表現者の肖像 野上慶介
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人生を変えた出会い

 定時制高校4年生の時だと思う。国語科の教師からでなく、美しい保健の先生から、堀辰雄の『風立ちぬ』を、読むようにすすめられた。

 すぐに読み始めたがプロローグを読んだだけで引き込まれてしまった。当時の私の感性が本能的に反応したのだろうか、いわゆる波長があったのかも知れない。作品をしっかりと味わうように感動しながら読んだ記憶が、いま鮮明に蘇ってくる。一度読んだ後は、なんとなく自身でも書くことができるような、錯覚に陥ったが、何回か読みかえすうちに私にはとても書けそうにもない芸当であることに気づく。辰雄はフランス・ドイツ文学・日本の古典にも造詣が深く、知的な素養を生かしての創作。およそ人は感性だけでは書くことは無理であろう。

 私は作品を書くことの困難さを自覚しながらも、なんとか書けるようになりたい、そう思う情熱が、大学や大学院に学ぶ原動力になり、教員になることで、より創作しやすい環境に身を置くことになる。そういった意味で私にとって人生を変えた出会いとは、小説『風立ちぬ』と出会ったことであった。

幻冬舎ルネッサンス

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