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第四 万華鏡ミラージュ 〜 無邪気な猿は太陽を創る(その4)

竜崎エル

出身地:山と田んぼの町

My favorite
小説:アルジャーノンに花束を
漫画:金色のガッシュ!!
映画:ローマの休日
音楽:Don’t stop me now

どうか駄文を読んでみて下さい。

第四 万華鏡ミラージュ 〜 無邪気な猿は太陽を創る(その4)

「お前が殺したのか!」

「違う!ワシじゃない!ワシは盗みしかやっとらん!」

「盗み?」

「ああ。通行人から掏りをしたり、店から万引きしたり、空き巣に入ったりして、金儲けしてただけだ。殺しはしていない。」

「じゃあ、誰がやったんだ?」

「アンタは知らないだろうが、あの場所にはワシ以外にもいた!そいつ等が犯人だ!」

「他にも誰かいたのか?」

「ああ。」

Dは四十一歳の男性。手癖が悪く、職業は盗人。胡散臭い性格で、会話中によく視線を逸らす。窃盗の罪を自白したが、殺人の罪は否定した。オドオドするDを刑事は急かした。

「早く話せ!」

「その前に、タバコを一本くれ!そしたら、話す。」

「いいだろう。」

狭く、四角い取調室に煙が漂う。Dはニコチンを摂取し、精神を落ち着かせた。

「話は聞いた!どうやら君も殺人現場にいたらしいな!」

「あん?誰から聞いたんだ?んなこと!」

「情報提供者を教えるわけにはいかない!それより、いたのか?」

「いたら悪いか!」

「なら、お前が殺したのか?」

「…勝手に呼び出しておいて、何の話をしてんだ!そんな話知らねぇな!」

「お前があの家で殺人を犯したのか、聞いてるんだ!」

「犯してねえよ!」

Cは十六歳の男性。職業は高校生。反抗的な態度で敵意むき出しな性格。会話中は眉間に皺をよせ、睨みつけてくる。Cもまた殺人の罪を否定した。刑事は次の人物を取調室に呼んだ。

