著者プロフィール                

       
第三回 神は人を救わない 〜 無邪気な猿は太陽を創る(その3)

竜崎エル

出身地:山と田んぼの町

My favorite
小説:アルジャーノンに花束を
漫画:金色のガッシュ!!
映画:ローマの休日
音楽:Don’t stop me now

どうか駄文を読んでみて下さい。

第三回 神は人を救わない 〜 無邪気な猿は太陽を創る(その3)

 自然界に独自の社会を構築した人間は、皆で不安を共有し、協力することで充実した生活を送り始めた。しかし、すぐに別の問題が生じた。組織の輪を乱す者たちが現れ始めたのだ。暴力、盗み、騙し、怠け、殺しなど様々な問題が多発したが、人類はまだその対処法を見つけていなかった。そこで、組織の長は一番の変わり者を呼びつけた。

「私には組織を守る責任がある。しかし、私のような真っ当な人間には彼らを理解することが出来ない。そこで、寝る間も惜しんで様々なモノを観察しているお主に頼みたいことがある。」

「はあ。」

「これからお主は人間を観察し、この問題解決に一役買ってほしい。よいな?」

「わかりました。」

 目の下にクマをつくった変わり者が長のもとへ戻ってきた。

「何かわかったか?」

「はい。組織の輪を乱す者たちの心が理解できました。」

「ほほう。それは何だったのだ?」

「二つあります。まず、今の組織に不安や恐怖が欠如していること。次に、共通認識が曖昧なこと。この二つが原因で、このような問題が組織の内部で発生していると思われます。」

「つまり、どういうことだ?」

「組織として動くことで、狩りの危険度は減り、大量の作物を育て、外敵への警戒が楽になり、生き易くなりました。これは、皆の協力があってのことです。しかし、一歩間違えば、以前のように死に物狂いで一人一人行動しなくても、代わりに誰かがやってくれるという甘い意思の持ちようになってしまいます。安心の副作用です。そしてもう一つは、皆が以前の生活と今の生活の違いを理解しきれていないことです。自分だけの世界なら奪うことを許されたが、協力が必須の社会において、仲間からはもう何も奪ってはならない。この仲間という意識が低すぎるのです。自分がうまくいかなければ、仲間を敵として考えてしまう者がまだ多いのです。だから、奪えてしまう。」

「なるほど!なら、新たに規則を設け、皆に守らせよう。組織のために必要最低限の仕事をしなければ生活の補償はしない。より成果を挙げたものには追加の報酬を与えることにしよう。また、仲間に害を与える行為は禁止としよう。どう思う?」

「素晴らしいと思います。」

「そうだろう。ん…待てよ!それでも規則を守らぬ者はどうすれば良い?」

「それは…罰を与えるしかないのでは?」

「罰とは具体的にどのようなものだ?」

「わかりません。」

「そうか。では、お主はそれを考えてこい!その間、私は新たな規則を深堀しておこう。」

 「わかりました。」

 変わり者は悩んだ。つい最近まで当たり前のように行っていた行為に対して、どんな罰を与えるべきかなど想像もつかない。おまけに一人で考えるとなるとなおさらである。変わり者は一旦人間を観察することを止め、代わりに他の生物を観察することにした。変わり者は人目を憚らず、地面に這いつくばり蟻を眺め続けた。他にも、宙を舞う蜂を追跡し、蜂の巣をまじまじと見つめた。その後は、カラスや猿、最終的には、危険を冒してオオカミやライオンにまで関心をぶつけた。

「そうか!君たちはそういう仕組みで成り立っているのか!」

「君たちも同じか!」

「そんな仕組みもあるのか!」

「なるほど!そんな対処法もあるのか!」

周囲の人間は、一人でブツブツ話している変わり者を気味悪がった。

「ねぇ!あの人何してるの?」

「見ちゃいけません!」

「おーい、蟻語話してくれよ!」

「気持ち悪いな!こっち来るな!」

全神経を注いで観察していた変わり者に、彼らの声は一切届いていなかった。

 目の下のクマに加え、髪は砂埃に塗れ、顔と体に無数の切り傷と腫れをつくった変わり者が再び長のもとへ戻った。長は変わり者の苦労など露知らず、早速本題に入った。

「良い考えが浮かんだか?」

「はい。いくつか持ってきました。」

「よし、話せ!」

「まずは、ライオンやオオカミのように、自分たちの社会から追い出すのはいかがでしょう。自分一人がまた以前の生活に戻ると思うとなかなか規則を破り難くなると思われます。」

