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打ち抜かれた額|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 〜(その21)

由木 輪

1956年、東京都出身
ごく普通の家庭に生まれ育ち、大学を卒業後、東京に本社がある会社に就職しました。自分の意に添わず、幾つかの会社に転職することになりましたが、60歳になり会社員で定年を迎えました。定年しても年金がもらえるわけではなく、生活のために別の会社で働くことになりました。定年後の職場では、時間的にも精神的にも余裕が出来て、以前から書きたかった小説を書き始めました。みなさんに面白いと思っていただけるとうれしいです。

打ち抜かれた額|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 〜(その21)

 昼休みとは、昼食後から午後の授業の始まるまでの時間を言うのだが、俺は、早食いなので、三十分以上の時間があった。

 時間は三十分以上あるのだが、運動の苦手な俺は、グラウンドや体育館には行かず、ほとんど教室の中で、居眠りをしていたり、クラスメイトと談笑していたりと、行動範囲が狭いのが日常だった。

 ごく稀に、グラウンドを見に行ったり、体育館を覗いたりするのだが、運動している生徒たちを見ると、「昼飯食ってお腹いっぱいなのに、良くあんなに動けるよな」と感心するだけで、俺自身があの中に加わろうとは、思わなかった。

 夏休みも終わり、「天高く馬肥ゆる秋」になると、空も青く澄んで空気もおいしく、昼休みに教室の中でくすぶっているのも、何か物足りなくなってくる。

 この季節には、運動が苦手な俺でも、時間の長い昼休みには、教室を出てグラウンドや体育館のある方に足が向いて行く。俺にとっては、食後の散歩なのだ。

 この時期の昼休みに、体を動かしている生徒たちは、そのほとんどが、一年生と二年生で、三年生は、すでに部活を卒業しているので、昼休みは、受験勉強などもせずに、のんびりと過ごしている人が多い。

 俺は、運動部に所属していなかったので、昼休みは、一年からずっとのんびり過ごしてきた。一度だけ、運動部に関わっていたような気もするが、忘れることにしよう。

 そんな秋の日の、のんびりした昼休みに、一人で体育館の近くを歩いていたら、声をかけてきた女の子がいた。クラスメイトで、卓球部に所属している桜井京子だった。もちろん三年生なので、卓球部の練習には、今は参加していない。容姿は、やせ形でかわいい女の子だった。

「翔太君、暇そうね。体育館の二階に卓球台が置いてあるから、卓球して遊ばない」

「卓球か、面白そうだな。いいよ。やろうよ」

 実は、京子が卓球部だとは言っても、かわいい女の子なので、腕前を見くびっていたのだ。「軽く相手してやるか」ぐらいに、思っていたのだ。

 二人で、体育館の二階に行くと、京子が、卓球部の部室から二人分のラケットとボールを一個持ってきた。体育館の二階は、約一年前の学園祭の時に炎に包まれたのだが、今は修復が終わっていて、卓球台も常時置かれている。

「いくよ」と京子が言って、サーブしてボールを俺のコートに打ってきた。京子は、自分が卓球部で、俺は卓球素人の運動音痴だと思っているので、打ち返せるように、下から軽くサーブしてきた。

 しかし、現状は俺の方が有利だった。昼休みなので、京子はスカートをはいていて、素早く動くことなどできそうもない。俺は、温泉旅館のスリッパラケット卓球で鍛えているので、俺を甘く見ると大変なことになることを、京子は知らなかったのだ。

 最初は、卓球が下手なふりをして、徐々に、京子を追い詰めていくことにした。京子が下から軽く打ったサーブを、同じように下から軽く打って相手のコートに打ち返した。これで俺の卓球のレベルが、小学生並みだと思わせたのだ。

 そして、京子がまた、軽く打ち返してきたところを見計らって、今度は、踏み込んでスマッシュをしてやった。ところが、卓球のラケットとスリッパラケットでは、ボールのはじき方が違って、ボールは卓球台に収まることはなく、勢いよく台の外へ飛び出して行ってしまった。

