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第3回 子と母の連関――幼児期の自立と成長 〜 学校教育の限界と母性への眼差し(その3)

北島 惠美子

昭和36年(1961年)生まれ。東京都出身。慶応義塾大学医学部附属厚生女子学院卒。正看護師籍第482310号。慶応義塾大学医学部付属病院勤務を経て、文教大学教育学部初等教育課程数学専修を卒業し、小学校教諭・中学校数学教諭の免許を取得。その後、浦和ルーテル学院初等部専任教諭、星美学園小学校専任教諭、東京都立小・中学校講師として勤務しながら、教育現場に看護ケアを活かす全人的『教育ケア』を開発。日本社会事業大学社会福祉士養成課程(通信教育部)も卒業している。

第3回 子と母の連関――幼児期の自立と成長 〜 学校教育の限界と母性への眼差し(その3)

母が見護る、子の育ち

母は、我が子の言動に潜む意図を汲み取り、その子との関わりの記憶の連続のなかに留めて、見送り、自律の達成まで見届ける存在である。

子は、乳幼児期に達成した「自立」を、そのまま生涯の最期まで維持することを欲する。それは、すべての人間に共通する基本的欲求である。

幼児期の「自立」とは何か

自立の狙いとは、その子が自然に、かつ自らを社会へ活かして生き抜くために、生まれ持った能力(faculty)を外界へ試し、成功や失敗の自己評価を経験に蓄え、さらに、自分が働きかけた対象からの応答を通じて「物事の理(ことわり)」を新たに摑み、それもまた経験として積み重ねていくことにある。

言語の発達が人間を形づくる

この自立の過程には、言語能力の発達が深く関わっている。授乳時から目と目を合わせて交わす母との気持ちのやりとりに「母語」が介在し、6か月を過ぎれば母の指示を読み取るようになる。1歳頃、立ち上がり歩き始める頃には、喃語による構音練習とともに大人の言葉を真似し、言葉と対象を結びつけようと盛んに試みる。

こうして日々の暮らしのなかで語彙を増やしていく生活を、子ども自身が創っていく。3歳になれば幼稚園などの集団に入り、教諭による適切な言語教育の介入も得て、4〜5歳には脳内に蓄えてきた言葉を組み合わせ、自らの思考を表現できるようになる。それが、その子の「意思表明」だ。ここでこそ、幼児期に蓄積してきた経験が言語化され、有効に活用されるようになるのである。

子どもの事例から

3〜4歳児は、失敗の原因探しもする。その際、大人も共に実況見分に参加し、言葉とともに経緯の振り返りを手助けする。すると子どもは原因を言葉で表現し、次に失敗しないための方法を自ら整理して発表する。自らのあるべき行動を思い浮かべ、言葉を介して再構築することが、次への確実な一歩となるのである。

まとめると、基本的生活習慣の自立のうえに、さらに思考生活習慣の基盤が築かれ、思考もまた自立する。

養育者の姿勢が問われる

生涯にわたる思考力の土壌づくりに余念のない子どもたちの、絶え間なく高速に煌めく時間を、「煩わしい、子どもの『なぜ?』」「いやいや期」などと呼んでやり過ごす現代の祖父母世代の姿勢に、私は深い危機感を覚えた。それでは、子育てに取り組む親世代は路頭に迷うほかない。

自立を支える二つの柱

生涯にわたって持続する自律のためには、二つの支柱が不可欠である。「秩序」感と、尊敬に値する「模範」の存在だ。子どもが英雄に憧れるのは、まさにこの本能的な欲求の表れである。

「秩序」感の例として、2歳児がものを「並べて」満足する行動がある。心のなかに生来備わっている秩序感が、その行動によって引き出され、整うから、子どもは満足するのだ。

「模範」としては、良質なヒーロー作品や、家族のなかにそれを担う存在が必要である。とくに父親にはその役割がある。子どもが秩序や正義に従い、社会で活躍する父の教えを仰ぐ――それが父性の本質である。

病児にも等しく「学び」を

病棟にいる子どもたちもまた、同じ発達の欲求を持っている。ベッド上で安静を強いられる子が、母親のカバンから飴を取り出し、並べ、組み合わせを作って見せる。それは自ら心を整えている姿にほかならない。外来の待合スペースでソファを上り下りし、身体を動かそうとする子は、自ら運動能力を鍛え、強く大きくなりたいと願っている。

だからこそ私は、医療も教育も学んだことのない、病院内で働く大人たちへ警告したい。病児は元気のない者だと決めつけて、子ども本来の育ちを停止させ、知的好奇心さえ奪おうとすることは許されない、ということを。そこには、「教育」とは学校の調子に合わせられる子だけを対象とするものだ、という思い違いの問題もあることを看過できない。

ある小児病院では、院内学級を備えてはいても、小児病棟のほとんどの病児が、日常的に教育的刺激をまったく受けられずに放置されているせいで、ほぼ全員が無表情であった。たしかに、看護師らの心づくしの関わりを通して応答反応は可能であったが、光や音楽などの刺激に身体感覚を共鳴させ、自らの生命活動を自覚的に味わう悦びへも誘導してあげたいものである。そうして、その子の人格陶冶に資したい。

学校教育の限界と母性への眼差し 【全6回】 公開日
(その1)第1回 はじめに――学校教育の限界と、母性への眼差しわが国の学校教育の地平線から――educational juris prudence 2026年6月15日
(その2)第2回 学校教育の目的の歴史――その来歴と限界 2026年6月30日
(その3)第3回 子と母の連関――幼児期の自立と成長 2026年7月17日