著者プロフィール                

       
〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その8)

高津典昭

昭和32年1月7日、広島県三原市生まれ63歳。
昭和54年陸上自衛隊入隊。その後、職を転々として現在故郷の三原に帰り産業廃棄物の分別の仕事に従事。
平成13年2級土木施工管理技士取得。
平成15年2級舗装施工管理技士取得。
執筆活動は土木作業員の頃から。
本作は「伊東きよ子」のヒット曲「花とおじさん」が私の体験によく似ていると気づき、創作意欲が湧いた。

〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その8)

 翌朝、いつもの大通り公園で、聖美ちゃん+3CNの4人は、〝敦子奪回作戦〟について議論していた。

「きのうのおっさん、かわいそうやったな」

「何言ってんのよ。女を金で買うんなら、風俗へ行けばいいのよ。素人を金で買おうなんて考えが甘いのよ」

「うちも、そう思うわ。鼻の下伸ばしてのこのこ現われて、チーマーにいいようにやられて、自動自得やわ」

「そらそうやが、あのおっさん、散布のあり金全部、奪いとられたで、あんな 小僧に。なんやかわいそうな気もすんで」

「財布だけですんだんだから、まだましじゃないの」

「せやなー」

「もし、聖美ちゃんの推理どおりやったら、高須さんも、おやじ狩りに殺られたんやろうな。それにしても高須も高須やな。敦子さんだましよったんからな

「死人に口なし。死人を攻めてもしかたない。それより、高須さんの携帯のメールの着信履歴見せて欲しいね」

「警察が慰留品やゆうて持って行きよったさかい無理やろ」

「そこに絶対、手がかりがあるんだけど」

 議論は続いた。そのうち、大通り公園に人通りが増えてきた。

「さあ、商売、商売!」

 いくらかでも、日銭を稼がなければならない。〝敦子奪回作戦〟は深夜開始される。それまでの間、聖美ちゃんは長期化をにらんでハングリータイガーでバイトしている。今日も出発した。

 3CNは、ストリートライヴが一段落ついたので休憩する事にした。ヒロシは、大通り公園のトイレに行った。そのトイレの中に入った瞬間、〝ガーン〟金属バットで何者かに後頭部を殴られた。脳しんとうを起こしたヒロシは、その場に倒れた。遠ざかる意識の中で、

「俺達をかぎまわるのをやめねえと、次は、こんなもんじゃすまねえぞ」

と悪ガキの声が聞こえた。

 ヒロシの戻りが遅いので探しに来た、ベース担当のヨシ坊によって、ヒロシは近くの病院に運ばれた。ヒロシは、とてつもなく石頭なので単なる打撲と診断された。ヒロシは俺の顔が知られているからだと思った。

 犯人はきのうのチーマーだと気づいていた。

 さらに、公園に戻ると、3CNの楽器が壊されていた。とうとう、自分達が狙われていることを知った3CNは、バンド活動を中止せざるを得なくなった。

 ぼう然としている3CNの元へ、バイトを終えた聖美ちゃんが、さし入れを持ってやって来た。元気のない3CNを見て訳を聞いた聖美ちゃんは、3人にあやまった。

「ごめんね。みんなの好意に甘えて…。こんな事になってしまって…。もう、ここまで嗅ぎ付けたんだから、あとは一人でやるから平気。今まで本当にありがとう。これ、少ないけど、お礼です。旅費の足しにしてね」

 これ以上、首を突っこんだら危険だし、3CNにも生活がある。壊れたといっても、まだ充分使える楽器を持って、3人は聖美ちゃんに別れを告げた。

 実は、聖美ちゃんは、その時、ある確固たる証拠をつかんでいたのだ。その日の昼間、例のマンホールの周りをよく見まわすと、昨日は雨で路面が濡れていて気がつかなかったが、路面の乾いた今日、ある重大な発見をした。アスファルト舗装道路というのは、その道路の品質特性上、路面に凹凸がある。その路面を見ると、血の跡と断定はできないが、しみがついている。凹部のしみは、簡単には取れないのだ。おそらく、犯行後、水で流して洗ったようだが、凹部にはっきり残っている。さらに、あたりを見渡すと、路側のL型のエプロンに、雨水桝に向かって流れた筋のような跡がかすかに確認できる。この有力な情報をみやげに、3CNのもとにとんで帰ったのだが、もう、これから後は一人でやるしかない。今夜も例の疑惑の路地で張り込んだ。

