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第3波 何気ない日々だけど (2020年7月~9月) | 前のめり主婦の大きなひとり言 ~2020年ドタバタ育児自省録

うまこ

愛知県出身 1987年生まれ。
2児の母

2020年コロナ禍の育児にひとすじの光を放ちたい。
作品作りを通して、このエッセイには、私がこれまでに出会ったいろいろな人からの言葉が散りばめられている!と、私自身、気づかされました。

嬉しい言葉、
時にはムッとしてしまう言葉、
受け入れがたいけれどなぜかずっと引っかかる言葉、
心の支えになる言葉、

ペンネーム「うまこ」もその1つ。
常にせかせか、時に一生懸命になりすぎて前のめり、
決めたゴールに向かってひたすら走る

ある時、上機嫌な友人に
「馬力があるよねー!いっそのこと名前、馬子にしちゃったら!?」と言われました。
その時は可愛げもないし、受け入れ難かったネーミング。しかし、作品を書き終えた頃には、自分でも認めざるを得ないほど、私は前のめり主婦「うまこ」だと腑に落ち、妙に愛おしく感じました。

誰かの一言には力がある。
言葉に泣かされ、言葉に救われた1年でした。
私も悲劇を喜劇に変えられるような前向きな言葉を発しながら、人や、世代、時代のつながりの中を軽やかに駆け抜けたいと思います。

このエッセイを読んで、うまこの前のめり加減を笑ってもらえたら幸いです。


■座右の銘
「よく遊びよく学べ」
うまくやろうと力まずに、何事も楽しく軽やかにやろう!遊びの中にひらめきあり!
「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」

第3波 何気ない日々だけど (2020年7月~9月) | 前のめり主婦の大きなひとり言 ~2020年ドタバタ育児自省録

朝をいただく

産後2ヶ月の私は、

早朝5時の田んぼ道を、ただひたすら走っていた。

事の発端はこうである。

私は苛まれていた。

いつものように「ない、ない、ない」が頭の中を反芻していた。

体力がない、気力がない、

私には一人になる時間がない

おっぱいをあげることしか役にたてない

誰かに頼らないと生活がまわらない

 私には自由に駆け回る自由がない…

「ない、ない、ない」が脳内を侵略しだすと、途端に身動きがとれなくなる。

そんな時、夫がぽつりと一言。

「朝早起きして走ったらいいんじゃないか」

ん!?!?この方はバカなのか、と瞬間的に思った。

朝早起き!?産後の母にそれはきついです。

ただでさえ、夜な夜な起きては最愛の息子におっぱいあげてるんです。

そして、走る!?!?あなたは毎日走ってますもんね。

走ることに絶対的価値を感じてますもんね。

でも私は、その時間と体力があったらもっと別のことに使いたいです。

即座に反発する気持ちと言葉が体内にこみあげてきた。

しかし私はこうも思った。

私が欲しいのは時間と自由。確かに私にはみんながまだ起きていない朝なら

時間と自由がある。

ここでできないなんて言って終わりたくない。

自分に負けた気がする。

変えたい、「ない、ない、ない」から脱却したい。

産後2ヶ月でこんな早朝から走っている人はいないだろう。

偉業を成し遂げたい。

とにかくだまされたと思って一度やってみよう。

藁をもつかむ思いでこの提案にのることにした。

続けることを意識して、無理のない範囲で。

毎朝5:00、決まったコースを15分だけ。

そして玄関の扉を開けることにした。7月の空は私を歓迎してくれた。

地球上にたった一人、自由に駆け回っているのは私一人。

スキップしたりくるくるまわったり、全速力で駆け抜けたり。

自分の体が軽やかになり、産後間もないボロボロの体ということを忘れさせた。

まだ目覚めたばかりの新鮮な空気にすっかり中毒になった。

吸いたい、吸いたい、吸いたーい!

