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第二回 解放 〜 無邪気な猿は太陽を創る(その2)

竜崎エル

出身地:山と田んぼの町

My favorite
小説:アルジャーノンに花束を
漫画:金色のガッシュ!!
映画:ローマの休日
音楽:Don’t stop me now

どうか駄文を読んでみて下さい。

第二回 解放 〜 無邪気な猿は太陽を創る(その2)

 王都から東に千里、大空を舞う一匹の鷹の目は大地を分かつ長蛇の列を捉えていた。

「ペースを乱すな!休まず歩け!」

馬上の兵士に怒鳴られながら、人々は荒野を歩かされていた。

「お父さん、もう歩けない!歩きたくない!」

「頑張れ!もう少しだから!」

齢五つの息子には酷と思いながらも父親は声をかけることしかできなかった。親子間でこのやり取りを行うこと4回、遂に息子は荒野の上に座り込んでしまい、二人は列から外れた。しばらくして、列の異変に気が付いた兵士が駆け寄る。

「何をしている?」

「すいません、息子が駄々をこねて。」

「ここで飢え死にしたくなければ、歩かせろ!分かったな!」

「はい。」

それからいくら休んでも息子は歩こうとせず、気が付けば、自分たちのいた列は目に見えないほど遠くに行ってしまった。悩んでいる父親を見て、一人の青年が列から飛び出てきた。父親から事情を聴いた青年は笑った。

「そんなら、おいが荷物を持ってやるよ。あんたは息子さんをおぶってやんな。」

「いいんですか?」

「いいってもんよ。困った時はお互い様だ。」

「ありがとうございます!」

 王都から五百里離れた南都、王は民を広場に集める前に国王軍大将を呼んだ。

「悪いが、今日も損な役回りを与える。」

「は!王に逆らう者は、私が攘います。」

 その日、王の言葉を聞いた民たちは言葉を失う。しかし、場所は変われど人は変わらず。ここでも静寂を破り、一人の男が不平不満をぶちまけた。多くの民は勇気が出ずにそうすることができなかったが、今まで持っていた権利を取り上げられるとなれば当然のことである。一人の男につられ、少しずつ声が大きくなり始めた時、王は民を鎮めさせ、その男を前に呼んだ。男が王の目の前に立った瞬間、隣にいた大将が男の首を刎ねる。大勢の民たちは、頭に取り残された体から噴水のように飛び出る血を黙って眺めた。

「私に逆らう者は前に出よ。謀反とみなし、今ここで罰を与える。これは大罪であるが故に、罪人の命のみならず親族にも重い処罰を与える。」

王に強烈な先手を打たれた民たちは、その場でどうすることもできない。先ほどまでとは真逆の集団心理が民たちを襲う。しかし、民たちの不満が消えたわけではない。

 この国の民は王に虐げられていた。二代目として即位した王は、国の全てを自らが決めた。王は国中の民を昼夜問わず歩かせ、今暮らしている土地から別の土地へ移動させた。誰が、どこで、誰とコミュニティを築き生活していくかは、王の独断で決定された。さらに、民は仕事を選ぶ権利も奪われ、王の命令通りの仕事に就いた。王は民から人間関係、土地、仕事、金銀、食、ありとあらゆるものを回収し、それを改めて割り振った。王は民から全てを奪ったのだ。しかし、民は王に逆らうことができず、従うことしかできない。それは、王が政策に反発する者を容赦なく罰し、時には命を奪う権利を軍に与えていたからである。

 搾取され続ける日々に民は苦しんだが、民同士の絆は以前に比べて強固なものとなっていった。東西南北どこの都市へ行こうとも、民は王を敵として意思疎通し、助け合いながら新しい生活を送っていた。

