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物語と現実 〜 物語と現実(その10)

秋章

大阪府生まれ。小説を書き出したきっかけは、学生時代周りの友人が小説を書いていることを知り、自分も書いてみようと思ったこと。

物語と現実 〜 物語と現実(その10)

どれくらいの時間が経ったのかわからないけれど、ようやく落ち着いた私を見て今度は圭介が話しだす。
「薫、今度は俺の話を感情的にならず、黙って聞いてくれるか?」
「うん……」
「ありがとう」
「薫にした別れ話の理由だけど……実は、あれ嘘なんだ」
圭介から告げられた、『別れ話の理由は嘘だった』の一言。その一言で私の心は穏やかでいられなくなった。
(別れ話の理由は嘘だった? そんな……どうして? どうして今になってそんなことを言うの?)
何も言えず黙っている私を見て、辛そうな顔をする圭介。圭介がなぜ辛そうな顔をするのか私には理解ができなかった。
(どうして? どうして、圭介がそんな辛そうな顔をするの? 辛いのは私なのに、傷ついたのも私なのに……)
私が顔を伏せて黙っていると、慌てて圭介は謝りだした。
「ごめん。もちろん薫を深く傷つけたことはわかっている。謝っても許されないとは思う。けど、そうするしかできなかったんだ」
そう言って、圭介は語りだした。私が知りもしなかった別れた本当の理由を。

「薫には言ってなかったけど……俺、赤ん坊の頃、医者に二〇歳ぐらいまでしか生きられないって言われたんだ。確か、一万人に一人の確率だったかな? それぐらいの確率でなる病気にかかってたみたいでさ。俺の両親も俺も、何度もいろいろな病院を紹介してもらって診てもらっていたけど……結局どの医者に診てもらっても、その病気の原因はよくわからず、特効薬もない。ずっと何年もできることは体に無理をかけないこと。今を精一杯生きることだって医者から言われていたんだ」
「…………」
「けど、ただ悲観だけしていたわけじゃない。今しか生きられないなら絶望している暇なんてない。だから、いろんなことを体験しようって思っていた。そんな中で、薫と出会ったんだ。正直、薫から告白されたときは嬉しかった。人並みの恋愛なんて俺にはできないだろって思っていたから。しんどいときでも薫と話せば元気をもらえた、会うたびに好きだって思えたし、大事にしたいって思っていた。でも……幸せだと思えば思うほど、大事だと思えば思うほど、俺には避けられない現実が付きまとっていたんだ。その現実を思い知るたびに、不安だったよ。
俺と長く付き合っていても薫には何もいいことなんかない。むしろ、傷つくだけだって。交際中に俺が突然亡くなったら、ただ薫を悲しませるだけだ。俺は薫を悲しませたいわけじゃない。けど、今のままじゃ、いずれそうなってしまう。そうならないためにどうしたらって考えて思い浮かんだのが、嘘の理由で別れ話を切り出すことだったんだ。けど、結果として、俺は薫を深く傷つけたことに変わりなかった。格好悪いよな……俺は、大好きな薫にずっと笑顔でいてほしかった。俺のことなんか思い出さずきれいさっぱり忘れて幸せになってほしかったんだ」
「そんなの……」
それ以上、私は何も言えなかった。
圭介にどんな声をかけたらいいのか、なんて言えばいいのかわからなかったから。
私が押し黙ったのを見て、圭介はふと思い出したかのように話す。
「そういえば……薫、変な夢見たことあるだろ?」
「うっ、うん」
急な話題変更に戸惑っていると、圭介はさらに追い打ちをかけてきた。
「あれ、実は俺なんだ」
「えっ? 嘘でしょ? 本当に?」
「ああ」
「どうして?」
「俺、薫のことは自分が死んでからも見ていたんだ。俺が死んでも薫が前に進めてそうなら、幸せそうなら、そのまま成仏しようと思っていたけど……そうじゃなかったから何度か夢に出たんだ。まあ、実際こうやって顔を見せられたのは今回が初めてだったけど、よかったよ。最後に話ができて」
そう言うと、圭介は穏やかな笑顔を見せた。それと同時に圭介の体が光りだした。
「何これ? 圭介!」
「悪い。もう時間みたいだ」
「時間って……そんな……私……」
「薫。ごめんな、俺のせいで悲しませて。俺と付き合わなかったらこんなに傷つくこともなかったのにな……ごめん」
圭介は私が傷ついているのは自分のせいだと自分を責めている。
(違う! そうじゃないの!)
気付いたら私は泣きながら圭介に抱きついていた。
「そんなこと、言わないでよ。私の方こそごめんね。圭介に心配ばかりかけて……。
私は……圭介のことが今でも好き。傷つくのは当たり前じゃない! だって私にとっても圭介は初恋の人なんだよ? 大事な大切な思い出なんだよ。忘れるなんてできないよ。私は絶対に忘れない! 圭介のことも圭介と過ごした時間もずっと覚えておく。年を取って、しわしわのおばあちゃんになってもずっとずっと覚えておく。圭介との思い出を私は大切にして、私は前を進んで幸せに生きていくから。だから……」
大丈夫だからと圭介に伝えたいのに涙が邪魔をして伝えたい言葉が出てこない。そんな私を見て圭介はフッと笑った。
「ありがとう、薫」
最後に一言だけ、そう言って、圭介は私の目の前から消えた。同時に夢の中の私も意識を失っていた。

物語と現実 【全12回】 公開日
(その1)物語と現実 2019年4月11日
(その2)物語と現実 2019年5月10日
(その3)物語と現実 2019年6月26日
(その4)物語と現実 2019年7月3日
(その5)物語と現実 2019年8月26日
(その6)物語と現実 2019年9月6日
(その7)物語と現実 2019年10月4日
(その8)物語と現実 2019年11月1日
(その9)物語と現実 2019年12月6日
(その10)物語と現実 2020年1月10日
(その11)物語と現実 2020年2月7日
(その12)物語と現実 2020年3月6日