第一次運動野
次に運動野である。第一次運動野は運動指令を生成する。第一次運動野の細胞は、脊髄を通って、体を動かす指令を直接的に筋肉に送っている。第一次運動野のニューロンを、電極を使って電気刺激すると、そのニューロンの支配する領域に対応した体の部分(筋肉)が動く。この運動野の細胞を刺激した際、体のどこの筋肉が動くのか、つまり運動野の神経細胞と体のどこの筋肉が対応しているのかというのを示したのが図3である。このように、運動野の神経の局在と、それによって動く体の筋肉とが対応しているという考えは「身体部位再現説」といって、運動野にあたかもホムンクルス( 脳の中の小人) がいて、個々の筋肉を動かしているような印象とたとえられる。これはそれぞれの筋肉に対応したニューロンが運動野にあり、あたかも運動野にそれぞれの筋肉が再現されているような状態という意味で「筋再現説」ともいわれ、運動野のニューロンと筋肉とが1対1の関係になっているという内容となる。これによると手の領域や言語に関連する唇と舌の領域が広く、その面積は動きの巧緻度に比例していて、複雑で細やかな動きを必要とする領域には、それに対応して多くの関連したニューロンがあるということと考えられる。しかしこの「筋再現説」はその後否定され、「運動再現説」が登場した。これは、運動野には、運動神経に対して筋肉そのものが1対1に対応しているのではなく、筋肉の動き、とくに複数の筋肉の運動パターンの組み合わせが再現されているというものである。

しかしその後の研究で、運動野の一つのニューロンだけではなく、複数の運動野のニューロンが、同じ運動を引き起こすことがわかり、運動野のニューロンと筋肉の動きとの関係も、1対1の関係ではなく、より複雑な対応関係となっていることがわかった。最近では「筋シナジー」という考えが主流となっている。「シナジー」とは、自動性を前提とする定性的な複数の筋収縮パターンのことである。ふだんの文脈的な運動の機能は、前頭前野、補足運動野、運動前野などの高位機構におけるストラテジー(運動戦略)に関係しているが、運動野の神経細胞は中位機構として、それらの文脈的な運動を構成する、いわば要素的な筋収縮パターンに関係し、それが「筋シナジー」に対応しているのではないかと考えられている。
運動前野の機能
運動前野は頭頂連合野から視覚情報を、側頭連合野から聴覚情報を受け取っている。運動前野は背側運動前野と腹側運動前野とに分けられる。背側運動前野と腹側運動前野とでは、頭頂葉の異なる領域から入力されており、背側運動前野は頭頂連合野の前方にある上頭頂小葉から、腹側運動前野は頭頂連合野の後部領域の頭頂間溝後壁から強い入力が認められる。運動前野は主に視覚情報や聴覚情報に誘導される運動に関与しているとされる。
背側運動前野と連合形成
視覚などの感覚情報と動作、行為とに新たな対応関係をつくることを「連合」という(3)。感覚と遂行すべき行動は任意(自由意志で決める)の関係にあり、行動条件と行動の組み合わせを学習して従うということになる(4)。
連合形成によって成立 した、感覚情報と動作、行為の組み合わせは、われわれの日常生活でルールや規則として頻繁にみられる現象である。たとえば赤信号を見たら車を止める、青信号では車を前進させるという行動は社会的なルールに則っている。食堂で食べ終わったら食器を下膳するとか、人とすれ違ったら頭を下げてあいさつするとか、空いたイスがあれば座るとか、ボタンがあれば押す、着信音で電話に出るなどたくさんある。 背側運動前野はこの感覚情報と動作、行為の連合が行われる場所である。
また実際に視覚情報を確認しながら、つまり見ながらではなく、「抽象的な行動ルール」に従った行動調節にも背側運動前野は関与している。たとえば友人からの電話で、部屋の玄関の右側においてある書類を持ってきてくださいと依頼された場合(その時点では書類は見えていないので具体的な視覚情報というより抽象的な情報となる)、その部屋の玄関に入って右側にある書類を見つけて(視覚情報)それを手に取るというというような行為の遂行にも関係していると考えられる。
何らかの感覚情報に対して行動選択を行う行動課題において、背側運動前野には可能性のある複数の運動プログラムが並列に準備されていて、そこから一つの運動プログラムに特定されるとそれの準備状態となるとのことである(4)。
腹側運動前野と視覚誘導による道具の操作、アフォーダンス
動作選択の多くは、動作対象となる物体を見た時、直ちに開始される場合が多い。そのような時、眼前の物体を視覚情報としてとらえ、それを把握し保持するためには、どのように手を使い、どんな動作を行うことがよいのかという情報に結びつけ、そしてその動作を選択することになる。この一連の過程、すなわち動作の視覚性誘導において、運動前野は中心的な役割をする(3)。