鼻から思いっきり朝のごちそうを吸っては、

口からゆっくり、細く長く吹きだした。

新鮮な空気が自分の身体の中を駆け巡る感覚に酔いしれた。

風に稲がそよぐ音。田んぼに注がれる水の音。電車が鉄橋をわたる音。

朝日にキラキラ輝く水面。すべてが私の眠っていた五感を目覚めさせた。

それから何日間かこの偉業を続けていくうちに、

この朝の儀式は私に欠かせないものになった。

7月の空は私に非日常を与えた。一日として同じ空はない。

まだ日の出前の真っ暗な空。街灯にも灯がともっている。そんな道をただ一人。

みんな眠っているのに私だけ起きている。妙な優越感に浸った。

そして急に世界が真っ赤に染まりだしたかと思うと、

体中に温かい太陽のエネルギーを受け取ることができた。

なんとも贅沢な瞬間。世界が目覚める瞬間。

それから、遠くの山々までくっきり見えるほど空気が澄んだ日もあれば、

夜露に濡れ辺り一面、白く霧がかっている日もある。

雲一つない真っ青な日もあれば、軽やかな雲が流れる日もある。

湿気を含んだどんより重たい雲の日だってある。

足元の水たまりの中にも反射した空が映る。どっちが本当の世界だろう。

そんな空想まで浮かんでしまう。

早起きの友達に出会うこともできる。

朝から忙しそうにカサコソ動いているサワガニの親子。

水路を泳ぐ小さな魚の群れ。

畑の中からじっとこちらの様子を見つめている猫。

今日は誰に出会えるかな、どんな発見ができるかな。

誰も知らない私だけの時間にすっかり酔いしれていた。

 

「おはようございます。」 あいさつを交わす仲間もできた。

早朝から、このつかの間の幸福を知っている人生の先輩たちは少なくないのだ。

日中、閉塞感あふれる生活をしていた私にとって、

誰かとあいさつを交わすことがどれほどの喜びであったか。

私のことを知っている人がいる。

一瞬あいさつを交わすだけでも社会とのつながりを感じることができた。

この早朝の非日常体験は、日中の家事育児ルーティーンワークに潤いを与えた。

朝ランの効用

・毎朝違う空を見つめ、非日常体験が朝一番にできる→満足感

・早起きかつランニング、わりと過酷なことが続いている私ってすごい→自信

・今日は走れる、今日は歩こう、足が重たい、肩が凝っているなど

 朝から自分の体調とメンタルのチェックができる

・走った後は体が温まり、朝の家事がスムーズに進む→時短

・午前の時間が長く感じる→心の余裕

・一日の段取りが確認でき、焦らない→朝わりと穏やか

・適度に心地よく疲労→朝から子どもにガミガミ言わない

・一日の初めの家族との会話がさわやか

 →今までは授乳で疲れた、睡眠不足などネガティブな発言からのスタート。 

  しかし、朝ラン後は今日の空は素敵だった、空気がおいしいよ、

  秋の気配を感じたよ、という自然派さわやかトークへ

・産後の体重が減ってきている

・夜、自然と眠くなり夜更かししない→睡眠時間の確保、間食減

・朝ランした、さわやかな空気を吸った、素敵な朝の景色を見た

・あいさつを交わした…朝ランを始めてから、私は小さな「した、した、した」を

数えるようになった。「ない、ない、ない」から見事脱却である。

いいこと尽くしだった。

走っている間は頭がスッキリ、ひらめきもあった。

「ない、ない、ない」反芻撃退法!

これが頭の中に出てきたことを感知したら、

「ストップ!」

と声に出してみる。たったそれだけ。

「朝早起きして走ったらいいんじゃないか」

夫の思うつぼでちょっと悔しいが、

騙されたと思って玄関を飛び出してよかった。

しかし、私は継続することが苦手だ。

どんなにいいと思っても、別のことに気が移ってしまえば、

最良だったはずの手段はすっかりそっちのけになってしまう。

ならば、SNSで朝ラン投稿をしよう。

有言実行を重んじる性格を生かして、公言してしまえば、

きっと私は続けざるを得なくなる。

さっそく朝ランをしていると公開報告!

