現行学校教育の劣化を感知し、助けを求める子どもたちと、離職する教諭たち
わが国の学校教育の限界を考えるには、まず「学校教育の目的」が、歴史のなかでどのように定められ、どのように変質してきたのかを辿る必要がある。本回では、明治の学制発布から現代の道徳教科化に至るまでの経緯をたどり、その本質を明らかにしたい。
Ⅰ.明治5年(1872年)『学制』発布――個人の独立に置かれた目的
学制は、学校教育の目的を「個人の独立自営」に置き、学問を身を立てるための財本とした。その内容は、日常生活に密着した実学主義・知育主義の立場に立つものであった。すなわち、①個人主義的立場に立つ教育目的を持ち、②知識の開発を通して近代的市民の資質形成を目指すという、近代的な公教育思想であった。
同年、福沢諭吉は『学問のすゝめ』を著し、「教育は何のために行い、その方法はどうあるべきか」を問うた。医学では心身活動の徴をもって「生」と名づけるが、教育の領域においては、人の精神と形体がともに発達し、その働きを逞しくするものを「人生」と称する。教育の目的は、人生を発達させて極度に導くことにあり、それは人類に至大の幸福を獲得させるためである、と福沢は説いた。
西洋の知を導入する意義について、福沢はこう述べている。物事の道理を知り究め、人道を教え諭し、世に身を立てる――これは人として学ばざるべからざる要務である。これを世に広めるために学校を作り、才を育て、智を養い、礼を守り、交際に道義を重んじて世に貢献する者があらば、国家のために少なからぬ助力となる、と。
消された町民教育文化
学制発布以前、当時の首都ともいうべき京都には、すでに小学校区が運用されていた痕跡が残っている。町民が次世代を育てるために、町内会ごとに資金を出し合い、僧侶に修身を担当させ、教師に名字帯刀の権威を与えて学習指導要領を作成させ、運用していたのである。同様の制度は、東京府の中央区・千代田区にも存在していた。
しかし、昭和初期に軍国化教育を推進するため「国民学校」と改称された際、それまでの町民教育文化は完全に消し去られた。今なお小学校の校名に町名が残っているのは、その名残にほかならない。
学習指導要領の成立と「修身」の迷走
学制発布当時、とくに山間部の小学校において、中央の定める全国一律の学習指導の標準化の求めが強かったため、その要請に応じて学習指導要領が作成された。以来、全国画一・一斉指導の形式が今日まで続いている。
その一方で、「修身」教育については、ついに定めることができなかった。どの思想を採用するのか、また教科のように採点すべきものではないという良識が働いたからである。
明治5年の学制発布にあたっては、当時アメリカ建国の指針ともなったウェイランドの『モラルサイエンス』が採択されようとした。しかし、文部大臣・森有礼の著した『修身論』において意図的に誤訳されたまま現在に伝えられている。正確な翻訳はいまだ存在しない。私はそれを自ら翻訳したうえで本稿を著している。その主題は「智の追究と社会形成」であり、慶應義塾と同志社大学の思想的基盤にもなっている。
Ⅱ.1890年『教育勅語』発布――国家が「いかに生きるか」を決定する
教育勅語は、天皇制のもと、古来の君臨と臣民の忠誠との一体関係を、わが国固有の「国体の精華」であるとし、教育の目的をそこに置いた。「いかに生きるか」という、国民にとって最も重要な個人の課題を、国家が決定し指導しようとしたのである。それは、民主的な国家・社会の在り方とは相容れないものであった。
これをもって、天皇制国家体制の教育イデオロギーとして国民の精神的・思想的統合の役割を果たし、以後、第二次世界大戦の終結まで、わが国の教育目的を支配した。すなわち教育勅語によって、天皇制支配の確立・存続と、それに奉仕する国民の育成を目的とする国家主義教育が完成したのである。
Ⅲ.現代――冷戦の終結と、新たな国家主義の出現
戦後改革は本来、自立した個人の集合としての公共性を目指していたはずである。ところが、冷戦期における政府の国家主義的教育改革の方針は、「国家か個人か」という対立を生み出した。
臨教審のイデオロギーは、一方で新保守主義・新自由主義の立場から自由化や規制緩和を促しつつ、同時にナショナリズムをも主張した。1999年には日の丸・君が代が法制化され、2006年の「教育基本法」改訂では「国家への忠誠」という国家主義的な教育目標が導入された。
保守派は、それまで「公が存在しない」「国家への忠誠を欠く」として個人主義的側面を批判し、「個性の尊重」に対しても、学校の混乱や学力の低下といった論調で批判を加えてきた。それは、国家主義や画一的教育の復活につながる危険性を孕んでいた。
教育学者・佐藤学は、次のように指摘している。わが国では明治以来、「公」は常に「国家」とされ、欧米における「public(公衆)」や「community(共同体)」とはならず、民主主義の基礎である真の公共性に注目が払われてこなかった、と。冷戦期における地方自治の否定、学校の自律性の否定は、そうした新しい公共性を作ろうとする契機を潰してきたのである。
