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ワニのマフラー 〜 Barren love 不毛な恋たち(その10)

藤村綾

風俗嬢歴20年の風俗ライター。風俗媒体に記事を寄稿。趣味は人間観察と眠ること。風俗ジャパン内・俺の旅web『ピンクの小部屋』連載中。

ワニのマフラー 〜 Barren love 不毛な恋たち(その10)

 『誕生日おめでとう』と打ったあと『もし忙しくなかったら連絡をください』シュウちゃんにメールをしたのは昨日でだから昨日は彼の誕生日だった。

 その4日程前にあったとき、誕生日にプレゼント渡したいから連絡してねと全くもってまったく期待しないで言葉をかけておいた。「いらねーから」と絶対にいうとわかっていたので、もう買ってかるからだから連絡をしてねとまだ買ってもないくせにあいたいばっかりが先ばしり子どもじみたうそをついた。

 だから昨日プレゼントを急いで万が一を考えて買いにいった。以前ラコステのマフラーを内緒で盗んだので(けれど彼はなくなったことすら気にしてない様子だった)思い切ってラコステのマフラーを買いにいった。ラコステのマフラーはいとも簡単に盗めたのに本人の肉体と心だけは簡単に盗めないなぁとしみじみとかみ締めながらラコステ売り場に足を運ぶ。ん? なんだろう。ここラコステじゃないの?偽物の店?売り場にはきちんとワニがいるけれどどこにもラコステとは書いていなくて英語で『クロコダイル』と書いてある。あれ? いつの間にラコステはクロコダイルという名前に変わったのだろうか。まあなんというかワニだしな。

クロコダイルの方がしっくりくるじゃんかなどという短絡思考でマフラーを選んでいるとちょっとだけいやかなりぽっちゃり体形のおばさま定員さんが声をかけてくる。

「贈り物ですかぁ〜。これなんてモダンだしいいと思いますよぅ」

 イヤホンをしていたので声をかけられることはないと思っていたが定員さんはそんなことなどおかまいなしにと多弁にして話しかけてくる。うっざ。そう思ったけれどイヤホンを外し、ええ、まあといいつついろいろと物色をする。

「あ、あの、ラコステって名前が変わったんですかねぇ? クロコダイルに」

 そうだった。これは聞いてみたかったことなので聞いてみる。え? 定員さんは目を見開く。なんだぁ。その目はさ。あたしはイラッとしつつ話の続きを待つ。

「全く別物ですよ。そのラコステとクロコダイルって。あ、でもクロコダイルの方がねぇー歴史が長いんだけれどね」おほほほ。定員さんは声をあげ高々に笑う。笑うなよ。あたしは妙に苛立ち、あ、そうですかとだけいいのこしその場を去った。

 マジで? 知らなかったよ。ワニじゃん。同じような。そもそもラコステって百貨店とかしかないのでは。今しがた行ったのは地元の大型スーパーだったし。急いでラコステを取り扱っている店をスマホで検索をする。

 検索画面を開くと過去履歴が表示されるも『女性専用マッサージ動画』『なめ犬サイト』などいかがわいい検索ばかりが出てきて肩をすくめてみせる。欲求不満なのだろうか。異様に今すぐにでもオナニーがしたくなってしまいああいけないと思い直してソラナックスをかみ砕く。

 もうどうしょうもないあたしの理性のなさに情けなくて泣きたくなる。

 ソラナックスを飲むとなんとなく落ち着くので飲んでいるけれどまあなんか『ヤク中』のようで逮捕されないかという妄想に駆られるもラコステのお店が見つかってブルーのマフラーを買った。クロコダイルの倍の値段だった。ラコステってワニがちょこんと小さくのっているだけなのに高いなぁそれならあたしの刺繍でいいじゃないかいやいやでもあたしとか裁縫なんて刺繍できないしなぁ。そんなことを考えつつ百貨店の地下でチョコレートのクレープを買って食べる。懐かし味がした。甘いチョコが脳内と体に染み渡った。

 ラコステのマフラーを渡す相手には子どもがいてあげく妻がいる。不倫だ。不倫がはやっている前からの不倫だ。あたしたちはどうしてなかなか別れることが出来ないのか。あわないでおけばいいだけなのに。もうとっくのむかしに終わっているはずなのに。好きで好きでしょうがなくて。あたしだけひとりひっそりと孤独にもがき苦しんでいる。もがき苦しんでいるのを楽しんでいるのか悲しみに打ちひしがれている自分に酔っているのかそんなことはもうどうでもよくてただもう好きだけ好きという気持ちだけ優先している。だけだ。

『今からなら時間があるけどね』

 唐突にメールが来たのはちょうどあたしの仕事が終わった時間だった。『今終わったから隣のコンビニにいて』メールが来た途端急に目の前がお花畑になったし世界が急に明るくなった。まさかあえるなんて思ってなかったから嬉しすぎてつい椅子から転げ落ちた。イテテ。なんて言葉にするもイタイのはあたしの態度であって急に笑いがこみ上げてきた。

