部分にかけて五色の錦が巻いてある。「天と風の秘儀はここまでじゃ。一休みせよ。海と黄泉の秘儀は、朝未きに授ける」お祖母様にそう言われた途端に、私は広場に伏せて深く寝入った。目覚めると、私の身体には狐の皮衣が掛けてあった。夜はまだ明けていない。お祖母様の姿は見えなかったが、私の傍らには守り刀の天雲の剣があった。そして、何故だが私にはこれからやるべき事が分かっていた。

 薄明かりの中、私は森を出て誰もいない岩場に降りて行った。狐の皮衣を脱ぎ岩場に置き海女の姿となった。そしてセイジの紐に天雲の剣を挿すと荒れ狂う夜の海の中へ飛び込んだ。渦巻く海の流れに飲み込まれながら、深く、更に深く、海の底へと潜って行くと、岩場の壁に、ぽっかりと大きな洞穴があった。ここが、龍宮の入口だ。入口から潜り込むと、中は高い天井に蓋われた洞窟に成っている。外からここに入れる道は無い。だからこの海中の洞窟は、海女達しか知らない。海女達は、この秘密の洞窟を龍宮と呼んでいる。しっとりとした空気に包まれた岩場の広さは、村の祭場と同じ位だ。岩場は、比較的平らで、幾人もが横になって休む事もできる。それに、地上から染み込んだ雨水が、岩壁沿いに小さな滝を作っている。だから、戦さに成れば、男達が戦っている間、女と子供達はここへ逃げ込み、数日を過ごす事もできる。母ぁ様がクマ族に殺された日に、ユリ(儒理)を匿ったのもこの龍宮だ。昼間は、海中から光が差し込み、真っ青な世界が広がる。そして、夜の龍宮の中は、夜光虫に照らされ、青白い光に包まれている。もうひとつ、洞窟の海中には、巫女しか入る事が許されていない秘密の入口が有る。その入口に潜り込むと、海の神殿と呼ばれる小さな洞窟がある。ここには乾いた岩場は無く膝位の深さまで海水に浸っている。そして、天井には小さな穴が開いており月の光が差し込んでいる。この神殿には「月のしずく」と呼ばれる宝物が収められている。その宝物は、幾種類かの貝に抱かれて眠っている。巫女に成った娘は、その中の宝物を自分の守り珠とする。巫女に子が出来ると、その子にも守り珠を身に着けさせる。男の子なら、小さな瓢箪に入れて首から吊るさせる。女の子なら、蛤の殻にしまい匂い袋に入れて身に着けさせる。どの宝物を守り珠にするかは、それぞれの巫女が決めるしきたりになっている。母ぁ様は私には、白蝶貝から金色の珠を取り出し、ユナ(優奈)の為には黒蝶貝から黒い珠を取り出した。それは緑色を帯びたとても魅力的な黒い珠だった。ユリ(儒理)の為には、阿古屋貝から白い鮑玉を取り出した。そして私自身は、新しい守り珠に銀色の珠を選んだ。村の若い媛巫女の儀式はここで終わる。でも私の儀式はこれからだと分かっていた。私は銀色の珠を飲み込み神殿の海中に潜りこんだ。そこには黄泉の国に続く海中洞窟があった。気が遠くなる位長い時間をかけて、深く、深く、更に、更に深く潜っていった。あたりは真っ暗で何も見えない。ふと誰かが優しく私の腕をつかんだ。遠くから歌声が聞こえる。懐かしい聞き覚えがある歌だ。歌を聴いていると、だんだん眠たくなってきた。「まだ寝たらだめよ」誰かが耳元で囁いた。母ぁ様?母ぁ様なの? 突然、深い悲しみが襲ってきた。次に怒りが込み上げてきた。私は泣きながら叫んでいる。私は血まみれになっている。いやな匂い死人の匂い。私の周りを、憎悪の渦が取り巻いている。母ぁ様、手を放さないで!!「大丈夫、大丈夫、ピミファは強い娘だから大丈夫」冷たい小さな手が、私の足を掴んだ。いくつも、いくつも、いくつもの冷たくて淋しい手。私は咄嗟に天雲の剣でその手を払いのけた。血しぶきが飛び、絶望的なうめき声が聞こえた。いくつも、いくつも、いくつも、いくつも、いくつも……。そうしていたら、突然母ぁ様が私の腕を放した。「さぁ産まれて行きなさい」母ぁ様!母ぁ様どこなの? 私の体は八つ頭の大蛇に巻かれ勢いよく上昇し始めた。ギャー息が出来ない。私は咳き込み銀色の珠を吐き出した。すると四つん這いになった両手両足に、乾いた稲藁を感じた。ここは岩戸の中。咄嗟にそう感じた。ゆっくりと岩戸が開き朝の光が差し込んできた。岩戸の前にはお祖母様とタマキ(玉輝)叔母さんが立っていた。「陰が水行と金行を生じ、陽が風となって木行を生じた。これで三つの気がこの子の体に宿った。火の秘儀は自ら身につけるだろう。火行はすでにこの子に宿っている。恐ろしい力だ」と、お祖母様がつぶやいた。「四方の各行から気が集り、土行が生じた時、ピミファは日巫女になるのですね」と、静かにタマキ(玉輝)叔母さんが問いかけた。「そうじゃ、私らがこの子にしてやれるのは、ここまでじゃ。この先は私らの力では及ばん。ピミファは、太古からの力を受け継ぐ大巫女様が再来されたのかもしれん」「天を火炎が吹き荒れ大地は血の海に覆われた時代ですね」「そうじゃ、大国シャー(夏)を滅ぼした怖ろしい力だ。そして我が一族は、そこから生じた。ピミファが、戦場(いくさば)の巫女になるのは避けられん運命なのかも知れん」そんな二人の会話を、朦朧とする意識の隅で聞きながら、私は気を失った。

《 女王国 ~不知火の海を渡って~  》

幕間劇(3)「泥舟の海賊船」

村の神社は、こんもりとした森に囲まれている。ここは昔小さな城だったらしい。それも最前線の城だ。だから、この村の地中には幾人もの兵どもが眠っているに違いない。そして、筑後平野の中ほどにあるこの村の神社は、豊かな水田に囲まれている。城だった時代も水に守られていたのだろう。特に初夏を迎えたこの時期には、田植えを控え水が引き込まれており、見渡す限りの水田が広がっている。もし、鳥になって空高く舞い上がったら、きっと有明海が山のふもとまで広がっている様に思えただろう。ここは水が支配する水の王国である。それはまるで太古のツクシノウミ(筑紫海)を彷彿とさせる原風景である。そして、神社の森は、広大なツクシノウミ(筑紫海)に、ぽっかり浮かんだ小島の様でもある。現に、この水沼の国一帯には、島の着く地名が多い。古老の話には、戦で破れた落武者が、葦の島に隠れ住んだ話が良く出てくる。確かに、ここは天然のラビリンスだったのだろう。そんな島神社の森の中に、ひときわ大きい椋木がある。その椋木は、根元で2つに分かれており、木の股にはヒトコブラクダの瘤の様な盛り上がりがある。その木の瘤は、男の子達が馬乗り遊びをするのに、恰好の大きさである。その為、その瘤は本来あっただろう、ごつごつした木肌が擦り取られ、つるつるに磨かれている。まるでこの木の精が宿った魂の玉の様である。やはりここはラビリンスへの入口かも知れない。村の年寄りの中には、毎朝神社にお参りする際にこの木の瘤に手を合わせる者もいる。年寄りも昔は腕白小僧で、この木の瘤に跨って遊んだのだろう。それから幾年の歳月を重ねる中で、自分達が、この木の精に守られてきた事に気付いたのかも知れない。

 梅雨の晴れ間が、森の真上から木漏れ日を落とす頃、瘤の上に跨り、ジョーがうなだれている。誰かと喧嘩でもしたのかと思ったら、うたた寝をしていたのだ。ジョーは、夢を見ていた。夢の中でジョーは、船乗りであった。それも海賊船である。髑髏の旗を翻しながら、青い海原を疾走するのは、もちろん帆船である。風に帆を孕ませたマストの上に陣取り、ジョーは海の彼方を見つめている。右手にはリンゴを持ち、それをがぶりとやる。ウームなんて甘くて酸っぱい良い香りなのだ。すると何故だかリンゴの唄まで聞こえてきた。そして、左肩に止まったオウムが耳朶を引っ張った。何でなんだぁ~と思いながら目を開けると、マリーがリンゴをかじりながら耳朶を引っ張っていた。「なんばすっとかぁ(何をするのだ)」と、怒るとマリーは「兄ちゃん、よだれ垂れとるよ」と言った。「そげんこつ(そんな事)ぁ良かぁ。人が、せっかく気持ちん良か夢ば見よったとに、どげんして(どうして)邪魔すっとかっ!!」と、膨れるとマリーはすかさず「スケベな夢ば見よったとやろ」と、からかった。ジョーは、むきになり「なんば(何を)馬鹿なこつ言いよるか。俺は海賊船に乗っとぉ夢ば見よったったい」と言い返した。「泥舟の海賊船ならすぐに沈没して溺れ死ぬよ」と、更にマリーはジョーをからかった。この兄妹は妹の方がしっかり者である。しかし、しっかり者が幸せな人生を過ごせるとは限らない。マリーは「赤~いリンゴにクチビルよせて~」と、リンゴの唄を歌い、スキップしながらどこかへ行った。ジョーは、夢の続きを見ようかと、瘤の上に座り続けていたが、もう眠気に誘われる様子は訪れなかった。ふと、人の気配に振り返ると仙人さんが立っていた。そして「海は良かねぇ。海には自由の民が暮らしとる。お前の乗った海賊船も、もうすぐすると、その自由の国に着くかも知れんたいね」と言った。ジョーは、すくっと立ち上がると「おーおーっ仙人さんが来とらす。仙人さんが来とらすぞおー」と、仲間を呼びに駈け出した。駆け出しながら、ジョーはブッフブブブと吹き出した。今日の仙人さんの恰好があまりに可笑しかったのだ。頭には生成りの山高帽、上は、薄紅の桜をあしらった綿ちぢみの着物。岩国ちぢみだろうか。下は、久留米絣のモンペ、足元は、ゴム底をつけた草履である。夏に向かって涼しげな装いではあるが、長い白髪に、彫りの深い顔、大きなギョロ目と、高い鷲鼻、長身で猫背の体から伸びた妙に細長い手足。異形が異様な姿で歩いているのである。どう見ても吹き出さないでは居られない。

 ジョーから、今日の仙人さんの出で立ちを聞いている子供達は、興味津々と云う顔で神社の境内に集まって来た。「今日は皆、楽しそうな顔ばしとるね」と、仙人さんが言った。「仙人さんは、今日は女子の恰好ばしとると? 男の恰好ばしとると?」と「ほら、沈まんばい。本で、コンクリートの船があるち読んだけん。大丈夫たい」と、賢そうに自慢していたひで(英)ちゃんが聞いた。この質問に仙人さんは「うっ?????」と返答に詰まった。そもそも“着の身、着のまま、気の向くまま”の仙人さんは、ファッションには興味がない。なにしろ今着ている物が一張羅なのだから、質問の意味が分からないのだ。とは云っても「たった1枚の羅(うすぎぬ)」と言う事でもなく。上に羽織るマントと云うか大きな風呂敷というか、キャンバス地の布も持ってはいる様だ。「ひで(英)ちゃん意味の無か質問ばせんで」と、鋭く赤毛のマリーが切り込んできた。「そうたい。そうたい。うち(私)達ゃ仙人さんの話ば、早よう聞きたかっちゃけん邪魔せんで」と、一斉に女の子達が責め立てた。「異議有り~」と、ひで(英)ちゃんは、反論しようとしたが「ひで(英)ちゃん。敵陣逃亡ばしてくれ多勢に無勢ばい」と、別の男の子がひで(英)ちゃんの袖を引いた。「りゅう(竜)ちゃんの頼みなら断れんねぇ。良か、前言撤回します。敬礼!!」と、ひで(英)ちゃんが引き下がった。「ほんなら、話ば始めて良かね。今日の話は、海賊の話したい。どげんね?(どうだね?)」と、仙人さんが子供達の顔を眺め廻した。子供達は、もう興味津々の顔を輝かせている。「仙人さん。助平な海賊の話は飛ばしても良かよ」と、すかさず赤毛のマリーが相の手を入れてきた。「ほいほい。助平な海賊も出てくるかもしれんばってん。女海賊も出てくるよ」「わぁ~ぃ!! 早よう話ば始めてっ~」と、女の子達が囃した。独りジョーだけが「オレは助平じゃ無かけん」と、ぶつぶつと膨れている。ジョーの事は無視して仙人さんが話し始めた。「海賊ち言うても、ただの海の泥棒じゃなかよ。海を廻る商売人で、海軍さんでも有るとよ。だけん水軍とも呼ばれとるばい」するとりゅう(竜)ちゃんが「この村には、松浦水軍の子孫も住んどるらしかよ」と言いだした。「誰ね? どこん人?」と、子供達が騒ぎだした。するとジョーが、「きっとカガミん爺ばい」と言い放った。「そうたい。間違いんなか。カガミん爺ばい」と、ひで(英)ちゃんも同調した。「確かに、カガミん爺は、ガバイえすか(とても怖い)もんねぇ」と、りゅう(竜)ちゃんがうなずいた。カガミん爺さんとは、先日ジョー達を、しかり飛ばしていた老いた川漁師の事である。

遠くで物売りの声が響いた。「あ~ほ~、あ~ほ~、箒きゃいらんかんたぁ~」脊振の箒売りの声の様だ。振り売りには、これから良い季節である。竹籠や蓑師、鋳掛屋もやってくるだろう。買い物には竹籠が丈夫で長持ちだから一番だ。稲籾を選別する百姓仕事には蓑は欠かせない。鍋底の穴のひとつや、ふたつなら鋳掛屋に頼めば新品同様だ。これから各村々も行商人の声で賑やかになるだろう。「カガミん爺ちゃんは、良か人よ。やさしかし、手先も器用やけん。竿も網も全部自分で作らすもんねぇ。悪さしかせん、どこかのスイカ頭達とは、大違いやけんねぇ」と、赤毛のマリーが女の子達に同意を求めた。「そうそう。私この前、カガミん爺ちゃんから菱の実ば、いっぱい割ってもろうたよ」と、一人の女の子が言い出した。「うちゃ(私は)川海老の煮つけば諸うたよ」と、言い出す娘もいた。どうやら、この川漁師は女の子には、やさしいようだ。娘でも持っていたのだろうか。そのカガミん爺ちゃんが、越中ふんどしから川の水を滴らせ岸に上がってきた。今日の獲物は何だったのだろう。日に焼けた皺くちゃの肩には柿渋色の網を担いでいる。あれは打網の様である。さあ家船からは夕餉の煙も立ち上り始めた。仙人さんの話も急いで聞かないと川面に夕日も落ちてカラスが鳴き始める。

春風に 淡き夢見る 水の民

~ アクネ(英袮)の港へ ~

いよいよ船出の朝が来た。私とユリ(儒理)に、ハタ(秦)家のイタケル(巨健)と、スサト(須佐人)親子、それにデン(田)家のアタテル(阿多照)と、ハイト(隼人)親子、加太とミヨン(美英)とシカ(志賀)の母娘。テル(照)お婆とアチャ爺の十一人は、すでに小舟で渡船しジンハン(辰韓)船の甲板にいた。天気晴朗で風は緩やかに南西から吹いている。だから今日は絶好の出航日和だ。村の浜では、お祖父様とお祖母様、タマキ(玉輝)叔母さんやハイト(隼人)のお母さん達が手を振り、別れを惜しんでいる。何故かクマト(熊人)の姿が見えない。不貞腐れて家で寝ているのだろうか。それとも、淋しさを紛らわすために、独りクリ坊とでも遊んでいるのだろうか。ちょっぴり可哀想な気もするけど「帰ってきたら心ゆくまで遊んでやろう」と、思いながら山の中腹を見渡し、クマト(熊人)の姿を探して見た。けど見当たらない。やっぱり、引きこもりを決め込んでいるのだろうか? 強がってはいてもクマト(熊人)は、まだ六つの子供なのだ。