個人や地域の自治・自由を認めないところに、民主主義社会における真の公共性は作られない。いま必要とされるのは、国家主義的公共性ではなく、個人に基づく公共性に立脚した教育の確立である。そのためには、教育の地方自治や学校の自律性、そして個性と自主性を身につけた創造的な市民の育成が欠かせない。
しかし現実には、2006年の教育基本法改訂によって「愛国心」が強制され、国家主義的公共性が強調された。それは、戦後民主主義教育で構想された、個人と国家と公共性の関係を変質させるものとなった。「公(public)」とは本来、個人の安全と健康な暮らしを保障するためのものであり、その基盤を築くのが公共教育であるはずだ。ところが今や、「国民個人は公のために在る」という思想へと変えられ、学校という国民教育機関が、政府思想の浸透と国民の思考の監理機構となってしまった。実際、近年の国会中継でも「マインドセット」という発言が見られるほどである。
Ⅳ.2015年「軍学共同」、2018年「道徳」教科化――国家主義の徹底
2014〜15年に制定された「軍学共同」政策――学校と軍事の連携――は、大学の研究現場をも歪めている。国立大学の法人化により、研究者による自律的な大学運営は失われ、行政主導の研究方向性の誘導が進んだ。たとえば工学部の研究費も、科研費(文科省)より高額が見込める防衛費から取得するために、政府の要望する「殺傷能力」の追究に応えることを迫られ、工学者が苦しんでいる。これに対し、私大・国公立大の大教連(大学教職員組合連合会)も長く闘ってきている。
さらに2018年の「学校教育法」改訂において、ついに道徳が教科として制定された。先の改悪教育基本法に則り、義務教育機関の全体を挙げて、上級権威に隷従する国民の在り方を、新設教科「道徳科」の指導(テストで採点もする)を通して訓練し、他のすべての教科指導の要とした。
それゆえ小学1年生から、すべての児童・生徒がタブレットを持たされ、学校内や家庭内での思考の跡までもが、逐一、教諭・教育委員会・文科大臣にまで伝わるよう、データ化・記録されている。学校に関与する者は皆、政府によって監視・記録される監視社会のなかにいるのだ。さらに文科省は、子どもの思考と行動の観察を数値化するためのデータ収集を、全国の教育委員会に強いている。AIを活用したそうしたシステムの開発業者も次々と現れている。
子どもたちはこうした状況を鋭く察知している。とくに小1児童は学校を怖がり、全国的にさまざまな抵抗を展開している。また子どもたちは、おしなべて決して自己開示しないという自己保身を徹底している。不登校の主たる原因は、まさにこれである。
現在の学校教育が抱える課題
2012年前後に社会問題となった「教諭の大量退職」、そして2018年を境に急増した不登校児童生徒(40万人とも言われる)。これらは偶然の一致ではない。管理職による教諭の働き方の監理・束縛をはじめ、教科授業時間外で自由闊達に生活指導しにくいよう時間制約が強要されていることも、普通学校における教職離職率の高さの要因である。
加えて、「包括的性教育」の名のもとに行われる偏向教育の問題――性犯罪が増えるしかないような、身体的側面に偏った技術指導――、「学校地域連携本部」による校長独裁力の強化、「働き方改革」の弊害による児童生徒への生活指導活動の時間的制約など、学校本来の良質な教育活動を妨げる政府主導の施策が数多く存在する。
このような学校教育の在り方に対し、黙して従うのは市民社会の構築における背反であり、やむを得ず妥協して大勢に合わせるのもまた、民主主義の道ではないと思う。
これまで私も、地域の学校支援者の方々の篤志に励まされながら小学校教育を展開してきた。しかし、感謝の心を持たない校長をはじめとする教員たちにより、応分の謝意も表されず、かえって理不尽な排斥を受けることも多く、地域の側に立つ私も、共に苦痛を感じてきた。
とくに昨今、政府は、教育職歴のない学問的素人を教育長に据えたり、異常なほどに校長権力を強めて、地域コミュニティによる自発的で心ある学校支援を一掃しようと進めている。長たる者は、いずれも裸の王様の位置に飾られているにすぎない。これからは私も、心ある地域市民の痛みを共有しつつ、学校内を熟知した地域市民として、誰もが感知できる教育的素養と、その温かい配慮を、遠慮なく学校・家庭・地域教育に活かし、喜び合える社会を共に創りたい。その思いから、医療と教育の専門知見をここに紹介し、皆様のこれからのご活躍の基礎資料に資したいと願っている。
| 学校教育の限界と母性への眼差し 【全6回】 | 公開日 |
|---|---|
| (その1)第1回 はじめに――学校教育の限界と、母性への眼差しわが国の学校教育の地平線から――educational juris prudence | 2026年6月15日 |
| (その2)第2回 学校教育の目的の歴史――その来歴と限界 | 2026年6月30日 |



