著者プロフィール                

       
 ビオラの夜(その2) 〜 シティホテル

草間かずえ

1962年11月東京生まれ。八千代東高校卒業後、船橋高等技術専門校にて機械製図を学び、SEIKOに入社。日々の暮らしを大事にして風景や草花、創作料理などを一眼レフに収めて写真をこよなく愛する。J-POPが大好き。2006年、双極性障害を発症する。

ビオラの夜(その2) 〜 シティホテル

 勇治は都内の某ホテルの中で美幸と二人になった。ドアがバタンと閉まるのを待てずに美幸を強く引き寄せ抱きしめた。美幸の体は昔より細く華奢になっているような気がした。

 勇治は苦労でもしたのかと心の中で叫びたかった。だが、あの頃の面影はもちろんあるのだが、少女が色めくあでやかさを秘めた女になっていた。そして、勇治は夜の世界に酔いしれた。

 しばらく美幸は勇治の腕の中で動かないでいた。勇治の中では美幸はまるで子うさぎだった。勇治はうつむいている美幸のあごをあげると瞳を見つめた。その目はあの頃のままだった。

 勇治はそっと美幸の唇に重ね合わせた。はじめは美幸は拒むようでもあったが、いくどもいくども勇治が押し迫るのを諦めたのか、美幸は勇治を受け入れた。美幸の唇はまるで甘い甘い砂糖菓子のようだった。舌は美幸の奥へと入っていく。舌と舌を絡めあいながら長いくちづけはようやく終わった。勇治は美幸にごめんと、ひと言いうと美幸はこくんと頷いた。

 五分前のことが噓のように勇治はベッドの奥のソファに座り煙草を一本取り出した。

「吸ってもいいかな?」

「やめて下さい」

「旦那は吸わないのかい?」

「はい、やめて下さい」

口調はきつかった。わかったとばかりに勇治は煙草をしまったのである。

「洋服に煙草の臭いがあると困ります。ごめんなさい」

「いいよ、君が謝ることではないよ。俺の方が気がまわらなかった。俺の方こそ悪かったね」

 美幸は妙に惹かれる女であった。なんだかとても惹かれる女であった。

 
 勇治はシャワーを浴びてくると、言うか言わないうちにバスルームに消えていった。水しぶきの音がしばらく止まずにいた。美幸はぼんやりしていた。勇治が嫌いではない。けれど夫の様に愛する感情はわかないのである。今日、夫は福島に出張だった。先程、夫の声を聞いたが、今、誰とここに居るかなどと説明できるはずもなかったのである。

 勇治が

「ちょっとおいで」

バスルームから大きな声がした。

 美幸がソファから立ち上がりバスルームへ行くと、勇治は優しくだが強い口調でささやいた。

「君も汗を流したらいいよ」


 何も動けずにいる美幸の服を脱がせようとしたが、美幸は一歩後ろに下がり自分でしますと小さな声で言った。それは、美幸にとって人生の岐路にたっているような気がしていた。今ならここから引き返せると思いながら口をきゅっとつぼませた。しかし、体は動かなかった。今なら、ひとりで飛び出して帰れるのに体はまったく動かなかった、いや、動けないでいたのだった。


 美幸がシャワーを浴びている間、勇治はガウンを羽織り、冷蔵庫から冷えたビールを取り出すと一気に飲み干した。窓の外からは都会の夜のネオンが眩しく目に入ってきた。美幸にはこの風景がなぜだか似合わない気がした。そして、連れ合いはどんな人か、子供は何人か、と尋ねたいのだが敢えて知りたくもなかった。

 だが、どんな人とめぐり逢い、愛し合ってきたのだろうか。そして、美幸の夫に不思議な感情が芽生えていることを、今はまだ、勇治は気づく余裕を持ち合わせていなかったのである。美幸の夫はどんな人であろうか、会ってみたいが殴りたくなる自分がいる。美幸の小さな左手のダイヤを見るたびに後ろにいる男のあり様が気にかかる。

