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第八回 Dr.メカの挑戦状  〜 無邪気な猿は太陽を創る(その8)

竜崎エル

出身地:山と田んぼの町

My favorite
小説:アルジャーノンに花束を
漫画:金色のガッシュ!!
映画:ローマの休日
音楽:Don’t stop me now

どうか駄文を読んでみて下さい。

第八回 Dr.メカの挑戦状  〜 無邪気な猿は太陽を創る(その8)

 稀代の大天才Dr.メカのプレゼンテーションが始まった。内容は、彼の作製したロボットAIW(アイウ)が人間と見分けがつかないというものである。今までのロボットは金属や合成物質を使った無機質なものだった。しかし、彼はそこに命を吹き込もうとした。細胞培養技術を駆使して、機械と生物とを融合させた。彼のロボットの見た目にメタリック感はなく、完璧な人肌であった。触れれば柔らかく、ほんのり温かい。何より革新的だったのは、表情や動きが滑らかだったことである。機械特有のぎこちない動きはなく、すべてのスピードが遅すぎず早すぎず、見事なグラデーションで移ろっていく。これは、彼が独自開発した人工知能と情報伝達システムがあってこその業だった。目の前に現れたロボットは紛うこと無き人間のそれだった。

 プレゼン終了後、討論が行われた。全員がメカの圧倒的な才能に度肝を抜かれていたが、彼を理解する者、共感する者、称賛する者、認める者はいなかった。簡単な話である。皆、メカの才能に嫉妬していたのだ。たった一人の力で世界の禁忌を超えていく。彼らは、自分たちが築き上げてきた、守り続けてきた領域を荒らされたくなかった。本能がメカを拒絶したのだ。討論は倫理観や価値観をぶつけ合うものになった。

「人とロボットの見分けがつかなくなるのは危険だ!」

「これからの出生率を大幅に下げることになるぞ!」

「人間がロボットに支配される!」

「多くの人間が職を失うぞ!」

「細胞培養は医療、食料分野にのみ使うべき技術だ!」

討論は中身のないものになり始めた。彼にとってそんなことはどうでもよかった。メカの興味はロボットを人間にすることにしかなかった。

「どこが人間と違いますか?」

うんざりしたメカは皆に尋ねた。すると、ほとんどの人間が下を向いたり、口を手で覆ったり、眉間に皺をよせる中で、一人の男が手を挙げた。男の名前はヒュマン。彼もまた、若き天才エンジニアである。

「どうぞ!」

「確かに見た目や動きだけでは、ロボットと判断できません。しかし、話をしてみるとそうでもない。試してみても?」

「ええ。」

ヒュマンは立ち上がり、壇上でロボットと話し始めた。ロボットは見事に会話を成立させているようにメカの目には見えた。しかし、それはメカが…

「やはり、これはロボットだと判断できる!」

「何故ですか?」

「あまりにも完璧すぎる!僕が話し終えるまで話すのを待つし、視線を一時も逸らさない。言葉遣いも非の打ちどころがなく、話すスピードや強弱も一定です。残念ながら会話を遮ったり、簡略化したり、言葉に詰まったりしない。それでは人間と言えない。完璧でないことが、ある種の人間らしさだったりします。話の内容や空気感に応じて、会話を聞く時や話す時にもっと無駄があっても良い。表情や体の様々な箇所がもっと動いて良いはずです。」

今まで黙り込んでいた知識人たちは、ヒュマンの意見に賛同した。

 メカは生まれながらにして時の制約から解放された存在だった。周りとは違う圧倒的な成長スピードは、彼を孤立させた。しかし、彼も人間であることに変わりはない。彼の心はずっと許し合える存在を求め続けてきたが、いくら年を取ろうとも、いくら環境が変わろうとも自分と同じレベルの人間が現れることはなかった。

そこで、彼はロボットを人間にすることを導き出した。大天才は、求める存在がいないなら自分で作ればいいと思い立った。自分と同じ完璧に近い存在を。しかし、メカの努力は報われず、失敗に終わった。

プレゼンから十年、メカはどこにも姿を現すことはなかった。世界では落ちぶれた大天才のニュースが流れたが、それもすぐに消えた。

その間、ヒュマンは様々な学会や発表に顔を出しては、物足りなさを感じる日々だった。彼にとって、メカは憧れの存在であり、目標であり、ライバルであった。いつか自分の力を彼に証明したい。その一心で研究開発を行っていた。ヒュマン以外に誰もメカのレベルを目指す者はいない。彼もまた、孤独の住人だった。

 そんなある日、不死鳥が世界に舞い戻る。その知らせはヒュマンの心を蘇らせた。十年ぶりに彼の心が躍る。内容が公表されていないにもかかわらず世界中の知識人が一斉にメカのプレゼンテーションに足を運んだ。