結果、効果あり。

周りの目を気にする性質をうまく利用できた。

その後も、今日は行きたくないと思ったり、

寒くなってきたからやめようかなと思ったりすることも当然あった。

そんなとき、ベストタイミングで友人数名から

「まだ走っているのか」と尋ねられた。

「いや、寒くなってきたし、日の出が遅くなったし、息子の夜泣きが…」

言い訳ばかりしている私。いいのか、それでいいのか。

できれば弱音を吐きたくない。

さらに我が家にはオニコーチ夫からの叱咤激励。

行くしかない。再び私は走り出した。

継続するためには、やめようかな、と考えるスキを与えない工夫をすること。

すなわち、起きてすぐ飛び出せるように、いつでも走れる格好で寝ることにした。

寒さが行動を妨げるなら、予めどの程度の服を着こめば快適に飛び出せるのかを知っておく。夜泣きが理由なら朝方授乳を終えたら即GOすればいい。たかが15分。

得るもの多し。この作戦は大成功であった。

産後だし、早朝だし、私には無理…

でもこれは、「できない=したくない」ということなのではないか。

したくないからできない理由を探し、言い訳ばかり浮かんでくる。

そもそも最初から答えは決まっているのだ。

しかし、何かを変えたいと思ったら、つべこべ言わず、一歩踏み出してみる。そうすることで、全く違った世界を感じることができるのだ。

やるか、やらないか。不安や言い訳を考える隙を与えない。

自分のやり方や感情にこだわるのを一旦やめて、

他人の助言を素直に受け入れ、いったん自分と相談してみる。

やりたいのか、やりたくないのか。

これもプラスの変化につながるのだと頑固者<うまこ>は実感した。

 

朝を制する者は一日を制す。

今日が人生最後の日

誰にだって、いくつになったって、誕生日の一日は特別な日だ。

9月のその日、私は33歳の誕生日を迎えた。

特に予定があるわけでもなかったが、これからの一年、何かがはじまりそうな、

何かが待っていそうな、生まれて第一日目、ここからスタート。

そんな新鮮な気持ちと期待を胸に少しわくわくしていた。

「じゃ、いってくるわ」夫の朝は早い。早朝5時40分に家を出る。

私は朝ランを終え、すがすがしい気持ちで夫を見送る。

パタンと玄関の戸が閉まった。

ふと、あれ、誕生日おめでとうの一言がなかったぞ。

こっちから言うのも癪に障る。言ってくれるまで言わないでおこう。

妙な対抗心が浮かぶ。<うまこ>はそんな性格。

いいさ、いいさ、きっと帰ってきたら言ってくれる。

少し残念な気持ちもあるが、まあいいかと気持ちをなだめながら、

朝の静かなこの時間を満喫しなきゃもったいない、と気持ちを立て直す。

なんたって私の誕生日。この聖なる朝はまた一年後にしかやってこないのだ。

私はコーヒーを入れ、ソファーに座りながら本を開いた。

夫が出て行ってから10分ほどして、私の携帯が鳴った。夫からだ。

きっと大事な一言を言いそびれたことに気づいて、

あわてて電話してきたに違いない。

しょうがない、思い出しただけ良しとしよう。

ちょっと上から目線、彼のうっかりを受け入れる余裕を醸し出しつつ、

私は電話に出た。

「どうしたの?」と私。

「大変なことになった」慌てている様子の夫。

わかってるわかってる、誕生日おめでとうを言いそびれたことは責めないよ。

でも、次に続く言葉はまったく違う寝耳に水だった。

「事故に遭っちゃって…」え?予想外の言葉。

「車が大破した」…タイハ???

こんな朝を誰が予想できただろう。夫は事故に遭ったのだ。

それから状況を冷静に、冷静に聞いた。幸い夫は無傷。

車はタイヤが外れてしまうほどの衝撃だったようだ。

話を聞いている間、私がとるべき行動を即座に考えた。冷静に、冷静に。

娘の登園を実家に託し、私は事故現場へと向かった。

「妻の誕生日、夫の命日・・・」

縁起でもないことを思わずつぶやいていた。夫は無傷!そうだったそうだった。

「車がタイハ」という聞きなれない言葉を頼りに、車の現状を想像する。

タイヤがとれたということはもう動かないのだろう。

夫が通勤に使っていたその車は、私の10年来の愛車であった。

事故現場に到着し、背筋がぞっとした。ここか!これか!こいつか!

