著者プロフィール                

       
〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その2)

高津典昭

昭和32年1月7日、広島県三原市生まれ63歳。
昭和54年陸上自衛隊入隊。その後、職を転々として現在故郷の三原に帰り産業廃棄物の分別の仕事に従事。
平成13年2級土木施工管理技士取得。
平成15年2級舗装施工管理技士取得。
執筆活動は土木作業員の頃から。
本作は「伊東きよ子」のヒット曲「花とおじさん」が私の体験によく似ていると気づき、創作意欲が湧いた。

〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その2)

 2日目のスタートだ。まだこの美女3人組はあのいまわしい事故に巻き込まれることなど思ってもいなかった。

 まず登別の地獄谷を歩いた。登別温泉は地獄谷から硫黄を採掘していた岡田半兵衛が共同浴場をつくった事に始まる。11種類の泉質を持つ温泉地として世界でも珍しい存在だ。その場の3分の2がここから引湯されている。直径450メートル、面積11haの爆裂火口の跡の様は、整備されてあるとはいえ地獄そのものだ。あちこちから白い蒸気やガスが立ち登り、時々間欠泉が熱湯を吹き上げる。

 その後一行はロープウェイでクマ牧場を訪ねた。約200頭のヒグマがいる牧場だ。場内で売られている餌を投げ入れると、たくさんのクマが立ち上がって手を挙げる。

「かわいー」

 美女3人はヒグマがこんなにかわいいとは思わなかった。そして、クマを間近に観察できる〝人のオリ〟に入ると、クマと人間の立場が逆転する。今まで、エサをねだる姿に、北の王者の風格を忘れていたのが、ここに入ると、

「やっぱりヒグマってこわいねー」

と再認識させられた。ツアーはさすがに綿密に構成されている。限られた滞在時間であるが、クマのショーも見学することができた。

 クマざんまいのクマ牧場を後にしてバスは、鉄の町、室蘭に向かった。チキウ岬で太平洋を眺めた。内浦湾をぐるっと見渡すと、対岸の渡島半島までわずか30km余り。雄大な駒ヶ岳がはっきり見える。

「以外と近いものね。函館まで内浦湾をぐるっと回るから何時間もかかるけど、距離的には近いのね」

 ここから日高地方もはるかに望める。

 その後新しく開通した白鳥大橋を渡った。この橋は陸けい島である室蘭半島にとって画期的な橋だ。室蘭港を一またぎ。豪快な海に架かる橋だ。鉄冷えの室蘭。そこに拡がる新日鉄はじめ工場群の煙突が心なしか寂しそうに見えた。

 バスは進路を北に向けて進む。次は本日の最終目的地である洞爺湖だ。内浦湾岸を進み、伊達市街地を右折して海と別れを告げ、山に向かった。いよいよ、近年大噴火した有珠山とそのすそ野に拡がる洞爺湖温泉街だ。バスガイドから、まず最初に紹介されたのが、バスの正面に見える昭和新山だ。なんとも異様な形をしている。標高は低く小さな活火山だ。山麓こそ森林に覆われているが、山腹から上は、かっ色の岩が露出していて、まるで素っ裸だ。その武骨な握りこぶしのような山を見て、おやじのはげ頭みたいだねと美女3人はうけて笑っていると、前に坐っていたはげオヤジが下を向いてうつむいた。昭和新山は、その名が示すように、昭和18年、爆音とともに噴火したところから名付けられた。その後、平坦な麦畑が2年をかけて標高407mに隆起した活火山だ。バスは、麓のお土産物街に止まった。なかなか広大な施設だ。美女3人組はアツアツの揚げ芋に舌鼓を打って地ビールを飲みながら噴煙をながめた。

 お土産物街を出発したバスは、洞爺湖を正面に眺めながら坂を下って行った。バスの左手には、2000年3月31日噴火した有珠山が見えてきた。バスは湖にぶつかり左折すると、現在の噴火口がよく見える。湖畔沿いを走るにつれ、噴煙が間近にせまってきた。

