著者プロフィール                

       
第4波 ヤマアラシのジレンマ (2020年10月~12月) | 前のめり主婦の大きなひとり言 ~2020年ドタバタ育児自省録

うまこ

愛知県出身 1987年生まれ。
2児の母

2020年コロナ禍の育児にひとすじの光を放ちたい。
作品作りを通して、このエッセイには、私がこれまでに出会ったいろいろな人からの言葉が散りばめられている!と、私自身、気づかされました。

嬉しい言葉、
時にはムッとしてしまう言葉、
受け入れがたいけれどなぜかずっと引っかかる言葉、
心の支えになる言葉、

ペンネーム「うまこ」もその1つ。
常にせかせか、時に一生懸命になりすぎて前のめり、
決めたゴールに向かってひたすら走る

ある時、上機嫌な友人に
「馬力があるよねー!いっそのこと名前、馬子にしちゃったら!?」と言われました。
その時は可愛げもないし、受け入れ難かったネーミング。しかし、作品を書き終えた頃には、自分でも認めざるを得ないほど、私は前のめり主婦「うまこ」だと腑に落ち、妙に愛おしく感じました。

誰かの一言には力がある。
言葉に泣かされ、言葉に救われた1年でした。
私も悲劇を喜劇に変えられるような前向きな言葉を発しながら、人や、世代、時代のつながりの中を軽やかに駆け抜けたいと思います。

このエッセイを読んで、うまこの前のめり加減を笑ってもらえたら幸いです。


■座右の銘
「よく遊びよく学べ」
うまくやろうと力まずに、何事も楽しく軽やかにやろう!遊びの中にひらめきあり!
「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」

第4波 ヤマアラシのジレンマ (2020年10月~12月) | 前のめり主婦の大きなひとり言 ~2020年ドタバタ育児自省録

「お父さんは家族のおまけ!?」

「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、お父さんって家族のおまけ?」

5歳の娘の質問に思わず戸惑い、動揺。ん?今なんですって?聞き間違い?