場所と愛車と相手の車(大きなタンクローリー)を確認し、当時の状況を想像する。

夫よ、さぞ怖かったであろう。愛車についた傷が生々しかった。

事故の悲惨さを物語る。

夫は神妙な顔つきで警察官と話をしていた。

無事な姿を確認できただけで、とりあえずホッとした。

すべての事故処理が終わるまで、私は一人、車の中で待機した。

もしも、ちょっとでも何かの拍子でぶつかった場所が違ったら…

車の傷をみても、夫が無傷なのが不思議なくらい、

運転席側のドアは破損していた。それで、もしも、夫がけがをしていたら、

もしも、命を落としていたら…

もはや無事と確認できた今となっては不必要な妄想が次々と頭に浮かんだ。

歯磨き粉の出し方にうるさい夫、

お風呂のせっけんの使い方やシャンプーの仕方まで指摘してくる夫、

毎日欠かさず運動できてしまう夫、私より家事効率が断然いい夫、

私の好きなものを知っていてくれる夫、

結婚は異文化交流だと、私との違いを一緒に楽しんでくれている夫、

私にはないものをたくさん持っている夫。

普段の彼とのあれこれが走馬灯のように駆け巡った。

実に味わい深い人間だ。なんとなく目頭が熱くなるのを感じた。

でも、彼は生きている。

 