「スリッパラケットの方が衝撃を吸収して打ちやすいな」などと思いながら、後ろに弾き飛ばされたボールを拾いに行っている京子の後ろ姿を眺めていた。

 京子は、ボールを拾ってきて、今度は、ラケットを横から振って、普通にサーブをしてきたのだが、まだ、あまり強いサーブではなく、俺が打ち返しやすいように、卓球台のほぼ真ん中に打ってきた。

 俺も、普通にラケットを横から振ってボールを打ち返すと、そのまま、しばらくラリーが続いた。ラリーが続いたといっても、小学生レベルのボールのスピードなのだが、二人で互いに何回も打ち返し合っているのは、楽しい。

 卓球台の前に立って、二人が相対してボールを打ち合い、身体を動かしているうちに、段々と、手足が動くようになってきた。二人のラリーも、小学生レベルから中学生レベルへと上がってきた。

 実は、レベルが上がってきたのは俺だけで、京子は高校の卓球部所属なので、「軽く相手してやるか」は、俺のセリフではなくて、京子のセリフだった。

 俺は、京子がスカートをはいたかわいい女の子だったので、見かけだけで判断していて、卓球の実力など考えてもいなかったのだ。

 俺が段々卓球に慣れてきたことを確認した京子は、いよいよ本気モードで動き出した。変化球サーブなどを打ってこられても、俺には拾えるはずもなく、京子は、それを眺めながら思いっきり笑っていた。

 それから、京子は所々で、スマッシュも打ち出してきたのだが、もちろん、俺の出したラケットには、ボールは当たることもなく、後ろにボールを拾いに行く時間が増えていった。そのころになって「京子って卓球がうまいな」などと思っている俺がいた。気づくのが遅い、間抜けな俺だった。

 もう昼休みの時間も残り少なくなってきたときに、京子の狙っていたスマッシュが飛び出した。

 初めから、このスマッシュで決めるつもりだったのか、それともラリーをしていて、俺の卓球の腕が少し上達してきたので、思いついたのかは、定かではないが、見事に決められてしまった。

 その瞬間は、突然訪れた。サーブは中学生レベルで始まったのだが、少しだけラリーが続いてから、突然、京子が一歩前に踏み込んで、スマッシュを打ってきた。打ったボールは、卓球台の上には落ちずに、真っ直ぐ俺の額に向かって飛んできた。

 打ったボールのスピードが速く、俺は避けられずに、まともに額の真ん中で、京子のスマッシュを受けてしまった。たかが、卓球の軽いボールだと思っていたら、かなり痛かった。額にボールの跡が、赤くついてしまった。

 京子は大喜びで、笑い転げていた。俺が運動音痴なのは知っていたはずなので、初めからこのスマッシュを狙っていたような気がする。

 結局、俺は、昼休みに京子に軽く遊ばれてしまった。俺のスリッパラケット卓球は、スカートをはいた卓球部のかわいい女の子には通用しなかった。

翼がないのにふわふわ浮いて 【全22回】 公開日
(その1)舞い降りた天使|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2019年8月7日
(その2)タラチネ|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2019年10月2日
(その3)天使も筆の誤り|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2019年10月31日
(その4)ミトコンド~リア|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2019年11月29日
(その5)爆発だ|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2019年12月26日
(その6)お昼の散策|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2020年1月31日
(その7)バスの中にぽつんと一人|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2020年2月28日
(その8)マドンナ|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2020年3月27日
(その9)水上の天使|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2020年4月29日
(その10)旅に出る|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2020年5月29日
(その11)取り上げられた楽しみ|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2020年6月30日
(その12)マラソン大会|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2020年7月31日
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(その20)粉々に飛び散った砲丸|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2021年3月1日
(その21)打ち抜かれた額|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2021年4月30日
(その22)天使の復活|「翼がないのにふわふわ浮いて」(青春篇) 2021年5月28日