私は洗濯物を干す手を止め、再度尋ねてみる。

「今何って言った?」

「だから、ずっと気になってたんだけど、お父さんって家族のおまけ?」

聞き間違いではなかった。家族のおまけ…なんとも衝撃的なフレーズ。

ペットか何かだと思っているのか。どのあたりからそう思ったのだろうか。

「どうしてそう思ったの?」

「だって、お母さんはご飯作ったり洗濯したりいろいろやらなくちゃいけないでしょ、

でもお父さんはなんか違うような。」

「お父さんは家族のおまけじゃないよ。お父さんは外で働いてくれているから

お給料もらえるの。お給料があるから生活に必要なものが買えるし、

外食にも旅行にも行けるんだよ。」

私はそんな言葉を返した。娘はそっかぁと納得したのかしていないのか、

曖昧な態度でその場からいなくなってしまった。

私は再び干しかけの洗濯物を手に取った。

頭の中にはさっき娘から投げられた問いがまだ居座っていた。

はて、私の回答からすると、お父さんは仕事をしているから家族の一員なのだろうか。

何かが違うような気がして、でもそれが何なのかわからなかった。

お金を稼いできてくれるだけがお父さんの存在価値なのだろうか。

そんな説明で果たしていいのかな、いや、なんか違う。

そういえば、ママ友との間でも、似たような言葉が飛び交うことがあった。

「休日、お父さんがいると家事や子どものペースが狂って効率が悪くなる」

というようなセリフ。在宅勤務が進む中、そういった声は一層上がる。

再び娘とのやりとりを回想する。

娘は普段、父親のことはパパ、私のことはママと呼ぶ。

だから、この「お父さん」は我が家のお父さんという個人を指しているのではなく、

世の中全般の男親を指しているのだろうと私は察した。

実際に、我が家のパパは私よりも家事効率はいいし、土日はほとんど彼が食事を作ってくれている。娘だってパパの手料理をおいしいと言って食べている。

そんなわけで、家族のおまけ?のお父さんはきっと個人を指しているのではないと、

私は再度頭の中で確認していた。

我が家もお父さんが在宅であれば家事や子どものペースが変わることについては

例外ではない。しかしそれは、当然のことなのだ。

人が一人増えれば場の空気は変わり、それぞれの動きや関心事が変わる。

お母さんからしたら、恒常性が乱れるため、いつもと違うペースを不快に感じる。

お父さんという個人へ向かう問題ではなく、当たり前のこと。

それならば、いっそいつもとは違うと思えばいい。

お母さんにとっては休日だとしてもいつもと同じ家事。

それを平日と同じようにこなそうとするから、歪みが生まれる。

休日はもういっそのこと休日プランにしてしまえばいい。

家族みんなで家のことをする休日プランに書き換える。

「いつもと同じようにしなきゃ」を手放す、

「いつもできているはずのことができていない」を手放す。

家族みんなを巻き込む新プランにしてしまえばいい。

男性の育児参加も増加傾向のこのご時世。

家族にとっては喜ばしいことである。

それが「パパがいない方が…」につながってしまう声は残念だ。

そういえば、「育児についてはママが上司でパパは新人バイトと思いなさい」と

母親学級で言われたような…ふとそんな言葉を思い出した。

上司として、何も手を打たないのであれば、新人バイトは新人バイトのままである。

彼がひとり立ちできるよう、うまく働きかける責任が上司にもある…。

なあんて、上司だなんて言えるほど、私も偉そうな立場ではない。

日々試行錯誤し、失敗しながらあれこれやっているのだから。

それでも、ちょっとだけ経験値の高い先輩として、失敗談を語りながら、

具体的に「これやって」くらいは言えるはず。

自分でやった方が早いと思っていた私よ、頼ることが苦手だった私よ、

自分のキャパオーバーを認め、夫に頼ろう。

「お願い、これやって」

この声を発することがまず大事。育児は私の役目だと独断していたのは私自身にも

原因があるのかも。自分でやろうとしているけど、実は気力体力限界、キャパオーバー、

だから突然荒れ出す。

「何で気づいてくれないの、私はこんなに一杯一杯なのに。

あなたはのんきにケータイいじって・・・」

そんな風に感じてしまう前に、

「これをこうしてくれたら嬉しいな、助かるな」って先手を打って伝えるのも