様々な手続きを終えて、彼は手を振りながら私の待つ車に近づいてきた。

落ち込んでいるかな、と思っていたが予想とは裏腹に元気そうだ。

車に乗り込むなり、「すごい経験しちゃった」と九死に一生をプラスに味わっている模様。思っていたよりも彼のいつもと変わらぬ様子に私は安心した。

家路に向かう途中、私もこれは不幸中の幸い、どんな経験もしてみるものだ、と

状況を冷静かつポジティブに受け入れていた。

なんといっても彼は生きているのである。

度重なる「思ってたのと違う」を経験してきたことから、

メンタルが強化されてきたのかもしれない。

一通り、彼への思いを味わったあと、私の中に新たな感情がわいてきた。

それは、大切な愛車への思いだった。愛車が大けがをしたのだ。

それから車との出会いから、車との日々の回想劇が始まった。

初めての就職、通勤を共にした車、度々旅行に行った車、

夫がぽつりと言った。

「事故のあの瞬間、守られた気がした」

あんなに大きな車が真横から迫ってきたのに、夫が無傷なことが不思議だった。

私は愛車にまつわる思い出を回想しながら、思い当たることに気づいた。

就職したての頃、当時、職場と私の祖父母宅が近かったことから、

亡くなった祖父は度々職場の駐車場に停まっている私の車を確認していた。

そして、「今日も赤い車があるぞ、出勤しているな」と陰ながら

エールを送ってくれていたようだ。祖父はいつも私の応援をしてくれていた。

祖父が見守ってくれていた、私の赤い車。

夫を守ってくれたのは、祖父なのかもしれないな。

そう思ったら事故の悲惨な状況の中にも、

暖かな風が吹き込んできたような気がした。ありがとう。

ありがとう、生き延びてくれて。

ついつい忘れがちだが、命や人生は有限なのだ。

まだ一緒に生きることができる。それだけで喜びだった。

人生では、大事なものを予期せぬタイミングで手放すことになる日が来る。

愛車との別れは家族との別れのように、悔しく悲しいものだったけれど、

あまり執着しすぎず、感謝の気持ちをもって送り出すことができた。

生きているだけで(マル)なのだ。

「あーよかった!でも、ママ、残念だったね、今日は誕生日なのにね」

帰宅後、娘が言ってくれた一言がすべてを帳消しにしてくれた。

本はともだち

北京時代、私を助けてくれたのは人だけではない。

私が落ち込んだり、悩んだり、現状を突破したかったとき、

時には友人のように、時には教師のように、時にはカウンセラーのように、

私に寄り添ってくれたのは「本」だった。

親や友人から離れての海外生活。

困ったことがあれば、いつでもオンラインでつながれる時代。

海外にいたとしても日本とのつながりを身近に感じることができた。

しかし、やはり直接会って話を聞いてもらうのとは少し違う。

そんな状況を打開してくれたのは「本」だった。

幸い、北京には日本人向けの図書室があった。

私は娘と最低でも月に一度は必ず訪れる、私にとって憩いの場であった。

それまで読書習慣が身についていたわけでもなく、

特段に読書が好きだったわけではない。

でも、絵本を通じて子どもたちとつながる時間は大好きだった。

普段の会話ではやんちゃな子、こちらの呼びかけにも応じず、

さっとどこかへ行ってしまうようなつかみ所のなさを感じる子、

自己表現を内に秘める子・・・

絵本の読み聞かせは、そのような子たちもみんなが同じものを見つめて、

時には声を出して笑い、時には恐れ、時にはハッピーエンドに胸をなで下ろす。

私は、そんな時間を共有できることがうれしかった。

娘を出産後、市内の図書館で行われている「赤ちゃん読み聞かせ会」の

ボランティアをしていた。まだ言葉を発さない赤ちゃんでも、絵本を見つめたり、

読み手やお母さんの声に反応したり。

明らかにその場その時の一体感、つながりを感じることができた。

そんなわけで、人に向かって絵本を読むことは好きだったが、

自分のために読書をするという経験が乏しかった私。

しかし、改めて書棚を眺めながら一通り歩いてみると、

私を惹きつけるタイトルがいくつか飛び込んできた。

手当たり次第手に取っていく。机の上に並べて眺める。

そうすると、不思議と今、自分が何を考え、何を知りたいと思っているのか

客観視することができた。

ある時は、育児本ばかり。ある時は中国の歴史小説、中国語マスターの秘訣、

ある時は人生のお悩みを解決するエッセー、ある時は世界を旅する旅行本・・・

今、自分が何に興味があるのか、何がしたいのか、無意識の中にあるものが

見えた気がした。自分の中の新発見!なのである。

しかもそれが毎回移り変わっていくからこれまた面白い。

それから、本は実生活の中で出会うことが難しい人と簡単に会話ができる

ミラクルツールでもある。

脳科学者に話を聞くこともできれば、大企業の社長さんの成功哲学に触れる

こともできる。同じ悩みを抱える人の体験談、海外生活経験者人、戦争時代を生きた人・・・ありとあらゆる人に、お金を払わず、好きなときに好きなだけ触れることができる。

まさに“どこでもドア”だった。

私がその魅力に気づいたのは、夫との価値観の違いを感じ鬱々としていた時、

「女脳と男脳は違う」に関する本を開いた瞬間だ。

その日の出来事をはじめから物語のように語りたい私。

特に目的はなくただ聞いてほしい。

日中、娘と二人きりで過ごした日はそんな気持ちが高まり、

決壊したダムの水のように言葉が口から止めどなくあふれる。

「今日ね、娘がこうでね、こんなことがあってね、あんなことしてね、

 あ、それからこれがね、それでね、こうでね、あーでね、それで、それで・・・」

しかし、聞き手は仕事帰りの夫。彼はもう一日の会話のキャパシティを超えている。

初めは黙って聞いてくれるのだが、次第に、

「で、結論は?」

バッサリ打ち止めされる。

そんなことが度々続くものだから、そのうち、

「結論から話してくれる?」

冷たい!私はまだ満足するほど話してないのに!悲しみがこみ上げてくる・・・

そんな日々を送っていたときに、例の「男女の脳に関する本」に出会った。

そこには、女性はエピソード記憶をたどって話をすることが得意で、

男性は結論から論理的に話をするのが得意だというようなことが書かれていた。

個人的な問題じゃなかったんだ!

これはすべて脳の仕組みの違いなんだ!

