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第6回 家庭という育みの場――アダム・スミスに聴く家族の力 〜 学校教育の限界と母性への眼差し(その6)

北島 惠美子

昭和36年(1961年)生まれ。東京都出身。慶応義塾大学医学部附属厚生女子学院卒。正看護師籍第482310号。慶応義塾大学医学部付属病院勤務を経て、文教大学教育学部初等教育課程数学専修を卒業し、小学校教諭・中学校数学教諭の免許を取得。その後、浦和ルーテル学院初等部専任教諭、星美学園小学校専任教諭、東京都立小・中学校講師として勤務しながら、教育現場に看護ケアを活かす全人的『教育ケア』を開発。日本社会事業大学社会福祉士養成課程(通信教育部)も卒業している。

第6回 家庭という育みの場――アダム・スミスに聴く家族の力 〜 学校教育の限界と母性への眼差し(その6)

家庭の効用を、アダム・スミスに聴く

これまで、子育ての源泉としての「母性」を軸にまとめてきた。ここからは、子どもが育つ環境づくりとして「家庭」の効用を、アダム・スミスの言葉に聴いてみたい。ご自身の経験に照らして共鳴するところがあれば、親子で生きやすい家庭を実現し、生きやすい社会づくりへ活かせるだろう。

 

私自身も、小学校の学級担任として、学級を学校社会のなかのひとつの「家庭」に見立ててきた。教諭である私と子どもたち全員の協力で、過ごしやすい学級をつくり、学ぶ楽しさにあふれる毎日を創る。担任の私が離れた後も、かれらがより良い社会づくりの担い手となれるよう、その志と技術を養った。

Family――アダム・スミスによれば

アダム・スミスは、家族について次のように述べている。私たちは、まず自分自身をケアした後、家族(family)のメンバーこそが、もっとも温かい影響力を及ぼす対象となる。いつも同じ家に暮らす両親、子ども、兄妹――彼らは、私の采配や導きが大きな影響をもたらす悲壮や幸福のうえに、自然に、常にいる人たちである。

 

私は、彼らに共感する(sympathize)ことを日頃より習慣としている。どんなものが彼らに良い影響を与えるかを、誰よりもよく知っている。家族への共感は、最大多数の他人に対するものよりも、はるかに正確で決断的である。そうした共感は、やがて自分自身に対して感じるものへと近づいていく。

子どもへ向かう、より強い力

こうした共感(sympathy)も、そこから生じる思いやりの力も、Nature(本然)によって、両親へよりもむしろ子どもたちの方へ、より強く導かれるとスミスは言う。子どもへの気遣いは、親に対する感謝や敬意よりも、いっそう積極的で本源的なものである。

 

ものごとの本然的な(natural)ありようにおいて、子どもの存在は、この世界に入ってきたとき、すべてが両親のケアに依存する。Natureの目には、子どもは老人よりもいっそう大切な対象として映る。子どもの存在は、世界的な共感よりもさらに生き生きと人の心を揺り動かす。子どもからは、あらゆるものが期待され、少なくとも希望を持たせてくれる。

 

わが国でも、「亡くなる順番が違う」と表現されるように、幼い命の喪失は、人の心にひときわ深い悲嘆を刻む。子ども時代の弱さは、もっとも荒々しく残酷な者の心にさえ、関心を呼び覚ます。

兄妹の絆と共感の習慣

スミスは、もっとも初期の友情の醸成にも目を向けている。心がもっとも敏感なころに自然に結ばれる絆は、兄妹の間にある。同じ家族のなかにいて、良い合意こそが静けさ(平安)と幸せをもたらす。互いに喜びも痛みも与えうる存在だからこそ、共通の幸福のためにもっとも大切な相互の共感が育まれる。

 

日常をともに暮らすなかで、Natureの智によって互いのためになることを学び、共感を習慣的に実践する。それによって、自分たちらしさを識別し、自身を確かめられるようになるのだ。

 

やがて兄妹の子どもたちが異なる家族に分かれた後も、両親との連関のなかに居場所を占め続けるという友情によって結ばれる。同じ家に暮らさなくなっても、他の誰に対するよりも、互いへの大切さは残り続ける。

Affection――暮らしのなかで醸成される共感

スミスがAffection(相手へ力を及ぼすもの)と呼ぶものは、現物ではなく、暮らしのなかで醸成された共感そのものである。私たちの思いの力が及ぶ人々の幸せや悲壮における関わり――the One(万物の主催者)のもとに一致したい、他の者たちを保護したいという切望――は、暮らしのなかで築かれた共感習慣の実働的な感覚(feeling)であり、そこには必ず、consequences(規律ある成り行き)が伴う。

 

母性を源泉として始まった命の物語は、こうして家庭という場で、共感の習慣として育まれ、やがて子どもが社会を生き抜く力へとつながっていく。母性と家庭――この二つの育みの場こそが、学校教育の限界を越えて、子どもの未来を支える土壌なのである。