技の一つなのだ。

頼ることは負けを認めるわけではない。

お父さんも家族の一員、育児に誘うはお母さんの役目でもある。

時代の流れから「男は外で、女は内で」が定着していた。

それが、だんだん女性の社会進出へ。それに伴い、男性も育児参加へ。

家族にとって喜ばしいことである。

だからといって、育休をとる男性増加に伴って、育休をとる男性=育児に熱心、

とらない男性=育児に関心が低い、そんな風に思ってはいけない。

我が家では、夫が育休をとり、私が仕事復帰する、という計画について

話し合ったことがある。育休の大変さや外で働くことの大変さをお互い体感できる

いい機会であると思った。仕事を客観的に観るチャンスでもある。

そんなことから夫婦の中でこの育休について前向きに検討していた。

「育休」の大変さはやってみなければわからない、常々私はそう感じていた。

しかし、そんな考えも私たちの中で変化してきた。我が家の子どもにとって、

一緒にいて安心できるのは母親なんだろうなとひしひしと感じてきたからだ。

育休に入る夫=善い父親というような思い込みが自分の中にあったのかもしれない。

さらに言えば、かねてから私の中には「フェアじゃない」が反芻することがあった。

仕事に休みはあるのに育休に休み時間はない、通勤で一人になる時間はあるのに

育児には好きなタイミングでトイレに行く時間すらない。

そんな思いから夫と自分を天秤にかける癖が無意識についていた。

しかし、育休をとるかとらないかということで、家族を思いやっているかどうかという事を

測れるわけがない。育休でも仕事していても、家庭を気にかけていることに変わりない。

そうやってお互いの役割をしっかり全うし、今できることに対してやれるだけのことをやって、助け合って生活しているじゃないか。それ以上何を望んでいるのだろう。

さらにもう一ついうならば、私は女性で彼は男性。同質ではない。

実際に子どもが夜泣きしていてもパパは気づかない。

きっと母親にしか察知できない子どもの変化なんかもあるんじゃないのか。

もちろん、父親だからできることもある。だから、お互いが得意を発揮して

苦手をカバーしながら生活していくことが大切なんじゃないかな。

そういえば、ここ最近の我が家では、家の購入や保険加入など大きな決断はパパ任せだ。

私には計り知れないプレッシャーや気苦労もあるだろう。ありがたや、ありがたや。

2人ともが同じ苦労を同じように味わわなくてもいい。

それぞれの苦労について、察して思いやって感謝を伝えてねぎらって・・・

そんなことができればいい。そういった違いを生かし合ってこそ、

より善い家庭、育児ができるんじゃないか。

当然、今は家族には多種多様な形態がある。いろんな選択ができる時代。

どの選択がベストかは、その家、その夫婦によって違う。

だからこそ、しっかり自分たちを見つめ、より家族にとって幸福な判断をする必要がある。時代の流れに流されない選択を。

結局、私は私にできる育児を、夫は夫にできる仕事を前向きに取り組もうという決断に至った。だからといって、お互いを思いやる気持ちや行動は忘れない。

そんなことを回想しているうちに、先ほど娘に対して私は、

なんと安易な返事をしてしまったことだろうと一人反省会だ。

娘がお母さんの存在を十分に評価してくれていることに、

思わず心の中でガッツポーズしていたことも反省だ。

「パパは家族のおまけじゃないよ。ママを支えてくれているのはパパなんだよ。

それから、あなたたち2人の子どもがいてくれることも幸せ。

みんな家族にとっては大事なの。みんなで家庭を作っているよ。おまけなんかじゃないよ。」

お父さんを家族のおまけにするか、しないかはお母さんの手腕にかかっている。

スマホ

ある夕食後の我が家。

事を終えた娘はiPadで動画を視聴、主人はスマホをいじっている。

私は特に観たいわけではないテレビ番組をただぼうっと眺めながら夕食を食べ、

息子はころころ転がりながらおもちゃをかじかじしている。

ここで私は思う。

娘よ、目が悪くなるぞ。

夫よ、何を見ているんだい。君はスマホでゲームはしないよね、

緊急の連絡かな、それともニュースでもチェック中?

さては、もしかして、もしかして、別の誰かと楽しげな会話!?