 十年ぶり姿を現したメカは見違えるほど変わっていた。三十代半ばにも関わらず、綺麗なブロンドの髪はロマンスグレーに生え変わり、張りのあった肌にはチラホラ皺が刻まれている。それでも、全てを見透かしてしまえそうな青い眼の輝きはあの頃のままだった。

「皆さん、お久しぶりです。では早速、私が作ったロボットを皆さんにお見せしましょう。AML(エイムル)です!」

メカの声が合図となり、会場の照明が落ちる。そして次の瞬間、ライトアップされた壇上には観衆の期待を裏切るロボットの姿があった。人の容姿をしたロボットではなく、従来のメタリック感満載のロボットだった。以前あれほど批判した彼らのなんと都合の良い心理か。生意気なことに彼らは失望した。

「おやおや、皆さん!なんだか不満気ですね…」

メカは渋い顔をする観衆を見て、微笑んだ。

「ガッカリするのはまだ早いですよ!今回、私が挑んだのは、ロボットに未来を開拓させることです!現状、ロボットは人間と比べて、情報処理能力や作業効率の面で勝っています。しかし、それは人間が先に導き出したものをロボットが後追いしているに過ぎません。そこで、人間よりも先に何かを成すロボットを私が作りました。」

観衆は再び肝を冷やし始めた。目の前で圧倒的な力を見せつけられる不快感。

「では、エイムルに聞いてみましょう。やあ!エイムル!」

「やあ!メカ!どうした?」

「ここにいる人に君がこの十年でやったことを教えてやってくれないか?」

「ああ、いいとも。でも、彼らに理解できるかな?」

エイムルは笑い声をあげた。ロボットが人間のように話す。知識人たちは目から入ってくる情報と耳から入ってくる情報とのギャップに脳を掻き乱された。 「わからなくたって大丈夫!ただ、君の力を見せてあげて欲しい。」

「わかったよ。」

すると、会場の巨大スクリーンに6つのタイトルが表示された。ヤン‐ミルズ方程式と質量ギャップ問題。リーマン予想。P≠NP予想。ナビエ–ストークス方程式の解の存在と滑らかさ。ホッジ予想。バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想。これらの文字を見た観衆は全員、数秒先の未来に怯え、恐怖した。彼らにとって、最悪な文字が次のスライドで表示された。エイムルは人類が到達したことのない未開拓地へと先に足を踏み入れたらしい。数千ページにわたる論文を理解できた者など誰一人としていなかったが、嘘を言っているような内容でもなかった。後に専門数学者十数名の判断のもとエイムルの論文が認定された。

 エイムルはセンセーショナルなデビューを果たした。メカのもとには様々なインタビューや講演会の依頼が殺到した。メカは人が変わったかのように全て引き受け、愛想よく彼らの言葉に応えて見せた。

「質問良いですか?」

「もちろん。」

「十年前のロボットでは見た目を完全に人間に寄せていましたが、今回はなぜそうしなかったのですか?」

「完璧すぎるからかな!人間の見た目では適さないと判断したんだ。」

「では、十年前の続きはやらないのですか?」

「いい質問だね!今まさに実験をしているところです!そうだ!映像を見ている皆さんに一言残してもいいかな?」

「ええ。大丈夫です。」

「もしかすると、街中で見かけた人間は、僕が作ったロボットかもしれないよ!」

メカは眉を上へ引き上げ、笑って見せた。

 ヒュマンは周りと馴れ合うメカの姿に失望した。ヒュマンはメカに孤高の存在であって欲しかったのだ。誰にも媚びず、ただ自分の信じた道を身勝手に進んで欲しかった。自分たちのような下のレベルに合わせて、彼の存在レベルを下げて欲しくはなかった。穢れて欲しくなかった。しかし、彼へのリスペクトが消えた訳ではない。彼の作ったエイムルに感銘を覚えたのは事実。自分にこんなものが作れるだろうか。圧倒的な力の差を前に、ヒュマンの途方もない挑戦が始まった。

ヒュマンの研究室には壁一面メカの資料が張り付けられた。彼はメカの多彩な才能の中でも全ての核となる人工知能の開発を模倣することにした。なりふり構わず他の研究者の元へ足を運び、教えを乞い、時には協力を願った。しかし、現実はあまりに無残なものだった。この分野でトップを走り続けている者誰一人としてメカの技術を理解していなかった。皆口を揃えて分からないと答え、君一人でやれと返事をした。

ヒュマンは独りで研究を進めた。いつしか外には出なくなり、世界から切り離された存在になった。その理由は外の世界にはノイズが多過ぎたのだ。ヒュマンの噂は瞬く間に広がっていた。追うこともせず、傷つくこともしない諦めた者たちが知ったような口を利き、誹謗中傷を繰り返すことで自己肯定感を満たしていた。ヒュマンはそれにうんざりしたのだ。 何も形にならないまま春夏秋冬が過ぎていく。一日という単位が曖昧になり、週という単

