幕間劇(34)「北の防人・西の防人」
そこは奇妙な光景の町だった。小高い丘の上に電波塔が建ち、その裾野に住宅が広がっている。しかも整然とした街並みではなく、無作為に家が立ち並んでいる。元は段々畑も広がっていたようで、雑木林と畑と家とが混在していた。子供たちの遊び場としてなら格好の風情である。そこに猫の道かと思わせる不思議な道がある。
細くうねる道は、他人の家の庭先や、畑の畦道をすり抜けている。普通であれば、勝手に庭先を通られ、畑の畝(うね)を道代わりにされれば、それぞれの地権者は怒りそうなものだが、皆、頓着がない。
朝の光が斜面を照らす頃、アリの隊列のような制服姿が集団で、人様の庭先を平然と横切っていく。低い土塀をひらりと飛び越え、竹穂垣の庭門をくぐり、雑木林の深緑へと消えていく。門口にたたずむ老人が、その背中に目を細めた。
「おはようございます!」
すれ違いざまに交わされる若い声。ご隠居たちは嬉しそうに目を細め、手にした箒の手を止めて「いってらっしゃい」と声をかけるのだった。
俺もまた、足下にうねる猫の道を伝って仕事場へと向かっていた。潮の香りが残る北の岬に抱かれ、かつては静かな半農半漁の小さな村だったというこの街も、国鉄が伸び、岬を巡るバス路線ができると、またたく間に近隣都市のベッドタウンへと姿を変えつつある。命を救ってくれた「おかまの万亀さん」が生まれ育った風が、雑木林の深緑を揺らしていた。俺はいま、市内の小さな写真館でアルバイトとして働き始めている。
写真館は老夫婦が営んでいるのだが、交通網が整ったことで周辺町村からの依頼が増えていた。そこに、美大で写真を専攻していた俺が現れた。若い写真家の存在は、老夫婦にも有りがたかった。そこですぐに採用が決まった。実はこの仕事、万亀さんの母親が口を利いてくれたのだ。どうやら老夫婦とは同郷人らしい。そして、万亀さんがかつて使っていた部屋に身を寄せ、毎朝、その妹とともに獣道を歩いて通う。
万亀さんの妹は「阿亀(あき)」という名だった。万亀さんとは父親違いの妹で、十五歳も歳が離れていた。阿亀は今年から市内の高校に通い始めた。この獣道のルートは、彼女に教えてもらった。しかし、阿亀は無愛想な娘だ。陽気だった万亀さんとはまるで正反対でお愛想笑いなどしない。だから友達も少ないようだ。
昭和四十九年の冬、俺は姉の民子と、まだ見ぬ我が子を同時に失った。その瞬間、俺の中で何かが砕け散った。翌年の四月三十日、サイゴンの街が落ちたというニュースを耳にした。だが、俺の人生はそのずっと前に途切れていた。東南アジアからインド、中東へと放浪の旅を続けた末、新宿の公園でひっそりと浮浪者暮らしを始めた。自己への憎悪は日増しに高まり、荒れた暮らしをしていた。なぜ生きているのかを問う気力さえなかった。だから、無意味に生きていた。
鼻を突く臭いに吐き気がする。酔った男たちが段ボールの小屋を蹴る。
「目障りなんだよ。ゴミが!」
「やめてくださいよ」
「まだ若いのにぐうたら者ンが」
臭い息を吐き若い男が殴りかかる。俺はその腕をひねり関節を外す。別の男が足を払い投げ飛ばそうとするのを、二段小外刈りで返して投げ倒す。みぞおちに蹴りを入れる。男は汚物を吐き出す。その後頭部にキックを放ち失神させる。ほどなく駆け付けたヤクザ者に囲まれ組事務所に引きずり込まれた。
爪を研ぎながら、若い親分が笑いながらすごむ。
「いい度胸してるじゃねぇか。入るかうちに!」
「殺してくれればかえって助かる」
と俺は不貞腐れる。若い衆が匕首(あいくち)を抜き、突きかかろうとした。その時である。声をかけた者がいた。
「やめなさいよ。そんな鯖の腐ったような奴を刺しても、あんたの沽券(こけん)に関わるだけだよ。およしなさい」
俺が顔を上げると、そこには派手な化粧をした「おかま」が立っていた。おかまは親分に声をかけた。
「あら、ちょっと良い男じゃない。目が腐っているけどね。ねぇ社長。この腐れかけの鯖、私に譲ってくれない」
「姉さんも物好きですね。そんなの貰ってどうするんですか」
「姉さんが欲しいと言うなら遠慮なく持って行ってもらって構いませんが、干物にもなりませんよ」
爪を研ぎながら、親分は鼻で笑った。俺を刺そうとした若い衆が親分に迫った。
「こいつぁ。安と尚を半殺しにした男ですよ。このまま見逃すわけにはいきませんよ」
「じゃぁお前は、姉さんに盾突こうっていうのか。いい度胸してるじゃねぇか」
「いえ、姉さんに盾突く気などはさらさらありませんが……」
と、若い衆は怒気を飲み込んだ。それを聞いた万亀さんは
「じゃぁ、貰っていくわね」
と明るく言い放つと、俺の手を引いて事務所を後にした。路地裏を歩きながら派手な化粧のおかまは
「私、マキ(万亀)。あんたの名は?」
「信夫」
「じゃぁノブちゃんね。どこ住んでいるの?」
「公園」
「あっそう。じゃぁノブちゃん、今夜から私の店の二階で寝なさい」
と、万亀さんはそれが当然であるかのように言った。万亀さんが立ち止まり、くるりと振り返り鼻をひくつかせる。
「ところであんた、風呂にはいつ入ったの?」
ぬっと顔が近づいた瞬間、ツンとした野良犬のような自分の臭いを押しのけるように、濃密なジャスミンの香りが鼻腔を突いた。万亀さんは愛想良く笑うと、千円札を取り出し
「そこの銭湯で風呂入ってらっしゃい。私の店、その路地裏の奥から三番目。『サイゴン』っていう名前よ。覚えた? 風呂、上がったら真っ直ぐいらっしゃいよ。分かった?」
そう言うと、彼女は路地裏に消えた。俺は路地裏の銭湯に入り、忘れていた湯の温かさを肌で感じた。それから残った金で中華そばを食べた。食べていると無性に久留米のラーメンが食べたくなり、そして英ちゃん、竜ちゃん、ジョー、マリー、美夏ちゃん、夏人、武吉の顔が浮かんで、なぜだか涙が止まらなくなった。泣きながら食べ終わると、店主の親父が麺だけをポンと丼に継ぎ足してくれた。
「けっぱれ(頑張れ)」
と小さく声をかけてくれた。俺はその言葉を耳に残しながら
「思へば遠くへ来たもんだ、十二の冬のあの夕べ……」
と中原中也の詩を口ずさみ、路地裏に向かった。そして、少しだけ自分の頑是(がんぜ)なさを悟った。だが“ああ、汚れちまった狐の皮衣は、どうしたら脱ぎ捨てることができるのだろう”という自己嫌悪の闇が晴れたわけではなかった。
夜の街に冷たい雨が降る夜だった。万亀さんが路上で刺されて息を引き取った。刺した男はヤクザ風だったが、動機も男の行方も分からないままだった。万亀さんに拾われた後、俺は店でバーテンまがいのことをやりながら、少しずつ社会復帰を始めていた。店は同性愛者が集まる場所だったが、俺は異性愛者のままだった。否、人を愛することに罪の意識を抱いていたのかもしれない。だからこそ、無愛想なバーテンを貫いていた。
きちんとネクタイを締めた中年のサラリーマンが重たいドアを開ける。ほろ酔い加減で
紐で吊るした「折箱(おりばこ)」を渡してくれた。プ~ンと木の香りと酢の香りが混ざる。
「はい、ノブちゃん。お土産」
「ありがとうございます」
と無愛想な声で礼を言う。客が少ない日には、万亀さんと昔話をした。万亀さんの本名は、「翁万亀男(おきなまきお)」という、驚くほど裕福で仁徳の高そうな名前だった。他の人ならそのギャップに吹き出しそうな名前だが、俺には納得できるものがあった。
万亀さんは、奥能登の生まれらしい。昔は相当な乱暴者で、あの若い親分の兄貴分だった時代もあるそうだ。「般若の翁」と言えば、裏社会では知られた名だった。二人で銭湯へ行った際、背中の般若を見せてもらったことがある。白い肌に刻まれた般若は「悲しみの鬼女」に見えた。
実は万亀さんは両性愛者だった。店を開くまでは「ヒモ」をしていたらしく、貢がせた女たちの金で店を出したのだという。万亀さんには「女を憎んでいる」節があった。だからこそ心を開いたのは男の人だったようだが、その人はベトナムで死んだらしい。そんな話を屈託のない笑顔で語るのを聞くうちに、俺の心も和らぎ、ポツリポツリと自分の身の上を語るようになった。
「仕方ないわね。私があんたの姉さんになってあげるから、元気出しなよ」
と万亀さんは言ってくれた。その万亀さんが、夜の街で刺され、独りで死んだ。俺は警察で万亀さんの遺骨を引き取ると、故郷の能登を訪ねた。血縁はなかったが、事情を話すと警察もあっさりと引き渡してくれた。店は同業者のママが引き継ぎ、名前もそのまま『サイゴン』として残すことになった。
奥能登を訪れると、万亀さんの母親は港町で漁師相手のスナックを営んでいた。万亀さんを十六歳で産んだというから、今は四十六歳のはずである。しかし若作りの顔立ちで、三十路そこそこにしか見えなかった。そしてその分、男関係が絶えない生活を送っているようだった。万亀さんは母を捨てたくて故郷を出たのかもしれない。俺には、あの背中の般若が、その母親の写し鏡のようにも思えてきた。
万亀さんは美形だった。喋らなければ男だとは分からないほどで、それは母親譲りだったようだ。妹の阿亀も美少女だったが、万亀さんとはタイプが違った。万亀さんが着物の似合う美人なら、阿亀はAラインのドレスが似合いそうだった。行くあてもない俺は、しばらく万亀さんが育った海風に吹かれていたい気になった。
「しばらくならマキの部屋を使っていいよ」
と母親は言ってくれ、当座のアルバイトまで探してくれた。それから俺はこの町で一年半を過ごした。時折、阿亀の勉強も見てやり、休みの合間には能登の風景写真を撮り溜めた。北の岬に建つ灯台は高さがなく、どこか子を身籠った女に見えた。俺は朝まだきの岬で、シルエットになった灯台を好んで撮った。それは北の岬を守る「防人(さきもり)」の陰影をも感じさせた。俺はその写真に万葉の歌を書き入れた。「唐衣 裾に取りつき 泣く子らを 置きてそ来ぬや 母なしにして」。万亀さんの母親がそれをひどく気に入り、店に飾ってくれた。もしかしたら、万亀さんの父親は防人だったのだろうか。
その日は学校が休みだったので、獣道に学生の姿はなかった。阿亀の姿もない。少し朝寝坊をした俺は、小走りに道を進んだ。電波塔の丘に立つと、朝日が湾にキラキラと煌めいている。俺は数枚シャッターを切ると、雑木林を下り始めた。ところが、途中でスイカズラの蔦に足を取られ、派手に坂を転げ落ちた。咄嗟にカメラを壊すまいと腹に抱え込んだため、倒木の枝で強く頭を打ってしまった。
程なくして正気に戻ると、湾に向けてシャッターを切る。“大丈夫、壊れていない”レンズ越しに覗いた世界に、俺は息をのんだ。先ほどまで見下ろしていた整然とした街並みが、消えている。青々とした瓦屋根も、電波塔すらもない。視界を埋め尽くしていたのは、湿った泥と、くすんだ茅葺き屋根の群れだった。潮風の匂いが変わった。生の魚と、燻ぶる煙の匂いが鼻を突く。坂を下りかけた俺の耳に、大地を蹴る不穏な足音が届いた。雑木林の影から現れたのは、異様な一群……毛皮を纏い、咆哮を上げる仮面の男たちだった。叫び声とともに振り下ろされた棍棒が俺の肩を砕き、世界が漆黒に染まった。
太陽がじりじりと照りつけ、その暑さで俺は意識を取り戻した。見渡すと、住宅地の裏手だった。随分と雑木林の坂を転げ落ち、数時間ほど昏睡していたようである。腕時計を見ると、すでに正午を回っていた。慌てて駅に向かい、滑り込んできた汽車に飛び乗った。
写真館の老夫婦に遅刻の理由を話すと心配された。
「大丈夫なの? 病院で診てもらったほうがいいよ」
「それより、どうしたの? その首飾り」
主人が俺の胸を指差した。カメラを気にしていたせいで気付かなかったが、ストラップの下から、小さな首飾りが覗いていた。そこには、何かの動物の歯がいくつも飾られている。
「イルカの歯のようだなぁ」
と主人が覗き込んだが、俺には全く心当たりがなかった。昏睡している間に誰かが掛けてくれたのか? 何のために? 困惑したが、どうしようもなかった。仕事を終えて帰宅し、俺はその首飾りを阿亀に渡した。
「どうしたの?」
「分からん」
阿亀が階下のスナックに降りていき、母親に尋ねた。
「ノブちゃんがくれたんだけど、これ何か分かる?」
母親も首を傾げていたが、客の一人が覗き込み
「これは珍しい」
大学の先生だというその男は
「どうやら、縄文後期から弥生時代にかけての出土品に似ている。だが、これはまだ真新しい。二千年以上も昔の代物ではないがな」
と言った。俺はますます不可解な気持ちになったが、考えても仕方のないことだ。阿亀にあげたことで、その件は忘れることにした。阿亀も、普通のビーズより珍しいと喜んでいるようだった。
街角のラジオから山口百恵の『いい日旅立ち』が繰り返し流れていた。昭和五十三年、俺は能登の潮風を背に、再び東京の土を踏んだ。英ちゃんがアメリカの大学に行くと知らせをくれたので、別れの挨拶に行ったのだ。少し明るさを取り戻した俺に、英ちゃんも安心したようだった。その夜は泊めてもらい、能登で撮り溜めた写真を見せた。英ちゃんはいたく感動し、出版社の友人を紹介すると言ってくれた。
能登に帰って数週間後、出版社から電話があった。写真雑誌に、英ちゃんから預かった写真を掲載したいという。俺は承諾した。翌月、写真館の主人が興奮気味にその雑誌を見せ俺を諭した。
「東京に戻るべきだ」
老夫婦は、俺が抱える悲劇を薄々察していたのだろう。自分を取り戻すようにと背中を押してくれた。万亀さんの母親と阿亀も我がことのように喜んでくれた。
「すごい、すごい」
俺は再び東京へ拠点を移した。部屋は英ちゃんのマンションを借りることになった。引越しの日、美夏ちゃんやマリー、劇団の仲間が手伝いに来てくれた。数カ月後、英ちゃんの友人の編集者から写真集の出版を打診された。言われるがままに出したその写真集は高い評価を得た。タイトルは『北の防人』。写真集を目にした若者たちは、能登半島への旅に憧れ、汽車に乗った。経済的には好転したが、俺の心はまだ雪解けには程遠かった。日本のどこにも、自分を待ってくれている人はいないという思いが消えなかったからだ。
翌年の春、東京の美術学校に進学することになった阿亀が訪ねてきた。
「ノブちゃん。私ここに住むから。汚い、まずは掃除から始めるか」
「ええっ、そんな唐突な」
「今までタダで家に置いてやったんだから、お返しに部屋を貸すのは当然でしょ!」
それが彼女の言い分だった。確かに、万亀さんからも母親からも家賃を請求されたことは一度もない。俺に反論の余地はなかった。美夏ちゃんや劇団の面々はこの話を大笑いして受け入れ、阿亀は劇団の一員になった。マリーは昨年子供を亡くし、劇団を去っていたため、美夏ちゃんにとっても阿亀の存在は救いだった。
さらに翌年、阿亀が子供を身籠った。俺も三十路に入り、写真家としての評価も定着していた。さらには劇団の男優としても復帰を果たし、人生が少しずつ開けてきた。子供ができたと知った時、俺はなぜか竜ちゃんの歌声を思い出していた。激しいロックンロールではない。父親の辰ちゃんに言われて渋々歌っていた『夜霧のブルース』だ。
去年、竜ちゃんは新宿の路地裏で野垂れ死んでいた。薬物に溺れた彼の末路だった。自分と竜ちゃんとの分岐点はどこだったのだろう。俺は身重の阿亀を連れて新宿の路地裏に向かった。美夏ちゃんを呼び出し、万亀さんの店だった『サイゴン』で、竜ちゃんの追善供養を行った。阿亀はきっと、万亀さんのことも想っていたに違いない。路地裏を夜霧が流れ、遠くで霧笛が響いた気がした。濃霧に包まれた夜の海を、灯台の明かりが照らしているだろう。今、その赤い火影は俺の心にも灯ったようだった。
岬立つ 起きてそ来ぬや 荒潮の
袂(たもと)濡らして 母子防人(おもこもりびと)
~ 寂寞の壁 ~
引き裂かれた戎衣(いくさごろも)が届いた。そこには、赤い文字で私への文が綴られていた。
“ ヂャオミー、お前は雨上がりの星を見ているか。
その澄み渡った夜空に、お前の星を探せ。
私はもうじき、帰れぬ異界に発つ。
最後まで薄情者であったと思うが、許してくれ。
縛られるな。縛られるな。何ものにも縛られるな。