「…他はあるか?」

「では、カラスや猿のように、規則を破った者に害を与えるのはどうでしょう。身体や精神を攻撃し、痛みを与えることで、規則を守らせれば良いのではないでしょうか。先ほどのものと比べ、労働力が減るのを回避できます。」

「…次!」

「なら、蟻や蜂のように、奴隷制度を設けるのはいかがでしょう。規則を守らぬ者は死ぬまで強制的に働かせる。それでも逆らうようなら、殺してしまう。」

「もういい!お主は馬鹿か、それとも阿保か!私たちは人間だぞ!蟻でも猿でもライオンでもない!あんな人間よりも劣った生物の真似事などしてたまるか!愚か者め!」

怒り狂った長は顔を赤らめ、変わり者に罵詈雑言を浴びせた。

「出直してこい!」

変わり者は再び迷宮に一人迷い込んだ。

 自分に出来ることは全てやった。これ以上何をどうすれば良いのか、変わり者は全く分からなかった。それでも精神的に追い詰められ、三日三晩寝ずに考え続けた結果、変わり者は意識を失った。目が覚めるといつもよりずっと静かな部屋の天井を見続けた。体は硬い床の上にあるはずなのに宙に浮いている感覚がある。脳からは無駄な情報が排除され、不思議とやるべきことが分かった。変わり者は考えるのを止め、再び観察を始めた。

 嵐の日、髪から水を滴らせ、血の気が引いた顔をした変わり者が三度長のもとへ戻った。長は不愛想に口を開いた。

「話してみよ。」

「規則を破った者に対して、一つの罰で対処しようとした私は、間違っていました。罪に見合った罰をそれぞれ与えることにしましょう。」

「なるほど!では、どのようにする?」

「殺し、暴力、盗み、騙し、怠けの順に重く罰を与えましょう。」

「それは何故だ?」

「私たちを組織として考えた時に、殺しや暴力は貴重な労働力を失うか労働力の減少を引き起こすので日々の生産性が低下します。これは、大きく利益を損ないます。次に、盗みや騙しは信頼関係を破壊し、協調性を無くし、日々の作業効率が大幅に低下します。これは、殺しや暴力の次に重く罰を与えるべきだと考えます。怠けはその人物のみ対処すればよいので最も軽い罰を与えるべきでしょう。」

「なかなか良いな!では、殺しはどのような罰を与えればいい?」

「殺しを行った者は、その家族の奴隷として一生仕えさせましょう。命を奪うこととは、全てを奪うこと。ならば、自分の全てを捧げさすべきです。もし関係者のいない独り身の場合は、組織の奴隷として歯を食いしばるほどキツイ仕事を死ぬまで押し付けましょう。」

「暴力はどうだ?」

「これは、一定期間の奴隷制、被害に見合った財産の譲渡、同じ痛み分の拷問のどれかを被害者に決定させましょう。あくまでも両方の社会復帰を促す仕組みにするのが最善だと思われます。」

「盗みは?」

「盗難物の返還とそれに見合った財産の譲渡。もし財産がなければ借金として返済させます。職がなければこちらから仕事を与え、働かせます。さらに、盗みで三回以上捕まると更正の余地なしと判断し、奴隷として社会に貢献してもらいましょう。」

「次は?」

「騙しは、それに見合った財産の譲渡。騙しで三回以上捕まるとこちらから強制的に仕事を与え、監視下に置きましょう。それでも問題を起こせば、奴隷扱いにします。」

「最後は?」

「怠けは、この社会から出ていくか心を入れ替えて真面目に働くかの二択でまず選ばせましょう。社会から追放した場合、戻ることは許されません。もし戻ってきた場合は敵として迎え撃ちます。働くことを選んだにも関わらず怠ける場合は、こちらから強制的に仕事を与え、監視下に置きましょう。それでも怠けるのなら奴隷に降格させます。このような罰の仕組みが、問題を抑止できると思われます。いかがでしょうか?」

「以前に比べて、素晴らしい!しかし、真似事が改善されていないではないか?私は人間独自の罰の与え方を欲しているのだ!」

「これこそが人間独自の罰し方でございます。」

「なに?」 変わり者は腑に落ちない長から視線を外し、懐から一匹の蟻を取り出した。長は変わり者の

手のひらを駆け巡る蟻の姿をまじまじと見つめた。

「長はこの蟻と私たち人間の違いが分かりますか?」

「…」

簡単そうで難しそうな、難しそうで簡単そうなこの質問に、長の頭は搔き乱された。頭の中に浮かぶ答えはどれも陳腐なものばかりで目の前の男の欲するものではない。そしてすぐに、こんな当たり前なことを一度も考えてこなかったこと、理解していなかったことを、長は恥ずかしく思った。さらに、自分が叱責した相手に追い詰められている状況を思うと、もう冷静な思考ではいられなかった。そして、何とか魂を振り絞って声を発した。

