実戦!海外で活かせる人材力(文庫版)

No,032

今井市郎

作品紹介

著者No,032 今井市郎

実戦!海外で活かせる人材力(文庫版)

今井市郎

インドネシア駐在体験に学ぶ、「あらゆる組織に通用する経営・事業企画・運営・管理」の方法とは。

大手化学会社に勤務して、インドネシアに4年駐在!
見知らぬ土地の見知らぬ人々、現地の生活に密着して、
インドネシア社会の現状を知り、現地の文化や政治・経済の状況に知見を深め……。
異国の社会生活やビジネス体験を通して見出した、
「ビジネスマン(企業人)の実戦的な企業活動」とは?
インドネシアに関心のある人はもちろん、
これからのグローバル社会に生きるビジネスマン必携!
「海外ビジネス」実践的入門書、待望の文庫版。

プロフィール

著者No,032 今井市郎

今井市郎

1946年、岡山県後月郡芳井町(現 岡山県井原市芳井町)生まれ。
1970年3月、京都大学工学部化学工学科卒業。
1972年3月、京都大学大学院工学研究科修士課程(化学工学専攻)修了。
1972年4月、三井石油化学工業(現 三井化学)株式会社入社。
プロセス技術開発、プラント建設及び製造、特殊化学品企画管理、全社経営計画、
インドネシアプロジェクトリーダー、工場管理部長などを経て、
2001年6月~2005年6月 PT.PETNESIA RESINDO(PNR)代表取締役社長
2005年6月~2009年6月 三井・デュポンフロロケミカル株式会社(MDF)
代表取締役副社長
2009年6月~2009年12月 MDF特別顧問 
2010年1月~6月 三井化学株式会社 嘱託。
この間2008年7月~2009年12月静岡県静岡市の清水ロータリークラブ会員。
2012年4月よりホロコースト記念館理事。
2014年3月~2017年4月 社会福祉法人特別養護老人ホーム(松風園)施設長・園長。
2016年より一般社団法人ホロコースト記念館平和教育支援会代表理事。
現在、広島県福山市在住。

座右の銘

ヴィジョンなき民は滅びる(旧約聖書箴言29章18節)

上記の言葉は、すべての組織について当てはまる言葉だと思います。即ち、「組織もヴィジョンがなければ滅びる」のではないでしょうか。ヴィジョンを構想・立案し、それを実現するために、個人や組織の叡智を結集して、目的や目標に向かって具体的な行動に移していくことが大切です。実行の途上には、必ずや大小の「死の谷」を越えなければならない段階がありますが、それを乗り越えることが肝心です。私はいつもこの言葉をかみしめて業務を遂行しています。

書籍に込めた想い

私のこれまでの経験と体験を踏まえた企業経営に対する基本的な考え方を、世の関心ある方々に参考にしていただければと思い、おもにインドネシアでの現地社会生活やビジネス体験などを踏まえて、本書を書き上げました。
国内外の事業拠点で、実戦的な企業経営とは何か、企業は何を目指しているのか、人材力はどのようにあるべきか等だけでなく、現地の社会生活に根ざした企業経営の面白さや醍醐味の一端を、読者の皆様に御理解していただけるのではないかと考えております。
多くのエピソードや多少の遊び心も取り入れて、気楽に読める内容にしておりますので、“現役ビジネスマンはもとより、一般社会人やこれから企業を目指す学生の方々”に、参考になると思います。学生や若いビジネスマンが、本書の内容を理解することにより、もっともっと企業やビジネス、組織や人材に興味が湧くことを期待しています。

インタビュー

『実戦!海外で活かせる人材力(文庫版)』が刊行されました。今のお気持ちはいかがでしょうか。

企業退職後の2010(平成22)年8月に、「実戦!海外で活かせる企業活動力」(単行本)を出版しました。その後、社会福祉法人や一般社団法人に勤務してきましたが、どの国にいても、またどの組織においても、経営・事業企画・運営・管理のアプローチの手法には共通するものがあると確信しました。この文庫本が、その一助になるのではないかと自負しております。

今回出版しようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

2010(平成22)年8月に、「実戦!海外で活かせる企業活動力」(単行本)を出版しましたが、幻冬舎の薦めがあり、多くの人たちに手軽に読んでいただけるように、文庫化いたしました。それに伴い、分かりやすいタイトル「実戦!海外で活かせる人材力」に変更するとともに、タイトルに相応しくなるように、人材に関する項目を追加しました。これで、読者の皆様にご理解していただきたいことは、すべて表現できたのではないかと思います。

どんな方に読んでほしいですか?

