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絵本「しあわせのシンバル」制作秘話(1)【著者:カノヤツキ】

本コラムでは、絵本「しあわせのシンバル」(カノヤツキ・著)の余話をお届けします。どうぞご覧ください。

しあわせのシンバル(カノヤツキ・著)

「まわりのみんなを喜ばせようと くる日も くる日も 一生懸命シンバルをたたいているおもちゃのおさるさん。だけど、その手は笑顔とは裏腹に傷だらけだった。」不器用で、傷ついてばかりのおさるさん。

そんなおさるさんを心配そうにみつめる少年。優しい心をもつ人はきっと最後に救われると希望をもてる優しい物語。(書籍の詳細はこちら)

「しあわせのシンバル」の主人公は、最近はほとんど見なくなったおもちゃのおさるさんです。なぜ、おもちゃのおさるさんなのか?今回はそのことについてお話しします。

私が鹿児島県鹿屋市の、幼稚園に通っていた頃です。昭和40年代には、田舎にも移動式サーカスがやってきていて、子どもも大人もサーカスという見慣れないものにワクワクしたものです。私にとっても初めて見るサーカスでした。両親に連れられて、大きな仮設テントに近づいていくにつれて、水あめ売り屋や綿飴売り屋・りんご飴売り屋などが立ち並び、大好きな匂いが漂ってきます。

その日は、ピンク色の綿飴を買ってもらい、サーカスの薄暗いテントに入っていきました。席に座ると、じめじめしていて、土やカビの匂いがします。綿飴と土とカビの混ざった匂いが、私の心を不思議な世界へといざなっていきました。

しばらくすると、綿飴とは違う別の甘い匂いが漂ってきました。その途端、私の後ろの客席から、白いオバケが現れて、そのオバケがステージに上がっていきました。子どもの私は、それが人形なのか人間なのかわからず、ただただ身体が震えて、半べそをかきました。

ところが、最初は恐怖にとらわれましたが、いつしか綿飴をなめるのも忘れ、その甘いお白粉の匂い、奇妙な服装に心を奪われていきました。それが道化師(ピエロ)との初めての出会いでした。サーカスを見に行ったにもかかわらず、その他の演目については記憶がありません。ただただ記憶に残っているのは、薄暗い不気味な空間と土・カビの匂い、そして白く塗られた道化師の悲しい表情。とにかく悲しいその微笑み・・・それだけが深く心の中に刻まれました。

・・・それから数年後、小学生の半ばになった時、街角で、その悲しい道化師の記憶が突然蘇ります。それは、汚いおもちゃ屋で、シンバルを必死に叩く機械仕掛けのおもちゃのおさるさんを見た時でした。そのおさるさんは、パンパンパン・・・と、ずっと笑顔でシンバルを叩き続けています。笑っているはずなのに、どこか悲しいおさるさんの表情。

・・・道化師の白塗りの悲しい顔とおさるさんの奏でる悲しみが重なったのです。それは、今回の絵本のモチーフが生まれた瞬間でもありました。それから月日は流れ様々な経験を経て、ようやくその世界を絵本として表現できる資格を得たような気がして、筆を執りました。

絵本を描き終えた時、恥ずかしながら、涙が止まりませんでした。
次回は、絵本の、より具体的なテーマと裏話をお伝えします。・・・

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