 ある日の真夜中、青年は東都正門に呼び出された。

「おいに用があんのはあんたかい?」

「ああ。君に頼み事がある。」

「何でい?」

「君に反乱軍の長になってもらいたい。」

「はあ?何物騒な事考えてんだい?」

目ん玉ひっくり返る話に、青年の眠気はぶっ飛んだ。

「君は今の国のままでいいと思うかい?」

「そりゃ、良くはねえが、最悪でもねえよ。戦争がないだけマシってもんだ。だから、あんたの話には乗れねえな。」

「確かに君の考えは立派だが、甘いよ!こんな世の中だ…遅かれ早かれ反乱は起きる。しかし、問題はそこじゃない。問題は、反乱を起こす人間が善人とは限らないという事だ。王の圧力に耐えかねて、思想なく無闇矢鱈に戦う者たちや考えなしに権力を欲する者たちが反乱を起こせば、大勢の民が犠牲となる。仮にもし国の指揮を執ることになれば、おそらく国は割れる。」

「…」

「君が言う最悪の時代になる。」

「それでも、何でおいなんだい?」

「それは、君が…」

青年はすぐに決断を下すことが出来なかった。しかし、何度もあの男の言葉が脳内で再生され、眠れぬ夜を過ごす。そして、青年は覚悟を決めた。

 自由を手にするため、反乱軍対国王軍の戦いが王都で始まった。

「道を作れ!」

屈強な男たちが砂埃を巻き上げ、鉄の音を響かせながら叫ぶ。

「すまん。」

彼らが体を張る中、馬に乗る青年は小さく呟きながら真っ直ぐ王のもとへ向かった。王宮内へ侵入し、両足が千切れるほどの速さで階段を駆け上がったその先には、逃げも隠れもせず王が立っている。青年は右手に剣を持ち、一歩一歩王に近づいていく。対して、王は武器を何も持たず、一歩一歩青年に近づいていく。一足一刀の間合いとなり、青年は剣を王の喉元に突き出した。

「民は苦しんでいます。どうか王よ、変わってくだされ。この国はもっと素晴らしい国になれる。」

青年は真っ直ぐ王に心を伝えた。

「変わる必要はない。これが私の生き方だ。」

王もまた、真っ直ぐ青年に心を伝えた。

「なぜです?あんたには民が苦しんでるのが分からんのですか?民が怯えてるのが分からんのですか?」

青年は怒りと悲しみから手が震え、剣の切っ先が僅かに王の血で濡れた。真っ赤な血は刀身の弧が描くままに流れ、ギラギラと輝く刃からポツリポツリと地面に一滴ずつ、時を数えるように落ちていった。

「民を苦しめるのが、怯えさせるのが私の役目だ。私は私の正義を貫く。」

王の言葉を理解できない青年は、王の気迫に怯んだ。青年の覚悟が揺らいだその瞬間、王は叫んだ。

「迷うな!民を想うなら進め!己の正義を貫け!覚悟のない者に道は切り開けない!」

怒鳴り終えた王は右手で刀身を掴んだ。王の振動が鉄を伝わり、手を伝わって青年の脳を刺激する。次の瞬間に一考の余地などなく、青年の本能がすでに体を動かしていた。青年は突き出した剣を懐へ引き戻し、大きく振りかぶって王を切り伏せた。大理石の床は王の血で燃え上がり、王はその使命からやっと解放された。青年が王の支配から民を解放し、英雄となった日、国中が熱狂の坩堝と化した。

 英雄は大国の三代目国王となったが、自ら君主制を廃止し、共和制を敷くことを宣言した。民は喜んでこれを受け入れた。この国から王はいなくなったが、この国が分裂することは二度となかった。初代国王は天才として、三代目国王は英雄として、二代目国王は暴君として歴史に名が刻まれた。

