書籍情報
「しあわせの合図」に気づいたら、
人生は動きはじめる。
(あらすじ)
彼女との関係をあと一歩進められない会社員、ホームヘルパーの仕事に行き詰まる主婦、娘を亡くしてしまった夫婦、中学受験に失敗した優等生、家族との確執により結婚に踏み切れない女性……。きっかけはほんの些細でも、誰かが誰かを想った行動が、立ち止まっていた背中を優しく押して――。思いもよらない幸せのリンクに心が震える傑作長編小説。
プロフィール
中條 てい
一九五六年生まれ。三重県在住。南山大学文学部仏語学仏文学科卒業。他の著書に『ヴァネッサの伝言』『ヴァネッサの伝言 故郷』『空に、祝ぎ歌』(すべて幻冬舎ルネッサンス)がある。二〇一二年、斎藤緑雨文化賞長編小説賞受賞。
インタビュー
『アイミタガイ』映画化記念
中條てい様 特別インタビュー
中條ていさんが幻冬舎ルネッサンスから2013年に出版した小説を、黒木華さん主演で映画化した長編映画「アイミタガイ」が2024年11月に公開となります。小さな優しさから生まれた些細な行動が思いがけずリンクしていき、立ち止まって悩んでいた誰かが一歩を踏み出すきっかけになっていく……珠玉の感動作が生まれた背景や、映画化にあたっての心境について、映画の注目ポイントなどを交えながらお聞きしました。
作品づくりと
書籍『アイミタガイ』の誕生について
ご高著『アイミタガイ』の映画化、おめでとうございます。
ありがとうございます。
中條さんは幻冬舎ルネッサンスから『ヴァネッサの伝言』(2008年)、『ヴァネッサの伝言 故郷』(2010年)、『空に祝ぎ歌』(2011年)、『アイミタガイ』(2013年)を出版されていますが、改めて、最初に本を出版した時のことを教えていただけますか。
私、本を書くとか書けるとか、全く思っていませんでした。ある日突然、思いつきまして、書き方もわからないまま始めた作業だったんです。いまだに、どうしてこんなことを思いついてしまったのかわかりませんね。
そうだったんですね。本を書くことを決めた時、作品のテーマや物語の構想をどうやってお決めになったんですか?
難しい質問ですね。最初から確固としたものがあるわけじゃなく、ただ、書いてみたいものが見つかると、まずストーリーが浮かぶんです。すると出口(結末)が見えて、後はそこに向かって掘り進めていくだけですね。ストーリーを展開させていくうち、漠然とテーマがわかってきて、そこを掘り下げ考えていると、出来上がる頃には一つの解釈に辿り着いているとう感じなんです。
なんだかトンネルを掘るような作業ですね。
全くトンネルですね。途中で紆余曲折するんですけど、「最後はここに出たいな」と出口に向かってるから外に出られます(笑)。テーマもトンネルの途中の宝さがしみたいな感じで、「おお、これか」って見つけたときは嬉しいですよ。
そうして書き上げられた作品を実際に本にするにあたって、出版社の編集者とはどのようなやり取りがあったのですか?
私は一人の編集者しか存じ上げないので、他の方がどういうやり方をなさるかは知らないのですが、文章の良し悪しというよりも、私の頭の中に展開している物語世界を共有してくださっていました。だから二人で同じ箱庭を覗くようにしてやり取りができましたので、とても深くて濃密な話し合いができました。自分の脳の中ってなかなか人には見せられないじゃないですか。なのに、「それって少しちがわない?」と指摘してきたり……当たってるんですよね、これが。なぜわかるのかしら?(笑)
ご自身で原稿を書いていた時とはちがう発見がありましたか?
原稿を書いているときは、書きながら学んでいる感じだったのですが、それが編集者とのやり取りを通すと自分の中で辻褄が合ってきて、「ああ、こういうことだったんだ」と腑に落ちる感じがありました。
本の制作を通じて、ご自身の変化を感じたところはありますか?