「あなたもあの現場にいたらしいですね?」

「はい。」

「あなたは何をしていたのですか?」

「何もしていません。」

「あなたが殺しましたか?」

「いいえ。」

「では、犯人を知っていますか?」

「いいえ。殺人が起きたことを今知りました。」

Fは二十歳の女性。職業はデザイナー。穏やかな性格。話し上手だが、会話中によく髪型を気にする。Fも殺人の罪を否定した。

「君もあそこにいたのかい?」

「いたけど、いないよ。」

「ん?どういうことかな?」

「いたけど、いない。」

「じゃあ、あそこで何が起きたか知ってる?」

「知らない。」

「そうか。」

Bは七歳の男の子。性格はおっとりしていたが、子どもとはそういうものだろう。会話が成立しないほどまだ幼く、精神的に殺人を起こせないと考えられる。

「あなたはあの現場にいましたか?」

「はい。」

「では、あなたが殺しましたか?」

「いいえ。」

「あなたは何をしていましたか?」

「…」

「あなたは犯人を知っていますか?」

「いいえ。」

Eは三十三歳の男性。職業は兵士。性格は不愛想で、ハキハキと返事をするが、はい、いいえでしか答えない。答えられない質問には黙秘を貫く。殺人の罪は否定している。

「あなたは殺人現場にいましたか?」

「いいえ。」

「あなたがいたと証言する人がいますが?」

「その人が勘違いしていますね。その日、現場に入った覚えはありません。」

「では、何をしていましたか?」

「患者の治療をしていました。」

「ずっとですか?」

「ずっとです。」

Aは二十八歳の男性。職業は医者。慎重な性格で、どんな質問にも動じない。現場には近づいていないと主張している。

 刑事は六人の話を聞いたが、真実は分からないままだった。夜遅くまで今日の話をまとめ、明日どのような話をするか考えていると、先輩が話しかけてきた。

「おい!まだ考えてるのか?」

「はい。」

「あんまり煮詰めるなよ!もう犯人は分かってるんだ!」

「いや、真実は分からないままです。」

「真実が分からなくてもアイツが裁かれるのは決定事項だ!変えられない!」

「…」

「ま、体壊さない程度にしとけよ!嘘つきの相手は疲れるからな!」

はい。ありがとうございます。」

「おい、D!余計なことペラペラ話しただろう?」

「ワシは話してない。他の奴だろ。」

「嘘つくんじゃね!」

CはDを殴りつけた。すかさずEが仲裁に入る。

「ワシは関係ない!お前らがやったんだろう!ワシを巻き込むな!」

「何だとコノヤロー!自分だけ関係ないってか!このコソ泥が!」

Eの両サイドでCとDが罵り合いを始めた。

 翌日から六人の取り調べは判決の日まで続けられた。

「ねぇ!ピアノが弾きたい!ピアノが弾きたい!」

Bが駄々をこねるので、仕方なく鍵盤ハーモニカを渡すと、Bは満足そうに弾いた。取調室が懐かしい音で包まれる。

「それじゃあ、話を聞いてもらうよ。」

「いいよ。」

「君はA、C、D、E、Fを知ってる?」

「うん。」

「どんな人なの?」

「Fは優しくて好き。Aは色んな事を教えてくれて好き。Eは遊んでくれないけど、守ってくれるから好き。Cは怖いけど、かっこいい。Dはタバコ臭くて嫌い。」

「じゃあ、みんなは仲がいい?」

「んー、わかんない。CとDは昨日喧嘩してたよ。もういい?疲れた…」

「ありがとう。」

「あ、これ!さっきまでBがいたでしょ?」

「ああ。」

「あの子ピアノうまいでしょ?」

「うまかった。」

「いいなー、私も聞きたいな。」

「話してもいいか?」

「ええ。」

「今日はA、B、C、D、Eの似顔絵をこの紙に描いてくれないか?」

「いいわよ。」

Fは右手を華麗に動かした。数時間かけて書いてもらったデッサン画は写真のように美しかったが、似てはいなかった。

「ありがとう。凄く上手だ。」

「ありがとう。でも、これくらい出来て当り前よ。」

刑事は満更でもなさそうなFに向かって付け加えた。

「最後に、これを弾いてもらってもいいかい?」

「ええ、いいわよ。」

刑事はそっと鍵盤ハーモニカを渡した。

「おい、D!昨日Cと喧嘩したらしいな?」

「ええ!アンタのせいでね!ワシは殴られたんだ!」

「おい、俺は言ってないぞ!」

「でも、ワシは殴られたんだ!」

「勘違いするなよ!それはお前の日頃の行いが悪いからだ!」

「…」

「おい!俺の質問には正確に答えろよ!お前たちを守れるのは俺だけなんだから!」