ヂャオミー、お前は自由に生きよ ”
それは、生き別れた夫のシイェンヨン(顕雍)様からのものだった。文を届けてくれたのは猫目だった。東風に乗ってふらりと舞い戻ってきた彼は、傍らに妻子を伴っている。妻は良く知る私の姉、ヂェン・ダオ(甄道)だけど、子供たちには見覚えがない。
「ねぇ、猫目、どうしたの?」
「何が」
「子供たち」
「ああ~、シイェンヨン様の子だ。俺がもらった」
「え~っ、じゃ私の継子(ままこ)?」
「大丈夫だべ。じゃじゃ馬の血は混じってねぇ」
驚く私に平然と猫目は言い放った。青い瞳の幼子がちょこんと私の膝に座った。
「そいつぁヂェンファ(姫華)まだ四つだ。名前だけじゃなく気性もフーミー(狐米)に似ている。ちょっと変わった娘だ」
猫目は茶菓子を食べながら無神経に言う。袁家は生粋の漢人、それも中原人なので、母の血の中にソグド(商胡)人の血が混じっていたのだろう。そう思い返せば、伏し目がちなホンファ(紅花)には、西域の飛天を思わせるところがあった。
相手を直視し、理屈っぽい話をするといわれる私とホンファとは大違いだ。兄様や姉様たちからは“書物ばかり読んでいるからそうなるのだ。たまには花や茶を愛でろ”と注意されていたのだけど、私には不向きな気がしていた。四歳のヂェンファは、私に似たところがあるようだ。相手を直視する。その青い瞳で真っ直ぐに見つめられたら、皆、気が落ち着かないことだろう。
茶菓子に目が行きながら手が出せない子がいる。私が手渡すとと礼儀正しく振舞う。理知的な顔立ちで、お義父様の面影を見る。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございました」
「そいつぁ長男でモンシィェン(孟顕)という名だべ。まだ十四だが祖父様に似て出来が良い。将来が楽しみだべ」
十四歳だと聞いてよく討ち死にしなかったものだと私は胸を撫で下ろした。ツァオ・モンドゥー(曹孟徳)様は、この子たちがユェン・ベンチュ(袁本初)の孫だと知ったらどうされるだろう。かつての盟友の孫として愛しんでくださるだろうか。それとも禍根を断とうとされるだろうか。思いあぐねた末に、四人の子供らは甄家の子供として扱うことに決めた。私の甥や姪だということにしておけば不幸は降り注ぐまい。
猫目は陽気でおしゃべりな奴だけど、余計なことは言わない。だから、この子たちが袁家の生き残りだとは誰にも知られないだろう。私と小梅姉様が張家の娘たちだということも、彼は知っている。しかし、天下様(孟徳)にさえそのことを言わない。彼は悲劇をも飲み込み、陽気な人生に変えてくれる仙人のようである。
シュェファ(雪華)は十六歳だという。私と九歳しか離れていないけど、女の色香は私にまさっている。母のホンファの面影を強く残しており、その名のように、雪のように白い肌で艶がある。
十歳になるジーシィェン(季顕)が、ニッと白い歯を見せた。その無邪気な図々しさに、私は思わず亡き義兄・スーシィェン(袁思顕)様の面影を重ねる。もしかすると、お義父様にもこんな明るい悪童の時があったのだろうか。そんな幼少期のお義父様にも会ってみたかったものだ。
正直者が善人だとは限らない。嘘も方便という。真実が幸せをもたらすとも限らない。虚影(ファントム)が空を覆い、偽りの天冠(てんかん)が流転の民を暴虐の嵐から守ってくれることもある。猫目はその天の使いかもしれない。とにかく、猫目と一緒にいると沈んだ気も陽気に浮き上がるのだ。「ナンクルナイサー」と呪文を唱えよう。
明けて翌年、初夏の突風が青空を突き抜け、濃緑の山気が丘を駆け下りていった。その風に押されるかのように、曹家の大軍勢が南へ向けて動き出す。行列のどこかには、あの猫目のひょうひょうとした姿もあるはずだ。武官とも文官ともつかぬ怪しい男だが、伝令から密偵まで器用にこなし、何よりあの重苦しい軍旅にあって、天下様の心をふっと緩ませる稀有な才を持っている。彼のような男こそ、戦場に遣わされた天の使者なのかもしれなかった。
私の新しい夫、ツァオ・ゴンファン(曹子桓)様は、今は曹家軍閥の本拠地となったイェ(鄴)城を守備している。二十一歳の若さにもかかわらず才気に溢れた三男に、孟徳様は絶大な信頼を置いているようだ。
病弱な次男、ツァオ・ズーシュォ(曹子鑠)様は、戦に向かうことは叶わず、曹家軍閥の当主には就けない。皆が跡取りと期待を寄せていた長男、ツァオ・ゴンヨウ(曹子脩)様が戦死されると、その期待は我が夫一身に向けられた。しかし、長男の死を、心の澱(おり)として流せずにいる義父様は、病弱な次男を気遣い、いまだ太子を決めきれないでいる。それでも父を敬愛する夫は、懸命にその偉業を引き継ごうとしていた。
睡蓮の花が城を囲む堀に色を添える。私は思い切って四人の子供を夫に引き合わせる。もちろん猫目の子としてである。我が夫は、自身への厳しさとは裏腹に、気さくで誰にでも優しい。それは嫋(たお)やかな強さでもある。
「猫目よ。いつの間に子をなした。おう青い眼の娘よ。私に抱かせてくれ。おい誰か。菓子を持ってきてくれ」
と女官に声をかけ、ヂェンファを抱くと庭に降りて行った。庭には円卓が置かれ茶の用意ができている。ゴンファン様は、長男のモンシィェンをしげしげと見つめる。
「猫目には似ていないなぁ。品格が漂っている。甄氏の血か? 義姉上、どなたに似ている?」
「はい、亡くなった父によう似ております」
「そうか。やはり甄氏の血か。モンシィェンよ。これを持て」
夫は自らの剣を手渡す。モンシィェンは十四歳とは思えぬ落ち着いた手つきで剣を受け取る。
「困ったときには私からもらった剣だと差し出せ。そうすれば誰もお前に手出しをするものはおるまい」
と夫は微笑みかえした。菓子が運ばれてきた。次男のジーシィェンが目を輝かせる。ゴンファン様は菓子を鷲づかみにすると手を出すよう促す。笑顔でジーシィェンは両手を広げる。その手に夫はドサリと菓子を載せる。ジーシィェンはペコリと可愛くお辞儀をする。その頭を撫で曹家軍閥の惣領は愛でる。
「帰る時に袋にも入れてやるからな」
雪椿のようなホンファに似たシュェファに近寄りゴンファン様が尋ねる。
「婿になる男は決まっておるのか」
「いいえ」
と雪の精は首を振る。
「では、私の側室になるか? そう嫌か。では良い男を探しておいてやろう。武人は嫌いか? うん、それなら文官から選ぼう」
と庭の花を手折(たお)って黒髪に挿す。夫は私に小声で聞く。
「これで良いか」
「ありがとうございました」
「では、仕事に戻る」
と背を向け立ち去った。気遣いの細かい夫だが、二歳年下の同母弟ゴンウェン(子文)に対しては、冷淡な態度をとるところがある。彼の合理主義的な感覚が、天真爛漫な弟を疎ましく思うらしい。豪放磊落(ごうほうらいらく)な弟は、父と共に荊州に向け進軍中である。まだ十九歳だが心意気が大きく、繊細な兄と違い、小事にはこだわらない。それは私に似たところでもあり、私は彼に「ナンクルナイサー」の呪文を教えてあげた。
ジゥ(韮)の白い花がチンリン(青鈴)様の薬草畑を覆った。その畑の囲い石を飛び越えようとして、バイルー(白鹿)が転んだ。膝を擦り剥き、うっすらと血が滲んでいる。しかし気丈な二歳児は泣かない。目的の花を強引にチギリ取ると、じっと見つめている。そして私に差し出した。
「バァバの白い花」
ビェン・チンリン(卞青鈴)様は、目を細めながら、韮の葉をすり潰して孫の傷口に当てた。イン・ミンティエン(尹旻天)様が微笑みを浮かべ、ひ弱な我が子のツァオ・ゴンミン(曹子閔)を振り返った。
「あらあら、元気の良いこと。その豪胆さは御祖父様に似たようね」
ゴンミン(子閔)は孟徳様とミンティエン様の間に生まれたが生気が薄い。そして、我が夫の異母弟だけどまだ十歳と幼い。ひ弱な子が、豪胆な幼子の手を引いてあやし始めた。二人は叔父と甥なのだが、歳が近いので仲が良い。
ゴンミン(子閔)の異父兄、フェァ・ピンシュ(何平叔)は二十三歳で、今は南征の軍に加わっている。実の息子ではないにもかかわらず、天下様はいたってお気に入りのようだ。私より三つ歳下のピンシュ(平叔)は弟のような存在であり、その雅で気風のいい性格は私に通じるところがあって、おしゃれ談義に花が咲く。祖父のフェァ・スイガオ(何遂高)大将軍の血も引き、優れた武人でもある。ただ、我が夫からは疎まれている。生真面目な夫は、自由奔放な変わり者が好きになれないようだ。すぐ下の同母弟、ゴンウェンへの態度と同じである。
夏風が涼を運んできた。身重の私には、ありがたい季節の贈り物である。姑のチンリン(青鈴)様は私を気遣い、茶話会を開いてくださった。義母様は、私の心の支えであるミンティエン(旻天)様も招待してくださった。昼餉は夏野菜を使った麺である。韮の香りが滋養を与えてくれるようだ。
この茶話会が終われば、ミンティエン様は再び南征の軍に向かわれる。従軍している息子を見舞うためではない。討伐の相手、リィゥ・ジンシォン(劉景升)様を説き伏せるためである。敵将には、何大将軍に引き立てられた恩があるそうだ。
晩夏、劉景升様が病死されたとの知らせが届いた。末子のジーゾン(劉季宗)様が我が軍に降伏した一方で、長男のブォチー(劉伯奇)様はリィゥ・シュェンドゥー(劉玄徳)と結び、最後まで対立の道を選んだという。内裂する劉家の姿に、私はどこか滅びゆく袁家の面影を重ねずにはいられなかった。
しかし、これはミンティエン様の策だった。戦乱の勝者は人心だけでは測れない。それは蛇行する大河のように虚ろさを伴い、天のみが知るのだ。カンチョン(鄭康成)塾の三羽鴉といわれたホァン・シャオ(黄邵)様は、母・チュクムに「天下三分の計」を説き、そのために奔走した。そしてスン・ウェンタイ(孫文台)に革命家の資質を見出し期待したが、ウェンタイ(文台)は不覚にも戦死した。そして、シャオ(邵)様自身も、孟徳様を守って戦死した。
夫は「今後は、天下は曹家軍閥、孫家軍閥、劉家軍閥の三分に収斂される」と言う。私にもそんな予感がする。漢王朝の末裔、劉家軍閥は、ジンシォン(景升)様が病死されるとシュェンドゥー(玄徳)に覇権が移った。玄徳は人心掌握に優れ、弱小勢力ながらも少数精鋭の軍を率いている。
季節が巡るにつれ、遠く荊州の地から届く便りは凄惨さを増していった。チャンバンヂーヂャン(長坂之戦)での大敗、そしてチービーヂーヂャン(赤壁之戦)の夜を焼き尽くした炎。人々は英雄たちの華々しい智略を語り継ぐのだろう。だが、私たちが耳にするのは、ただ刀を交える前に高熱にもがき、泥の中で命を散らしていった無数の若者たちの呻き声だった。黒い幕舎から漏れ出る荒い息遣いと、傷寒に侵された皮膚が焦げつく異臭。それこそが、この戦の凄惨な真実だった。
新劉家軍閥の孔明に命運を託したブォチー(伯奇)に対し、ミンティエン様は、末子のジーゾン(季宗)には孟徳様に命運を託すよう説いた。「二股膏薬」と言えば聞こえが悪いが、「狡兎三窟(こうとさんくつ)」と言えば、孟嘗君に由来する立派な兵法の策である。
今は亡きシャオ様ならこれを何と読み解き、次の策を練ることだろう。劉氏の命運は、曹家軍閥と新劉家軍閥の二つの巣穴を確保することで延命されたが、三つ目の巣穴として孫家軍閥と結ぶのは容易ではない。孫家の英傑、孫文台を射殺したのは、劉景升様配下のフゥァン・イーハオ(黄子豪)とフゥァン・イー(黄亦)親子である。父の仇である黄氏と劉氏一族を、現当主のスン・ヂョンモウ(孫仲謀)が受け入れるのは容易ではない。だが、まずは二つの巣穴は確保された。
奇人ウーファン(烏放)の旅
仏頂面の大男が、黙々と夏の野を歩いて行く。額の汗も拭わず、汗の塩を青い衣服に滲ませて、「まったく、災難は続くものよ」と呟きながら足早に進む。しかし左足が不自由なため、気が焦るほどには早く進めていない。
隻眼に汗が沁みる。視界が遮られるが、仏頂面の大男は黙々と前に進む。野に広がる湿原が陽炎を揺らめかせ、黄色い幕舎が浮かび上がる。幻影ではない。地平線の先に曹家軍閥の陣営があるのだ。男は迷わず敵陣に向かう。
男は、猫目と相対する奇人、ウーファン(烏放)である。先頃まで劉家軍閥の陣営にいたのだが、この春、グゥォ・シャーリン(郭夏玲)の夫フゥァン・イー(黄亦)とその父が戦死した。そこで、寡婦となったシャーリン(夏玲)の身柄を守ってきたのである。
黄親子を攻め滅ぼしたのは、会稽太守となった二十六歳のスン・ヂョンモウ(孫仲謀)である。父の仇を討った若き当主は、孫家軍閥を着実に大軍閥へと伸し上げつつあった。因みに三大軍閥の中では、彼が最も若い長(おさ)である。
流転の幼子もこの時には二十四歳になっていた。だが、女盛りの寡婦には子はいない。フゥァン・イーに嫁いで間もなく身籠ったのだが、流産をしてしまった。その後遺症もあってか、それからは子宝に恵まれていない。
ウーファンは黄家軍閥に属していたわけではない。ただ、流転の娘グゥォ・シャーリン(郭夏玲)を見守ってきただけのことである。ゆえに、今は敵陣営となった曹家軍閥であっても、踏み込むのに躊躇はない。それに、猫目とも天下様とも旧知の仲である。
彼が向かっているのはミンティエン様の幕舎である。黄色い幕舎の中に五つだけ、漆黒の幕舎がある。それは尹家の巫女が住まう幕舎である。その周りの幕舎には、傷寒に蝕まれた多くの兵士が横たわっている。周囲に漂う傷寒の臭気は、ここがすでに死と隣り合わせの野戦病院であることを物語っていた。ウーファンがここへ来た理由はただひとつ、寡婦となったシャーリン(夏玲)を庇護するためだ。孟徳陣営の懐に飛び込めば、孫家軍閥の孫仲謀も手を出すことはできない。
奇遇だが、流転の幼子を崩壊した家屋から救い出したのは、巳の親方ツァンロン(蒼龍)である。そしてその幼子を無事に伯母、ドン・ヤン(董陽)のもとに届ける手助けをしてくれたのは、彼の同族で親友のウェンタイである。つまり、ヂョンモウの父はシャーリンの命の恩人なのだ。だが、この奇跡を二人は知ることがない。もしそのことを知れば、流転の幼子の運命は大きく変わったことだろう。
流転の娘シャーリンの旅
黒真珠の勾玉を胸に飾り、私は夜空を見上げる。夫フゥァン・イー(黄亦)の面影は、去っていく燕の羽音とともに少しずつ遠ざかっていく。気がつけば、また独りになってしまった。だが、冷えた胸の奥に寂しさはない。背中を見せて歩くウーファンの広い肩があり、遠くで見守るミンティエン様の温もりがかすかに残っている。独りで生きていくことには、もう慣れてしまった。もう長く会っていないけれど、ヂャオミー(昭弥)姉様の黒真珠の勾玉も私に力を与えてくれる。この勾玉には、尹家の巫女の力が宿っているそうだ。だから、ますます大丈夫。
渡り鳥が南へ帰って行く。夏の虫をお腹いっぱい食べて、意気揚々とした飛び方だ。それを横目で見ながら、私とウーファンは北へ向かって旅をしている。私の人生は山あり谷あり、そびえ立つ赤壁は絶望さえ立ち塞ぎ、嘆きの声は寂寞に呑まれる。
星々の高みから眺めれば、それとて太平の道に見えるだろう。ゆえに、やっぱり大丈夫。私の人生は太平道に始まり、きっと楽しい人生を歩むはず。旅の出会いは、退屈な人生より数倍も素敵だ。
最初の旅を、幼子の私は覚えていない。そして私を助けてくれた人は、ホァンジンチーイー(黄巾起義)で亡くなった。「巳の親方」と呼ばれていた彼は、海越人だったようだ。あの渡り鳥は、彼の故郷を目指しているのかしら。
二度目の旅は八歳だったのでよく覚えている。その旅の途中でヂャオミー姉様と出会った。私の母の形見、ホータン(和田)玉の首飾りは今、姉様の胸を飾っている。それから、リィゥ・ジンシォン(劉景升)様を頼って三度目の旅をした。
私は流転の人生を楽しんでいる。旅はいろんな思いを押し流してくれる。人は悲しみを背負い続けては生きていけない。「塞翁が馬」という言い伝えがある。さぁ、ヂャオミー姉様が教えてくれた呪文を唱えよう。「ナンクルナイサー」
~ 蛇蝎の牙 ~
ズド~ンと突き抜ける青空とモクモクと立ち昇る雲の下、陽気に若者が声を上げた。