腹側運動前野は頭頂葉から空間に関する情報を受け、感覚情報に基づく運動のガイダンス(誘導)にかかわる(4)。自分の操作しようとしている対象の座標(外部座標)に合わせた運動(視覚誘導性の運動)にかかわり、道具などの対象物を目で見ながらそれを手で操作するというような、道具の操作課題で活動する。そしてこの際、この領域と密接な関係にある頭頂連合野には、その道具の形状を反映する情報が表現されている(4)。また実際に手を動かさず、道具を操作するイメージを思い浮かべるだけでも、頭頂連合野が活動する。また道具を見た時(道具が視覚的に提示された時)、見たという認識が無意識の状態でも頭頂連合野は活動するという。これは連続フラッシュ抑制という手法で、道具が見えているはずの状態(視覚には入っている状態)であっても、それが短時間見えていない状態にすることができ(視覚的に無意識化できる)、この際にも頭頂連合野は活動していることからわかる(5)。このことから、道具を見ると(無意識であっても)頭頂連合野が活動し、そこと密接な関係の運動前野腹側部も活動している可能性があると思われる。またある道具には、その道具を操作する行動を誘発する特性(アフォーダンス)があるといえるが、必ずしも道具ではなくても、外界の事物が視覚的に入力され、それに何らかの操作を加える行為が誘発されれば、それにはアフォーダンスがあるといえる。私たちの周囲には、アフォーダンスを提供するものが多数あり、これらが競合しているものと考えられている(アフォーダンスの競合)(4) 。アフォーダンスとは、外界の物体などにおいて、それに対して何らかの行為を誘発するような、形態的な特徴をもっている状態のことを意味する。
ミラーニューロン
また人(検査者)がお菓子を手でつかんで食べている際に、それを見ているサルの運動前野腹側部が活動しているということの発見から、このニューロンはミラーニューロンと名付けられた。サルは手を動かしていないのに、人の手の動きを見ているだけで、自分が手を動かした時に活動する領域が活動しているということで、自分の動きをあたかも鏡(ミラー)で見ているような状態という意味で、ミラーニューロンという。これは自分の動作時にも他者の動作観察時にも同様に活動するということで、他者の動作の理解、模倣、共感などに関係しているといわれる。もちろん動作観察時において、他者のどのような動きに対しても活動するわけではなく、たとえば最初の発見時のように、他者が行っている行為に対して、自分もお菓子をつまんで食べたいなという欲求があると考えられる場合など、人の場合でいえば自分がお菓子をつかんでいる動きのイメージ(?)に伴って活動しているのではないかと思っている。
補足運動野と自発的動作の開始
補足運動野は自発的な動作の開始にかかわると考えられている(4)。これは記憶誘導性の動き(記憶から引き起こされる動き)の開始ということである。補足運動野損傷の急性期に自発的な動作や発語ができないことがあるという。
道具の強迫的使用
また意図しない動作が勝手に発現するという症状が報告されていて、この中で道具の強迫的使用という状態がある。これには右手が眼前に置かれた物(道具)を意思に反して強制的に使用してしまい、左手が意志を反映してこの運動を押さえるというものである。左の補足運動野と脳梁膝部の病巣で生じるという。患者の前に櫛くしを置いた場合、右手は意志に逆らってこれを持ち髪をといてしまう。道具を使用しないでいるためには、左手が櫛を取り上げるか、左手が右手を押さえなければならない。開始された右手の行為は左手による抑制が成功するまで続く。患者はこのような異常行動に対し、「右手が勝手に動いてしまう」と右手の非所属感や運動の不随意性を訴えることがある。これは運動の抑制機構の障害により、学習された行為レベルの運動パターンが(抑制から)解放されたものと考えることができる。左半球に蓄えられている道具使用に関する高次の運動記憶が賦活され、この運動記憶の触発を抑制する機構が機能しないために実際に道具を使用してしまうのであろうといわれる。この運動行為は普通の状態では(脳梁前半部経由の)右半球からと左半球前頭葉内側面(左右の補足運動野のこと)から二重の抑制を受けていて、道具の強迫的使用はこれらを損傷する病変により両方から脱抑制(抑制から解放)された結果起きるものと考えられる(6)。
行動意図との関係
道具の強迫的使用という現象は、行動意図との関係で興味深い。一般に行為、行動には目的(期待される結果を得ること)を達成するという意図があると考えられる。しかしこの道具の強迫的使用においては、「右手が勝手に動いてしまう」という、意図していない行為が発現する。これはもともとこのような行為は記憶として内在されているもので、ふだんはこの行為が行われないように抑制されていて、必要な時だけ行為が発現される、行為が行われるということを意味する。つまりこの行為道具の強迫的使用という現象は、行動意図との関係で興味深い。一般に行為、行動には目的(期待される結果を得ること)を達成するという意図があると考えられる。しかしこの道具の強迫的使用においては、「右手が勝手に動いてしまう」という、意図していない行為が発現する。これはもともとこのような行為は記憶として内在されているもので、ふだんはこの行為が行われないように抑制されていて、必要な時だけ行為が発現される、行為が行われるということを意味する。