「煙がこんなに近くに。ずい分、低い所に噴火口があるのね」

  実際は3ケ所なのだが、このあたりから見えるのは2ケ所の噴火口だ。なにしろ一度は温泉街全域に避難指示が出され、この道内一の規模を誇る一大温泉観光地が廃虚と化した時期がある。観光産業で生計をたてていた人々や街は大打撃を受けた。その後、序々に緊張は緩和していき、5月5日、洞爺湖遊覧船が運航を再開。6月10日、洞爺湖温泉街で2件のホテルが営業を再開。14日、観光施設が集中する洞爺湖温泉街東側地域の避難指示解除。7月25日、自衛隊が復旧作業を撤収し、残っていた洞爺湖温泉と泉地区の避難指示を解除して、夏の観光シーズン最盛期を迎えた。しかし沈静化したとはいえ、不気味な噴火活動は続き、この大きなイメージダウンにより、観光客は激減、街の死活問題となった。火山がこの街を豊かにしたが、その火山によってこの街は衰退された。しかし、そのままでへこたれる街ではなかった。9月9日、北海道大学の測定により、やっと、有珠山マグマ活動終息を確認。10月16日、虻田町が洞爺湖温泉復興計画をまとめ、有珠山・洞爺湖復興PRキャラバン隊が全国へ出発した。

 その復興PRの目玉が新しくできた、この2つの噴火口なのだ。大惨事になるところだった噴火口を逆に観光の目玉にした。湖から見ると、向かって左が有珠山の名前から命名し、有(ゆう)くん、右が珠(たま)ちゃんだ。敦子は顔がさとう珠緒に似ていると評判である。ツアーのみんなから珠ちゃんだってと一斉に指をさされた。すでにこの美女3人組は人気物だったのだ。

 ところがそれを快く思わない熟年女性がいた。この女性は、隣のダンディな男と2人連れだ。夫婦らしいが全く会話も笑顔もない女性を聖美ちゃんは気になっていた。

ツアーの皆が有くん、珠ちゃんで盛り上がっていた時だ。笑顔のツアー一行の中で唯一無表情だった、その女性が敦子に向かって、

「あんた、いつもうるさいのよ。少し静かにしてちょうだい」

と怒った口調で言った。どうも、敦子のきんきん声が前々から耳についていらいらしていたようだ。敦子のきんきん声は、その愛くるしい顔との相乗効果で、よけいかわいく感じさせるのだが、聞く人によっては耳に響いてうるさく感じるようだ。

 せっかく盛り上がっているのに、水をさされた美女3人組はいらだった。

「あんた暗いのよ。みんな楽しく旅してるのに何言ってんの」

とけんかが始まった。

「静かに旅を楽しみたい人だっているのよ。みんながあなた達と同じじゃないのよ。バカ!」

敦子も負けていない。

「そのきんきん声がうるせえんだよ」

 上品ぶっていた無表情女性はついにきれた。しかし、相手は無敵の美女3人組だ。勝ち目はない。やっと隣のダンディな男が立ち上がり、

「京子、みんなに迷惑じゃないか。やめるんだ」

 やはり夫婦だ。しかしこの男の話など、聞く耳を持たず、怒りの女性は夫にも食ってかかった。

 どうも深い訳がありそうだと感じた聖美ちゃんはくやしいが、ここはひとまずと考え、このけんかを終結させた。この聖美ちゃんの適切な行動に車内から拍手が起こった。何か、事件の前ぶれを感じさせるでき事だった。

 まもなく、バスは本日の宿泊地、洞爺湖温泉街に入った。サンパレス・湖畔亭・万世閣・洞爺パークホテルと巨大なホテル群が次々に登場する。観光遊覧船のり塲に到着した。

 一行は遊覧船エスポワールに乗り込んだ、実はこの遊覧船に乗ったあたりから、話が枝葉に分かれ、複雑化してゆくのだ。中世の古城をイメージした豪華双胴船エスポワールは、広い洞爺湖を一巡する。

 聖美ちゃんは、有珠山、昭和新山そして蝦夷富士といわれる羊蹄山を臨む雄大な景観にしばし圧倒され、長い黒髪を風になびかせていた。そこへ、関西弁の集団が近づいて来た。聖美ちゃんが振り向くと、