ドライな夫を憎み、結論からうまく話せない自分を責めていた私に光が差した。

それから、私は夫の頭の中で彼を操縦している未知の領域、脳の仕組みにあわせて話をしたり、こちらの要求も脳の仕組みに起因している事をアピールした。

違いを認め、受け入れ、それにあったより良い方法を探る。

異文化交流、異星人との会話のようで鬱々としていた気持ちはどこへやら。

結論からシンプルに言いたいことを伝えることができた時には、外国語をマスターしたかのようにうれしかった。

本は夫婦関係の救世主とも言える。

絵本に関していえば、こちらも育児の救世主である。

早期教育を目的とした絵本のメリットが紹介されることが多々ある。

しかし、私にとっては子どもと私のつかの間の休戦時間とでも言えよう。

どんなに忙しくても、眠くても、できるだけ毎日1冊はわが子に読み聞かせをしたい。

その時間を大切にしたい。そう思って育児をしている(眠気に勝てない事もあるが)。

褒めてもだめ、叱ってもだめ、いったいどんな声かけをしたらいいのか迷う日々。

ガミガミ怒った後、どうフォローすればいいのか。私は再加熱しないだろうか。

子どもへの声かけに悩んだ時こそ、絵本の出番だ。

絵本を介せば、優しい声で語りかけることができる。懺悔の思いも込めて、

あなたのことが大好きだよと伝えたい。

暖かい時間を一緒に過ごしたい。

こんな気持ちもあるのだが、覚悟不足、読んでいる途中で寝てしまう。

「ママはいつも途中で寝ちゃう!」

と娘に言われる始末。申し訳ない・・・と苦笑い。

でも、できる限り、続けていきたい寝る前の我が家の儀式なのだ。

コロナ禍でも、親子にとって図書館通いは憩いの場だった。

最近、娘が子ども園で先生に読んでもらった本を紹介してくれるようになった。

彼女が今、どんなことに興味があるのか、どんなことができるようになっているのか、

絵本は教えてくれた。それを知るのがとても楽しい。

子どもの想像力・発想力はすごい。

幼児はうんちやおしっこ、はなくそが大好きだった。

我が家の娘は忍者が好きで、ひらがなの小さい“つ”に戸惑って、

数字が出てくる本に興味をもっていた。

ある時、『ぼく おかあさんのこと…』という本を持ってきた。

冒頭の一文、「ぼく、おかあさんのこと・・・キライ」。読んでいてドキリとした。

読み進めていくうちに、娘は今、こんな気持ちなのかな?なんて妄想が働く。

『おかあさん だいすきだよ』を読んだ時、

このお母さんよりママの方がいいと言われただけで心が救われた気がした。

おまけに、本によって夫婦の会話も増えた。

お互いに今読んでいる本の内容を何気なくアウトプットしたり、

相手に読んでほしいと思った本をおすすめしたりしている。

すると、相手が今どんなことを考えているのか、何に関心があるのかを知ることができ、

それに関する情報を集めるようになったり、自分自身への学びにもつながったりした。

何より、夫への信頼感が増した。

声に出して伝えられなくても、お互いが何を考えているのかを知ることは

思いやりにつながる。

早期教育だとか、時間がないから読書は・・・とか、

気負わず気楽に本とともだちになってみてはいかがだろうか。

私は本とともだちになれて本当によかった。

分厚い本をたくさん読めなくてもいい。

速読、多読をするにはある程度本を読んで筋トレする必要がある。

ただ、本ってピンチの時は私を助けてくれる友だった!と

子どもたちが人生の荒波を歩む時に思い出してくれさえすれば、

とりあえずそれでいい。

人生の旅に本は最良のともだちなのだ。

朝の送り出し

「怒鳴らない子育て 暴力を振るわない子育てをしましょう」

どこかの標語で目にした言葉。

そんなことは百も承知。それができたら苦労はしない。

わかっているのにできないから悲しいのだ。苦しいのだ。

そんなことを感じながら、私は子どもに大声をあげる自分を客観的に見てみた。

そして、大声を上げるその前に、着火スイッチがあることがわかった。

私の場合は

コントロール不能な状況を目撃したら

大声を出すぞという条件反射

無意識に自分のオリジナルルールが出来上がっているのだ。

たとえば、

朝起きて、ドタバタ家事をこなし、さぁこども園に出発だ、

私は部屋を整えて今すぐ出発しようとあたふたしている矢先

ふと片づけたはずの机に目をやると、

突然のひらめき、創作意欲爆発期の娘がおりがみを切り出した!

