おんな寅さん

No,040

土居 ヒトミ

NO.40 土居ヒトミ

作品紹介

NO.40 土居ヒトミ

おんな寅さん

土居 ヒトミ

壮絶な人生を軽やかに綴った
あなたの悩みを吹き飛ばす痛快エッセイ

DV、極貧生活、介護、我が子の死…。
すべてを乗り越え笑いながら颯爽と生きる、おんなの一人旅。
子供二人を亡くして頭の中が真っ白になった時に、
このまま泣いて暮らしても子供は喜ばない。
私の中に子供たちを入れよう、共に生きよう。
笑って残りの人生をみんなで生きよう。
そう思ったら胸のつかえがすっとなくなった。
私が旅に出ようと思ったのは、全てにおいて自分オンリーのDV夫との長い結婚生活を続け、
死ぬまでこの夫と添い遂げないといけないのか、一人で暮らしていけるのか、
をゆっくり旦那から離れて考えたいと思ったから。
愛車の日産ノートを、使いやすく自分だけのキャンピングカーにして家を飛び出した。
全国あちこちを一人で旅した。(まえがきより)

おんな寅さん 介護する

土居ヒトミ

おんな寅さんが涙と笑いの介護の日々をつづる痛快エッセイ

大好評「おんな寅さん」 シリーズ第2弾

愛人、DV……いろいろあった旦那が脳梗塞で倒れた!
旦那を捨て切れなかった「おんな寅さん」の介護生活がはじまった

お金の話、下の世話、気分転換法など、
介護の日々を赤裸々に語りつくした
おんな寅さん流 不真面目介護のススメ

プロフィール

NO.40 土居ヒトミ

土居 ヒトミ

土居ヒトミ(どいひとみ)
愛媛県生まれ。
母子家庭で生まれ育つ。小さい頃からお金がないと生きられない事を実感すると同時に、女の性について考えさせられた。何よりも大切な子供二人を亡くし、命は一つ、人生も一つという事を教えられた。いろいろあって、女ひとり、日本一周の旅に出る。
自分に降りかかるさまざまな問題を解決し、社会的地位の低い女の弱さを実感。
生きて行くためには、自分名義のお金をしっかり持つ事、どんな状況の中でも心を無にできる癒しを見つける事の大切さを伝えたいと『おんな寅さん』(2019 年2月 幻冬舎ルネッサンス新社)に続いて、シリーズ2作目となる『おんな寅さん 介護する』を執筆。

インタビュー

今回出版しようと思ったきっかけについて教えてください。

私の上がったり、下がったり人生。こんなの免疫なんかできない。
 あまりにもいろいろなことがあって、少しゆっくりと一人になって考えたくて、車にポップアップテントを積んで愛犬のポメとピイピイを連れ、一人で全国を旅してまわった。
 その旅で、いろんな人に出会って、いろいろなことを考えた。お金の大切さ、女が強く生きるために大切なこと。旦那のこと。亡くなった娘たちのこと。自分の人生のこと。
 おんな一人旅の最後に、山梨の富士山麓公園で富士山を見ながらポメと遊んでいた時、一人の男の人に声をかけられた。女ひとりで、愛媛ナンバーの車。「あのね。この車で女ひとり旅してきたの。ここで終わり。もう愛媛に帰るよ」と話した。するとその人は、「すごい、すごい」と驚き、「これは日本の女、初だよ。原稿を書いて本にしたら、すごい事になるかも」と教えてくれた。自分も出版社で仕事をしているから、大きい出版社がいいよときっかけをプレゼントしてくれた。名前も知らない彼、ありがとう。いつの日か出会える事を楽しみにしてるよ。
 苦労の多かった自分の人生を隠さずに書いて、少しでも疲れた人や、傷ついた女性を勇気づけられたら、そんな思いで本を書くことを決めた。

苦労の多かったという土居さんの人生について、少し教えていただけますか。

お金ってなんだろう、無いと生きられない。
 私と姉は母子家庭の貧乏のどん底で育った。子供の頃から血の出るような努力をしてお互いの今を手に入れた。
 私はその時の貧乏の怖さを忘れる事はできない。子供ふたりにもこのお金の無い辛さ 苦しさを味合わせたくない、その一心で、暴力があっても、愛人がいても旦那との離婚は考えなかった。結婚してからも、私自身も看護師として働き続けた。
 私と姉は相談したわけではないが、同じ時期に人生初の投資をした。私は暴落前に全て解約し、人生初のお金持ちになったが、姉はもう少し解約を伸ばした。株は暴落し、姉は全てなくした。
 お金がない時をどのようにして倹約するのか。私の長い結婚生活で覚えた。一日100円草生活。倹約。お金を使わないで貯める。この自制心こそがお金を失わない生活に欠かせない秘訣だと思う。
 私の欠点なのかどうか分からないが、信じたら人を疑わない気質がこんなにも大変な事を次々と引き起こした。後悔してもどうすることもできない。思い出すのも嫌だった。旦那のDVや愛人問題。銀行の口座凍結事件、姉の金返せ裁判事件といったお金にまつわる事件。そして亡くなった娘たちのこと、『おんな寅さん』にそのすべてを書き記した。