こうなると私の妄想は止まらない。

息子がアーウー何やら困っている声を出し始めても上の空。

私の頭の中は娘の眼の具合と夫の視線の先に何があるのかでいっぱいだ。

「テレビ、見てないなら消すね」と言いながらテレビを切ってみる。

切ったら切ったで部屋の中が静かになる。空しい。

ただただ息子が何かをかじる音が響き渡る。

娘の眼が気になる、夫のスマホが気になる、気になる、気になる、気になる。

でもそんな気になるモード全開の雰囲気は出すまい。

平然と、娘に「何時まで観ることにする?」と尋ね、

夫に「この食器は片づけていい?」と間接的にアプローチする。

同じ空間にいて、同じ場を共有していても、

お互いの関心が思い思いの場に注がれている。

これにはかなり虚しさを感じた。

同じ場にいても、画面の中の別々の世界でそれぞれ思い思いに楽しんでいる。

いったいこれは何なのか。

日曜の夕方、サザエさん家族は夕食時を家族の会話で楽しんでいる。

まるちゃん家族はチャンネルの取り合いをしながらも

一つの番組を家族みんなで見て楽しんでいる。

我が家はどうであろうか。

場こそ共有しているものの、みんなの視線の先は全く別物に注がれている。

これが現代流のお茶の間の風景なのだろうか。

私もふとした瞬間、スマホをいじる。

わが子に呼びかけられても、「ちょっとまってね」と軽く返事をしつつも、

その場にはいない、画面越しの相手との会話を楽しむ。

画面越しのショッピングに出かける。

目の前にいる家族は同行していない。

なかなか目が離せなくなる。

私という肉体はそこにいても、意識はすっかり画面の中なのだ。

そしてこの画面の恐ろしいところは、扱う本人を知らず知らずのうちに

中毒にしてしまうところだ。お酒やたばこのように、

ある種の現実逃避という作用がこの画面にはある。

「今、ここ」を味わいにくくしてしまう道具なのだ。 

便利なものには必ず光と影がある。

便利だからと言って無秩序に利用することは極めて危険だ。

特に何の制約もなく、使い方のレクチャーもないまま子どもに与えるのは親の罪だ。

みんなでデジタルデトックスの時間をきちんと設けることも大切だ。

子どものコミュニケーション能力の低下が叫ばれ、他者とつながることを苦手とする子が

増えていると言われている。

果たして本当にそうなのか、言葉のイメージだけで状況を解釈してはいけない。

SNSが生活の中に浸透したことで、自分の日常や思いを文字として発信する

機会は増えている。

子どもも大人もいつでも誰とでも容易に繋がることができる。

実生活では出会えていない、共通の趣味をもつ仲間を見つけることだってできるのだ。

そういった面と向かった人間関係とは別の、画面越しの繋がりに救われることもある。

そういった繋がりにかける時間が昔に比べ大人も子どもも増えている。

オンラインの時代。

私たちが子どもだった頃には想像もしていなかったお茶の間の風景。

私たちの親の時代とは育児を取り巻く環境はがらりと変わっているのだ。

家庭は人間関係のスタートの場である。

一人一台タブレットの生活はチャンネル争いの機会を失わせつつある。

それは、子供たちから折り合いをつける経験を減少させている。

また、祖父母や両親の趣味になんとなく付き合って偶然出会ったことに

新しい発見をする機会が減少しているようにも感じる。

私にとって相撲は祖父が観ていたもの。相撲への関心の入り口は祖父なのだ。

その日のニュースを見る時間を家族で共有することは、

現実世界で起きていることを話題にしながら、自分もこの社会に生きる一部なのだ、

この人たちと生きている、なんてふと一緒に見つめている家族の存在を再確認する。

そんな時間も子どもの人間力を育む手段の一つなのではないだろうか。

さらにスマホは私から親子の生のつながりを奪いつつあると気づいた。

公園でのこと。子どもが自分の感性全開で活動している姿を見るのは

実にほほえましい。

そんな姿を残しておきたい、捉えておきたいと思うのが親の欲目だ。

そして、手にしているスマホに収めようとする。

この瞬間を忘れないために。わが子の姿を夫と共有するために。

時には子どもの活動を止めてでも撮影。

子どもは次の段階に向かおうとしている。

それでも、「ちょっとまって、動かないで」とその行動を一時停止させて

私はシャッターを切る。

あ、うまく撮れなかったからもう一回。

子どものやりたいというはじける意欲を、流動的なエネルギーを、

親の欲によってぶつ切りにしてしまっている。

子どもの一生懸命な姿を、私は自分のその目ではなく、

画面越しに見つめ、画面越しに微笑む機会が増えてはいないだろうか。

果たしてそこにコミュニケーションはあるのだろうか。

それでいいのだろうか。

とにかく、スマホによってパーソナルな時間が増えているということを

肝に銘じておきたい。しかも、子どもに限ったことではなく、

大人も無意識に吸い寄せられているということを意識していたい。

最愛の家族との「今、ここ」この瞬間という時間を

より良きものにするために

文明の発展にあやかりたいものだ。

  

