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第4回 情操と自己制御――心を育てる母性のまなざし 〜 学校教育の限界と母性への眼差し(その4)

北島 惠美子

昭和36年(1961年)生まれ。東京都出身。慶応義塾大学医学部附属厚生女子学院卒。正看護師籍第482310号。慶応義塾大学医学部付属病院勤務を経て、文教大学教育学部初等教育課程数学専修を卒業し、小学校教諭・中学校数学教諭の免許を取得。その後、浦和ルーテル学院初等部専任教諭、星美学園小学校専任教諭、東京都立小・中学校講師として勤務しながら、教育現場に看護ケアを活かす全人的『教育ケア』を開発。日本社会事業大学社会福祉士養成課程(通信教育部)も卒業している。

第4回 情操と自己制御――心を育てる母性のまなざし 〜 学校教育の限界と母性への眼差し(その4)

justiceとは何か

justiceとは、人間という生き物が本来持っている、生命を護ろうとする力のことである。自然に、互いを生かそうとする正義感は、その証であり、人類普遍の原理である。しかし、わが国においては、この正義の観念が大きく歪められている。

自己制御の力が正義を行動に変える

あるエピソードを紹介したい。小学校低学年の二人の子どもが叩き合いをしていた。私はその間に入り、双方から経緯を聴いた。叩いた子は、「一度忠告したのに従わなかったから、叩いて思い知らせた」と言う。
 

そこで私は問いかけた。「言っても分からない相手に対して、暴力で従わせるということを、これからこのクラスのルールにしてもよいか?」と。叩いた子は、しばらく思いを巡らせた後、私が対照的に仮に挙げてみた提案をはっきりと否認した。次回からは信頼できる大人に仲裁を頼むという知恵を授けたところ、双方とも納得し、その後、二人の間で自発的にこの出来事を振り返る会話さえ生まれた。
 

確かに暴力は心身を傷つける人権侵害であり、悪である。しかしその発生現場には「理由」と「言い分」がある。その言い分を教材にして、双方を望ましい方向へ導くのが、教育の働きである。

子どもが正義を選べる理由

周囲から育まれていることを感じ取りながら過ごしてきた子どもは、自らを生かそうと働きかけてくる本然(nature)の在り方に、自分を合わせようとする。だからこそ、前述のような私の仮の社会破壊的提案に対して、自然の法則に反すると判り、自信を持って否認できたのだろう。
 

子どもたちは、自分が生き抜くことを最優先しつつも、他者と共に生きることを願って、社会の破滅を避けたがる。だからこそ、誰もが平和に幸せに過ごせる解決策を選べるのである。そうした選択の成功体験から生まれる喜びに促されながら、自然の法則に自らを適合させていく。その積み重ねこそが「人と成り」を形づくっていく。これが、教育基本法に謳われる「真理の探究」と「人格の陶冶」の真の意味である。
 

子どもたちはいつでも、そのような導きを待っている。自らの歩みを進めるために、誤りのない一歩を踏み出せるよう、判断の指針となる絶対的な正義感を携え、自信を持って前に進みたいのである。

母性のまなざし

母性とは、天から賦与された愛情だと私は思う。母は生命を産み出し、身を捧げて育むなかで、愛情の実践力が養われていく。同時に、子もまた、他の動物に比べて自立に長い時間を要し、人との関わりを通じて心も育まれるなかで、母に訴え求める眼差しによって、母から理解や配慮を引き出す。そこに、無償の、予期せぬ多大な愛情が顕れるのである。

生命の始まりと母性

受精により生命が生じたとき、その生命体の根本原理(principle)に「人権」が付与される。その場でその命を育んでいるのが、母体の胎盤を経た全身であり、女性には生来、子を養うために必要な身体的・精神的・社会的・霊的な機能が備えられている。そこから生じるのが母性なのである。
 