作品を書く以前でも、もちろんものを考えたり、感じたりしているつもりでしたが、実際に自分の思いを文章にしてみると、書くっていうのはただ考えるってこととは別物で、凄まじい労力がいるんだな、と身をもって体験しました。だから、何事においても、思っているだけではなく実際に行動を起こしている方に対して、敬意を払える人間になったかな、と思います。
本一冊の原稿を書くのはすごく大変なことですよね。本を出してみようと思ったことも大きな決断だったと思います。周囲との関わり方や、世の中の見方も変わったところがあったのでしょうか。
私は仕事を持っていないので、職業欄に主婦って書くんですね。自分がそれなの?と思うと、これがどうにもしっくりこなかったんですよ。自分が何者なのかってもどかしさがあったんでしょうね。でも、本を出版したら、それって自分の本質を表している名刺みたいなもんじゃないですか、自信が持てるようになりました。今も私の職業欄は主婦ですけど、もうイヤだとも何とも感じません(笑)。
それに、それまでだったら出会うことすらなかった人々が向こうから来てくださることもあります。やっぱり自分の内でも外でも、全くちがう世界になりましたね。
『アイミタガイ』を読むと、人の心の機微や、人と人の関係性などが非常にリアルに描写されていると感じました。ご自身の経験を取り入れられたのでしょうか?
それなりに長く生きていますからね(笑)。いろんな経験もしましたし、人から聞いたことから学んだものもあります。でも、『アイミタガイ』を書くにはそういう知識とか経験じゃなくて、人と向き合う姿勢が必要だったのかな、と今は感じています。
あれを書くにあたって、登場人物も多いですから、私ね、何の気なしに地元の方に名前を貸してくださいと呼び掛けたんです。面識のない数十名の方が快く貸して下さいました。でもね、頂いてみたら実在の方の名前って記号じゃなくて、やっぱり生きているんですよね。これはおろそかに扱えるもんじゃないなと向き合うと、名前が語ってくれるんですよ。妙な言い方をしましたが、それが本当にそこにいる人なんだと敬意を払って真摯に向き合ったからこそ、丁寧でリアルな心の動きが読めてきたんじゃないかな、と思います。
そうなんですね。登場人物それぞれのストーリーはお名前から着想されることが多かったのですか?
すごくありました。たとえば、ヘルパーが介護にいく老人役を求めていましたら、「小倉こみち」という美しい名前を頂き、その瞬間にご本人には全く関係がないんですが、この方の人生が見えてきましてね、それであんなストーリーが生まれました。
車さんって名前を頂いたときも、事前に想定していなかったあのタクシーの場面が、ものの一、二分で浮かびましたね。名前の威力って、すごいですよね。
『アイミタガイ』
映画について
「映画化が決まりそうだ」というお話があってから実際にこうして形になるまで、かなりお時間がかかったとうかがっています。その間、どのような心境だったのでしょうか?
原作の出版後、比較的早くお話をいただいたのですが、それから二度つぶれて三度目の正直で足かけ十年ですよね。でも最初から「映画っていうのは、とんとん拍子で運ぶ場合もあれば、頓挫することもありますよ」と聞いておりましたので、こちらとしては冷静に「ああ、そういうもんなんだな」と思っていました。でも、立ち消えてもまた忘れた頃にお話をいただいて、むしろそのことがありがたかったですね。それにいろいろあったおかげで、最終的に映画化が決定したとき、みっともなく舞い上がらずにすみました(笑)。
本当に紆余曲折あったのですね。三度目の正直で今度こそ決まったという時、どんな感じでしたか?