 アゲハのあおちゃん

アゲハ蝶の幼虫である「あおちゃん」は、この夏の我が家の同居人であった。

実家の畑で発見されたあおちゃん。

見た目は少々グロテスクな彼は、我が家に「生命」の存在を確かに感じさせた。

あおちゃんがいるだけで家族が5人になったような気持ちになった。

そんな生命に娘はせっせと食事を与えた。みかんの葉っぱだ。

頻繁にまるまるとした立派なうんちもたくさんする。

あおちゃんの部屋の掃除には毎回ちょっぴり緊張する。

同居人といえど、そのグロテスクな外見はどうも近づきにくさもあった。

そんなあおちゃんが姿を変えた。

ある日、黄緑色のつるつるとしたさなぎになった。

枝にくっつくその姿、一本の細い糸で丸々とした体を上手に支えている。

すごいバランス感覚、そっとしといてあげないとおっこちてしまいそう。

さなぎの期間は、逞しさと危なげ、そして私たちにわくわく感を与えてくれた。

今か今かと度々あおちゃんの部屋を除く日々が続いた。

ある日の早朝、あおちゃんの家にぎょっとするほど大きな変化が起きていた。

見慣れたあおちゃんの部屋の中にいたのは全くの見慣れない大きな蝶。

あおちゃん、あおちゃんと親しげに声をかけていた幼虫やさなぎとは

全くの別人。あおちゃんなんて呼んでいいのだろうか、・・・あおさんかな、

なんて他人行儀になる。こうなることはわかっていたのだが、

いざ蝶と対面するとドキリとさせられるほどインパクトがあった。

狭いプラスチックケースの中で大きな立派な美しい羽根を広げている。

生命力の強さ、なんだか恐れ多くて凝視できなかった。

一通りの感動を味わった後、

私は起きてきた娘にあおちゃんの変身を伝えた。

娘にとっても慣れ親しんだあおちゃんではなく、

はじめましての相手に少し戸惑っていた。

あおちゃんの方も、羽をぱたぱたとさせご挨拶。

そんなあおちゃんを庭に放つ時が来た。

夏のつかの間、我が家に生命の潤いを与えてくれたあおちゃんの旅立ち。

私の心にはわが子を見送るような晴れ晴れしさと、

この先あおちゃんにどんな試練が待ち構えているのだろうか、

無事に生き延びておくれよという心配が共存していた。

あおちゃんは、私たち家族に見守られながら、

元気よくたくましく羽ばたいて行った。

 

それからしばらくたったある日。

娘と庭で遊んでいると、なんとあおちゃんが戻ってきたのだ。

しかも仲間を連れて。私たちの目の前を行ったり来たり。

本当にあおちゃんなのかは定かではないがそんなことはどうでもいい。

ただ、二羽のアゲハ蝶が仲良さげにじゃれ合いながら私たちに会いに来た。

それは巣立った子どもが、最愛の人を連れて元気な姿を見せに来たようで、

嬉しかった。

 

