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物語と現実 〜 物語と現実(その7)

秋章

大阪府生まれ。小説を書き出したきっかけは、学生時代周りの友人が小説を書いていることを知り、自分も書いてみようと思ったこと。

物語と現実 〜 物語と現実(その7)

「ただいまあ」

誰もいない部屋に向かって私は、ただいまあと挨拶をする。挨拶をするのは、一日が終わり無事に帰ってきたことを自分に知らせるためでもあるし、オンとオフの切り替えになっている。

「さて、夜ご飯の前に、買ってきたものを冷蔵庫に入れないと。中華ちまきと豆腐と麻婆豆腐の素は必要になるから、それ以外の食材は全部冷蔵庫に入れておこう。あと、日用品も片付けておこう」

食材や日用品を全部片付けてから、夜ご飯作りに取りかかる。

(夜ご飯っていっても、作るのは麻婆豆腐だけなんだけどね。しかも、麻婆豆腐の素を使っての料理だし、中華ちまきはレンジでチンするだけだし……手抜きもいいところよね)

と、心の中で自分自身にツッコミを入れていた。

出来上がった麻婆豆腐をお皿に移し替えていると、タイミングよくレンジのちまきも温め終わった。レンジからちまきを取り出し、麻婆豆腐と一緒にテーブルまで運びだす。食事準備を終え、テレビをつける。

「これでよし。さあ、食べよう。いただきます」

実家で生活をしていた頃は、テレビを見ながら食事をするなんて一度もしたことがなかったのに、今ではテレビをつけながら食事をするようになっている。そうでもしないと、一人での食事は静か過ぎて寂しく感じてしまうからだ。そして、そういうときに考えるのは決まって圭介のことだ。

(今までは、両親が話し相手になってくれた。友達や後輩とも会おうと思えばいくらでも会えた。何より、どんなときでもそばにいて支えてくれる、味方になってくれる人がいたのに……どうして? ねえ、どうして? 教えてよ? どうして私の前から急にいなくなったの? 単純に恋人同士の別れじゃなく、永遠に会えない別れになるなんて、思いもしなかったのに……圭介に会いたいよ)

圭介が亡くなって、二年が経った今も私の心は、いまだに現実を受け止められず、圭介が亡くなった日から。いいえ、それよりも前の別れ話を切り出されたあの日からずっと、私の時間は止まったままになっている。

「そういえば、前に高城さんが、『いつまでも悲しみにとらわれるな。悲しみにとらわれるんじゃなく、その悲しみを乗り越えて前に進まないといけないんだ。じゃないと何も変わらないし、何も始まらないんだ』って、言ってたなあ。そうよね、受け入れて、先に進まないといけないのに、だめだなあ、私」

そう言って、私は涙を拭い、自分自身に問いかけた。

(自分でも、わかっている。受け入れないとだめなんだと。けど、受け入れてしまったら圭介との思い出が色褪せてしまいそうで、それが一番嫌。だから、現実を受け入れられずに、自分から目を背けていることもわかってはいるけど……どうしたら向き合えるのか、どうやって向き合うべきか、それが私にはわからない……)

「あのとき、もっと高城さんと話しておけばよかった。そしたら少しは変わってたのかな……」

仮に、高城さんと話をしたところで、その通りのことを実践できるのか、受け入れられるのかも、わからないことなのに今になって後悔することになるなんて。

「今からはさすがに迷惑だから、明日にでも聞きに行こうかな」

時計を見たら、二二時を過ぎたところ。時間的にも遅いので、片付けを済ませると、お風呂に入りゆっくり休むことにする。

 

夢を見た。誰かが私を呼んでいる夢を。だけど、私を呼んでいるであろう、その人の姿はどこにも見えずにただ声だけが聞こえている。

最初ははっきりと、聞こえていた声は徐々に遠ざかり小さくなっていった。けど、どうしてか、もう声が聞こえなくなりそうなときにその人が言っただろう言葉は、私の耳にしっかりと届いていた。

「必ず会いに行く。待っていてくれ」

夢の中の私は、その言葉をかみしめて、声が聞こえてきた方向を、ただ静かに見つめていた。そんな、不思議な夢を。

「うーん。朝か……」

今日は珍しくアラームが鳴る三〇分も前に目が覚めてしまった。今日は大学の講義も一限目からある。必修科目で落としちゃいけない科目なので、二度寝をせずに準備に取りかかる。

「あの先生、遅刻とか厳しいから早めに行かないと」

一限目の講義は必修科目の英語。しかも、担当の先生が遅刻、欠席に厳しくて、遅刻二回で一回分の欠席。欠席三回で単位不認定となるだけに、皆必死なんだよね。

「私も頑張らないと」

準備を終え、自分に気合いを入れるも、今一番気になるのは夢のこと。

(ここ最近、変な夢をよく見るけど、疲れやストレスが溜まっているのかな? 一度、誰かに相談した方がいいのかも。今日にでも相談しようかな?)

物語と現実 【全12回】 公開日
(その1)物語と現実 2019年4月11日
(その2)物語と現実 2019年5月10日
(その3)物語と現実 2019年6月26日
(その4)物語と現実 2019年7月3日
(その5)物語と現実 2019年8月26日
(その6)物語と現実 2019年9月6日
(その7)物語と現実 2019年10月4日
(その8)物語と現実 2019年11月1日
(その9)物語と現実 2019年12月6日
(その10)物語と現実 2020年1月10日
(その11)物語と現実 2020年2月7日
(その12)物語と現実 2020年3月6日