「はいはい。」

Dは不服そうに頷いた。

「本当にお前は家の鍵を開けただけなんだな?」

「ああ、そうだよ!」

「金目当てで開けたんだよな?」

「…」

「おい!」

「いや、違う。本当はCに脅されて開けたんだ!」

「話が違うじゃねぇか!」

「ああ。昨日までは嘘を吐いてたんだよ。だが、もう知らねえ。悪いのは全部アイツなんだ!ワシは関係ないんだ!あとは、Cに聞いてくれ!」

「C!お前、Dを脅してたらしいな!」

「あの糞ヤロー!裏切りやがって!」

「鍵を開けさせたな?」

「だったらどうした?」

「殺人が目的か?」

「だから、違うって言ってんだろう!オメェ馬鹿か!」

「違うなら本当のことを言え!なぜDに鍵を開けさせた?」

「オメェは何も気づいちゃいねえな!」

「なに?」

「あの人間のゴミは殺されて当然の奴だ!アイツは仕事もせず、飲んだくれて、挙句の果てに虐待までしてたんだよ!」

「…それが理由で殺したのか?」

「バン!」

Cは机と椅子を薙ぎ倒し、刑事の胸ぐらにつかみかかった。鬼の形相でCは言った。

「何回同じこと言わせんだ!殺されてえのか?」

「…」

「俺はあのゴミを痛めつけただけだ!」

「あのナイフはお前のか!」

「そうだよ!町のチンピラから取り上げた物だ!」

「拷問したのか?」

「その表現は違う!今までやられてた分をやり返しただけだ!」

「それが原因で死んだんじゃないのか!」

「あんなんじゃ人は死なねぇよ!」

「おい、えらく服装が乱れてるじゃないの!」

「ああ、すいません。少し暴れたんです。」

「ボタンが飛んでるな…胸ぐら掴まれたか?」

「はい。」

「おいおい。もうやめとけ!終いには怪我するぞ!親殺しで決定だよ!そんで、重い罪で裁かれるのがオチだ。」

「いや、もう少しやります。もう少しで辿り着きそうなんです。」

「そうかよ。時間と労力の無駄だと思うけどね…」

同僚に心配され、嫌みを言われた後、刑事はまた取り調べ室に戻った。

「Cが殺したのか?」

「いいえ。」

「嘘は言っていないな?」

「はい。」

「お前はCに協力したか?」

「はい。」

「何をした?」

「…」

「あー、クソ!Cと一緒に暴力を振るったのか?」

「いいえ。」

「じゃあ、父親を傷つけたか?」

「はい。」

「それが原因で死んだんじゃないのか?」

「…」

「今日は、B、C、D、E、Fの似顔絵を描いてくれるか?」

「いいですよ。」

Aは左手で鉛筆を持ち、顔を思い出しながら描いていた。Fと比べるとはるかに劣るが、Fの画の特徴と一致した似顔絵が描かれていた。

「これ以上のものをお望みならFを頼るといいですよ?」

「これか?」

「なんだ!なら、私に描かせる必要はなかった。これが、B。これが、C。これが、Dで、これが、Eでしょ?最後に残ったこれが、私かな?」

AとFの発言は一致していた。

「あなた、患者を診ていたと言いましたね?」

「はい。」

「詳しく教えていただけますか?」

「あの日は急に体調を崩しましてね。私自身を診ていたんですよ。」

「どんな病気ですか?頭痛とか腹痛とか熱とか風邪ですか?」

「いいえ。これといった病名は分かりません。急に意識を失い、倒れたんです。おそらくはストレスか疲労が原因だと思いますが。」

「本当にあの現場には行っていないんですね?」

「はい。」

熟考していると、Aの方から話しかけてきた。

「考えをまとめるなら、紙に書くだけでなく、話をするのも効果的ですよ。新たな発見があるかもしれない。良ければ話し相手になりますが?」

「急にどうした?」

「実は、どこまで近づいているのか興味がありまして。間違った点があれば、助言くらいはできますよ。どうですか?」

Aは自分たちの置かれている状況を楽しみ始めていた。高みの見物をされているようで気に食わなかったが、刑事は自分の考えを話した。

「BとFは犯人から除外した。二人とも人間を殺せるような精神を持っていない。おそらくあなたとDも白だ。利口なあなたは殺人以外の解決方法を選ぶだろう。姑息なDにそんな覚悟は無い。となると、犯人はCかEだ。虐待は絶対に許せないし、同情もする。しかし、それに耐えかねて殺人を犯す可能性は、Cの性格上十分にあり得る。対して、Eは兵士の訓練から感情を完璧に殺している。今のところ、動機は薄いが、嘘を吐いている可能性は否めない。しかし、父親への憎しみとナイフの傷害を考慮すれば、Cを犯人とする他ない。考えはそんな所だ。」

