第二回WEBコンテスト「イチオシ!」エッセイ

エッセイ部門2

著者名:十八鳴浜 鷗

三月十一日の大津波以降、久しぶりの帰島だった。自宅でありながら、たまにしか来ないと、他人の家を訪れているようで、妙に落ち着かない。義母がさっそく、昼飯をつくり始めた。

まだ復旧工事半ばの港周辺や海岸沿いとは違い、家から見える景色は少しも変わっていなかった。柄にもなく庭を散策する。家の周囲は松や椛、それに名も知らない雑木が密生している。自然に囲まれていて、何もわざわざ庭など造ることもないだろうに、生前の父が、義母と二人で我流に木を植えたり花をつくったりと、気儘に拵えた庭だった。今は義母一人になって、手が廻らなくなり、庭のあちこちに雑草が生えている。気にすれば一つ一つが気になるが、しかし、見ようによっては手入れもなく、身勝手に育った植物たちの奔放さにも風情はあった。十月末なのに陽射しが異様に温かい。縁側に腰を降ろすと、海は見えないが微かに聴こえてくる潮騒の音に耳を傾けながら、眼を細めて煙草を咥えた。木々や花々には疎く、名前も知らないものが多いが、百日紅など数種類は判別出来た。

(あれもだいぶ大きくなったなぁ)

立ち上がり、歩いた。数年前、恩師からいただいた蝋梅が、すでに葉を落としてはいるものの、一メートルぐらいにのびていた。枝に触る。その感触が指先から体内にまで、あのころの光景を運んでくれる。枯れて尚、一枚だけ枝に留まっている葉を指先に挟み、土に戻した。葉が堕ちているせいか、鼻を近づけても、蝋梅の、あの特有の香りはなかった。もう一度、顔を近づけて匂いを嗅いでみる。すると不意にあの日の光景が、降り注ぐ陽射しのように、脳裏に満ち溢れる。

数年前、還暦を祝う同窓会が行われた。会は恙無く終えたが、招待された恩師の中に、最も世話になり、印象深い先生の姿がなかったことが気になっていた。当時、大学を卒業してすぐ、教師としてはじめて島に赴任し、いきなり私たちのクラスを受け持たされた先生だった。二年、三年と続けて担任として世話になった。その先生は我々が卒業すると同時に島を離れ、生まれ故郷に程近い中学校に転任した。

中学を卒業してすぐ、一度だけ先生の家を訪ねたことがある。仲間だった男女十人で先生の家の離れに一泊した。その夜、先生との語らいの中で、近々結婚すると初めて聴いた。翌朝、先生は嫁ぐ家に案内してくれた。

今は市になっているが、数十年前のあのころは小さな町で、国道四号線に架かる十メートルばかりの短い橋から見えるその家は町の東の外れにあり、田圃の真ん中辺りに、一軒だけ、まるで森のような鬱蒼とした木々に囲まれていた。私たちは門の前まで行き、中には入らずにバス停に引き返し、帰路に着いた。バス停から見た、遠くに霞む栗駒山と、田圃の真ん中にある鬱蒼とした森の中に建つ旧家とのコントラストを記憶に焼き付けただけだった。