「さぁ~酒を飲み舞おうではないか」
ここは、東海に面した揚州呉郡の港町ハイイェン(海塩)である。潮風が夏の香りを運び、波の打ち寄せる音と海鳥の鳴き声が雅楽を奏でる。ゆえにこの陽気な町においては、酔い舞わずにはいられない。
赤銅色に海焼けした男たちが「オウ」と声を上げる。流れる雲が、その歓声を町々へと押し流していく。海の上と陸(おか)の上とでは雲の流れが違って見える。雲の流れは風の流れでもあるから、上空の雲と海上の風が同じ方向に流れていけば、船上から仰ぎ見る雲は殆ど動きを止めているように見える。そう気づけば、この赤銅色の男たちは白い雲と共にやってきたといっても過言ではないだろう。
男たちは倭人の言葉で話している。遠く倭国のコシ(高志)からやってきたようだ。積んできたのは金銀銅、そして石器の黒曜石だという。鉄の時代になり石器は時代遅れと思われがちだが、矢尻には最適である。したがって貧相な軍隊にはありがたい代物だ。石であるから精巧な技術など必要なく、石を割る腕力さえあれば誰でも武器職人になれる。
彼らを送り出したのは、今や復讐の鬼と化したヘキ(蛇亀)だ。中華でチャンバンヂーヂャン(長坂之戦)やチービーヂーヂャン(赤壁之戦)があった数年前、倭国では大乱が続いていた。ヤマァタイ(八海森)国を中核とする倭国連合軍と、イズモ(稜威母)急進派による反乱である。その戦端を開いたのは、不幸な事故であった。もう十年ほど前の出来事である。阿人の領域まで逃げ込んでいた高志の王・アヒコ(阿彦)が、山歩きの際に笹やぶの道で熊に間違えられ、誤射されて息絶えたのだった。
******************
美しき鬼となった妹のヘキ(蛇亀)が歯ぎしりする
「イハチ(伊波智)めっ!」
妻のピリカ(斐梨花)が冷めた目で南の空を見上げる。
「やっぱりあの男なのね。阿人の英雄カシケ(火斯気)の血を引くというのに」
と茶碗を囲炉裏に投げ込む。もうもうと湯気が立ち上り、灼熱の魂は灰の中に潜む。その遺志は、伊都国の王妃となっていた娘のオキナメ(沖那女)に引き継がれていた。二人は、ヨナパル(汰原)近くの山中で採掘した毒を持たせ、沖那女のもとへヒソメ(火素女)という女を放った。
伊都国のユリ(儒理)王が不審な死を遂げると、鯨海の海賊王・須佐人は鯨海沿岸を封鎖し、安曇からヨナパル一帯への物資輸送を断った。その経済制裁を受けて困窮したヘキと稜威母急進派の首領イブシ(稲撫士)は、ピョンハン(弁韓)国に伝手を探し、東海貿易で打開を図った。さらに、ピリカが放った刺客にヒムカ(日向)女王が暗殺されると、翌年、倭国連合軍は第二次の東征を開始した。鯨海は既に須佐人により塞がれていたため、主力軍は中ノ海から茅渟之海(ちぬのうみ)に入り、高志残党と稜威母急進派を攻めた。通称「茅渟之海北征」あるいは「高志攻め」とも呼ばれる倭国大乱のひとつである。
鬼女ヘキが爪を噛む。
「何か打開策を考えなければ」
「儒理太子を追放したことで、ジンハン(辰韓)国と倭国との関係が悪化している。そこを突けないかしら」
静かに茶碗を置くと、ピリカはヘキの目を真っすぐ見つめた。ヘキの瞳に炎が揺れる。
「ポルヒュ(昔伐休)王に助けを求めよう」
と不敵な笑みを浮かべる。ポルヒュ王の右膝には、かつてネロの反乱で受けた深い古傷が残っている。痛む足を引きずるたび、老王の脳裏にはあの凄惨な陣頭と、勇壮だったネロの姿がよみがえるのだ。その孫娘であるヘキからの使者と聞けば、王が冷酷に追い払えるはずもなかった。
「すぐに使者を立てよう。いや、私が行こう」
ヘキがそう言って立ち上がると、ピリカはゆっくりと茶を飲み干した。この対応策が反乱軍の持久力を高める要因となった。しかし、海賊王・須佐人に海上封鎖をされると、辰韓国からの支援が得られにくくなってきた。ヘキは指でコツコツコツと円卓を叩きながら、庭の石を睨む。
「次の打開策は何がいいかしら」
ピンと背筋を伸ばして座るピリカが答える。
「密航船を出しましょう」
「……どこへ? 須佐人の目が光っているのよ」
「弁韓国、そして伴跛小国よ。夜陰に紛れれば、あの網の目を抜ける早舟が一舟や二舟、通せぬはずがないでしょう」
「でも小舟など、大きな商いにはならないわ」
「薄利ながらも、経済の戦に耐え続ける目処は立ちます」
「伴跛小国の先の族長キム・ミョンス(金明朱)も、ネロの反乱に参加した経歴がある。息子のキム・ナムス(金南修)に密使を送ろう。私より二歳年上で、しっかりした人だとポルヒュ王に聞いているわ」
ピリカはヘキに茶を差し出す。コツコツコツと鳴っていた耳障りな音が止んだ。金南修の姉は、儒理太子の最初の妻であった。名をキム・チヨン(金智妍)と言う。二人はパク・ネフェ(朴奈海)という息子を授かった。しかし、キドン(箕敦)との密約で儒理が倭国に帰されると、ポルヒュ王の孫ソク・ネヘ(昔奈解)と名を変えた。
キドンと儒理の密約は奇妙なものであった。儒理に王位を譲らせ、ポルヒュが王になった後、次の王位は孫となったネヘが継ぐというものである。そして、その妻にキドンの娘キ・ミョンウォル(箕明月)を迎え、王妃としたのである。
そんな複雑な国情を知る叔父の金南修は、沈着冷静である。ゆえに中道外交を取り、ヘキにも手を差し伸べた。卑劣な手にも思えるが、弱小国の外交とは大方そんなものである。“やぁやぁ、我こそが正義なり”と名乗りを上げるような、力ずくの外交は行えないのである。
弁韓国での伴跛小国の立ち位置は、鉄を中心とした交易立国である。ゆえに、金銀銅のみならず石器の黒曜石も扱う。したがって、赤銅色の男たちは高志の密貿易人なのである。つまり、第二次東征への反撃に出る軍資金作りであった。
須佐人の厳しい海上封鎖を掻い潜り、密貿易を行えたのは、この伴跛小国の存在が大きかった。船が弁韓国の旗印を揚げていれば、倭国海軍も拿捕することはなく、東南海にまで足を延ばせる。そうやって外貨を稼ぐ算段である。
諸葛子貢の旅と鄭田海との出会い
港町ハイイェン(海塩)の夏景色に溶け込んだ二十代半ばの若造は、越人ではない。しかし潮風が似合う若大将である。名をヂュグェァ・ヅーゴン(諸葛子貢)と言う。彼は生まれて間もなく小児性の難聴だと分かった。それで、優れた医学生でもあったジャン・ジャオ(張角)を頼り、母子で冀州へ旅した。
ところが完治しなかったので、今度は加太を頼りガオミー(高密)に向かった。しかし加太は不在で、チュクム(秋琴)が応対した。彼女は、はいはいをする娘をヅーゴン(子貢)にさし向けた。すると赤子のフーミー(狐米)ことヂェンファ(姫華)は、フーッと息を吹き込み、難病を治したのだった。共に赤子だった二人は、この縁を知らない。
ヂェンファからヂェン・ヂャオミー(甄昭弥)に名を改めた娘は、流転の人生を元気よく歩いている。もう一人の流転の幼子シャーリン(夏玲)とヅーゴンは、荊州のロンヂョン(隆中)ですれ違っている。共にリィゥ・ジンシォン(劉景升)に庇護されていたのであるが、特別親しかったわけではない。互いに知人としての自覚はないのだが、奇しくも三人は不思議な縁で結ばれているようである。
三人には他にも共通点がある。それは商才である。ヂャオミーもシャーリンも商人ではないが、経済の才を感じさせるところがある。ヅーゴンの兄二人は政治や軍事に関心が高いが、彼は密かに商学を学んでいる。彼の師匠は、東海の海賊王ジェン・ティェンハイ(鄭田海)である。
春霞にタカキノミネ(高来之峰)が浮かぶ。荒々しい船乗りの怒声が響く。喧嘩ではないが、倭人は飲むほどに大声を出す傾向にある。漢人はこれを恐ろしい酒宴だと思うようだが、大事はない。風習なのである。
「よいかヅーゴン、刀を振り回す軍閥どもは敵を打ち倒して奪うことしか知らん。だがな、真の商人は敵を作らず、運を分け合うのだ」
と言い聞かせる男がいる。
「でも老師、『商売がたき』という言葉もあるではありませんか」
ヅーゴンは老師の杯に酒を注ぎ、質問を投げかける。その酒をグイと飲み干すと、弟子の杯にも酒を注ぎ語りかける。
「未熟な商人は目先の利に目を奪われ、縄張り争いに血眼になる。だが、一度大シケに遭えば交易船は木っ端微塵だ。互いに網を張り、運気が沈んだ時には引き上げ合う。『連環』の理を知ってこそ、商人は大海を渡れる」
弟子は“老師の商学は、兵法の理に勝るかもしれない”と、「商学」の深謀に胸を躍らせた。今度の交易はマハン(馬韓)国まで足を延ばした。ヨンタバル(延陀勃)商人団との取引を終え、帰路にて口之津の造船所に立ち寄った。ここは鄭商人団のもう一つの源郷である。師は、東夷の世界と南蛮の世界を結び付けようとしている。歴代の中華王朝は周辺の民族に従属を強い、自由を奪ってきた。その力に抗うためには、海に生きる自由民の結束が欠かせないと考えているのである。
ツクシノウミ(筑紫之海)の珍味が並ぶ。ヅーゴンは怪物のような顔をした黒い小魚を不安な顔つきで見つめている。
「食べてみろ。酒の肴には最高に旨いぞ」
と師匠が勧める。
「老師、これ異界の生き物ではありませんか?」
と顔をしかめて問う。
「だから旨いのさ」
と師匠は笑い、促す。
「さぁさぁ」
師の言葉に弟子は逆らえない。思い切ってグロテスクな頭からガブリとやる。
「旨い!」
ヅーゴンの目が大きく見開かれる。
「今の世がゆるぎないものではない。別の世界だってあるのさ。ワシはタイピンダオ(太平道)が目指した『相互扶助による社会』ってやつを見てみたいと思っておる。戦い奪い合う世界ではないものをな」
そう言うと、今度は象の鼻の形をした干物を勧めてくる。これも逆らわず弟子はムシャリとやる。そして酒を飲み干す。
「さっきのより、さらに酒の肴にあいますね」
師匠も杯の酒を飲み干すと、夜空の星々を見上げ、
「ワシの夢はなぁ、『他者の自由を奪わない共生社会による自由商業圏構想』じゃ。そしてその世界をチュクム(秋琴)女王に率いてもらおうと考えているのさ」
「ああ~だから利益には繋がらない仕事を引き受けたんですか」
「金儲けは目先の喜びよ。真の喜びは、それをどう生かして使うかなのさ」
と言いながら、今度はイソギンチャクの形をした煮付けを勧めてきた。
「これが最高に旨い! ワケノシンノス(若人の尻の巣)ってんだ。食ってみな。酒を飲みねぇ。遠慮はいらねぇ。さぁ食ってみな」
ヅーゴンは遠慮したいところではあったが、目を閉じて口に放り込んでみた。
「美味!」
そうしてヅーゴンの交易の旅は続く。だが、いつの間にか二十二歳になっていた。そろそろ彼の修業も終わりが近づいてきていた。
五年前のことである。港町・海塩の冬は思った以上に寒かった。南国への旅だと横着にも薄着のまま出かけてきたヅーゴンは、冬の海風に震えていた。十七歳の無鉄砲さが仇になったのである。それゆえに、自分探しの旅はいきなり挫折であった。しかし、慎重すぎる青春は面白くない。戦乱を掻い潜り育ってきたヅーゴンは、面白くない人生が嫌いなのである。太平道の信徒だった実母ヂャン・イェチン(章葉青)は、ホァンジンチーイー(黄巾起義)に巻き込まれて亡くなった。まだ二歳だったヅーゴンには母の面影がない。その後、父は後妻を迎え、彼女に子供らを託した。
養母となったのは、ソン・シンニー(宋幸倪)という才女だった。彼女の父はソン・ジャオレン(宋教仁)という名の革命家である。養母の宋幸倪は初婚ではない。最初の夫は、やはり黄巾起義で戦死していた。
父のジュンゴン(君貢)が三十六歳の若さで病没すると、長兄と二人の姉、そして妹の四人だけは養母・宋幸倪の実家に引き取られ、長安の北岸に移り住んだ。六歳の次兄・孔明と五歳のヅーゴンは、子に恵まれなかった叔父のシュェンミン(玄明)夫婦に引き取られた。二人目の母・宋幸倪の温もりは微かに覚えている。
十五歳になった時、父と慕っていた叔父の諸葛玄明が戦死した。十六歳の兄とヅーゴンは、三人目の母リィゥ・アイラン(劉愛蘭)と共に縁者のリィゥ・ジンシォン(劉景升)を頼り、荊州隆中に移り住んだ。まったく、ナンクルナイサーと旅を続けるヂャオミーや、流転の娘シャーリンにも負けないヅーゴンの幼少期である。
そんな流転の人生を送っていた十七歳の時に、南国への自分探しの旅を思い立った。当てなどない旅だったが、南越までは南下しようという程度の無計画な旅である。だが、この寒さには大いに当てが外れた。養母・愛蘭に渡された路銀が僅かばかり懐にあったが、母からの金はなるべく使わない心積もりだったので、全行程が野宿である。そのため、漁師小屋の軒先で震えて寝ていたが、とても眠れるものではない。情けない気持ちで寒い南国の夕焼けを眺めていたら、悪童が声をかけてきた。
「おい、そこの孺子(じゅし)。そんな恰好で寝ていたら凍え死ぬぞ」
凍てつく潮風に身体の感覚が薄れていく中、上から降ってきたのは狐の皮衣だった。ズシリとした重みと、残り香のような温もりが肌を包む。見上げれば、そこに立っていたのは海焼けした褐色の肌を持つ少年だった。
「心配してくれてありがたいが、お前こそ孺子ではないか。俺はもう十七歳だ」
とヅーゴンは力なく言い返した。悪童は歩き出した。
「俺はもう十四歳だ。孺子などとは呼ぶな。付いて来い」
ヅーゴンはゆっくりと起き上がり皮衣を羽織ると、褐色の少年の後を追った。少年は小柄だが歩みは速い。そしてややガニ股である。
「お前は船乗りか?」
とヅーゴンは聞いてみた。少年は振り向きもしないで聞き返してきた。
「俺の名はジェン・コンハイ(鄭空海)だ。コンハイと呼べ。でお前の名は?」
褐色の少年コンハイの腰には細身の刀が差してある。どうやら和剣のようだ。興味を惹かれて聞いてみた。
「私の名は、ヂュグェァ・ヅーゴン(諸葛子貢)だ。ヅーゴンと呼んでくれ。ところで、その腰の刀は和剣か?」
コンハイは嬉しそうに振り返り、和剣を差し出した。
「そうだ。祖母さんが贈ってくれた。倭国の砂鉄を使い、ピョンハン国で造らせた名刀だ」
「触っても良いのか?」
促されるまま少年が差し出した和剣を抜くと、凛とした刃文が夕闇の中で鈍い光を放つ。砂鉄の重みと冷たさが手に 伝わり、ヅーゴンの口から「啊(あ)……」と感嘆の息が漏れた。それを見た少年は、白い歯を見せて誇らしげに笑った。しばらく後をついて歩くと、豪奢な船宿に着いた。宿の丁稚たちが走り出てきて、忙しくまくし立てた。
「若様、どちらにおいででした。あまりにもお帰りが遅いので、奥様が心配されていましたよ。もう半時待ってもお帰りにならなければ、私たちが探しに出るところでした」
若様は後ろを振り向き、聞いた。
「すまん。すまん。餓え凍えた子犬を拾ってきたので遅くなった。母上は奥か?」
「はい。奥の座敷でお待ちです。夕餉も整っております」
と女中頭が答えると、それには答えず新しく指示を出した。
「もう一膳、用意を頼む。もちろん酒も付けてなっ」
餓え凍えた子犬のヅーゴンが入口で躊躇していると、コンハイが促した。
「何をしているヅーゴン。早く上がってこい」
空腹が背を押し、奥の座敷に向かわせた。
「母上、遅くなって申し訳ありません。友を誘ってきたので、今、連れて行きます」
と声がする。思わぬ展開に唖然としながら座敷に入ると、三十路と思われる婦人が座っていた。
「いらっしゃいませ。母のリュ・ハイイェン(呂海燕)です。息子が友達を連れてきたのは初めてなので驚いています。あなたのお名前は?」
貴婦人が聞いてきたので、ヅーゴンは手早く自己紹介をした。
「へぇ~ 毛詩や尚書、それに左氏春秋などを読み学問を修められているとは驚きです。息子も心強い友を持てたものですね。末永くよろしくお願いします」
と、貴婦人は若造のヅーゴンに丁寧な礼を示してくれた。ただの商家ではないと悟った。
貴婦人の夫は「東海の海賊王・鄭田海である」と、後で使用人の長(おさ)から教えてもらった。各国の王たちからは「豪商ティェンハイ(田海)」と呼ばれているそうだ。翌日、交易から帰ってきたコンハイの父・豪商ティェンハイに招かれた。ハイイェン(海燕)様がヅーゴンの素性を伝えると、海を渡る風のような力強さを帯びた声で言われた。