すでに机の上には切りかけのおりがみが何枚も。

「おいおい、どうして今なの!」「はやくしなさい」

「時間がない」「遅れちゃう」…

私の目は、高性能の異常探知機のように、

自分がコントロール不能な状況を見つけては、

ヒステリックな声をあげるようになった。

その母親の反応に、さみしそうな顔でしぶしぶ手を止め登園準備をする娘。

私の声におどろき、息子は声をあげて泣き出す。

当然、こんな朝は母子ともにさわやかではない。

こんな朝を過ごしたいわけじゃないのに・・・

娘を送り届けてから、反省と自己嫌悪の渦に飲み込まれていく・・・

反省するくらいなら、声をあげなければいい!

そもそも、私が声をあげる目的は何なのか、

・時間に遅れてしまう

・片づけたはずの部屋がちらかる

・余計なことをしないでと思ってしまう

つまり、“時間に間に合い、整った状態にして出発したい”が

前提としてあるわけだ。

この前提が覆されそうになると私は烈火のごとく燃えたぎってしまう。

それなら、目をつぶるところは目をつぶろう。

全部クリアしようとするからてんてこ舞いになるのだ。

“時間に間に合い、親子で気持ちよく出発する”をテーマにすることにした。

・時間に遅れてしまう ←これは絶対条件、外せない。

・片付けたはずの部屋がちらかる

←これは娘の創作意欲を優先しよう、散らかったままでもよし!

・余計なことをしないで 

←私の手に負えていないだけ。見るから気になる、見なければいい。

基準ができたらすっきりした。相手をコントロールしようとしない。

私の許容範囲を広げる、これが鉄則かもしれない。

こども園のお迎え

我が娘は気まぐれだ。

ある時には早く迎えに来てほしい、ある時には遅く迎えに来てほしい。

早く家に帰りたいときもあれば、友達とおしゃべりしていたい、

先生の絵本の読み聞かせを最後まで聞きたい・・・etc.