刊行された今のお気持ちはいかがでしょうか。

2月に『おんな寅さん』ができあがって、いつも助けてくれる親しい友人や知り合い達にプレゼントした。読んだ後に、みんながとても生生しい感想を聞かせてくれた。30代から80代まで年齢層も男女も関係なく、感動した、自分に置き換え考えると胸がつまり、涙が止まらないと言ってくれた。
 貧乏のどん底、這い上がる事が不可能な今の世の中だが、『おんな寅さん』を読んで、血の出るような努力を惜しまなければ、暗いトンネルにも光が見えるんだと希望が湧いたと言ってくれた。
 波瀾万丈な生き方をして、なんで自分だけと思って辛かった。でも『おんな寅さん』を読み、もっと上がある事を知ってびっくりした。頑張ろう、いつかは明るい未来があると考える事ができたと話してくれた人もいた。
 離婚経験者は、女が一人生きるには、名義の問題、お金が絶対大事といつも思っていた。だからこの本は、ぜひ社会的に弱い立場の女の人に読んで欲しいと言ってくれた。
 子供に病気があって、健康な臓器を失った。この子が幸せに生きるためにどうしたらいいのかと、長年にわたって悩み苦しんでいたと告白してくれた人もいた。『おんな寅さん』を読んだ今、ちっぽけな悩みに思えるようになって、笑って頑張ると言ってくれた。
 読んだ人が、「しあわせって何だろう」「人生を生きるには何が一番大事かを考えさせられた」とみな言ってくれる。
 上がったり下がったりの人生。ほとほと疲れた。もう生きるのがしんどくて、つらくて仕方がなかったけれど、みんなの感想を聞いて、私の生き方はこれで良かったんだ、間違っていなかったとはじめて思えるようになった。涙が溢れるようにでた。自分の生きた人生を、ありのまま、隠さずに本に書いて本当に良かったと思う。
『おんな寅さん』を手渡したいと思える親しい、支えてくれる人が知らない間に100人もできていた。このシリーズの続きも楽しみにしてくれている。

 本を書くまで、折れていた私の心。あの世に行ってしまった子供ふたりに、「もうお願い迎えにきて!」と弱音をはいていた。これまであった苦しかったことを全部本に書いたら、こんなにたくさん私の生き方に共鳴してくれる人がいた。
 この人達の為に頑張ろう、そう思えるようになった。

著書が刊行された後、生活に変化はありましたか?

本を読んだ友人が、愛媛テレビのプロデューサーの人に『おんな寅さん』を紹介してくれて、本を持ってプロデューサーの人に会いに行った。『おんな寅さん』を読んでとても面白いと言って、4月末にテレビに出演させてもらい、本の紹介もしてもらった。
 こんな自分がテレビに出演することになるなんて思いもしなかった。自分でもびっくりだ。本を書いたことで、私の人生は大きく広がっているように感じる。
 愛媛の書店をまわって、POP書きもさせてもらった。どの書店の店長さんたちも、突然本を持って現れた私にとても親切に対応してくれた。POPを書かせてもらった本屋さんではいまも2月に出版した本をしっかり積んで置いてもらっているところがあり、とてもうれしい。
 全国を車で旅をするのに、いまは全国のショッピングモールの中の書店めぐりも旅の目的の一つになっている。
 6月には新潟、福島、岩手、青森をめぐった。店長さんに『おんな寅さん』の話をして、6月20日にシリーズの2冊目『おんな寅さん 介護する』が発売されることを話すとその場で注文してくれる書店さんもある。
 本をきっかけに全国に知り合いも増え、自分を応援してくれる人がどんどん増えているような気持ちになる。

おんな寅さんシリーズの今後について教えてください。

2月にシリーズ最初の『おんな寅さん』を出版した。これは、車にポップアップテントと愛犬2匹を連れて出たおんな一人旅の旅先で出会った人や、これまでの人生にあったいろいろなことを隠さず、ありのままに書いたものだ。
 6月には『おんな寅さん 介護する』を出版した。いろいろあった旦那が脳梗塞で突然倒れた。銀行に口座を凍結されたり、お金の苦労や、ウンチ問題など、介護にまつわる話をすべて書いた。
 8月には亡くなった娘たちの話をまとめたシリーズ3冊目の出版を予定している。10月、12月にも生きざまや大自然の中でのリフレッシュ法などをまとめた続巻を刊行予定だ。
 私は、いつも感じたことや出来事をすぐ原稿に書くようにしている。あまりにもいろいろなことが起こる人生、その時感じた気持ちはその時にしか残せないように思う。
 私の上がったり下がったりのこの人生を書くことが、少しでも誰かを元気にしている、自分の本を待っていてくれる人がいるという思いが、私を支えてくれる。

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