「答えを申せ。」

「簡単な事です。蟻は“選べない“のです。」

答えを聞いても、長は点と点を繋げなかった。それを見越したように変わり者が言葉を紡ぐ。

「彼らは自分たちで自分たちの規則と罰を作り上げたのではありません。彼らの行動は本能によるものです。つまり、最初からそう決められていたのです。」

「なるほど…」

長はまだ変わり者が持つ答えには辿り着けない。彼は無意識のうちに考えるのではなく、話を聞くことに集中し始めた。

「しかし、人間は違う。人間だけが“選べる“のです。」

「だからと言って、下等な生物の真似事などできぬ!」

変わり者は静かに首を横に振る。

「私たちは下等な生物の真似をするのではありません。彼らの規則や罰を作った神を真似るのです。なぜ神は人間だけに”選べる権利を与えたのか?それは、人間だけが唯一、神に近づける存在になり得ると思ったからでは。これは神からの試練なのです。神の意図を組まねばなりません。なぜ異なる規則と罰が自然界に存在するのか?」

「分かったぞ。」

ようやく、険しかった長の顔が緩む。そして、彼は自分の考えが正しいことを確認せずにはいられなかった。流暢に舌が動く。

「この世の全ては、人間のためにあるのだな。様々な所に人間の成長につながる神のメッセージがあると。今回、お主は見事に神の糸を手繰ったのだな?」

「はい。」

長は変わり者の意見を聞き入れた。

 あの日、気絶から目覚めた変わり者は、再び人間を観察し始めた。今回は人間の悪にフォーカスするのではなく、人間の心の動きにフォーカスした。

 変わり者は手始めに狩りのメンバーに注目した。毎日命の危険に晒される彼らは自分の仕事に納得しているのか、如何にして恐怖に打ち勝っているのか。その答えを知るために、彼は狩りに同行した。

 変わり者は自分の疑問を他人にぶつけたりはしない。彼はただジッと眺め続けた。その結果、面白いことが分かった。彼らは毎日命を懸けて動物と戦う。当然、不安や恐怖が付き纏う。そこで、彼らは不安や恐怖に打ち勝つため、狩りの前にある儀式を行う。皆が円になって手を握り合い、眼を瞑る。そして、神に祈るのだ。狩りの成功を、仲間の無事を、皆の明るい未来を。そうして、彼らは魂を奮わせた。自分たちは誇り高いのだと。彼らは誰かからそこに生きがいを与えられていた。

 続いて、変わり者は農家を訪ねた。彼らの日々もまた戦いである。自然を相手にする分、どうにもならないことが多い。彼らがどのように自然と向き合っているのか、変わり者は知りたかった。

 太陽に大地を干からびさせられても、大雨で今まで積み上げてきた仕事を台無しにされても、嵐で収穫前の作物を傷めつけられても、彼らは負けない。何度も何度も立ち上がる。彼らにとって自然は神の仕業で、神は敵であるはずなのに、彼らは神への尊敬を決して絶やさない。毎食必ず、神と大地に感謝を述べるのだ。彼らは自分たちの好きなようにこの世界を解釈していた。

 次に興味を持ったのが、商人である。彼らの日々は人間との戦いである。彼らは言葉を巧みに使いこなし、そのモノが如何に特別かを伝え、時には特別なように見せかける。彼らは前を通り過ぎる人々の足を止めるため、ライバルに客を奪われないため、ライバルの客を奪うため必死にアピール活動を行う。

 何人もの商人を見続け、毎日彼らの言葉を聞き続けた結果、変わり者は良い商人の共通点に気が付いた。彼らは何気ない売り込みに物語を含ませるのだ。物語があることで聞き手側は無意識のうちに想像してします。そして、その想像が彼らの足を引き止め、手を差し出させる。中でも神の恵みや神からの贈り物という表現をよく耳にした。

 そして極めつけは、駄々をこねる子どもに対して母親が放った言葉を耳にした時だった。

「神様はちゃんと見ているのよ!」

変わり者は身の毛がよだつ衝撃を感じた。次の瞬間、あれだけ騒いでいた子どもが大人しくなったからだ。

  この光景が彼の中の全ての点を高速で繋ぎ合わせ、頭の中に星座となって浮かび上がった答えは、変わり者を見る者から創る者へと変えたのだった。