とにかく知人友人がお祭りのように喜んでくれました。他人の幸運をこんなふうに祝ってくれる人たちがいたんだなって、それはもう感激しました。私自身は、自分の作品が映画化されるという感覚じゃなく、映画作品に私の小説が協力できるという気持ちでしたので、すてきな映画が完成して、監督さんやみなさんのお仕事が報われたらいいな、と願っていました。
キャストをお聞きになって、どのようにお感じになりましたか?
このときは正直、舞い上がりました(笑)。黒木華さんのお名前を聞いたときには、もう梓はぴったりだなと感激しましたよ。こみちさんは小説を書いているときから草笛光子さんのようなイメージを持っていました。本当に有名な俳優さん揃いで、驚きました。
撮影を見に行かれたりはしましたか?
はい、名古屋まで行きました。こんな世界を覗くのははじめてでしたから、もうドキドキでしたが、一生に一回しかない機会と思って楽しませていただきました。テレビや映画で拝見していた俳優さん(黒木さん、中村さん)が目の前にいらっしゃって、お話しさせて頂けたのは現実かな?と今も信じられない気持ちです。
映画の中では原作にない演出をされているシーンもありますが、これはいいなと思ったところはありましたか? ネタバレにならない程度で……
実際かなりちがうんですよ。原作は五つのストーリーで構成された連作小説で、その中の一つを取り上げただけだと「アイミタガイ」というテーマは浮かび上がってこないんです。
だから、これを映画にするのって簡単じゃないだろうなと思っていました。ところがこの映画では全てのエピソードを本当に上手に一つにまとめてくださっているんですよ。でも、ただ登場人物の関係をつなぐだけだと、知らないところで思いが巡るっていう肝の部分が抜け落ちるでしょ。そこにスマホという現代的なアイテムを持ち込まれて、実にうまく表現されてるんですよね。拍手ものです!
監督の技のどこがどれほど優れているのかを味わうためにも、やっぱり原作も読んでいただきたいですね(笑)。
原作の中で一番辛い思いをするのが西田尚美さん演じる朋子なんですけどね、映画ではスマホの演出によって彼女がより一層救われるラストになったところが、個人的にはありがたいですね。
なるほど。そのシーンを見るのも今から本当に楽しみです。他にも映画制作の過程で印象的だった出来事はありますか?
私の地元の三重県でもロケが行われたんですよ。それでエキストラの募集がありまして、映画化が決まったことを喜んでくれた友人たちがエントリーしてくれたんです。選考に通った一人が、通行人役で出演してるんですよ。ロケ弁の写真を送ってくれたりして、みんなで盛り上がってました。自分一人の楽しみじゃなく、こうして友人知人家族も含めて、みんながこの映画を心待ちにしてくれてるっていうのが嬉しいです。
これから本を
出版される方へ
もしまた作品をお書きになるとしたらどんなものになるか、構想をお持ちになっていたりしますか?
私は“書かずにいられない”っていう人間じゃありませんので、あまりそういうのは持ちませんけれど、何に興味があるかと言えば、それはやっぱり誰もが迎える死の瞬間ですかね。人がその時何を思い、どんな世界を見るのか……でも、それは分かるわけありませんよね。だから結局は見送る側の気持ちを描くしかないんですけど、ずっとそれは考えてみたいです。
今、作品を書いてる人、これから出版をされる方に対してメッセージをいただけますか。
私なんかが偉そうなことは言えませんが、書籍にするということはノートやブログに書くのとは考えている以上に大きなちがいがあるように思います。自分自身のためというよりも、人に読ませることが前提になりますから、うんと精度を上げなきゃいけないですよね。
文章を書いたことがなかった私は、いきなり出版というこの急斜面で練習したわけですけど(笑)。ハードですが手法を知り、文章力をつける上ではプラスになりました。
努力もしましたが、ちゃんと装丁されて出来上がった本は自信を与えてくれましたね。そのあと商業的にどう展開していくかっていうのは全く別の話だと思いますが、少なくとも「私はこういう人間だ」と胸を張れるものにはなるんじゃないかなと思います。
ありがとうございました。