「かっちょえー」

 男2人と女1人の同じツアー客だ。

「さっきのバスの中の事やがなー。ごっつぅ見事やったんか」

「ほんまや。うちもな、同じ女でも惚れるわ」

とすっかり意気投合した。なんでもこの3人組はロックバンドで、ライブハウスを中心に活動し、地元大阪では、自費制作ながらCDデビューしたが、メジャーデビューへの道は遠く、音楽性の違いから解散するか否かをこの旅行中に決めるそうだ。聖美ちゃんは、そんな人生を決めるような大切な旅行に私がまざっていいのかなと思ったが、3人組は、ただでさえギグギャグ(オヤジギャク)した関係のところに明るい聖美ちゃんが入ってくれて大歓迎のようだ。

 エスポワールは風を切って進む。初日に続き今日も快晴だ。風が心地良い。その時だ。美女3人組のフェロモン系田中さんがデッキに目をやり、渋い中年男性を見つけたのは。実は、昨日から気になっていた。一人旅なのだろうか、それにしても私のタイプだからいいきっかけがないかしらなどと虎視眈々と狙っていたのだ。名案が生かんだ。非常に古典的だが。田中さんは敦子に、

「ちょっとおトイレ」

と言って席を立つ。渋い中年男性に近づき、わざとらしくハンカチを落とした。それに気づいた男は、子供時代に遊んだ〝ハンカチ落とし〟だと思って参加の意志がないと言おうとしたら、田中さんは、

「いけなーい。ハンカチ落としちゃった」

と言って、しゃがんでハンカチを拾った。その時、フェロモン系美女の田中さんの胸元からのぞいた胸の谷間を間近で見た男は、すっかり田中さんの虜になった。田中さん、作戦成功。ロマンスが始まった。

 いろんな出会いを与えながら、エスポワールは、湖の中央に浮かぶ中島に寄港した。中島といっても4島から成り、一番大きな大島に立ち寄った。湖に浮かぶ島としては驚くほど大きい。この島には森林博物館があり、エゾシカが生育している。残念ながらエゾシカは発見できなかったが、田中さんは見事射止めた男と2人でカラマツ林を歩いた。その様子を見ていた聖美ちゃん達は、

「さすが田中さん。得意のフェロモン攻撃ね。ただし、あの男、影があるな。どうも気になる」

「せやろ。うちもそう思うねん」

「ほうか?後姿に影があるっちゅうのは渋い男の基本やろうが」

「よっ!健さん」

 この即席、変制4人組はこのカップルを祝福した。

 そうして、エスポワールは温泉桟橋に到着した。あの有名な洞爺湖ロングラン花火大会に合わせて出航され、船上から眺められるのだ。桟橋からは徒歩で本日の宿泊ホテル『湖畔亭』に案内された。このホテルの目玉は、最上階にある空中露天風呂から見るダイナミックな花火だ。館内は日本庭園など日本情緒たっぷりの風情や調度品で統一され、雅である。夕食は大広間だ。その後、聖美ちゃんは例のグループに、田中さんは例の彼氏のところに遊びに行った。一人になった敦子は、

「まあ、たまには一人でのんびりお湯につかりましょう」

とロングラン花火大会をホテル自慢の空中露天ぶろから眺めた。とても美しかった。少し寂しい気もした。

 翌朝、早起きして美女3人組は空中露天ぶろに入った。

「きのうは暗くて見えなかったけど、羊蹄山がみごとねー」

「本当。富士山みたい」

 聖美ちゃんは、例のグループと、ほとんど朝まで飲みあかして酔いざましだ。田中さんは例の彼氏と過ごした一夜を得意気にまくしたてた。聞き役の敦子は『北海の大地にて女のロマンスを追え!』と、当初から燃えていたので、何かロマンスが欲しくなった。美女3人組は、昨夜のロングラン花火大会の話で盛り上がった。

 ♫恋をしようよ、花火をしようよ♪  この歌のように、今も快晴だ。


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