 その頃、3CNは、千歳空港行きのバスを待っていた。

「ああは言ったものの、聖美ちゃん一人じゃ心配やな」

「自分、聖美ちゃんの事、好きやしな。そない心配やったら、なんとかしたりいな」

「俺、顔知られとるさかい、めったな事でけへんねん」

「何言うてんねん、この根性なし。金玉ほかしたろか」

「かんにんや」

「俺やったら大丈夫や。ええ考えがあるのや。おそらく、あのチーマーは、今晩もおやじ狩りをやるやろ。そこで俺は、テレクラへ行ってな…こうこうこうや」

 チーマーに顔の知られていないヨシ坊が言った。

「そら危険やで」

「聖美ちゃんの笑顔が見とうないんか?」

「♫聖美ちゃんが笑ってくれるなら、僕は悪にでもなるー♪や」

「よっしゃー!」

 3CNにバンド発足当時の団結が戻った。  ヨシ坊とヒロシは、ススキノのテレクラ〝りんりんハウス〟に入店した。2人別々の部屋に入ったが、目的は1つ。〝テレビ塔〟と待ち合わせ場所を指定

してくる女とアポを取る事だ!どっちがとってもアポは必ずヨシ坊が行く。ターゲットの娘と間違えないように、待ち合わせ場所は必ず女に言わせる。そして、女の特徴をあらかじめ聞き出しておくことが大事だ。巨乳・巨尻・ヘソ出し。そこまで電話で話してもらえるかは、この2人のトーク次第だ。

「もしもし、はじめまして。……中島公園?あっ、どうも」

「こいつもちゃうわ。それにしても雲をつかむような話になってきたな。テレクラもまだいっぱい店があるしな。ヨシ坊のアイデアは、よくずれとるからな。ま、しゃあない」

 電話は1時間に4~5本かかってくるのだが、ターゲットの娘ではない。2人ともしびれを切らした。

 その時、電話がかかってきた。ヒロシの部屋だ。ヒロシは、なかばあきらめながら電話の受話器をとった。

「もしもし、はじめまして…大阪から遊びに来とんねん。どっか、おもろいとこ連れたってや。…で、彼女、どんな体しとんねん?…えっ、おっぱいでかいの?…105センチー。居乳大好きやねん。どこで待ち合わせる?札幌よう知らんさかい、そっちで指定してんか?えっ、テレビ塔!地図持っとるさかいな、大丈夫や。ほな1時な」

 ヒロシは素早く部屋をとび出し、ヨシ坊の部屋をノックした。

「俺や」

「なんやヒロシか。もうあきらめたんか?」

「ちゃうわい。アポ取ったでー。まちがいなくあの女やで」

「よっしゃー。やるでー。皆、配置につけー。おそらく、聖美ちゃんはきのうの非常階段に隠れとるやろ。ヒロシ、おまえ聖美ちゃんを守れ。俺は、おとり捜査員じゃ」

「やるでー。また、聖美ちゃんに会えるんや」

 そう思うと、ヒロシに勇気がわいてきた。

 店を出ると、ヨシ坊は、ヴォーカル担当のミウに、

「俺がチーマーに囲まれて路地に入ったら、すぐに110番してな」

と言って、待機場所を告げた。チーマーは、すでに、この路地で待機している。

 聖美ちゃんは、このビル群が暗くなった22時頃から、きのうの非常階段に張りついていたので、例の露出過多の娘が、この路地から電話をかけていたのを確認していた。

「今日も、ここでおやじ狩りが行われるんだ。今日こそ奴らのしっぽをつかむ」

と心に決めていた。すると肩をポンと叩かれた。

「しまった、見つかった、まずい」

と思って振り向くと、なんと帰阪したはずのヒロシがそこにいた。

「あれー、ヒロシ君、帰ったんじゃなかったの?」

「そのつもりやったんやが、聖美ちゃん一人にでけへん」

「ありがとう。ついさっき、そこで例の娘が電話して出て行ったから、もうすぐ、おやじ連れて来ると思うの」

「それが、今日は、おやじやないねん。なんと、ヨシ坊や」

「えー、おとり捜査?それは危険よ」

「奴らに近づくには、一番ええ手なんや」

と話していると、ヨシ坊がチーマーに囲まれて、この路地に入って来た。今日も娘は、同じさる芝居をしている。ヨシ坊は、おどされているが、最初から金をやるつもりはない。財布も免許証などの入ったカードケースも持っていない。すでに、ミウは110番通報したはずだ。

 そこまで段取りどおりだったが、ミウの場所が現場に近すぎたため、事前に見張り役のチーマーに捕まり、携帯を踏みつけられ壊されていたのだ。そして、仲間のいる現場に連れて来られ万事休すとなった。

