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第5回 母性の地平――人間愛の源泉へ 〜 学校教育の限界と母性への眼差し(その5)

北島 惠美子

昭和36年(1961年)生まれ。東京都出身。慶応義塾大学医学部附属厚生女子学院卒。正看護師籍第482310号。慶応義塾大学医学部付属病院勤務を経て、文教大学教育学部初等教育課程数学専修を卒業し、小学校教諭・中学校数学教諭の免許を取得。その後、浦和ルーテル学院初等部専任教諭、星美学園小学校専任教諭、東京都立小・中学校講師として勤務しながら、教育現場に看護ケアを活かす全人的『教育ケア』を開発。日本社会事業大学社会福祉士養成課程(通信教育部)も卒業している。

第5回 母性の地平――人間愛の源泉へ 〜 学校教育の限界と母性への眼差し(その5)

なぜ「母性」に着目したのか

「人権」をわが国の法律の主幹に据えることを追求していくと、人間の根本原理(principle)が、宇宙創造の普遍的な「愛」に根づいていることが見えてきた。そして「母性」こそが、そうした「人間愛」の源泉であると気づいた。

 

とくに、子育て中の母親は、子を護るために日常的によく気づく。自らの心を働かせ子を思いやり、子にとって最善の答えを探し求め、摑んだものを子に授ける。そこに働く「感性」や勘こそが、アダム・スミスの示すmoral sentimentに一致する。

 

そのような、密やかで宿命的な、確かな効力を発揮する「母性」を改めて称え、保護する社会へ導くこと。それが、わが国の「人権」――すなわち「存在権」を、現行の「社会権」から国連の常識である「自然権」へ立ち戻らせる確かな道であると私は考える。法と正義が崩壊した我が国にとって、これは喫緊の課題である。

 

日本の伝統文化に宿る教育の本質

私は、2歳8か月より手ほどきを受けた箏の演奏(正派准師範取得)、3歳より続けている書道(全日本書芸文化院師範取得、日本書道教育学会師範取得)を通じて、日本の伝統文化の長所を身につけてきた。

 

たとえば箏の演奏においては、もともと楽譜がなく口伝であり、音程も一定ではなく、正解のない世界である。合奏においても指揮者はおらず、全体の調和感に浸りつつ、自らの役割を成し遂げる。そうした全体性への気遣いや協調性の鍛錬のなかで、調和の幸福感に包まれてきた。

 

このように、日本の伝統文化の鍛錬には、「どんな人になるのか」を見据えた「感性を働かせる人間性教育」が込められている。吉田松陰が「学び舎では、心の良さで測るべし」と説いた精神にも共鳴する。

 

Educational juris prudence――教育の道理をわきまえる智慧

第2回でたどったように、わが国の学校教育は、政府によって長い年月をかけ歪められてきた。明治の修身論の意図的誤訳に始まり、教育勅語による国家主義教育の完成、冷戦後の教育基本法の戦前回帰偏向、軍学共同政策、そして道徳の教科化による思想監理に至るまで、教育の場から「道理」が失われ続けている。その歴史的経緯を踏まえてこそ、本連載が掲げるeducational juris prudenceの意味が見えてくる。

 

educational juris prudenceを取り戻すこと。それは、母性という人間愛の源泉を再認識し、一人ひとりの存在権を自然権として守り直すことから始まる。義務教育のなかで洗脳に抗い続ける善良な子どもたちを救うために、私は家庭教育力の基盤づくりを目指してきた(※)

 

子どもが持って生まれた才能を生かし、自分自身を味わい楽しんで過ごす幸せな生涯へ自然につなげること。それが教育の究極の目的である。しかし、わが国の常識観はしばしばこれを妨害し、それこそが青少年の絶望感や不登校の多発の原因ともなっている。

 

だからこそ、学校の外にも教育はある。家庭にも、地域にも、人と人との関わりのなかにも。母性のまなざしのもとで育まれた子どもたちは、自らの力で智を摑み、社会を生き抜いていく。

 

「私徳に対し、私徳をもって応える」――福沢諭吉のこの言葉を実現できる家庭と社会を、共に築いていきたい。個人の成長の権利が保障され、誰もが誰に対しても教え育てる志向で関わり合い、互いに生かし合う。そのような日本社会の実現を、心から願っている。

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※脚注

筆者が運営する子育て支援施設の現場については、以下のルポルタージュに詳しい。本連載と併せてお読みいただければ、家庭教育力の基盤づくりという理念が、いかにして実践の場で息づいているかをご覧いただけるだろう。

 

『ルポ!足立の子供支援』(ライター:上田隆)より――

 

「『学校』って何だろう?」と問いながら、不登校児やいじめ問題にかかわる人たちに取材を重ねた著者が、偶然出会ったのが、東京都新宿区で「ソフィア義塾」を運営する北島恵美子さんだった。同塾は、すべての幼・小・中の子どもたちを対象とし、看護ケアを活かした「教育ケア」を実践する。小児科病棟・在宅療育児・医療的ケアを要する通学児、そして不登校児も受け入れ、「1人も取りこぼさない」をモットーに掲げている。

 

北島さんの経歴の出発点は看護師である。慶應義塾大学医学部付属厚生女子学院を卒業し、正看護師として同大学病院に勤務。その後、文教大学教育学部で学び、教員免許を取得して教育の世界に飛び込んだ。医療と教育のノウハウを融合した「教育ケア」は、東京都内の小中学校での教師時代に現場で開発されたものである。

 

ルポのなかで著者は、北島さんの教育観の中軸に「キリスト教」があると記す。幼少期から、貧困地域で慈善活動をする聖職者を身近に見て感化された経験が、医療と教育を融合する「教育ケア」の原点となった。さらにその概念と実践の全体を、看護師の偉人ナイチンゲールの思想が照らしている。「国」が軸として回す「学校教育」を相対化するための、ひとつの実践がここにある。