著者インタビュー

本田尚子様

編集者と一緒だったから

孤独な作業も楽しむことができた。

『里山ダイアリー』(本田尚子 著)

著者が植物画を始めたきっかけは、旅先の信州・鬼無里のミズバショウとの出会いであった。それから30年、相変わらず花に恋している著者ならではの視点で描く里山の四季。
いつも傍らに置いておきたい、とっておきのダイアリーブック。

里山ダイアリー

 幻冬舎ルネッサンスで計3冊を出されている本田尚子さん。2007年、1冊目の『里山ダイアリー』を出版した直後、他の出版社の編集者の目に留まり、商業出版が決まりました。

「出版活動が楽しくて仕方ない」という本田さんに、本を書くようになったきっかけとその楽しみ方について伺った。

 

-―出版をしようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

本田 植物の絵を趣味でずっと描いてきました。『カントリーダイアリー』(サンリオ出版)と、『花日記』(朝日新聞社)という本が大好きで、いつかこんな本を作りたいな、とずっと思っていました。

 

-―本格的に絵を描き始めたきっかけはなんですか。

本田 本格的に始めたきっかけは、一人旅で訪れた信州、鬼無里で水芭蕉を見たことです。一人だと手持ち無沙汰で、小さいメモ帳に水芭蕉を描いて時間をつぶしました。それからは旅のつれづれに描いたり、結婚して子育ての合間に描いたり、何十年も続けて描いていました。

 

-―今まで描いた枚数はどのくらいになるのですか。

本田 花の絵以外にも小さな虫の絵なんかもありまして、合わせると1600枚くらいですかね。

 

-―その絵を出版してみたいと考えたのですね。

本田 はい。それは本当に偶然で、本を作りたいなと漠然と思っているときに新聞を見ていたら、自費出版の広告を見つけたんです。それで、植物画の先生に、本を出す時はどんな出版社がいいだろうって相談をしたら、出版にはお金がかかるよって散々引き止められてしまいました。

 

-―反対を押し切ったんですか。

本田 はい。めげずに、もう決めたんです、って言って。(笑)そうしたら、せめて自費出版だけで商売している会社じゃない方がいいよとアドバイスして下さいました。それで、幻冬舎さんの新聞広告を見せたら、ここならまあ大丈夫じゃないかと。そして、社長も面白い人だよって先生がおっしゃっていました。

 

-―編集者とはまずどんな話をしたのですか。

本田 右も左も分からずに電話をかけて、こういう本を作りたいのですが、と原稿のコピーを送りましたところ、編集長からお電話があって、「きれいな絵ですね。ぜひうちで作ってごらんになりませんか。」と。電話の後、直接お会いしてお話していく中で、出版社で頼むと印刷屋で印刷するよりもお金がかかるよという噂を聞いていたので、質問しました。そうしたら、「本はね、印刷して束ねるだけじゃないんですよ。こんなに絵をお描きになるのだったら、一人で楽しむのではなく、世に問うてみませんか?」と、編集長がおっしゃって。その一言を聞いて、この出版社で本を出そうと思いました。

 

-―最初は流通させようとは考えてなかったんですか。

本田 とりあえず形になれば、としか考えていませんでした。今考えると、すごく視野が狭かったですね。

それからは、形にするんだったらどういう風にしようか、絵をどんな風に組み合わせるか、どんな文章を入れるかなどを考える作業がすごく難しかったんですけれども、そこの山を越えたら、後はすごく楽しくて。出版って言うのは、素人の考えではすごく機械化されたものかなと思っていたら、編集の方といろいろやり取りする中で、すごく手作りのものなんだと知りました。一つ一つ考えて、あぁでもないこうでもないと、手作りの工程はとても楽しい時間でした。

 

-―弊社の編集担当とはどんなやり取りがありましたか。

本田 文章の構成ももちろんですけれども、どういう絵を入れるか、また絵の数や文章の量について、何度も意見を交わしました。絵の数が多かったもので、つい張り切ってたくさん盛り込みがちになりましたが、絵を生かすためには数を減らすことも大事だし、文章も控えめが良いなど、いろいろ教えていただきました。編集担当の方と話していく中で、プロの方の意見は、やっぱり聞いたほうがいいんだなと、だんだん感じるようになってきて、修正を重ねていった結果、だんだん洗練されていく感覚が新鮮でした。意見を交わす中で、何度も新たな発見に遭遇できました。

 

-―これまで弊社から3冊出版いただいていますが、出版により周りに変化はありましたか。

本田 最初の本を出版して、2ヶ月くらいで他の出版社の方から電話かかって来たんですよ。大人の塗り絵を作っている編集長の女性で、他にどんな絵を描いているのか見たいとおっしゃっていました。それがまず最初のショックというか、大きな反響の一つですね。それから、書店に自分の本が並んでいると知り合いの方から連絡をいただいたときも、嬉しかったですね。

 

-―嬉しいですよね、実際に書店に並んでいると。

本田 最初の本は地元の本屋にも置いてもらって、嬉しくて何度も見に行きました。売り場の前で写メも撮りましたよ。『里山のきのこ』は幸い、朝日新聞の書評で紹介していただいたので、それを読んでくれた方は結構多かったようです。新聞で紹介された後は、本屋さんの植物のコーナーに行くと自分の本が置いてあり、嬉しい気持ちになりました。

 

-―表紙を見ると思わず手にとって読みたくなりますね。

本田 ありがとうございます。きのこだけでも20年くらい描いているんですけれど、そんな私から見てもきのこはおかしな存在です。見た目も変わっていますし。だけど、私にとってはすごく大事な存在で、そういう不思議なおもしろさがちょっとでも伝わるといいなと思います。

 

-―絵だけでなく、解説のページも挟まれていて、きのこに詳しくない人が読んでも面白いですよね。

本田 やっぱり、そこが描きたかったところなので。

 

-―編集担当者は本田様からよくきのこをいただいたと言っていました。

本田 編集担当さんは雨男なので、一緒に山を歩くと、きのこが見つかり易いんです(笑)

 

-―他の出版社から商業出版という形でも出版してみて、弊社からは自費出版として出版してみた違いはありますか。

本田 商業出版の方は最初から企画があるわけで、その出版社さんが決めたテーマに合わせて絵を選ぶことになります。こんな花の絵を描いてくださいとか、色がもうちょっとあるほうがいいとか、いろいろリクエストがたくさんあるので、それはそれで面白さはあるのですが、やっぱり仕事だなあとも感じます。それに比べて、こちらは本当に自分がやりたいことを一生懸命やらせてもらえるのがいいですね。

 

-―最後に、これから執筆しようと思っている皆さんにメッセージをいただけますか。

本田 以前観たテレビ番組で終活のことが扱われていて、それによると、50代60代っていうのは体力、気力、知力、トータルにおいてピークなんですって。若いうちは体力はあるけれど経験から得られる知力に欠け、歳をとると知力は増えるけれど逆に体力は落ちていくと。その足し算をすると、50代60代がピークなんだそうです。なので、そのくらいの元気のあるときに本を作るというのは、知的な運動としては最適だと思います。その時期を過ぎると思い切って本を出すということはなかなか出来ないかもしれません。すごく体力と気力がいることですから。ただ、編集者の方と一緒であれば地道な作業も楽しむことができます。自分の思いをしっかりと編集者に伝え、プロの意見を聞きながら、チャレンジをしてみてください。きっと「楽しい」と感じることができるはずです。

 

幻冬舎ルネッサンス新社では、本を作る楽しみを自費出版という形でお手伝いしております。
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