「それは頼もしい。ぜひ我が家の悪童に学問をつけていただきたい。授業料は望みのままにお支払いしよう」
「兄・孔明とともに叔父から兵学を学んできました。しかし最近、商学を学びたいと思い始めたところでした。授業料の代わりに私に商学を教えていただけませんか」
とヅーゴンは必死に頭を下げた。ティェンハイには王者の風格があった。この方なら師にふさわしいと、確信が胸の内を貫いた。
初春、豪商は息子と弟子のヅーゴンを交易の旅に伴うことにすると告げた。ヅーゴンは一度隆中に帰り、兄と母に「商学を学ぶために交易の旅に出る」と報告した。兄は「ほう。面白い」と快諾したが、養母・愛蘭は大層心配した。しかし、愛息の将来を思い、渋々承知した。それから五年、ヅーゴンは鄭商人団の一員となり、修業に励んだ。
袁家軍閥が曹家軍閥に潰され、イェ(鄴)城が陥落した年、五年の修業を終えて帰宅したヅーゴンは行商人となった。港町・海塩から隆中に帰る途中で、ひょんなことから行商人商業組合の長老、スン・ヂョン(孫鍾)と知り合った。フーチュン(富春)で一夜の宿を借りただけだったが、瓜売りの長老は、若き武将となった孫と同じ歳のこの若造に偉才を感じた。商いの深遠を語り合おうと、三日三晩にわたってヅーゴンと語り明かしてくれた。
行商にも、日帰りで行う小規模なものから何日も泊まり歩く交易商人型があり、ヂョン爺さんは後者の面白みを語って聞かせた。鄭商人団での修業時代にホァンハイ(黄海)の海賊王バイ・ドン(白冬)様から、西域でのキャラバン隊の話を聞いたことがあった。それに似た商売である。そこで、東海沿岸の港町から王都洛陽近くまでの一帯で行商を行うことを思いついたのである。ヅーゴンは二十二歳の終わりを迎えていた。
それからさらに三年、港町・海塩で、「さぁ、酒を飲み舞おうではないか」とヅーゴンは陽気に声を上げた。大戦(おおいくさ)が近づいていた。安く手に入る武器の材料が必要であった。兄は劉軍閥の軍師になっていた。母からは兄を助けるよう請われた。それゆえに、一時だけ武器商人になることにしたのである。
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チービーヂーヂャン(赤壁之戦)の前年、倭国では第二次東征が終戦を迎えた。通称「茅渟之海東征」と呼ばれた戦である。倭国軍は高志まで攻め上がり、賊軍の総大将・イブシ(稲撫士)が戦死し、ヘキ(蛇亀)は自害した。稲撫士六十歳、ヘキ四十五歳であった。阿彦の妻、ヨナパルのピリカ(斐梨花)は、娘のスズ(珠子)を頼りメアンモシリ(寒国)に逃げ延びた。スズは十七歳で二代目ホピカ(穂卑河)に嫁いでいた。その翌年、長男マレプト(稀夫登)を産んだ。祖母ピリカが逃げ落ちてきた時、孫のマレプトは三歳の可愛い盛りだった。その姿に、落人の悲惨が癒された。
赤壁之戦の年、阿人の英雄ドキョン(東犬)ことチュプカセタ王が七十二歳の波乱に富んだ人生を終えた。二代目ホピカが二十七歳で王位を継いだ翌月、長女ペケル(清子)が生まれた。ピリカに良く似た娘だった。
清らかな孫の姿に、四十八歳になった老練なピリカは新しい息吹を蘇らせた。商才に長けた彼女は、若い王を支え阿人自由王国の経世済民を図っていく。辰韓国、ウェイムォ(濊貊)、黒潮王国との「北方自由貿易圏」を形成し、倭国との対等関係を築くこととなる。将来、その結実が孫のペケルに受け継がれていくことは間違いない。
母ヘキの自害を経てもなお、復讐の火は消えてはいなかった。伊都国の深奥で、沖那女は静かにその牙を研ぎ澄ませている。母から娘へ、血と共に受け継がれた蛇蝎の情念が、再び東の海を昏い渦へと巻き込んでいく。
~ 清濁の渦 ~
梅雨の終わりのうす曇りの空に、入道雲の姿が浮かび上がった。青空にそそり立つ真夏の入道雲に比べると、ほのかに悲しみを帯びているように見える。豪雨と雷を孕(はら)みながらも、外見からはそんな荒々しさは感じられない。だが、その雲がもたらす災害は、夏の暑さを和らげる夕立のような生易しいものではなかった。十分すぎるほど雨水を蓄えた山野は、荒れ狂う猛獣のごとく牙を剥こうとしている。
渓流には土砂を含んだ濁水が流れ出し、畑の裏山からは小石の粒が落ち始めた。「高志の日巫女・ヘキ(蛇亀)様の呪いじゃ。お山が怒っておいでだ」ヨナパル(汰原)の「雀のお宿」では、そんな不吉な噂が囁かれていた。「いやいや、高志の王・阿彦様の呪いじゃ」と返す者もいる。いずれにしても、阿人や阿倭人たちの心から、茅渟之海(ちぬのうみ)東征に対する恨みは消えることはなかった。
稜威母急進派の頭目であるイブシ(稲撫士)とヘキ(蛇亀)、そしてピタ(斐太)のピリカ(斐梨花)が編成した特殊部隊は、「スクナ(諏狗儺)兵団」と呼ばれていた。暗殺から奇襲攻撃までこなす、命知らずの猛者たちの集まりである。その兵団を壊滅させ、稲撫士を討ち取った男こそが、伊都国のタケフルクマ(武振熊)であった。ゆえに阿人や阿倭人は、彼を血で血を洗う仇敵として忌み嫌っている。
武振熊は、幼名を根子健(ねこたける)と名乗っていた。厳密にいえば稲撫士を討った当時の名が根子健であり、その功績によって陸軍大将の項熊人(こうくまと)から一字を賜り、「武振熊」と改めたのである。当時はまだ二十六歳の若武者に過ぎなかったが、後にその名に恥じぬ大功を重ねていくことになる。
ピリカが娘のスズを頼ってメアンモシリ(寒国)に逃げた後、「雀のお宿」は一時、武振熊率いる軍の本陣として接収されていた。逃げ遅れた使用人たちはそのまま雇われ、伊都国軍が去った後は、使用人代表へとその宿の切り盛りが委ねられた。
倭人と阿人の血を引く者を阿倭人と呼ぶが、その血縁でいえば、武振熊も阿倭人に近い血筋を持つ。正しくは稜威母人である。父は稜威母猛流王の側近カガト(蛇門)、母はラーラン(楽浪)郡の王氏の娘であるワン・カチ(王鵲)。すなわち、ツングース族やウェイムォ(濊貊)の血もその身に宿しているのだ。同じ源流を持つ阿人とは、本来なら同胞も同然であった。だからこそ、スクナ兵団を打ち破った彼は、阿人から見れば「同胞を売った裏切り者」に他ならなかった。忌み嫌われる「ロンヌ(殺人者)族」の須佐人以上に、彼は深い憎悪の標的となっていたのである。
だが、武振熊の佇まいに湿った陰りはない。どこまでも陽気な男であった。十三歳で稜威母から伊都国に移り住み、それ以前には母の故郷を旅した経験もある。親元を離れた暮らしには慣れっこで、伊都国での日々もまた伸び伸びと謳歌していた。
春の突風がカヤ(伽耶)山に吹きつけ、引き裂かれたような悲鳴を上げる。少年は目を閉じ、顔を伏せた。
「大丈夫だ。この風もいつまでも吹きはしない。いずれ治まる。さぁ、歩こう」
少し歳の離れた幼い男の子の手を引く。
「弱音を吐いちゃいけない。ナーガ、あなたは男でしょう」
気丈な少女が弟の背をそっと押した。鎖こそ繋がれていないが、この姉弟は虜囚の身である。前後に付き従う兵たち の鋭い視線の中、弟を庇うように立つ少年こそが若き日の武振熊であった。彼は稜威母王の縁者として監視役を務めていたが、根は心優しい少年だった。二歳年下の虜囚・オキノナーガ(翁之拿阿蛇)を、実の弟のように愛おしく思っている。
敗戦によって同じく虜囚となった伯父のアヒコ(阿彦)が、親友チヨダ(智淀多)の手引きでヨナパルへ逃亡した。そのため、二人の監視は一層厳しくなり、国都から人里離れた山中へと移されることになったのである。春だというのに北風は冷たい。
「大丈夫か? これを着ろ、温まるぞ」
と武振熊が拿阿蛇を自らの皮衣で包む。クルリと振り返りきつい眼差しで美少女が睨む。
「甘やかさないで」
ヘキの娘、十四歳になったオキナメ(沖那女)である。吹きすさぶ北風が虜囚の二人を容赦なく叩く。強風が沖那女の髪を大きく巻き上げたが、彼女は身じろぎもしない。一方で、拿阿蛇の足は小刻みに震えていた。
「おぶってやろうか」
「甘やかさないでって言っているでしょう」
姉の言葉はどこまでも手厳しい。
山の中腹に、新しい監禁所が設けられていた。監禁所という言葉には悲壮感が漂うが、実際の建物は庶民の家よりも遥かに快適に作られている。苦労を重ねてきたユリ(儒理)王が、幼い二人につらい思いをさせまいと心を砕いた配慮であった。高い木塀に囲まれた敷地に入ると、北風の勢いもすっと和らいだ。「給仕に羹(あつもの)を作らせておいた。それを飲めば冷えた身体も温まる」武振熊が優しく声をかけるが、沖那女はその言葉を無視した。固く結ばれたその唇から、溜息が漏れ出る気配すらなかった。
翌年、チュクム(秋琴)女王は、先立たれて王妃を亡くしていた儒理王のもとへ嫁ぐよう沖那女に命じた。
「虜囚から一転して王妃か、こいつぁすごいな!」
武振熊は我が事のように屈託なく喜んだ。
「良かったですね、姉様」
拿阿蛇が嬉しそうに声をかけても、十五歳になった沖那女は返事をしなかった。老女のように険しい目を向けたまま、ただ唇を噛み締めている。
女王にとって、沖那女は単なる敵方の娘ではなかった。今や狗奴国王となった仁武(じんむ)の異母妹であり、紛れもなく一族の血を引く娘だったのだ。それゆえの王妃配当であったが、傷つき打ちひしがれた少女の心に、その真意が届くことはなかった。
儒理王は、まるで自分の娘を愛でるように沖那女を慈しんだ。彼女の心にも変化が訪れ、縁の薄かった実父よりも、夫である老王に温かな父性を感じ始めていた。しかしその裏で、母・ヘキの手によって暗殺者ヒソメ(火素女)が女官として王宮へ送り込まれていた。狙われた最初の標的は、先代王妃の遺児である洵(しゅん)王子であった。
「タケフルクマ様、王子が危ない」
拿阿蛇が駆け寄り、低く囁いた。武振熊が問う。
「何があった」
拿阿蛇は母と姉が企てる恐ろしい悪行を打ち明けた。十七歳になっていた彼は、十四歳の洵王子を実の弟のように可愛がっていたのだ。孤独な少年・拿阿蛇は、母の血の復讐ではなく、目の前の幼き王子への情を選んだのだった。
「任せておけ、俺が必ず対処する」
武振熊が力強く請け負うと、拿阿蛇は震える手でその腕を固く握りしめた。 だが、その対処は無情にも半ばに終わった。「毒の華」は仕組まれた王の夕餉へと運ばれ、結果として儒理王が急死してしまったのだ。沖那女は“なぜ……?”心で呟き泣き崩れた。暗殺者のヒソメは、いずこかへと姿を消していた。父と慕い始めた夫を、自らの存在が引き金となって殺めてしまった沖那女。その優美な容姿の裏で、彼女の気性は激しく奔放なものへと変貌していく。まさに傾国の美女と呼ばれるにふさわしい凄みが宿り始めていた。そんな姉の姿を案じ、弟の拿阿蛇は武振熊に打ち明けた。
「杞憂に終わればよいのですが……」
「ああ、今度俺からゆっくり話をしてみよう」
武振熊は弟の不安をなだめた。周囲の心配をよそに、母と姉が次に魔の手を伸ばしたのは、黒潮のヒムカ(日向)女王であった。洵王子が伊都国王として即位すると、二十一歳の沖那女は皇太后の座に就いた。彼女はその強い権力を用い、末盧国の幼い海女を連れ去らせ、ヨナパルの母のもとへ送った。伯母のピリカは大麻草の力を使い、その少女の心を奪い、冷酷な刺客へと仕立て上げていく。
初冬の荒波に揉まれ、凍え切った幼い海女が、ヒムカの元へ連れ込まれ抱き起こされた。濡れた肌は氷のように冷たく、唇は紫色に震えている。ヒムカはその小さな身躯を迷わず抱き寄せ、自らの温もりを分かち合おうとした。だが抱きしめた瞬間、胸の奥を刺すような鋭い冷気が吹き抜ける。死の匂い……。ヒムカは静かに目を閉じ、“神様のお迎えが来た”ことを悟ったのだった。
伽耶山に田植唄が木魂していた。田植えの手を休めた男が呟く。
「王様からはこの話をするなと固く止められとるが、やっぱりおかしかばいねぇ?」
「確かに。儒理王様が亡くなられて一年以上経つばい。十月十日って言うけんねぇ」
隣の男も腰を伸ばして同意した。
「じゃぁ、一体誰が父親だって言うんだい」
稲の苗を投げ込みながら、老婆が身を乗り出す。
「それは~」
「無駄口叩いてないで手を動かせ!」
と畦道に突っ立った老婆が怒鳴りつけた。
春、皇太后となった沖那女の身重の身体が、誰の目にも目立ち始めた。人々は「子の父は誰か」と密かに詮索したが、彼女は腹帯を固く巻き、そのまま辰韓国へと赴いた。そしてネヘ(昔奈解)王からチュクム女王への親書を受け取り、見事に国交の修復を果たして帰還した。その大きな手柄によって、人々の口さがない噂話には重い蓋がされたのだった。
またしても春の突風が吹き荒れ、伽耶山が悲鳴を上げた。沖那女の身重の姿を目にして、重臣たちの間には疑念が再燃していた。
「儒理王様を毒殺した女官は捕まったのか?」
「なぜあのように見事に逃げおおせたのか?」
「手引きをした者が誰か分かったのか?」
亡き儒理王に代わり倭国総理となっていたマー・チャーファ(馬茶花)は穏やかに語りかけた。
「皇太后様、子を産むには心が休まる環境が必要です。どうぞお父様の国へおいでなさいませ。お兄様の仁武王様も、きっと温かく迎えてくださるでしょう」
その気遣いを素直に受け入れ、身重の沖那女は初夏の風に誘われるように旅立った。千穂の峯を越えたあたりで、沖那女はにわかに産気づいた。そして、父の祖国ニシグスク(北城)にて無事に男子を産み落とした。その報せを聞いた仁武は、甥に「サワケ(佐和華)」の名を贈った。佐和華は、清涼の沢が放つ山気のような瑞々しさを纏った男子(おのこ)であった。狗奴国、とりわけ北部の民は、「現ツ神(あきつかみ)の再降臨だ」と歓喜した。幼子から碧き気が立ち昇り、祖父である健の面影を強く思い起こさせたからである。噂は瞬く間に周辺諸国へと広がり、筑紫之島の中部では、佐和華を守り立てようとする大きな機運が高まっていった。
そのうねりのような気運が、沖那女母子を再び伊都国に引き戻した。王となった洵は、幼き異母弟として佐和華を温かく迎え入れた。洵王の側近となっていた叔父の拿阿蛇も、静かにそれを受け入れた。それから数年の間、沖那女は子育てと皇太后としての務めに穏やかに専念したのだった。
龍蛇乃入海(おかみのいりうみ)に、一筋の雷光が走った。群青の空を、一羽の鳥の影が舞っていく。山の鳥か、あるいは海鳥か。まだ日が昇りきっておらず確かな姿は見えないが、若鷲のように力強く勢いのある羽ばたきであった。武振熊は、故郷の潤んだ気を胸いっぱいに吸い込んだ。
二十歳の彼の名は、まだ根子健である。「根子」とは後継者を意味する称号であった。彼が継ぐべきもの、それは安曇之磯良(あずみのしら)の家督である。しかし彼の名が武振熊となること、そして安曇之磯良族以外の者がこの幼名を知ることはない。
彼の祖父ミズチ(水薙)は、伯父カガギ(蛇祇)と共に末盧国の内乱で壮烈な戦死を遂げた。当時まだ三歳だった父のカガト(蛇門)は、祖父のカガメ(蛇目)に引き取られ、十六歳だったハハキ(蛇木)の手で育てられた。すなわち稜威母王にとっては兄のような存在であり、武振熊の父は稜威母国を支える重鎮であった。
猛流王は、安曇之磯良の頭領でもある。王は、安曇族を束ねる頭領の地位をいずれ武振熊に継がせようと考えていた。「根子」の名には、そうした深い意図が隠されていたのである。だが現在、彼は伊都国とヤマァタイ(八海森)国を行き来しながら暮らしていた。少し前までは倭国総理である儒理王に仕えていたが、王が崩御した後は、後任となった総理チャーファ(茶花)のもとで励んでいた。彼女に母のような温もりを感じている青年は、以前にも増して明るく、精力的に務めを果たしていた。人質となった幼い姉弟に付き添い、十三歳で稜威母から伊都国にやってきて以来、姉弟からは実の肉親のように慕われながらも、彼は監視役としての宿命を負っていた。そして後には、同胞とも言える阿人や阿倭人を討伐する立場に立つ。彼の歩む人生には、常に陰惨な血の影がつきまとっていた。だが、武振熊にはそれを吹き飛ばすほどの眩しい光が宿っていた。その明るさが、チャーファにとっては何より愛おしく、嬉しかった。