 上甲板に立ち、スロ船長は海の彼方を見つめている。そして、おもむろに振り返り「銅鑼を打て」と出港の合図を送った。銅鑼がグワ~ングワ~ンと大きく二度鳴ると船は錨を上げた。漕ぎ手達が声を揃えて沖合に漕ぎ出す。頬に当たる海風が気持ち良かった。ビューッと鳴る帆柱の風切り音も何故か浮き浮きと聞こえる。そして、沖に出るとスロ船長が「帆を張れ」と叫んだ。帆は直ぐに風を孕んだ。するとまもなく風が止んだ。「不思議?!  帆はあんなに風を受けているのに、ここでは風が止んでいる」と、私が感動の声を洩らすと「そう言えばピミファは、まだ大きな帆船に乗った事がなかったなぁ」と、イタケル(巨健)伯父さんが、私の肩を抱き嬉しそうに話しかけてきた。そして「長い間船に乗っているとすっかり麻痺してしまう」と、楽しそうに言った。すると「そうだな。俺も久しぶりにその驚きを思い出したよ。不思議な感覚だもんなぁ」と、ハイト(隼人)のお父さんのアタテル(阿多照)叔父さんも声をかけてきた。「私達、風と一緒に走っているの素敵!!」と、私が言うと「船の上の暮らしと、丘の暮らしとでは随分違うものさ。丘の上では起きない事が、船の上ではしばしば起きるものさ」と、イタケル(巨健)伯父さんが応えてくれた。「でも素敵な事ばかりじゃないぞ。とってもいやな事だって起きるからなぁ」と、アタテル(阿多照)叔父さんが不安な事を言い出した。アタテル(阿多照)叔父さんは、お祖父様の甥になる。そして今は村の漁船団の漁労長だ。最初の人選案では、オウ(横)爺が付いていく話で進んでいた。でもテル(照)お婆とアチャ爺が一緒に行く事になったので「爺婆ばかりが付いて行っても戦力にはならんぞぉ」と、言う事になり、オウ(横)爺の代わりにアタテル(阿多照)叔父さんが乗り込む事になったのだ。その間、漁労長にはオウ(横)爺が復帰する事になった。オウ(横)爺は「年寄りをこき使いよって」と言いながら頬が緩んでいた。「オウ(横)よ。せいぜい年寄りの冷や水を流さん様に気をつけて頑張れよ」と、お祖父様がからかうと「何を兄貴こそ、年寄りの木登りばかりやりよる癖に」と微笑ましい兄弟喧嘩をしていた。五歳違いの老兄弟はいつまでも仲が良い。  初日は慎重に帆を進める事になった。今夜の寄港地はウノ(烏奴)国のアクネ(英袮)だ。アクネ(英袮)から地元の船乗りが乗り込み、黒之瀬戸(くろのせと)を渡り不知火(シラヌイ)海へ出る事になっている。黒之瀬戸の潮流は早く、複雑で地元の船乗りでないと渡れないからだ。ウノ(烏奴)国は千余戸、六千人ほどの山と葦原の国だが良港に恵まれている。中でも一番大きな港町はアクネ(英袮)と言う。小さな河口に広がる港は、目の前に大きな島を据えているので、私達の村の様に、まともに外海の嵐に襲われる事は無い。そして、ここがウノ(烏奴)国の中心でもあり、町はいつも賑わっている。私も以前、お祖母様の御供をしてこの町までは来た事がある。でもその時は丘を越えて来たので、海から港に入ったのは、今日が初めてだ。丘を越えて来た時は、大変疲れていたので気付かなかったけど、本当に穏やかで素敵な港町だ。今夜は、アクネ(英袮)の漁労長の屋敷に泊まる事になった。漁労長は、アタテル(阿多照)叔父さんの知り合いだ。だからとても親切にしてくれた。何でも若い時は、若衆組の競い合いで良く張り合ったそうだ。そして、アタテル(阿多照)叔父さんは、漁労長の奥さんに気があったらしい。だから、漁労長の奥さんがお酌をしてくれると、うつむき加減に顔を赤くしていた。それを見た漁労長が「さては阿多め。まだうちのカミさんに惚れているなぁ」と、からかうと「バ、馬鹿め、子供達の前で何を言う」と、慌てて酒を飲みほした。「そうかぁ~。でも、うちのカミさんが酌をしたら顔が赤くなったぞ」と、漁労長は面白がって更に追い込んだ。「な、何を言う。アクネ(英袮)の焼酎があまりにも旨いから飲み過ぎただけだ」と、アタテル(阿多照)叔父さんが慌てて反論をした。すると、イタケル(巨健)伯父さんまでも「いかん。いかんぞ。旅の初日から飲み過ぎるとはいかんぞ。俺もすっかりお女将さんの酌に顔を赤くしているだけだと安心していたら、飲み過ぎたとは何たる失態だ」と、漁労長のからかいに相乗りしだした。今夜はアタテル(阿多照)叔父さんが酒の肴の様だ。

~ ヘリ(巴利)国の温泉へ ~

二日目の朝も青空が広がった。今日は、ウノ(烏奴)国のアクネ(英袮)を出港し、ヘリ(巴利)国へ向かう。そして、今夜もやはりヘリ(巴利)国の漁労長の屋敷に泊まる事になった。ヘリ(巴利)国の漁労長も、アタテル(阿多照)叔父さんの知り合いだ。そして、若衆組の組頭時代は、競い合いの好敵手だった様である。ヘリ(巴利)国も、ウノ(烏奴)国と同じく千余戸、六千人ほどの小さな国だ。でもヘリ(巴利)国は、海と山と川から成り、平地がとても少ない。海に山が迫り、私の村と良く似ている。更に、山の斜面は私の村の山々より急峻で、人々は、入り江の奥と川のほとりに、這いつく様に暮らしている。でも、私達の村には無い、羨ましい所があった。温泉が湧くのだ。それも羨ましい事に、温泉は二つもあるそうだ。ひとつは、入り江に面した海の温泉。地元では、太刀魚の湯と呼んでいるらしい。数年前の事だが、漁労長が発案し、二十~三十人が入れる大きな湯船を、村人総出で作ったと聞かされた。実はこの発案には、アタテル(阿多照)叔父さんが絡んでいた。ある年にヘリ(巴利)国で、組頭仲間の飲み会が開かれたらしい。その席でアタテル(阿多照)叔父さんが「この温泉を俺の舟いっぱい積んで村に持ち帰りたいもんだ」と、溜め息を吐いて言ったらしい。アタテル(阿多照)叔父さんは、ヘリ(巴利)国の温泉を、とても気に入って羨ましがったのだ。それを聞いたヘリ(巴利)国の漁労長が「それは面白い。良し、湯をたっぷり入れた大きな舟を造ろう」と、思い立ったそうである。もちろん、ヘリ(巴利)国の若衆組も大賛成し、大いに盛り上がった様である。そして、太刀魚漁に使っていた老朽船を改造し、この湯船が完成したのだ。だから皆、太刀魚の湯と呼ぶのだ。確かに、漁で疲れた身体を、湯船に沈めて夕陽を眺めていれば、素敵な気分になれるだろう。そして、きっと、明日も頑張れるだろう。だから、ここは、漁労長自慢の湯なのである。もう一つは、川を溯った山間にある温泉である。四~五人も入れば、いっぱいになる小さな岩風呂の温泉だ。今の時期なら、カジカ蛙の鳴き声が聞こえているかも知れない。初夏には、蛍がたくさん舞うそうだ。地元では、媛髪の湯と呼んでいる。艶やかな黒髪の様な清流と、優しく肌を包み込む泉質なので、そう呼ぶらしい。そして、もっぱら女達が利用する。だから、ここは海女達の湯なのである。

ジンハン(辰韓)船は、船足が速いので、本当はもっと遠くまで行ける。だけど、潮待ちをする為に、ヘリ(巴利)国の港で一泊する事になった。そこで、男達は、漁労長自慢の海の温泉で、今日も大宴会だ。シカ(志賀)と、ミヨン(美英)親子。私に、ユリ(儒理)と、ハイト(隼人)それに、スサト(須佐人)の五人の子供達は、テル(照)お婆と一緒に山間の海女達の湯に行く事にした。何しろ美人に成れる湯なのだ。案内は、ハル(波留)と言う地元の老婆が買って出てくれた。ハル(波留)お婆も海女である。そして、お肌つるつるだ。歳は、テル(照)お婆と一緒位で、五十路半ばだろう。でも、既に九人の子供と、四十五人の孫がいるそうだ。たくましい肝っ玉婆さんである。帰りは、夜道になるのだけど、このハル(波留)お婆が付いていれば、怖いものは無い。静かな林の中の湯に着くと、山の民の小屋掛けがあった。でも、人の気配はしない。中には作りかけの竹の籠と材料の竹があった。ハル(波留)お婆が「おや?メラ爺は、どこに行ったのだろうかね」と、辺りを見回していた。どうやら知り合いらしい。メラ爺は、漁で使う仕掛けや、魚籠を竹で作っているそうだ。そうやって川沿いに山々を渡り歩き、生計を立てているらしい。しばらく待っていると、メラ爺が返ってきた。肩にはウサギと雉を掛けている。どうやら夕食を獲りに行っていた様だ。「おうハル(波留)お婆じゃねぇか。また孫が増えたのかい」と、言いながらメラ爺は、私達を見た。「いいや、ジンハン(辰韓)国のお姫様じゃよ」と、ハル(波留)お婆が応えると「おう~それは調度良かった。姫様には、ぜひ、このウサギと雉をめしあがっていただこうかのう。姫様や、爺がこのご馳走を捌く間、ゆっくりとそこの湯に浸っておいやっせ」と、湯船に向けて手を振った。私達は運が良い。ワクワクしながら岩に囲まれた小さな湯船に浸かった。大人なら四~五人も入ればいっぱいになる湯船である。だけど子供五人に、大人三人なので、皆で仲良くお湯に浸かる事が出来た。でも、ここにクマト(熊人)がいたら歓喜し暴れ回って、とても皆で仲良くお湯に浸かる事なんか出来なかっただろう。今頃、クマト(熊人)は独りでおとなしくしているだろうか。岩の湯船には、清流がうまく引きこまれていて、お湯は調度良い温かさだった。温泉の臭いと、優しい湯触わりで、私達は、充分温まりメラ爺の小屋に戻った。すると、調度ご馳走が出来上がっていた。いつも海の幸ばかり食べているハイト(隼人)は、恐る恐る雉の肉を口にした。そして「うお~」と、雄叫びをあげると「何じゃこりゃ~」と、身体を震わせ始めた。「ハイト(隼人)! 大丈夫!」と、云うと深いため息をついて一言「こりゃぁ~美味すぎる!!」と言った。焚き火の炎が、ハイト(隼人)の瞳に映し出されて、ゆらゆらと怪しく輝いている。肉食は、ハイト(隼人)にとって、最高の神秘体験だった様だ。メラ爺は笑いながら「そげんに驚くほど美味しいかとね。そんならワシの分も食べんしゃい」と言って、ハイト(隼人)の手元に、メラ爺の肉を放り投げてくれた。お礼を言うのも忘れてハイト(隼人)は黙々と食べ続け、深い満足感に浸っていた。「それなら、ハイト(隼人)は、海の漁師を止めて、山の猟師なるか?」と、スサト(須佐人)がからかった。「それも良かね。海の漁師はスサト(須佐人)兄ちゃんにまかせたけん」と言い食べまくった。そんな無礼なハイト(隼人)に、メラ爺は、嬉しそうな眼差しを向けていた。ふと見ると、ささやかに蛍の光が舞っている。「さぁそろそろ帰るよ」と、ハル(波留)お婆が腰を上げた。皆が帰り仕度を済ませると、渋々ハイト(隼人)も腰を上げた。森の中は、もう闇に包まれている。でも、今夜は月夜だ。月明かりの山道でも、ハル(波留)お婆がいれば道に迷う事はない。別れ際に「お爺さん、ご馳走になりました。これはお礼です」と、スサト(須佐人)が腰の袋をメラ爺に手渡した。袋をそっと開き中身を見て、メラ爺の目が輝いた「こんな良い物をお礼にくれるのかい」と、驚いてスサト(須佐人)に、深々とお辞儀をした。袋の中身は、桜色を帯びた大きな岩塩であった。これでハイト(隼人)の無礼は帳消しだ。帰りながら「あんな珍しい物どうしたの」と、聞くと「祖父ちゃんが、この前の旅から帰った時、土産にくれた」とスサト(須佐人)は、さばさばとした表情で答えた。私も、以前カメ(亀)爺にあの岩塩を見せて貰った事がある。海から採る塩は珍しくないけど、山で採れる塩の岩は、本当に珍しかった。そんな貴重なものを、いくらご馳走になったからと言って、ぽんとお礼に差し出すスサト(須佐人)に私は驚いた。その上「欲しくなったら自分で採りに行くさ」と、さらりと言った。大人になればスサト(須佐人)は、海を廻り様々な国の品物を手にして来るのだろう。やっぱりカメ(亀)爺の孫である。

 月明かりの下を、夜更け近くに港に戻ると、大人たちは、もう酔いつぶれて、浜辺で寝ていた。夜風が南から吹いて来た。明日は天気が崩れそうだ。キ(鬼)国への船旅は、大丈夫だろうか。不安になってテル(照)お婆と話していると「大丈夫さぁ。ここらは内海だから、姫様の国の海が、大波で荒れていても、私らの海は泳げる位の波さぁ」と、ハル(波留)お婆がにっこり笑いながら教えてくれた。それに、キ(鬼)国まで陸路を行けば、途中何か所も険しい山道が有り、三~四日はかかるらしい。だから、「多少船が揺れても、ず~っと船旅の方が、安全で楽ばい」と、ハル(波留)お婆は言う。ハル(波留)お婆は、この先三つある大きな峠の、中の村から嫁いできたらしい。随分前の事らしいが、父様が、山で大けがをした為、様子を見に、里帰りをする事になったそうだ。しかし、知らせが来た直後から、大嵐で舟が出せない日が何日も続いた。そこで、仕方なく峠を越えて、里に帰ったが、とても大変だったらしい。「山の道は、慣れないと恐ろしいよぉ~。怖い獣もいっぱい居るしねぇ~。メラ爺ほど山道に馴れた者ならいざ知らず、私らにぁ海の道ほど、楽で安心な道はないさねぇ~」と、ハル(波留)お婆は言った。嵐の海は怖ろしいけど、波が穏やかな海の上なら、確かに、険しい山をいくつも越えて歩くよりずっ~と楽なのは間違いない。イト(伊都)国までは、そんな波静かな内海を巡って行くそうだ。だから、しばらくは私達の旅も安楽である。そう想いながら私はぐっすりと寝た。

~ キ(鬼)国の河童の大将 ~

夜が明けると、空は鈍よりとしていた。風も出てきたが、ハル(波留)お婆が言う様に波は高くない。いよいよ船出と云う時、山の方から、メラ爺が何やら手に提げて走って来た。「あぁ~間に会って良かった。これを若大将に渡そうと思って、急いでやって来たんじゃよ」と息切らせている。そして、メラ爺がスサト(須佐人)に渡したものは、干した海老の様である。「あれっ? 鹿の肉じゃないのかい」と、ハル(波留)お婆が言うと「はじめは鹿の肉にしようかと思ったが、この前、あんたに貰ったアカアシエビの事を思い出してなぁ。若大将に貰った珍しい物のお返しには、珍しい物が良かろうと思って、山の峰まで取りに行ったんじゃ」と、メラ爺は答えた。大人の手のひらを広げても足りない程の、大きなアカアシエビは、背から綺麗に開いてある。そして、少し香ばしい匂いがする。「あれ~っ? 私らの干し物とは違うね」と、海女のハル(波留)お婆が言うと「あんたに貰って直ぐになぁ。松の木と、桜の木で燻したのさ。それから、山の峰の天日で、五日干す予定じゃったが、今日は四日目じゃ。後1日欲しかったが、船は、今日出るでなぁ。ばってん、もう虫に食われる事ぁなかろう。ほれ!!姫様や」と、メラ爺は、竹籠を私に手渡してくれた。中には、同じアカアシエビの燻製が沢山入っていた。スサト(須佐人)は「これは珍しい物をありがとうございました」と、深々お辞儀をした。竹籠を覗き込んだハル(波留)お婆が「あれ、私がやった物を全部あげるのかい。気前ん良かねぇ」と、メラ爺を煽てあげた。やがて銅鑼が大きく鳴り響き、船はヘリ(巴利)国を離れた。

 昼を過ぎると、雨脚は、だんだん強く成って来た。そして、その雨音より大きな怒鳴り声が、船倉から響いて来た。何事だろうと思っていると「船長、この餓鬼が俺の昼飯を食いやがった。こいつぁ密航してやがったんだ。許せねぇぞう。俺の昼飯泥棒めっ。今から帆柱の天辺に吊るしやしょうぜ」と、怒りながら、小さな子供を、スロ船長の前に引きずってきた。そしてその密航者は、何とクマト(熊人)だった。飲まず食わずで、こっそり船倉に隠れていた様だ。しかし、三日目に成り、空腹に我慢できず、厨房に忍び込み、船員の昼飯を盗み食いしたのだ。「よぉ~し、密航者なら帆柱に吊るして干物にしよう」と、スロ船長が、クマト(熊人)を睨みつけた。クマト(熊人)は、すっかりおびえて、泣きだしそうである。昼飯を食べられた船員が「程よく干物になったら、俺が昼飯の代わりに食ってやる」と、更に脅かした。ついに、クマト(熊人)は「わぁ~い。俺は、美味しくないよぉ~。俺は、全然美味しくないよぉ~」と、泣き出してしまった。船員とスロ船長は、顔を見合わせにんまりと笑うと、テル(照)お婆に「タロイモと一緒に煮てくれんかね。それと、出し汁はフカヒレで取ってくれ」と言った。すると「大の大人が、あんまり子供をからかったらいけないよ」と、テル(照)お婆がたしなめた。クマト(熊人)は、テル(照)お婆にしがみつき「俺は、美味しくない。俺は、絶対美味しくない」と言いながら泣きじゃくっていた。スロ船長は真顔になり、イタケル(巨健)伯父さんを振り返ると「このまま連れて行きますか?」と聞いた。そして「可哀そうだが、キ(鬼)国で下して村に帰します」と、イタケル(巨健)伯父さんは答えた。私は、アカアシエビの干物を、クマト(熊人)の鼻先に差し出した。すると、クマト(熊人)は、皮もむかずにアカアシエビの干物にむしゃぶりついた。

 そぼふる雨の中、ジンハン(辰韓)船は、夕暮れ時にキ(鬼)国の港に入った。辺りは葦が生い茂り、その先には広い畑が広がっていた。この広い平野に、四千余戸、約二万四千人の民が暮らしているそうだ。そして、港は大きな川の河口にあった。私は、生れて初めてこんな大きな川と港町を見た。でも、この川の上流には、もっと大きな国があるらしい。川には、大きな丸太を組んだ筏が、一面に浮かんでいた。筏に乗せて、川の上流から珍しいものが沢山集まって来る。その山の幸と、周辺の海の幸を積んだ船が、この港から、他国との間を行き来する様である。だから、イタケル(巨健)伯父さんの知り合いも多い。イタケル(巨健)伯父さんは、上陸するとクマト(熊人)を伴って、河童の大将という人に会いに行った。河童の大将とは、キ(鬼)国の船乗りの頭領らしい。畑を耕して暮らしている人々は、船乗りの事を、『河童』と呼ぶそうだ。だから河童の大将は、皆が親しみを込めて呼んでいるあだ名の様だ。河童の大将の本当の名は、サラクマ(沙羅隈)と言うそうだ。もともと、ジンハン(辰韓)国の隣に有るマハン(馬韓)と云う国の人らしい。私達は、船を下り、港の奥にある不知火(シラヌイ)という変わった名の船宿に向かった。雨が降っていると言うのに、港町は、大勢の人でにぎわっていた。開け放たれた居酒屋の中では、大勢の船乗りが酒を飲み騒いでいた。奥の方から、何やら不思議な旋律が流れて来た。物悲しい調べだけど、心がとろける様なその音楽に、私は思わず足を留めていた。「何やっているだぁ~。ピミファ~。置いて行かれるよぉ~」と、スサト(須佐人)の呼ぶ声に、私は我に帰り、皆の後ろ姿を追った。皆はもう、百歩程先の街角を曲がろうとしていた。ところが「美味しそうな匂いでもしているのかい」と言いながら、アタテル(阿多照)叔父さんが、ハイト(隼人)と引き返して来た。「ううん。そうじゃない。素敵な音楽が聞こえてくるの」と、私が答えると「いや旨そうな匂いもして来る」と、ハイト(隼人)が、勝手に居酒屋の中に入っていった。「おいこら! 子供が勝手に一人で入る所じゃ無なかぞぉ」と、ハイト(隼人)を追って、アタテル(阿多照)叔父さんまでも中に入ってしまった。どうしようと、戸惑っていたら、加太を先頭に、皆が引き返して来た。「おい。自由気ままなピミファお姫様めっ!!何をやっているんだぁ。いくら小雨でも、ぼーっと、突っ立ていたらびしょ濡れになるぞ」と、加太が少し怒って近づいてきた。「ハイト(隼人)と、アタテル(阿多照)叔父さんが中に……」と、私が言うと「何だぁ~。宿に着いてから飯にする約束だぞぉ。食い意地の張った奴らめっ。引きずり出して来てやる」と、加太は勢い立ち居酒屋の中に入ろうとした。すると「仕方ないさぁ。ハイト(隼人)は、背に腹は代えられない性分なんじゃから。加太殿、堪えてワシ等だけで、荷物だけでも宿に運ぼうぞ」と、アチャ爺が言い出した。「う~ん仕方ない。しかし、こんな天気だから、荷物は男達だけで運ぼう。ピミファに、シカ(志賀)とミヨン(美英)も先に店に入って待っていろ。テル(照)お婆、皆を頼んだぞ」と、加太が妥協し、アチャ爺とスサト(須佐人)にユリ(儒理)の四人の男達は、私達の荷物も持って宿に向かった。