 共和国誕生から二百年、戦争、恐怖政治、反乱に苦しんだ世代はもういない。あの時間は過去になり、歴史となって下の世代に紡がれている。

「これが、私たちの国の成り立ちです。」

学校では、今日も先生が生徒たちに大切なことを教えている。先生の授業を聞いた生徒たちは、初代のような強い人間や三代目のような優しい人間になろうと努力する。対して、自分が二代目のような身勝手な人間にならないように気を付ける。この歴史教育のおかげで、この国の子供たちは自分の人生を一生懸命生き、他人を思いやれる人間に成長していく。この結果、二百年の間、民同士が血を流すようなことはなく、他国とも活発に貿易を行うことで、国は潤っていた。しかし、そんな国に衝撃が走る。

「大変です!皆さん、これを見てください!」

一人の若い役人が、会議をしている上官のもとへ走って来た。

「何だ?どうした?」

「今朝、祖母から文献を渡されたのですが、とんでもないことが書いてあるんです!私では、どうすれば良いのか分からないので、皆さんも一緒に見てください!」

若い役人の一族は昔、王に仕えており、その先祖の一人がこの書物を残したようだ。祖母に話を聞くと、中身を開けず、代々受け継いでいくのが我が一族の仕来りらしかった。この二百年間、一度も読まれた形跡のない文献を不思議に思った若い役人は終に開けてしまった。これは、彼が決して不真面目だからではなく、くだらない内容のものなら残さなくてもいいという考えのもと中身を確認したに過ぎない。

 文章に目を通すと、それは先祖からの手紙だった。

「この文章が読まれているのは、今から何年先のことなのだろうか?願わくば、この出来事を過去として扱える年代の人々に届いて欲しい。もし最初にこれを読むのが私の子孫なら先に感謝を述べておこう。君までこれを大切に受け継いでくれた家族を、私はここに誇る。私の我が儘を聞いてくれてありがとう。

 それでは、本題に入る。私が未来の人間に手紙を書いているのには理由がある。我が主はこんなことを望まないだろうが、私はどうしてもこの歴史を残さずにはいられないのだ…」

 時は二百年と数年遡る。当時、この大国は四つの国に分かれていた。四国は幾度となく戦争を繰り返し、領土を奪い合い、長い年月を過ごした。誰もが元の国の姿を忘れてしまった頃、この均衡状態を打ち破る天才が現れた。それが初代国王である。初代はその才能を遺憾なく発揮し、驚くべき速さで三国を滅ぼし、四国を統一した。初代は遥か遠くを見据えて戦争をしていたが、夢半ばで散ることになった。彼の命の蝋燭は短かったのだ。そんな初代の夢を受け継いでいくことになったのが、彼の息子である二代目国王だった。

「我が主は毎日苦悩していた。その原因は、偉大な初代国王が国を統一したにもかかわらず、新たな国の体制を整える前に病死してしまったからである。主は知っていた。自分に父上の代わりは務まらないことを、自分には父上のような才能が無いことを、そして、この不安定な大国は自分の成長を待ってはくれないことを。すぐに治安は悪くなり、反乱が起き、この国が再び分裂することを一人孤独に予感していたのだ…」

 王はすぐに父上の側近たちを集め、会議を始めた。最初に王は地面に正座し、左右の手の平を前方の地面に勢い良く吐き、その後、額を地面に押し当てた。

「このままでは偉大な父上が残してくれたものを失う。父上の名の隣で功績を守れなかった無能な自分の名が、愚王として未来永劫語り継がれる。自分が父上の期待に応えられるほど優秀な人間ではないことは知っている。それでも、この国を守りたいのだ!私に協力してくれ!」

