著者プロフィール                

       
お昼の散策|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 〜(その6)

由木 輪

1956年、東京都出身
ごく普通の家庭に生まれ育ち、大学を卒業後、東京に本社がある会社に就職しました。自分の意に添わず、幾つかの会社に転職することになりましたが、60歳になり会社員で定年を迎えました。定年しても年金がもらえるわけではなく、生活のために別の会社で働くことになりました。定年後の職場では、時間的にも精神的にも余裕が出来て、以前から書きたかった小説を書き始めました。みなさんに面白いと思っていただけるとうれしいです。

お昼の散策|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 〜(その6)

 南北の通路を歩くのは気持ちが良い。教室の中にいるより明るいし、吸っている空気も新鮮なように感じる。
授業の合間の休み時間は、いつも五、六人の女子に取り囲まれてしまって身動きができないのだが、なぜか昼休みには、女子たちは俺に近寄ってこない。昼休みは、好きな子たちだけで学校の中の好きな場所に行き、充実した時間を過ごしているみたいだ。彼女たちにとって俺は単なる暇つぶしでしかなかった。


それでも昼休みに解放されているのはうれしい。あの事件以来、西田も昼休みには俺に近づけなくなってしまったし、女子もいない。昼飯を食った後に三十分ぐらいは時間があるので、結構、学校の中を見て回れる。


南北の通路に出て南に向かう。右に二年生の校舎があるところまで来ると、一歳年上のお姉さまたちが校舎と通路を出入りしている。
「ふ~む、なかなかの美人もいるな」などと物色しているのだが、気づかれてはいけないので、じろじろとは見ずにちらちらと見る。一回ではよくわからないので、前の体育館のほうや左の三階建ての建物のほうなどに一度目をやり、また目線を戻してちら見したのだが、もうそこには美人のお姉さまはいなかった。
「しくじったか」と思って振り返りたかったが、振り返ってじろじろ見たら気づかれるので、素知らぬふりでその場を通り過ぎ、体育館のほうに向かうことにした。

 
体育館に着いて中を覗くと、元気な若者たちが運動をしているではないか。ご苦労なことだな。飯を食ったばかりなのにそんなに動いたらまた腹が減ってしまう。バスケットボールなどは、なかなかリズムがあって見ていても楽しい気分になるが、絶対に俺は参加しない。なぜならば、腹が減ってしまうからだ。バスケットの他には、卓球の音が聞こえた。

 
体育館は、どこの学校でも同じような作りになっていると思うが、講堂兼体育館となっている。入口は東側に一カ所、南側と北側にはそれぞれ二か所ずつある。西側の一番奥が壇上になっていて、ここで式典や講演などが行われる。東西に長い作りになっていて、体育館の部分はバレーコートやバスケットコートが二面とれるような構造になっている。

 
普段は、放課後にバスケットボール部とバレーボール部が仲良く一面ずつを使用して練習をしている。バレーコートは、グラウンドの東側にも二面あるのだが、コートが雨曝(あまざら)しなので、土の面が凸凹でバレー部の練習には使用していない。

 
この講堂兼体育館の東側の入口を入ると、天井の低い一階部分が五、六メートルあり、その先が天井の高い体育館となっている。東側の入口から体育館までの通路の両側が用具室になっていて、この上の二階部分に卓球台が置かれている。音が聞こえるので、昼休みに卓球をして遊んでいる生徒がいるみたいだ。体育館の一階から中を覗いただけでは、二階は見えないので、卓球の音だけしか聞こえない。


用具室の中を覗いてみたら、跳び箱が置いてあった。「高校生で跳び箱の授業があるのか」とその時は思ったが、結局、三年間で「跳び箱」の出番は一度もなかった。なぜ跳び箱が置いてあるのか未だに不明だ。


バレー部の二年生にこの学校一のアイドルがいるらしいのだが、昼休みには練習をしていないので見ることすらない。そして自分は、「真っ先に帰宅部」なのでお会いすることもないだろう。残念だった、応援したかったのに。
このまま体育館の中を覗いていても何のメリットもなさそうなので、体育館には入らず、東側にある通路を一番南まで歩いて移動した。ここからは、グラウンドが一望できる。


さすがに昼休みにグラウンドで運動している奴はいないだろうと思ったが、グラウンドの中央にある四○○メートルトラックの南側の敷地境界までの間のスペースでバドミントンをしている二人を発見した。敷地境界付近には、大きな桜の木が何本か植えられていて、この木陰でバドミントンを楽しんでいるのだ。他にグラウンドに出ている生徒はいないので、広いグラウンドを貸し切り状態で楽しんでいるのだが、端っこの方なのであまり目立たない。


その他には、東側にある部室に出入りしている生徒が数人いる程度で、昼休みのグラウンドは静かに風が吹いているだけだ。
この静かなグラウンドの片隅のベンチで、そよ風に吹かれながらかわいい女の子と昼休みを他愛のない会話などをしながら過ごしたいな、などと思いながら見渡すと、すでに一組のカップルが片隅のベンチにいた。俺はお呼びでなかった。


お呼びでなかったことが分かったところで、昼休みも残り五分となり、ちょっと薄暗い教室に戻ることにした。戻る途中に二年生の教室付近で、一度止まってかがみこみ靴下を直すふりをしながら、お姉さまたち見渡した。一歳年上のお姉様には興味がわくのだが、なぜか三年生の女子には目がいかない。十五歳の小僧からすると、三年生というのは次元が違うのだろう。


教室に戻り午後の授業を受けたのだが、すっかり聞き流してしまった。何の科目だったかも覚えていない。
終業のチャイムが鳴ったら「真っ先に帰宅部」なので急いで鞄を持って教室の外へ飛び出した。誰もついてこなかったので、最寄り駅まで早足で歩き、駅に着いたのは、十五分後だった。
しかし、電車は行ったばかりで十五分も来ないことが、またまた判明した。結局、田中と青山に追いつかれ、電車の中を楽しく過ごして帰った。


終業のチャイムが鳴って急いで学校を出ても、電車との時間が合わず、駅で待たされるので「真っ先に帰宅部」は退部することにした。そして「帰宅部」に入部することにした。明日からは、終業のチャイムが鳴ったら、ゆっくりと準備をして、田中と青山と一緒に帰宅の途に着けば良いことになった。駅までの道のりも三人で、楽しく談笑しながら歩ける。やはり、俺って賢い天使だった。

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