 私達は、テル(照)お婆を先頭に、恐そる恐そると云う足取りで、居酒屋の中に入って行った。店の中は、既に酔った荒くれ男達でごった返していた。無礼にも、美人のミヨン(美英)に言い寄ってくる酔っぱらいまでいる。テル(照)お婆が、そんな酔っぱらい供をうまくあしらいながら、空いている席を探し、店の奥に向った。するとハイト(隼人)が「こっち、こっち」と、奥から手招きしている。その席には、アタテル(阿多照)叔父さんの他に、既に五~六人の大男達の後ろ姿があった。その見慣れた後ろ姿の一人は、スロ船長だった。スロ船長が振り返り「さすがに大酒飲みの娘だけあって、おむつが取れたばかりなのに、もう酒を飲みに来たのかねぇ」と、私をからかった。「だって酒は百薬の長なんでしょ」と、私が言い返すと「う~む、アダラ(阿達羅)兄貴に似て弁も立つ。本当に憎たらしいお姫様よぉ。参った。参った」と、スロ船長は笑いながら、私を膝の上に抱きあげ、豪快に酒をあおった。私は、「年頃の娘に何て事するの」と、言いたかったが、大男の船長の膝の上は、柔らかくて座り心地が良かった。だから私は、素直に船長の膝の上で、美味しそうな物に目を走らせた。でも酒の肴ばかりである。私が不満げにそう言うと、船長は店員を呼び「老いても益々美しい料理の女神様と、今を盛りの美女二人に、この店で一番のご馳走を出してくれ」と言いながら、テル(照)お婆とミヨン(美英)を席に招いた。美女二人のひとりは、私の事を言ったのかしらと、船長の事を少し見直してあげた。そして更に「おうもう一人天女がいたぞ」と、シカ(志賀)を見つけると、私と同じ様に、もう一方の膝の上に抱きあげた。私とシカ(志賀)は、スロ船長の膝の上で、仲良く酒の肴を食べ始めた。程なく先ほどの不思議な旋律が流れ出して来た。そして紛いも無い本物の天女が舞い始めた。青い異国の服を纏ったその天女は、ゆっくりと魅惑的に身体をひねりながら踊りだした。それは、巫女の舞とは違う官能的な踊りだった。そして、先ほどまで、怒涛の様に鳴り響いていた酔っぱらい供の叫び声も影を潜めた。男達は、美酒に酔いしれているかの様に、恍惚とした表情で天女の舞に見入っている。いつの間にか加太達も到着し皆席に着いていた。やがて舞いが終わり、店に再び喧騒が戻って来た。そして、驚いた事に舞終わった青い天女が私達の席にやって来た。天女は席に近づくと「色男のスロ船長は、妖精さんにも好かれている様ね」と、スロ船長の肩にそっと手を置いた。すると、突然スサト(須佐人)が直立不動で突っ立ち、片手を天女の前に差し出した。そして「ぼ、僕はスサト(須佐人)と言います。以後よろしくお見知りおきください」と、真っ赤な顔をして大声を張り上げた。その様子を見ていた店中の酔っぱらい供は、今にも吹き出さんばかりである。その中の若い男が「おい若大将。お前は勇気があるなぁ。ひとつ注意しておくが、ラビア姫に言い寄った男供は皆~な河童に肝を抜かれてなぁ。このユウバガワ(木綿葉川)に浮かぶ事になっている。このあたりでその事を知らねえ船乗りは一人もいねぇよ」と、スサト(須佐人)を脅かした。すると意外な事に「スサッチ、私の事忘れたみたいね? 昔あれだけ遊んであげたのに」と、天女のラビア姫がスサト(須佐人)の頬をつねった。スサト(須佐人)はポカンと呆けた顔になっている。そこへ「スサッチ大きくなったなぁ」と図太い男の声が響いた。そして、スサト(須佐人)は、声の主の大男に持ち上げられた。まるで幼子を高い高いとあやす様に軽々とである。スサト(須佐人)は、更に呆けた顔になっている。「お父様、薄情者のスサッチは、私達の事なんかすっかり忘れている様よ」と、ラビア姫が膨れ顔で言った。「何ぃ~。あれだけ、俺の顔に小便かけたのにかよぉ。この薄情者の倅めがっ」と、大男は、スサト(須佐人)の顔に、その髭面をすりすりしている。スサト(須佐人)は、完全に忘我の世界に入ってしまった。「サラクマ(沙羅隈)叔父貴よ。勘弁してくれ。あの時、こいつは乳ばなれしたばかりだったから記憶に無いのさ」と、イタケル(巨健)伯父さんの声が聞こえた。「そう言えば、私もちょうど十歳になった時だったから、スサッチはまだ三つかぁ~。う~ん、じゃぁ覚えて無くても仕方ないか。良し、許してあげる」と、ラビア姫は、スサト(須佐人)の首根っ子を右手の脇で締め上げ、左手でやさしくおでこをパッチンと叩いた。店中の男達の羨望の眼差しが、スサト(須佐人)に注がれた。誰かなしに「いいなぁ~、俺もラビア姫にあんな事してもらいたぁ~い」と、つぶやいた。「誰がお前なんかにそんな事するもんかい。もし可能性があるとしたら俺様だろう」と、言い出した男がいた。更に「寝ぼけてんのかお前、そんな事されるなら俺様に決まっているだろう」「いいや、俺だ。俺だ」と酔っぱらい供が言い争いを始めた。すると「うるせぇ~。お前らラビアに手出したら、尻つの穴から手いれて、肝っ玉引き抜いて、ユウバガワ(木綿葉川)のアユの餌にしてやるぞぉ~」と、河童の大将サラクマ(沙羅隈)親方が、すざましい血相で怒鳴りあげた。「は~い。分かってま~す。でも、あんまりスサッチがうらやましかったもんでつい。すいまっしぇ~ん。もうしましぇ~ん」と、男達は素直に酒を飲み始めた。「ところで、イタケル(巨健)よ。アダラ(阿達羅)王の姫様と、王子様はどの子じゃね」と、サラクマ(沙羅隈)親方は言いかけて「いやいや待てよ。当ててやるぞ。う~む。王子様はこの子じゃな。アダラ(阿達羅)王にそっくりだわい」と、ユリ(儒理)に向き合い「よろしく、ユリ(儒理)王子」と、礼儀正しく会釈をした。そして、スロ船長の膝に抱かれた私とシカ(志賀)を見つめ「確か、姫はスサッチと同じ歳だった筈じゃから。この娘がピミファ姫じゃな。よろしくお姫様」と、私にも丁寧に会釈をしてくれた。サラクマ(沙羅隈)親方は、ジンハン(辰韓)国の隣のマハン(馬韓)国の人だと聞いていた。が、とてもマハン(馬韓)人には見えなかった。スロ船長は、ピャンハン(弁韓)国の人だと聞いた。でも、ジンハン(辰韓)人も、マハン(馬韓)人も、ピャンハン(弁韓)人も、漢人だって見かけだけでは中々分からない。だから、話し言葉や服装や髪形で、どの国の人か見分けるしかない。サラクマ(沙羅隈)親方は、私達やスロ船長よりも、どちらかと言えば加太に似ていた。異人種なのである。親方の手下達も異人が多い様だ。でも、肌の色が加太とは違い、南洋人の様に浅黒かった。長いまつげの二重の眼は、ギョロ目である。そして、加太の様に、青い南の海の様な瞳である。ただし、加太が言うには、加太の本当の瞳の色は金色らしい。龍人の瞳は金色らしいのだ。加太によると「寝ている隙に、金の玉と間違われて、目玉取られちゃうと困るだろう。だから、ラピスラズリの顔料で染めているのさ」と言う事である。龍人の血を引く私の目も、時折金色に光っているのかしら? 自分の眼の色は、自分で見えないから今度誰かに聞いてみるしかない。しかし、サラクマ(沙羅隈)親方の青い眼は、ラピスラズリの顔料で染めている様には見えない。きっと青い空と、青い海ばかり見て暮らして来たのかも知れない。私が、興味津々の眼差しでサラクマ(沙羅隈)親方を見ていると「ピミファ姫や、ワシに惚れても駄目だぞ。ワシには、スロ船長の手足の指を借りて数えても、まだ、足りない位に大勢の子供達がおるからなぁ」と言ってきた。すると空かさず「そりゃ無いなぁ。ピミファ姫は、ただ女好きのスケベぇ河童が珍しくて見ているのさ」と、スロ船長が、サラクマ(沙羅隈)親方に言い返した。サラクマ(沙羅隈)親方も負けじと「何を言うかスロめぇ。ケイカイ(鯨海) で一番の女たらし海賊にゃ。まだまだワシも敵わんぞ」と言い返した。するとスロ船長は「子供の数さえわからん程の種付け河童にゃ。俺の方が負けるさ」と応戦し、二人はニタリと顔を突き合わせて、褒め殺し合いを始めた。その様子を見かねたラビア姫が「みっともないわよ。スケベぇ親父が二人で言い争っても、勝利の女神は、そっぽを向いているよ」と、二人の戯れ合いを止めさせた。そこで、スロ船長が「ラビア姫がそう言うなら仕方ない。この聖戦は、年下の俺が負けた事にしておこう」と、敗北宣言をした。サラクマ(沙羅隈)親方は「えへへへへ。勝ったぞぉ~」と、大人げ無い笑顔で、両手を突き上げ勝利宣言をした。呆れ顔で二人を見つめるラビア姫を見て、私はラビア姫の瞳は、緑色をしている事に気が付いた。まるで神秘の森にたたずむ泉の様な色である。青い絵の具に黄色を混ぜて行くと緑色になる。もしかしたら、ラビア姫の母ぁ様の瞳の色は黄金色だったのかしら?

ラビア姫が、スロ船長の横に座って「さぁどんどん飲んで」と、お酌をした。すると「おう、皆でどんどん飲んで、ラビア姫の金倉を、いっぱいにするぞぉ」と、スロ船長が気勢を上げた。ラビア姫は、ここの居酒屋の女将の様だ。私より六歳しか違わないのにもう商売をしているなんてすごい。ラビア姫が、綺麗な緑色の瞳で私を見つめ「呆れた酔っぱらい達でしょう。でも仲良いのよ。スロ船長とお父様」と、話しかけてきた。私は「えぇ。じゃれあっている様でしたから」と、弾んだ声で答えた。ラビア姫は屈託なく笑いながら「あはは……誰にでもわかるよね。酔っぱらうと、本当に二人とも子供みたいになってしまうのよね。憂さ晴らしも兼ねているのよ」と、説明してくれた。だから私も「酒は心の箒とも言うそうです」と、物知りな所を披露した。ラビア姫は私の期待を察して「ピミファ姫は本当に物知りね。どこでそんなに勉強したの?」と、感心した様子で言ってくれた。だから私も素直に「加太に教わりました」と、種明かしをした。するとラビア姫が「不思議な人ね。加太様って。あの人は、お父様の国よりもっと西の国の人じゃないかしら」と、意外な事を言い出した。私は俄然好奇心が高まり「サラクマ(沙羅隈)親方は西の国の人なんですか?」と聞いた。ラビア姫は予期しなかったのか「あぁ~お父様の国の事?」と、二重の綺麗な目を見開いて私を見つめた。私はドキドキしながら「加太は色んな不思議な事を教えてくれるけど、自分の事はあまり教えてくれません。加太に教えて貰ったのは『自分は龍人の生き残りだ』なんて言う馬鹿な話位です」と、ラビア姫との会話を楽しんだ。「信じてないの?」と、ラビア姫が聞いてきた。私は「いえ弟子ですから信じています。私も龍人の血を引いている様ですから」と答えた。するとラビア姫は驚いた様に「へぇそうなの。だからピミファ姫の瞳は琥珀色なのね」と言った。私は逆に驚き「えっ! 私の瞳は、琥珀色なんですか」と、聞き返した。「知らなかったの?」と、ラビア姫が笑いながら言った。私は憮然とした口調で「えぇ、今まで誰も教えてくれなかったので」と、答えた。ラビア姫は私が気落ちしない様に「琥珀色の瞳は『狼の瞳』とも呼ばれていて、とても強い力を持つ人が多いそうよ」と言ってくれた。でも私は不安になり「不気味じゃありませんか?」と聞き返した。するとラビア姫は「う~ん。心が邪な人は、その瞳で見つめられると、凍りついてしまうかも知れないね」と言った。やっぱり私の眼は不気味なのだ。私だけ不気味だと思われているのは悔しいので「加太の本当の瞳の色は金色らしいです」と付け加えた。ラビア姫は「金色の瞳は私も見たことないわ。赤い瞳の人なら一度だけ見た事があるけどね」と、思わぬ答えを返してきた。私は驚いて「えっ! 赤い瞳の人もいるんですか」と聞いた。ラビア姫は「ず~っと西の外れの北の大地の人よ。真っ白い長い髪に、真っ白い肌の人だったわ。だから、加太様も、お父様の国よりもっと西の人かも知れないわね」と、教えてくれた。この世には色んな人種がいる様だ。龍人どころか狼人がいたっておかしくない。そして私は「へぇ~、加太がサラクマ(沙羅隈)親方の国より、もっと西の国の人だと言う事も今知りました。この世はとても広いんですね」と、興味を募らせながらラビア姫を見た。ラビア姫は楽しそうに「ピミファ姫は利口な子ね」と言ってくれた。すっかりラビア姫に親しみを覚えた私は「姫はいりません。ピミファと呼んでください」と言った。ラビア姫は素直に「うん、そうする。だからピミファも敬語はやめて」と言ってくれた。私は「は~いじゃなかった。うんそうする」と答えた。「本当に素直で可愛い子ね」と言いラビア姫は、この世の広さを私に語り始めた。「この国は、世界の東の外れにあるの。そして北に行くと、ジンハン(辰韓)・マハン(馬韓)・ピャンハン(弁韓)の三つの国があるのは知っているよね」と、説明を始めた。私は「ええ、ジンハン(辰韓)国が父様の国なので。でも、その先にも国があるの?」と聞いた。ラビア姫は先っきまでより更に親しみを込めて「うん。たくさんある。でも今日は西の国の話をするね。ここから海を越えて西に行ったら漢の国があるの」と、教えてくれた。私も「私の母ぁ様の先祖はそこから来たの」と、ラビア姫に教えた。「へぇ~ピミファは、漢人の血も流れているんだぁ。じゃぁ、もう分かっているだろうけど、私にはその漢よりもっと西域の人の血が流れているのよ」と、ラビア姫は、自分の生い立ちにまつわる話を聞かせてくれた。「じゃぁ、あの踊りは西域の音楽と踊りなの」と、私は聞いた。「そうよ。お祖母様に習ったの。私は、お母様の顔を知らないの。私が生まれてすぐに亡くなったからね。だから私は、お祖母様に育てられたの」と、意外な境遇を教えてくれた。だから私は「えっ! ラビア姉様も」と、少し嬉しい声を響かせた。すると「ああ、姉様と呼んでくれた」と、ラビア姫が私の手を取って言った。私は「ああご免なさい。つい」と、まごまごと口籠もってしまった。でもラビア姫は「いいの。いいのよ。うれしいわ。ピミファもお母様がいないの?」と、更に両手を重ねて聞いてきた。私は「八歳の時だったから……顔は覚えているけど……」と答えた。すると「良かったね。顔、覚えていられて」と、ラビア姫が微笑んだ。「うん」と私が答えると「私達、似ているね。本当に姉妹になれるかも知れないよ」と、ラビア姫は答えてくれた。私は有頂天になり「えっ良いの。ラビア姉様って呼んでも」と、声を張り上げた。「うん。いいよ」とラビア姉様は私を抱きしめてくれた。今日、私に二人目の姉が出来た。ラビア姉様と話していると、不思議な事に、ヒムカ(日向)は生きていると思える様になった。きっと、ラビアと、ヒムカ(日向)と、私は、神様が選んでくれた三姉妹だ。だから神様に呼ばれるまで誰も死にはしないと信じる事にした。

~ シマァ(斯海)国の女族長 ~

四日目の朝は、水平線の彼方まで晴れ間が広がっていた。港では、ラビア姉様とサラクマ(沙羅隈)親方の一族が見送ってくれた。ラビア姉様に手をひかれたクマト(熊人)が淋しそうにうなだれている。そして、もう一方の手には、アカアシエビの燻製を四尾ぶら下げている。スサト(須佐人)が、私達四人の代わりだと言ってクマト(熊人)の手に握らせたのだ。ハイト(隼人)は、ジンハン(辰韓)国の土産は何がいいかと、クマト(熊人)にじゃれついていた。でも、次にいつ会えるか分からないユリ(儒理)とクマト(熊人)は、言葉を交わすどころか目も合わせないでいた。陽気なクマト(熊人)も、ユリ(儒理)との再開は無い様に思えたのだ。会えなければ死に分かれるのと同じだ。二人とも涙を堪えるのに精いっぱいなのだ。