龍蛇乃入海が鮮やかな茜色に染まっていく。暮れゆく海辺から、親しげな声が響いた。
「お~いネコじゃねぇか?」
漕ぎ寄せてきた小舟から、若い漁師が飛び降りてくる。
「おう、浅一か! 何年ぶりになるかな……そうだ、七年ぶりだ。元気そうだな!」
武振熊が嬉しそうに声を返した。
「偉くなったようじゃねぇか」
「身なりだけさ」
「今夜、昔の仲間が集まるんだ。来ないか?」
浅一が笑う。
「知り合いを連れて行ってもいいか?」
「おう、何人でも連れてきな」
「場所はいつもの小屋か?」
「そうだ。何も変わっちゃいねぇよ」
「よし、じゃぁ一度役所に戻ってくる。後でな!」
昔の悪童仲間との、気の置けない約束であった。一斗樽を肩に担いだ役人と共に、武振熊が姿を現した。
「おう! トラもクマもサスケも元気そうだなぁ」
気品あふれる貴婦人を伴ってネコが漁師小屋に入っていくと、悪童たちの間にピンと緊張が走った。
「そのお方は……?」
「ああ、俺の上司だ。マー・チャーファ様とおっしゃる」
「チャーファ……? もしかして、あの倭国総理のチャーファ様か!?」
「へぇへぇ~っ!」
悪童たちは一斉に平伏し、床に額をこすりつけた。チャーファは優しく微笑み、皆に立ち上がるよう促した。
「まあまあ、頭を上げてくださいな。お招きありがとう」
小屋の中央にドスンと酒樽が据えられ、その周囲には湖の幸が所狭しと並べられた。
「あら……これ、ハゼかしら?」
総理が物珍しそうに尋ねる。
「ええ、このあたりでしか獲れないハゼです。誰が獲ったのか? おう、浅一か。あいつが獲ったそうです」
と、賑やかな美食談義が始まった。
「ところで、なんで倭国総理とお前がイズモにいるんだ?」
シジミ漁師のサスケが尋ねた。「カガジョ(加賀女)様の祝言に、倭国の代表として参列するために来たのさ」
「おう、ついにあのじゃじゃ馬姫も婿をお取りなさるのか」
「そりゃあお前、北の大巫女様になられたからにゃ、いつまでも独り身じゃいられめぇよ」
「で、尻に敷かれる可哀想な婿殿は一体誰なんだい?」
と、酒の肴に話が弾む。
「私の息子なのですよ」
チャーファがさらりと告げると、男たちは目玉が飛び出さんばかりに驚いた。総理の息子は、フェァ・ユェンイー(何元義)といった。父はホァンジンチーイー(黄巾起義)で命を落とした英才フェァ・シャオ(何邵)であり、かつてカンチョン(鄭康成)塾の三羽鴉とまで謳われた男である。偉大な父を持つ彼もまた、卓越した知恵を秘めた英才であった。しかし十六歳の彼はどこか他人事のように冷めており、自分が花婿になるという実感がまるで湧いていなかった。ある日突然、加賀女から夫に指名され、あれよあれよと国策であるかのように話が進んだのだから無理もない。武振熊からそう聞かされた悪童たちも大笑いで酒がすすむ。トラが尋ねる。
「チャーファ様は、どうお思いなのですか?」
「う~ん……複雑な心境ね。加賀女は私の今の夫・バイ・ヤン(白羊)の弟子でもあるのよ。イズモ王のタケル(猛流)様から婿を取るように強く言われて『ユェンイーを婿にします』と答えたらしいの。夫も大笑いして認め、『王も神童を我が手にした』と大喜びだったそうよ」
総理が苦笑交じりに明かすと、クマが膝を叩いた。
「合点! 合点!」
太古の母系制の時代、女たちが生活のすべてを取り仕切り、男たちは戦の合間に己の技や嗜みに興じていたという。誇らしげに名乗りを上げ、威張り散らすことだけが男の生きる道ではない。一見すると尻に敷かれているように見えても、それもまた一つの穏やかな世の姿であったと思える。そう考えるとユェンイーの人生も案外楽しいものになるのかもしれない。
武振熊が浅一に尋ねる。
「ところで、千衛蔵の姿が見えんがどうしている」
「ああ……あいつぁ駄目だ。もう仲間じゃないよ。今じゃすっかり悪徳商人さ……」
浅一は落胆した声で吐き捨てた。トラもクマもサスケもうなだれる。
「昔は一番のしっかり者だったけどなぁ」
武振熊はゆっくりと杯を傾け、その視線を闇に包まれた湖面へと向けた。トラがぽつりと付け加えた。
「妹が売られてな……それから人が変わっちまった。けどよ、俺の舟が壊れた時には金を貸してくれたよ。無利子でいいからってな」
人生は綺麗事だけでは生きていけないことも多い。誰とて汚れた人生など歩みたくはない。悪党で生まれてくる奴などいない。皆、光の中を歩んでいきたいと願っている。だが、人生とは思い通りにはいかないものである。身に降りかかる「汚れちまった悲しみ」を、頬を伝う涙とともに拭い去り、“ナンクルナイサー”と笑って生きていける人は、根が明るく、どこまでも自分に強い。武振熊青年もまた、間違いなくそうした強さを持つ一人であった。
稜威母への出張から戻ると、武振熊は文官として倭国総理の許で激務に追われていた。彼は文官としてもすこぶる優秀であった。大頭領の智淀多もその才覚を高く評価しており、手放したくはないと考えていた。しかし、第二次東征またの名を「茅渟之海東征」が始まると、大将軍の倭(やまと)は、陸軍大将・項熊人の参軍として武振熊を武官に据えた。そして彼は、スクナ兵団壊滅の指揮を執ることになる。だがそれは、華々しい軍記に書き記されることのない、暗がりの中の影働きであった。
天高く、鳥が舞っていた。蒼天においては点のような小ささで、種類は分からない。だが、その飛び方は猛禽類に間違いない。ゆっくりと旋回しながら、獲物に狙いを定めているのだろう。
「おらたち、どがんなるのやろうな……(俺達、どうなるのだろう)」
震える声で、幼い男の子が空を見上げた。武振熊の率いる倭国軍が本陣として接収した「雀のお宿」には、親を失った孤児たちだけが残されていた。
「あんちゃん、おらたち、また捨てられてしまうの?」
小さな女の子が泣きじゃくりながら兄にすがる。
「心配せんでええ、なんとかなるさな」
年長者の青年が、十数人の孤児たちを順番に優しく抱きしめて回った。彼の温もりに触れ、子供たちの心が少しずつ和らいでいく。武振熊がその青年を呼び寄せた。
「俺たちは討伐軍だ。宿を始める気はない。どうだ、お前、宿を切り盛りしてくれんか。とは言っても、客は俺たちだけだけどな」
思いがけない言葉に、青年の頬に赤みが差した。“助かった……ここを出ていかなくてすむ”安堵の情がこみ上げ、頭を下げた。
「子供ばかりの身ですが、心よりおもてなしに努めます」
急いで子供たちにこの朗報を知らせようと駆け出し始めた青年を、武振熊が呼び止めた。
「待て、お前の名は何と言う。それと、歳はいくつだ?」
「みんなからはカパッチリと呼ばれています。物心ついた時から親がいなかったので、歳は分かりません」
「そうか。たぶん二十歳位だろう。よし、そういうことにしておこう。用件はそれだけだ」
武振熊が頷くと、カパッチリは弾むように駆け去っていった。「カパッチリ」とは、阿人の言葉で大鷲のことである。さらに彼の風貌からすると、熊鷹であろう。両親の顔は知らない。だが、阿人の頭目の一人であったに違いない。その威厳を受け継いでいるのは明らかである。武振熊はこの青年に強い親しみを感じた。歳の離れた末の弟のような感覚であり、武振熊はカパッチリに対し弟に対するような温かさで接した。
カパッチリは天涯孤独の身であった。本人は知らないのだが、彼の祖父はかつてオガヌマ(牡鹿沼)の戦いで壮烈な戦死を遂げている。反乱の長チュプカチャペ(蛛怖禍茶辺)の盟友であった祖父は、密かにピミファ女王の命を狙い、矢を放った。しかし矢は阿彦の従者に当たり、女王は一命を取り留めた。そして白髪交じりの三人の弓兵はその場で自害した。その決死隊の一人が彼の祖父であった。
彼の父もまた弓兵であった。カパッチリが生まれて一年の晩秋、父は再び女王暗殺を企てて筑紫之島へ潜伏した。父もまた祖父と同じ運命を辿るだろう。そう悟った哀れな母子は、カシケ(火斯気)の妻ヨナメノコ(米女孤)が経営する「ヨナパルの雀のお宿」へと引き取られたのである。翌年、ピミファ女王がこの世から隠れ神様の許に帰ると、彼の父もまた帰国することはなかった。
さらにその翌年、母もまた父の後を追うように旅立った。三歳になったばかりだったカパッチリには、母の記憶が薄い。甘い匂いと乳房の柔らかさをかすかに覚えているくらいであった。ゆえに、ヨナメノコ婆ちゃんが彼にとっての母代わりであった。「雀のお宿」で同じような孤児や母子家庭に囲まれて育ったため、寂しい思いをしたことはない。そんな生き方が当たり前だと思っていた。ゆえに、武振熊のどこまでもカラリとした立ち振る舞いに、新鮮な驚きを感じた。
カパッチリの瞳には、親や祖父を呑み込んだ血の暗雲は映っていなかった。身寄りもなく、己の生まれた年すら知らぬ。それでも彼は、吹き抜ける朝風の中で白い歯を見せて笑う。絶望に顔を歪める暇があるなら、今日の飯を食い、明日の土を踏む。その骨太の体つきと屈託のない佇まいに、武振熊は自分と同種の「しぶとさ」を感じ取っていたのだった。
これは、武振熊の死生観とも深く通じ合っている。死の影がないとはいえ、もちろん彼らも不老不死ではない。生身の人間である以上、いつかは死が訪れる。つまりは、死への悲壮感がないということである。それゆえに、あっけらかんと己の人生を歩んでいくのである。これは、この二人の天性なのかもしれない。
その“ナンクルナイサー族の境地”を、必死に切り開こうと模索している男がいた。男は、木の国の北部、アカピラ(赤平)山地の北に広がるカパラ(華羽羅)盆地を開拓している。その中央に広がる湖の畔に、小さなイズモ(稜威母)はある。名を「ナラ村」と言い、阿倭人の言葉で、「小さな水辺の国」という意味である。
愛する祖母・オクニからこの夢を託され、十五年の歳月が流れていた。故郷を追われた民たちは、この湿地に田畑を拓き、新たな国造りに精を出してきた。叔父の稲撫士やヘキから反攻の要請が届いた時も、テンユウ(天雄)は黙々と開拓だけに目を向けてきた。もちろん、若い者の中からは反乱軍に加わる者も出たが、天雄は動くことはなかった。“恨みだけでは国は起こせない。天の風に身を任せよう。今、我らが立つ土に生き、我らが立つこの土に、命尽きるまで生きて埋もれよう。それがバァバの遺言だ”そう胸に言い聞かせ、彼は土にまみれて生きてきた。もし、その境地をフーミー(狐米)が代弁するならば「ナンクルナイサー」であろう。ゆえに天雄もまた「ナンクルナイサー族」の一人であった。
武振熊が、カパッチリに「雀のお宿」を下げ渡し、ヤマァタイ(八海森)国へ帰還する途上でナラ村に立ち寄った。天雄は初夏の風に額の汗を乾かし、族弟を迎えた。二人は又従兄弟であり、幼き頃を共に過ごした実の兄弟も同然の仲であった。
ピミファ暗殺に激怒した須佐人とウガヤ(卯伽耶)が、稜威母征伐を開始した年、天雄は十一歳、武振熊は九歳であった。それから実に十八年ぶりの再会である。いまや倭国軍の英雄となった武振熊は、百姓姿の族兄に、かえって大王の威厳を感じ取った。もし稜威母征伐がなければ、この族兄が王となり、自身は父と同じように側近として支えていただろう。それは、どこか心地よい妄想であった。
新緑が心を静める。いまだ血の匂いがぬぐえない武振熊の特別攻撃軍が、峠を越えてナラ村へと降りてきた。道中、狼の群れが近寄ってきたが殺気が消えない男たちに怯えて逃げ去った。村に入ると初老の男が声を弾ませて駆け寄ってきた。
「まめでおったか(元気でいたか)」
かつて生き別れていた甥の姿を見つけたらしい。この攻撃軍には、稜威母猛流王が送り込んだ稜威母の若者たちも多く混じっていた。あちらでも初老の女の声がする。
「えらくなったにゃ~(立派になったな)」
「みごとになってからにぃ(立派になったな)」
感極まって駆け寄る若い娘もいる。従兄妹だろうか? 張り詰めていた男たちの体から、徐々に殺気が消えていく。小さな稜威母は、再会を喜ぶ初夏の涙雨に包まれた。その心地よい雨に打たれて血の匂いは流されていった。
******************
セミ時雨が村を賑わせ始め、田植えが一段落ついた頃、稜威母からオグナヒコ(於虞奈彦)が家族を伴い訪ねてきた。彼は天雄の父の側近である。その猛流王より、祝いの品を届けるよう命じられたのである。それは、古くから稜威母に伝わる剣である。鋳造された年代は定かではないが、古い伝承では呉越の剣だともいわれている。刀身がまるで蛇のように蛇行していることから「クサナギ(奇蛇)」と呼ばれ、人を斬る武器ではなく、神秘的な呪術の力を秘めた「クシタマ(奇魂)」として崇められていた。
オオスクネ(大夙根)の館に、ドタバタと慌ただしい足音が響き渡った。
「王様、生まれたようです。玉のような男の子らしいです!」
と老臣が王の間に転げるように入ってきた。
「誰の子ですか?」
と加賀女が問う。彼女は王と新しい船の建造について打ち合わせ中だった。
「テンユウ様です。テンユウ様の御子が誕生しました! めでてぇなぁ~、おめでと~ござんす。えかったな!」
と老臣は一人で騒いでいる。天雄は反乱軍の将であり、今なお新たな稜威母を興そうとしている。だから王の周りで天雄の名を口にする者など誰もいなかった。
「王に無断で連絡を取り合っていたのですか?」
加賀女が詰め寄ると老臣は言葉に詰まる。
「よい、責めるな。守り役だったのだ。詳細を話せ」
と王が優しく促すと、老臣は目を輝かせ、己の知っていることを全部吐露する。そして「えかったなー」と安堵のあまり床にへたり込んだ。
王は加賀女を振り返り、「名を降ろしてくれ」と頼んだ。加賀女は、龍蛇乃入海の浜にウタキ(御嶽)を設け祈った。そしてアプカ(安布日)という名を天より降ろした。さらにその子が「天の皇子」だと感じ取った加賀女は、「アラミタマ、ニギミタマ、ワカチテ、サチタマ、クシタマ、ナオライテ、ケンニヤドリタマエ、カシコミカシコミマオス」と唱え王剣に新たな霊力を宿した。ゆえに「クサナギ(奇蛇)の剣」は「天叢雲(あめのむらくも)の剣」に生まれ変わった。その宝剣を祖父・猛流王は愛する孫に贈ったのだった。
アプカのもう一人の祖父である志摩津国のイハチ(伊波智)王は阿人である。瑞波の母は黒潮の女王ヒムカなので、姫は、阿倭人である。倭国の新たな混血種族である彼らが未来を切り開く可能性は高い。その時、この孫が指導者として立つ未来図を、加賀女と猛流王は予見しているのだろう。
於虞奈彦の一行は、紀球磨国から志摩津国へと回り、ピタ(斐太)からコシ(高志)に抜けて鯨海を南下し、稜威母へ帰るという壮大な旅路を予定していた。紀球磨国は、彼の妻カグノコノミ(香具好海)の故郷である。傍らには、八歳になる長男を伴っている。名をオホサギ(於穂鷺)という。そこで天雄は、この帰路に同行することを決めた。もちろん、稜威母に帰る気はない。高志までの旅である。その旅は、敗軍となり異郷に散った同志たちを弔う巡礼の旅であった。
志摩津国は瑞波の故郷であり、アプカの顔見せも兼ねていた。瑞波の父はすでに亡く、今は一歳下の弟シマヒコ(志摩彦)が国を治めている。まだ二十三歳と若いため、国の舵取りは養母チバリ(智鍼)の手腕にかかっていた。三十九歳の彼女は経験豊富で、国に不安の影はない。“母様はきっと、笑顔で孫を迎えてくれるだろう”瑞波は久々の帰郷に心を浮き立たせた。“さぁ、故郷の海へ帰ろう”と。
~ 天海の縁起 ~
夏の太陽が浜風を巻き起こし、岸辺のカモメを天空高くへと誘(いざな)う。長い砂浜には大勢の村人が集まり、皆で綱を引く。ズンズンズンと力強く綱を引き上げると、網の中で海の幸が威勢よく飛び跳ねた。素っ裸の子供たちは大喜びで、手掴み漁を楽しむ。男の子たちはふざけ合い、互いの性器を掴み合っては、無邪気な悪ふざけに興じている。
「残念、これは小魚」
「おんしゃぁ、なに言いゆうが、わしのは将来大魚よ」
「どれどれ、おまんのは」
子犬が三匹楽しそうに砂浜を飛び跳ね駆け回る。少女たちがキャアキャアとその後を追う。地引網の喧騒に混じり海の華やぎが勢いを増す。南洋の風が心地良いこの浜は、ヨサミ(依佐見)国のトサプ(杜沙府)である。若衆が叫ぶ。