挨拶の声が妙に明るくて大林さんはぎょっとした顔をしてお疲れさまですといい返す。

 彼はマスクをしていて「花粉症対策」と笑う。「誕生日おめでとう」まあ有り体なことをいうと
「マジでもうめでたくないし。いわないでくれ」といいハンドルを握る。
「誕生日さ子どものころは嬉しかったでしょ? なんで大人になると嬉しくなくなるのかな」午後4時前だった。日が長くなったなぁなんて思いつつ夕日が眩しくて目を細める。
「どうだろ。大人になるといろいろとまあ忙しいしそんな余裕も無くなるからかな。きっとな」
うん。あたしはうなずく。彼の指に目を向けると墨がついていた。きっと墨だしをしてきたのだろう。「あのね、」彼のプレゼントはうちにあるから寄ってくれと頼み寄ってもらう。マフラー。ラコステの。けど……。 急に不安に陥る。彼は既婚者でありマフラーなんて自分で買うなんてことは絶対にないのだ。奥さんに見つかれば誰からもらったのと詰め寄られるに決まっている。

「マフラーなんだよね……。プレゼント」

 あたしは万引をしてきたような声を出し彼に渡した。案の定の批評だった。これはまずい。彼は困惑を隠せない様子だった。しまったな。迷惑だったなあたしはひどく後悔をしたしああなんてあたしはあほなんだろうと自分をいっそ責めた。マフラーなんて男からもらうプレセントでは決してない。ホモカップルでない限り絶対にないし何せラコステだ。「まあ現場でするわ。サンキュ」彼はそそくさとカバンにそれをしまった。プレゼントさえも気軽に渡せない関係。いつも周りを気にしないといけない関係。頻繁に連絡もあうこともできかねる関係。 

 それはあまりにも不毛だ。

 それでも彼はあたしを抱く。墨のついた指であたしの全てを抱く。好きな男とのセックスはどうしてこんなにも気持ちがいいのだろう。彼の背中に必死にしがみつくのは彼から離れたくないのと彼となら一緒に死んでもいいという思いだからなのだろうか。背後から突かれるたびにいつも願う。彼のそれが鉄の杭で膣の中に挿れることに寄ってあたしをいっそうのことつらぬいて刺し殺して欲しい。あたしは目を開ける。薄暗い部屋の中でも彼の輪郭がはっきりと見て取れる。「好き」「好き」といえたのならどれだけ楽になるだろう。あたしはその言葉をはく代わりにうめき声をだす。感じている声。もうどれが本当の声なのかどれが本当のあたしなのかよくわからない。ただ彼のあごの髭があたしのあごにあたるたびああこの人は今本当に生きていてあたしだけを抱きしめているんだなぁ幸せだなと不謹慎にも思いまたひっそりと涙を浮かべる。

 奥さんや子どもたちにうそをつきあたしたちはもはや罪人だ。罪人にいつかはおとずれる天罰は彼との別れになるはずだ。そうなればもうあたしは生きている意味が見だせなくて死んでしまうだろう。いつも死んでいるあたしが彼に寄って生かされているのだから。抱き合うことが全てでそれがなくなれば。考えるのが怖くて小さな肩が震える。あたしは肩だけではなくいつも全部で震えている。震えて苦しんで泣いて叫んで薬ばっかり飲んでいい加減大人になれよと思うのに。決して彼があたしを大人にさせてはくれない。まるで地獄だ。

 彼はアイコスをふかしながらはいとあたしに渡す。帰りの車の中で墨について問うてみる。

「ああ、墨だしな。うん。してきたよ。今日な」

 へー。新しい現場が始まったようだった。忙しいようなそうでないような感じだ。彼は窓の外を見ながらつぶやく。

「いくつになったの? そういえば」

「知らないわけねーじゃん。おまえさ。」彼はそういいつつははと笑い、あほと付け足した。

「あほだもんどうせ……」

 一瞥した彼の顔はなんだか少年のように見える。すっかり夜の準備をし終わった夜気はあたしと彼を優しく包み込みじゃあなといいあい握手をしてあたしは車から降りる。降りてすぐ、あたしは自分のアイコスを取り出し吸いながら宙を見上げ星が奇麗だなぁとまばゆく輝く星に手を伸ばす。でも、決して届かない星に。

Barren love 不毛な恋たち 【全12回】 公開日
(その1)あめのなかのたにん 2020年4月29日
(その2)とししたのおとこ 2020年5月29日
(その3)おかだくん 2020年6月19日
(その4)つよいおんな 2020年7月31日
(その5)舌下錠 2020年8月31日
(その6)サーモン 2020年9月30日
(その7)シャンプー 2020年10月30日
(その8)春の雨 2020年11月30日
(その9)依存症 2020年12月28日
(その10)ワニのマフラー 2021年1月29日
(その11)ヘルスとこい 2021年2月26日
(その12)オトコなんてみんなばか 2021年3月31日