今日は、ユウバガワ(木綿葉川)の流れに乗って、海に乗り出し、潮流に押し流される様にシマァ(斯海)国へ渡る予定らしい。「穏やかな海なので、のんびりと気持ち良い旅になるだろう」と、スロ船長が言っていた。そして、宿を出る時、亭主が「こんな穏やかな日の夜は、海面に鬼火が立つ」と、教えてくれた。最初は、ぼう~っと二つ三つの鬼火が出て時間が達つと、どんどん増えるらしい。「山の中腹から見るのが一番奇麗ばい」と、鬼火だというのに、怖がる様子もなく亭主は、話してくれた。そして「シラの鬼火を一つ見ると、一つ長生き出来るらしかばい」と、付け加えた。あの不思議な屋号の不知火(シラヌイ)が、その鬼火の名前だそうだ。「次に来んっしゃった時は、ぜひ不知火(シラヌイ)ば見に行きまっしょね」と、陽気な亭主が皆を誘ってくれた。今思えばあの亭主もクマ族だったのだろうか。

私は、ラビア姉さんに貰った木綿鬘(ゆうかずら)と、木綿襷(ゆうだすき)を振って別れを惜しんだ。木綿(ゆう)は、コウゾの木の皮をたたいて作った糸で織られている。この川の名前の様に、この港は木綿の輸出が盛んな港で、サラクマ(沙羅隈)親方の扱う商品の半分が木綿らしい。そういえば、入港した時も、川沿いの田畑に、木綿の鉢巻きを巻いた人がたくさんいた。でも、ラビア姉さんに教わったキ(鬼)国の話の中で一番驚いたのは、木綿を作っているのは、クマ族だと言う事だった。更にそればかりではない。あの木綿の鉢巻きを巻いた村人も、皆クマ族だと言うのだ。でも、母ぁ様を殺し、ヒムカ(日向)とタケル(健)をさらった、あの憎きクマ族とは、とても思えなかった。そして、あの陽気な宿の亭主の様に、クマ族にも色んな種族がいるのだろうかと考えさせられた。

天気が良いので、お昼は、上甲板で食べる事になった。今日のお昼は、サラクマ(沙羅隈)親方が持たせてくれた鮎の鮓(すし)だ。そして、この鮎がとても大きい。脂がのってまるまるとしており、私のふくらはぎ位に大きい。それに酢飯がついている。だから私は半分でお腹いっぱいに成ってしまった。もちろん残りの半分は、ハイト(隼人)のお腹の中に収まっているのだ。お腹も満たされ、昼過ぎになると睡魔が襲ってきた。夏空の下、心地良い海風に吹かれながらウトウトとしていると、やがて右手にヤマ国(邪馬)の岬が見えてきた。そこもクマ族の土地らしい。千余戸、六千人ほどのクマ族が暮らしているそうだ。出航してからず~っと不知火(シラヌイ)海の左岸に見えていたクシ国(躬臣)の岬もどんどん近付いてきた。もうすぐ大戸之瀬戸と云う海峡を渡る様だ。黒之瀬戸と並び立つ難所で今回も地元の船頭が乗り込んでいる。もちろん、サラクマ(沙羅隈)親方が選んでくれた河童衆の精鋭だ。大小様々な島は、奇岩や見事な松を茂らせ、照りつける日射しを涼やかに跳ね返している。そして船先に渦巻く白い波しぶきは、まるで島々を包み込むかの様に輝いている。でも、ここは船乗り達には息もつけない難所らしい。しかし、ただ乗っているだけの私達には、歓声を上げたくなる位に素晴らしい景色だった。「こんな海を多島海と云う」と、スロ船長が教えてくれた。スロ船長の国も、こんな多島海に囲まれている様だ。

狭い海峡を抜けると、再び広くて穏やかな海に出た。ここはツクシノウミ(筑紫海)と呼ばれている。私達は、このまま西へ向かい、夕暮れ前には、シマァ(斯海)国の港に入る。でも、もしこのまま北に向かうと、千歳川と言う大きな川の河口に入るらしい。「ユウバガワ(木綿葉川)より少し大きいかも知れない」と、イタケル(巨健)伯父さんが教えてくれた。そして今、カメ(亀)爺は、この千歳川の港に暮らしていると聞いた。本当は、千歳川の港が、カメ(亀)爺の商売の拠点地の様なのだ。だから、イタケル(巨健)伯父さんは、何度もツクシノウミ(筑紫海)を行き来した事がある。イタケル(巨健)伯父さんの母ぁ様であるハク(帛)お婆は、私達の村には住んでいない。何度か私達の村にも来た事はあるので、私も顔は覚えている。理知的な顔立ちの美人だった。私には、河童のカメ(亀)爺と、凛々しい美しさのハク(帛)お婆とでは不釣り合いに見えた。が、ハク(帛)お婆の方がカメ(亀)爺にぞっこんだったらしい。男と女の愛想は、未熟な私にはまだ分からない。それに、何故ハク(帛)お婆が私達の村で暮らしていないのか、その大人の事情も、私には分からない。ヒムカ(日向)の話だと、ハク(帛)お婆には、千歳川からあまり離れる事が出来ない、大事な役目があると言う事だ。だから、スサト(須佐人)が、船旅に耐えられる歳になった頃に、孫の顔を見せ様と、親子で千歳川を旅した。ところが、その旅の帰路で、タマキ(玉輝)叔母さんが、流行り病にかかってしまったらしい。そこで、何とかキ(鬼)国まで辿り着き、サラクマ(沙羅隈)親方の屋敷で、三月ほど世話になった様なのだ。イタケル(巨健)伯父さんは、商売の荷物も運んでいたので、独り先に村に帰った。だから、幼いスサト(須佐人)の面倒を、サラクマ(沙羅隈)親方と、ラビア姉様が見てくれていたのだ。三月の間、ふたりに大変な世話をかけたと言うのに、本当にスサト(須佐人)は薄情者である。カメ(亀)爺と、サラクマ(沙羅隈)親方は、商売敵でもあるが義兄弟でもあるらしい。サラクマ(沙羅隈)親方が、マハン(馬韓)国からユウバガワ(木綿葉川)の辺にやってきたのも、カメ(亀)爺の手助けがあっての事だった。

 左手に、クシ(躬臣)国の海岸を見ながら船は進み、陽が落ちる前には、無事シマァ(斯海)国の港に入った。クシ(躬臣)国は、四千余戸、二万四千人ほどのアマ(海人)族の国だ。南端に、フルクタマ(布留奇魂)の漁村があり、黒之瀬戸を挟んで、ウノ(烏奴)国に接している。フルクタマ(布留奇魂)村は、風待ちの港でもある。特にハエ(南風)が強く吹くと、ハエドマリ(南風泊)と言う入江に、避難する船が多かった。フルクタマ(布留奇魂)村の若衆頭とは、顔なじみだったので、クシ(躬臣)国は、他国と云う気がしなかった。それにしても大きな島だったのだ。と、改めて思った。きっと、海岸沿いには、アクネ(英袮)の様な漁港がたくさん有り、アマ(海人)族の陽気な笑い声が、満ちている事だろう。同じアマ(海人)族の私には、そんなクシ(躬臣)国の営みが手に取る様に思い描けた。

シマァ(斯海)国の港町は、漁港ではなく貿易港だった。サラクマ(沙羅隈)親方や、カメ(亀)爺達の船も、異国に行く前は、必ずこの港町に入るそうだ。こんな大きな港町は、津と呼ばれている。そして、この港は口之津と云う。口之津は、両脇を小高い山と丘に抱かれて、深い入り江になっていた。名前の様に、大きな唇を突きだしたような地形だ。これなら、大概の台風でも、帆柱を折られる事は無いだろう。丘は、苧扱(オコンゴ)平と呼ばれているそうだ。その丘には、小さな川が数本流れていて、その川の辺で、布の材料になる苧(カラムシ)を、晒しているらしい。その布が舟の帆になるのだ。だから、口之津は、貿易船の修理基地でも有る。と、スロ船長が教えてくれた。岬を回ると程なく風が止まった。だから、ジンハン(辰韓)国の大きな船は、入り江の中程で帆を降ろしていた。しばらく待っていると、港から二十艘ほどの小舟が漕ぎ寄せてきた。その先頭の小舟に、若い大きな男が立っていた。そしてこちらに向かい「チョンヨン(金青龍)伯父貴。早かったなぁ」と、大声を出した。「おう、天女を四人も乗せているから、船足が速かったのさ」と、スロ船長が怒鳴り返した。スロ船長の名は、チョンヨン(金青龍)と言うのだろうか?… ジンハン(辰韓)船には、数名の留守番の船乗りを残し、私達は五~六人に別れて十艘の小舟に乗り移った。残りの小舟には、キ(鬼)国で積んだ荷物の半分が積み込まれた。私と、スロ船長は、若い大きな男の舟に乗った。若い大きな男がじぃ~と私を見て「確かに天女だ」と言った。「おいナツハ(夏羽)よ、俺の娘に手を出すんじゃねぇぞぉ」と、スロ船長が若い男に凄んだ。すると、ナツハ(夏羽)と呼ばれた若い男は、空かさず「な、何ば言うと。俺はチョンヨン(金青龍)伯父貴みてぇな女たらしじゃ無なかよ」と、口をとがらせて言い返した。スロ船長は愉快そうに「あははは……まだ毛が生えたばかりの若造が何を言うか。女にもてない男はなぁ。宦官にでもなっちまえって言うんだ」と、ナツハ(夏羽)の頭を、ばしっと平手ではじいた。ナツハ(夏羽)は痛がりもせず「か?宦官って何?」と聞いてきた。スロ船長は「玉無しよ」と、自分の股間を指して答えた。ナツハ(夏羽)は、首をひねり「何で玉が無かと?」と聞いた。スロ船長は「ちょん切られたからよ」と答えた。「牛みたいに?……痛たかろねぇ」と、ナツハ(夏羽)は自分の股間を抑えている。とても乙女の前でする会話や仕草ではない。何て、野蛮で下品な男達なの……私は、なるべく聞こえない様にしながら、湾内の景色を眺めていた。野蛮で下品なナツハ(夏羽)が、この小舟団の頭目らしく、荷積みの最終点検をしていた。だから、私達の小舟が、最後にジンハン(辰韓)船を離れた。

ユリ(儒理)と、テル(照)お婆達の乗った小舟は、もう岸に着いていた。岸では、シマァ(斯海)国の商人達が、荷物を荷車に積み込んでいる。その商人達に指示を出しているのは、女の人である。男の恰好をしているが、長い髪が風になびいていた。しなやかな身のこなしで、テキパキと荒くれ男達に指示を飛ばすその女族長は、とても綺麗な人だ。柔らかさに包まれたミヨン(美英)とは違う美しさである。必要であれば、荒くれ男でも投げ飛ばしかねない。女戦士の様な人なのだ。ジンハン(辰韓)国の船乗り達は、岸に着く前から全員がその美しさに息を呑んでいる。中には、見とれて渡し板から落ちかける迂闊な者もいる。その女族長が、私達の小舟に向かって声をかけてきた。「いい船旅だった様ね。チョンヨン(金青龍)。あんたは、いつもいい風に乗って来るわ」そう声をかけられたスロ船長は「台風の跡片付けが、大変だった様だなぁ」と、親しみを込めた声で応えた。「ごらんの通りだよ。直撃だったから酷いものさ。まだ半分も片付いちゃいない。それよりチョンヨン(金青龍)。その娘がピミファ姫かい。可愛い娘だね。きっと素敵な美人になるね」と、綺麗な女族長さんは声を返した。「おう~夏希みたいな美人になるぞ」と、スロ船長が、私を高く抱きあげ岸に上げた。「お世辞はいいよ。さぁチョンヨン(金青龍)も早く上がって、今夜のご馳走はもう出来ているよ」と言うと女族長さんは、私の手を引いて歩きだした。この綺麗な女族長さんは、夏希と云う名の様だ。スロ船長とは、どんな関係なのだろう。私は、女族長夏希さんが投げかけるスロ船長への眼差しが、とても気になった。他人とは思えない素振りだけど、夫婦でもなさそうだし???…… やっぱり、私には、大人の関係はまだ分からない様だ。

女族長夏希さんの家は、小高い丘の中腹にあった。だから、私の家と同じ様に海が見渡せた。違うのは、私の家に比べてとても大きな家だった。特に、柱だけが立ち、壁が殆ど無い大広間には驚いた。百人位は入れそうである。恥ずかしい事に、ユリ(儒理)と、ハイト(隼人)は、ワ~ィと歓声を上げ、柱をすり抜けながら走り回っている。「おいこら、二人とも他所(よそ)の家の中を、走り回るもんじゃ無なかぞ」と、アチャ爺が、二人を叱っている。女族長夏希さんの家は、商人宿も兼ねているそうだ。でも、客は、みな夏希さんの商売仲間なので、誰からも宿代を取らないそうである。その代わり客は、色んな珍しい物をお礼にと置いていく。だから、今夜のご馳走にも、珍しい物がたくさん並んでいた。そして、今夜も、十数人の客が一緒に宴会に加わっている。その中には、加太やサラクマ(沙羅隈)親方の様な、異人も大勢交じっていた。加太は、その中の数人と、異人の言葉で談笑している。私が、興味津々に耳をそばだてていると、ミヨン(美英)が「ピミファも加太にソクドの言葉を習ったの」と、聞いてきた。「ソクドって、西の国の事?」と、私が聞き返すと「う~ん国じゃないわね。西域人の呼び名なの。ソクド人は色んな国に住んでいるのよ」と、ミヨン(美英)は答えた。だから私は「国はないの?」と聞き返した。ミヨン(美英)は「う~ん国は……ソクド人は、国にはこだわらない人達だから……国って何だろ?」と、考え込んでしまった。それでも私は「でも、でも国が無かったら何人になるの?」と、ミヨン(美英)に質問を投げかけ、すっかりミヨン(美英)を困らせていた。「何人でもいいのさ」と、横からテル(照)お婆が話しかけてきた。そして「国がなけりゃ戦さもせんで良かぁさぁ~」と、明るく言い放った。それはテル(照)お婆の悲願かも知れない。でも、ミヨン(美英)は大きな目じりに皺を寄て「そうそう」と、微笑んだ。いつも、ミヨン(美英)の笑顔は、人を優しくさせる。テル(照)お婆は、ミヨン(美英)の手を取って「そうそう」と、同じ様に相槌を打った。

女族長夏希さんが、ユリ(儒理)を、しげしげと眺めている。そして、船乗り達は、まだ子供のユリ(儒理)に、嫉妬の視線を投げかけている。「ユリ(儒理)王子様は、惚れ惚れする位の美少年だねぇ。体格も良いし、大きくなって戦さ支度に身を包んだら、国中の女がほっとかないだろうね」と、ユリ(儒理)の頭を撫でている。ユリ(儒理)も、母親に再開できた幼子の様に、和らいだ表情になっている。すると「母ちゃん、手を出すには、いくら何でも若すぎるぞ」と、ナツハ(夏羽)が、からかう様に言った。「馬鹿だね。そんな事ぁ解っているよ。私は、お前の父親の面影を、この子に見ていたのさ」と、夏希さんは言い返した。「へぇ~、親父は、そんなに良い男だったのかい。じゃぁ、俺は、親父似なんだ」と、ナツハ(夏羽)が言った。ナツハ(夏羽)も、父親を知らないのか。私は、少しナツハ(夏羽)の事が気になり始めた。「馬鹿お言い。お前の十倍良い男さ。ユリ(儒理)王子と同じ位にね。お前が似たのは、そのドデカイ身体だけさ」と、夏希さんがナツハ(夏羽)に言い返した。そして「それよりナツハ(夏羽)。ピミファ姫に手を出すんじゃないよ!!」と、きつく付け加えた。「別にぃ~、俺はそんな事考えちゃいないよぉ」と、慌ててナツハ(夏羽)が、言い訳めいた返事をした。「嘘をお言い。お前のピミファ姫を見る目は、チョンヨン(金青龍)並みに女たらしの目だよ。くれぐれも、あの娘に手出すんじゃないよ!! もし、ピミファ姫に手出したら、お前は犬畜生以下だからねっ」と、夏希さんがナツハ(夏羽)を睨みつけた。やはり母親の凄みである。ナツハ(夏羽)は、しょげた様に「何もそこまで言わんでも良かろうもん。チョンヨン(金青龍)伯父貴ほど俺はスケベェじゃないし。いくら母親だって酷過ぎるよ」と、膨れている。「おい、親子で俺の事何か言ったか」と、酔ったスロ船長が割り込んできた。「何でスロ船長の事、チョンヨン(金青龍)って呼ぶの?」と、私は、野蛮で下品なナツハ(夏羽)に聞いてみた。「名前だからさ」と、ナツハ(夏羽)がぶっきらぼうに答えた。「名前は、スロじゃないの?」と、私が聞き返すと「伯父貴の名は、キム・チョンヨン(金青龍)ばい。スロは、え~っと……屋号みたいなもんたい。伯父貴のピャンハン(弁韓)国は、ジンハン(辰韓)国と、マハン(馬韓)国の隣にある。ばってん風習は、倭国に良ぉ~似とる。だけん、先祖伝来の名前も不思議じゃなかとさね。伯父貴は、四代目のキム・スロたい。だけん、四代目とだけ呼ぶ人もおるよ。なぁ四代目」と、ナツハ(夏羽)が、スロ船長に呼びかけた。「ピミファ姫よ。ナツハ(夏羽)は、まだ二十二歳の若造だが、女好きの評判はケイカイ(鯨海)どころか、東海の隅々にまで鳴り響いている。俺やサラクマ(沙羅隈)の兄貴なんか、こいつに比べたら助平ぇとしては、まだまだ半人前さ」と、酔っ払ったスロ船長が注意をしてくれた。それに、廻りの酔っぱらい達も「そうだそうだ。若は東海一の女好きの助平ぇ将軍様だ」と、はやし立てた。「皆、いい加減にしろっち。ピミファ姫が本気にしそうやないか」と、ナツハ(夏羽)は立ち上がって皆に抗議した。すると、虚ろな目で「ほう、じゃぁ末盧国の小夜姫と倅はどうした」と、スロ船長が聞いた。空かさず「おう、ちゃんと仕送りをしとるたい」と、ナツハ(夏羽)が答える。答え終わるやいなや、今度は呂律が怪しくなり始めた男衆のひとりが「じゃぁイト(伊都)国のカヤ姫と娘ふぁは~」と、よろけながらナツハ(夏羽)に迫った。「おう、それもちゃんと仕送りしとるたい」と、ナツハ(夏羽)は、ふんぞり返って男を押し返し答えた。「じゃぁイミ(伊美)国の~~ウミ姫と~~~息子ふぁは~」と、やはり、呂律が回らない言葉を発しながら、別の男衆がナツハ(夏羽)に迫った。ナツハ(夏羽)が、今度もふんぞり返って答えようとすると「いやいや、トウマァ(投馬)国の踊り子に孕ませた子はどうなった」と、足腰が怪しい酔っぱらいが、立ち上がった。「そういやぁ、ヘリ(巴利)国のあの可愛い海女っ娘とは、どげんなったと?」と、まじめに聞いてくる男衆も出始めた。ひょうきんな男衆の数人が腰を揺らして「マハン(馬韓)国にはぁ~島影が多いぃ~島の数だけぇ~別嬪も多いぃ~別嬪の数だけ若の種子も落ちるぅ~落ちた種子よ~シマァ(斯海)国目指せぇ~流れ流れりゃ親父に会えるぅ」と、唄い踊り出した。そして、初老の男衆は、ナツハ(夏羽)のお目付け役だったのだろうか「夷洲(台湾)のスーちゃんは、どうしているかの~? あん時ゃ、わしも若に付き合わされて、危うく敵の部族から首を狩られそうになったわい」と言い出した。それから、次から次へと、ナツハ(夏羽)の女履歴が明らかにされていった。「夏希よ。お前の孫は、いったい今何人いるんだい」と、スロ船長が呆れた様に、夏希さんに声を投げかけた。「さあねぇ~? サラクマ(沙羅隈)親方の子供の数よりぁ少ないと思うけどねぇ~?」と、夏希さんが答えた。「でもサラクマ(沙羅隈)親方は、女供の連れ子に、拾って来た子ばかりで、実の子はラビア姫だけだからなぁ。自分の種としちゃ一人だけだ」と、スロ船長は、ため息交じりで呟いた。そして「チョンヨン(金青龍)だって、実の子は去年生まれた次男のスジ(秀智)で三人目だしね」と、夏希さんが言い加えた。ラビア姉様の話では、サラクマ(沙羅隈)親方の愛人達は、ほとんどが、海や戦さで亭主を亡くした未亡人達らしい。それを、子供といっしょに引き取って養っているのだ。その上に、親を亡くして身寄りが無くなった子供達も、養子にしているそうだ。だからラビア姉様は「私の弟や妹は、百人以上いるかも知れないなぁ」と笑っていた。どこからか子供を拾って来るのはカメ(亀)爺と同じだ。河童族は子供好きが多いのだろうか。