 いま、バスルームにいる美幸の裸体を想像すると男としてめらめらとわいてくる久しぶりの高なりで、とめようもない欲望が溢れて仕方のない勇治であった。

 妻、ななえとも世間的にも普通の夫婦生活をおくっていると勇治は思っていたのだが、最近はななえが拒むようになっていた。寂しさはあったが一時的でまた元に戻れるはずだと自分に言い聞かせて、ななえを責めることはしないでいた。体調の悪い時もある、子供の受験などで神経をすり減らしているのかもしれないと、あまり気にせずにいた。これが、まさか、ななえの心の変化であることがわかるのに勇治はずいぶんと時間がかかったのだった。

 恥ずかしそうに美幸はガウンを羽織り、バスルームから出てきた。勇治はビールをグラスに注ぐと、

「どうだい、ひとくち飲むかい?」

「はい、少し」

と言い二口、三口飲むとグラスを置いた。

 勇治はベッドに横たわり美幸を呼ぶとおいでと両手を広げた。そして美幸にガウンを脱ぐように言った。美幸は

「いやよ、恥ずかしわ」

と拒むと、

「脱ぐんだ」

と強い口調で言い終わらぬうちに、勇治は肩口から手を入れて腰の紐をほどくと、はらりとガウンは床へ落ちた。そこにはなんとも言えない美幸がいた。初めて見る美幸の生まれたままの姿であった。首は細く長くなで肩で、胸はけして大きくはないが張りがあり、乳首はほんのりと小紅のように見えた。ウエストはくびれ、腰にかけて緩やかなラインを描いていた。陰部のしげみはやや薄いが、それがかえって勇治の欲情をそそった。


 ここに何人の男たちがとおり過ぎていったのであろうか、男の嫉妬か、過去を知ってどうなるものではないが、激しく怒りがこみ上げてきた。それは時がたてばたつほど大きく激しくなり自分でも抑えるのが困難になっていくのである。夫はどんな人であろうか、職業は何であろうか、いくつなのか、独占欲という感情が怒りに変わっていった。


 美幸の後ろ姿が見たくて勇治は懇願して、立ち姿のままくるりと後ろを向かせた。肩から腰にかけて背中が緩やかに波よせお尻はまるで桃のような可愛さがあった。年齢には見えないきゅっと引き締まった二つの球がある。足はけして長くはないが太ももは案外としっかりしていて足首まではすらりと細かった。


 勇治はまるで美術品でもあるかのようにしばらく、うっとり眺めていた。美幸はあまりにも長い時間だったので、もういいでしょうと。勇治は見とれてしまい何も言えないでいた。この生まれたままの姿の美幸を、好きなように怪しめられる夫が憎らしく、殺意さえ感じる自分に驚愕するのだった。

 美幸がこの胸にいる。押し倒すようにベッドに美幸を誘った勇治は、再び長いくちづけをすると、少し下にある胸にも舌でつまむようにキスをした。手に触れた乳房はすっぽりと張り付くように勇治に迫ってきた。


桜色した乳首を今度は舌で力を入れずに甘嚙みした。すると、美幸は体をそり返し声にならない声を出した。嫌がっているようには見えなかったので、今度は、舌で乳首を強く弱く何度も愛撫して、反対の手は乳房をまさぐり交互にもむ。美幸は小さな甘い声を出すと恥ずかしそうにしていたが、何度も胸に迫る勇治に諦めたのか、上半身を勇治に差し出した。

 薄い茂みまで勇治の顔が近づいた。すると、勇治はおもむろに美幸の足を開いた。顔を近くに持っていき美幸の香りを楽しむと、女としていちばん敏感な部分を探し優しく開くと見入ってしまった。それは、芸術品と言うか、いつまで見ても飽きない。この美しさはどんな芸術家でも辿り着けない、密やかな未開の世界であった。亜熱帯のそこを勇治は分け入って舌で何度も吸い付いた。


