コラム

福島の復興は今**

『奪われた若き命 戦犯刑死した学徒兵、木村久夫の一生』の著者によるコラムです)

 

東日本大震災が起こるまで、地震はわたしにとって何ごともなく過ぎていものでした。住んでいる団地が山を切り崩して造成されたことから、家屋自体が強い岩盤の上に建っていたのです。しかし、「大震災」の日は違っていました。揺れの大きさと長さに、わたしは思わず台所のテーブルの下にしゃがみ込み、しばらくそのままでいました。
居間に戻ると、テレビには恐ろしい光景が写しだされていました。重量感のあコンテナ、車が、軽々と濁流に海へと押し流されていたのです。わたしはテレビの画面にくぎづけになりながら何も考えられず、津波の恐ろしさを体中で感じていました。コンテナなどの大きな物の間に混じって、漁業用と思われる青色のプラスチック製容器が、あちこちにぶつかりながら、同じように流されていました。濁流の中で容器の青は鮮明過ぎました。その容器に魚の加工に携わる女の人たちの姿が重なり、見つめながら悲しくなりました。

日が経つに従い放射能の濃度が明らかになり、その時の風向きによって全村避難となった人たちは、着のみ着のままで仕立てられたバスに列をなして乗り込んでいました。この中には飼育していた牛、豚、にわとりを置き去りにしなければならなかった人もいたでしょう。テレビには人影が無くなった道路、空地を逃げ惑う牛たちの姿も写りました。そこには悲壮感が漂っていました。動物は話すことができません。餌を与える人がいなくなったら、そこにあるのは死だけです。原発が引き起こした一つの大罪がここにもあるのです。

福島県の浜通りに立地された東京電力原子力発電所は安全神話のもと、ここまできてしまいました。大地震の発生は「2011.3.11」として忘れることはできません。更に、いやそれ以上に忘れられないことは、東京電力第一原発で12日(1号機)と15日(2号機)に水素爆発が起こったことです。このことによって農家は米も野菜も作れなくなりました。さらに干し柿づくりまでもできなくなりました。このことがわかって衝撃的だったことは、キャベツ農家の方が水素爆発が起こってからすぐに、キャベツが作れなくなったことに悲観して自ら命をたったことです。悲劇はまだまだあります。
大震災・原発事故から間もな6年になろうとしています。しかし現在も福島県では8万6千人もの人が避難生活を強いられています。このような中原発再稼働は絶対に許されません。

■著者紹介
『奪われた若き命 戦犯刑死した学徒兵、木村久夫の一生』(山口紀美子・著)
1941年、日本は大東亜戦争(太平洋戦争)に突入する。日本では多くの国民が徴兵され、戦場に向かうことになった。そんな時代に行われた学徒出陣で徴兵された若者たちの中に、木村久夫という一人の青年がいた。
終戦後、戦地であったカーニコバル島の島民殺害事件に関わった人物として、木村久夫さんはイギリスの戦犯裁判にかけられ、死刑を言い渡された。その時木村さんが書いた遺書は、学徒兵の遺書をまとめた『きけわだつみのこえ』に収録されたことでよく知られている。
その『きけわだつみのこえ』を読み、木村久夫という個人に心惹かれた著者は、木村久夫さんの妹、孝子さんと何年も文通を重ね、木村さんのことをさらに深く知っていった。その後、孝子さん夫妻と実際に何度も会い取材を重ねていく中で、著者は木村久夫さんが歩んできた人生の足跡を辿っていくことになる。

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