吊るされた永遠

No,031

白鳥葉

著者No,031 白鳥葉

作品紹介

著者No,031 白鳥葉

吊るされた永遠

白鳥葉

どれだけ泣いてもいつか笑うことができるはず
踠きながら、行方不明の心を探す13poems

どうしても手に入れたいから
偽りだとしても
信じるのか
それなら私は
木に吊された永遠でいい

「永遠」より

憂鬱

白鳥葉

貴方のいない"白い憂鬱"な日々。愛と喪失を綴った15篇の詩

"彼を愛して 私は私になった"
「塔」「生きて」「白い憂鬱」「林」「貴方 ~星になって~」「棺」「森の魔物」
「別れ」「鉄線」「憎しみ」「炎」「花びらと棘」「姫百合」「憂鬱を越えて」「虹」
やさしくて切ない15篇の詩があなたの心に染みわたる。
なぜ人は、こんなにも傷を負い、ボロボロになっても、
人を愛し続けるのか……?
愛する人を失っても、愛は消えない。行き場を失った消えない愛を綴った、『吊るされた永遠』に続く待望の2作目。

プロフィール

著者No,031 白鳥葉

白鳥葉

1979年生まれ。東京都在住。

座右の銘

うまいかどうかではない。ショパンがショパンだったらいいのよ
子供の頃の、私のピアノの先生の言葉です。ピアノがうまく弾けるようになりたかった私には、衝撃的な言葉でした。そして、先生は直接にはピアノについておっしゃったのですが、人生についても似たようなことが言えるかなと私は考えました。うまく生きなくてもいい、自分らしく生きればいいんだ、と。もちろん、「うまさ」が求められる世界もあると思います。でもそれは、必要最小限でいいんです。私はいつも、本当に価値があるのは自分らしく精一杯やることだと考えています。

書籍に込めた想い

「憂鬱」はまだ分かりやすいかと思いますが、「吊された永遠」って何だろう、と考えた方は多いかもしれません。その表現が意味するものは、解説してしまうと面白くないので、自由に想像していただければよいかと思います。ちなみにその表現は、サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』の日本語訳を読んでいる時に閃きました。
2冊の詩集は共に、自我との出会いや失った人への愛を表現しています。しかしそれだけでなく、2冊には、自分の病気の苦しみや友人・尊敬する人への愛、平和や自然への愛など、私が人生の中で経験したあらゆることが、拙いながらも凝縮されています。ある時、社会に生きる中で、そのような思いは個人的な話ではなく、誰もが持つ思いなのではないかと気づいたのです。読んで下さる方に、2冊のどこか一部でも共感していただけたら嬉しいです。

インタビュー

『憂鬱』『吊るされた永遠』が刊行されました。今のお気持ちはいかがでしょうか。

私にとってこの2冊の詩集を生み出すことは、絶対に果たさなければならない使命のようなものでした。それを終えたわけですから、正直安堵しています。まだ書き足りない部分もあるのですが、とりあえずは良かったなと思いますし、出版社を始め皆様には感謝しています。

今回出版しようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

詩はずっと書き溜めていました。出版の直接のきっかけは、2011年3月の東日本大震災でした。震災で愛する人を失ったり、自身が健康を損なったりして、苦しんでいる方が沢山いらっしゃる。本当に微力ですが、私が詩を書いて、お役に立てることがもしあれば、と考えました。そして2012年に『吊された永遠』が、5年後に『憂鬱』が生まれました。

どんな方に読んでほしいですか?

やはり、生きることに苦しんでいる方に読んでいただき、何か少しでも癒やされて下さったら嬉しいです。生きることに苦しむということは、恐らくどんな方にもあるのではないでしょうか。そういう意味では、すべての方に私の詩集を読んでいただけたら、と思います。

人生を変えた出会い

私の詩集には、私が愛する「彼(貴方)」がたびたび登場しますが、そのモデルになった男性こそが、私の人生を変えてくれました。彼についてあまり多くのことは語りたくないのですが(笑)、彼は私を含む周囲の人々に惜しみなく愛を注ぎ、ひとことで言えば、愛することの強さ、深さを教えてくれたと思います。私には、冷淡で自分のことばかり考えているところがあり、彼の愛はそれを揺るがすものでした。私も少しは人々を愛することを教えられ、「私は私になった」のです。彼は若くして亡くなりましたが、今でも私の人生に大きな影響を及ぼし続けています。それはこれからも続いていくはずです。

未来へのメッセージ

私の場合は、精一杯日々を生きることが、詩を書くことに繋がっています。日々生きる時、まず詩のことは考えないですね。楽しんで笑ったり苦しんで泣いたりして、それが峠を越した頃に、「ああ、詩にしてみよう!」と詩のことを想い出して、書くという感じです。私にとって、詩は人生の報酬なのです。人生を表現するスタイルは人それぞれだと思いますが、未来へと生きていく皆様が精一杯生きて損はないと考えます。
そして皆様や私が生きていく未来には、沢山の「人生の表現」が生まれるでしょう。それらが何らかの形でお互いに影響し合うことを、私は期待しています。

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