その姿を見た側近たちは胸が熱くなった。絶対的なカリスマを失った悲しみや不安は消え、覚悟が生まれた。この日、新たな王政が誕生した。

「主は王宮内の暗殺や内乱からは難を逃れることができたが、本題はそこではない。全てを見渡すことができないほどの領土を持つこの大国をどう治めるか。主は早急に答えを見つけ出さなければならなかった。初代が亡くなり、自国の民だった者たちは主に物足りなさを感じ、不安になっていた。一方、敵国の民だった者たちは主の弱さを見抜き、反旗を翻そうとしていた。そんな状況では、いち早く国の舵を取る必要があり、悪手とはわかっていながらも他の三国に対して、自分たちのルールを押し付ける他なかったのだ。政治も法も刑も労働も文化も経済も何もかもを。当然、彼らからは反発された。しかし、あの段階で四国のルールをうまく擦り合わせた新たなルールなど作れるはずがなかった。そんな時間はなかったのだ。主の苦悩など露知らず、統一したはずの国はすぐにバラバラになりかけた。そこで、主は後には引き返せない決断をした…」

 初代が病で亡くなる数日前、二人は王と王子の関係を脱ぎ捨て、親と子の関係に戻り、話をした。父は横になった状態で隣に座る息子に顔だけを向けて人生を振り返った。幼少時代の夢、亡き妻との恋、そして、息子の成長を見る喜び。もうじき死ぬ人間とは思えぬほど父は楽しそうに語った。二人にとってかけがえのない時間になったが、この時間が楽しければ楽しいほど、息子の心の中には言いようのない寂しさが溢れていった。精神がこの寂しさに敗北すると同時に目からは涙が、口からは心がこぼれ落ちた。
「僕は、あの小さい国のままでも良かった…」

息子は無理をしてまで父に戦争をして欲しくは無かった。自分の命をもっと優先して欲しかった。その言葉を聞いた父は、全てを察した。父はそっと寝床から手を差し出した。二人の目が合う。数秒遅れて息子が手を伸ばし握った。それを合図に、父は今まで一人で抱え続けてきたものを息子に伝えた。

「私は沢山の人々の幸せを奪った。しかし、私の信念は揺るがない。一国の形が正しいのだ。」

父親の目から王の眼へと変わるのが息子には分かった。

「そうなれば、どこにいても誰とでも争わずに済む。そうなれば、未だ見ぬ遠い国の人々とも争わずに手を取り合える。自国で争いが続けば、そんな未来は永遠に来ない。いつまでもいつまでも負の遺産が下の世代の者たちを苦しめる。私はこの連鎖を断ち切るため、惜しまず命を捧げた。きっと父親としては不正解な生き方だった…多くのモノを犠牲にしてきたが、結局私の夢は未完成のまま。私は負けた…しかし、悔いはない。私の敗北をお前が勝利へと変えてくれることを信じているから!」

父は息子に全てを託して息を引き取った。

「主の導き出した答えは恐怖政治だった。自分たちの考えに逆らう者は容赦なく制裁を加える。おそらく、君たちが知っているのはこの姿だけだろう。主は強制的に民を従わせ、なんとか時間を作った。自分の評価が戻ることはなく、このままその悪名を歴史に残すことは間違いなく決定的だったが、主に迷いはなかった。主は自分の命よりも守りたいものを優先したのだ。やがて、主は自国だった民たちからも嫌われる存在となった。」

 その間、側近たちは秘かに根回しを行っていた。敵だった三国の有識人たちを集め、新たな大国としてのシステムを構築していた。少しずつ型が作られていき、あとは実践し改善していくところまで事が進むと、王は最後に自分で考えたルールを一つ付け加えた。

「この大国は三代目の国王が自ら君主制を廃止し、共和制を敷くことを宣言すること。」

そして、王は終わりに向けて走り始めた。側近たちは王の最後の命を受け、町に潜んだ。そして、英雄となるべき人物を捜し出し、反乱軍の一員として王の元へと戻った。

「主のしたことは決して許されることではない。しかし、誰よりもこの国とその民を愛していたことを覚えていて欲しい。そして、全てを主に背負わせてしまった我々国民にも非があることを知っていて欲しいのだ。叶う事なら…」  
 役人たちが吟味した結果、二百年越しに国民に歴史の真実が告げられた。学校教育ではこれを道徳の授業で取り上げ、子供たちに伝えた。