「おお、フカだ。何匹もかかっちゅうぞ。浜に葦莚(あしむしろ)を広げや。フカの干物にするきに」
「刺身もちょっと取っといてや」
歯の欠けた老漁師が言う。
「おお、今夜はフカ刺しで一杯やね」
と若衆がニンマリと笑う。陽気な夜になりそうだ。漁師頭であろうか。皆の陣頭指揮を執る男がいる。海焼けした顔に白い歯が覗き、濁声を張り上げる。
「アカエイぜよ。尾っぽに気をつけろ」
若衆が慎重に手鉤を打つ。漁師頭が浜を振り向き弾んだ声をかける。
「お婆、『エガンチョの煮付け』にしてや」
「あらま。私またお肌がスベスベになるきねえ」
ふっくらとしたお婆が頬を手で包みにっこり微笑む。ブリも大きなヒラメも網にかかっている。イワシに囲まれてイルカまでかかっている。この地引網を仕掛けたのは田家の黒潮漁労団である。しかし、これは漁獲が目的ではない。祝いの祭りの余興である。何の祝いかといえば、姫様の婚礼の祝いである。
南洋の眩しい陽光のもと、花嫁衣装に身を包んだティーラ(輝偉羅)が姿を現した。参列した村人から溜息がもれる。
「きれいないい姫様やねぇ。わしらとは肌の色が違うき。お山の雪のようぜよ」
「ポニサポ様の血を引きちゅうきね。北国の人みたいに白いがよ」
と交易商人の男が言う。南洋の大海商である祖父ハイムル(吠武琉)の血と、ツングースの北方血統を引く祖母ポニサポの面影。両方の美質を受け継いだその個性的な美貌に、参列した村人たちは息をのむ。白い胸元を飾る黒真珠が、彼女が南洋の巫女女王を継ぐ者であることを厳かに語っていた。
ティーラの夫になるのは、ヒムカ女王の末子・ヒコサシ(彦佐志)である。姫は十六歳、婿殿は十五歳。姫は適齢期だが、婿殿は少し若い。彼はエミシ(愛弥詩)国の生まれ育ちだが、これまで母の故郷クド(狗奴)国に向かって南下したことはなかった。この婿入りで初めて、祖先たちが辿ってきた黒潮の海を南下するのである。
黒潮連盟の巫女女王となったナチメ(那智女)が弟を呼ぶ。円卓にはお茶と甘いお菓子が並んでいる。
「姉上、ヒコサシ参りました」
と姉の背に声をかける。
「座って」
と促し姉は棚の中より宝剣を持ち出し円卓にそっと置く。
「あなたが好きなお菓子を求めてきました。さぁ食べて」
と姉はにっこり微笑み茶を飲み、促す。
「さぁ、食べて」
ヒコサシに緊張が走る。彦佐志はうつむき姉の手元を凝視する。
「あのう、勉強はもう済ませました。乱暴なこともしていません。他に何か……?ありますか……?」
姉はお菓子を口に運ぶ。
「叱ろうと思って呼んだんじゃないの。安心して……さぁ食べて」
彦佐志はそっと手を出し菓子を頬張る。
「ヒコサシ、あなたティーラの夫になりなさい」
微笑みながら姉はやさしく言いつける。ウッと菓子が喉に詰まる。慌てて茶を飲む。
「あ、あ、あのう……!」
「一月後に依佐見国へ行くのよ」
「あ、あ、分かりました姉上!」
「お菓子持ってっていいわよ」
「あ、あ、ありがとうございます姉上!」
とそうやって婿入りの話は決まった。
ティーラ姫の父である依佐見国のリキヤ(力爺)王は、前年に第二次東征から帰還した。この東征は「茅渟之海(ちぬのうみ)東征」とも呼ばれるが、黒潮連合軍は茅渟之海ではなく、東風茅之海(あゆちのうみ)に結集しルルム(流留無)に上陸したので、彼らの間では「東風茅海北征」である。
「手強かったのう」
力爺王は目を閉じ王妃に語る。反乱軍最強のスクナ(諏狗儺)兵団のことである。
「非道な輩とはまさにあいつらのことだ。多くの兵を討ち取られた」
ゆっくり杯に手を伸ばす。空になっていた杯に王妃が酒を注ぐ。白い濁り酒が小さな波紋を広げる。
「奴がいなければ、ワシらは壊滅していたかも知れん。タケフルクマ(武振熊)って奴はやさしい顔をしているが鬼神のような男さ」
王の顔に笑みがはしる。黒潮連合軍で彼の名を胸に留めぬ者はいない。それゆえに、黒潮の民に最も知れ渡った倭国の将である。
黒潮連合軍の総大将は、最年長の愛弥詩国王・クマノクシビ(熊野奇火)である。そして力爺王は副将を務めていた。この時代の戦は大将が前線に立つ。そこで、それぞれ左軍と右軍を率いて前線を駆け抜けてきた。平野部での戦いは野戦に強い熊野奇火王が受け持ち、山岳戦は力爺王が受け持った。山岳戦は野戦に比べ、より多くの体力を消耗する。そのため、力爺王は年齢以上に老いを早めたようである。
王の遠征中、国の運営は王妃ロウラン(楼蘭)と岳父ハイムルに託された。二人は、まだ建国十数年の弱小国を富ますために船造りに力を入れた。田家の黒潮漁労団も依佐見国を拠点としているため、需要は高い。さらに王妃の兄リュウジュウ(龍紐)は、倭国の造船博士・オマロ(表麻呂)の許で学んでいる。
力爺王が東征に出て三年目、王妃ロウランは胆振(いぶり)に造船所を開いた。そして父ハイムルを総責任者とし、天海族の総力を挙げて創業を開始した。現場責任者の所長には、口之津から兄リュウジュウを呼び戻し赴任させた。兄は、倭国随一の造船博士・表麻呂自慢の弟子である。そして、口之津造船所からは優秀な技師が大勢派遣された。これはチュクム(秋琴)女王の采配である。
リュウジュウは十九歳の時、三胴船「天之水馬(あまのあめんぼ)」に乗り、チンダオ(青島)往復の航海をした経験がある。東海を渡ったことのある船乗りは倭国でも限られている。ゆえに、田家の黒潮漁労団からの信頼も厚い。
王妃は三十路に入り、兄は三十二歳の男盛りになった。王妃の父・ハイムルは五十七歳の老練な大商人である。ゆえに胆振造船所の運営に不安はない。最初の大仕事となったのは、三胴船「天之水馬」の大修理であった。その動向には狗奴国のみならず、隣国たるキグマ(紀球磨)国からも熱い視線が注がれている。
東風茅海北征から力爺王が帰還した頃には、胆振造船所は急激な成長を遂げ、国の経済の原動力となり始めていた。王はその国力に安堵し、王妃ロウランに深く感謝した。王は四十六という壮年の身でありながら、激戦の疲弊は心の老いを招いていた。そこで、後継者選びを熟考し始めた。
長男のハマイン(破魔寅)は十三歳となったが、国を担えるようになるには、まだまだ時を要する。そこで、王妃と相談の上、十六歳になった長女のティーラに婿を取ることにした。その相談を持ちかけた相手は、黒潮連盟の巫女女王・那智女である。
黒潮の日巫女は二十一歳とまだ若い。凛と弾けるその声にはヒムカ女王にも劣らない存在感がある。
「那智女様、ティーラに良い婿はおりませんか? 娘を支えて将来、依佐見国を黒潮連盟一の勢いのある国として繁栄させる力を持つ婿殿が欲しいのですじゃ」
と猛将は白髪交じりの頭を下げる。カッと目を見開き那智女は即答する。
「弟をヨサミ国に向かわせましょう」
「おお、ありがたい。ヒムカ様の血をひく彦佐志様であれば民は皆従うでしょう」
と大喜びし、国を挙げての一大祭りとしたのである。
また一人、いきなり尻に敷かれた婿殿が生まれたが、彼に不安はない。母代わりの姉の命令は絶対だが、姉の夫は、黒潮漁労団を率いる田横(でんおう)である。父代わりでもある義兄の拠点を目的地とする旅ゆえに、異国への不安はさらさらないのである。
那智女女王は、この年の初春に長男の田青(でんせい)を出産した。その際、不思議な夢を見た。海の彼方にある「火の根の国」から、大勢の南洋民が愛弥詩国を目指して舞い踊り、押し寄せて来るのである。そして、その先頭に南洋の巫女女王が立っていた。これは吉兆である。
夢から覚めると、依佐見国のティーラ姫の面影が浮かんだ。その後、力爺王から婿探しの相談を受けると“これは自分とティーラを繋ぐ兆しだろう”と思い当たり、異父弟の彦佐志を婿に送り出したのである。彼は審神者(さにわ)であった。
花嫁となったティーラは、少し変わった娘である。群臣が居並ぶ大広間で、彼女はおもむろに口を開いた。
「あなたが、私が居ると思うので私は居る。私が、あなたが居ると思うのであなたは居る。……あなたしか居なければ、私もあなたも居ない。……私しか居なければ、あなたも私も居ない……」
鈴を転がすような声が静寂に響き渡り、座にいた臣下たちは呆気にとられて顔を見合わせた。誰もが言葉を失い、静まり返る広間。その沈黙を破ったのは、入り婿となった若い彦佐志だった。
「……それは『縁起』のことを言われているのですか」
静かだが、芯のある声。まるで静水に一滴の波紋が広がっていくように。
「ほう……!」
臣下たちは息をのみ、すぐにどよめきが駆け抜けた。彦佐志は、人には聞こえない神のお告げを聞き取る審神者の力を持っている。それを知る那智女女王は、それゆえに、弟をティーラに添わせた。巫女女王が依佐見国へ送り出したこの若き婿殿もまた「奇人」であった。
この光景に力爺王は大きく頷き、“良い婿殿を得た”と満足げな笑顔を王妃に向けた。後日、この話を聞いた王妃の父ハイムルは、西の空に向かって大きく目を見開くと“西域の空は、まだ我が空と繋がっている”と涙を流して喜んだ。
ティーラは、叔母ニヌファと同じ「火の巫女」の一人である。火の巫女は、海の彼方にあるという「火の根の国」の巫女だ。南洋の民の魂はそこからやってきて、この世での命を全うすると、またそこへ帰るといわれている。
イズモ(稜威母)の神は黄泉の国におわすという。そこも「根の国」である。どうやら二つの根の国は別の空間のようだが、どこかで通底していると思われる節がある。したがって、南の大巫女様と北の大巫女様には同じ力が宿っているようだ。
ティーラは将来、南の大巫女様になるだろうと目されている。しかし、彼女は神の声を聞くだけでなく、その真意を人の言葉で理解しようとしているようだ。だが、その言葉は難解で、一般の人には理解できない。審神者の彦佐志は、その良き仲介者になっていくのであろう。
東の空に光が昇り、海面を銀の龍の鱗で満たす。造船所はその光に照り映え、今日も忙しくなりそうだ。所長のリュウジュウは、船首の飾りに姪である火の巫女ティーラの像を付けることを思い立った。そして、大修理が終わった三胴船「天之水馬」の船首には、火の根の国の巫女が鎮座している。
ティーラには北方の民の血が流れている。ゆえに改修が終わったこの船は、南洋の彼方から北方のメアンモシリ(寒国)までを海駆(あまか)けている。それは天海一族の飛躍を意味し、南海交易が三方に繋がっていく未来図を描き出した。
「天之水馬」の修理が終わると、胆振の造船所は、黒潮漁労団の漁舟の補修と新造船に追われた。大きな造船所ができたことで、中型船の新造依頼が増えた。これなら沿海の外までイサナ(勇魚)を追っていけるからである。
姫様の婚礼が終わると、力爺王は岳父ハイムルに造船所の拡張を依頼した。それを聞きつけた紀球磨国やアワ(粟)国からは、続々と発注が寄せられた。その中でも大がかりなものが、黒潮の巫女女王の御座船「天乃磐船(あまのいわふね)」の二号艦である。「天乃磐船」の原型は、小さな漁舟に防御用の覆いを掛けた亀甲舟であった。火矢を受けても耐えられるよう、薄い銅板が貼られていた。狗奴国開祖オシホ(忍穂)王の逃げ舟である。天孫降臨後の御座船は、薄い布の天蓋を装備した早舟に変わった。
その後、ホオリ(山幸)王は、愛姪ヒムカのために、ラクシュミー王妃ら交易団が乗ってきたダウ船を買い上げ、黒潮の海(あま)を駆ける女王の足とした。この「天乃磐船」の時代までは、狗奴国に造船所はなく、表麻呂船長に鍛えられた船員が各寄港地で補修をして維持していたのである。
那智女が誕生すると、ヒムカ女王は口之津の造船所に黒船の建造を依頼した。それが那智女の「天乃磐船」である。その初号艦は、二号艦が進水した後に大改装を行い、狗奴国に売却されることが決まっている。名も「黒潮丸」と改め、狗奴国からヂュヤー(朱崖)までの長い航路、すなわち南蛮貿易に就航する。
二号艦は、チュプアチュイ(天海)を北上し、メアンモシリまで航海するように設計された。口之津造船所の船は台風に強く、角鹿(つのが)造船所の船は鯨海の冬の荒波に耐える。そして、胆振造船所の船は流氷の海でさえ航海できる特徴を持つ。
カンカンと鉄鎚の音が響く船渠で、那智女の「天乃磐船」がその巨躯を現しつつあった。リュウジュウは、爛々と輝く底の銅板を撫で上げる。かつて忍穂王の時代、波しぶきと火矢を防ぐためだけに張られた薄い銅板。それが今や、荒波を切り裂く堅牢な装甲へと進化を遂げているのだ。曾々祖父様がこれを見たなら、“大層、勇ましい船じゃのう”と目を丸くされたに違いない。
リュウジュウは、二号艦が那智女の御座船としてチュプアチュイ交易を担うようになると、三胴船「天之水馬」を改修し、ピョンハン(弁韓)国からマハン(馬韓)国、コグリョ(高句麗)を回る交易路の開拓に乗り出した。これは天海一族だけでなく、ピリュのヨンタバル商人団との合作交易である。
ピリュの妻である項家の鹿耶野は、リュウジュウが胆振造船所の所長となった翌年、口之津造船所の所長に就任した。まだ二十九歳の若さであるが、退任する狭瀬(させ)所長と、表麻呂博士の半強制的な推薦によるものだ。
狭瀬は五十路に入り、佐瀬布沫裸党(させぶまつらとう)の党首に専念する必要が出てきた。妻の杏夏(あんげ)との間には子がなかったため、鹿耶野とピリュの長男ヨン・シンサン(延神山)を養子に迎え、佐瀬布に戻った。
すぐ上の姉であるヨン・ミョンヂュ(延明珠)は身支度を整えてやりながら、やさしく声をかける。
「寂しくなったら便りをちょうだい。お姉ちゃんが遊びに行くからね」
「父様も母様の顔も良く思い浮かばん。遊んでもらった思い出も浮かばん。だけん、母様は杏夏小母ちゃんたい。心配せんでよかよ」
七歳の幼さが残る延神山は屈託がない。
「ばってん、姉ちゃんは琴の海を渡って遊びにきて」
と姉を抱きしめた。
鹿耶野が所長になって四年目の春、リュウジュウは長男のティンユン(天熊)を口之津造船所へと送り出す決意をした。自分が初めて荒波へと挑んだのも、ちょうど十九の時だった。“男なら、あの年頃には海の恐ろしさと愛おしさを知らねばならん”そう心に決めていた。そのために七年間、表麻呂造船大学と鹿耶野の許で、実践経験を積ませるのである。
ティーラと那智女の共振作用によって、天の恵みが燦々と黒潮王国に降り注ぐ。それは確信に近いものとなってきたと、リュウジュウは膝頭を打ち、釿(ちょうな)を振り下ろす。「天乃磐船」二号艦、通称「那智女の黒船」も、もうじき進水式である。
~ 空(うろ)の舟 ~
天海に小舟が漂っている。朝霧か、それとも雲海か。小さな波跡が過ぎゆく時を水面に描く。それは掴みようもない航跡波。寂寞(せきばく)に包まれ、心休まる。天の光は淡く、水底は漆黒として、邪心をも拒む。“嗚呼~このまま異界に流れて行きたい。だが、その小舟に私の体は横たわっていない”……寝汗を拭い、王は目覚めた。
昨日、反乱の報がもたらされた。浦上(ほじょう)の八つの小国が反旗を翻したようである。詳細はまだ掴めていない。王は己の微弱さに嘆息し、群臣は慌ただしく走り回るばかり。中には既に王都から逃れた者も出たと聞く。人心を掴みとれない情けない王である。“姉上の足元にも及ばない……”そう王は自覚するしかなかった。
昨年の初秋、鯨海の「白い狼」と恐れられた女海賊王キム・アヘン(金芽杏)が天に召された。静かな最期であったが、彼女は“六十一年の愉快な人生だった”と、満足したであろう。九年前、父スロ(首露)王が崩御すると、彼女は弟を王位に就けた。それゆえに、思い残すことはない旅立ちであったはずである。
四代続いた首露王の治世は、小国の族長による合議制だった。しかし、倭国の隆盛や周辺国の状況を考慮し、弟キム・ゴドゥン(金居登)からは王政を敷き、徐々に族長制の廃止に向け動き出してきた。
王権の強化に、各部族の長であるクガン(九干)たちは反発を覚えたが、そのまとめ役であるテチョンガン(大天干)のキム・ナムス(金南修)が彼らを抑えていた。金南修の父キム・ミョンス(金明朱)は、首露王が全幅の信頼を置いていた重鎮である。そして母パク・ギュリ(朴奎利)は、伝説のジンハン(辰韓)国の大将パク・ネロ(朴奈老)の遺児であった。
