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物語と現実 〜 物語と現実(その4)

秋章

大阪府生まれ。小説を書き出したきっかけは、学生時代周りの友人が小説を書いていることを知り、自分も書いてみようと思ったこと。

物語と現実 〜 物語と現実(その4)

「ううーん。今何時?」
寝ぼけ眼で時計を見る。時刻は一三時三〇分。
「なんだぁ、まだ一三時半かぁ。もう一眠りしよう」
と言って、眠ろうとしたが何かがひっかかった。
(あれ? ちょっと待って、私、今なんて言った? 一三時半って言わなかった? 一三時半って……)
そこで、脳が一気に覚醒し、飛び起きた。
「寝すぎた!!」
(何で? いつも通り目覚まし、セットしたはずなのに)
慌ててアラームを確認すると、確かにアラームはセットされていた。
(アラームはちゃんとセットされていた。っていうことは……本当に深く寝入ってたんだ。せっかく朝から本屋に行こうとしてたのに……私のバカ)
「とりあえず、今から用意していこう」
急いで準備をし、朝食とも昼食とも言えない食事を済ませ、昨日も行った本屋へと向かう。
「城優 城優の本、っと」
作家の名前を呟きながら、本屋の中を探し回る。
「あった。ここだ」
目当ての棚を見つけ、さらにどの本を買おうか吟味する。
(昨日、ネット検索して面白そうだなって思った本もあるけど、それはそれ。やっぱり本屋に来たならちゃんと本を手に取って吟味して購入しないと。私は内容が面白くないとかの理由で最後まで読まず、すぐに売りに出すのは作家さんに失礼だと思うから。だから、どんなに時間がかかっても、ちゃんと吟味して本を選ぶように心がけている。)
一時間くらい吟味して結局、面白いと思った小説を三冊購入して帰った。
家に帰って早速一冊読みだす。残りの二冊はこのゴールデンウィーク中にじっくり読もうと思う。
ゴールデンウィーク最終日。このゴールデンウィーク中は「城優」さんの小説をずっと読んでいた。
「終わった。今回も面白かったなあ」
静かに本を閉じ、体を伸ばす。
「明日からまた、家庭教師のバイトかあ。明後日からは大学も始まるし、またいつもの日常に戻るんだ」
そう、大学生としての日常に戻る。けど、ふとしたときにどうしても、圭介のことを思い出してしまう。
(ゴールデンウィーク初日に映画に行ったけど、確かに内容は面白かったし、一人でも楽しめたけど……今までは何をするにしても、どこに行くにしてもずっと圭介と一緒だったから寂しさなんて感じなかったけど……だめだなあ。一人はやっぱり辛いし、寂しいよ)
部屋の中には自分しかいないとわかっていても、膝を抱えて声を殺しながら私は泣いた。

遠くの方から声が聞こえる。けれど、どうしてか私は膝を抱えたまま動けずにいた。
「どうして?」
顔をあげようとしても、膝を抱えていた腕を離そうとしても体が一切、動かなかった。しまいには声も出せなくなった。必死になって口を動かすが声が出てこない。
(どうして? どうして、体が動かないの? さっきは声が出せたのに、急にどうして声が出なくなるの? もしかしてずっとこのまま? そんなの嫌! お願い、誰か私を助けて!!)
自分の思いを声に出して言葉として伝えたいがそれができなくなった私は、ただひたすら心の中で必死に助けを求めることしかできなかった。
いったい、どれくらいの時間が経ったのかわからないけれど、ふと誰かに頭をなでられている感触がした。その人が私の前から立ち去ったあと、私の体は動けるようになり、声も出せるようになっていた。
「えっ、何で?」
わけがわからずに困惑していたが、さっきの人にお礼を言おうと思って振り返ってみたけれど、そこにはもう誰もいない、真っ白な世界が広がっていた。

ピンポーンと音がして私は意識を覚醒させた。
「あれ、私どうして動けるの? それにここって?」
辺りを見回し、今いる場所が自分の部屋だと気がつく。それでも、まだぼんやりしていると、もう一度ピンポーンと音がし、「黒崎さーん。宅配便でーす」と声がした。
「はーい」
慌てて返事をし、ハンコを手にドアを開ける。
「黒崎薫さんですね? ここにサインをお願いします」
ハンコを押し、お礼を言って部屋へと戻る。
送り主はおじいちゃんだった。早速、中身を確認すると、畑で採れた野菜が箱いっぱいに入っていた。それから、手紙と思しき封筒も。

「薫。元気にしていますか? 一人暮らしでも、ちゃんと栄養のあるものを食べてほしくて野菜をいっぱい送りました。爺ちゃんが作った野菜をいっぱい食べて元気に過ごしてくれてたらありがたいからこれからも野菜をいっぱい送るな。
そうそう、爺ちゃん、また農業をすることにした。以前から爺ちゃんの野菜を求めに来る人たちがいて、その人たちに農業を教えることにしたんだ。本当は教えたりするのも嫌なんだが、どうやらその人たち、勤め先からの指示で来たらしいから断るに断れなくてな。結局受け入れることにしたんだ。
農業は朝早くからの仕事だからしばらく、その人たち全員爺ちゃんの家に住み込みで働いてもらうことにした。そうでないと一から教えていけないからな。共同生活で農家の生活に慣れてもらわないと困るからと思ってよ。
まあ、理由や目的はどうであれ、やる気を持って農業に真剣に打ち込んでくれたらそれでいいと思ってな。そんなこんなでこっちはいろいろ忙しく元気にやっておるよ。
薫も元気にやってくれていたらそれでいい。学生生活は今しかできないことだからなあ。無理をせず、薫の好きなペース好きなように日々を送りなさい。
いろいろと忙しいだろうけど、大学が休みになったら、たまには、実家だけでなく爺ちゃん家にも遊びに来なさい。いつでも待っとるから」
と手紙には書かれていた。
おじいちゃんからの手紙を読み終え、私は一息つく。
(おじいちゃんも元気そうでよかった。住み込みの人たちと一緒に生活するんだ。私も小学生の頃、夏休み期間の十日間ほどおじいちゃん家に泊まりに行って農業体験みたいな、手伝いみたいなことをしたことがあるけど結構大変だったなあ……その人たち大丈夫かな? おじいちゃん自身は優しい人だし、おとうさんも「親父に怒られたことは一度もない。むしろ、優しくて常に励まして応援してくれた。何事においても常に一生懸命で、憧れの人だ」って話していたほどだから、大丈夫とは思うけど……今度顔を見に行こうっと)
そう決めて、私は手紙を引き出しにしまいゆっくり自分の日常へと戻った。

物語と現実 【全12回】 公開日
(その1)物語と現実 2019年4月11日
(その2)物語と現実 2019年5月10日
(その3)物語と現実 2019年6月26日
(その4)物語と現実 2019年7月3日
(その5)物語と現実 2019年8月26日
(その6)物語と現実 2019年9月6日
(その7)物語と現実 2019年10月4日
(その8)物語と現実 2019年11月1日
(その9)物語と現実 2019年12月6日
(その10)物語と現実 2020年1月10日
(その11)物語と現実 2020年2月7日
(その12)物語と現実 2020年3月6日