「はー。少し残念です…あなたはもっと優秀だと思っていました。」

「何だと?」

「あなたは大事なことを見落としていますよ。犯人捜しよりも誰が虐待されていたかを考えた方がいい!」

「Cじゃないのか?」

「あとは自分で考えてください!約束は助言までです…」

そう言ってAは目を瞑った。

 刑事は取り調べを中断した。自分が何を見落としているのか。誰が虐待を受けていたのか。六人の関係性は。犯行の流れは。今までの出来事を一から見直すことにした。

明け方、捜査資料の最初のページに記載された父親の個人情報を見た時、あることに気が付き、捜査資料と自分のメモを見比べていった。

「そうか!誰とも一致していない!ということは…」

刑事はすぐに取調室に向かった。

「D!お前は父親の酒代のために盗みを行っていたんだな?」

「そうだよ!」

「E!虐待はお前が受けていたんだな?」

「はい。」

「誰かに頼まれたな?」

「はい。」

「Aに頼まれたか?」

「いいえ。」

「Bか?」

「いいえ。」

「Cか?」

「いいえ。」

「Dか?」

「いいえ。」

「Fか?」

「いいえ。」

「C!お前は、D以外にEにも頼みごとをしたな?父親を拘束するようにと。」

「ああ。」

「お前は父親に仕返しをした後、いや、途中からの出来事を覚えていないんじゃないのか?」

「…」

Cの呼吸が荒くなり始めた。それでも、刑事は質問を続けた。

「次に目を醒ましたのはこの部屋で、父親の死を知ったんじゃないのか?」

Cは体の震えに逆らうように荒く答えた。

「そうだよ!俺には何が何だか分かんねえよ!」

「私を呼んだと言う事は、解決したんですね!」

「話を聞いてくれるか?」

「もちろんです。」

「もう一人いるんだな?」

「言葉は正確にお願いします…」

「もう一人いたんだな?」

「はい。それが正解です。」

「最悪だ…」

「でしょうね。」

「俺はお前たちの中に本物がいると決めつけ、犯人探しをしていた。だが、お前たちの中に本物はいない。父親の個人情報を見た時にたまたま息子の年齢に目がいった。そこで気が付いた。肉体と精神の年齢が一致している人物が一人もいないことに。俺は犯人探しに夢中で、考えるべき点を最初から間違えていた。」

「仕方ありませんよ。僕たちのような人間に会うのは初めてでしょう。誰だって冷静でいられなくなるのは当然です。それでも、あなただけが信じてくれた!」

「あの日、二人の命が消えたんだな?」

「その通りです。」

「あの日、傍若無人な父親の態度に到頭Cの限界がきた。CはDを脅し、父親の部屋の鍵を開けさせた。次にDからEへと代わり父親を拘束。抵抗できないようにした後、EからCへと代った。そして、Cが父親を痛めつけていると想定外の出来事が起きる。Cから本物へと入れ代わり、父親を殺害。しかし、すぐにその罪の意識から精神が崩壊し、Dへと入れ代わる。Dは想像を絶する目の前の状況に、外の世界でパニックになった。一方、中の世界はそれ以上に混乱した。本物が意識不明で倒れ、あなたが内側で看病をした。しかし、本物の精神は消え、君たち六人の精神だけが残った。」

「お見事です!おそらくそうでしょう。」

「おそらく?確証はないのか?」

「残念ながら私たちは誰がどのくらいの時間、肉体をコントロールしていたのかは分からないのです。もしかすると、あの瞬間に八人目が生まれ、殺人を犯し、誰にも存在を知られない内に消滅した。そして、本物はすぐに自らの過ちに気が付き、精神が壊れた可能性もあります。しかし、この肉体が殺人を犯したのは間違いないでしょう。」

「そんなことがあるのか?」

「はい。だって、本物が必要としたから、私たちは生まれたんです。ただ、本物がいないのに生きていることは、生命の不思議な点ですね。」

あまりにもAが他人事のように話すので、代わりに刑事の心が悲しさで溢れた。それから最後の取り調べを一人一人と刑事は行った。

 判決の日、刑事の抵抗は虚しく、犯人には一番重い罪が下された。精神に罪はなくとも肉体に罪が宿っている限り罰を与える他ない。これが、彼を理解できない人々の結論だった。この判決が正しいのかどうかは誰にも分らない。ただAの残した言葉が心に残った。

「彼は優しい人間だった。悪いのは彼じゃない。残酷な世界の方だ。」