多くのエピソードを取り入れて、気楽に読めるようにしておりますので、現役ビジネスマンはもとより、一般社会人やこれから社会に出ていく学生の方々にも、参考になると思います。また海外に一緒に赴任される配偶者や親族の方々にも現地生活をする際のヒントが得られるのではないかと思います。中学生や高校生の方々にも読んでもらって、将来おおいに世界に羽ばたいてもらいたいと思います。忌憚のないご意見をいただければ幸いです。

座右の一冊

聖書(旧約聖書、新約聖書)

ここが魅力

私にとって聖書は、組織の経営・事業企画・運営・管理や人材の活かし方ひとつにしても、示唆される記述が多くあります。さらに、聖書は人生のいろいろな場面で、私が判断や決断を迫られた時の羅針盤となっています。
困難な時や苦しい時に、いつも希望と勇気と力を与えてくれた、私の好きな言葉は以下の通りです。
「神のなさることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終わりまで見きわめることはできない。」
(旧約聖書伝道の書第3章11節)

ヒストリー

HISTORY 01 学生時代

1966年~1972年

アルバイトに明け暮れた学生時代

アルバイトに明け暮れた学生時代(1966~1972)でしたが、忙中閑あり。休日、私がよく通った好きな場所は、京都市左京区岩倉にある、比叡山を借景にした「円通寺」という鄙(ひな)びたお寺です。縁側に座ると心が穏やかになると共に、庭・垣根越しに見る景色を通して、いつも私に「ゆるぎないものの見方・考え方(視座)」を持つことの大切さを示唆してくれました。

HISTORY 02 原稿執筆

2009年7月〜2010年1月

『実戦!海外で活かせる人材力(文庫版)』執筆

企業在職中に住んでいたマンションのベランダから、富士山と駿河湾を毎日眺めることができました。しかし、富士山がくっきりと綺麗に眺望できる日数は年間数十日と意外に少ないことに驚きました。文庫化する8年前に書いた単行本の原稿は、このマンションで、2009(平成21)年7月から2010(平成22)年1月の間、休日を利用して書きました。思い出に残る写真の一つです。

HISTORY 03 帰国から5年

2010年

インドネシア訪問

日本に帰国して5年後の2010年に、インドネシアを訪問しました。インドネシア駐在中、私のインドネシア語の先生で、インドネシア大学日本語学科卒のトゥリさん(中央の女性、イスラム教徒)は、二人のお子さんに恵まれていました(現在3児の母)。その後はなかなかインドネシアを訪問する機会がありませんが、今でもトゥリさんとイラさん(左の女性、キリスト教徒、現在2児の母)とは、家族ぐるみの付き合いをしています。非常に懐かしい写真です。

HISTORY 04 念願の訪問

2017年

イスラエル訪問

長い間の念願が叶って、2017年にイスラエルを訪れることができました。イスラエルの聖地をめぐって、聖書との関係をよく理解することができました。イスラエルは日本の四国ほどの小さな国ですが、たいへん変化に富んでおり、非常に魅力的な国です。写真(午前5時過ぎ撮影)はゴラン高原(手前、ガリラヤ湖)に上る幻想的な朝日で、自然の素晴らしさと神秘を感じました。 パレスチナではいまだ争いが絶えませんが、この地に真の平和が速やかに訪れることを願わずにはいられませんでした。

人生を変えた出会い

企業を2010年に退職後、2年間は単行本の出版関係の業務、講演会等に呼ばれてお話しをしていました。しかし、2012年日本でただ一つのホロコースト記念館(以下記念館)の館長との出会いが、その後の私の人生の方向を決めました。記念館の仕事をボランティアとして手伝うように依頼されたことが事の始まりです。
以来これまでの7年間に、ホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人600万人の大虐殺)の学習をして、約10冊のテキストの制作、代表的な4人の人物の特別展示会などを開催してきました。
仕事を通して、平和や人権、教育の大切さをひしひしと感じています。また人間の弱さや精神の怠慢、利己主義を見ると共に、一方では人間の強さ、素晴らしさや善を発見する毎日です。これからも、頭と体が続く限り記念館のボランティア活動を継続する予定にしています。私のモットーは一生涯、学習を継続することです。

未来へのメッセージ

今はインターネットばやりの世の中になってしまい、、本を読まない人(特に若者)が多くなりました。インターネットは確かに便利で速いですが、そこから得られる情報や内容は浅いと言わざるを得ません。じっくりと本を読むことは、行間に潜む内容に思いを巡らすことができます。また本を読むことにより、自ら調べる力や考える力、さらに、創造力や想像力を培うことにも繋がります。年齢を問わず、基礎的な力を養っておけば、後はいろいろな場面で応用することが可能となります。
本を読まない世代が増えると、以前大宅壮一氏が揶揄(やゆ)した「一億総白痴化」の時代が、現実になりかねません。
私自身はこれからもホロコースト記念館と関わりを持ち続けていこうと考えています。知力と体力が許すならば、ホロコーストを生き延びた人、また不幸にして生き延びることができなかった人に焦点を当てた、分かりやすいテキストの制作をライフワークにする予定です。