首露王のキム(金)氏と金南修は同族であり、王家の血筋である。それゆえに、クガンたちも表立って異論を唱えることはできない。さらに、アヘン王女の生前に、白い狼に向かって異議を唱える腹の据わった族長など皆無であった。
ゴドゥン(居登)王は、朝もやの立ち込める宮殿の文机で静かに目を閉じた。凶報をもたらした使者が走り去った後も、王は動かない。荒事を嫌い、思索を深めることばかりに長けた己の性(さが)を、誰よりも王自身が知っていた。
溜息を吐き出す。“富の分配は実に難しい。均等な分配は人の励みを奪い、努力に報いれば格差が生まれる。餓死の恐怖が薄れれば共同体の絆は脆くなり、王権が強まれば民は自ら考える目を捨てて王に責を転嫁する……”冷めかけた茶の湯気に混じって、王が吐いた息も消えていく。王の頭を占めるのは、目の前の敵を討つ軍略ではなく、こうした終わりなき治世の苦悶であった。
苦い酒をゆっくり飲みほす。王は朱塗りの天井を見上げる。“反乱の直接の動機は『族長制の廃止』だろう。しかしそればかりではないようだ……”ふらふらと庭へ下りていく。昼下がりの春の陽光が王の手の肌の色を浮かびあがらせる。“この肌の色にも不満があるのだろう”そう思い息を吐く。
金南修と加布里の長女キム・ヘリム(金海林)の夫は、アンヤ(安邪)小国族長の次男である。娘は母に付き反乱軍に加担 した。つまり、反乱軍の主力はコジャ小国とアンヤ小国であり、これに六つの小国が加わった。
庭の石に腰を下ろし王は“カフリ(加布里)か悪くはあるまい”と酔いの息を吐く。“溜息ばかりじゃな。我ながら情けない”ホーホケキョと春告鳥の鳴き声が聞こえる。姿は現さないが美しい鳴き声である。“ワシも姿をくらました方がよかろうか? 加布里はワシより血統も良いし族長たちも満足するだろう。異国の血が交じるワシよりもな……”
加布里の長男キム・テプン(金大風)は、将来、父・金南修の跡を継ぎパンパ(伴跛)小国の族長になる身である。王家のクヤ(狗邪)小国を支え、王家が絶えればそれを継ぐ立場にある。ゆえに彼は当然、父の側に立ち、母と姉に対峙した。
華やいだ女官の声がする。
「王様、そこにいらっしゃいましたか。キム・ナムス様がお見えです。政務室にお通ししております」
王は立ち上がり“ナムスにも世話をかける。身内同士で諍いに巻き込み謝る言葉さえ見つからない。しっかりせねば”と政務室に向かう。
この事態を収めるべく、金南修は辰韓国の皇太后である姉キム・チヨン(金智妍)に助けを求めた。甥のソク・ネヘ(昔奈解)王は、叔父からの要請を受け、五百の精鋭軍を派遣した。この軍を率いるのは、長男のソク・ウロ(昔于老)と次男のソク・リウム(昔利音)である。王の名代二人に反乱軍が従わなければ、自身が辰韓国の大軍で押し寄せるという脅しでもあった。両国の国力差は明らかであり、隣国との戦を望む族長はいない。そのため、大きな戦闘に至ることなく反乱は収まった。
反乱の首謀者となった加布里への咎めは軽いものであった。荒事を望まない王の配慮である。そのため、他の族長も処罰の対象にはならなかった。ただし、強硬派の中にマハン(馬韓)国と通じていた者がいたため、その数名は国外追放となった。自由を得たその大半を伊都国が受け入れたのである。
風がビュービューと唸る。波を切り裂き、三胴船「天之水馬(あまのあめんぼ)」が疾走していく。“あの時、こんな足が速い船が数艘あったら、太平道の難民団も半分の月日で運べただろうなぁ”とヨン・ピリュ(延沸流)は感慨に耽っている。ここはホァンハイ(黄海)の洋上である。馬韓国のハンガン(寒江)の河湊に向かって、船は駆ける。
真っ青な空に筋雲が龍の如く描かれている。頬を撫でる海風は秋の匂いを含んでいる。ハンガンの河口から東へ向かえば、王都ハニャン(韓陽)である。空はどこまでも青く、ソウル(瑞蔚)城も青の世界にそびえているだろう。乙女たちの髪も東へたなびいている。
大型の外洋船では、水草が生い茂り蔚然とした川を遡上するのは無理があるため、通常は川船に乗り換える。しかし、この三胴船は喫水が浅いため、そのままソウル城を目指すことにした。“きっと姉様もこの奇妙な船に驚くことだろう”。姉の笑顔が浮かび、ピリュの心は弾んだ。
この交易の旅には、二人の娘、ヨン・ククオク(延菊玉)とヨン・ミョンヂュ(延明珠)も伴っている。ククオク(菊玉)は十四歳、ミョンヂュ(明珠)は十三歳になった。二人は可愛い弟が養子に出たことで寂しい思いをしていたため、この旅に誘ったのである。妻のカヤノ(鹿耶野)は口之津の造船所を離れられなかった。
弟のオンジョ(穏祚)は、馬韓国のヨンタバル(延陀勃)商人団を束ね、姉の国の経済を支えている。年の半分はハニャンにいると聞いているので、三歳違いの弟にも会えるだろう。ソウル城の威容が遠目に入り始めると、ピリュの期待はさらに高まった。
大河の川幅は広く、ゆっくりと蛇行している。ククオクは川面に手を差し伸べ流れの感触を楽しんでいる。時折、水しぶきが顔に当たり目を細める。ミョンヂュは帆柱を見上げ登ってみたい誘惑と恐怖の狭間に揺れている。海鳥が去り川の水鳥が多くなってきた。ピリュの舵を握る手が湿りを帯びてくる。若い船乗りが前方の網代帆を片帆とし船足を落とす。老いた船乗りが舵を代わる。
今から四年前、母ヨン・ソルファ(延雪花)が五十五歳で永眠した。母亡き後、ヨンタバル商人団はピリュが引き継ぐこととなった。本来であれば、姉マンヂュが率いるのが相応しかったが、彼女は馬韓国の皇太子妃である。将来の王妃が商人団の長(おさ)を兼任するのは難しいため、マンヂュはピリュにその任を託したのだ。
今やヨンタバル商人団は、本拠地コグリョ(高句麗)から倭国にまでその活動を広げている。ピリュが担っていたのは口之津に本拠地を持つ東部商人団であったが、総帥となってからは東夷の世界を飛び回っている。それゆえに、リュウジュウ(龍紐)が貸し出してくれた三胴船「天之水馬」には、大いに助けられていた。
菊玉と明珠に向かい、旅人ピリュが笑顔を見せる。
「草臥す旅も良いが、船旅は快適だな。虫に刺されることもないし、獣や蛇に咬まれることもない」
それから独り言のように呟く。
「加太(かた)先生は今頃どうしているだろう。フーミー(狐米)の近くで見守っているのだろうか?」
甲板を叩くしぶきが、娘たちの衣を湿らせる。
「父様がおっしゃる加太様ってどんな方なの?」
としっかり者の娘・菊玉が尋ねる。
「変人さ。俺の老師だが人間じゃない。龍人らしい。何千年も生きているから何でも知っている」
「会ってみたいな。その仙人さんと」
ゴンと船底を打つ音がする。川面に隠れた洗岩が接触したようだ。しかし船底が厚いこの船には何の問題もない。キャ~と叫び、そして恐る恐る川面を覗く。
「大丈夫だよ。お姉ちゃん」
と言い、それから今度は明珠が父に尋ねる。
「フーミーってどんな人」
ピリュは三胴船の舵をゆっくりと、蛇行する川の瀬から淵の方へと切る。
「チュクム(秋琴)女王の娘だ。逃避行のさ中に別れたが、どうしているだろうなぁ」
とピリュは浅瀬の流れを見つめた。
太平道の避難民団は、倭国の各地に散らばり暮らしている。リンシン(林杏)の一団はヤマァタイ(八海森)国に、リンツァイ(鈴菜)の一団は阿多国の櫛気野(くしきの)郷に。ユェファ(越花)の一団は烏奴(うの)国の英袮、チャーファ(茶花)の一団は稜威母という具合である。それらの地を訪ねて回るだけでも一苦労であった。今回の旅には、この状況を打開する目的も含まれていた。
ピリュは風のような男である。この世界を飛び回ることに苦労は感じない。だが、事業の責任を担うとなれば、自由気ままとはいかない。母ソルファが守っていたチョルボン本部の仕事は片手間でできるものではなく、この四年間は、ほぼ単身赴任状態であった。そこで、本部の運営を任せられる人材の発掘が急務であった。
先ごろ彼は、姉マンヂュに泣きついた。
「姉上、チョルボンの本部を任せられる者はいませんか。身体がいくつあっても足りません」
「そうね。長女のククオクに婿を迎えたらどう。婿選びは私が引き受けるから、ククオクの人柄を改めて確かめておきたい。今度連れてきなさい」
という話になった。ふさわしい族子に心当たりがあるというのだ。今回のソウル城訪問の最大の目的は、その件であった。
王宮の門に立つと、クス(亀寿)太子自らが出迎えに来てくれた。姉は接待の準備に忙しいようだ。三人の甥と、弟オンジョも出迎えに顔を見せた。「叔父上!」姿を現した三人の甥たちのうち、まだ幼さの残る九歳のウボク(優福)が、物珍しそうにピリュの服の袖を引いた。十五歳になる長男のサパン(沙伴)と、十二歳のキェル(桂流)は、大人びた仕草で深く礼を執る。遠く離れたハニャンと口之津。これまで一度もまみえることのなかった従兄妹たちが、いま初めて同じ陽光の下で肩を並べていた。
王宮に入ると、まずはチョゴ(肖古)王に拝謁した。太平道の逃避行を黙認してもらった礼を述べるためである。王は六十七歳と高齢になられていたが、依然として覇気があり、今なお戦場に立たれるという。王はヨンタバル商人団の多大なる経済援助に感謝を述べ、太子との絆をさらに深めるよう願われた。
謁見が済むと、親族の宴が始まった。弟オンジョの妻カン・カンナ(姜貫那)と、姪のヨン・ソルジュ(延雪珠)も姿を見せた。ソルジュ(雪珠)は六歳で、可愛い盛りである。単に愛らしいだけでなく、知的な片鱗も覗かせ始めており、伯母マンヂュを彷彿とさせる美しさであった。
三歳年上の従兄ウボクは、ちゃっかりお兄ちゃんらしく振る舞い、族妹の世話を欠かさない。兄二人に囲まれた三男坊のウボクにとって、ソルジュの存在が嬉しくてたまらないようだった。チョゴ王はオンジョの一家を王族に準じて扱い、王宮の一角に住まいを与えていた。ウボクにとって、祖父のこの計らいは誇らしいものであった。
オンジョは、馬韓国の西南部に位置するピリ(卑離)小国に交易の拠点を構えている。この地は黄海に面し、沿岸は多島海となっている。沖を暖流が流れるため、気候も穏やかだ。
ここに住むのは、倭人が多い。倭国に住む倭人ではなく、韓半島に住む倭人である。その源流は「海越」にあると言われ、海洋民であり稲作の民でもある。チョゴ王はかつて倭人を嫌っていたが、老いるにつれ、その偏狭さは薄らいでいた。
爪弾かれるカヤグム(伽耶琴)の切ない調べにのせ、楚辞『山鬼』の歌声が静かに満ちていく。奏でるのは、かつて嫌悪していた倭人の血を引く姜貫那だ。
♪ルォヨウレンシーシャンヂーアー(若有人兮山之阿)
ベイビーリーシーダイニュルゥォ(被薜荔兮带女羅)
(私はここ山の阿(ほとり)に住み、マサキの蔓を着て、ヒカゲの蔓を帯に巻いています)
♪ジーハンディシーヨウイーシァォ(既含睇兮又宜笑)
ズームーユーシーシャンイャォティァォ(子慕予兮善窈窕)
(流し目を送り美しく笑みかける。貴方はそんな奥ゆかしい私を慕ってくださいました)
枯れ木のような手で目を覆うチョゴ王の頬を、一すじの涙が伝った。かつて駆け抜けた山々、散っていった名もなき兵たちの叫び、引き裂かれた妻子たちの慟哭……。戦に明け暮れた覇者の胸に、異界の残照が静かに差し込んでいた。
♪ユーチュヨウフゥァンシーヂョンブージィェンティェン(餘処幽篁兮終不見天)
(私の住んでいる処は深い竹藪で天を見る事も出来ない程です)
♪ルーシィェンナンシードゥホウライ(路険難兮独後来)
(道は険しく、あなたのところへ行くのが遅れてしまいました)
王はゆっくりと息を吐き、孫たちの歓声に耳を傾ける。“空を飛ぶ舟は軽く空(うろ)の舟でなくてはならぬ”。武王として果てる宿命を予感しながら、老王は束の間の美しい倭人の声のぬくもりに、静かに身を委ねていた。
卑離小国の首長は、カン・ドユン(姜道尹)という。姜貫那はその娘である。姜一族は中華に源流を持ち、始祖は楚の人であったと伝わる。青洲を経て、韓半島に渡ってきたのであろう。姜貫那の母は、チュホ(州胡)のリャン(梁)一族の娘で、名を夏海(なつみ)という。その遠祖は項一族であり、心の源郷は亡き楚の国である。いずれにせよ、姜貫那は生粋の倭人であった。
かつてチョゴ王にとって、倭人は粗野な存在に過ぎなかった。だが、姜貫那の存在が、それは偏見による思い込みだったと気づかせた。そして今、オンジョの手によって、この卑離小国からの富が王の許へもたらされている。老王は己の過ちを恥じて笑い、そして姜貫那の楚辞に涙した。それは、心地よい悔いであった。
チョゴ王は、弁韓国の反乱にはまったく手を出さなかった。若き日の王であれば、この機に乗じて辰韓国を攻めたであろう。しかし、七年前に盟友である十四代ホゴン(瓠公)キドン(箕敦)が亡くなった。彼は両手で二つの国を操り、それこそが覇気ある政治であると思わせてくれた。彼と手を携えて歩むことこそが王道だと信じていた。だが、その稀代の策士も、呆気ない最期を迎えた。老境は、覇気の虚しさを悟らせる。武勲だけでは心の隙間が埋まらないことに気づいた。しかし不幸なことに、チョゴ王は、「武王」としての役割を背負ったまま、最期を迎えることになる。
~ 呑舟(どんしゅう)の魚 ~
秋風が帆を孕ませ、川舟が遡上していく。茅(ちがや)の葉が陽光を波打ち、波紋がゆるやかに水面を撫でていく。舟を呑み込むほどの大魚がいるというが、“大魚なれば、こんな支流にはおるまい”と老貴婦人は思いながらも、草生す河原を眺め続けている。
ここはダイファン(帯方)郡の南方を流れるイムジンガン(臨津江)である。河口から半日ほど遡上したところに目的の村がある。そこに、ククオク(菊玉)の婿殿候補が暮らしている。名はヨン・ケル(延卦婁)。姉のマンヂュ(曼珠)の話では、十九歳の好青年であり逸材であるという。
老貴婦人は、マハン(馬韓)国の王妃、ゴンスン・チンフア(公孫清華)である。「東夷の魔王」と呼ばれたゴンスン・シォンジー(公孫升済)の長女も、既に六十二歳となった。父は他界し、今は弟のゴンスン・チャンカン(公孫長康)が跡を継いでいる。その弟も四十路に足を踏み入れ、領土拡大に精を出していた。
遡ること四年前、跡を継いだ公孫長康は帯方郡を開き、東方支配に乗り出した。ただし、中華の軍閥たちのような武力による支配ではない。友好的に支配の手を伸ばしていくのである。馬韓国や倭国にとって、その見返りは漢王朝からの脅威を和らげられるというものであった。
チャンカン(長康)が治めるリィァォドン(遼東)郡は、漢王朝の東方支配を担っている。しかし、父はその絆を緩やかに切った。そのおかげで、太平道の避難民団は無事に倭国へ逃げ延びることができた。シォンジー(升済)の本名は、リィゥ・シォンジー(劉升済)。漢王朝の直系、リィゥ・イン(劉嬰)の隠れた末裔である。その末裔たちは東夷の世界に身を潜めて生きている。王氏・徐氏・延氏・何氏・公孫氏と姓を変えた五家は、密かに連携し再起を図っていた。
劉嬰五家の狙いは中華の中原ではない。東夷の世界に根を張り、新たな支配権を固めること。そうして中原勢力と拮抗するのである。ゆえに、ドン・ヂョンイン(董仲穎)が西戎(せいじゅう)の世界を固めることは、シォンジーが期するところでもあった。カンチョン(鄭康成)塾の三羽鴉といわれたホァン・シャオ(黄邵)が唱えた「天下三分の計」と同じ思考である。
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喫水線が浅い三胴船「天之水馬(あまのあめんぼ)」は、川舟の身軽さでイムジンガンを遡上していく。船幅は二尋(ひろ)、艇長は十尋であるから、川舟としては大きい。だが、左右四本の櫓を持つため、操船は機敏である。【注釈】一尋は約一・八メートル
主柱後方の船楼は天幕ではあるが、雨風や波しぶきから姫たちを守るには十分であった。船倉には交易の品々が所狭しと並び、ピリュ(沸流)ら船員たちはその隙間で寝起きしている。起きている間は甲板のほうが清々しく、草生した川風の匂いは鼻孔を洗い、潮風の緊張を和らげてくれた。
