第二回WEBコンテスト「イチオシ!」エッセイ

エッセイ部門3小さな旅

著者名:福丸

旅が嫌いだ。旅自体というより、それにまつわるエトセトラが面倒だ。旅行というとなぜあんなにうれしそうにアレヤコレヤと準備するのだろう。それに加えて、出かける前から情報や観光スポットを調べまくり、どこそこの何を見るべきとか、何を食べるべきだとか、そんなことを事前に決めるのも旅の楽しさだという人たちの気がしれない。いっそ小学校遠足みたいなしおりをつくり、『スタンプラリーの旅』と銘打って指定されたスポットを歩き回る形式にすればいいのに、と思っていた。

旅が嫌いの理由には、もう一つある。

二十代はじめに初めて就職したのはフランクフルトの免税店だった。店のすぐ裏がゲーテハウスという、観光スポットのまっただ中にあった。店の前には大型観光バスが停車し、ガイドにせかされた大量の観光客が店に流れ込む。そして一定時間店内をさまようと、矢印のように次の目的地へ流れてゆく。私たちは矢印の流れの中にあって点のように仕事をした。

「住んでいると、あちこち行かれていいわねぇ」

娘と同世代の私たちを見て、仕立てのよいスーツの上品な婦人が話しかける。大方の仲間は旅好きで、その婦人の察するとおり週末になるとセッセと旅行に行っていた。週末の旅で何度国境をこえたとか、南の国の列車は遅れるとか、月曜の免税店の二階の休憩室では旅の勲章のような失敗談と、ハーブの香りがつよくする東欧のお菓子の交換会が繰り広げられた。そんな話を聞いてもグッと来なかった。代わりに何をしていたかというと、人を見ていた。お客や同僚に限らず、現地の人たちの生活を見ているのがおもしろかった。休日になると、読みかけの本や筆記用具を抱えて、ハウプトヴァッヘのカフェへ行った。あそこの二階は、ゆったりとした空間が広がっていて知人宅に来たように何時間でも過ごすことができた。編み物をしている現地のご婦人もいたから、本当のことだ。深く屋根をかぶった低い壁には丸いフォルムの窓枠が切ってあり、薄暗い室内から外で憩う人々を観察できた。日照時間が短い春の日の休日、やわらかい生地の笠をかぶったフロアランプの影からあたたかいブランケットを膝にかけ、着いたばかりの日本人旅行者たちが黄色味を帯びた空気の中で写真を取り合っている姿を見下ろした。こんなちぎれた矢印みたいな、どこにも属さない自分を、誰も知らないのだと思うとこの上なく開放感を覚えた。

ボクシングデーを間近にしたある日、仕事場の先輩に誘われてドーヴァーを越えてロンドンへ旅行することになった。当時トンネルはまだできていなかった。海峡を越えるにはフェリーか飛行機だ。その旅行は、飛行機を飛ばしている会社が赤字を解消するために主催したもので、フランクフルトから6時間、安価で集めたお客をバスにのせ、延々と海沿いの飛行場まで運ぶというしろものだった。そこから自社のプロペラ機で海峡の向こう側のイギリスまで飛ぶのだ。私たちは中央駅の変哲ない普通のバス停から乗り込んだ。往復一万円未満という旅行代金は、旅心を携帯してない者の腰すら、軽くする。そこから国境を越え、いくつもバス停にとまりながら、そのたびに違う言葉をはなす人たちを拾って進んだ。乗客のほとんどは十代後半から二十代の若者、喋る言葉は違っても彼らはみな似たようなファッションに身を包み、いずれもそろって恋人を伴いバスに乗り込む。安いバス旅行には何のアトラクションもなく、乗客たちに共有するものもない。同性の先輩と参加した私はすぐに手持ち無沙汰になり、ただ車窓の外を眺めた。