そんな体験もあった2020年。

この一年間、私には妙な体験が続いていた。

それは、部屋に置いてあるデジタル時計で頻繁に5:55を目撃していたのだ。

早朝も、夕方も。不気味なほど5:55を目撃する。

時計に呼ばれているような妙な感覚さえあった。

家族にこの話をしても、偶然だろ、

たまたまその時間に時計の前にいることが多いってことでしょ、と特に驚かれもしなかった。

でもやっぱり何かあるような、

見過ごしてはいけないような感覚が私の中にあった。

そういえば、と何の気なしに「555」を検索してみる。

何かメッセージがあるかもしれない。すると・・・

「人生における重大な変化が訪れます。さなぎから蝶になるように、

あなたの本当の人生を歩む時がきました」

スマホの画面にはそう書かれていた。

とっさにあの夏のアゲハのあおちゃんを思い出させた。

この一年は私にとって、長い長いさなぎ期だったのだ。

9.9畳という狭い殻の中で、喜怒哀楽を思う存分味わいながら

次の飛躍のための準備をし続けた。

そのがむしゃら感がダサいと思っていた。

何事ももっとスマートにできたらいいのに、

そう自己評価していたのは自分自身だ。

日常を悲劇と捉えていたのは私だ。

こんな自分に(マル)が出せていなかったのは私自身なのだ。

私のままでいいじゃん。

私は私にできることを、私らしくやっていく。

その積み重ねが、気づいたら実を結ぶのではないだろうか。

それでいいんだと、後押しされている気がした。

信じる者は救われる。何事もポジティブに解釈しよう。


アゲハのあおちゃんが戻ってきたよ!

おもちつき

12月30日。

我が家では、毎年この日におもちつきをする。

おもちつきと言っても、きねとうすでつくのではない。

電動もちつき器を使ってつくのだ。

餅米を入れて、蒸し始め、しばらくするとけたたましいブザー音が鳴り響く。

プロペラが回り、もちが回転、

その回転するもちと鍋肌の間を水で濡らしたしゃもじでなでて

さらに回転をうながす。

そうすることできめ細やかなもちが完成するのだ。

年に一度の恒例行事、私は物心ついたときから楽しみだった。

今回は3年ぶりの参加。祖父と娘がもちを回転させる光景をしみじみ見つめた。

この機械はなんと50年もの。

母が小学生の頃、この家に導入されたものだ。

我が家の年末を盛り上げる陰の立て役者は、私が生まれるずっと前から、

この家族の歴史を見守ってきたかと思うと、

このもちつき器が先輩風を吹かしているように感じた。

私の知らない、家族の物語。

50年前。私の祖父母がまだ30代で、母は小学生。

その時の彼らは、50年後がこのような時代になっていると想像できただろうか。

きっと「思ってたのと違う」の連続だっただろう。

こうして今、曾祖父母と曾孫とみんなそろっておもちをつくときがくるだなんて

想像できただろうか。私はまだ、自分の曾孫を想像することなんてできない。 曾祖母が0歳の曾孫に向かって言っていた。


「あんたは何になるのかね、20年後か。20年後私は生きとらんよ。

あんたはお父さんお母さんを困らせたりしちゃいかんよ。

あんたがどうなるか、あたしは見れんけど。わかった?」

そうか、この一年めまぐるしく過ぎた。

息子が20歳になるのもあっという間だろう。

物語を聞きたい。

祖父母が生きた戦争時代のこと。

父や母が子どもだった頃のこと。

父や母が子育てしていた頃のこと。

私につながる、みんなの、家族の物語。

同じ家に育った兄弟でも、見えている家族は違うはず。

みんな自分の物語の主人公で、自分の物語を一生懸命生きている。

そして、私は家族一人一人の物語の登場人物でもある。

当たり前に今、ここに一緒にいる家族でも、

それぞれの立場から見た世界は全く違うだろう。

50年前、30年前、同じように子育てしてきた祖父母や父母。

今の時代の子育て環境とは全く違うだろうけど、

きっと、その時その時、できることを、やれるだけのことを積み重ねてきたのだろう。

きっと人生や日々の過ごし方、人と人とのつながりの本質は同じだろうな。

今、ここ、目の前のことをただ一生懸命にやればいい。

今の私を、お母さんをしている私を楽しめばいい。

時代が変わっても、変わらない家族の温かさを感じた2020年の年の瀬。

前のめり主婦の大きなひとり言 ~2020年ドタバタ育児自省録 【全6回】 公開日
はじめに 2021年8月31日
第1波 はじまりは北京から(2020年1月~4月) 2021年8月31日
第2波 出産(2020年5月~6月) 2021年9月30日
第3波 何気ない日々だけど (2020年7月~9月) 2021年10月29日
第4波 ヤマアラシのジレンマ (2020年10月~12月) 2021年11月30日
おわりに 2021年12月28日