そのような母性に迎えられて、子もまた、自然にすくすくと育つように備えられている。それが本来の姿なのだ。すべての母子が生命の危機をはらむ周産期を経て、なお誕生後も、母は命がけで子の必要に応え続ける。
 

そのように、母たちは、我が子を予測される危険から護るだけでも必死であるのに、近年の偏った政策による心労も重ねながら、子が自立するまでの長い歳月を、黙して、自らの知力・気力・生命力のすべてを傾け続ける。私はそんな母親に出会うたびに、「もしかして、彼女はマリア様なのでは」と思う。

希少難病児を育てて

母性と子の連関について、私自身の体験を記しておきたい。難病の子を育てた私自身も、苦しいとき「私もマリアなのだろうか」と思うことがあった。
 

お母さんの苦しみは、決して自己責任では乗り越えられない。苦しむのは、私たち女性の本源に母性があるからだと思う。母と子は、常に強く結びついている。だから、母は子ども自身の苦しみの荷を分けて背負っているがゆえに苦しい。そのおかげで、子どもの苦しみも軽くなっているのは間違いない。
 

私たちは、子を宿せる女性に生まれた以上、母性から逃れられない。だから、お母さん一人のせいではないのだ。オペ室看護師であった私は、生命の危機に瀕した出産の看護を専門としていた。ずっと母性と子の連関の確証を探り生きてきて、摑んだものを、ここにまとめている。
 

私は、息子を産み出し、初対面した場面で、息子の身体的異常を見つけた。その実際を見分ける医師は国内にわずかしかおらず、ある程度の期間の育ちを観てから診断がつくものだった。私は日々観察を重ねるうちに、骨の形成異常を見つけた。それが極めて早い発見となり、その病気の治療経験6人目という医師の手術を受け、以後24歳になるまで経過観察と追加手術を経て、現在、息子は自立し、結婚し、まもなく子どもが生まれると聞いて、ようやく手が離れた感覚を覚えている。
 

息子の術創を、その患部の自然な育ちとともに、自分の身をもってガードするプロテクターとなった。もう一人の息子もよく忍耐し協力してくれて、息子たちと共に過ごした日々であった。

見えない道を歩む

我が胸に抱いた赤子の息子が、話したり歩いたり、就学する様子を空想しないようにしていた。けれども、息子を抱きしめると、何かができるようになった息子の姿から、次の発達のステップへ向かい、関わり方を前に進めることができた。
 

私の踏み出す一歩を着地させる地面は空虚だった。それでも踏み出して、振り返らずに、前だけを向いて邁進できた。私たち母子が歩いていけそうに見える順路など、いや、地面さえも最初からなかった。けれども、我が子を抱きしめ、母子で着実に歩を進めてきた道の跡は、今振り返っても、確かに見える。
 

親という者は、我が子専用の航跡を協同で創り出し、やがて子が自ら辿り着くべき港を見つけて到着する背中を見送るものなのだろう。そんな親の生きざまは、その子専用の「子育てのパイオニア」と呼べるのだと、私は思う。

*  *  *

[追伸]

「そのような母親像からこそ、『愛』を知った」と、戦地で衛生兵として救命にあたった我が父に言い遺した兵士があった。重ねて、「日本で待つ妻子に、それを伝えてほしい」と。ようやく今、この場を借りて、父に代わってその伝言の任務を果たさせていただく。

[書:美煌(北島恵美子)]
[書:美煌(北島恵美子)]

学校教育の限界と母性への眼差し 【全6回】 公開日
(その1)第1回 はじめに――学校教育の限界と、母性への眼差しわが国の学校教育の地平線から――educational juris prudence 2026年6月15日
(その2)第2回 学校教育の目的の歴史――その来歴と限界 2026年6月30日
(その3)第3回 子と母の連関――幼児期の自立と成長 2026年7月17日
(その4)第4回 情操と自己制御――心を育てる母性のまなざし 2026年8月7日