みんなそうなのだろうが、子どもにもいろいろと事情があるようだ。

そんなある日、

最近は早い時間のお迎えを要望する娘。

私はうっかり家を出る時間が遅くなってしまった。

到着時間を過ぎている。

弟を少々手荒くチャイルドシートに乗せ、車を発進させる。

園までたった5分程度、それでも私の心臓は高鳴り、

早く迎えに行くって言ってたのにごめんね、

きっと悲しがっているだろう、

約束を守れないママは大嫌いって思われているだろう、

被害妄想は膨らみ、期待に応えられなかった自分を責め、

罪悪感に締め付けられていた。

しかし、園を目前にしてふと気がついた。

今日は園内で体操教室が行われているため、遅い時間のお迎えなのだ。

はたと我に返り、さっきまでの頭の中での出来事はすべて妄想だと気づいた。

「ママ!今日ね、跳び箱跳べたよ!」 その日の娘はご機嫌だった。

心のよりどころ

なんだかんだありながら、一生懸命這いずり回る思いでやってきても

ふっとダメになりそうなときがある。そんな中、

「だめになりそうなときは きっと ここにおいでよ」

この言葉に救われたとある秋の日。

私はわが子2人を連れて、朝早くから家を出発した。

行き先は市内にある動物園。お母さんになってもう何度通っているだろう。

社会の様子はまだまだ暗雲が立ちこめている。ちょっとでも楽しく、明るく!そんな気持ちで娘の大好きなドラえもんの曲を流しながらドライブ。

調子に乗って歌っていたら、行き先とは違う駐車場に到着。

何やっているんだ、私。出るならば駐車料金がかかってしまう。

一瞬悩んだ末、2人を連れて園内をまわって・・・

一日の行程を頭の中で高速再生する。

帰りのことも考慮して、やはり本来の駐車場へ移動しよう。

たった今入ったばかりの駐車場に別れを告げる。何やっているんだ、私。

でも、そんなの気にしない。心の平穏のための出費!と割り切ろう。

コロナウイルスに警戒しつつも、動物園ならば、と足を運んだ。

コロナウイルスに警戒しつつも、ここならば、と大型シアターを鑑賞した。

上映後、丁寧に座席を拭いてくださっている職員さんたち。

本当にありがとう。皆さんのおかげで私のコロナ禍の育児は支えられています。

そんな思いがこみ上げてきた。

たまにはいいところでランチでも。少しでも3人が機嫌良く過ごせる場所を。

そんな思いで展望塔の最上階へ。高いところから動物園を一望しながら食事。 これには娘も大喜び。

お姉ちゃんになって我慢させているからなぁ、喜んでくれてよかった、

としみじみ穏やかな時を過ごしていた矢先、弟がぐずり出す。

展望塔、まわりのお客さんも快適に過ごしたいだろう・・・

あの手この手で息子をあやす、が、どれも不発に終わる・・・無念。

周りの目と、息子の泣き声と、楽しそうにしている娘・・・

どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・プチパニック到来。

えぇい!降りるしかない!

幸い娘の食事も終わっている。

「そろそろ出ようか」

「え、もう少しここにいたい」

「でも、弟がぐずり出しちゃったし・・・」

あぁまた弟を理由にしてしまった、またお姉ちゃんに我慢させようとしてしまった、

考えすぎスイッチON、私はまた罪悪感にかられながら娘を説得し、

楽しい塔を降りることに成功。

すでに娘の頭の中は次に予定している動物への餌やりのことでいっぱいだ。

あ!私は突然思い出す。

ドリンクバーにしたのに一杯しか飲まなかった・・・。何やってるんだ私。

少し憂鬱な気分を背負いながら、目指すは餌やりのできるふれあいコーナー。

数々の失敗によるマイナスオーラを背負いながらベビーカーを押す私。

楽しい気分に浸るためにここに来たのに。悔しい・・・悔しい・・・。

そんなとき、前を歩く娘の陽気な歌声が聞こえてきた。

「ビンゴ、ビンゴ、知ってるかい?♪こいつの名前はビンゴ♪」

・・・こいつじゃないし。子犬だし・・・。私は思わず吹き出してしまった。

ありがとう、娘!彼女はどこまでも純粋で一生懸命で、 憂鬱な気分を背負う私が馬鹿らしく見えるほどだ。

この動物園は、私が小さいときにも連れてきてもらった動物園。

我が家の思い出として定番の話だが、家族でピクニックがてら

ハンバーガーを食べていたとき、逃げ出してきたのか、突如大きなクジャクが現れ、

父のハンバーガーが食べられてしまったという珍事件。

動物園に来るたびに思い出す、私にとっては温かい大事な思い出。

そんなこともふと思い出しながら、わが子たちが大きくなったらどんな思い出を

思い出すことになるのだろう、なんてことを想像してみる。

そうこうしているうちに、お待ちかねヤギの餌やりへ到着。その後、

授乳室に立ち寄ったとき、ふと壁に貼ってあるポスターに目がとまった。

「だめになりそうなときは きっと ここにおいでよ」

自分でも驚いたことに、目頭が熱くなった。

朝からドタバタで慌ててトーストにシナモンシュガーをかけようとしたら

ナツメグかけちゃってて・・・あぁ何やってるんだ私って思ったんだよね。

その後も立て続けに何やってるんだ私が続いたんだよね。

でも、頑張ってるよ、私。かっこ悪いけど、よくやってるよ。

「うん、うん、わかってるよ」ってそのポスターのミーアキャットが返事を

してくれそうだった。

動物園の門を出るとき、私の心は穏やかだった。

セカセカ、なんとかお母さんやってる。でも、ダメになりそうになるときもある。

そんな時もあるよね、でも、大丈夫だよと、理解してくれているかのような気がして、

嬉しかった。

誰かはわかってくれている。

お母さん、今日も一日、お疲れ様です。

前のめり主婦の大きなひとり言 ~2020年ドタバタ育児自省録 【全6回】 公開日
はじめに 2021年8月31日
第1波 はじまりは北京から(2020年1月~4月) 2021年8月31日
第2波 出産(2020年5月~6月) 2021年9月30日
第3波 何気ない日々だけど (2020年7月~9月) 2021年10月29日
第4波 ヤマアラシのジレンマ (2020年10月~12月) 2021年11月30日
おわりに 2021年12月28日