 すると、しだいに密がみるみると溢れ出してきた。クリトリスは赤く大きくなっていた。美幸はこらえきれずに思わず大きな声が出てしまった。いちど声が出てしまった美幸は、もう諦めたのか、勇治の下で女ではなくメスとなっていった。花弁を求めて勇治はオスになる。美幸のつつましさは排除され、みだらに白い布の上で舞い乱れる。勇治の舌は美幸のすべてをはい、舐めていく。美幸は勇治の舌で、肌がとろけていく。

 そのたびに、なんとも言いようのない喘ぎ声が鳴り響く。今までの美幸はどこへいったのだろうか。勇治は別の女を抱いているのだろうか。美幸は何かにとりつかれるように勇治を求めるようになった。花弁からは、また、密が溢れ出す。勇治はこぼれだす密に吸い付いた。花弁を求めて飛び回る蜂の様である。美幸の中に入るとすぐに勇治は頂点になってしまった。美幸の表情も見ずに果てた。美幸は大胆過ぎたのを恥じるように体を丸くすると勇治にそっと体をくっつけた。相手が変わるたびに女は処女になる。

 どのくらい時間がたったのであろう。時間は二人を完全に無視していた。


 勇治は果てたのだが大きな深呼吸をすると、また美幸の乳房にくらいついた。赤子が本能で乳房を求めるように乳首をさがし、吸い付いた。乳首はふたたび固くなり美幸の感度がましていった。美幸はまた、あっと声を出した。勇治がまた、薄い陰毛のなかをまさぐると愛液がシーツまで濡らしていた。勇治はその愛液を美幸の手をとり触れさせた。美幸は拒むのだがそのねばりのある蜜を吸わせた。勇治はまた男になった。


 ガウンの紐を床から拾ろうと、美幸の両手を上にあげてその紐で軽く縛った。美幸の少し汗ばんだ脇の匂いはまた、勇治の本能を虜にした。紐をもう少し縛ると美幸は、やめて、と強く言ったのだが、その唇に勇治がまた熱いくちづけをした。美幸の中に入っている勇治の舌は美幸の舌をとらえて離さない。美幸は両手を縛られ裸体となって白いシーツの上にあった。勇治は美幸の細い足首を持ち、大きく脚を押し広げた。

 勇治は美幸の中へ遠慮もせずに入っていく。美幸は喉を枯らしながら叫ぶ。何度もつつく大きな波はいつまでも美幸から離れない。そして美幸の乳房をわしづかみして離さない。美幸の声が大きな叫びとなった瞬間、勇治はいった。勇治の精液が美幸の陰部を濡らしてシーツをも濡らしている。勇治は美幸のすぐ横に横たわり、ぜいぃぜいっと肩で息をしている。不自然な姿の美幸は紐をはずしてと勇治に頼むのだがすぐには応じてくれなかった。美幸は夫とはまた違うセックスに戸惑いがあるもののこの快感は、言いようのない女の喜びであった。


 美幸は今度は自分から勇治を求めてしまうかも知れない。そんな怖さを覚えながら勇治のかたわらで動かずにいた。これからのことを考えると怖くなった美幸であった。体はすぐにでもまた喜びを求めてしまいそうである。もう、勇治なしには生きられないかとふと思う美幸であった。


 勇治の自宅に銀行員の洋一が、月に一度来訪していた。現在の総合病院の他に新築の小さな内科を新設するところである。総合病院では予約があっても待ち時間が長くなってしまう。地域の人々のために小規模だがクリニックを創設するところであった。今の病院の院長室で打ち合わせでもいいのだが、やはり具体的な話はしづらかったのである。誰にも知られたくない内密な案件もあり自宅に招き、定期的に月に一度、商談をしていた。

ビオラの夜 【全5回】 公開日
ビオラの夜(その1) 〜 道の駅 2020年11月30日
ビオラの夜(その2) 〜 シティホテル 2020年12月28日
ビオラの夜(その3) 〜 あのひと 2021年1月29日