一行はのんびりと川旅を楽しみ、トンピボル(冬比怱)という小さな村の川湊を目指している。帯方郡の郡治所はサリ(沙里)といい、テドンガン(大同江)に面しているが、この村は南方開発の拠点となっている。イムジンガンの河口から南のハンガン(寒江)に入れば、ほどなく馬韓国の王都ハニャン(韓陽)である。つまりその村は、チャンカン(長康)が馬韓国との共同運用を狙って造った交易の村であった。
その責任者がオウ(鴎)である。彼女の長女シュ・フォンラン(徐風蘭)はチャンカンの妻であり、二人は娘婿と姑の関係にある。つまり、チャンカンにとっては最も頼りがいのある女傑であり、馬韓国側からも「遼東太守の名代」として映っていた。もう一方の女傑、チンフアはチャンカンの姉であり、チョゴ(肖古)王の王妃である。馬韓国側の統括責任者として、オウと共に村の開発を担っている。ゆえにここは、女たちの活気あふれる「女人国」の様相を呈していた。
チンフアが訪ねる婿候補ヨン・ケル(延卦婁)は、オウの甥である。オウの末の妹、ウォン・チュェ(王雀)が母であり、彼女はヨンタバル(延陀勃)商人団のヨン・ケバル(延卦勃)に嫁いでいた。彼は総帥ヨン・ソルファ(延雪花)の又従姉弟であり、その右腕であった。だが三年前、二人の息子共々総帥ソルファと共に病死した。
あの晩秋の夜を、ケルは一生忘れることができない。芳ばしい香りを放つ腸詰肉に、男たちは杯を重ねていた。異変が起きたのは深夜である。呻き声に跳ね起きると、頑強な交易商人たちが次々と腹を抱えて吐血し、のたうち回っていた。“肩が……力が入らん……”熱もないのに、両肩から腰にかけて身体が石のように麻痺していく。父も、二人の兄も、意識をはっきり保ったまま息が詰まり、苦痛に歪む顔のまま息絶えた。酒宴に加わらなかったケルには異常はでなかった。父と兄たちの名を必死に呼び、冷たくなっていく身体にすがりついたがそれ以外は何もできなかった。溢れる涙をぬぐいチョルボン(卒本)の本部に走った。着いたのは五日後だった。泥にまみれ衰弱した息子を見て、母・チュェ(雀)は事態を悟り泣き崩れた。
百数十人いた交易団のうち、六人が命を落とし、残された者も立ち上がることすらできなくなっていた。六つ墓穴を掘り、生き残った者を荷馬車に横たえた。ケルの涙はもう枯れていた。淡々と救援隊の手助けをして死臭の漂う荷馬車に揺られた。忘我のケルを立ち直らせたのは、夫と息子たちの後を追わんばかりに衰弱しきった母の姿だった。
ケルは伯母を頼る決断を固めた。母を荷車に寝かせ、十六歳の少年は独り沙里を目指して歩いた。氷雨が降れば母に覆いをかけ自分は濡れ凍えながら歩いた。交易団は壊滅的な事態に陥り誰もケルの手助けをする者はいなかった。独り歯を食いしばり血の滲む足で歩いた。夜は狼の群れと戦い、村々では物乞いをして飢えをしのいだ。
一ヶ月に及ぶ苦難の旅を経て初冬、伯母のもとにたどり着いた。伯母の泣き顔を見てケルは崩れこんだ。伯母の手厚い看護でまずケルが元気を取り戻した。やがて母のチュェも徐々に快復し、姉の事業を息子と共に支え始めた。
翌年春、オウはトンピボル村の開発に乗り出し、ケル親子はイムジンガンを遡った。オウの孫たち、シュ・ルイ(徐睿)の忘れ形見も一緒に舟に乗った。姉のシュ・シュエメイ(徐雪梅)はケルと同じ歳、弟のシュ・ジン(徐静)は十四歳。父が戦死した年に生まれたため、彼は父の顔を知らない。
春の陽光を浴びたケルの顔は「交易団の男」になっていた。「ケル、算学を教えるからこっちにきて」とバオ・シュエリー(鮑雪麗)が呼んだ。彼女は徐雪梅と徐静の母である。夫の徐睿を戦で亡くした時は二十歳だった。それから姑のオウと二人三脚で生きてきた。だからオウの後継者は彼女であると誰もが認めており、三十四歳になった彼女が現場の指揮を執っていた。その雪麗がケルに期待を抱いている。彼女は商学を学ばせようと考えていた。そしてケルは父の才能を引き継ぎ優秀な商人に育っていった。
祖母のオウは、孫娘のシュエメイ(雪梅)を甥のケルに嫁がせようと考えていた。だが、ヨン・マンヂュ(延曼珠)から婿探しの相談が入った。マンヂュの母ソルファはオウにとって妹のような存在であり、マンヂュもまた姪のような存在である。その婿養子は、将来のヨンタバル商人団の本部を担うべく期待されている。商人団は高句麗、遼東郡、馬韓国から倭国までの交易を中心となって担う大商人団である。その総帥はピリュであるが、皇太子妃マンヂュは「東夷世界の経済女王」と呼んでも過言ではない。
その愛姪からの要請に、オウは甥のケルを送り出す決心をした。ケルの血筋は申し分なく、苦難の旅を独り乗り越えた精神力もある。そこでオウは、マンヂュへ「呑舟の魚を贈る」と文を送った。この婚姻には、公孫一族も関心を寄せ、馬韓国王妃・チンフアは自ら水先案内を買って出て、婿殿の品定めをすることにしたのである。
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王妃が船体を見渡し、ピリュに語りかける。
「本当に変わった船ね。でも揺れが少ないから船に弱い人には良いわね」
「私の妻が設計しました。妻は造船所の所長なんです。揺れないことと、船足が速く浅い川でも航海できるのが特長です」
「私も一艇頼もうかしら。ところでお子さんは娘さんだけ?」
「いや、息子が一人いますが養子に出しました」
「あらまぁ、どうして?」
「私たちが忙しくてかまってやらないから反乱を起こされました」
秋のさわやかな風のように王妃が笑う。
「しっかりした男の子のようね。私は娘ばかり三人だったから、甥を養子に迎えたの」
「ああ、クス太子は養子でしたか」
ピリュは帆を返して風をとらえる。
チョゴ王の後継者、クス(亀寿)太子は養子であった。王と王妃には、三人続けて娘だけを授かった。しかしてその娘たちには母のような女傑の血は薄く、淑女を絵にかいた姫様たちであった。とても女王となり国を率いる気質ではない。そこで、長女ミギョン(美京)は王の甥を婿に迎え、次女ミシル(美室)にも王族の婿を、そして三女ミリ(美里)には公孫一族から婿を迎え、そして王の後継者にクス太子を迎えた。
主柱の上から見張り役の声が聞こえる。いよいよ本格的な川旅である。
「川幅が狭まり蛇行しているぞ」
「妹さんには、他に男の子がおいでなんですか」
と舵棒を握ったままピリュが尋ねる。
「私と違って妹は男腹みたいなの。東プヨ(夫余)国のクテ(仇台)王に嫁いですぐに男子に恵まれてね。クスは次男なのよ。一歳で養子にしたから実母の記憶がないようなのフフフ」
と王妃はふくよかな笑顔を見せた。
三人の姫様は待望の弟ができたので彼を溺愛したようだ。姉姫たちとは血筋が繋がっているので、太子には実のお姉様であり、甘え上手になった。それゆえに養父のような武王の威厳はない。だが愛されて育ったので人格にゆがみはなく秀才である。そんな太子を民たちは首を長くして、王になる日を待ち望んでいるそうである。
船首の水先案内人が叫ぶ。遠くから喧騒が聞こえてくる。
「トンピボルの村影が見えてきました」
「王は、太子に徐々に国政を担わせておいでのようですね」
と前方に注意を払いながら尋ねる。
「クスはしっかりした子だからね。私もマンヂュに王妃の役を譲りつつあるのよ。だから、この旅は骨休めでもあるのよ」
と嬉しそうに王妃は語る。婿の品定めが終われば、このまま王妃を東夫余国まで送る。三胴船「天之水馬」は、川旅も外洋の航海もこなすので、王妃の旅行きも難はない。東夫余国へは、アムノッカン(鴨緑江)の川旅を楽しみ、遼東へは、外洋の旅を楽しむ。それからチョルボンへは、再び川の旅である。
菊玉姫は、この旅が自分の婿選びの旅であるとは聞かされていない。箸が転んでもおかしい年頃の十四歳の乙女である。加えて妹の延明珠とは一歳違いなので、まことに船上は賑やかである。この光景に王妃も若返る思いがした。妹のリーチュン(麗春)に会えば、その若返りはさらに増すことであろう。
ピリュは、族子ケルを一目見て気に入った。自分と同じ、苦労人の目をしていたからだ。“こいつは奇貨なり”と確信したが、寡黙な少年に、ヨンタバル商人団総帥への道を歩み出してくれとは話していない。つまりケルは、婿養子の話を知らないのである。今は黙々と交易商人見習いに勤しんでいる。
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甘い酒の匂いが部屋中に満ち、円卓には川の幸、山の幸が並ぶ。ピリュは「ナマズの辛味鍋」を口に放り込むと匙で汁を飲む。少年も酒が飲める大人に成長した。
「う~ん、いける。ケル、お前も食え」
ピリュは、白い酒を飲み干す。それから無口なケルを見つめ、静かに語りかける。
「いいかケル、商人の口というのはな、己の主義主張を叫ぶためにあるのではないぞ」
ケルの杯に酒を注ぎ、それから自分の杯にも酒を満たす。
「言葉巧みな口利きほど、相手の話を聞いちゃおらん」
と今度は「タニシの甘辛和え」に箸を伸ばす。
「こりゃいかん、酒が進むぞ」
小皿にタニシと大根の角切りそして瓜を盛りケルの前に置く。
「確かに、杯がとまならくなりそうですね」
タニシに手をつけケルも笑顔を見せる。田植えも終わりもう夏の熱風が部屋に流れ込む。
額に汗したその笑顔を確かめるとピリュの談義は進む。
「大商人になると、他愛もない天気の話で相手の警戒を解き、腹の底を探るのだ。『良いお湿りですな』『実に、おっしゃる通りです』……。そうやって相手の真意を読み解いてこそ、売るべき品と値が見えてくる」
「お前のその静かな眼差しは、商人の鑑のようだと俺は見た」
と今度はカワムツの天ぷらを指でつまみ口に放り込む。
「むむむ……。これもいける。お前も食え」
と天ぷらが盛られた籠をケルの前に進める。
「ううん、山椒の香りがいいですね。うむ! 痺れるような辛みが絶品ですね。さぁピリュ様も一杯」
と杯の酒を飲み干し師匠に酒を勧める。
「いいか、商売の最初は自然発生的な経済活動だ。現物経済ともいい平たくいえば、物々交換のことだな。最も簡単な経済活動だから、猟師だって、百姓だって、工人だって、にわかに商売人になれる。だが、その最大の欠点は持続性がないことだ。『今度、猪肉を持ってくるから、先に米だけおくれ』は成り立たない。それが現物経済の限界だ」
とピリュの経済学講座は絶好調となる。給仕が酒のお代わりにと一升徳利と「ツルニンジンの焼き物」を持ってくる。叩いて柔らかくし、山椒と生姜と葱を魚醤油に付け込んでそのタレを塗って焼いてある。香ばしいことこのうえない。それを一口摘み、酒を飲むと講座は続く。
「いいか、売り買いで『今度払うから』が成立するには、その対価となるものが必要なんだ。それは、貨幣であったり証文であったりする。それを貨幣経済や信用経済と呼ぶ。だからな。ヨンタバル商人団ほどの規模になると、会計管理が欠かせなくなる。これも平たくいえば金勘定よ。その勘定奉行を担っていたのは、お前の親父だった。分かるだろう俺の苦労が……」
ぬぐったのが汗だったのか涙だったのかはわからないが、少し泣きが入ってき始めた。給仕が椎茸のチヂミを食台に置く。ピリュの目が輝く、詰めもののひき肉だけではなく貴重な卵も使われている。その卵液の焼けた匂いが椎茸の旨味をひきたて、噛むたびに溢れる汁は極上の羹に負けてはいない。ああ~やっぱり酒が進む。美食と美酒にピリュの動揺も収まり、ケルの目を見つめる。
「信用経済はおふくろのソルファが培ってきたが、さっき言ったように貨幣経済は、お前の親父が担っていたのさ。姉様マンヂュならその両方を兼ね備えている。だが知っての通り姉様は王妃になる身だ。そこで俺に白羽の矢が立ったんだけどなぁ。大変なんだよ。お前が親父の跡を継いでくれないか」
給仕が「山菜のチヂミ」を運んでくる。ケルは静かにその美食に目を落とすと一口味を噛みしめ白い酒を口に含む。
「よろしくご指導下さい」
両手を膝に置くとピリュに深く頭をさげた。甘い酒の香りが川風に漂い、真夏の夜に溶け込んでいく。
経済とは、経世済民という言葉の略である。「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」というのが本意である。この言葉そのものが発せられるのはずっと後の世のことであるが、その本意は、古代から大商人たちには受け継がれてきた。バイ・チュウ(白秋)等はその典型的な例である。マンヂュは彼に劣らない。後に王妃の称号も持つのだが、彼女には「東夷の世界の経済女王」の名が相応しい。そして、その盟友には、東夷の王たちが並ぶ。南にはチュクム(秋琴)女王、北には公孫長康太守である。そして、夫はやがて馬韓国王となる。
ついにピリュの目に涙が浮かんだ。
「ありがとう。よろしく頼む」と強くケルの手をに握り締める。
「そうだ。チョルボンに帰る前に太守にも挨拶に行こう」
とピリュは計画を練り始める。ケルはすでに伯母を介して遼東太守に面識がある。“大国を治める方だが、武王だという荒々しさはない方だった”という印象が残っている。
「太守は若い頃、ヂャオ・ヤーリー(趙雅莉)様に国造りを学んだそうですね」
とピリュに尋ねてみた。
「ほう、若いのによく知っているな」
「伯母に聞きました」
「なるほど。オウ様にも世話になったが、逃避行ではゴンスン・ドゥ(公孫度)様には大変世話になった。馬韓王妃の父上だな。生前はシォンジー(升済)と呼ばれておいでだった。そのわずかなお礼にとヤーリーさんが法家の学を教えたのさ」
と昔を懐かしみ声が湿り気を含んだ。
遼東太守の政策は「武力に頼らず、法と経済を重視し秩序ある社会作り」である。それをヤーリーに学んだ。彼女の政治学は倭国の政策にも及んでいる。ゆえに遼東から倭国までの東夷世界は共同体をなす力を秘めている。
ピリュはニンマリと笑うと
「現太守には、父親のような凄みも狡猾さもないから緊張することなく付き合える。いいお方よ」
それを聞くとケルは少し考えて話し出す。
「誠実な方だと思いました」
「ほう、いかに?」
「諫める言葉は、耳に痛いものです。老いた重鎮が諫言を述べられるのを見たことがあります」
「ほう、どうされた」
「まっすぐ相手を見て耳をかたむけられ、『あいわかった。熟考してみる』と申されました。それで老臣は『おそれいります』と下がられました」
「なるほど、俺とはだいぶん違うな」
とピリュはうなずいた。
父に従ってきた重鎮たちは、皆食わせ者である。その彼らを狡猾さで凌ごうとするのは無謀である。下手をすれば誅殺の憂き目にあうだろう。代わりの後継者はいくらでも探せる。老獪な重鎮たちを治めるには、誠の心を彼らに示す必要がある。
諫言は誠の心を持つ者から発せられるものである。その耳に痛い意見に真摯に応える王には、有能な臣下が集まる。武王ではない公孫長康は、まさにそんな太守である。さらに勉強家である彼からは、様々な新しい政策が発案される。経験豊富な老臣は、その改善案を考えるのが楽しみとなり、若い臣下は、刺激的な未来図を描く。
帯方郡の設置は、馬韓国との共同統治を念頭に置いている。それは、これまでの漢王朝にはなかった発想である。植民地ではないことが、東夷の世界に広がると、夫余やウェイムォ(濊貊)、そしてピョンハン(弁韓)国や倭国にも同調する動きが現れた。
馬韓国や倭国と対峙するジンハン(辰韓)国と、夫余や漢王朝と対峙する高句麗は一線を画していたが、弁韓国や、ヨンタバル商人団を介して、両国もこの経済圏に加わってきた。ゆえに帯方郡は、東夷共同経済圏の首都に変貌しつつある。
大陸の中心で三強がしのぎを削り、漢王朝の命運が潰えようとするとき、この東方の海と河川には、新たな時代の潮流が満ち始めていた。舟を呑み込むほどの大魚「呑舟の魚」とは、強大な武力を誇る覇者か、それとも海と陸を渡り歩く若き商人たちか。春風を孕む三胴船の甲板で、若い命たちの息吹が、静かに、しかし力強く躍動していた。
『第2巻自由の国』16部《~ 唯才是挙 ~》に続く