しかし、ナツハ(夏羽)は、ただ、ただ、助平ぇなのだ。呆れた男である。そして、それより驚いた事は、夏希さんは、ハク(伯)爺の姪だと云う事だった。だから夏希さんも、コウ(項)家の一族だったのだ。父親は、項夏と云う名で、シマァ(斯海)国の族長だったそうである。そして、項夏族長がハク(伯)爺の兄様だったのだ。コウ(項)家は、軍属の集団だと、昔話でハク(伯)爺に聞かされていた。そして、項羽という希代の武王を祖先に持つ末裔なのだ。ハク(伯)爺の話では、戦さで必要なのは、二割の戦士と、八割の軍属らしい。戦士どうしの戦いだけなら、「ただの派手な大喧嘩で長くは続かない」と、ハク(伯)爺は言う。大きな戦さには、武器だけではなく。大量の食糧も必要になる。馬や牛だって沢山必要になる。時には砦だけでなく道だって作らなきゃいけない。橋をかけなきゃいけない所だって出てくる。海戦なら何艘もの船がいる。それを取り仕切るのが、「ワシ等コウ(項)家の生業だ」と、ハク(伯)爺は言っていた。だから、酒と踊りが大好きなハク(伯)爺も、命を賭けた戦場(いくさば)を何度も経験していたのだ。ハク(伯)爺が、いつだって村の子供達に優しかったのも、命のはかなさを知っていたからだろう。数ヶ月前にも、村の悪ガキ供が、打ち捨てられていた小舟を、沖に漕ぎ出し溺れかかった事があった。朽ちて空いた穴に、海藻を詰め込んで浮かべたらしい。でも、ひと波で海藻は藻屑になり、穴のあいた老朽舟は、見る見る沈没し始めた。岩場で、海苔を集めていたミヨン(美英)が気付き、漁労長のオウ(横)爺が、早舟で漕ぎ付け助け出した。その後には、台風が三ついっぺんに来た位に、オウ(横)爺の怒声が、悪ガキ供に襲いかかった。あまりの勢いに泣く事さえ忘れて、悪ガキ供は、真っ青になり凍りついていた。その様子を見て「もう、そこらへんで良かろう。お灸はしっかり聞いた様じゃからなぁ」と、オウ(横)爺の怒りをなだめてくれたのは、ハク(伯)爺だった。その声を聞いた途端、悪ガキ供は、安堵の涙を流しながら大声で泣き叫んだ。その夜、オウ(横)爺とハク(伯)爺は、山から降りてきたフク(福)爺も誘い夜宴を開いた。そして、遅くまで海を眺め飲んでいた様だ。時より「良かった。良かった。そりゃ良かったのぉ」と言うフク(福)爺の相槌が聞こえていたそうである。

 ふと、不安がよぎった。夏希さんがハク(伯)爺の姪だという事は、クマト(熊人)は、助平ぇナツハ(夏羽)と又従兄弟ではないか。今は、クマト(熊人)に助平ぇナツハ(夏羽)の血が混じっていない事を祈るだけだ。あんなに無邪気で可愛いクマト(熊人)に、そんな悪い血が混じっているとは思いたくない。それにしても、夏希さんが孫持ちのお婆ちゃんだなんて信じられない。どう見てもミヨン(美英)と同じ位にしか見えない。ミヨン(美英)は、まだ二十歳半ばの筈だ。さらに驚いたのは、夏希さんと、スロ船長が、従兄妹で、それも同じ歳らしいのだ。「私の方が、チョンヨン(金青龍)より三月若いけどね」と、夏希さんは言っていた。あんなに若く綺麗な夏希さんに、助平ぇの血が流れているとは思えないので、きっと、助平ぇの血は父親から貰ったのだろう。だったら、クマト(熊人)には、ナツハ(夏羽)の助平ぇの血は流れてないからひと安心である。

「何て面の顔が厚い女なんだ。俺は、母ちゃんのそんな血は、絶対に引き継がんばい」と、助平ぇナツハ(夏羽)が、声を上げている。「どうしたの」と聞くと「うちの母ちゃんが、ユリ(儒理)に『夏希お姉ちゃん』って呼ばせようとしよるばい。あきれた話やろう。何ちゅう面の皮の厚さやろうかねぇ。龍宮の亀の甲羅の方がまだ薄かっちゃ無かとね」と、ナツハ(夏羽)は言う。でもおかしな話ではない。「私も『夏希お姉ちゃん』って呼んでいいかしら」と、私は夏希さんに声をかけた。「あらぁ~やっぱりピミファ姫はいい子だねぇ」と、はしゃいだ声で夏希さんが応えてくれた。「信じられ~ん。あ~信じられ~ん。お前ら頭おかしかっちゃ無い。孫もおるとばい。夏希バァバァばい。何が『夏希お姉ちゃん』かい」と、ナツハ(夏羽)は、呆れ果てた様に言い捨てた。ところが「そげん思うとは若だけたい。俺らも『へい、頭領』と返事しながら心の中じゃ『は~い。夏希お姉ちゃまぁ』って言いよるとばい。なぁ」と、コウ(項)家の男衆の一人が言い出した。「おう、おう『は~い。夏希お姉ちゃまぁ』よ」と、もうひとりも言い出した。「おれも『夏希お姉ちゃまぁ派』たい」と、別の男衆が手を挙げた。「は~い。『夏希お姉ちゃまぁ派』の奴ぁ手をあげろ」と、組頭の一人が立ち上がった。すると「おう」「おう」「おう」と、男衆が手を上げ始めた。何と、スロ船長までもが手を挙げている。それを見て、客人やジンハン(辰韓)国の船乗りまでもが「僕達、夏希お姉ちゃまぁ派でぇ~す」と、手を上げ始めた。なんと、アチャ爺や加太までも『夏希お姉ちゃまぁ派』に加わった。すでに、助平ぇナツハ(夏羽)の敗北は明らかである。それでも力なくナツハ(夏羽)が言った「は~い。夏希バァバァ派の人は手を挙げて」もちろん『夏希バァバァ派』には、ひとりの加入者もいなかった。ナツハ(夏羽)が力なく言った「糞して寝よう」やっぱりナツハ(夏羽)は、下品な奴である。

~ 高来之峰(たかきのみね)の神様 ~

 五日目の夜が明けた。今日も快晴である。でも、私達の旅はお休みなのだ。ジンハン(辰韓)国の船は、もうひと月以上航海を続けている。外洋の荒波にもまれて来たので、あちこち痛んでいるのだ。コウ(項)家は、軍属の集団だから船大工も大勢いる。だから今日はジンハン(辰韓)船の治療日なのだ。そして、夕べ私達は「明日、私といっしょに山に登ろう。ツクシノウミ(筑紫海)が一望できる所があるんだ」と、夏希さんに誘われていた。夜が明ける前に、私達は四艘の小舟に乗り、ツクシノウミ(筑紫海)を、深江という小さな入り江まで北上した。その入江から登山を始めて、山頂を目指す。そして帰路は、反対側の西の浜に降りる予定である。西の浜では、海中に温泉が噴き出しているらしい。今夜はそこで野営し、明日の朝、ジンハン(辰韓)船が沖まで迎えに来てくれるのだ。

深江の浜に降り立つと、山は目の前にそびえていて楽に登れそうだった。登り出す前に夏希さんが私達に草鞋と言う履物を配った。私の村では皆素足で暮らしている。履物などを履いて海には潜らないし、舟の上だって履物など不要だ。それに、私達の村は、砂浜や柔らかい土の山道ばかりだ。だから、履物何て、気持ちが悪いだけで、何の役にも立たない。でも、山を登る時には、尖った小石だらけの所もあり、裸足では危ないらしいのだ。私は、渋々草鞋の紐を結んだ。登山隊には、私達十一人の他に、コウ(項)家の男衆五人が加わって、荷物運びを手伝ってくれている。そして、この屈強な男衆は、コウ(項)家軍属の小荷駄隊(こにだたい)に属している。小荷駄隊は、武器や食糧などを運ぶのが仕事だ。だから、登山の荷物運びなど楽な仕事なのだ。皆、テル(照)お婆と同じ位の重さの荷物を背負っているのに、手ぶらな私達より早く歩いている。まだ三十分も歩いてないのに、私達は、もうへとへとだ。ついに、テル(照)お婆は、ナツハ(夏羽)に背負われての登山に成っている。助平ぇだけど、今日のナツハ(夏羽)は頼もしい。息も乱れないでテル(照)お婆背を負ったまま、すたすたと登っていく。中腹まで登った頃には、シカも加太に背負われての登山になった。ユリ(儒理)は、夏希お姉ぇさんと手を繋ぎ、楽しそうに先頭を歩いている。ハイト(隼人)も、アタテル(阿多照)叔父さんに手を引かれているが元気だ。スサト(須佐人)は、村のガキ大将だけあって、鼻歌まじりの余裕である。だが、ミヨン(美英)に手を引かれた私は、そろそろ危ない。先手を打って「わしゃおぶえんぞ」と、アチャ爺が笑いながら話しかけてきた。「もう登れないと思ったら、いつでも言えよ」と、イタケル(巨健)伯父さんが頼もしい声をかけてくれた。「大丈夫。もう少し頑張る。でも駄目そうだったら伯父さん助けて」と、あえぎながら私は答えた。しばらく経って、私は自分の間違いに気が付いた。目の前にそびえていて、楽に登れそうな山は、手前の山だった。もう一つ奥の山が、私達の目的地だったのだ。私は、何度も「イタケル(巨健)伯父さん助けて」と、言いかける言葉をグググッと、飲み込みながら歩き続けた。そして、やっと山頂に着いたのは、もうお昼が近かった。近くには、五つの峰がそびえたっていた。西の山裾に、白い湯気が立ち上っている所がある。お昼は、あそこまで下って食べるらしい。私の心は、もうあの湯気の立つお昼ご飯の場所に飛んでいる。でも、ユリ(儒理)達は、山頂からの眺めに心奪われている。確かに絶景だった。山の峰々の先には、それぞれ素晴らしい景色が広がっていた。ハイト(隼人)でさえ「お昼を食べよう」と言い出さない。それ位に、皆この絶景に見とれている。しかし、私はもうお腹ぺこぺこで死にそうである。夏希お姉ぇさんが、ツクシノウミ(筑紫海)の彼方を指差し、ユリ(儒理)にやさしく語りかけている。「この海の向こう岸には、千歳川って言う大きな暴れ川があるのよ。その暴れ川の両岸にはいくつもの国があるの。そして川が運んでくる肥えた山の土のおかげで、どの国もとても豊かなんだよ。私達の国の様な半農半漁に比べたら、飢えなんて縁が無い処さ。でも、豊かな土地だから、返って人々は助け合おうとしない。それどころか村どうしの戦さが絶えないのよ。人間欲ばかり出していたら、幸せにはなれないのにねぇ」そうなのだ。私の村も魚介類と野菜に、時より肉の生活だから、天候不順の年が続くと、飢えとの戦いをしなきゃいけない。アク(灰汁)巻きだって、何年も持つわけじゃない。やっぱり、米や稗・粟など、何年も貯蔵の利く穀物が豊富に取れる所は、豊なのだと思う。そう、私が思いを巡らせていると「でも、夏希お姉ぇさん。僕たちもクマ族と戦うよ。戦っても何にも奪え合える訳じゃないのに戦うんだよ。どうしてなんだろう」と、ユリ(儒理)が、夏希お姉さんに訪ねた。すると、夏希お姉さんは「この子は姿形だけじゃなく、頭もすこぶる上等だねぇ。さぁナツハ(夏羽)。ユリ(儒理)王子様の質問に答えてみな」と、ユリ(儒理)の疑問をナツハ(夏羽)に投げかけた。突然降ってわいた難題に「えっ俺???…… 何で俺???……」と、ナツハ(夏羽)は戸惑い悲鳴の様な声を上げた。夏希さんは「情けない子だね。このスイカ頭!! 姫様はどう思うかなぁ」と、今度は私に質問を振ってきた。私は、何でなんだろう。と考え込んだ。今まで考えもしなかった事なのだ。何で私達はクマ族と戦うのだろう。私は母ぁ様の仇を打つために戦う。でも他の人は、何で戦うの???…… 私が思案に詰まっていると「ピミファ姉様、何でなの」と、ユリ(儒理)が聞いて来た。私は、とっさに「神様が違うから戦うのよ」と答えた。すると「おやぁまぁ、怖い姫様だね。まるで戦場(いくさば)の巫女様だぁ」と、笑いながら夏希さんは立ち上がった。そして、「さぁ、そろそろ峰を降りようか。美味しい物をたくさん食べて、ゆっくり温泉に入りましょう」と、言いながらユリ(儒理)の手を引いてどんどん白い湯気が立っている草原へと降り始めた。長い黒髪を颯爽と揺らしながら夏希さんは神山を降りて行く。そして「今夜は、ユリ(儒理)ちゃんと一緒に温泉に入ろうね」と、楽しそうである。「母ちゃん、手を出すには、いくら何でも若すぎるぞ」と、また、ナツハ(夏羽)が、からかう様に言った。「馬鹿だね。そんな事ぁ解ってるよ。あと十年は待つよ」と、夏希さんが投げ返した。そして、十年以上経っても、夏希さんは綺麗なままだろうと私は思った。十年経った私は、どうしているのだろう。やっぱり、戦場(いくさば)の巫女に成っているのだろうか。

 この山は、高来之峰(たかきのみね)と言うそうだ。「神様の宿る山であり、倭人はアマ(海人)族であれ、クマ族であれ、皆この山と神様を敬っているのだ」と、お昼を食べながら夏希さんが教えてくれた。でも、アマ(海人)族も、クマ族も、同じ倭人という言葉に、私は違和感を覚えた。同じ倭人なら何故戦うの???…… そして、例え神様が同じでも戦うの???…… ユリ(儒理)の問いは、当分私を悩ませそうだ。はたして、答えは見つかるのだろうか。私は、軽い不安に襲われた。

お昼の会場になった草原の中心部は、モウモウと立ち昇る温泉の湯気に包まれていた。特に、猛烈な湯気が吹き上がっている辺りは、草木が枯れて、ごつごつと岩が剥き出しになっている。その蒸気が吹きあがる岩の上に、肉や魚を載せて、お昼は出来上がった。呆れた事に、蒸しあがった雉の肉に、ハイト(隼人)は、1羽丸ごとかぶりついている。そして、ハイト(隼人)の眼は、この火の神様への感謝にあふれ輝いている。そう言う私も、温泉の匂いがする卵を、三個も食べてしまった。日頃は上品なミヨン(美英)だって、シカとふたりで、口の周りを雉の脂で光らせている。加太は「俺は、共食いはしない」と、変な事を言いながら、もっぱら、貝の蓋を開きながら食べている。スサト(須佐人)や、イタケル(巨健)伯父さん、それに、アタテル(阿多照)叔父さんと、アチャ爺だっていつも以上に食べている。大酒のみのスロ船長は、普段あまり食事を取らない。そのスロ船長までも食欲が止まらない様だ。でも、独りテル(照)お婆だけは、この変わった料理法に興味津々の様子で、あまり食欲に向かっていない。なにしろ、肉や魚に塩をまぶして、後は、ただ筵を被せただけの簡単な料理なのだ。それなのに、この味の良さである。そして、辺りにはゆで卵を茹でた十倍もの温泉の匂いが漂っている。この強烈な匂いも味付けのひとつかも知れない。私は、メラ爺がくれたアカアシエビの燻製を食べているうちに、匂いも味の引き立て役なのだ。と、思う様に成っていた。料理上手のテル(照)お婆は既に、鼻をくんくんと立て思案顔であった。

