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物語と現実 〜 物語と現実(その5)

秋章

大阪府生まれ。小説を書き出したきっかけは、学生時代周りの友人が小説を書いていることを知り、自分も書いてみようと思ったこと。

物語と現実 〜 物語と現実(その5)

一一月二〇日
私は、久々にマンションの屋上に来ていた。と言っても、飛び降り自殺をしに来たわけじゃなく、ただ単に気分転換目的でここに来た。
圭介が亡くなった後、私はここで飛び降り自殺をしようとしていた。そのとき、高城さんと知り合って、話をして身勝手なことをしていると諭されてからは死にたいとか、死のうとは思わなくなっていた。
両手を上空に伸ばして、思い切り伸びをする。最後に深く息を吐き出したあと、転落防止用のフェンスにもたれかかり、携帯を取り出し、写真アプリを立ち上げる。アプリの中身は圭介との思い出の記録写真しか入っていなかった。
笑顔で幸せそうな顔をしている圭介の写真を見ながら私は一人呟く。
「圭介。誕生日おめでとう」
今日は圭介の誕生日。本当なら会って直接言えたかもしれない言葉を写真越しに伝える。もし、圭介が生きていて仮に会えなくても、電話やメッセージを送るとかでいくらでも伝えることができたのに、今はもうそれもできない。
圭介が亡くなった今でも、私は圭介がいない喪失感からいまだ抜け出せずにいた。何かにつけ圭介のことを思い返してしまう。思い出してしまう。そのたびに、圭介のいない現実を思い知り、寂しさに胸が押し潰されそうになる。
(特に今日は圭介の誕生日。部屋に一人でいると、どうしても圭介のことばかり考えてしまうから気分転換のために、屋上に来てみたけど……やっぱりだめだなあ。圭介に会いたいよ)
圭介に会いたいと思った瞬間、私は涙を流していた。
屋上で一人、声をあげながら涙を流していると、屋上の扉の方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「……だから、何度も言ってるだろうが! ああ? テメエふざけんなよ」
怒鳴り声が聞こえた瞬間、私は一気に現実へと戻り、涙も止まってしまった。
どうせ聞こえるはずがないと思っているので、私は思わず呟いていた。
「こんな夜遅くに大声で怒鳴るなんて非常識な人だなあ」
当然、相手に聞こえるはずがなく、その後も怒鳴り声が聞こえていた。ふと、時計を見れば時刻は深夜一時を迎えた頃だった。
(時間も遅いし、帰りたいけど……まだ扉の前にいるみたいだから、もう少し時間が経ってからにしよう。そうじゃないと襲われたり、ストーカーみたいにつきまとわれたりしても嫌だから。迷惑だから、早く電話を終えて帰ってほしいのに……。
それはそうと、この人の声、どこかで聞いたような気がするけれど……どこで聞いたんだっけ?)
そんなことを考えていると次第に声が小さくなっていった。
(よかった、扉の前からはなれてくれたんだ)
話し声が完全に聞こえなくなり、ようやく帰れると思い、扉に手をかけた瞬間……勢いよく扉が開いた。
「きゃあっ」
扉が勢いよく開いたので私はバランスを崩し、後ろに倒れてしまった。
「いたたたた」
倒れた際、私は尻餅を思い切りついてしまっていた。
「ごめん。大丈夫か? まさかこんな時間に人がいるなんて思わなくて……ほら、手を貸すよ。立てるか?」
そう言って、扉を勢いよく開けた人は手を差し出してくれた。私はその手を握り、立ち上がる。
「ありがとうございます」
とりあえず、お礼を言ったものの、文句を言わないと気が済まないと思った私は、俯いていた顔をあげて相手の顔を見た……。
「あの! えっ? 高城さん?」
「あれ? 黒崎さん、どうしてここに?」
相手は高城さんだった。
「どうしてって、気分転換でここに来て、帰ろうとしたら勢いよく扉が開いたんですけど……」
私は思わず文句を言っていた。
「あーごめん、ごめん。イライラしてたし、誰もいないだろうって思って勢いよく扉開けちゃった」
「もう。……あれ? でも、よく屋上に来れましたね?」
「どういう意味?」
「さっきまで、扉の前に怒鳴り声で話してる人がいたから」
「あー。かさねがさねごめん……それも俺だ」
高城さんは申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。
「ええっ? 本当に?」
(まさか、さっきまで怒鳴り声で話していた人物が高城さんだったなんて……)
思ってもいなかっただけに思わず確認してしまった。
「本当……それで帰るタイミングを逃してしまって、いざ帰ろうとしたら俺が勢いよく扉を開けて……で、今に至ると?」
「うん」
高城さんが言った通りなので、そうだと言わんばかりに頷く。
「本当に申し訳ない」
そう言って、高城さんは何度も頭を下げた。
「別にそこまで謝らなくても、もういいですから」
「ありがとう」
「でも、あんな大声で怒鳴るなんてどうしたの?」
「……仕事上のことで、ちょっとね」
「そういえば、高城さんの職業、秘密と言われて教えてもらっていませんね。どんなお仕事ですか?」
「悪いけど、仕事の話は他の人にはあんまり言いたくないんだ」
「そうなんだ? じゃあ、ヒントだけでも教えて」
「まあ、ヒントだけならいいか。ヒントは物づくりをしている。さあ、ヒントはこれだけだ。もう夜も遅いから部屋へ戻ろう。一緒に行ってあげるから」
高城さんの様子に、全く相手にされていないことに気付いた私は、そのまま黙って一緒に部屋に戻ることにした。
部屋の前に着くと、どちらからともなく、
「じゃあ」と返事をしてそれぞれの部屋へ入った。
「なんだか、疲れたなあ」
単なる気分転換目的で屋上に行ったはずが、思わぬアクシデントで部屋に戻ってくるのが遅れてしまい、部屋の時計を見ればもうすぐ深夜二時になろうとしていた。
「時間も遅いし、今日はもう寝よう」
ベッドに横になってすぐに、私は意識を手放した。

物語と現実 【全12回】 公開日
(その1)物語と現実 2019年4月11日
(その2)物語と現実 2019年5月10日
(その3)物語と現実 2019年6月26日
(その4)物語と現実 2019年7月3日
(その5)物語と現実 2019年8月26日
(その6)物語と現実 2019年9月6日
(その7)物語と現実 2019年10月4日
(その8)物語と現実 2019年11月1日
(その9)物語と現実 2019年12月6日
(その10)物語と現実 2020年1月10日
(その11)物語と現実 2020年2月7日
(その12)物語と現実 2020年3月6日