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物語と現実 〜 物語と現実(その2)

秋章

大阪府生まれ。小説を書き出したきっかけは、学生時代周りの友人が小説を書いていることを知り、自分も書いてみようと思ったこと。

物語と現実 〜 物語と現実(その2)

握手していた手を離しながら、私は高城さんに聞いてみた。
「そういえば高城さんはこんな時間にどうしてここに来たの?」
「ん。知りたい?」
「私が質問しているのに質問で返すなんて、意地悪ね」
「別に意地悪してるわけじゃないんだけど……」
「じゃあ、理由教えて」
「んー。これといって、たいした理由じゃないけど……。ちょっとした、気分転換でここに来たんだ」
「そうなんだ」
「そう。そしたら、まさかの先客がいて、しかもその先客が自殺しそうな雰囲気だったから、思わず声をかけてしまったって感じかな」
「思わず、声をかけたんだ?」
「ああ。誰だって自分の目の前で人が飛び降りて死ぬところなんて見たくないだろ?」
「……そうだね」
しばらく、二人のあいだに沈黙が流れた。先に沈黙を破ったのは、高城さんだった。
「俺、そろそろ戻るけど。君はどうするんだ?」
「私もそろそろ戻る。このままここにいたら風邪ひきそうだもん。高城さん。君じゃなくてちゃんとした黒崎薫って名前があるんだから、名前で呼んでよね」
「ごめん、ごめん。だってなんて呼べばいいのかわからなかったから」
「別にそんなの簡単でしょ。黒崎でもいいし、薫って呼び捨てでもいいし」
「いや、いきなり呼び捨てはだめだろう」
「じゃあ、黒崎さんでいいよ」
「わかった。今度から黒崎さんって呼ばせてもらうよ」
そう言ったときには、私たちは既に自分の部屋の前にいた。
「それじゃあ。ハンカチありがとうございました。今度洗って返しますね。おやすみなさい」
先に私が言うと高城さんも、
「気にしなくていいよ。ああ、おやすみ」
とだけ言って、家に入っていった。

家に入ったあと、私はさっき高城さんに言われたことを思い返していた。
「君が亡くなったことで周りの人たちが喜ぶのか? 違う。悲しむんだ」
高城さんに言われるまで、私はそんな当たり前のことにも気付けなかった。もし、あのまま高城さんが現れずにいたら、私は何も気付かないまま、たくさんの人たちを悲しませるところだった。
圭介が亡くなったときに味わった、深い悲しみを今度は私が周りの人たちに味わわせてしまうところだった。それに気付かせてくれた高城さんには感謝しかない。それと同時に私自身が、悲しみを乗り越えて、前に進まなければいけないのだと教えてもくれた。
「悲しみを乗り越えろ……か。どうしたらいいんだろ?」
正直、自分の周りで一八歳という若さで、身近な人が亡くなったことがある人なんて、そうそういない。だから、「悲しみを乗り越えろ」と言われてもどうすればいいのか見当もつかないでいた。

あれからもう二年も経つのに、まるで昨日のことのように、私ははっきりと覚えている。
もし、神様が本当にいるのなら、夢でも幻でもいい。もう一度だけ彼に会わせてほしい。会って私の気持ちを圭介に伝えたい。そして最後のお別れをしたい。でも、それはかなわない願いだってわかっている……けれど願わずにいられない。

夢を見た。何もない、誰もいない真っ白な世界の中、ただ立ち尽くしている私。
夢の中の私は何をするわけでもなく、ただそこに一人立ち尽くしているだけ。
けれど、その視線はまるで誰かのことを探しているかのようだった。
目が覚めたとき、私は一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなっていた。すぐに自分の部屋だと思い出し、まだはっきりとしない頭のまま洗面台まで行き、冷たい水で顔を洗った。
「ふう、さっぱりしたぁ」
顔を洗い終え、ようやく完全に目が覚めたところでテレビをつけて、朝の時間を確認する。
九時五五分。本来なら、こんな時間にゆっくりなんてしていられない。だけど、今週はゴールデンウィークで、大学も家庭教師のバイトも休みなので久々にゆっくりした時間を過ごしている。
「大学もバイトも休みだし、今日は何しようかな?」
普段の平日は大学やバイトがあるから退屈だと思うことはほとんどない。けれど、ゴールデンウィークのように、どちらも休みになってしまうと、とたんに何をしていいのかわからなくなる。これといった用事や講義課題もなく、本当にすることがない。
「することがないのに部屋にいても気持ちが滅入るだけだし、映画でも観に行こうかな。何か面白い作品やってたかな?」
一人そう呟き、スマホでネット検索する。
(んー。特に面白そうな作品はない感じかな? あっ、この作品面白そう。時間は一一時ちょうど……今から準備して行けばちょうどいい時間帯に映画館に着くね。よし、そうしよう)

準備を終え、映画館へと急ぐ私。何とか一〇分前に到着することができた。チケットを買い、売店で飲みものを買おうと並んでいると、
「薫」
と誰かに呼ばれ、振り返ると、三〇代ぐらいのパパと三歳ぐらいの小さな女の子がいた。
「かおる。元気だったか? ちゃんとママの言うこと聞いてたか?」
と、笑顔でパパが娘に話していた。その様子を見て、私は自分が勘違いしたことに気付いて少し恥ずかしくなり、静かにその場をあとにした。

物語と現実 【全12回】 公開日
(その1)物語と現実 2019年4月11日
(その2)物語と現実 2019年5月10日
(その3)物語と現実 2019年6月26日
(その4)物語と現実 2019年7月3日
(その5)物語と現実 2019年8月26日
(その6)物語と現実 2019年9月6日
(その7)物語と現実 2019年10月4日
(その8)物語と現実 2019年11月1日
(その9)物語と現実 2019年12月6日
(その10)物語と現実 2020年1月10日
(その11)物語と現実 2020年2月7日
(その12)物語と現実 2020年3月6日