 いつの間にか、コウ(項)家の小荷駄隊が、岩を動かし、小川の水を引き込んで、小さな温泉を作っていた。本当に、軍属は何でも出来るのだと感心する。でも、その急ごしらえの温泉は、肩まで浸れるほど深くはない。それでも、ふくらはぎまでの温泉に、皆で浸かり元気を取り戻した。後は西の浜まで、下りばかりらしいので私も安心した。でも、山登りは下りが大変らしいのだ。ナツハ(夏羽)の講説では「山は心臓で登り、膝で下る」らしい。確かに、西の小さな浜に降り着いた時には、私の膝はガクガクと外れてしまいそうだった。「さぁ温泉に入らなくっちゃ」と思っていると、もう夕日が海を染め始めていた。私は、村を離れてまだ五日しか経たないというのに、もう村の夕日が恋しくなってきた。そして、本当にジンハン(辰韓)国なんかまで行けるのかしらと、不安になってきた。やっぱり、私は、そうとう疲れている様だ。

聞いていた通りに、浅瀬の海には、本当に温泉が吹きあがっていた。これは、私の村には無い光景だから、湯気を見ているだけでワクワクしてきた。早速、小荷駄隊が塩味のする温泉を作りだした。今度は、肩までお湯に浸かれる温泉である。その間にテル(照)お婆が料理を始めた。他の男達は、野営用の小屋を作りだした。すっかり陽が落ちた頃、三つが同時に出来上がった。「風呂が先か食事が先か」「外で食べるか小屋の中で食べるか」それぞれの意見が出された。私は星空の下で食事をしたいと思ったけど、ナツハ(夏羽)は半分眠たいから小屋の中が良いと言う。ハイト(隼人)は「早く飯を食いたい」と膨れている。でもアタテル(阿多照)叔父さんは、「温泉で疲れを取って一杯やるのが良い」と、主張している。アチャ爺は「わしゃ一杯やれるならどっちだって良い」と、傍観者を決め込んでいる。山登りの疲れも加勢して、皆の頭の中は勝手気ままに働いている。この様子だと多数決を取っても決まりそうもない。そこで、スロ船長が「夏希が決めろ」と、苛立った様に言った。そして、夏希族長の鶴の一声がかかった。「今夜は温泉に浸かりながら夕食を取りましょう」と言う発案であった。「おう~そりゃ良いのう」と、アチャ爺の賛同の声が大きく響いた。ところがその大声に負けない位「夏希お姉さんのが一番良い~」と、ユリ(儒理)が浜中に響く賛同の声を上げた。日頃おとなしいユリ(儒理)のこの発言に、皆は驚いて大きな拍手で賛同の意を伝えた。それから、篝火の薄明かりの中で海の中の温泉に浸かり、いよいよ皆でテル(照)お婆の料理に舌鼓を打ちだした。途端に「何じゃこりゃ~」と、ナツハ(夏羽)が素っ頓狂な大声を出した。「美味すぎる。美味すぎるばい。俺は生れて一度も、こんな美味いものは、食べさせて貰った事っあ無かぁ」と、感涙している。「人聞きの悪い事言うんじゃないよ。まるで、私が、駄目な母親の様に聞こえるじゃないか」と、夏希お姉ぇさんは、旋毛を曲げながらテル(照)お婆の料理を一口頬張った。「う~ん何なの、この香りは。こんな不思議な香りがする食べ物なんか私だって食べた事ないよ」と、夏希さんも感激している。そして「おう、疲れが吹き飛ぶような味だ」と、コウ(項)家の男達も騒ぎ出した。すると「香辛料を使ったな」と、スロ船長がおもむろに言った。テル(照)お婆は、ニンマリと笑い「さすがに世界の隅々を知る海賊王だね。スロ船長は」と言った。「香辛料って何ね?」と、ナツハ(夏羽)がスロ船長に聞いた。「西域人が良く使う薬味の一種だ。加太殿なら俺より良く知っているよ」と、スロ船長が答えた。皆が一斉に加太の方を見た。「香辛料は、サラクマ(沙羅隈)親方の専売品さ。品物と、買う人間によっては金と同じ位の値がする。人間の持つ味覚は、辛味、甘味、酸味、苦味、うま味と五つに分けられる。これを五味という。そして五味は普通、舌で感じるものだと思われている。しかし実は鼻も大きな役割を果たしているのさ」と、加太が短い講義を開いた。すると「そうだ。そうだ。美味いか不味いか。俺は臭いを嗅いだだけでも一発で分かる」と、ハイト(隼人)がエッヘンと鼻自慢を披露した。確かに食いしん坊のハイト(隼人)でなくても美味しそうな匂いは分かる。「その匂いで、料理を数倍も旨く感じさせるのが香辛料だ」と、加太が更に講義を続けた。「でも、テル(照)お婆。これはひとつの香辛料だけじゃないな」と、今度は、加太がテル(照)お婆に質問を投げかけた。テル(照)お婆は感心した様に「さすが神医と呼ばれた加太殿じゃ。これには五つの香辛料を使っている」と、答えた。すると「あ~あっ! ウーシャンフェンか」と、スロ船長が膝を打った。ナツハ(夏羽)が「う~う~???…… って何だ。チョンヨン(金青龍)伯父貴」と聞いた。スロ船長は、確信的に「幻の香辛料といわれる物さ。五つの香辛料を調合して作るウーシャンフェンは、誰でも作れる代物じゃない。サラクマ(沙羅隈)の兄貴ですら、幾種類もの香辛料を扱っているが、ウーシャンフェンだけは持ってなかった」と答えた。「それに、そもそも香辛料は、簡単には手に入らないものだ。皆が知らないのも無理はないさ」と、加太が付け加えた。「あは~ん。テル(照)お婆は、ウーシャンフェンの作り方を、サラクマ(沙羅隈)の兄貴に教えたなぁ。その見返りがこの香辛料の山か」と、スロ船長が、テル(照)お婆を問い詰めた。「山というほどじゃないよ。私の手提げ袋にひと袋さ」と、テル(照)お婆が平然と答えると、突然スロ船長が弾けた様に大笑いを始めた。「あっはは……テル(照)お婆にゃ頭があがらん様になりそうだ。あの海賊仲間でも有名なケチンボウのサラクマ(沙羅隈)の兄貴から、そんなに巻き上げたのかい。俺は、明日からテル(照)お婆を師匠と呼んで敬う事にするよ」と、更に高笑いを続けた。すると「チョンヨン(金青龍)伯父貴も、大袈裟な奴だなぁ。確かにこの料理は魂上がる(驚くほど)ほど旨いが、何もそこまでおだてなくてもねぇ」と、ナツハ(夏羽)が、皆の同意を求めた。コウ(項)家の男達数人だけがうなずいた。その様子を聞いていた夏希族長が「だから、お前はおっちょこちょいのスイカ頭なんだよ」と、ナツハ(夏羽)の頭を叩いた。「さっきの加太殿の話を聞いていなかったのかい。あの袋にゃ金以上のものが詰まっているんだよ。お前らの何年分もの給金があの手提げ袋に詰まっているんだよ」と、先ほどナツハ(夏羽)の暴言にうなずいたコウ(項)家の男達数人にも言い攻めた。「ひぇ~」と素っ頓狂な声をあげて、コウ(項)家の男達数人は目を丸くした。「この人数分の料理に使ったんだ。きっと、その香辛料とやらだけでもお前の一年分のお小遣いだね。どうだい、今夜の料理代はお前のおごりかい」と、夏希族長がナツハ(夏羽)の頬っぺたをつねった。ナツハ(夏羽)は本当に狐につままれた様な顔になっていた。

シマァ(斯海)国から、末盧国までの間には、六つの海賊集団が、それぞれの縄張りを覇って戦っているそうだ。だから、途中の港へは、うかつに上陸できない。その為暫らくは陸の上では寝られないかも知れない。友好的な集団であれば良いが、敵対的な集団に出会えば海戦になる可能性がある。だから、ここからが一番危ない船旅になるらしい。そこで、今夜はゆっくり寝ておこうと目を閉じた。なのに暗闇の中でナツハ(夏羽)のひそひそ話が聞こえてきた。私は、シカ(志賀)と加太の両脇で寝ていた。そのシカ(志賀)の向こうに助平ぇナツハ(夏羽)は寝ている。だから、否応なしに助平ぇナツハ(夏羽)の声が聞こえてくるのだ。幸せな事にシカ(志賀)は、すっかり眠り姫になっている。「恥ずかしい質問ばってん。加太さんならきっと知ってそうだから教えてくれんね。スイカっちゃ何???……」と、ナツハ(夏羽)の声がする。加太も「恥ずかしがる事はないさ。むしろ、私はスイカを知っている夏希さんに驚いたよ」と、答えた。「良かったぁ~昔から母ちゃんが俺の事を『このスイカ頭がぁ』って怒るとよ。ばってん、スイカっちゃ見た事ないし、何の事かよう分からん。分からんままで怒られている自分がなさけんなかぁ~とよ」と、ナツハ(夏羽)の声が続く。「倭人でスイカを知っているのは、夏希さんだけかも知れないよ。だから、恥ずかしがる事はないさ」と、加太が慰める。「良かった。うちの男衆も皆知らんとばいね」と、ナツハ(夏羽)が安堵のため息をつく。「ただ、ず~っと西の海を航海した船頭なら知っているかもしれんなぁ」と、加太が付け加える。「西の海っちゃぁ、どんくらい西ね」と、不安げにナツハ(夏羽)が聞き返す。「う~む……ナツハ(夏羽)若大将は、夷洲国(台湾)までは行った事がある様だね」と、加太が言う。「おおっ夷洲国(台湾)ならちょくちょくたい」と、助平ぇで間抜けなナツハ(夏羽)が答える。「スーちゃんに会いにかい」と、加太がおちょくった様に聞く。「いやぁ~それはちょっと~……ばってん遠かよ。小舟なんかで行こうとしたら命がけたい」と、ナツハ(夏羽)は身震いしながら答えた。「スイカが実っているのは、西の海を、その十倍位航海した先にある。倭国より大きな砂の国だ」と、加太が不思議な話をする。「じ、十倍。夷洲国(台湾)の十倍先。良かったぁ。そんな遠くまで行った奴ぁ。内の船頭衆にゃおらんばい。で???…… 何なのスイカっちゃ」と、間抜けな声でナツハ(夏羽)が聞く。でも、私も聞きたかった質問だ。すると加太は「子供の頭位ある丸い大きな果菜だよ」と、私も知らない話をする。「果菜???……」と、ナツハ(夏羽)が首をかしげる。「実を食べる野菜のことだ」と、加太が答える。「へ~。で旨かと???……」と、私も聞きたかった質問をナツハ(夏羽)がする。「う~ん。実のほとんどが水だから、味は少しだけ甘く感じる位かなぁ」と、加太が答えると「何でそげな物食べるとね」と、ナツハ(夏羽)が言う。私もそう思う。「さっき砂の国だと言っただろう」と、加太が意外なところから説明を始める。「砂の国っち言うとがピ~ンとこんのやけどどうゆう所なんね???……」とナツハ(夏羽)が言う。やっぱり私も不思議な所だと思うだけでピ~ンとこない。「見渡す限り砂だけの所さ」と加太が答える。「砂とスイカがどう関係するとね???……」とナツハ(夏羽)が言う。危うく同じ質問を私がしそうになった。やばい。やばい。私は、この会話には不在なのだ。「砂ばかりだから水が無いのさ」と、加太が当たり前のことを言う。すると意外にも「おうおう分かりかけて来たばい。水筒代わりの野菜たい」とナツハ(夏羽)が答えた。へぇ~、意外とナツハ(夏羽)も、利口なのだと感心する。「おめでとう正解だ」と、加太がナツハ(夏羽)を褒める。私も「良し! 助べえナツハ(夏羽)よ心の中で褒めてやろう」と、思っていると更に「水筒代わりの野菜なら外洋船に乗せたら助かるばい」と更に賢い事をナツハ(夏羽)は言い始めた。「さすがに若頭領だ。目の付けどころが良い」と加太が褒める。でも私も「ナツハ(夏羽)めっ。なかなかやるな」と感心した。ところが、そう思った途端に「おうおう俺ってなかなかの智恵者やろ。でも、何で、母ちゃんは俺の事をスイカ頭っち言うんやろかねぇ???…… 水の様に湧き出る知恵の泉かね。それとも、水々しい良い男だから。ねぇねぇ何でやろね」と、やっぱり、元の助平ぇで間抜けなナツハ(夏羽)に戻ってしまった。嗚呼、一瞬でも賢い奴だと思ったのが悔やまれる。「グワ~ッ。グワ~ッ」と、加太の嘘寝のいびきが響いてきた。「何~や。もう寝たとね。つまらんねぇ」と、ナツハ(夏羽)が呟いた。私は吹き出すのを堪えて必死に寝ようと努力した。

~ 海賊どもの剣自慢 ~

六日目の朝も快晴だった。朝餉を澄ますとジンハン(辰韓)船が沖に姿を見せた。ジンハン(辰韓)船へは、ナツハ(夏羽)が西の浜の漁村で借りた小舟で運んでくれた。夏希お姉さんは、最後までユリ(儒理)との別れを惜しんでいた。別れ際に、夏希さんが私に皮の草鞋を手渡してくれた。西域の旅人は、これを履いて旅をするらしい。私は、やっぱり素足の方が好きだったが、夏希さんの好意なので大事に使わせてもらう事にした。その皮の草鞋はサンダルと言うそうだ。そのサンダルは深い朱色をしていてとても綺麗だった。

温泉が吹きあがる小さな浜を離れたジンハン(辰韓)船は、野母の岬を目指してチジワ(千々石)湾を西に舵を取った。左手にはクシ(躬臣)国の海岸が見える。四日目のキ(鬼)国からシマァ(斯海)国への航路でも、クシ(躬臣)国は左手に見えていた。だから、私達は、クシ(躬臣)国の大きな島をぐるりと左回りに回っている事になる。そして、あのクシ(躬臣)国の山の向こうには、ラビア姉様が暮らしている。右手の陸地にも所々小さな漁村が見える。でも、裏山があれだけ急峻だと、広い畑は作れないだろう。昼前には、野母の岬を回りこみジンハン(辰韓)船は北上し始めた。だんだんクシ(躬臣)国の島影が見えなくなると、私は淋しい気持ちに襲われた。あのままクシ(躬臣)国を左手にしたまま進んだら、私達の村に帰れるのだ。嗚呼、村が遠くなるという思いがひしひしと身にしみてきた。

