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おかだくん 〜 Barren love 不毛な恋たち(その3)

藤村綾

風俗嬢歴20年の風俗ライター。風俗媒体に記事を寄稿。趣味は人間観察と眠ること。風俗ジャパン内・俺の旅web『ピンクの小部屋』連載中。

おかだくん 〜 Barren love 不毛な恋たち(その3)

 あかるい部屋。

三脚にのっているカメラ。

あたしは無心にリモコンシャッターを押す。

 カシャ、カシャとシャッター音のする中、あたしと彼との舌と舌が絡み合う。

舌はもはや誰のものなのか境界線があいまいだ。

彼の熱い下半身があたしの太ももにあたる。

けれど、あたしは見て見ぬふりを決める。

そしてあたしの太ももからも熱い液体が滴り落ちる。

それを悟られないよう太ももをわざと彼の太ももに擦り付ける。

耳もとでそうっと聞こえる彼の甘い吐息。

彼の心臓の鼓動。

ねぇどうしてなの?

ねぇ、なぜあなたは好きでもないあたしにそれほどまでのキスをくれるの?

頭の中が真っ白になりながらもあたしと彼はせわしなくくちづけを交わす。

岡田くんの唇はとても柔らかくキスが絶妙にうまかった。

誰かと比べているわけではない。

交わすキスは疑似的なキス。

けれど、あたしの思考は岡田くんの脳内にすーっと吸い込まれてゆく。

《岡田くん今日ちょっとでいいから会う時間なんてあるかな》

久しぶりにLINEをした。あたしは写真が趣味でいろいろなものを撮影するのだけれど、健康的な男性を撮ってみたくて、体形と容貌と雰囲気が均等に整っている男性が岡田くん以外思い出せなくて軽い感じでメールをしたのだ。

やや間があって返信がくる。

《お久しぶりです。うーん、まだ何んとも。なにか用ですか》

 相変わらずな営業メールだとクスリと笑みが込み上げる。

岡田くんは前に勤めていた雑誌編集社の営業さんだ。

あたしと入れ違いで入ったので顔を知ったのは、その年の初詣のときだった。岡田くんにまつわる情報はかなり得ていた。

同じデザイナーのえいじくんにやんわりと聞いていたからだ。

「あやちゃんが好きそうな顔だよ。イケメンだし」

「は?なにそれ?」

 男性が男性を褒めるときは必ずといってよいほどあたしの好みと天と地ほどはかけ離れている。

男性目線と女性目線の違い。

なので岡田くんの顔を見る前までは、まるでイケメンだよという単語を全く信用してはいなかった。

「あ、こんにちは」

 初詣の途中で岡田くんをひろい、岡田くんが後ろに乗っているあたしにちらりと一瞥をくれた。

 ひどく驚嘆したのをおぼえている。えいじくんの言葉の通りに爽やかな容姿の男性だった。

「あやさんですよね?うわさはえいじさんから聞いてますょ」日差しが眩しいのか目を細めながらつぶやく。

 え?えいじくんの方を見やり何かゆったのとは口にはしなかったけれど、岡田くんはあたしの存在を良かれ悪かれ知っているかと思ったらちょっぴり嬉しかった。

 あたしが会社を辞めても新年会や初詣に誘ってくれ、岡田くんとも徐々に話をするようになった。あたしよりも8歳年下の男性。年下のイケメンとだけしか思ってはいなかった。

 その日までは。

《実は被写体になってほしいの》

《え?》

 LINEはすぐさま既読になり、そのタイミングで電話がかかってきた。iPhoneの着信音が最大限の音になっていて、尚一層驚嘆をした。朝がひどく苦手なあたし。毎朝目覚まし時計替わりに使っているiPhone。音を小さくするのを忘れていたよと思いつつ電話に出た。