つまりこの行為はある感覚刺激によっていつでも誘発されるというポテンシャルを有していると思われる。これは感覚と行為が直結していて、何らかの原因で抑制がはずれれば(意図しなくても)、感覚があれば行為は行われるということではないだろうか。つまり「感覚が得られるとすぐに動きが開始される」ということである。先ほどのように、動作選択の多くは動作対象となる物体を見た時、直ちに開始される場合が多いということが、このことから理解される。この場合は櫛だが、それ以外の道具でも同様の使用運動が起きると考えられる(感覚と行為が結びついている状態は連合といわれ、連合自体は運動前野の機能である)。このように、たとえ任意の連合による結びつきであっても、条件によっては意図とは無関係に、感覚刺激に誘発されて行為が発現するということがわかる。
またサルの運動前野のあるニューロンは、サルの右顔面周辺の触覚刺激と右方向からの視覚刺激に反応するとともに、「頸をその刺激から遠ざかるように回転しつつ上肢をその方向に突き出す」という運動反応時にも活性化する。このように感覚入力にも運動出力にも活性化するマルチモーダル(多機能的)なニューロンが存在するという。これは危険から身を守るときの原始的な行為の意図を反映しているという。このニューロンの存在は明らかに感覚が運動に直結していることを意味する。ちなみに運動前野にはこうした意図的な、ある種の感覚刺激に対する「行為のプログラム」が複数表象されているという(1)。
補足運動野のほかの機能として、複数動作の順序制御にかかわると考えられている。連続運動課題の遂行、連続動作の最中など。一般にある行為が系列的な動作の組み合わせになっているものは多い。着衣動作はまずパンツをはいて、シャツを着て、靴下をはいて、ズボンをはいてなどの系列的な動作が連続して行われるものであり、自動車の運転の開始は、ドアを開け、乗り込んで、エンジンを回し、ハンドルを握ってレバーをドライブに入れ、アクセルを踏んでなどの系列的動作であり、ほかにも料理の作り方の手順や歯磨きのしかたの手順なども系列動作であっていろいろとある。目的の達成のために、これらの系列動作を順次進めていく必要があり、この動作を順番に行っていくことの記憶に補足運動野が関係しているといわれる。
前補足運動野
前補足運動野は比較的ルーチンとなった動作課題から、随意的に動作を切り替えるときに活動が高まる。何度も行ってすでにルーチン化している動作を止め、別の動作に変更するように指示された場合、すなわち、情報の更新のような状況に直面すると活動が高まる。ふだんの習慣的な動作を何気なく行ってしまい、「そうだ、今日はちがう道を通るはずだった」と意識的な動作に切り替えるという場合である。このような自動過程と制御過程を切り替える役割は、大脳基底核もかかわっているといわれる(4)。
また行為を遂行する機能もあると考えられる。先ほどのように補足運動野はある行為の連続した系列動作の遂行に直接関与するが、前補足運動野はある行為から次の行為への移行をうながすような、つまり行為の種類を問わず(系列動作のように特定の順番でということではなく)、活動がとぎれないように、何らかの行為を次々と遂行させていくような機能があると考えている。
動作、行為が遂行されるためには、脳のさまざまな部位が機能する必要があると考えられている。頭頂連合野での外部世界の空間形成、補足運動野や運動前野での運動プログラムの形成はもちろん重要で、より複雑で社会的な行為をつくりだすには前頭前野(思考中枢)の知的機能が必要である。
参考文献
- 1)『人間の運動学 ―ヒューマン・キネシオロジー』
宮本省三 (著)、 八坂一彦 (著)、 平谷尚大 (著)、 田渕充勇 (著)、 園田義顕 (著)
協同医書出版社 2016年 - 2)CLINICAL NEUROSCIENCE Vol.41 2023年02月号
「骨格筋のすべて ―メカニズムからサルコペニアまで」
中外医学社 - 3)「頭頂連合野と運動前野はなにをしているのか? ―その機能的役割について―」
丹治 順
理学療法学/2013年40巻8号(p.641-648) - 4)『連合野ハンドブック 完全版:神経科学×神経心理学で理解する大脳機能局在』
河村満(編集)
医学書院 2021年 - 5)CLINICAL NEUROSCIENCE Vol.32 2014年08月号
「意識・無意識」中外医学社 - 6)『行為と動作の障害』
一般社団法人日本高次脳機能障害学会 教育・研修委員会(編)
新興医学出版社 2019年
| 動きと意識 【全7回】 | 公開日 |
|---|---|
| (その1)Ⅰ 動きと意識のダイナミクス | 2025年6月30日 |
| (その2)Ⅰ 動きと意識のダイナミクス | 2025年7月30日 |
| (その3)Ⅰ 動きと意識のダイナミクス | 2025年8月29日 |
| (その4)Ⅰ 動きと意識のダイナミクス | 2025年9月30日 |
| (その5)Ⅱ 脳と運動の相互作用 | 2025年10月31日 |
| (その6)Ⅱ 脳と運動の相互作用 | 2025年11月30日 |