ふと船内を見渡すと、ジンハン(辰韓)船の船乗りたちが、武器の手入れを始めていた。本当に海戦が起きるのだろうか。ユリ(儒理)や、ハイト(隼人)も、不安な顔でその様子を見ていた。その時「おう見事な剣を持っているなぁ」と、スロ船長が、スサト(須佐人)の肩越しに覗き込んでいる。「護身用に使えと、祖父ちゃんに貰ったんだ。でも、早速必要になるとは思わなかった」と答えたスサト(須佐人)の剣は曲刀だった。周りの男達が持っている剣は、直刀である。「流石にカメ(亀)爺だ。随分西の国の品物まで手に入れている様だな」と、加太もスサト(須佐人)の曲刀をしげしげと見た。「それにみごとな鉄剣だなぁ」と、スロ船長がスサト(須佐人)の曲刀を手にした。「良かったら船長の剣と交換しようか?」と、スサト(須佐人)があっさりとした口調で言い出した。「馬鹿を言うな。お前の剣と交換するには、俺の剣は十本あっても足らんよ」と、スロ船長の方が驚いて答えた。「そんなにすごい剣なのか」と、アタテル(阿多照)叔父さんも覗き込んできた。「ああスサト(須佐人)の剣に比べたら、俺の剣なんてなまくら物さ」と、スロ船長が言って自分の剣を抜いた。でもスロ船長の剣もりっぱ鉄剣である。「アタテル(阿多照)お前の剣は何で出来ている?」と、イタケル(巨健)伯父さんも話に加わってきた。本当に男供は武器の話になると夢中になる。困った性分である。「銅とスズだ。このスズの混ぜ具合が絶妙でよ。どうだいこの気品に満ちた黄金色!!」と、アタテル(阿多照)叔父さんが自分の剣を抜いて見せた。「じゃぁスロ船長の剣と打ち合ってみるか」と、イタケル(巨健)伯父さんがけしかけた。「いや、それは勘弁願おう。だって、スロ船長の剣は鉄剣じゃないか。まともに打ち合ったら俺の美しく気品ある剣が、ぼろぼろになるだろう」と、アタテル(阿多照)叔父さんは慌てて青銅剣を鞘に収めた。「あはははは……じゃアタテル(阿多照)殿の美剣と俺の剣を交換しようじゃないか」と、スロ船長が言い出した。「えっその鉄剣と……」と、アタテル(阿多照)叔父さんの心は大波にもまれ始めた。倭国で鉄剣を持てるのは、一国の王くらいである。つまりそれは王剣である。だから、鉄剣は高嶺の花である。「いくら何でもそれはねぇ~」と、アタテル(阿多照)叔父さんは物欲そうにスロ船長の鉄剣を見ている。するとスロ船長は「かまわんさ。確かにアタテル(阿多照)殿の銅剣は美しい。加治屋の腕がすこぶる良いと見える。俺は生れて初めてこんなに美しい剣を見たよ。だから本当に欲しくなったのさ」と、交換に意欲を燃やしている。私は不思議に思い「どういう事なの」と、加太を振り返り聞いた。少し前から私は鉱物の世界も加太に教わり始めていたのだ。妙薬といわれる薬は、色々な石を混ぜて作られている。テル(照)お婆のウーシャンフェンの様にである。医術に鉱物の知識は欠かせないのだ。だから武器には興味無いけどこの話にはとても興味がわいてきた。「銅は何色をしていた」と加太が私に聞いてきた。「深い赤に近い色だった」「じゃアタテル(阿多照)叔父さんの剣の色は?」「黄金色」「何で銅剣なのに赤くない?」「スズを混ぜているからよ」「いい子だ。ここまでは正解。じゃ何でアタテル(阿多照)叔父さんの剣は他の銅剣より美しいのか?」「スズの混ぜ方が他の銅剣と違うから?……じゃないかしら」「正解。じゃ加治屋は美しい剣を作りたかったのか?」「いいえ。加治屋の仕事は丈夫な剣を作ることだから、美しく仕上がったのは偶然ね」「加治屋は美しい剣は作りたくなかったのか?」「美しい剣が出来ても丈夫じゃなきゃ剣としては不出来だわ。腕の良い加治屋ならそんな仕事をする訳はない。だから???……」「だから何だぁ」「だからぁ……きっと丈夫な剣を作るのに一番良い量のスズを胴に混ぜたのよ」「丈夫な剣って何だ?」「固くて良く切れる事。簡単に折れない事。だから、しなりの良い剣に仕上げる事。その為にはスズの混ぜ方が大事なんだわ。スズの混ぜ方で銅の性質が変わるのね」「アハハハハ……すぐに先生を追い越しそうだなぁ」と、スロ船長が私達の授業に加わってきた。「実は俺の国で作る鉄の製品でもそうさ。色んな他の石を混ぜるのさ。鍋を作るのか鍬を作るのか、それとも金槌か。硬さが大事か、柔らかくても良く曲がる方がいいのか。何に使うかで鉄の性質を変えるのさ。そこが職人の技と云うもんだ。国を強くするには百人の屈強な戦士より優れた技を持った職人を百人持っている方が百倍良いのだよ」と、スロ船長が教えてくれた。どうやらスロ船長は、荒くれ海賊どもの荒くれ親分だけではなさそうだ。「これはおまけだ。しっかり覚えておけよ」と、加太が今日の授業のまとめをしてくれた。「スズの量を増やしていくと固くなりだんだん白銀色になっていくんだ。だから銅鏡はそうして作る。でも固くなればなるほど割れ易くなるだろう。だから剣の場合は折れない様に適度な固さで止めるのだ。そうすると黄金色になる。中でもアタテル(阿多照)叔父さんの剣は美しさと丈夫さとの両方を兼ね揃えているのさ。だからスロ船長は本当に交換したいのさ」加太がそう説明し終ると「へぇ~俺の剣はそんなに良いものなのかい。俺の剣とスロ船長の剣じゃ。丸木舟とジンハン(辰韓)船位違うと思っていたのに」と、アタテル(阿多照)叔父さんがため息をついた。すると「もし丸木舟に例えるのなら、強度を失わないギリギリまでの削り込みがされた丈夫で軽い舟体。緻密な削りが生み出す木肌のきめ細かい美しさ。それらが合わされ醸し出される滑らかで優美な曲線。もうこんな代物は三千世界をいくら駆けまわっても出てこないよ。さぁ買うなら今だ」と、商売口調でイタケル(巨健)伯父さんがアタテル(阿多照)叔父さんの迷いを煽った。「えぇ……迷うなぁ。鉄剣だぞぉ。鉄剣と交換しようとありがたい事言ってくれてんだよ」アタテル(阿多照)叔父さんの心は大波で沈没しそうである。その様子を見て「急がんでも良いよ。互いが分かれる日までゆっくり考えておいてくれ。俺はそれまで待つよ」と、スロ船長がアタテル(阿多照)叔父さんの肩を叩いて船室に消えた。

~ クジラの海峡 ~

右手には、ソノギ(彼杵)と呼ばれている大きな島が見えている。この島の向こうにも陸地に囲まれた地中海があるそうだ。この一帯は、彼杵(ソノギ)沫裸党の縄張りらしい。族長はウツヒオマロ(鬱比表麻呂)という名である。ウツヒオマロ(鬱比表麻呂)が率いている彼杵沫裸党は、私達と同じアマ族である。しかし、イト(伊都)国との関係はあまり良くないそうだ。だから、ジンハン(辰韓)船は、対岸から大きく離れて航行している。同じ位の距離を置いて、左手にチカノシマ(値賀嶋)と呼ばれている大きな島が見えている。でも、ひとつの島ではなくて、大小いくつもの島が重なって見えているそうだ。そこは、三人の兄弟がそれぞれ手分けして治めている。彼らは志賀(シカ)沫裸党と呼ばれている。やっぱり同じアマ族だけど、彼杵沫裸党とは、敵対関係に有り去年は大きな戦さをしたらしい。今のところは休戦状態らしいが、ここは緊張の海なのである。

「おお~イサナ(勇魚)だ。イサナ(勇魚)の群れがいるぞぉ」と、未来の漁労長ハイト(隼人)が興奮気味に声を上げた。そのイサナ(勇魚)は、小さい歯鯨(ハクジラ)だった。フルクタマ(布留奇魂)村の若衆組が、囲い込んでいる鯨もこの歯鯨だ。母ぁ様がクマ族に殺された時に、村の男達が追っていた鯨は、おおきな髭鯨(ヒゲクジラ)だった。小さな歯鯨一頭位では、村の皆がひと冬生き延びるのは無理だ。歯鯨でひと冬を生き延びるなら、フルクタマ(布留奇魂)村の若衆組の様に、囲い込んで数十頭を確保しないといけない。でも私達の村には、囲い込むのに適した入り江がないので、沖の大きな鯨を狙うのだ。大きな鯨を狙うのは命がけで、昔から何人もの男衆が命を落としてきた。鯨捕りは、魚を釣る様には簡単にはいかない。村総出の大仕事になる。でも、大きな髭鯨だったら、一頭仕留めただけで、村人達が数カ月も餓えなくてすんだ。だから、鯨漁が不振だった年は、村は飢えに苦しんだ。そんな飢餓に襲われた冬には、フルクタマ(布留奇魂)村の若衆組が、自分達が食べる分を割いて歯鯨を持って来てくれた。フルクタマ(布留奇魂)村は、クシ(躬臣)国の南端の漁村だ。でも困った時は、私達アタ(阿多)国やウノ(烏奴)国の村にも、歯鯨を分け与えて助けてくれる。国境は何で決めているのだろう。私には国境の意味が分からない。そして、阿多の海に暮らすアマ族も国境の意識が薄い。だから平気で国境を越えて行き来する。特に好き合った男と女には国境なんて隔たりは無い。私の村にもウノ(烏奴)国やヘリ(巴利)国、それにキ(鬼)国など周辺の国から、嫁に来た者も多い。ハイト(隼人)のお母さんも、クシ(躬臣)国のフルクタマ(布留奇魂)村から嫁に来たのだ。そしてハイト(隼人)のもう一人の爺ちゃんも、フルクタマ(布留奇魂)村の漁労長なのだ。そんなハイト(隼人)だから、イサナ(勇魚)の群れを目にして血が騒がないわけがない。でも鯨漁をしているゆとりは無い。ここは、戦場(いくさば)なのだ。いつ彼杵沫裸党の軍舟が、襲ってくるかも知れないのだ。いわんや、彼らの食糧に手を出す素振りを見せるのは、火に油を注ぐ様なものである。ジンハン(辰韓)船の立てる波に歯鯨がたわむれている。その歯鯨達を伴って私達の船は静かに北上した。昼を過ぎた頃、風向きが変わった。そして船足が遅くなってきた。この様子だと、今夜は船内で一夜を明かす事になりそうだ。

 末盧国は、六つの党に分かれている。と、スロ船長が教えてくれた。そして各党の六人の族長の中から、末盧国の統領が選ばれているそうだ。末盧国は、総勢だと七万二千人の大集団の様である。でも内紛が絶えず、隣のイト(伊都)国の国力には遠く及ばない。最も勢力が大きいのは佐志沫裸党の様だ。だからいつも佐志沫裸党の族長が末盧国の統領に治まっている。末盧国六党の結束が一番強まったのは、先代のミルカシヒメ (美留橿媛)の時だった。ミルカシヒメ (美留橿媛)は、とても大きな力を持った月読命だったのだ。この女族長の跡を継いだのは、長男のヒラフ(比羅夫)だった。ヒラフ(比羅夫)には美夏という妹がいた。ヒラフ(比羅夫)は、度量の大きな男で、東海の海人は、みなヒラフ(比羅夫)の元に集った。夷洲国(台湾)を拠点にする大海賊王、ジェン・チーロン(鄭赤龍)もそのひとりで、若き日に意気投合した二人は、義兄弟の契りを交わした。その後、妹の美夏が、夷洲国(台湾)の海賊王、ジェン・チーロン(鄭赤龍)に嫁ぎ東海の勢力は、とても安定した。しかし、一昨年その大統領だったヒラフ(比羅夫)が亡くなり佐志沫裸党の内紛が発生した。内紛は志々伎(シジキ)沫裸党に婿入りしていた長男のカガミ(香我美)と、志佐(シサ)沫裸党の女族長であった長女・ミソノ(美曽野)を柱とする二派に分かれての戦さだった。カガミ(香我美)派には、カガミ(香我美)の盟友であるソトミ(外海)率いる彼杵沫裸党が加わった。ソトミ(外海)は、族長ウツヒオマロ(鬱比表麻呂)の長男である。そして今、私達が航海しているクジラの海が、ソトミ(外海)の縄張りである。ソトミ(外海)には、コトミ(琴海)という妹がいる。私達のジンハン(辰韓)船から右手に見える山の向こうに、コトミ(琴海)の縄張りである地中海がある。「彼杵沫裸党」は、勇猛果敢で知れたアマ族で、その戦力は海賊並である。アマ族と海賊とは、同じ海人でも性格が違う。アマ族の中心的な生業は漁である。だから各地の漁場に、各地のアマ族が定着してきた。一方、海賊の本業は商人や職人である。海の賊と云うけど山賊や追い剥ぎの類とは違う。泥棒が生業ではないのだ。いわば戦闘的貿易集団と言えるかも知れない。平たく言えば自分の身は自分で守る商人達である。もちろん力ずくの商談もある。だから、腕力だけでは海賊王には成れない。賢くて人望がないとだめなのだ。

ミソノ(美曽野)派は、志佐沫裸党を柱に、次男の熊丸が婿入りしている佐瀬布(サセブ)沫裸党と、ミソノ(美曽野)の夫であるタリミミ(多理耳)が率いる志賀沫裸党の三党である。物量では、ミソノ(美曽野)派が勝り。武力では、カガミ(香我美)派が勝っていた。しかし昨年の海戦で思いがけなく、頭領のカガミ(香我美)が水死した。そこで現在は、ミソノ(美曽野)が二代目ミルカシヒメ(美留橿媛)となり一応の治まりはついた様だ。しかし、この戦さは、倭国大乱の代理戦争でもあった。今、倭国では、イト(伊都)国を盟主とする「倭国統一同盟」が中央集権化を進め富国強兵を目指している。しかし、これまでの様に、各部族の自主権を守ろうとする勢力は「倭国自由連合」を結成し、両派は長年争っている。先代のミルカシヒメ(美留橿媛)は、「倭国統一同盟」の大巫女様だった。しかし末盧国で「倭国統一同盟」に属していたのは佐志沫裸党だけだった。とはいっても佐志沫裸党は、もっとも勢力が大きいので、他国からは末盧国も「倭国統一同盟」陣営だと思われていた。ましてやミルカシヒメ(美留橿媛)は「倭国統一同盟」の女王である。しかし跡を継いだ大統領ヒラフ(比羅夫)は、自由な海の民に魅惑されていた。「もし自分が末盧国の統領でなければ、海賊王ジェン・チーロン(鄭赤龍)の死友と成り、世界の海を自由に駆けまわりたい」と、ひそかな願いを抱いていた。その思いは長男のカガミ(香我美)に大きな影響を与えた。カガミ(香我美)は、小柄だが俊敏な奴だった。海に入ればイルカ(海豚)の様に素早く優雅に泳いだ。そして陽に焼けた顔に、笑うと胸がすく様な白い歯を光らせた。カガミ(香我美)のその笑顔は、男同士でさえわくわくさせた。「こいつとならどんな遠くまでも、たとえその先にどんな危険が待ち受けていても行こうではないか」と思わせた。女にもてたのは言うまでもない。若い娘だけでなく国中の後家さんさえカガミ(香我美)が通る日には紅を厚く引いた。ミソノ(美曽野)は、素直で愛らしい娘だった。祖母さん子でいつも先代のミルカシヒメ (美留橿媛)の後を付いて回っていた。その上、その霊力は幼い時から既に知れ渡っていた。天候の異変や、災難を言い当てる事なんかは序の口だった。ある日、悪がき供が朽ちた舟を川に浮かべて遊んでいた。朽ちて空いた穴に、干潟の泥を詰め込んで浮かべた泥舟だ。泥舟はあっと言う間に沈没し、一番小さい男の子が溺れて死んだ。しかし川原に寝かされたその子に、よちよち歩きのミソノ(美曽野)が触れた途端に、子供は息を吹き返し、おぎゃーと泣き出しだ。「黄泉帰りの法」と言うらしい。それを見ていた大勢の民は、ミソノ(美曽野)が、ミルカシヒメ (美留橿媛)に成る事を疑わなかった。カガミ(香我美)と、ミソノ(美曽野)は、周りが兄弟婚の心配をするほど仲睦まじかった。もし、カガミ(香我美)が自由の民に憧れを抱かなかったら、カガミ(香我美)は、ミソノ(美曽野)の審神者(さにわ)と成り「倭国統一同盟」の主要な指導者になっていただろうに惜しい事をした。と、スロ船長がしんみりと暮れゆく鯨の海に声を落とした。

ジンハン(辰韓)船は、チカノシマ(値賀嶋)から続く島影のひとつに停泊した。平和の海であれば、彼杵島の海峡を通過して、内海に入り北上した方が、波も穏やかで良いそうだ。しかし、そこは志々伎沫裸党と彼杵沫裸党の勢力下にある海である。だからジンハン(辰韓)船は、大きく外洋を回って末盧国の港を目指す事になった。チカノシマ(値賀嶋)の島影に夕日が沈み始めた。そして赤く染まったスロ船長の横顔がとても悲しそうに見えた。

~ 多島海の海戦 ~

七日目は恐怖の朝で始まった。夜が明けてみるとジンハン(辰韓)船は彼杵沫裸党の軍舟に囲まれていた。船の大きさは、ジンハン(辰韓)船の方がはるかに大きく、彼杵沫裸党の軍舟は、小舟並みの大きさなのだが、何しろ舟数が多い。五艙が鏃(やじり)型の陣形を取り八方を囲んでいる。そして、各舟は楯を重ね合わせ亀の甲羅の様な防御を施している。これでは、とてもジンハン(辰韓)船一隻では勝ち目はない。すると軍舟の一艘が漕ぎ寄せてジンハン(辰韓)船の横につけた。そして三人の沫裸党が乗り込んできた。二人は兵児帯ひとつで文字通り裸に近い。もちろん素足で、私達海女が漁をする時と同じ姿だ。違いは腰ひもの背に差した磯かぎが、鋸刃の短剣に成っている事だ。いつでも海に飛び込み潜る事が出来る。そして海に潜ったら敵船の船底に穴を空け沈没させるのだ。ひとりが付ける傷だけなら沈没する程の穴など開かない。しかし、四十艘の軍舟に乗った男衆が次から次に潜って来たら無事では済まない。もし十分な距離が開けば、泳ぎ来る海人に、ジンハン(辰韓)船の甲板から大量の弓を射かけて撃退できるだろう。盾に守られた軍舟から泳ぎだした河童なら射抜く事も容易い。それは、ジンハン(辰韓)船の兵士にとっては止まった的に当てるほど簡単な事だろう。しかし、この距離ではひと潜りで船底に入ってしまわれ、弓を射かける暇を与えない。アマ族の私でなくてもスロ船長ならこの水中戦の術はお見通しだろう。だから勝敗はすでに決まっているのだ。