「あ、ぼくです。あやさん、なに?被写体って?」

 口調からは本当に被写体の意味がわかっていないことが伺えた。

「写真のモデルだよ」

 自然に言った。

「えー!えー!俺、まじでそれだけは無理っ!」

 腹が出てるし、脱げないっすよ。困惑気味な声音で脱げないと付け足した。 

 それでも岡田くんは電話越しで眉間にシワを寄せつつ考えているのがわかる。

 やや間があり、何かを思い出したかのよう話し出した。

「俺の連れでもいいすかね?」

「いや、知らない人だと怖いし」

「いやー、かなりのイケメンっすよ」

 だから、お願い、岡田くんがいいの。

 あたしは、まるで子どもがおもちゃをねだるようにしつように詰め寄った。

 何か腑に落ちない様子を交えつつ非常に困惑気味な口調で、あたしの懇願をむげにできず、仕方ないなぁという感じで電話を切った。

 岡田くんはきちりと約束は守るタイプだと周知している。

営業をしている岡田くんにまつわる仕事のうわさは聞いている。

クライアントとうまくコミュニケーションを取り仕事に結びつける。

えいちゃんもなんやかんやいっても岡田くんの仕事ぶりは褒めていたから。

 あたし達はホテルにいた。異様に豪華なシャンデリアを見上げたとたん現実味が湧いた。 

 冷静に考えてみる。

約2年ほどはただの知り合いだったのに、なぜかホテルにいる。

写真を撮りたいからという理由にかこつけて、ホテルにいる。

 先刻まで平然と凡庸にしていた空気が異様な空気感に変化した。

 急にどうしていいのかわからず、あたしは右往左往しつつ、岡田くんの方に視線を向け、挙動不審になりながらカメラを取り出した。

「え?すげー、一眼レフじゃないっすかぁ」

 岡田くんはコンデジだとばっかり思っていたよ、くだけた感じで笑った。

その顔すっごくいいと思い、シャッターを無心にきった。

スーツ姿がひどく様になっていた。タバコを吸うしぐさ。まだ若い彼は何をしてもどんな表情でも様になった。

ファインダーからのぞく彼は今までに見たこともない岡田くんで見紛うほどにひどく綺麗だった。

「ねぇ、キスしているところを撮ってもいい?作品にしたいから」

 岡田くんは、驚いた形相を向けつつも、自己で納得をした。

指先に見とれる。

裸で抱き合ってキスをしているところを撮りたいの。

あたしの利己的な発言に言及する様子もなく、岡田くんとあたしは互いにシャワーを浴び、こうこうと電気がともっている部屋で抱き合った。

岡田くんの体温と心臓の音があたしの胸に伝わってくる。

平然を装っている岡田くんもあたしと同じで平然ではないはずだ。

なにせキスをするのだ。

「して」

 あたしは岡田くんに抱きついた。

そして目をつむる。

リモコンシャッターを押しながらキスを何度も繰り返す。

もう、あきれるほど止まらなかった。

舌と舌が絡みあう。

せわしなくうごめく舌はあたしをひどく夢中にさせた。

舌を絡ませる必要はなかったのかもしれない。

なぜ舌を絡ませる?どうしてなの?頭の中で渦巻く思考と裏腹にあたしはかなり陶酔していた。 

 シャッター音がするたび、興奮と羞恥のはざまにいるあたしは必死に岡田くんの唇を探し、必死に抱きつき、何度も髪の毛をかき上げ、キスという大雨を降らせた。

角度を変えながらシャッターを切る。

全く確認をしていないのでうまく撮れているのか気になったけれど、それはもうどうでもよかった。

あたしはただ単に岡田くんの温もりがほしかったのかもしれない。

岡田くんにただ抱きしめられたかったのかもしれない。

そしていつの日か存在を知ったときから彼に抱かれキスをしたかったのかもしれない。

 撮影を終えてもあたしと岡田くんは寡黙に抱き合った。優しい手のひらがあたしの背中をいったりきたりしている。岡田くんの下半身が誠に気になったけれど、お互いその部分は見てみないふりをした。

 時折引っかかる硬く冷たい物の感触があたしの全てを震わせた。岡田くんの手のひらを取り頬にあてた。冷たい銀色の輪っかがあたしの頬を伝う温かい液体でぬれていた。

 岡田くんは何もいわず、何も聞かずにあたしを抱き寄せ涙をそうっと拭った。

 写真のモデルだからといっても裸体をさらし抱き合い、キスをする。あたし自身が短絡的に軽く考えていたことなのに、これではまるでミイラ取りがミイラになったなとぼんやりした頭で考えを転がす。

 撮影した写真はおどろいてしまうほど綺麗に撮れていた。レタッチをして岡田くんに何枚か送った。

《ありがとうございます。今度はもっとイケメン用意します》

 営業マンらしいLINEの文面に笑みを落とすも、2人並んで写っている写真は本当にモデルみたいじゃんと自分でも見とれてしまうほどだった。

 けれど。けれどどの写真にも岡田くんの左の薬指に銀色の輪っかがぴかっと輝いていた。結婚しているんだぞ。俺はと誇示している銀の輪っか。

 岡田くんは既婚者だ。3歳になる娘と奥さん。

 あたしは、指を拡大しコピースタンプツールで指輪を消した。

Barren love 不毛な恋たち 【全12回】 公開日
(その1)あめのなかのたにん 2020年4月29日
(その2)とししたのおとこ 2020年5月29日
(その3)おかだくん 2020年6月19日
(その4)つよいおんな 2020年7月31日
(その5)舌下錠 2020年8月31日
(その6)サーモン 2020年9月30日
(その7)シャンプー 2020年10月30日
(その8)春の雨 2020年11月30日
(その9)依存症 2020年12月28日
(その10)ワニのマフラー 2021年1月29日
(その11)ヘルスとこい 2021年2月26日
(その12)オトコなんてみんなばか 2021年3月31日