 金を持っていないヨシ坊とミウが危険だ。ヒロシは、すかさず携帯で110番した。しかし、その声があまりにも大きいため、チーマーにばれてしまった。

「おい、まだ誰かいるぞ。あそこだ、つかまえろ」

 見張り役は携帯で別の仲間を呼びながらヒロシを追った。ヒロシがいなくなったので聖美ちゃんが110番通報を続けたが、リーダー格の少年Aはナイフを取りだし、有無を言わせずヨシ坊を刺した。すでに前日、高須をメッタ刺しにしていた少年Aは、何の抵抗もなくなっていた。警察の到着まで待っていられない。1秒を争う。

 そう考えた瞬間、聖美ちゃんはビルの非常階段から少年Aを目指して飛び降りた。3階からなのでかなりの衝撃だ。

「痛!」

 激痛がかかとに走ったが、それどころじゃなかった。少年Aの金的に横蹴りを見舞った。突然、どこからか降って来た者から蹴りを入れられた少年Aは、その場にもんどりうった。聖美ちゃんは、12メートルの等加速度運動で落下したエネルギーに対し、路面の反発力が加わり、もともと強い聖美ちゃんのキック力が、クロスカウンターのように2倍の威力を発揮したのだから無理もない。少年Aは、

「金玉がー、金玉がー」

と泣き叫んでいる。おそらく、金玉割ったと思われる。

 怒りの聖美ちゃんは、少年Aからナイフを奪い取り、

「金玉スカッとナイフで切る!(金玉、マスカット、ナイフで切る)。」

と逆にチーマーをおどした。

 さらに、

「この道路のしみは何?高須さんをここで刺し殺したんだ。そして、彼の携帯の着信履歴を見て、敦子という女とテレビ塔の下で待ち合わせることがわかったから、そこに運んで罪を他人になすりつける工作をしたのよ。そして、110番メール通報した。私はわかってるんだ。白状しろ!」

とせまった。

 すべてを読まれたチーマーは、戦意そう失でのたうちまわるリーダーを見て動揺していたが、ミウにナイフを向けた。

「ナイフを捨てないとこの女を刺すぞ」

  聖美ちゃんはやむを得ずナイフを捨てた。しかし、なんとか警察が到着するまで、この場をもたさないといけない。

 てゆうか、ミウを助けなければ。ヨシ坊は、傷はそれほどでもないが、流れる血を見て、すでに戦う意欲を失っている。ヒロシは逃げて、どこにいるか分からない。もう己しか頼れない。相手は4人…どうやって。しかも、ミウは、はがいじめされてナイフを突きつけられている。どうしたら。

「離しなさい」

と言っても離す訳がない。しかも、先程、着地した際に傷めたかかとに激痛が走る。あやうし、あや牛、聖美ちゃん。

 その時だ!快音とともにミウをはがいじめしていたチーマーが突然うずくまった。

 ある男が、そのチーマーに蹴りを入れたのだ。

「逃げろ」

 その男は言った。ミウは明るい方向へ逃げた。はじめは、暗くてよくわからなかったが、

「健さん?」

「何でもいいから、おまえも早く逃げろ!」

「警察署にいるはずの健さんが何でここに?」

「多言無用」

 聖美ちゃんは不思議だったが多勢に無勢。なんとチーマーはこの場所で遊ばせてもらえる後ろ盾である暴力団を呼んで来ていた。健さんを見捨てられないと思うと、その場から立ち去れないし、傷ついたヨシ坊も放っておけない。健さんは驚くほど強い。空手とかボクシングというのではなく、とほうもなくけんか慣れしている。聖美ちゃんも顔に頭突きを食らった。だがへたな奴がやる頭突きはかえって危険なのだ。中途半端に頭突きを食った聖美ちゃんは闘志に火がついた。健さんと聖美ちゃんは4人のチーマーを足腰とちんちんが立たないまでたたきのめした。そこまでは良かったが、久々に体を動かした健さんは息が上がっていた。聖美ちゃんのかかとも限界だった。

 2人の体力の限界がきた頃、黒塗りの車のドアが開き、中から屈強な組員達が出てきた。聖美ちゃんは、後ろからはがいじめされ、足を掛けられ、転んでしまった。すかさず首をしめられとり押さえられた。健さんは年のせいか、足がつった。

「いてててて…」

 とうとう、健さんと聖美ちゃんは、この黒塗りの車に閉じ込められ、車は走り去った。


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