沫裸党のもう一人は女の人だった。鮮やかな赤い薄絹で腰を覆い、鰐皮の胸当てを着けている。顔には口から耳元にかけて繊細な線で描かれた入れ墨を施していた。元々整った顔立ちをその入れ墨は一層美しくしていた。そして、引き締まった腹筋が女戦士を予感させる。「相変わらず美しいな。コトミ(琴海)。もう婿は取ったか?」と、スロ船長が女戦士に声をかけた。すると女戦士コトミ(琴海)は「チュヨン(鄭朱燕)姉さんには敵わないよ。生きてりゃ今年三十路の女盛りだ。まったくどいつの悪行なんだい。何でチュヨン(鄭朱燕)姉さんが死ななきゃならなかったのかい」と、スロ船長に返事を返した。どうやらふたりは旧知の仲の様である。しかし、気楽に談笑できる関係ではなさそうだ。「嗚呼、俺も知りたいよ」と、力なくスロ船長が言った。「ところでコトミ(琴海)よ。何で俺の船に戦さを仕掛けてくるんだ。それとも、俺の船だと知らずに襲ってきたのか」と、淡々とスロ船長が問い詰めた。他の船乗りは、皆自分の剣の柄に手をかけている。スサト(須佐人)も、曲刀に手をかけている。アタテル(阿多照)叔父さんは、すでに美剣の黄金色を光らせている。一発触発の緊張感が甲板を覆っている。「この船に乗っているジンハン(辰韓)国の姫様が欲しい。おとなしく渡してくれないか」と、女族長のコトミ(琴海)がやんわりとした口調で言った。すると「駄目だ」と、きっぱりとした口調でスロ船長が拒否した。「いくら勇猛で鳴らした海賊王のスロ船長でも、この状況でその返事はないんじゃないの」と、女族長のコトミ(琴海)が言うと、威嚇する様に、数十人の沫裸党の男が海に飛び込んだ。ジンハン(辰韓)船の船乗りも一斉に剣の鞘を抜いた。「済まないねぇスロ船長。こうでもしないとあんたの顔が立たないと思ってね」と、女族長のコトミ(琴海)は、その美しい脚に結えていた朱塗りの鞘から刃を抜いた。そして上目越しにスロ船長に凄んだ。しかし「心配するな。お前の舟団に気付かないで乗り込まれた時点で、俺の顔はぐちゃぐちゃにつぶれている。しゃぁないから後は、お前と刺し違えて死ぬか。お前の様な美人となら素敵な旅立ちになろう」と、スロ船長は茶化して答えた。空かさず「駄目だね」と、女戦士がきっぱりとした口調で拒否した。「あの世ではチュヨン(鄭朱燕)姉さんがあんたを待っているだろう。私が付いて行ったら馬鹿みるよ」と、先の見えない緊張感が敵味方なく高まった。そこへ「一方的な高値を押し通してもいい商売にはならないよ。商売は少しずつ相手に手の内を見せながらやらないと、かえってうまくいかない。つまり、お互いの落とし所が見えないだろう」と、イタケル(巨健)伯父さん割り込んできた。「おお~援軍のおでましか。どこの誰だいこの勇ましい色男は?」と、女戦士の刃が、今度はイタケル(巨健)伯父さんに向けられた。「私は、姫様の伯父だ」と、イタケル(巨健)伯父さんが答えると「あは~ん。あんたがハタ(秦)家の頭領イタケル(巨健)か。水軍の頭領まで相手するのは、ちょっと骨が折れそうだなぁ」と、女族長コトミ(琴海)がうなずく様に言った。えっ!? イタケル(巨健)伯父さんも海賊なの???……私にはあの穏やかなイタケル(巨健)伯父さんが海賊の頭領だなんてとても思えなかった。それに、あのカメ(亀)爺だって……私の好奇心は爆発しそうだったが状況はそれを許さなかった。「いやいやただの河童の倅ですよ」と、謙遜してイタケル(巨健)伯父さんが答える。しかし、女族長コトミ(琴海)は凄みを崩さず「千歳川の河童と、木綿葉川の河童を合わせりゃ二万の河童衆の軍勢だ。私らはその半分にも満たないんだから、総力戦になりゃ私らに勝ち目は無いのは誰にでもわかるさ。いやな奴が乗ってやがったもんだわ。しかたない。それなら、あんたと商談とやらを始めようじゃないか」と、戦局はイタケル(巨健)伯父さんの手に渡った。「コトミ(琴海)大将が必要なのは、ピミファ姫だけなのかい。ユリ(儒理)王子はいらんのかね」と、イタケル(巨健)伯父さんが聞いた。すると「おまけでつけてくれるなら王子も連れて行くよ」と、コトミ(琴海)大将が答えた。「アハハハ……ユリ(儒理)はおまけか。と、云う事はジンハン(辰韓)国の人質が欲しいわけじゃないらしいなぁ」と、イタケル(巨健)伯父さんは何事か察する様に言った。「人質ならスロ船長をつれていくさ。ピャンハン(弁韓)国の宝物庫は底なしだからね」と、コトミ(琴海)大将が、ぶっきらぼうに答えた。「金より貴重な物をうちの姫が持っているのかい」と、イタケル(巨健)伯父さんは探りを入れる様に聞いた。すると、苛立った様に「出し惜しみは止めてくれ。あんたが知らない訳がないだろう。あんたの姫様の力を」と、コトミ(琴海)大将が声を荒立てた。「何が起きたのかコトミ(琴海)姫の国の事情をもう少し出してはくれませんかね」と、イタケル(巨健)伯父さんが穏やかだが押しの有る声で言った。「あ~回りくどい商談はもう止めだ。誰か座る物を持って来てくれ」と、女戦士は突然休戦宣言をした。そしてコトミ(琴海)姫の話はこうだった。 今年の春先から、彼杵島では、死病が流行りだしたそうだ。春先はただの風邪かと放っていたが、初夏になると、更に風邪の症状が酷くなる者が多くなった。そして、ついには、弱った年寄り子供から死人まで出始めた。昔なら、こんな災難が襲った時には、ミルカシヒメ (美留橿媛)の力で治めてもらっていた。しかし、今のミルカシヒメ (美留橿媛)であるミソノ(美曽野)とは敵対関係だ。今、ミソノ(美曽野)に頭を下げに行くのは、死ぬ事と変わりない。そこで、異例な事だが、アタ(阿多)国の大巫女様にお願いに行けないか。と云う話が持ち上がった。倭国には、三人の大巫女様がいると言う。ひとりは、北の海に住む大巫女様。ひとりは、ミルカシヒメ (美留橿媛)。そして三人目はお祖母様である。その中でも、巫女としての力はお祖母様が一番強く、南の大巫女様と呼ばれている様だ。そして、お祖母様の力が、北は千歳川から、南は夷洲国(台湾)までの南海を照らしていると言う事である。その為にクマ族でさえ、お祖母様の森には踏み込まなかったのだ。更に近頃、倭国中で広まった噂では、私にはお祖母様の力より大きな巫女の力があるそうだ。コトミ(琴海)姫の口からその言葉が出た時私は「へぇ~そうなんだぁ」と、しか受け止められなかった。私がぽか~んとして他人事のように聞いているのでコトミ(琴海)姫が怪訝そうな顔で私を見ていた。すると、イタケル(巨健)伯父さんが私を向いて「まさかこんな所でこんな話になるとは夢想だにしなかった。だから、ところどころ分からん話も出てくるだろうがピミファよ。しっかり聞いておくれ。コトミ(琴海)姫が言った噂が、どんなものかは私も知らない。だが、どうやら、タマキ(玉輝)が教えてくれた話と同じ事の様だ。そしてお前のその大きな力に気付いていないのは、お前自身だけらしい。まぁ~自分の顔を、直接見れる人間はいないのと同じ事かも知れんなぁ。この話は俺には大役だがまぁ仕方が無い。分からん所は帰った時に大巫女様かタマキ(玉輝)に聞いてくれ」と、前置きをして奇妙奇天烈な話をし始めた。

《イタケル(巨健)伯父さんが語るこの世界の真実》

 タマキ(玉輝)の話では、この世界は五つの気の流れで動いているそうだ。五つの気の働きについては後でテル(照)お婆に詳しく習いなさい。二~三日で覚えられる様な簡単な話ではない。それに、実は私もお前に教えられるほど詳しくは知らないのだよ。その方面は、ハタ(秦)家の役割じゃないので習っておらんのだ。その方面は、ジョ(徐)家の役割だからなぁ。よほどタケル(健)の方が私より詳しかったかも知れん。しかし、ジョ(徐)家でもどこまで他人に語って良いのか口外はしていない。だから、ジョ(徐)家の誰がどこまで知っているのかも、ハタ(秦)家の私には分からない。もしテル(照)お婆が教えてくれるなら、先ほど言った様にテル(照)お婆に習いなさい。フク(福)爺の妹のテル(照)お婆なら私よりよほど詳しいだろう。私が知っているのは、この世界が、五つの気の流れで動いていて、大巫女様と呼ばれる方は、その気を操れるという事までだ。しかし五つの気を、すべて操れる人はなかなかいないそうだ。だから操れる気で得意分野が分かれるらしい。コトミ(琴海)姫の話に出てきた北の海に住む大巫女様は「風読の巫女」と呼ばれている。ミルカシヒメ(美留橿媛)は「月読の巫女」と呼ばれている。そしてお祖母様は「日読の巫女」と呼ばれている。ただ、私ら商人や漁民や農民の様に互いの縄張りがある訳ではない。その人が持って生まれた定めで操れる気の種類が決まるらしい。しかし私は言葉で語れる範囲しか分からん。気とはどういうものか身体で分かるのは巫女だけだからな。だから、ここから先はピミファの方が分かっているのじゃないか。私がタマキ(玉輝)の話で得た知識は「巫女は気を操り森羅万象の力と同化する。森羅万象の力と同化した巫女は既に人ではなく、異化したモノである。それはもっとも神様に近づける存在だ」と、言う事までだ。そしてその事以外に私が知っているのは、お前の力は、お前が知る以上に大きいと言う事だ。タマキ(玉輝)が言うには、お前の母ぁ様の力も、大巫女様の力を超えていたそうだ。「私の力は頑張って母ぁ様(お祖母様)の力まで。でも姉ぇ様の力は、私では測り知れない大きさだった。そしてピミファの力はさらに怖しいまでに強い」と、良く聞かされた。村の皆がお前の母ぁ様の事を「姫巫女様」と呼ぶのはその為だ。姫巫女様は、日読の巫女ではなく「日巫女」に成れる巫女なんだよ。「日巫女」とは、五つの気を全て自在に操れる巫女だ。だから大勢の人を生かす事も、殺す事も容易いに出来る力が有るらしいのだ。それがイン(尹)家の巫女を歴代の王家が恐れ、そして重んじてきた理由だ。しかし「日巫女」として目覚める巫女は滅多に出ないそうだ。お前の母ぁ様は「日巫女」として目覚める力を持っていた。だから皆がとても期待していたんだ。でも残念ながら若くして矢に倒れた。長老達が伝え継いで来た話では「日巫女」が生まれるのは数百年に一人だとも言われている。それも戦乱の世だけに生まれるらしいのだ。だから「日巫女」は戦場(いくさば)の巫女でもあるのだよ。

タマキ(玉輝) が大巫女様に授けられたのは、日読の巫女の秘儀だけだ。「日巫女」は秘儀で目覚める訳では無いらしい。だから、大巫女様がおまえに授けた秘儀は、すべて気を抑える術ばかりだったそうだ。そして「気を放つ秘儀はあの子には不要だ。今あの子が不用意に気を放てば大勢の命が無くなる」と、大巫女様は言ったそうだ。それが何を意味しているのかは私には分からない。しかし、確かにお前からは、私でも大きな力を感じる。きっと、お前はもう「日巫女」として目覚めている筈だ。そして、今度の旅でお前に出会った人々も、皆そう感じた筈だ。だから人から人へと一気におまえの噂が倭国中に広まった。特に山の民の頭領メラ爺が流した「日巫女様がこの世に降り立ったぞぉ。戦場(いくさば)の巫女様の復活だぁ~」と、言う宣伝文句は、すでに蝦夷の国まで流れているらしい。……嗚呼~……どうやら、ピミファの顔が、魂が抜けたほど呆けてきたから、私の話はこれでお仕舞にしよう。

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と、イタケル(巨健)伯父さんの話は終わった。そして、腑抜けになっている私を差し置いて、船上はまた、私の貸し借りについて商談の場に戻った。「ところで、うちの日巫女様の貸出料は、いかほどになるのかね」と、イタケル(巨健)伯父さんが、コトミ(琴海)姫に交渉を迫った。「河童の頭領を相手に小出しの商談をするつもりはないさ。日巫女様がわたしらの土地に降臨してくれるなら、この船を平戸の瀬戸まで案内し、無事!ミソノ(美曽野)の元まで送り届け様じゃないか。ミソノ(美曽野)の評判を上げる手助けをするのは悔しいけどそんな意地張ってる場合じゃ無いからね」と、コトミ(琴海)姫は真顔で言った。するとコトミ(琴海)姫の条件に、スロ船長が異議を申し出た。「それは、カガミ(香我美)派を裏切ると云う事にならないか。お前の云う航路は一番魅力的な航路だが、カガミ(香我美)派のど真ん中を航行すると言う事だろう」しかしコトミ(琴海)姫は平然と「私は仲間を裏切るつもりはないさ。日巫女様降臨のお礼参りにちょっと通してもらうだけさ」と言った。「例え彼杵衆を、お前がなだめたとしても、頭領のカガミ(香我美)を奪われた志々伎衆が黙って通す訳がないだろう。あの平戸の瀬戸で志々伎衆に攻められたらあっと言う間もなく撃沈だ」と、スロ船長が恐ろしい事を言った。ところが「そう成ったら、そう成ったで良いじゃないか。あんたは恋しいチュヨン(鄭朱燕)姉さんにまた会えるんだし」と、コトミ(琴海)姫はスロ船長を手玉に取った。「そんな間が抜けた死に様じゃ、あの世でチュヨン(鄭朱燕)に蹴っ飛ばされるよ」と、スロ船長が嘆いて見せた。「あ~チュヨン(鄭朱燕)姉さんならきっとそうするね」と、コトミ(琴海)姫もやり返す。そして「コトミ(琴海)まじめに交渉しろ。イタケル(巨健)殿が呆れているぞ。」と、スロ船長がややいらつき始めた。「いやいやお二人の話を楽しんで聞いていましたよ。お二人は元恋人?」と、イタケル(巨健)伯父さんが陽気に尋ねた。「止めてよ。こんな女たらしの海賊王の恋人なんかに誰が成るものか。私には、チュヨン(鄭朱燕)姉さんみたな広い心は無いよ。チュヨン(鄭朱燕)姉さんの心が東海の広さなら、私の心は平戸の瀬戸の狭さよ。とてもスロ船長が暴れられる広さじゃないね。私が憧れていたのはチュヨン(鄭朱燕)姉さんの方よ。血の繋がりは無かったけどね。チュヨン(鄭朱燕)姉さんは、カガミ(香我美)とミソノ(美曽野)の従姉弟だったのよ。それでわたしとスロ船長も面識があるだけよ」と、コトミ(琴海)姫の方が先に答えた。そして「こいつはカガミ(香我美)の恋女房さ。俺とコトミ(琴海)の共通点は、互いにこの海で恋人を失った事だ」と、スロ船長が付け加えた。「これは立ち入った事を聞いてしまった。ゆるしてくれ」と、イタケル(巨健)伯父さんが深々とコトミ(琴海)姫に頭を下げた。「いいよ。気にしなくて。実はスロ船長の顔を見ると嬉しくも成るんだよ。カガミ(香我美)と私と、チュヨン(鄭朱燕)姉さんとスロ船長と四人で飲み明かしていた幸せな頃が思い出されてさ。さぁ~て、じゃぁイタケル(巨健)殿、まじめに商談と参りましょう。この商談が成立したら日巫女様はわたしらの村で降臨してもらうよ。代わりに私がジンハン(辰韓)船の船先に立ち守り神になる」と、コトミ(琴海)姫はさばさばした表情に成り言った。「コトミ(琴海)らしい無謀な策だな。そんな危ない橋なら、外洋を遠まわりした方が無難だ」と、スロ船長が皮肉めいて言った。「駄目だよ。スロ船長はそうするだろうと、ソトミ(外海)兄貴と志々伎衆は、志々伎島南端の宮之浦に、百槽を超える軍舟を隠して待ち伏せしているからね」と、コトミ(琴海)姫が駄目押しをした「もし、お前の今の話が本当なら、お前は間違いなくカガミ(香我美)派の情報を漏らした裏切り者だぞ」と、スロ船長がコトミ(琴海)姫に鼻先を付ける様な勢いで迫った。「仲間を裏切る気は無いと先っきから言っているだろう。私はあんたと一緒に、チュヨン(鄭朱燕)姉さんと、カガミ(香我美)の一周忌がしたいだけさ。あのクジラの海峡でね」と、コトミ(琴海)姫も引かない。そこで「加太殿どう思うね」と、イタケル(巨健)伯父さんが加太に聞いた。「私はコトミ(琴海)さんの提案を支持するよ。歴戦練磨のスロ船長の意見を無視して悪いが、風が西から吹き始めた。コトミ(琴海)さんの話が本当なら、外洋に出る前に志々伎衆の早舟に捕まるね。どうだねスロ船長。私の読みは」う~んと考え込んでいたスロ船長は、不意にそれまでの慎重な態度を翻し「仕方ない、コトミ(琴海)が誘うなら、久しぶりにチュヨン(鄭朱燕)と、カガミ(香我美)に会いに行くとするか」と、いつもの陽気な船長に戻った。コトミ(琴海)さんの本当の目的は、私の降臨だったのかしら。 私にはスロ船長の窮地を救うのが本当の目的だった気がしてきた。「ところで、日巫女様が降臨するなら、両脇にはお供の衆が必要だろう。私がお供の衆に立候補をしたいが、この条件は飲んでくれるかなコトミ(琴海)頭領殿」と、加太が言い出した。「そりゃ~願ったり叶ったりさ。これで益々ご利益が高くなりそうだ。こっちからお願いしたかった位さ。伝説の神医様」と、コトミ(琴海)姫が喜びの声を返した。加太ってそんな偉い人なの???…… 私にはミヨン(美英)に鼻の下を伸ばして尻に引かれている助平ぇ親父にしか見えないのに。「加太が行くなら私も行く」と、シカ(志賀)が駆け寄って来た。「駄目だ。シカ(志賀)はユリ(儒理)の御供だろう。ユリ(儒理)と行かなきゃ」と、加太が言った。シカ(志賀)は迷っていたが「私は加太と、そして、ピミファ姉ぇ様と一緒に行く」と、言い出した。するとアチャ爺が「残念だったなぁシカ(志賀)やぁ。もう一人の御供はわしと決まっているんじゃよ」と、言い出した。「どうして」と、シカ(志賀)が涙ながらに食い下がった。「どうもこうも、女神様の御供は昔から男供だと決まっている。ここはコウ(項)家の代理人として加太殿が、ハタ(秦)家からはワシが代表して日巫女様のお供をする。そして、デン(田)家の頭領アタテル(阿多照)とハタ(秦)家の頭領イタケル(巨健)は、ユリ(儒理)王子様を守って行ったと言う事にしてくれんかね。そうすれば釣合いが取れるじゃろう。それに何と云ってもシカ(志賀)はユリ(儒理)坊の守り神だろうが」と、諭されてシカ(志賀)も渋々同意した。神医の加太だけでなく、年寄りのアチャ爺にも、これはタチ(性質)の悪い流行り病じゃ無いかと直感が走ったのだ。だから何としても一番感染に弱い子供のシカ(志賀)を連れていくのは危険だと思ったのである。でも良く考えてみれば、私だってまだ十三歳の子供だ。「私の事はふたりとも良いの?!」と、言いたかったが、アチャ爺からは「日巫女様に挑もうと云う性根の座った悪霊がどこにおる。あははは……」と笑われそうだからグッと言葉を飲み込んだ。

⇒ ⇒ ⇒ 『第2部 ~イト(伊都)国の別れ~』へ続く

卑弥呼 奇想伝 公開日
(その1)卑弥呼 奇想伝 | 第1巻《女王国》 2020年9月30日
(その2)卑弥呼 奇想伝 | 第1巻《女王国》 2020年11月12日
(その3)卑弥呼 奇想伝 | 第1巻《女王国》 2021年3月31日
(その4)卑弥呼 奇想伝|第1巻《女王国》第4部 ~棚田の哲学少年~ 2021年11月30日