位が朧げになり、年という単位だけが幽かに残った状態で研究を続けた。

 ヒュマンの挑戦は失敗に終わった。彼に残ったものは敗北の二文字と一つの仮説。彼は自分の悍ましい仮説が正しいのかどうか、確かめずにはいられなかった。

ヒュマンはメカにコンタクトを取り、彼の研究所に向かった。出迎えは無く、音声案内に従って広い研究所内を進む。研究所内に彼以外の人間はおらず、すべて機械が彼の命令のもと仕事をこなしている。

最後の扉が開く。二人は再び相まみえた。メカは研究を一時中断にして、ヒュマンが話し始めるのを待った。ヒュマンの頭の中は真実を知ること以外にない。彼はいきなり本題から入った。

「エイムルの知能はどうやって作ったんですか?」

「それは答えられないな…」

「なら、僕の仮説を聞いてください。もしその仮説が正しければ教えてもらえませんか?」

「いいだろう。君の仮説が正しければ喜んで答えよう。」

「エイムルには人間の脳が使われていますね…」

「なぜそう思う?」

「僕はずっとあなたを目指してやってきた。しかし、どうしても人間の脳と同等のスペックを持つモノを機械で再現できなかった。来る日も来る日もあなたがどうやってエイムルを作ったのかだけを考えた。そして、僕は人間の脳の再現は不可能だと結論付けた。そうすると残された道は一つしかない。僕は逆説的にあなたの答えに到達した。」

「そうか…」

メカは残念そうな表情でエイムルを連れてきた。

「これが答えだ。」

エイムルの後頭部が割れる。そして、中から人間の脳が現れた。出てきた脳をよく見ると、至る所にマイクロチップが埋め込まれている。

「この機械で人間の脳を活性化させ、制御している。新たに人格を作り、脳にダウンロードする。後は、電気信号で脳を刺激し、脳のポテンシャルを引き上げる!」

ヒュマンは、メカが人間を人間として見ていないと感じた。彼にとって人間はただの材料に過ぎないと思わずにはいられない。腸が煮えくり返り、全身の温度が上がる。

「あなたを尊敬してきたが、間違いだった!あなたが作っているのはロボットなんかじゃない!」

メカはため息をつき、ヒュマンの熱をいなす。

「君はもう少し利口だと思っていた…もっとメカの事を理解していると思っていたよ…」

「何が言いたい!」

「これでは、間違っていたのに答えを教えた甲斐がない。」

「どういうことだ?」

「君は最初から間違っているんだよ!」

「…」

メカの顔が若返っていく。ロマンスグレーの髪は根元からゆっくりとブロンドに色を変え、深く掘られた皺はみるみる消えていき、張りのある肌に戻っていった。

「メカはもういない…」

「まさか!」

「少なくとも君は以前、メカの人生を良くも悪くも変えた。だから、少し期待したんだけどな…」

「ロボットなのか?」

「その通り!もう何年も前から!」

ヒュマンの前にいるメカだと思っていた人間は、メカが最後に残したロボットだった。

「彼は間違いなく稀代の大天才だった!その証拠がこれだ!」

メカの胸部が開き、中から光の塊が出てきた。丸い水晶の中にいくつもの光が流れ星のように線を描いている。

「これが機械で再現した人間の脳だ!美しいだろ?」

「何だ!これは…」

圧倒的な差にヒュマンは膝から崩れ落ちた。

「彼はこんな素晴らしい発明をしたのに、なぜここにいないんだ?」

「それは、彼には証明すべき問題がもう一つあったからだ!」

 時は遡る。あの日の発表で、メカは悟った。自分以外の人間が、自分や完璧に近い人間ロボットの存在を人間として認めないことを。彼らは完璧を嫌悪し、放棄した。そして、不完全を肯定し、それを個性と言った。個性が無ければ人間ではない。彼らはその条件から完璧という個性を除外していた。つまり、メカは完璧に近い人間ロボットを作るだけでなく、彼らに自分たちの存在を証明する必要があった。

 メカはこの証明問題をとてもシンプルな式に変換した。その式が、「人間 = 機械(ロボット)」である。このイコールを証明することが出来れば、誰も反論できない。メカはロボットを人間にし、人間をロボットにする研究開発を始めた。

「それなら…エイムルの正体は…」

「そう!あれはメカの脳だ!」

メカは自分が作った人間ロボットに夢を託した。人間ロボットはメカをロボットへと改造し、エイムルと名付け、自らはアイウという名を捨て、メカの名を名乗ることにした。

 絶望の淵にいる。人生でこんなに悲しいと思ったことはない。人生でこんなに悔しいと思ったことはない。人生でこんなに辛いと思ったことはない。しかしそれでも、立ち上がらずにはいられない。熱い何かが心で燃え上がっている。ヒュマンはその無限のエネルギーを対価に新たな研究を始めることにした。

「僕がメカを蘇らせる!機械のまま死なせなんかしない。きちんと人間として死んでもらう。それも、自分が僕たちと同じ人間であることを認めさせて。」 その宣言を聞いた目の前のメカは笑った。