コラム

家族を想う木村さんの心(作家:山口紀美子)**

『奪われた若き命 戦犯刑死した学徒兵、木村久夫の一生』の著者によるコラムです)

 

 

2015年11月10日、幻冬舎ルネッサンスから発行された『奪われた若き命 戦犯刑死した学徒兵、木村久夫の一生』で取り上げた木村久夫さんは、大阪府吹田市の佐井寺で生まれた。

わたしが木村さんの生家を訪れたのは、『きけわだつみのこえ』で遺書を読んでから2年後、1995年の夏だった。このときを迎えるまでの2年間、わたしは妹孝子さんと手紙のやりとりをしていた。居住地いわき市から大阪までは、7時間以上かかる。そんなに遠い大阪にどうしても行きたかったのは、妹である孝子さんから兄久夫さんの生前を直接聞きたい思いが強かったからである。

 

はじめての大阪訪問となったその日、応接間のテーブルには余白に遺書が書かれた『哲学通論』と、木村さん自身が雑誌をばらして製本した冊子が5冊ほど置かれていた。読書に傾倒していた木村さんは、小学校高学年頃には、夜中まで本を読んでいたという。

テーブルにはこれらのほかに新聞や雑誌のスクラップも置いてかれていた。その中に「旧制高地高出身の学徒兵、木村久夫50回忌」と題する高地新聞の記事があった。5月23日木村さんの命日をはさんで企画された特集で、3日間掲載された。2日目(’95、5、21)の記事には遺書を読んでいる孝子さんの写真もある。

このときのインタビューに対して孝子さんは、「ああいう現実で亡くなったということを思い出したくない。小さいころ、一緒に楽しく育ったことだけを思い出していたい」と述べている。また遺書に対しては、「よくこれだけ冷静に書いて残してくれた。本当はもっと苦しんでいると思います」との感想を持つ。

 

孝子さんがこのように受け止めたように、遺書には死を受け入れるまでの苦しみが書かれている。カーニコバル島での激戦をふり返った部分には、「父母よ嘆くな、私が今日まで生き得たという事が幸福だったと考えて下さい。私もそう信じて死んで行きたい」とあり、他の部分には、「母よ泣くなかれ、私も泣かぬ」と書かれている。

読んでいてつらくなるが、獄中で詠んだ歌は、木村さんの苦しみと悲しみを一層強く感じさせる。最後にそれらの歌から一首だけ紹介する。

 

 “思ひ出は消ゆることなし故郷の 母と眺めし山の端の月”

 

次回のコラムはこちら「幻冬舎との出会い

 

■著者紹介
『奪われた若き命 戦犯刑死した学徒兵、木村久夫の一生』(山口紀美子・著)
1941年、日本は大東亜戦争(太平洋戦争)に突入する。日本では多くの国民が徴兵され、戦場に向かうことになった。そんな時代に行われた学徒出陣で徴兵された若者たちの中に、木村久夫という一人の青年がいた。
終戦後、戦地であったカーニコバル島の島民殺害事件に関わった人物として、木村久夫さんはイギリスの戦犯裁判にかけられ、死刑を言い渡された。その時木村さんが書いた遺書は、学徒兵の遺書をまとめた『きけわだつみのこえ』に収録されたことでよく知られている。
その『きけわだつみのこえ』を読み、木村久夫という個人に心惹かれた著者は、木村久夫さんの妹、孝子さんと何年も文通を重ね、木村さんのことをさらに深く知っていった。その後、孝子さん夫妻と実際に何度も会い取材を重ねていく中で、著者は木村久夫さんが歩んできた人生の足跡を辿っていくことになる。

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